笑福亭伯鶴プロフィール画像


 

★(社団法人)上方落語協会会員

★連絡先 笑福亭伯鶴事務所 ホット・ウイング  

電話・FAX 06−6392−4157 

携帯 090−2591−1928(担当 丹羽 ) 

〒532−0006 大阪市淀川区西三国3−17-3

 

★生年月日 1957年2月26日・魚座・B型

★出囃子 陽気に行こう(歌手高石ともやさんの歌、陽気に行こうを出囃子アレンジ)

★趣味 マラソン(ホノルルマラソン3回、ニューヨークシティマラソン1回、国内マラソン多数完走)
山登り(日本アルプス他国内各山登頂) 
スポーツ観戦(大相撲、野球(幼少より今はなき近鉄バファローズの大ファン))
大の動物好き。最近はパソコンにも趣味を広げている。

★主な仕事 落語会、人権講演、TVラジオ等

★1961年4月 布施市(現東大阪市)市立小阪幼稚園入園(当時としては珍しい統合教育を受ける)

★1963年4月 大阪府立盲学校小学部入学

★1975年3月 大阪府立盲学校高等部普通科卒業

★1975年3月10日 当時の上方落語協会会長 六代目笑福亭松鶴(しょうふくてい しょかく)に入門

★1975年5月17日 住吉産業会館、笑福亭若手勉強会にて初舞台

★1978年 関西TVドキュメンタリー「伯鶴は鈍行で行く」出演

★1980年12月 大阪市淀川区三国センターにて地域寄席笑福亭伯鶴の会開始

★1984年2月   大阪郵便貯金ホールにて笑福亭伯鶴の会3周年記念の会開催

★1985年 大阪郵便貯金ホールにて神戸市立王子動物園飼育技師亀井一成氏をゲストに落語界を開催

★1985年6月 毎日放送テレビ民放祭参加番組「俺は浪速の光り人」に出演

★1988年 毎秋多彩なゲストを迎えて落語界だけにとどまらず異ジャンルのゲストとジョイントするユニークで新しい世界を作りはじめる       

   《ゲスト》88年永六輔(放送タレント) 、89年黒田清(ジャーナリスト)、90年長谷川きよし(歌手)、91年柳家小団治(東京落語)、

        92年キダ・タロー(作曲家)、93年播磨之國天元太鼓(和太鼓集団) 、94年旭堂南鱗(上方講談)、95年小室等(歌手)

        96年国本武春(浪曲)、谷ゴロー(ブルーグラスバンドゴローショー)、97年人形劇団クラルテ (敬称略)

★98年「僕ら在日関西人」と題して在日韓国人ミュージシャン趙博と漫才、音楽、落語を組み合わせた新しい舞台を、00年〜「わてら在日関西人」と改題し落語家桂あやめ、趙博その他数名の上方落語家で人権、時事、などを盛り込んだ舞台を繰り広げている。

★98年より「人権音曲漫才ブルース兄弟」を趙博と組んではじめる。

★1993年より94年 WBS和歌山放送にて「ほのぼのデンリク」パーソナリティ

★1998年5月 関西TVメディアDoドキュメンタリー「伯鶴錯覚ええオトコ」に出演

★同年 伯鶴の半生に題材をとった落語作家さとう裕作「風は誰にも見えない」全盲落語家の半生が六法出版より出版される

★2008年12月1日阪急電車三国駅にてホーム事故。電車に引きずられ、ホームに投げ出され脳挫傷、体幹障害を負う。本来の生き力で九死に一生をえる。

★2012年6月10日 2008年事故より初の復活落語会「どや!伯鶴の会」を行う

★1998年 伯鶴作詞、趙博作曲・歌CDシングル「長らくごぶさたしてるけど」リリース(詳細は趙博 HP http://www.fanto.org/

★1998年2月より毎日新聞大阪本社発行点字新聞「点字毎日」に月1回伯鶴のご機嫌さんです連載中

★地域寄席「遠里小野寄席」1997年より、「新生笑福亭伯鶴の会」2001年より、「コラボ玉造(TAMAZO)寄席」2006年より開催中

 

 

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