木々の葉が青々としげり、春も終わりに近づいていた。
キノコシティーのメインストリートも、夏の始まりにふさわしく、活気だっていた。
そんな陽気の中を、1人の若い男が歩いていた。
細身で異様に背が高いその男は、背の低い種族が多いこの町で異彩を放っていた。
しかし、だからといって目に留める者はほとんどいなく、彼自身、別にそうしてほしいとは思っていなかった。

そんな男に注目したからには、彼の名や素性を紹介する必要があるだろう。
が、彼は『彼』と呼ぶ以外の名称をもっていなかった。
それどころか、彼自身がが思い当たる中には「本名」だけでなく、「生い立ち」と呼ばれるモノでさえ、何もなかった。
ただわかっていることといえば、平和ボケしたこの国には似合わないという事だけだった。
彼の風貌・・・200cm近い身長に、角ばった面長の顔、ピンとたったヒゲ、鋭い目つき、先がとんがった耳などもその
理由だったが、それ以上に、彼が孤独である事は大きかった。
幼いころの思い出はなく、ただ、気がつけば1人路上に立っていた記憶しかなかった。
孤児院などの施設に入りもしたが、決まりきった窮屈な日常に嫌気が差し、すぐに逃げ出した。
それからというもの、裕福と覚えし者からのスリや盗難、詐欺を繰り返し繰り返す事で、現在に至っている。
時々、生活を顧みてみたが、結論にならない事ばかりで、やりきれなさだけが残った。

――面白みもクソもねぇ

そう思ったとたん、彼は無性に腹が立ってきた。
衝動に駆られるやいなや、近くの出店にあった箱を思いっきり蹴っていた。
ドザッという音がして、箱からアイテムやバッジが飛び出し、路上に散乱した。

――蹴りがいのないブツだな・・・

「ヤロー!オレの商品に何しやがる!!」
出店の店主らしきクリボー族の男が、怒り任せに向かってきた。
彼は、店主をボールみたく蹴飛ばした。
いとも簡単に吹っ飛んでいった店主は、近くの商店の壁にぶつかり、そのまま倒れこんだ。
周りにいる人々は騒然としたが、自分も巻き込まれたくないのか、息を呑んで見ているか、早々に退散するものばか
りだった。

――・・・これだから面白くねぇ

彼にとって周りの目はどうでもよかった。
ただ、気分に身を任せて「悪かった」「もう止めてくれ」と叫ぶ店主に向かって行き、
「ウゼーんだよ、テメェは」
と、再度蹴りを入れた。

何かが飛び散った・・・が、それは肉片や血といったグロテスクで非現実的なものでなく、缶詰やキノコといった食品
だった。
誰かの声が聞こえた・・・が、それは恐怖を感じるような叫び声ではなく、「ったー・・・」と痛がっているだけの、なさけ
ないものだった。

誰かが覆いかぶさるようにして店主をかばっていたのだった。
それは、おせじにも力強さを感じない、ヒョロっとした男性のヒトだった。
それに加え、その男の格好・・・緑のつばがある帽子に同色のシャツ、青いジーンズ生地のつなぎ、ありふれたドタ靴
といったいでたちで、白手袋をした手に握られた買い物かごが、いかにも滑稽だった。
男は、唖然としていた彼のほうに振り返って、まだ痛々しそうに、甲高い声で言った。
「こんな真昼間から路上で騒動なんて・・・まったく、迷惑にもほどがあるよ」
振り返った男の顔を見て、彼は余計に気が抜けた。
男の面長な顔は童顔で、やはり弱々しかったし、いくら若いと言えど、鼻の下にある整ったヒゲさえなければ、少年に
さえ見える気がしたからだ。
ただ・・・空のように青い目だけは妙に力強く、正義感に満ちあふれていた。

――この目・・・どこかで見たことのあるようなツラだ・・・まあ、バカに変わりないな

彼は気を取り直し、あざ笑うようにして言った。
「その歳でヒーローごっこか?それにしても、ブザマな登場の仕方だな」
男は多少ムっとしたようだったが、すぐに笑って言い返した。
「その歳で他人をいじめるのも、充分ブザマだと思うよ。つまりは、お互い様ってところかな」
その言葉に、彼は表情をこわばらせた。
さっきより危ないと感じたのか、男の背後に隠れていた店主は、そそくさと逃げていった。
そういった事には目もくれず、男は立ち上がった。
立ち上がると、男は思ったより背が高かった(とはいえ、彼との差は25cm以上はあったのだが)。
服についたホコリをはたきながら、男はなおも話し続けた。
「主人はいなくなったけど、せめて片付けぐらいしたら?君が悪いんだから、それぐらい・・・」
男の言葉が止まる。
やっと彼の怒りに触れていることに気がついたようだったが、少々遅かった。
彼の右の拳が、男の左の頬を襲った。
あのクリボーのほどでないものの、男は軽く吹き飛び、そのまま倒れこんだ。
それだけでは治まらなかった怒りをぶつけようと、彼は倒れこんだままの男に近づいて行った。
「説教しか能のないやつに、用はない・・・だが、もう一発ぐらいくれてやる」

そう言ったとたん、急に――それも一瞬であったが――虚しさを感じた。
今まで、彼のケンカを買って出た者は少なかった・・・一発でも蹴りを入れられて逃げない者となると、なおさらだっ
た。
誰かと本気で拳を交わしたかった。
疲れるまで相手と殴り合ってみたかった。
しかし・・・今度こそ、彼に歯向かって来た男がいたというのに・・・

――コイツも、結局は弱かったか・・・

少しためらいがちになったものの、一度言った事を撤回する気になどなれなかった。
相手の腹を狙い、蹴りこもうとした。

「それにしても、オレが相手になるなんて、不運なヤツだ」


――どっちが不運なんだか・・・わかるわけねーよ、そんな事・・・


その後の出来事は、彼にも、また見ている人々にも、まるで時間を止めたかのような不思議な感覚を味あわせた。
彼は頭の上に、青葉を揺らすような、かすかな風が吹き抜けたと感じた。
ハッとして、思わず足下を見た。
彼が男の腹と思い蹴りこんだところには、空気しかなかった。

「ホントに迷惑なヒトだな、君は」
背後から声がした。
彼が振り返ると、あの男は笑顔で彼の前に立っていた。
「そんなに誰かに暴力をふりたいのなら、ボクが相手してやってもいいよ。結構、手ごたえはあるんじゃないかな?」

彼はしばらく黙っていた・・・黙らずにいられなかった・・・。
あの男の第一印象は、正義感だけ持っている、哀れで貧弱なバカだった。
なのに今、男に弱さは見られない・・・それどころか、あの空色の目は、先ほどより力強く輝いていた。

――相手として不足はないな

「・・・負けることぐらいわかるだろーが、このバカ!」
微笑を浮かべてそう言ったあと、彼はためらいなく、男に殴りかかった。
その微笑は、決して先ほどのあざ笑いなんかではなかった。

やっと会えた。
なんの隔たりもなく、殴り合える相手に。
やっと会えた。
過去を忘れさせてくれる相手に。
やっと会えた。
真っ向から存在を見てくれる相手に。


彼の表情。
それは、一点の曇りもない、楽しそうな笑顔だった。


あとがき

初小説です!!!(興奮気味
某サイト様で、何か微妙なものを書いていた記憶はあるのですが、こういったのは初めてなもので^^;

それにしても、読み辛い点が多過ぎて語りきれませんね、これは(汗
特に、主役(文中だと『彼』)と準主役(文中だと『男』)がややこしいです
とにかく、まとまったものになったと言うだけでも、よかったかなぁと

で、この話は後編に続きます
『男』の名が明らかになり(バレバレですがw)、さらに二人の重要人物が加わります
まぁ、今回みたいなケンカ騒ぎにはなりません・・・つか、戦闘シーンとか上手く書けませんし(泣
でわ、また後編で

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