故事成語

蛇足
 楚の宰相(さいしょう=大臣のこと)である昭陽が、斉の国を攻撃しました。すると、斉の国から使いとして陳軫(ちんしん)がやってきて、昭陽との面会を求めてきました。陳軫は、「楚の国では、敵軍を倒して敵の大将を殺すとどんな地位が与えられますか。」と尋ねました。昭陽は、「爵位(しゃくい)が与えられる。中でも最高の地位は、今、私がなっている”宰相”という地位だ。」と答えました。陳軫は、「では、少したとえ話を聞いてください。」と言いました。

 「楚の国に、先祖を大切に祀(まつ)っている人がいました。ある祝い事の日に、大きな杯にあふれんばかりに注いだ酒を屋敷の家来たちにふるまいました。家来たちは、『みんなで分けて飲もうとしたらちょっと足りないけれど、一人で飲むには多すぎる量だ。みんなで地面に蛇(へび)の絵を描いて、いちばん早く書き上げた者が好きなだけ飲むことにしよう』と決めました。
 ある男がまず描き終わりました。『俺が一番早かったぞ!』と言って杯を手元に引き寄せました。あまりにうれしかったは調子に乗ってしまい、杯を左手に持って酒を飲もうとしながら、右手で筆を持って『みんな描くのが遅いんだなあ。俺なんかまだまだ余裕があるので、足を描くこともできるぞ!』と言い、さらに蛇を描き続けました。
 その足の絵が描き終わる前に別の者が蛇を書き上げて、足を描いている者に『蛇に足はないさ。あなたは足を描いているがそれは蛇ではない。最初に蛇を書き上げたのは、私だ。』と言って杯を奪い、酒を飲み干してしまいました。蛇の足を描いた者は、結局蛇を描いたことにはならず、とうとう酒を飲むことができませんでした。」
  
 陳軫は、「このたとえ話とあなたの状況は似ていると思うのです。あなたはもうすでに宰相という最高の地位にあるのですから、私たちの斉の国を攻めて勝ったとしても、もうこれ以上の出世はありません。ところが、もし失敗するようなことがあれば、責任をとらされてあなたの今の地位は他人のものになってしまうでしょう。そうなったら、余計なことをしてしくじった、蛇の足を描いた者と同じではありませんか。私たちはあなたの強さを十分認めていますが、これから徹底的に抵抗することになるでしょう。それよりは、このまま軍を引き上げて帰り、我が国に恩をきせて、後々自分たちの思うようにした方がよっぽど賢いと思いますが、いかがでしょう。」と言いました。

 その話を聞いた昭陽は、その通りだと思い直して、軍を引き上げて帰ってしまいました。
■ あっても役に立たないもののこと。余分なものをつけ加えること。

<例> なかなかいい文章だが、このひとことだけは蛇足だなあ。