開始からゆうに半時間はは経っていたが、まだ彼らの『ケンカ』にピリオドは打たれていなかった。
いや、すでにその『ケンカ』は文字通りのものではなくなっていたのだ。
彼は長いリーチを誇る手足で、それも移動しながらの連続攻撃を仕掛ける。
そして相手の男はそれらの攻撃を跳躍をもって避け、相手の隙が見えたところに蹴りや掌底を入れる。
この格闘ゲームと言っても過言ではないことが延々と繰り返されていたのだ。
さらに、はなから周りのことが眼中になかった彼は何度も近くの店内に突っ込んでいたし、最初は周りに気を使ってい
た男も最終的には彼同様に商品をぶちまけている始末。
この様子に、初めは面白がってはやしたてていた通行人もおどおどしはじめ、大通り沿いに店をかまえる者は、被害
がおよぶ前にと警察に連絡を取ろうとさえしていた。
そんななか、事は急に、それも意外な展開を見せた。
――クソっ・・・だいぶ疲れてきやがった・・・
そう思った彼は、相手を見た。
互いにほとんど休むことなく動いていたので無理はない、男は息を荒げて下を向き、しばし動きを止めていた。
――ヤツも疲れてきている・・・もうそろそろ一発打ち込んで、ケリをつけたほうがいいな
とはいえ、今まで無心で攻防を続けていたことを止めるのに、彼が少しの後ろめたさを持っていたことは否めない。
そんな気分を察したのかそうでないのか、男は彼を見て
「これだけ動いたのは久しぶりだよ・・・ただでさえそうなのに、余計に兄さんが羨ましくなってきちゃったなぁ」
と、最初の方は彼に語りかけ、最後の方は独り言のように呟いた・・・周りに聞こえないような小さい声で。
しかし、すぐに彼のほうを見なおし、こう付け加えた。
「でも、もうそろそろ決着つけないと。これ以上長続きすると、もちそうにないからね」
言い終わらないうちに、男は地を蹴り、彼の方に攻撃を仕掛けた。
急なことであったため彼は少したじろいだが、すぐに体制を整え、男に蹴りを入れた・・・はずだった。
「はいはい、バカはそこまでにしとけ」
下方から誰のものとも解らない声がしたかと思ったときには、彼の蹴りは何者かの腕に制止されていた。
急な対処とはいえ、自らの蹴りを止められたことに驚いた彼は、声のする方を見た。
そこには、男と似た格好――青いつなぎに赤いシャツと帽子、白手袋にドタ靴といったいでたち、丸みのある童顔に
充分に蓄えたヒゲと空色の目を持った小男だった。
とはいっても、彼はその小男を知っていた・・・それほどに、世間に名の通った人物なのである。
――なんで、『あの』マリオが出てくるんだ・・・?
マリオ・・・王国と姫君を幾度となく救った英雄であり、暗い生活を続けていた彼にとっては、憎んでも憎み足りない相
手だった。
ところが、マリオ相手に憎悪を感じている暇はなかった。
先ほどのケンカ相手の男の言葉に、先ほど以上に驚いたからだ。
「にっ・・・兄さん?!なんでここにいるの?!!」
その台詞に、彼は思わず男の方に視線を移した。
同じように攻撃を手で止められている男は、驚きで口をあんぐりと開いていた・・・彼が見た中で、一番滑稽で情けな
い顔だった。
今、彼らはマリオに無理矢理引っ張られ、大通りの外れにある小さな路地裏に差し掛かっている。
あれだけのことを起こしたにも関らず、店の人からの異論も騒動も、何もなかった。
あとから知ったことだが、それはマリオが先に店の人々に手回しをしたためだった。
しかし、一番の要因は彼にあったのだろう。
――マリオに留守がちな弟がいるとは聞いたことがあったが、あいつだったとはな・・・にしても、似てねー兄弟だ
誰かに縛られる事を激しく嫌っていたはずの彼であったが、彼を引きずっていたヒーローと、彼の横で共に引きずられ
ていた男に、少なからず興味を抱いていたのだ。
ところが、彼はその考えを一度訂正した。
彼らを引っ張って早歩きをしていたマリオが、急に立ち止まり、思いっきり噴出したのが発端だ。
先にこれに反応したのは、彼ではなく男のほうだった。
「急に現れて偉そうなツラしたかと思ったら、こんな所で思い出し笑い?我が兄ながら変わってるよ、まったく」
と、あからさまなしかめっ面でマリオに言った。
マリオは、まだ笑いを抑えられずに、ヒーヒー言いながら答えた。
「だってさぁ、ルイージ、お前があそこまでバカやるなんて誰も想像できねーもんだから。ガキの頃はオレの後に隠れ
てばっかだったお前が、だ」
この言葉に男――ルイージは、しかめっ面のまま、顔を赤くしてそっぽを向いた。
――・・・・・・・・・バカというよりガキだな、これじゃぁ
思わず、彼はため息をついた。
2人の様子を見たマリオは、笑うことをやめ、彼のほうに向き直った。
「言うほどのことじゃねーけど、一応自己紹介。オレはマリオ。で、お前の隣に居んのがルイージ。こう見えても、オレ
ら双子なんだ・・・似てないけどな。
職業は・・・そうだな、『冒険家』とでも言っておくか。ま、やってることは探偵だったり泥棒だったり、ひどいときには
『お使い』だったり、カッコよくはないな、残念ながら。
ついでにいうと、ルイージはたいがい留守番役。」
「ボクも手伝うって、いつも言ってるのにさ」
ルイージが口をはさんだ。
「何言ってる。留守中に『依頼』が来た時、どーすんだよ。第一、ルイージは留守番。万国共通の常識だろ?」
「・・・無茶苦茶言わないでよ」
「とにかくだ、(彼の方を向いて)お前もなんかあったら、電話でもしてくれ。ケンカ相手が欲しいんなら、コイツが相手
するからさ」
「なんでそれだけボクなの?」
「オレは忙しいんだ」
「よく言うよ。最近は『暇だー』って連発するだけで、家事も手伝ってくれないくせに」
「そりゃぁ、お前のほうが得意だからだろ。オレがでる幕じゃない」
「少しぐらい覚えたほうがいいもんなの。そんなんで、よく冒険中生きてられるね」
「それはそれ、これはこれだ。それに、似合わねえことはやらない主義だからな」
「ボクには似合うんだ」
「そうそう・・・いいよなぁ、ルイージは。エプロンしたり買い物籠もってたりしても、バカっぽくて様になるからさあ」
「ああ、そうかい。なら兄さんもしてみろよ。絶対ボク以上にバカっぽくて様になるから」
気がつけば、そんなやり取り・・・要するに兄弟ゲンカが始まっていて、もちろん、彼の出る幕はなかった。
『普段』の彼なら、こんな状況でじっとしている訳がなかった。
もともと、望んだ状況ではない。
自らの事・・・取り分け、過去のことを聞かれるかもしれないと思うと、なおさらだ。
そんなとき、どう答えればいいのか、彼にはわかっていなかった。
こんな所で、それも敵視している奴らを相手に、恥をさらしたくはない。
このまま、口論をさせておいて逃げた方が、理にかなっているはずだ。
けれど、彼の知らないものが、あの2人の間にあり、それを感じた彼の中の何かが、彼を逃げ道から遠ざけた。
彼は動かなかった・・・動けなかった・・・動きたくなかった・・・。
離れなかった・・・離れられなかった・・・離れたくなかった・・・。
――なんでだ・・・見るからにバカバカしい、ガキっぽいことなんだぜ・・・?
そうやって何度も何度も自問し、答えを返すことだけ出来ずにいた。
――ここに居たくねえ!居たら駄目になる!!・・・なのに・・・なんでなんだ・・・・・・?
そのとき、不意に彼の頭の中に何かが甦った。
古い記憶から浮かび上がったのは、暗い町並みの中心。
彼はそこに突っ立っていた。
周りの人は目もくれず、無言で通り過ぎていくばかり。
誰も、自分を見てくれはしない・・・気づいてもしてくれない・・・誰も・・・。
いったい、これはいつの光景なのだろう?
最後の問の答えが解ったとき、彼の中にずっとあった疑問に結論が出た。
――オレが・・・目の前でケンカしている2人より、ガキだったってことか・・・
そう思ったとたんに、彼の中にあった『孤高』と言う名のプライドが崩れた。
同時に、今までずっと抱えて続けていた『やりきれなさ』も崩れた。
そして、のど元に、今まで感じた事もないほど大きな笑いが込み上げてきた。
彼が抑える必要は、もうなかった。
急に大声で笑い出した人がいることに気づき、マリオとルイージは口論を止めた。
それが『彼』である事に気がついたとき、2人とも少し驚いたが、それを気に留めることはなかった。
ルイージが、先ほどマリオにバカにされた時以上に赤くなって言った。
「そっ、そんなに笑うことないじゃないか!」
そんなルイージに、彼は
「ああ、お前の第一印象、まだ言ってなかったな」
と、改めて向きなおして、相手を見下ろし、言った。
「哀れで貧弱なバカ!今のお前にピッタリな言葉だ!!」
そして、また笑った。
それにつられて、マリオも笑った。
ただ1人、ルイージだけは、顔を真っ赤にして、しかめっ面をし続けていた。
あとがき vol.2
やっとこさ第2弾です
前の小説の時には、『あとは後編に続きます』って書いたと思いますが、実はまだあと一話あるんです;
2話目ですべて書ききれませんでした・・・あとからあとからエピソードが増えてくもんで・・・やれやれ
今回は、彼の心境の変化が中心です
兄弟が何かするではなく、存在自体に影響を受けてくんで、わかりづらい面も多くあってすみません
とにかく、今回は、前回に見せられなかった『彼の苦悩』と『弟さんのなさけなさ』が出せたんで、よかったです
・・・でも、これは流石にイジりすぎたかもしれませんね・・・すみません、ルイージさん^^;
さぁ、ラストテーマは『相棒』、あの方が『いい奴』(?)として登場予定です!!
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