マレーシア・熱帯林と先住民の危機
〜サラワク先住民アンディ・ムタン氏を迎えて〜

2002年10月26日(土)

目次

講演の記録
 はじめに、ウータン・森と生活を守る会の西岡事務局長から世界の森林の現状について、説明があり、つづいて、ムタンさんのスライドを上映しながらのお話が始まりました。10年前にも大阪で、講演されたことがあり、その時、知り合ったメンバーもたくさん来ていたので、ムタンさんも、笑顔で、とても和やかな雰囲気で始まりました。通訳は大阪外国語大学の神前さんが担当してくださいました。ムタンさんのお話は以下の通りです。(一部削除している所もあります。また、私が聞き間違えている所もあると思いますので、この文章に関する責任は、米澤興冶にあります。)

ムタンさんのお話

1.サラワクの自然と、その自然とともに暮らす人々

 今、カナダに住んでいますが、サラワクの山の方の出身です。ムル山という山がありますが、歩いて1日半ぐらいのところです。ムル渓谷には大きな鍾乳洞があり、コウモリが住んでいます。夜の7時から7時半頃コウモリの群れが北へ、南へと飛んでいきます。
 熱帯林の樹冠はブロッコリー状でモコモコしています。森の中は暗く、涼しく、しめっています。暗いので、すべての植物が上へ伸びようとしています。ラタンなどの蔓植物もそうです。
 森の中にはたくさんの川があり、水に恵まれています。
 温帯の森の表土と比べ、こわれやすく、熱帯林を伐採すると表土の流出が起こります。
 ラフレシアは世界最大の花で、、大きいものは直径90cmぐらいです。
 ヘビもたくさんいます。
 サイチョウもたくさんいました。ホーンビルは絶滅の危機にあります。くちばしの上の出っ張った所は、鼻が詰まった時の薬となり、装飾品としても使っています。
 オランウータンのオランは人という意味なので、私はオラン・ムタンと呼ばれています。
 森の中で住んでいるプナンの人々の小屋はヤシの葉など、森の中のもので作ります。
 私(ムタン)は定住民の出身ですが、プナンは移動して生活をしています。背中に背負ったバックの中のものが家財道具です。
 プナンは1万人いるのですが、移動生活を続けているのは300人ほどです。
 イバン族のロングハウス。首狩りの伝統があり、生活の拠点です。
 私はケラビット人ですが、川をボートでのぼります。
 お菓子がないので、森に行ってフルーツを食べます。
 どの木が折れやすいかも、知っています。
 かごを編んでいる人たちです。彼らはいろんな植物を利用するすべを知っています。
 薬草です。狩りに出る時、男性と女性、それぞれが触れてはならないというルールがあります。現在、製薬メーカーが注目しています。
 精霊が宿っている木です。
 移動するプナン。野生の動物をペットとして飼う場合があります。その場合はペットを殺すことはありません。このサルはプナンの女性が母乳をあげて育てました。
 国立公園に編入されてしまうと、森と住民が切り離されてしまいます。
 小さい頃、年寄りに、いろいろなノウハウを教えてもらいました。
 子どもたちは、高い所から(川に)飛び降りるのも好きです。私もヤンチャでしたので、よくやっていました。
 小さい子でも、両親が狩りの時はペットの犬や子供の世話をします。
 小さい時から、子供にも責任感をもたせています。小さい子も魚を捕って、食事の材料にします。
 8歳から9歳頃から狩猟に出ます。イノシシなどを狩猟します。
 どろんこ遊びもします。現代社会では、美容のために高いお金を出して泥を塗りますが、私達はただで泥を塗っていました。
 細かい地形もよく知っていて、そうした知恵が皆に共有されていきました。

2.森がなくなると森の文化・森の記憶も消し去られる

 そのような自然の中での暮らしが、どうなっていったでしょうか。
 森林伐採に従事するのは、外の人です。森林伐採は10年から15年前から始まり、今も続いています。先住民の慣習的な土地所有地で伐採が行われます。
 1本の木が倒されると、まわりの木々がなぎ倒されます。切られた木が運び出される時にまた、多くに木がなぎ倒されます。森がなくなるのは物理的であると同時に、森の文化・記憶も消し去られます。
 森が私達の家ですが、国が守ってくれないので、ブロッケードをしています。
 私の出身の村でやったブロッケードでは、7ヶ月間決行しました。それで、伐採会社は別の方に道を造ることになりました。
 この写真では、人々は上半身裸にしています。裸は恥ずかしい姿とされていますが、伐採会社が森を裸にしたことを象徴しているのです。伐採道路が造られ、森を破壊すると、川も汚れます。サラワクでの森林伐採は80年代から90年代のはじめが一番ひどかったです。
 これは、東京の新木場の写真です。サラワクから来た木材です。
 コンパネに使われます。
 伐採の跡地が急斜面でないと、オイルプランテーションになります。
 パーム油・胡椒はマレーシアが世界1の輸出国で、ゴムは第3位です。
 森が失われると、プナンは定住しますが、衛生状態の悪いロングハウスに住むことになります。3ヶ月から6ヶ月単位で移動していましたが、いろんな病気が起こったりします。
 かつては森の中で、日傘もいらなかたのですが、気温が上がり、土もあれて、裸足では歩けず、サンダルが必要になり、日傘まで必要になってしまいました。
 ブロッケードで、トラックと対峙することが多くなり、ストレスがたまります。大きな機械につぶされるという事態に直面させられます。
 今年の6月の写真です。プナンの男性が「9・11」のTシャツを着ています。私たちは共に攻撃にさらされて、おびえて暮らしていると感じているからでしょう。
 5年間抗議してきましたが、聞き入れられず、訴えの手紙を書きました。
 この森は25世帯の家族の森です。6ヶ月後伐採が進みました。
 私たちは少数の民族で、大きな会社に立ち向かわなければなりません。
 私はカナダで10年間住んでいます。
 これは、カナダ・アメリカ・日本の人々です。92年のリオ・サミットではアメリカのゴア副大統領は私たちの抵抗運動を支持してくれました。
 このヤマノミ族(ブラジル先住民)と同じような体験を話し合いました。96年には10数人のヤマノミ族が金の採掘業者に殺害されました。

3.土地の権利を守るための地図作りや植林の取り組み

 カナダに白人が住み始めてからも、白人とは全く違った文化を持った人々が住んでいます。ユーコン川などの先住民です。カナダでは私は難民状態なので、測量をして暮らしています。
 プナンの人たちが手書きの地図をつくっています。
 地図をつくる技術を持った6人のプナン人が周辺の村を地図をつくってまわっています。GPS・GISを使って地図をつくり、土地の権利を巡る訴訟で有力な証拠の資料となっています。
 先住民の慣習地への侵入があり、たくさんの裁判を提訴しています。しかし、3人の弁護士しかいないので大変です。1回の裁判で、1万カナダドルぐらいかかります。裁判の費用がかかります。
 イバンやカヤンの人々は伐採された土地への植林も始めています。アメリカのバークレーと、○○という村が姉妹都市で、支援して植林の活動を進めています。川が伐採跡地からの土砂で汚れて魚が住めないので、池をつくって養殖して食べています。
 今年の6月に40のプナンのコミュニティーが集まって、請願しましたが、認められませんでした。3日間歩いてきた人もいます。
 移動しているプナンの最後のリーダーです。森が失われると伝統文化も失われてしまいます。人をうやまえとか、人としての教訓を教えています。
 森を守ることが大事だと行動しています。
 政府は上流の木を切って、そのお金で子供たちに教育するのだと言っています。

ムタンさんへの質問と、答え

Q.いくつもの裁判が行われているそうですが、その現状はどうですか。

ムタン:弁護士が3人しかいません。中央の裁判所に行く前に、サバとサラワクをあわせた東マレーシアの裁判所に訴えます。プナンの地域では、政府や伐採会社を訴えるのですが、後半の日程は延び延びとなり、裁判を続けるための人材が不足しています。

Q.判決の出た裁判はありますか。

ムタン:サラワク州のボルネオ製紙パルプ会社(州政府が出資?)がイバン族の土地へ侵入した事件では、例外的に、原告が勝訴しました。会社と政府が上告していますが。

Q.西マレーシアで先住民が勝訴していますが、それが東マレーシアにも影響を与えているのでしょうか。

ムタン:裁判で勝っても、政府が実行するかどうかが問題です。

Q.ムタンさんは、一度もサラワクに戻っていないのですか。

ムタン:一度も戻っていません。スライドは別の人に6月に撮ってもらったものです。

Q.カナダではどうしておられますか。

ムタン:移民が生活していくのは大変です。学歴が不十分です。今、若者に水泳と水難救助の応急処置を教えています。サラワクで地図をつくることのお手伝いを支援しています。(私が住んでいる)ビクトリア州は雨が多く、温帯雨林があり、サラワクに似ています。

Q.ケラビット人とはどんな人たちですか。

ムタン:ケラビットとは、外の人が呼んでいるのです。私たちは○○村の人と呼んでいます。他の人々とは言葉が違います。プナンにもいろいろな生活スタイルがあるように、私たちのように山の斜面で焼き畑をしていたり、定住して水田を耕しているケラビットもいます。他の民族との違いは、大きな木を切って、それにいろいろな飾りをして、お祭りをします。また、他の民族とは違った歌があり、楽器は似ています。

Q.村おこしで、「魚の養殖」をやっていた人たちがいたのですが、どうなっているでしょうか。

ムタン:パラム川の上流の村では、バークレーと手を結び、養殖や多角的なプログラムをやっていますが、UNDPにより持続可能な経営として賞をもらいました。バークレー・ボルネオプロジェクトで、「地球の友マレーシア」が関わっていました。

Q.タイなどでは、慣習的土地所有権を認める方向ですが、マレーシアではどうですか。

ムタン:憲法では、きちんと認められており、法律でも認められていますが、伐採会社が無視するのです。ただ、裁判の流れは変わってきています。マレーシアの場合は、裁判は公平で、独立しています。

Q.植林で熱帯林を復活させるということについて、どう考えますか。

ムタン:再生は可能ですが、重機により圧迫された表土では再生させるのはむずかしいです。植林は道路の周りだけです。ラタンを植林する方がいいのではないかと思います。

Q.ウォークマンが危機に陥れているのではないかと思います。奥地の村にまで、カセットテープが進出しています。2週間に1回乾電池を使います。イバンの人たちは、伝統的生活を守るのが義務だという思いが強いとは思うのですが。どのように考えていますか。

ムタン:日本でも、80年、90年前にどんな生活スタイルを取っていたかという問題と同じだと思います。サンダルウッドという木は1万リンギ、2万リンギで売ることができます。それで、大きなラジオを買ったりしています。ブロッケードでも、若者が大きなラジオを持ってきていたりします。しかし、故障すると自分たちで修理ができません。すべて文化は変わるものですが、今の変化は早すぎます。教育がないと町に出ても、技術者にはなれません。彼らのペースに合わせた変化が必要です。彼ら自身のペースで代われるようにすべきです。

Q.今後の運動がどうなったらよいと思いますか。

ムタン:ライフスタイルを考えて欲しいです。消費者はノーということができます。消費を止めれば、サラワクの伐採は止まります。消費者としての考えが一人一人問われると思います。
 私は一つの運動を続けていきます。カナダの先住民とサラワクの運動の交流を果たしていきたいと考えています。