■パンの発祥はメソポタミア(現在のイラクあたり)、今から6000年以上も前のことだろうと推測されています。この地方には野生の小麦が多く、当時は小麦の粉と水とをこねて生地を焼いたせんべいのようなものを食べていましたようです。無発酵のパンといえるでしょう。その後、エジプトへ伝わったときにいわゆる「パン酵母」が混ざったらしいのです。ある日、作りかけで放っておいた生地がふっくらとしたので、それを焼いてみたらとてもおいしい!ということになり一気に広まったとのこと。パンの発見は偶然だったようです。このあたりのことは、峯陽作詞、小川寛興作曲、「パンのマーチ」でも歌われています。
■日本にパンがやってきたのは、1543年のこと。種子島に漂着したポルトガル人によって鉄砲とともに伝えられたのが最初だと言われています。そして、1549年に来日したフランシスコ・ザビエルのキリスト教布教とともに国中に知られるようになり、織田信長も食べたとか。その後は、徳川幕府によるキリスト教禁止政策によりほとんど普及しなかったようです。
■日本人によってパンが作られたのは、1842(天保13)年、まだ江戸時代のことでした。「パンの祖」と言われている伊豆の代官江川太郎左衛門が、長崎出島のオランダ屋敷で細々とパンを作っていた料理人作太郎を呼び寄せて、その年の4月12日に日本初のパンが作られたといわれています。その後、幕府の援助を受けたフランス人ロバート・クラークが横浜でヨコハマベーカリーを始めるなどして、フランスパンが出回りました。明治7年、東京銀座の木村屋総本店が、日本人の好きな餡(あん)を包んだ「あんぱん」を発売すると大ブームとなり、いわゆる菓子パンが広まりました。その後、イギリスの支援を受けていた薩摩と長州が中心となった明治政府のもとで、フランスパンよりもイギリスパン(山型食パン)が主流になっていき、昭和になって第二次世界大戦の後は、アメリカ式の大量生産型の四角い食パン(サイコロ食パン)が一気に普及しました。サンドイッチを食べるアメリカ軍駐留兵士のニーズから主に8枚切りが製造されましたが、トーストが好きな日本人の好みにあわせて、西日本を中心として6枚切りや4枚切りなどの厚切りが広まりました。