●「〜せていただく」について フッタ

 「〜せていただく」の原義は「〜てもらう」です。「もらう」は、もともと「先生に懇切丁寧に教えてもらいました。」というように感謝の意味を込めて使われていました。ところが最近では、相手に対する強制や脅しに近いニュアンスで「ブラックリストに登録させてもらいます。」などと使われることも多くなったので、もっと丁寧な表現がないだろうか・・・という流れで、「〜せていただく」が使われるようになりました。

 自分の店を休みにする、ときのことを考えてみましょう。

 表に張り紙をするなら「本日休業」となります。明快ですが、昔ならともかく、現在の口語では熟語でバシッと書くのは少々きつい印象を与えてしまいます。そこで丁寧に表現するために「本日は休業します」と文章表現にしてみます。とても柔らかい表現に変わりますが、まだ多少の押しつけ感は残ります。

 店を経営している側からいうと、この張り紙を見るのは、通りすがりの通行人ではなく自分の店を目的にして来てくれた大切なお客さまのはずです。わざわざ店頭まで来ていただいたのに、たとえいつもの決まった定休日であったとしてもこちらの都合により休業して申し訳ない・・・、という気持ちがあります。そこで「本日は休業させていただきます」という新しい表現が生み出されました。

 この表現は、商いの街である大阪を中心に関西で使われはじめ、関東地方に広がったのは1950年代後半からのようです。『こちらの都合により休みますので、何とかあなたのお許しを得たい』という許しを請うようなへりくだった表現は、「なんだ〜せっかく来たのに休みなのか!!肝心なときに休みだなんて・・・」と不満を感じた人にとっては、それなりの効果があったと思われます。

 この「〜せていただく」という表現はだんだんと広まり、「説明させていただきます」「アメリカで4年間過ごさせていただいて・・」「10時から営業させていただきます」のように、とうとう相手には何も迷惑をかけない場面でも使われるようになりました。それらは「場」というものに対する遠慮から生まれてきたものでもあり、最初は抵抗感を持つ人が多かったようですが、今では丁寧な表現としてかなり認められるようになってきました。

 電話の応対などで、

   岡本は、休んでおりますが。

という表現を、申し訳ないという気持ちを込めて

   岡本は、休みをもらっておりますが。
   岡本は、休みをいただいておりますが。

とすることがあります。電話の場合はとにかく「相手への気遣い」なのですから、岡本さんが上司であろうが部下であろうが関係なく上の表現が使えるわけです。こちらとしては別に相手に許しを得なければならないないわけではないし、相手によっては「休みをいただくと言っても別に私が許可したわけではないのに・・・」と感じる人もいるでしょう。この場合は相手の希望に添えないわけで、それを仕方ないと押し返すことなく、許可を求めるような表現にすると丁寧に感じてもらえるのです。つまり、「こちらが相手に対して負い目を感じているようなニュアンスをわざと作りだして」敬意を表現しているということです。

 1997年の文化庁調査では、「ドアを閉めさせていただきます」が気になる、という人が約20%いる例が目立つくらいで、「明日は休業させていただきます」をはじめ、「させていただきます」の各例が気になる人はほとんどいないので、もうすっかり浸透していると言えます。ただ、新しい表現であるがゆえに「〜せていただく」に違和感があるのは確かです。どの動詞に使えるのか、どんな場面に使えるのかはまだ確定していません。使いすぎても足りなくても、相手との人間関係や年齢・地域によっても変わります。固定化していないだけに、基準は提示しにくいし、ましてや正誤の判断などは現状ではできるものではありません。ただ」、応用範囲が増えてとても便利な表現になりつつあることは間違いありません。


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