「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

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ベルリオーズ 幻想交響曲 ある芸術家の生涯の出来事5部の幻想的交響曲
Berlioz: Symphonie Fantastique


0091

マルティノン フランス国立放送管弦楽団 1973年
Jean Martinon
Orchestre national de France
(French National Radio Orchestra)

ばっちグー!

録音状態は良い。幾分、カサカサした感じはするが、音場感があり、奥行きも広い。コルネット使用盤
カップリング:ベルリオーズ 幻想交響曲、「レリオ」2枚組BOX

1楽章
録音状態は、70年代とは思えないほど良い。残響があり、ふわ〜っと広がった世界を感じさせる。
ドイツのオケだと冒頭から重々しく始まることが多いのだが、マルティノンとフランス国立管の音は、洗い髪のように、さらり〜とした感触がする。
特に、弦の音色が柔らかく細身で、すらり〜としており、フレーズのなかでも、音の強弱はもちろん膨らみがあり、形が自在に変化しているような感じがする。
がっしりしたフォルムではなく、つかみどころのない、するり〜っと抜け落ちていくような、はかなげな感覚というか、手でつかめない形のないモノが、ふわーっと通り過ぎていくような ・・・。
そこが、いかにも幻想というよりも淡き夢という感じ。若い青春時代にふさわしいような気がする。
とても瑞々しく、若々しく、微笑ましい感じがする。
数多い幻想の盤のなかで、音色は明るめで、爽やかな柑橘系の香りを放っているようだ。

2楽章
第1楽章で、冒頭より、幻想という雰囲気に浸ってしまって〜 宙に浮いたような、浮遊感を楽しんでしまった。さて、2楽章の冒頭は、ハープの音が残響を伴って広がってくる。そこに弦があわさってきて〜 
コルネットが吹かれる。
マルティノン盤は、奥の方から吹かれているという感じではなく、前面に出てくる強いコルネットの吹かれ方である。で、コルネットのフレーズが終わると、弦がワルツを奏でる。
ワルツを聴いているうちに、自然に笑みがこぼれてしまった。なんてエレガントなのだろう。
このコルネットは、この幻想の主人公である青年を表しているのだろうか。ワルツが演奏され、そこに参加したようだ。
ちょっと田舎臭い青年コルネットは、ベタな足取りで、なんとなく場の雰囲気にそぐわない。
コルネットが、全体から浮いた感じがする。これがまた微笑ましい。
年上の女性にエスコートしてもらわないと、この主人公は危なっかしい〜 そんな感じがする。

3楽章
テンポはゆったりしており透明感がある。他の盤だと、晩秋というか暗めの印象を受けるのだが、マルティノン盤は、どことなく小春日和的な雰囲気が漂う。
後半は、天候が急変して暗くなり、ワタシ的には、墓場をイメージをしていたのだが、マルティノン盤は、音色が明るいだけに、暗くなりきれない。

4楽章
断頭台への行進曲は、ティンパニーの響きが充分あるため、重厚さは加わってくるのだが〜
ちょっとなあ。音色が明るく、オケの音色が柔らかいんだよなあ。
他の盤だと、ガシガシにエッジが立ってくるので、凄みがでてくるのだが・・・。
マルティノン盤だと、断頭台の行進が、なんだか華やかなファンファーレに聞こえるような気がする。
う〜ん。これじゃ〜断頭台の行進を眺めている民衆レベルでの視点になってそうだ。
コルネットの主人公は、しょぼくれているのだろうか。埋もれてしまっている。
ギロチンの場面は、最後に、急速にテンポをあげる。
ギロチンの切れ味は鋭いのだが、薄そうな刃なのだ。どすんっ・・・という、重そうな刃が落ちてこない。
あれま・・・。リアルさには、ちょっと欠けちゃうかも。

5楽章
鐘は、カリヨンだろう。本物の教会の鐘を降ろして、演奏会用に使ったのかもしれない。
この音色は、本物の鐘だろうと思う。
チューバの重々しい「怒りの日」が吹かれるが、魔女が集まっての宴会という雰囲気が、あまりしない。
もう少し、おどろおどろしい雰囲気があればよいのだが、かなり、軽めに仕上がっている。
弦のピチカートは軽やかで、爽やかになってしまってて。う〜ん。モッタイナイ。
フレーズのなかで、粘りが出てきたら〜 と思うのだが。どうも語尾が軽くて〜 う〜ん。

マルティノン盤は、前半2楽章は、音色が明るめで、エレガントな印象を受ける。とてもよかった。
しかし後半は、このオケの音色や演出が、災いしているような気がする。
恋心を募らす夢の世界は良く描けているのだが、現実から、妄想を抱くようになる精神の移り変わりという点では、イマイチどうも深く入り込めていないような印象を受けてしまった。 その点は、 う〜ん。残念なような気がするが、すこぶる優美でエレガントな幻想交響曲だと思う。


0033

C・デイヴィス コンセルトヘボウ 1974年
Colin Davis
Royal Concertgebouw Orchestra
(Amsterdam Concertgebouw Orchestra)

ばっちグー!

録音状態は極めて良い。時代に応じて何度もリマスタリングされている。過激ではないと思ったのだが、なかなか〜 熱いしリアル。
このコンセルトヘボウ盤は、デイヴィス2回目の録音で、1回目はロンドン響、3回目はウィーン・フィルとの録音がある。

1楽章
おとなしく、「そらそふぁ〜み みふぁそら〜」と、弦の音色で、ふわーっと幕が開く。
コンセルトヘボウのまろやかな木管の音色にあわせて、弦が奏でられるが、テンポも揺れず、幾分、渋くて、おとなしいかなあ。という幻想の出だしだ。
「らどし〜 しーら ふぁらそ〜」 その後、弦がカシャカッシャと忙しく動き回るフレーズがあるが、派手にならず、う〜ん。こりゃ渋い。
グロテスクか?と言われたら、そうでもないし。しばらくはコンセルトヘボウの音色を楽しむ。
「られふぁ〜 (ホルン) ・・・ みそ〜 られふぁ〜しれそ〜」 ティンパニーが「れれっ ドン ドンっ」
このティンパニーの豊かな響きで、おおっ 目が覚めるような気配。
で、ティンパニーが鳴って序奏部分が終わると、弦が、揺れながら・・・
「らーれらふぁ〜そふぁみれーど れ〜それしそれ〜そら そふぁ〜 そら〜らそそ〜ふぁ しら〜」
と、フワフワしながら昇っていく。ふむふむ。これが妄想の塊かしらん。と思って聴いていく。

腰の豊かさと柔軟性、頃合いの重さと、粘り・・・ う〜ん。これは良い音だねえ。
響きが良いんだね。低弦の音の重さが充分で、楽章そのものに付点のリズムがあるので、面白いのだが、最初の方は、おとなしい。弦の「カシャカシャカシャ・・・」と一定の刻むリズムにも、推進力があるのだが、慌てず騒がず。また、音階をのぼりくだりするところも、切迫感があるものの落ち着いている。
「んっ〜チャララ チャラララ んっ〜チャララ チャララら・・・」 
粘りも充分で、音色も良いし、これは上質な大人の演奏という感じだ。
「らどしら らどしら・・・ ん〜パラパラパラパラ・・・ んパラララ〜」

ムーティ盤(フィラデルフィア管)のような、軽やかさと煌びやかな雰囲気は持っていない。あくまでも、しぶーっい。この独特のまろやかで渋さに悩殺される。きっと、コンセルトヘボウの音色にやられるんだよね。
と思っていたのだ。
それがだ・・・ 今まで、おとなしいな〜穏やかだな〜って思っていたのに。楽章の最後には、変化して、猛烈なスピードに変わるのだ。
木管(ピッコロ)の高音の音が鋭く吹かれ、弦が、ばらけそうな勢いで弾き出す。
金管のパッセージと、弦があわさって主題を奏でるのだが、ここは凄い。
「らーれらふぁ〜そふぁみれーど」の主題なのだが、「らら れれ ららふぁ〜 そそふぁふぁみーれれどどっ」
と、輪唱状態で火花が散っているし、「ららそ そそら みみれ みみそ そそふぁ・・・」
ティンパニーの凄まじい打ち込みと、歯車が壊れて飛んでいってしまうような弦と、金管の弾けたパッセージが、狂ってしまったように回転していく。
ひえ〜っ 低弦の煽りも凄いが、やっぱ、極めつけは怖いような音で鳴るティンパニーの連打と金管の咆吼だと思う。
最後の「パぁーパ ん〜ぱーっぱ んーぱーっぱ・・・ ンチャ れしどっ!」 これ強烈っ。

2楽章
コルネット使用盤である。2台のハープに、コルネットが絡む筈なのだが。
「ぱぱ〜っ ふぁしれそふぁみ・・・」と吹いているのに、残念ながら、ホルンなどの他の金管に音色に消されている。最初、音色がわからなかったほど。
この楽章は、ここは、ハープの響きが良いのと、ほどよいテンポで気品あるワルツが聴ける。
気持ちのよいワルツのなかに「パカパカパカ・・・」と、馬の蹄のような、変な音が入っていたら、これがコルネットである。はあ。間の抜けたような音で、ホント馬だ。
かなり落ち着いた、まろやかなワルツなので、幻想とは思えないほど。
で、この主人公は、どこにいるのだろう。と探してみたのだが、う〜ん。ワカラン。
デイヴィス盤では、どうやら、この舞踏会に参加できず、遠目で、じーっと見ているようだ。
最後、回転が速くなるが、どこまでも美しいワルツだ。
ちょっと寂しい思いをしているようなフレーズが流れてくるものの、スピードがあがるぐらいで、ストーカー風情は、あまり感じられない。なーんだ。内気なヤツっ。

3楽章
つい眠くなる楽章なのだが・・・ さて、デイヴィス盤は?
草原でのデートという感じではないし、明るい陽射しのもとで、寝ているようでもない。
うら寂しい場末でもないしなあ。部屋で、窓の外を見ながら、物思いに耽っているようだ。
弦が「れし〜れし〜ふぁれし〜・・・ らど〜そふぁ〜 み〜らっそふぁみ れ〜そふぁっみれ〜」と思いを深めていく。ここはまだ上品で、可愛く微笑ましい。弦合奏の美しさ、まろやかさが漂っている。
セレナーデのような甘いフレーズではないが、ふふっ 甘いのである。
低弦があわさってきて、ちょっと、雰囲気が変わる。ムクムク・・・ なにやら考えだしたぞ。
よからぬ思いが、頭んなかで出現したらしい。しかし思い直したのかな。
感傷的なフレーズが、コーラングレの音色で、まろやかに奏でられる。舞踏会の思い出に浸っているのやら。ふーむ。弦が後ろで「チャカチャン チャカチャン・・・」
で、ぼーっと物思いに耽っているうちに、遠くで、雷鳴が聞こえてくるのだ。
コーラングレの甘くも寂しい音色に誘われているなかにも、遠方で、ティンパニーが雷鳴を鳴らしている。
う〜ん。どうやら主人公は、ここで睡魔に襲われて寝てしまったらしい。
いや〜 この楽曲の当初から夢の中なのだ・・・というのが正解なのだろうが。

4楽章
デイヴィス盤では、この楽章から、夢のなかのシーンが始まる。
ハイ 断頭台への行進である。殺人シーンは無いのだが、断頭台へ向かわねばならないのだ。
これが、現実ではなく、夢の証だろうか。
で、ティンパニーと大太鼓の響きが、段々と大きくなる。どうやら主人公が登場らしい。
「らっ! らーそーふぁっみれ どっしら〜そ〜ふぁみれどしらーしどどれーみ〜 どっ!どーしら・・・」
ここは、大変厳かに、かなり厳粛度が高い。 ファゴットの音色も充分に不気味さを醸している。
「ふぁっ!ふぁーみーれどっしっらそっふぁ〜っみ・・・」と重々しいなかにも歯切れよく、行進シーンを描いている。で、合いの手の「どっー しっし!」の恐ろしい炸裂音が響く。
「ん ぱーっぱ ぱーっぱっ!」と、更に、金管の咆吼が入る。メチャ圧倒的。こりゃ凄い。
最後の行進 「どどーれみ ふぁみれふぁ みれど み れふぁらど〜 ふぁふぁーれし〜」
これは圧倒的な重量級。盛り上がって最高潮っ。というところでリピートが入る。
(えっ リピートするの?)
デイヴィスさんらしい律儀さで、再度、もりあげてくれる。
まあ。聴き手にとっては、二度美味しいという利点もあるのだが。(笑)

「どどーれみ ふぁみれふぁ みれどみ れふぁらど〜 ふぁふぁーれし〜」
なんだか二回目は、そーどっどれ〜と、金管が悲鳴をあげており、ちょっとコミカルに感じてしまった。
「そーっどどれ」のところはテンポを落とす。
いよいよだっ。どうやらギロチン台にのぼった様子。

「らららん らららん らららん らららん 〜ジャンジャン」と観客の喜ぶ様がみえる。
↑ これ、観客が手を叩いて、やれやれ〜っと囃し立てている様子を描いたものらしい。
「ふぁふぁ ふぁふぁ そそそそ ふぁふぁそそ ふぁふぁそそっ ぎゃーっ」
↑ これ観客シーンが両翼に広がってて、囃し立てているんだと思う。ベルリオーズの細かい描写能力で、立体的映像シーンのように再現される。(はあ。なるほど〜 すげっ)
何度も聴いている幻想交響曲なのだが、デイヴィス盤は、かなりリアルに再現されている。
で、ぎゃーっと観客の声があがったところで、一瞬間をあけ、ギロチンが落ちる。
まっ これは、スパッと首が綺麗に落ちたんでしょう。間髪入れずに、重量級のファンファーレで終わった。

5楽章
楽章の冒頭より、力強く「しどれみふぁ〜ふぁ〜」と低弦が3回響く。
擦れた弦の響き、「ぶわっ」とチューバのゴツイ音。かなりリアルで、不気味だっ。
そこに木管が「れーれれれれれっ・・・れぇぇぇ〜っ」と尻あがりに吹く。 ハハハ・・・ こりゃ 魔女の饗宴にふさわしい。
コミカルなくせに不気味で、この木管群は最高っ。 クラリネットのコミカルさに、笑えてしまうほど、こりゃ〜ええわ。
絶妙すぎる。
「れー れー そー」の鐘も、これ以上ないほどのマッチングっ。いい音だっ。
この鐘には、スカくらう盤も多いのだが、これは自然に聞こえるっ。(拍手)

チューバの「怒りの日」も、テンポゆったりと厳かに吹いている。トロンボーンの音色も文句なし。
大太鼓の響きと、チューバの音で、ホントに最後の審判を迎えるという気がしてくる。 あっ ちがった、魔女の饗宴だっけ。(いやいや〜 最後の審判でしょう コレワ)
「どどど ふぁふぁふぁ・・・ ど・ど・どれみ〜どれみふぁ〜そらふぁみれど〜」
スピーディかつ重量級、ド迫力で迫ってくる。
「どーしーど らーしーそー らーらー」 金管のファンファーレと大太鼓、 木管の不況和音的な音色が、魔女なんですねえ。弦の駆け回る様も、狂ったような魔女の踊りなのでしょう。弦を弓でこする奏法(コル・レーニョ)も、歯の抜けたオババが笑っているような不気味さで、面白い。はあ。主人公は、どんな表情で、この饗宴に参加してるんでしょうねえ。
ん? いませんか? えっ どこへ行ったんでしょう。まだ夢から覚めませんか? ん?

大昔、初めて、幻想交響曲を聴いのが、このコリン・デイヴィス盤だった。
「幻想」って言葉に、ディズニーランドのような可愛い雰囲気を持って聴いたのだが、みごとに思惑がはずれた記憶がある。CDの楽曲解説を読み、ストーリーを知って、げっ! これでは、「幻想」じゃなくって、「妄想」の誤りだろう〜と思ったものだ。
とにかく、断頭台に送られて、自分の首が飛び、不気味な魔女たちに取り囲まれて饗宴に参加するなんぞ、想像を絶しており、西洋版地獄送り編のストーリーに、ぞっとした 。
今は、中毒症状を発してしまうような盤も聴いており、奇妙な楽曲に悦に浸っている時もある。
しかしながら、このC・デイヴィス盤は、まっとうな盤である。しごく、まっとう。
でも、痛快でコミカルでもあり、劇的演出もあり、上品さもリアルさも持ち合わせているようで、まっ、主人公の心象風景という感じが、あまりしてこない盤ではあるのだが、演奏と音響のバランスの良さには、大いに敬意を表したいと思う。さすがに手慣れた演奏だと思うし、あまり深読み可能なタイプの演奏ではないが〜 素直に、まず1枚目はC・デイヴィス盤・・・かな?って思う。


0097

クーベリック バイエルン放送交響楽団 1981年
Rafael Kubelik
Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks
(Bavarian Radio Symphony Orchestra)

ひぇーぇぇ〜

録音状態は極めて良く、すごく端正な演奏で、極めて明晰なのだが、ラストに向けて変貌する。なんとも言えない怖い間合い で、気がついた時には遅い。凍りついてしまう。カップリング:ベルリオーズ「幻想交響曲」、序曲「海賊」(1962年モノーラル)

1楽章
ライブ盤だが、メチャメチャ録音状態が良いことに、まず驚き。
やっぱりオルフェオ盤は良いなあ。と、つくづく感じてしまった。
「らぁ〜 らららら らしどれみ ふぁ〜」「らっ ららし〜ら〜」「みふぁそら〜 れし〜ら」
「そぉ〜ふぁっ ふぁふぁ ふぁみれ〜 れ〜 どれみふぁ〜 そ〜 ら〜 れぇ〜〜ど」
弦の艶のある音色に、うっとりさせられ、息づかい、空気感の良さ。
ゾクゾクとするような幕開けだ。弦のピチカートも、良い音で弾むし、瑞々しさがタップリ詰まっている。
テンポを速めて、軽やかに歌うように、「ったたぁ〜たっ」「ったたぁ〜たっ」っと伸びやかに繰り出す。
この艶やかで、官能な響きに、もう、むずむずしちゃうぐらい。いや〜これは凄いっ。 ホルンの響きも、う〜ん。申し分なく、官能的に震える。
「らどみ〜 しれそ〜 らぁぁぁぁぁぁ〜  みみぃぃ〜 れっし そっ ど れっ! れっ!」
まるで、喉がごろごろ〜っと鳴っているみたいだ。これでは、まるで甘えた猫状態である。

ジャンっと響く残響も心地良く、ところどころ、こんな音が鳴るんだ〜と、木管の音色や、ん?と思う音が飛びだしてきたりするのだが、普段埋もれている音なのかもしれない。
余裕たっぷり贅沢な響きと共に、聴きようによっては、かなりエロティックで、揺れのある響きと、弦の艶のある響きが聞こえてくる。深みのある豊かな弦の響きが、ことのほか芳醇だし、両方の耳に飛び込んできて、最高の料理を味わっているかのようだ。

オーボエの響きや、フルートの木管が、いや〜こんなフレーズが入っているのか。
「らーれらふぁ〜そふぁみれーど れ〜それしそれ〜そら そふぁ〜 そら〜らそそ〜ふぁ しら〜」
と、カッシリしている癖に、どことなく、浮遊感を感じさせながらも、熱く、熱く〜 いや〜すげっ。
単なる熱さだけじゃーなく、すごく、しなやかなのだ。
デイヴィスのコンセルトヘボウ盤も好きなのだが、このクーベリック盤は、いろんなフレーズが、それぞれに個性を出しているようで、音の風合いが微妙に変化して出てくるところが面白い。

2楽章
語尾の長さと流れが、とっても優美なワルツで、高音域のヴァイオリンの細い響きが綺麗だ。
「んチャッチャ んチャッチャ れどしらしどれみふぁ〜そらど し〜らどし ら〜そ」
「そ〜み みれれどしらし どしどふぁみれ・・・」
えっ この盤、弦が両翼型に配置されているのかなあ。メチャ細身の響きで、力はあるが、軽やかな響きで、すーっと流れてくる。音のノビが、まるで素麺のように腰があって伸びているのだ。
木管も細身の響きだけど、へえ〜 木管が止まるのかと思うほど、しっかりテンポを落として、場面展開を図っている。えっ いつもと違う。
でも、総体的には弦の弾ける音が、なんとも言えない綺麗さ。ハープのつま弾く響きもクリスタルガラスみたいに光っていて、すげっ。
このクリスタルグラスみたいな響きは、ちょっと独特なんだけど〜 これが、ホントの品の高い、煌びやかな格調の高いワルツだろうか。う〜ん。

3楽章
ここは、暗い暗雲たれこめた楽章だという感じなのだが、いやいや、この盤は違いますねえ。
木管の演奏の醍醐味が味わえる。
なんだか、いつもは、場面を想像しながら聴いているのだが、このクーベリック盤は、想像力を発揮できる以前に、綺麗すぎて〜聞き惚れてしまう。 下手なイマジネーションは湧かない、湧かせないという感じの演奏で、う〜ん。余計なモノは要らないようだ。
フレージングは個性的だが、弦の細さ、弾ける弦の響き、各楽器の弦が合わさった時のふくよかな響きに、うっとりさせられて〜 オケの色彩感にあふれた響き、特に、ヴァイオリンが弾いているフレーズに、耳がそばだって〜完全ノックアウト。
このCDから繰り出してくる音の世界に、どっぷり〜 演奏にのめり込んで聴いてしまった。

しかし、オーボエの響きに、いつもなら、ワタシ的には、枯れススキ状態の野原、墓場がイメージされるのだが、これは 、どういえばよいのか、氷の世界に閉じこめられた感じがする。
ただ、楽器の響きは精緻で、流れてくる音に耳がご馳走だ〜っと叫んでしまう。どんどん耳が大きくなっていくみたいな感じで、不思議な感じがする。
弦がダメ押しのように、かき鳴らしながら〜 「そぉ〜らぁぁ〜 ら〜 し〜しっっし ふぁふぁふ どどど ららら・・・」と押しまくられると、どん底に突き落とされてクレパスに墜落。 
ここの楽章、ホントは、もっとグロテスクで、怖い感覚が必要なのかもしれないのだが、怖いを通り越してて〜どことなく、他盤とは次元の違う。
空気感の解らない時空間が広がっており、まるで異次元だ。呪縛に取り憑かれて、手探り感すら拒否されているようで。そのくせ、どこか柔らかく優しい。透き通ったフレーズが、柔らかいような真綿で首を絞められているような。テンポが遅いのが怖いような。、

「そ〜ら れぇーし そぉ〜ら れぇ〜み」 ごろごろ ごろぉ〜
「そ〜ら れぇーし れ〜らぁ〜」 ごろごろごろ〜 ドン ごろごろ〜
「どぉ〜し ら〜し しっらし れっれ〜」 ごろごろごろ〜 
このオーボエとティンパニーの鳴りっぷりは、遠いところから雷が鳴っているというより、テンポがすごく遅めで、木管の響きが押さえられており、張り付いた感じがする。 ある意味、メチャ、この間合いが、すごい緊張感を強いる。
グロテスクさというよりも、宇宙で小惑星が爆発を起こしているのを、どっか他人事のように、宇宙船から見ているような〜 いや。それが地球でした。って感じのオチが着きそうな。
すごいティンパニーの間のある響きで、手に汗がじっとり〜。

4楽章
断頭台への行進曲は、ゆったりとしたテンポで、ティンパニーと大太鼓が入ってくる。
どうも〜 なんか、お馬鹿な感想を書いているが〜人間世界で収まらないような、単に男の夢物語では終わらない感じがするのだ。響きが、どすこい、どすこい式の重量級ではなく、スレスレ、キワキワ的な、スマートな響きだからかもしれない。
キレが凄くあって、金管の響きも直線的だ。金管の凄いパワーが、ドンドンと下に下がってきて、そのくせ、ボルティージが上がってくるという、破裂をする。
透明スケルトンのように、エレベーターのあがりくだりのようで、ひえっ。重心が上下に移動している。
テンポをいじっているわけでも、3楽章までの端正さも明晰さもあるのに、響きが、ぐぐ〜っと重低音になっていて、下の音が、ぐぐ〜っと伸びている。なんとも、ボコボコ言う低音の木管の響きが、ひひひ〜っ 面白い。丁寧な音の運びで、派手さはないのに、スケルトンのように音の構成が見えるようで、とっても面白いのだが、底知れぬ不気味さも持っていて、ひぃえ〜 気がついたらテンポが少しアップしているし、シンバルは、シャンシャン鳴っているし〜
気がついていたら、不気味な骸骨が、隣に立っていた。という怖さだ。知らず知らずのうちに、首チョンパされていた〜って感じでしょうか。

5楽章
ある意味、これまで端正だった演奏が、めっちゃくちゃ変わる。
ルバートかけまくりで、異様な、間合いの取り方で、これぞグロテスクっ。畳みかけてくるかと思ったら、ブレーキが掛かるし、えっ。これぞ、クラクラ〜目眩がする。
気味の悪い、笛吹き隊がやってきて、お囃子のように調子づかせたと思ったら、カーンっ。カーン。
遠いところで鐘が鳴っている。

怒りの日は、出だしは短めのフレーズで吹かれているが、やっぱり、このクーベリック盤の怖いなあ〜と感じさせるのは、ワタシ的には間合いだろうか。それに、主となる金管フレーズの後ろで、風が舞っているような弦の響きが、一段と空恐ろしい。幽霊の足跡のような、ひゅーひゅーと、尾っぽがついてて舞い踊る。
そう〜 まるで火の玉のように。いや、火の玉の動きもだが、それよりも、揺らめく軌跡が怖いというか。
げぼっ。
金管の派手なスケールで圧倒されるというよりも、この盤は、なんとも言えない首を締め付けられそうな緊張を強いてくる間合いと、テンポの揺らめき感、木管のヒーヒー言う音と、弦の擦れた音に、超リアルに気持ちが悪いっ。
ティンパニーも怖いし、木管と弦の響きが、なんとも底知れぬ世界を描きだす。

で、気がついた時にはもう遅い。
アナタの隣には、いったい何が忍び寄っていたのでしょう〜的な、空恐ろしい演奏である。ぼけ〜っとしている間に、知らぬ間に忍び寄ってくる恐怖でしょうかねえ。 アナタの隣には、ハテサテ、何が居たのでしょう的な怖さ。
これでライブ盤っていうんだから超驚き。
最後、拍手入りなんですけど〜どんな顔をして皆さん手を叩いていたのやら。ワタシにはわかりません。


マゼール クリーヴランド管弦楽団 1982年
Lorin Maazel
Cleveland Orchestra

なんじゃ こりゃ〜

録音状態は良い。もっとエグミのある演奏を期待していたのに完全に拍子抜け。
確かにアンサンブルは綺麗な演奏なのだが、超快速に、飛ばしに飛ばして演奏されており、タメもなく、おどろおどろしさもなく。主人公の妄想も情念も、あったもんじゃない。呆気にとられているうちに終わっちゃった。

1楽章
とっても端正で、とても流麗な演奏で、高音域の音色が美しく、爽やかに、さら〜っと流れて行く。
弦のさらさら感が、とても清潔だし、スピーディで弦の推進力が、とっても感じられる。
しかし、あれっ やっつけ仕事みたいに、さっーっと行かれちゃって。ありゃ。
もう少しタメて欲しいなあというところもタメずに通過。美しい演奏ではあるのだ。特に、弦の響きの美しいことに、あっけにとられているうちに・・・ 音楽なのでね〜 スイスイと進んでいってしまう。
「ん たぁ〜た ん たぁ〜た」と、伸ばすところも快速で、あっけなく通過してしまい、粘りがない。
ティンパニーの叩きを、もっと入れて〜っ ここは、もう少し豪快にやってくれなきゃ・・・と、タメのない演奏に、こっちの不満がたまってくる感じだ。 えっ、もうピチカートの場面になったの。
ラストの弦の静けさが、何故、こんなにクローズアップされるわけ? う〜わからん。

2楽章
ハープの音色と弦のうねりが、段々と膨らんで、ワルツの始まりを告げる金管のフレーズが入ってくる。
このワルツも、美音だが、速いっ。
決して悪いわけじゃーないのだが、怪奇小説風に演奏してくれるものだとばかり思っていたのだが・・・ あらら〜 すっかり肩すかしを食らってしまった。
まるで、シンデレラが帰る時間を気にしているみたいに、行動が素早いのだ。
あの〜 主人公の男性の情念っていうか、そんなモノは関係ないの?
サロンで、好きな人を探しているんじゃーないの? 追っかけをしているんでしょ。目で女性を追いかけているんじゃーないの、えっ ストーカーみたいな行為のようなモノは、ないの?
これじゃー 好きな人とは、いつでも会えるので、今日は、踊って早く帰りましょう〜って感じじゃん。
門限に間に合わないわって感じで・・・。そそくさと帰り支度している主人公のようで、これでは、いくらなんでも、サロンで優雅に踊っているわけではないようである。

3楽章
「そぉ〜ら れぇ〜し そぉ〜られぇ」と、静謐な感じがする。
とても透明度の高い、しっかりした演奏で、とても満足するのだが、どうも、野の風景という風景がイメージしづらい。
なんか味付けが、さっぱりしすぎて、良い演奏なのだが、どろっとした感覚がないので、淡泊すぎて〜 どんな野の風景なのかが、わかりづらくなっている。 遠くで雷鳴が響いているというのは、なんとなく、わかるんですけどねえ。

4楽章
ティンパニーの響きは、シャキっとしてて、低弦の響きが、ごりっとしてて良い。でも、速いっ。
ファゴットのパコパコとした音も入っているのだが、「そぉ〜 どっど れぇ〜」
金管の 「どどーれみ ふぁみれふぁ みれどみ れふぁらど〜 ふぁふぁーれし〜」のフレーズも、超快速で・・・
へっ あのぉ 断頭台への行進なんですけど・・・ えっ 逡巡する、いとまもないわけ?
この演奏って、お役所仕事より、超マズイよ。繰り返しもないので、な〜んの感情もなく、主人公の思いも、へったくれもなしで、シャンっ! ハイ、一丁上がりって感じで、終わっちゃった。
ええぇ〜  これでは、誇大妄想も、幻想でもなく、やっつけ仕事そのものでしょう。あちゃ〜っ。なんじゃこりゃ。

5楽章
あ〜っ 最終楽章で、ようやく迫力が出てきました。大太鼓さんが火をつけてくれたようで、ようやく、リズムが出てきて、木管が踊り出す。カリヨンは良い音なのだが、弱音すぎて、音が聞こえないほどのところもある。
チューバの音は、やっぱり迫力あるし、弦の綺麗な音があるのだが、どうも、おどろおどろしい感じとは無縁で、これもスイスイ走ってしまう。
大太鼓だけだなあ〜 迫力があるのは。
怒りの日という感じでもなく、教会の鐘が、遠くから鳴っています〜的で、いたって淡泊で、これでは、魔女の饗宴ではないですよねえ。2楽章で、シンデレラが帰る時間を気にしていたサロンと同じ現場を訪れているかのようで〜
これから舞踏会が始まるんかいっ。場面設定が、ちがうでしょうっ!(プリプリ、ぶっー!)


0082

アバド シカゴ交響楽団 1983年
Claudio Abbado
Chicago Symphony Orchestra

う〜ん。どうだろ

録音状態は大変良い。奥行きもあり残響もあって心地よい。
広島にある「平和の鐘」の音を使っている。

1楽章
録音状態が良く、瑞々しく、ふくよかに歌いながら流れていく。金管類の残響も透明感にあふれている。
う〜ん。これはスゴイ。良いっ!
シカゴ響とは思えないほど、音色がまろやかで、思わずジャケットを見直してシカゴ響だよなあ・・・と再度確認。
フランスのオケかと思っちゃった。
ショルティが振るとガンガンに金管を鳴らす傾向にあるし、弦は汚いと感じるのだけど・・・アバド盤では、フレーズが膨らんだり萎んだりしながら、柔軟に動いていくようで、手触りの良い布が、空ではためいているような感覚。しなやかで弾力があり、歌っている。
あれま。ショルティが振っているシカゴのイメージとは大違い。
幻想では、ねちっこく演奏する盤もあるが、アバド盤は、ねちっこさは少ない。
若い青年の恋心には、淡さと気高さが感じられ、品がある。
確か・・・「アヘンによって生じたさまざまな覚醒」というサブタイトルが付いていたような。
う〜ん。そういう点では、美音すぎ。残響がありすぎ。深みが足らない。心理的要素に欠ける。と感じるところもあるんだけど・・・。

2楽章
気品あふれる華麗なるワルツ。思い人が登場してワクワクというのは素直に感じられる。
激しさも持ち合わせて最後は終わるが、う〜ん。どろどろ〜っとしたような嫉妬心に駆られ、病的な感覚に至るという感じではない。悪い癖がないというかなあ。人間の悪い面、悪魔的要素が少ない。
楽曲としての響きとして楽しめるが、心理的に病んでいる描写には至っていないので、その点がなあ。
イマイチかも。コルネットの音色は、あまり目立たない。

3楽章
静寂のなかで響く残響が良い。シーンと冷え切った盤もあるのだが、アバド盤は、響きがすごく温かい。
艶もあり、残響を利用した夢想の世界を描いているようで、これは、まどろみ的だ。
ワタシ的には、ちょっと退屈する傾向にある3楽章なのだが、アバド盤は、聴かせてくれた。

4楽章
金管の咆吼は、やっぱスゴイ。でも、単純なドカーン!ではなく、響きが良い。
テンポが良く、アクセントも十分に効いている。リピートあり。重厚感もあるがストレートには飛び込んでこないので、わりとマイルドに聞こえてくる。
テンポは幾分速め。でも裏で、小刻みに金管が吹いているのが分かる。
あくまでも粘らず、爽快なほど明るい。ん? 断頭台への行進のわりには、明るすぎるんじゃー。
ぱらん ぱらん ぱらん ぱらん ぱらんっ・・・ジャン ジャン!
金管と弦の掛け合いなんぞも、明るく爽快すぎて。どひゃん。
断頭台への・・・というより、遠足に行く前のウキウキした感じになっている。
小太鼓の響きは、良かったんだけど。グロテスクさは皆無。あのぉ〜 首が落ちちゃったんですけど。

5楽章
木管の音色も十分に入ってて音響の響きも良い。鐘の音色も、広島の・・・と言われないとわからないのだが深みがあっていい。3回目の繰り返しは弱すぎだが、あとは良く響く。
で、「怒りの日」のチューバの音色は、「怒りの日」という感じではないんだよなあ。最後の審判的には、厳しさが足らないと思う。
炎が燃え上がったり、不気味な魔女たちの踊りや、骸骨の踊りのように想像する場面なのだが・・・
う〜ん。綺麗にまとめられてしまった感じがする。
特別に、グロテスクで奇怪な演奏を望んでいるわけじゃないのだが、この演奏では、綺麗すぎて、嫌な面をさらけだしていないような気がする。
誰しも、避けてとおりたいところがあるけど、これは、見て見ぬふりするための楽曲ではないと思う。
演奏のテクとか音響は良いけど、どうかなあ・・・。結論的には深みが足らないな〜と思ってしまう。


0088

デュトワ モントリオール交響楽団 1984年
Charles Dutoit
Orchestre Symphonique de Montreal
(Montreal Symphony Orchestra)

ふむふむ。

録音状態は良い。繊細で丁寧。綺麗な演奏なのだが、素人のワタシには、イメージが湧きづらく、ちょっぴり面白さが少ない。

1楽章
デュトワ盤は、さらっとしてて爽やかさの感じる演奏で、どろり〜っとした幻想交響曲ではない。
どちらかといえば繊細で、高音域の軽やかなフレージングに、ノビのよい息づかいが聞こえる。
「れふぁそら〜 れし〜っら らぁ〜 そぉ〜ふぁ ふぁ ふぁみれ れ〜どぉ」
「どれみ ふぁ〜そ〜ら れ〜 れぇぇ どぉ  れっれ〜っどし どぉ〜っ」と、いっけん爽やかで、さらっとした感覚なのだが、弦のそろり〜とした フレージンのなかにも、抑揚のついた瑞々しい感覚があって、とっても絶妙だ。
何気ないような感じなのに、丁寧で、微妙な抑揚があって、窺うように弦が繰り出してくる。
たっぷりした官能的な演奏ではなく、奥ゆかしくありながら、結構、詰まった、密度の高さのある演奏だと思う。次々に繰り出してくる押し出しの強さは感じないのだが、気配りの効いた草食系だ。
初めて聴くと、えっ〜 あっさりしててコクがないかなぁ〜って思うのだが、若々しく、オケの音質が水彩画のような色調なので、そう感じちゃうのかもしれない。

幻想交響曲って、結構アクの強い 、個性的な盤が並んでいるので、このデュトワ盤は分が悪いかもしれないんだが、乗せられちゃうノリの良さもあるし、弦と金管が一緒になって、ティンパニーがダンっと入ってくるところなんか、花火がパッっと打ち上げられたような綺麗さがあって、う〜ん。みごと 。
ホルンのフレーズ、弦のフレーズ、繊細で、織り目が綺麗だし、襞が綺麗についている。
ただし「夢、情熱」という熱っぽさが影を潜めてしまって、曲想にマッチしているのかと言われてしまうと、う〜ん。どうでしょ。
誰がみたって解るような熱にうなされた男性というのではなく、すっとした顔立ちのスマートなお兄ちゃん、ナルシストタイプである。

まっ それはともかく〜 久々に聴いて、幻想って、やっぱ、凄い交響曲だなあ〜って思う。
木管と弦の役割分担とか、気をつけて聴いてないと、えっという間に、逆の役割が変わっていたりするし、その変わり方が絶妙で、、、あれま。 こりゃ、もっと聞き込まないと。と思っちゃった。
デュトワ盤は、推進力を保ちながら、丁寧だし、音は濁らないし、フレージングの交差するようなところも、音のフレーズの重なり具合なんかも、透明感があって、分離してて綺麗に聞こえるし。 う〜ん。やっぱ旋律美、フレーズの処理の仕方は巧いよなあ〜って思ってしまった。まあ、この盤は、理知的でありながら、スマートすぎて鼻についちゃうタイプでもなく、サクサクっとして、食感が気持ち良い演奏だと思う。

2楽章
線の細さはあるが、ハープの音も綺麗に入ってくるし、高音域の美しさがある。
「んチャッチャ んチャッチャ」っと、 もっと、ノリの良さがあっても良いのにな〜と思いつつも、この上品さには、にんまり。残響もほどよく入っていて、煌びやかさを抑えめにして、タメもきちんと取っているし、オルゴールのような可愛さがあって、優美な流れが出ている。
でも、ちょっと幻想って感じよりは・・・乙女チックな夢幻さを感じる。客観的に見られなくなってしまった、ちょっぴりアブナイ男性が思い描く女性像としては、ちょっと可愛らしすぎるかもしれない。
頭でっかちに、美化しすぎているようで、この方、ロリコンか? かなりアブナイ。
かなり綺麗すぎて〜 均整が取れすぎているんじゃーないだろうか。ちょっと引いちゃう。(笑)

3楽章
この楽章は、暗雲たれこめた 墓地というイメージなのだけど〜 ウツウツとしているというよりは、秋空の涼しい光景のようで、頭でっかちになった、熱ぽい男性は、ここにはいない。 どうも綺麗すぎる演奏で、ちょっと感情移入がしづらい。
デュトワ盤は、標題にとらわれないで、丁寧に演奏しています。という感じだろうか。すごく巧いんですよ。演奏は。
ホント・・・。でも、ぎゅーっと想いが詰まった演奏というよりは、まっとうに演奏しますぜ。という、デュトワさんの演奏自体のセンス なのか、独特の美意識かもしれないですね。
かなり客観的というか、あっさり淡泊な演奏で、演奏家にとっては、うん。やっぱお手本みたいに演奏されているみたいに感じます。 リアルなティンパニー、オーボエのフレーズ、コーラングレ(イングリッシュホルン)の音色、絡み方。みごと。
でも、なーんか足らない。

4楽章
断頭台への行進曲の出だしは、意外と遅めのテンポで始まる。
ドンっという鋭い打楽器が入っているものの、音の分離が良く、重くならない。
チューバが入ってくるところからは、テンポアップしてくるし、金管の咆吼が鋭く鳴らされているが、馬力がなあ。腰高で、粘りや重量感は、直接伝わってこない。
断頭台への行進って感じではないんだよな。切れそうな狂気は、ここには存在しません。
もはや諦め、達観ですかねえ〜って感じで、やっぱ心臓バクバク。どうしようという焦りは感じないし、断頭台、ギロチンを目の前にしているというリアル感がない。夢は、単なる夢ですよ。と言われているようで、どうもねえ。手に汗握る〜という感覚が無いのは、ちょっと。
アンサンブルは綺麗で、整っているのだが、整っていることが・・・ う〜ん。断頭台では、ちょっと・・・モノ足らないでしょうか。(ワタシが悪趣味なんだろうか。いったい何を期待して聴いてるんだ〜と怒られそう。)

5楽章
この楽章は、ようやくお目覚めか。という感じで、テンポアップしてくれる。
ティンパニーが入って金管の咆吼が始まると、一気呵成に進む。木管の乾いた、リズミカルさ、ファゴットのボコボコした音が合わさって面白い。
若い美女たちの乾いた哄笑が、どことなくイメージできるし、髪の毛をふりみだして、首を振っている光景も、ちらほら。でも、なーんか、ここで使われている鐘が、か細くて、、、おいおいっ。
やっぱ〜ロリコン趣味じゃん。と思ってしまった。えっ。やめてよぉ。ここで使われている鐘は、チューブラベルなんだろうか。ホンモノの鐘のようには、う〜ん。聞こえないのだが、いやいやカリヨンだなあ。
えっ どっちだろ。迷ってしまう〜 (あー ワタシの耳が悪いのか)
音程は、文句ないんだが、もしかしたら、この鐘は、あまり厚みがないのかもしれない。
金管の咆吼は、あっぱれ。怒りの日のテーマは、綺麗で、綺麗なのは、1、2を争うぐらいだが、怒りの日というイメージがしない。

で、最後には尻上がりに熱くなる。この尻上がり感覚は、どどどーっと走るというより、帳尻合わせのように聞こえちゃう。今まで、抑えめに演奏してきましたが、ここで、タガが外れました。ちゃぶ台をひっくり返した。という感じでもなく、いたって冷静である。
丁寧な演奏だと思うのだが、リアル感には乏しく、素人が楽しめちゃう要素は少なめ。聴き手にとっては、もろ標題音楽なので、流れてくる音楽に、イメージを膨らませてくれる要素も欲しいところで・・・
その点では、イマイチ。
いつも勝手なイメージを膨らませて、聴いているワタシ。こんな聴き方で良いのかしらん。と、ちょっと自己反省しつつも、やっぱ幻想は、イメージを膨らませて聴きたい。
勝手なイメージを膨らませてしまうことの是非はともかくとして・・・。素人のワタシにとっては、イメージを膨らませることが好きなのです。ごめんなさい。


0099

ケーゲル ドレスデン・フィル 1984年
Herbert Kegel
Webpräsenz der Dresdner Philharmonie
(Dresden Philharmonic Orchestra)

あちゃ〜

録音状態は、リマスターされており良い。ルカ教会での録音なので、ほどよく残響もある。
この盤の特徴は、5楽章で入ってくる鐘の音が、まるで京都の寺の梵鐘のようで〜 かなり異質だ。ずっこける。

1楽章
テンポは、ややゆっくり。のっけから暗くて、ジメジメしており、変なストカー的な人物が、どうやら恋心を抱いているらしい。という感じになっている。
楷書体というより、カチカチしてて歯切れが良すぎるほど。
マルティノン盤のような、ふわふわした若い瑞々しさなんぞ、カケラもなく。
特に、弦の歯切れが良すぎて、おばあちゃんの入れ歯が、ガチガチ鳴っているような気がする。
でもティンパニーが鳴り出すと、背筋が、すーっと寒くなってくる。 突然、激しい恋の炎が燃えあがったり、嫉妬したり、とても忙しい。 思いこんだら・・・という雰囲気が十分に伝わってくる。
音量を急に大きくしたり、小さくしたり、テンポを揺らしたり。ケーゲル盤を聴いていると、いっきに不安定な気分に追い込まれる。 なんだか、こんな人物を相手にすると刺されるんじゃ〜ないかという狂気を感じる。
アンサンブルも巧いっとは、ちょっと言い難い。弦と金管の間に、すっぽり隙間が見えたりしているし、テンポを速めると、ばらけそうになっている。でも、この隙間が怖い。

2楽章
ワルツの響きは豊かで、残響も美しい。ここだけを聴くと、ケーゲル盤とは思えない。
かなり上流貴族たちが集まっているような、舞踏会のようだ。
で、主人公は、この舞踏会において恋人(思い人かなあ。)に会えることを、かなり期待していたようなのだが、登場したとたん、目が釘付け。まとわりつきたい思いが一気に上昇。フレーズにからみついている。

3楽章
冷たい感覚でテンポも遅め。氷の世界のようなのだが、妙に温かさも感じるし。不思議な感覚。
テンポが遅いので、眠くなることも確か。最後、弦があわさってガシガシっと弾くところは、氷が割れたような感覚で、クレパスに落ちた気分になる。

4楽章
静か〜に始まる。ちょっと退屈なぐらい。不気味というより透明感があふれている。
静まりがえったなかで断頭台への行進が始まる。
テンポは、揺らさずインテンポで進む。音色はさほど悪くなくないのだが、無感動気味。もりあがっていくところで繰り返す。リピートあり。
コルネットが静かに吹かれている。旋律は盛り上がっていくのだが、ケーゲル盤は、あくまでも冷ややかで、熱狂的には盛り上がらない。感情移入がしづらいのは何故なんだろう。抑揚がないフレーズではないのに。何故なんだろうなあ。う〜ん。考え込んでしまう。
几帳面に、振り子が振られているような感じで、旋律が動いているわりには、運動体という感じを受けないし、ギロチンがおちたところも、う〜ん。落ちたなあ。と無感動で終わってしまった。
不気味さはあるのだが、ちょいとクールすぎてイマイチ。

5楽章
テンポが几帳面でおもしろくないな〜と思っていたのだが、ようやく最終楽章で盛り上がる。でもねえ。
そこに水を差すのが、鐘の音なんだなあ。突然、東洋風の音色に変わりまして、ごーん。ごーん。
えっ カリヨンじゃーないのぉ。 これって梵鐘でしょ。お寺の鐘じゃーん。
唖然として、口があんぐり開いてしまった。

この鐘は、割れているのか、半音分ぐらい低いのか、怒りの日のチューバの音と、まったく合わないのだ。
こりゃ〜ひどい。どこのカリヨンを借りてきたのかわからないけど。う〜〜っ。唸ってしまう。
このケーゲル盤の鐘は独特で、梵鐘だということは知っていたし、それが面白そうだと購入したことは確かなのだが。ホント、ここだけ何度聴いても、唖然として驚き、最後には苦笑気味で終わる。
通しで聴くと、なんで〜 こんな鐘を選んだんだ〜と、段々と腹が立ってきてしまう始末なので、あまりお薦めはしない。

大太鼓が遠くでボコボコと鳴り、割れたカリヨンが鳴る。
最後の審判としては、地獄行きという判決が目に見えている状態で、ずっと時間が過ぎるような感覚で、そう意味での不気味さあり。このケーゲル盤、怖いってわけでもなく、おどろおどろしい世界でもない。
狂喜乱舞の世界になるわけでも、エキセントリックでもない。煽られているわけでもない。
ニコリともせず、動きもせず、じっーっと冷ややかに背後から見据えられた感じがする。


0100

ムーティ フィラデルフィア管弦楽団 1984年
Riccardo Muti
Philadelphia Orchestra

これもありかっ

録音状態は良いが、少しボリュームをあげて聴きたい。
前半の楽章は、華麗なサウンドで、情熱的に流麗に演奏されている。美女の饗宴って感じ。
惜しむらくは、鐘の音。少しうわずった音で拍子抜け。

1楽章
冒頭、「そそそそそそそ そらしど〜れみ〜ふぁ〜」 木管の音色にあわせて、弦の色つやがよく、ソフトでありながら、華麗なサウンドが流れてくる。う〜ん。幻想的な幕開けである。
序奏部分が終わると、弦が速いっ。「ふぁみど ふぁみど〜 そらしど〜っ」と、一気に昇っていく。
わぁ〜っ やっぱ、弦の高音域と木管は綺麗だ。オーマンディ後のフィラディルフィア管の音色は、軽やかでありながら、キラメキ感がある。
主旋律の弦だけでなく、合いの手の弦も、軽やかでシルキーだ。
ムーティ盤の幻想交響曲は、冒頭こそ、テンポはゆったりめだが、そのうち熱情を感じる演奏となっている。テンポは軽快で、揺れる要素を多分に含んでいる。
「られふぁ〜しれそ〜」弦のビブラートも細やかに響き、「ドン ドン・・・」と打ち込まれるティンパニーの響きも、ほほ〜っ。と唸るほど響いており、残響が良い。
「そーどそみふぁ〜みれど〜し れ〜それ しそ〜れ〜そら〜そふぁ〜 そら〜そふぁ・・・」
ジャンジャン・・・と低弦が下支えをしながら、ヴァイオリンが揺れながらメロディーを奏でていく。
それにしても、幻想の旋律は一筋縄ではいかなくて、付点のリズムもあり、カシャカシャカシャ・・・と一定の刻むリズムもあって、大変面白い。
両方のスピーカーから、ちょっとずれた感じで、「んチャララ チャラララ んチャララ チャララら・・・」
「パラパラパラパラ・・・ んパララ〜」と奏でられてくると、もう舞い上がってしまうほど嬉しくなる。
舞い上がりそうなのは聴き手の私だけで、ムーティの演奏自体は、低音部分がしっかりしており、骨格が引き締まった感じで、バランスが良い。
テンポは揺れるし、弦が音量を微妙に変えて、ゆらゆらした浮かれた熱情を描いており、ティンパニーのロールも熱情を煽るかのように打ち込んでくるし。突き進んでくる勢いもあって・・・凄い。
じっくり聴けば聴くほど、のめり込んでしまうような演奏だ。

2楽章
うなされたような弦の蠢きに、2台のハープの音色が絡む。
ハープの美しい響きを聴きたいのに、ちょっと遠め。で、テンポが速いっ。
ハープより弦の熱情の方が強く、畳みかけてきて、階段を、ぶっとび〜っ。転がり落ちたところで、ワルツが始まるって感じ。ホント、この冒頭は、まるで階段の上から、ホールの美女をめがけてダイブしているようなモノ。 げっ。凄まじい。冒頭が、こんな状態だから、せわしないワルツで、この浮かれ方は尋常じゃーありません。速い。速い。最後には目が回る。ぐたっ・・・。

3楽章
草原での笛が、のびやかで、つい眠くなってしまう楽章だ。
あの熱狂的なワカモノは、何処へ行ってしまったのやら。踊り疲れて、草原で眠っているのだろうか。
ムニャムニャ・・・寝ているなかで、夢で見ているのだろう。
暖かみのある演奏で、秋のモノ悲しい風景にはなっていない。ワカモノの熱狂的で気怠い、汗くさい雰囲気もする。
遠くで鳴る雷は、さほど激しいわけではないが、ついに暗雲たれ込めてきたか。
雷が鳴っているにもかかわらず、気もとめず、甘いコーラングレの音色が、まだ艶っぽく吹かれている。

4楽章
断頭台への行進は、ティンパニーの響きのなかで、「ふぁふぁーみら ふぁふぁーみら」
「らっ らーそふぁみれどっ しら〜そふぁみれど らっしどれーみ どっどーしら・・・」ここはテンポが遅い。
鈍重なほど遅いが、恐ろしいほどの音で、「ん ぱーっぱ」と金管の咆吼が入る。
ムーティ盤は、あまり深刻に暗くなっていない。テンポも一定で、ぱぱぱぱ・・・と木管が一定のリズムで刻む。かなり落ち着いている。
その後、ティンパニーで高揚し、「ぱぱーっぱ」は、軽快になっていく。なぜか軽量級で。ん?・・・・ うっそぉ。もっと重量をかけてくれないっと ・・・と思ったらリピートが始まる。
ティンパニーは、よく響く6連符を叩く。悲痛ーな響きを期待したのだが、さほど、悲鳴をあげてくれない。何度か、金管が咆吼するのだが、軽量で明るめだ。
あのぉ ピクニックに行くわけじゃーないんですけど。
その後、ティンパニーの連打から、金管が低音で唸りながら「どどーれみ ふぁみれふぁ みれど み れふぁらど〜 ふぁふぁーれし〜」と重厚になるのだが、う〜ん。やっぱ明るすぎ。もちっと、ド迫力で迫って欲しいのだが、底抜けに明るいのだ。う〜ん。ここは、もっと粘っていただかないと。
目の前に、ギロチンが待っているんですけど・・・。 
ティンパニーの連打は、よく響くのだが、金管も、強めにめいっぱい吹いているのだが、う〜っ。
どす黒い雰囲気が無いに等しく。。。うわ〜ん。シンジラレン。
まるで、レッドカーペットを歩いているかのように華やかだ。これ。映画祭じゃーないんだけどねえ。
ギロチンコーナーは、はあ、刃が落ちる瞬間は、とても綺麗にきらめきました。
ぴかっ!シャーン。
で〜 シンバルが「シャーンっ シャーン」「「パ〜ン パパパン パパパン パパパン 〜んシャンシャン」
めちゃ、キラメキのあるギロチンで〜 「パン〜 パン パン」と首が転げ、小太鼓が鳴るなか、華麗にファンファーレが鳴って終わり。
なんとも・・・ みごとに、さっぱり落ちた。

5楽章
序奏後、めちゃ 速い。木管のコミカルで、お茶目なフレーズが綺麗に奏でられている。
明るいっ。子どもが遊ぶような雰囲気で、うっそーっと思ったのだが、その後が凄い迫力。
鐘は、もったいつけて出てくるのだが、音がヌケてる。
「どーどーそぉ〜」の筈が、「ふぁーふぁーそ」に聞こえてしまう。
はあ? 気が抜けるわ。これじゃー。音がうわずってるのだ。音の調整が取れていないようなのだ。
その後の音は、ちょっとマシになるのだが、第一発目がアウト!
怒りの日のチューバの音は、重みが良いし、大太鼓が叩かれるので、迫力は増しているのだが、それでも、さらさら〜いかれた感じがする。 弦が、華麗にキシキシと弾いているし、テンポが速めで、リズム良く・・・ 最後に至るまでに、また加速していくので、その勢いは凄い。
「どどど ふぁふぁふぁ・・・ ど・ど・どれみ〜どれみふぁ〜そらふぁみれど〜」の畳みかけてくる迫力と、金管の咆吼 「どーしど らしそ らら どれみみれどしらそしどしーっらら」
ここはお見事。重低音の大太鼓の連打迫力と、弦のガシカシ・・・ 「ぱぱら ぱぱぱぱ〜」の金管との総力戦は、やっぱ迫力があった。

だけど・・・ やっぱオケが明るいこと。キラメキがありすぎることで、楽章によっては、う〜ん。この音色が災いしているところもある。が、マルティノン盤と同様で、前楽章はやっぱ美しいように思う。最後は、魔女の饗宴というよりは、華麗なるご婦人方の飲食風景という風になってしまっており、そこが、どうかな?
ホント、リズムの良さと、キラメキの良さには、ホント凄い。劇的効果も抜群。
悪夢のような幻想ではなく、明るい颯爽とした幻想交響曲で、スマートに決められて、いささか面食う。


1882

ドボナーニ クリーヴランド管弦楽団 1989年
Christoph von Dohnányi
Cleveland Orchestra

ガタガタガタ・・・

録音状態はまずまず。クールな演奏で、せっかくの標題音楽なのに、どーして、こんな平板な演奏なのだろうと思っていたが、今風の病的な恐怖感を最後に感じる。
カップリング:ベルリオーズ 幻想交響曲、ウェーバー 舞踏への勧誘(ベルリーズ編曲版)

ドホナーニさんの演奏は、メチャクールで、アンサンブルは、それは、みごとだと思うのだが〜
せっかくの「幻想」という標題音楽で、21世紀にも通じるような、ばっちり奇想天外なストーリー性を持った楽曲なのに、なーんか、一聴しちゃうと、スカみたいに感じちゃうような演奏なのだ。
う〜 もっと、大袈裟でも良いんだけどなあ。と、繰り返して聴いていたのだが、そのうちに、ん?
この怜悧さが、理知的でありながら、何をしでかしちゃうかワカンナイような、なーんか最近の怖さに繋がっているような気がしてきたのである。
頭よすぎな人間が、切れちゃうような〜 ロジカルな頭のくせに、何かの拍子で歯車が狂っちゃうような〜そんな、ギリギリ、すれすれ感があるような気がする。

で、正直、1楽章、2楽章は、さほど面白い演奏には聞こえない。
いたって淡泊で、抑揚のない、歌のない演奏に聞こえる。
2楽章のワルツも、おざなりといっては悪いが、機能的すぎて〜 
はあ。ワルツねえ。エレガントではあるけれど、楽しさ、ワクワク感の少ないワルツなのである。まっ 今や社交界といっても、こんな調子で、計算づくで踊ってるんでしょうかねえ。
スマートだけど、恋心のカケラが見えてこないのだ。
言葉は悪いが、あのオンナを落としてやるぅ〜 格好良く決めて、誘うぞぉ〜的な、下心も見えてこないのよねえ。
はうぅ〜 この主人公、この舞踏会の、どこに居るのやら、さっぱりワカラン。

3楽章
他の盤で聞くと、ススキに埋もれた、じけっとした墓場的なイメージがするのだけど、 ドホナーニ盤で聞くと、なーんか空虚で、うつろ〜な目をした輩が、仕事に疲れて、ぼーっと歩いているような気がするのだ。そう。仕事ウツなのだっ。
仕事しすぎて、魂が抜け殻になっちゃったような・・・。
頭はヨイくせに、世間の通俗的な雰囲気に馴染め無くって〜ういちゃった〜 多少は合わせろ〜的に非難されて、やる気が失せちゃったような。

でも、風景的に描写されているのかどうか、この演奏を聴いていると、よくつかめない。イメージが、あまり湧かないんだよね。 心情的に描かれているのか、風景的に描写されているのか〜 どちらでもないのか、いや、両方を兼ね備えているのか。う〜ん。 音としては綺麗だし、フレーズも綺麗だとは思うんだけど。
言葉は悪いが、メチャ客観的で、傍聴者的というか第三者的に演奏されているようで、演奏家が、これで良いのかしらん。気がついたら、音だけを耳が追っている状態になってしまう。
まっ このアプローチでも悪くはないんだけど〜
各楽器のフレーズが、有機的に結びついていない感じがしちゃう。音を置いているような感覚がしちゃうことと、気が入っていないというか、何が言いたいのか、主張する線が見えてこないというか、あまり伝わってこないのだ。
総体的に、全てチマチマ緻密に描かれた細密画のようで、絵自体にもテーマが、主題が見えてこないという感じがする。
描かれているモノは、具象なので、何が書いてあるのかは解るのだが、それも綺麗に描かれてて、よーく綺麗に書かれているな〜って感心はするんだけど、それ以上のモノが感じられてこないのだ。
うーん。綺麗には描かれているんだけど〜 アンタ何が言いたいの? てな感じ。

4楽章
有名な断頭台への行進曲である。
この4楽章になると、怜悧さ、客観性、突き放したかのような、主人公不在のような演奏アプローチが生きてくる。このドホナーニ盤では、主人公らしき人物がイメージされるわけではなく、主人公になりきって演奏されているわけではなく、喜怒哀楽が、充分にパッケージされた演奏ではない。
いわゆる、主人公不在的な演奏だ。
でも、なーんか、この楽章になると、不気味さが出てきて、客観的なのが、かえって背筋が凍る気分にさせられる。冷たいという温度さえ、あまり感じないのに、突然、何かが起こるのではないか。と怖くなる。
淡々としているところに、そのうち、何が起こるかワカランという、疑心暗鬼的な恐怖感を感じてくるのだ。
なーんか、不可思議な不安定さを感じる。
クールで、たいしてモノも言わない無表情な演奏だからこそ、この楽曲の持つ個性で、何か起こるに違いない。きっと、何かが起こる〜的に、思っちゃうでしょうねえ。
変に押し殺した不気味さ、想定外のことが起こるかもしれない〜という、疑心暗鬼・・・。
深読みしすぎかなあ。

5楽章
スマートすぎるんですけどねえ。カリヨンの音も・・・。
でも、ここの集う魔女たちは美女ですよ。表情のない、モノをあまり言わない美女だと思う。
水戸黄門のテーマソング的なチューバが鳴ってきて、んどっ んどっ。となる大太鼓。
泥臭い匂いが、まーったくしないほどなのだけど、今風の表情を変えないで、ドンっといっちまう、怖さ。
今風狂気って言うのでしょうか、予想不可能な、予測できない、判別つかない、読めない怖さがありますねえ。
なーんだろ、メチャ考えちゃうよなあ〜
でも、考えても仕方ないような。対処の仕方が判らないような、手が打てないような、病的な恐怖でしょうかねえ。誰でもが、罹っちゃうかもしれないような心の病ですかねえ。
いずれにせよ、悪魔的な心理が、ワルツ以降で、なーんか芽生えちゃったような気がします。
いひひぃ〜っと、人知れず笑いながら、ほくそ笑みながら、ちょっと歯車が合わなくなっちゃったような。
妄想が最後で、フツフツと人知れず湧いちゃったような、ある意味、じわ〜っと湧かせちゃうような怖い演奏かなって思います。

ドホナーニさんの演奏って、最後で、ちょっとくるっちゃうんですね。
いや、くるうというより、気がついた時には、手遅れ、自覚なしに症状が進んじゃった。ストレスが、たまっちゃったみたいです。でも、感覚が、ちょっとずれちゃった〜
演奏=ドホナーニさんなのかな。ドホナーニさんって、超頭良いんでしょうね。でも、この方〜 シュールですねえ。描かれたモノは、飛びっきり優秀なモノなのだろうけど、そこに意味が見いだせない。うーん。
困っちゃったなあ。
このドホナーニ盤で、触発されちゃうとマズイので、あんまり聴かないほうが良いかも・・・。
特に、若い頭の良い方はご用心っ。しかし、新種の怖さを孕んだ幻想だと思う。


ショルティ シカゴ交響楽団 1992年
Georg Solti
Chicago Symphony Orchestra

いたってフツウ

録音状態はまずまず良い。ライブ盤
シカゴ響のブラスは、健在だが、なにせスピード感に乏しく、せっかくのストーリー性の高い楽曲が活かされていない。どちらかと言えば、ストーリーのない、標題のない交響曲を聴いているかのようで〜 あれれ?
カップリング:ベルリオーズ 幻想交響曲、リスト交響詩「前奏曲」

1楽章
ザルツブルクの聖霊降臨祭コンサートでのライブ盤で、91年にシカゴ響の音楽監督を辞められた後で、80歳間近の演奏だと思う。
ショルティ盤は、72年のセッションCDもあるのだが、ワタシは残念ながら所有しておらず未聴である。
シカゴ響といえばアバド盤もあるが、どちらかと言えば、分厚い豪快なブラスの音が、イメージされる。
だから、幻想の軽やかな、さらっとしたイメージとしては、マルティノン盤やデュトワ盤・・・など、フランスの香りがするような演奏を聴いてきたのだ。
これ、もちろんワタシの勝手なイメージなんですよ〜 
でも、まあ、改めてショルティ盤を聴いても、豪快なのかと言われたら、そんな重厚すぎず、ちゃんと軽やかな色彩もあるんですけど。まあ、イメージって勝手に生まれ、創られ、育つもので〜(苦笑)

テンポはゆったりしている。
爽やかなフレージングとは、ちょっと違って、かっちり系。もっとスピード感があればなあ。
舞踏会のデビューしたての素人のようで、表情付けが硬く、しゃちこばった動きなのだ。
フレージングが前に揺れていくというか、縦にフワフワ揺れるというか、香りが立っていくような、ふわーっとノビたり、前に畳みかけていくような推進力が少なく、どうも動きが鈍いと感じてしまう。
チャンチャカ チャンチャカ チャンチャカ、前に向かって進まないのだ。
あーっ  なんで、そこで几帳面に、弦が同じリズムを刻んでしまうのよぉ〜っ って、ちょっといらついてしまった。

2楽章
優美なワルツで、軽やかに始まる。
奥行きがあるので、ハープの絡みが良く聞こえ、弦が華麗なる残響を残している。
中音域の弦のフレーズも良く入っていて主旋律に勝るかのように、副旋律が、まろやかに響く。
後半スピードを上げて、爽やかに演奏されてて、なかなかに好感が持てる。いっけんしてショルティ盤とは、ちょっと思えない感じに仕上がっていると思う。

3楽章
「そぉ〜ら れぇ〜し そぉ〜ら そ〜ら れ〜し」
オーボエとコーラングレの絡みなのだが、ここではコーラングレは使用されていないと思う。
もっと音が広がれば良いのだが、ちょっと控えめだ。また、描写力がイマイチ足らないというか、テンポが遅めなことと、どういうイメージでこの楽章を描こうとしているのかが、ちょっと見えてこない。

4楽章
打楽器の皮が柔らかいのか、皮の揺れを感じる。ちょっとカサッとしたレアな音も拾っているので、まるで、目の前がステージみたいな感じだ。で、金管の音はキラキラと輝いているし〜 
ホント、まるで、舞台の奥に立っている感じがしてて・・・ とっても生々しい。
テンポは遅め。几帳面に、しっかりリズムを刻んでいる。う〜 もっと速めで行っていただかないと〜 迫力が・・・
(と思うのだが、ショルティさんも、ご高齢なので〜仕方ないのか)

5楽章
あまり魔女の饗宴という、不気味さはなく、乾いた演奏でカラリ〜としている。
鐘の音は一般的な音で違和感はないのだが、もう少し大きめの音が欲しい場面もあった。
さすが、チューバの音を初めとしたブラスのセッションは、重くて、どっしり〜 音の重さを感じて迫力がある。

ライブ盤ならではの熱くて、猛烈に走って行くような演奏ではない。
スピードパワーはないのだが、怒りの日のフレーズは丁寧に演奏されているし、まるで、演奏会の練習のお手本を見ているかのようで〜 教科書のようだ。で、セッションの巧さ、丁寧さ、バリバリっと言わす金管のパワーあふれる吹きっぷり。
で、弦を弓でこする奏法(コル・レーニョ)も、音がレアに入っている。
まあ、丁寧な演奏なので、不気味なイメージは、全くといっていいほどイメージが湧かないのだが〜
金管と弦のバランスが、すごく難しそうな楽曲なんだな〜っと改めて感じたり、ステージで見ているかのように収録されているので、そう言う意味では面白いのだが、せっかくのストーリー性の高い幻想交響曲を聴いても、ビジュアルでイメージが浮かばない。とは、、、ちょっと、トホホ〜かもしれない。


  チョン・ミュンフン パリ・バスティーユ管弦楽団 1993年
Myung-Whun Chung Orchestre de l'Opéra de la Bastille
(Bastille Opera Orchestra)

う〜ん。どうだろ

録音状態は良い。ティンパニー、大太鼓は良く響いているが、かなり薄口な演奏だ。前半は良いのだが、肝心の後半が・・・理性が邪魔するのか、イマイチ化けない。
カップリング:
1〜5 デュティユー メタボール
6〜10 ベルリオーズ 幻想交響曲

1楽章
まず、冒頭からサラサラ〜っと弦が奏でて、かなりフワフワとした揺れる音が流れてくる。
弦のしなやかなこと。マルティノン盤とよい勝負だ。
「らし〜ら らら〜そ ふぁら〜そ」等と奏でられると、ゾクゾクしちゃうほど甘美である。
美女の姿が描きだされていてこりゃ〜主人公が完全にノックアウトされちゃう筈だ。ふわ〜っとした息づかいが凄い。ティンパニーの響きも、ホールいっぱいに広がっている。
「そーどそみふぁ〜みれど〜し れ〜それ しそ〜れ〜そら〜そふぁ〜 そら〜そふぁ・・・」
↑ この一節だけ聴くだけでも、うっとりする。
このヴァイオリンの弦のタッチは、どうなっているんだろう?
付点のリズムは、あまりメリハリがついておらず、しなやかが勝っている。
もう少し硬い音で鳴っているのが普通なのだが、ランランラランラン・・・と細かく動くリズムは、会いたくて仕方ないという具合に焦っているし、「ふぁみれどしどれみ」・・・と音階を走るのは、超速いっ。
それもテンポが揺れて、段々と高揚しており、焦燥感たっぷり。
ま〜 そんなに興奮しないでも・・・と思うのだが、若いんだねえ。思いがたぎってくる様子が手に取るように分かる。
楽章の終盤、金管の短いパッセージに打楽器が猛烈に大暴れする。
「ららそ そそそ みみれ みみそ そそふぁ・・・」ティンパニーと大太鼓だと思うのだが、すげ〜強烈に叩かれている。このティンパニーの音が派手すぎるほど。
その後、いきなり沈黙・・・ この差が激しい。意気消沈しちゃたらしい。可愛そうに。
デイヴィス盤は、低弦が豊かに響くのだが、ミュンフン盤は逞しい男というイメージではない。全体的に線が細めで、打楽器がその分、頑張ってます〜という感じ がする。
弦が主体となって、綺麗にまとまっているが、うーん。ちょっと薄口かなぁ。

2楽章
コルネット使用盤である。2台のハープに、コルネットが絡む。冒頭、「ぱぱぱ〜っ ぱぱぱぱぱ〜」と綺麗に聞こえてくる。
ミュンフン盤のワルツは、軽やかで、さらさらしておりテンポは速め。
ハープの音が太めに聞こえてくるので、テレテレしては聞こえないのだが、テンポは良いが、リズムがいまいちハッキリ聞こえない。コルネットは、「ぱぱぱぱ・・・」と、違和感を感じるほど、ワルツのなかで元気に存在感をアピールしている。最後は、狂い咲き風のように軽くて速い。どっかに飛んでいきそう。

3楽章
「そ〜ら れーし そ〜ら そ〜ら れ〜し れ〜そふぁ〜」
このオーボエとコーラングレの呼応が美しい。
弦が「れし〜れし〜ふぁれし〜」と牧歌的なフレーズを奏でていく。ミュンフン盤は描写力が高い。
ここは中音域の弦が、まろやかに奏でており聴きどころになっていた。
ここの弦は、しなやかでエッジがきつくない。ガシガシ弾いていないので、柔らかい。
で、このミュンフン盤のティンパニー 凄く響いているのだが・・・ 何人で叩いているんだろう。
張り方が緩めなのか、マレット(バチ)が柔らかいようだ。

4楽章
ティンパニーの響きは猛烈なのだが、ファゴットのような木管が埋もれてて 聞き取りづらい。
モゴモゴ言っているだけで、メリハリがないのだ。
ティンパニーの響きのなかで、「どっどぉ〜れみぃ〜 ふぁみれふぁみれどれ みぃふぁ〜らっそ〜」と、トランペットが吹くのだが、へぇ? 「みぃふぁ〜らっそぉ〜」 と流している。
他の盤だと、ここは、メリハリをつけて、高らかに「みっふぁっらっそーっ!」と区切って吹いているのだ。
それが、ミュンフン盤は、メチャ長い。弦と金管の受け渡しも「ふぁふぁ〜れしぃ〜」と長い。 
えーっ。変だ。メチャ変。こんなところで流し目を入れるなよぉ。と言いたいほどで・・・。
ホント、これは独特の伸びがある。これが正しいのかどうかワカラナイ。
でも、ものすごく違和感を感じてしまった。
ストーカー独特の雰囲気を出したかったのか、節回しが、かなり、ねちっこい感じがする。
そして、観客のヤンヤヤンヤの歓声は軽すぎ。なーんとも、腰くだけな。
「どどど ふぁふぁふぁ・・・ ど・ど・どれみ〜どれみふぁ〜そらふぁみれど〜」
迫力に欠ける。う〜ん。なぜ、これが軽いのか。
シンバルは良いが、金管が遠いし、ティンパニーのロールだけが異様なほど大音量で鳴っている。
う〜ん。「タタタン タタタン タタタン・・・ジャンジャン」は、もっと粘っていただかないと。
ギロチンシーンは、なんとも迫力がない。刃が落ちるシーンが、無いような気がする。最後の小太鼓だけが鳴っていた。
5楽章
木管の歯切れが悪いっ。弦の刻みは速いし、打楽器だけが派手に鳴る。
「れー れー そー」の鐘の音色は自然だが、上品で音が小さめ。軽めの小さな鐘なのかなあ?
祈りの教会の鐘そのもので・・・ 魔女の饗宴シーンとしては、かなりお上品だ。
「怒りの日」のチューバは、う〜ん。もう少し迫力が欲しい。
ここの金管は、長いねえ。歯切れの良さが感じられない。弦の音色は煌めいて綺麗なのだが、どす黒さとか、グロテスクさは、大太鼓の音量だけではイメージが膨らまない。

弦の左右の振りだとか、木管の合いの手が巧くないと、この楽曲は面白くない。
致命的だと思ったのは、ミュンフン盤では、シンコペーションの鋭さが足らない。付点の面白さが満喫できず、これでは不満だなあ。テンポは揺れるのだが、アクの強いアクセントが欲しい気がする。
これが無いと・・・ う〜ん。この楽曲では、面白みが半減しちゃうような気がする。
それにオケに厚みがないのかなあ。
前半は綺麗で聴かせてくれたのだが、後半が、ちょっと・・・ 薄口すぎて う〜ん。
ワタシ的にはモノ足らない感じがしちゃう。個性派盤が多いので、ちょっぴり残念だ。


0083

ブーレーズ クリーヴランド管弦楽団 1996年
Pierre Boulez
Cleveland Orchestra

なんじゃ こりゃ〜

録音状態は良い。精緻な演奏だが、とっても醒めててクールだ。3楽章は白眉だ。思わず聞き惚れてしまったが、え〜 幻想って言えば4楽章からなのだが、さっぱり。燃えてくれないと。
パッションがないぞーっ。天の邪鬼〜っ。
カップリング:ベルリオーズ 幻想交響曲、「トリスティア」宗教的瞑想、オフェーリアの死、ハムレットの最終場面の葬送行進曲

1楽章
ブーレーズさんの幻想交響曲は、う〜ん。こりゃ、醒めてる。
確か、「恋に深く絶望しアヘンを吸った、豊かな想像力を備えたある芸術家」の物語・・・だった筈なのだが、メチャ客観的なのである。
高い弦の響きはまずまずで、フレージングが、リズミカルだ。もちろん、アンサンブルは、しっかりしているのだが、どこか近視眼的である。透明度の高い、ツーンっと張りつめた 、ヒンヤリした演奏でも録音でもなく、ホールトーンの豊かさも特別感じない。で、なにか中途半端な感じがする。

で、タメが少ない分、どことなく、感情がこもってないっていう感じがしちゃう。
タメが、すなわち感情のタメだと言うわけではないのだが、推進力がついてて、歯切れ良く、勢いのあるなかで、さらっとしている。
機能性は、高いのは嬉しいのだがけど、どことなく粘りが少なく、チェロから下の低弦の響きが少なめというか、厚めではなく、フレージングに硬い芯があり、しなやかに弾力的に、ぐわぐわっと押してくるような、押し出し力が足らない感じがする。
手作りの饂飩を作るように、音を押して、コシや粘りがでてくるわけではないけど〜(笑)
ホント、弾力のないフレージングなのだ。
で、もうひとつの問題は、テンポ。これがほぼ均等というか、一定だ。
他盤だと、同じ音型が続くと、はっしょって走り出すのだけど、それはない。あちゃー マイペースだ。

2楽章
1楽章は遅めだな〜って思ったのだが、この2楽章は速い。えーっ 優美なワルツの筈ではないのか。
と思いつつ、パラパパラ〜っとハープは綺麗だし、フルートも伸びやかに歌ってはくれてはいるのだが、弦の方が速いのである。弦のフレーズ語尾が、消え入るように速い。
フレーズは柔らかいんですよ。でも速いのだ。
まあ、夢のなかのお話なんで、消え入る感じがして良いんですけど。
コルネットさんは入ってこないし、はしょって、はっしょって〜 最後になると、更にテンポアップして、急かされて急かされて、忙しく、目が回るかのような〜ワルツで、クルクル回って、ポイっと、弾けて、外に飛び出しちゃうかのような感じである。
軽くて〜 足元が消えているかのような幽霊ワルツである。

3楽章
「そぉ〜ら れぇ〜しぃ れ〜みぃ〜」「そぉ〜ら れぇ〜し れぇ〜みぃ〜」
「そぉ〜ら れぇ〜しぃ れぇ〜らぁ〜〜 そぉ〜」
「そぉ〜ら れぇ〜しぃ (ふぁられ〜 どぉ〜 みれぇ〜)」
「どぉ〜し〜ら ら〜しらし どぉ〜」
オーボエとコーラングレの呼応が冒頭に出てくるが、それぞれの音の響きが絡むというよりは、互いの吹く合間を楽しむ感じで、音にならない間合いというか、呼吸が、なんとも言えない。 まるで日本人的感覚で、余白を楽しめてしまう。
(なんだか違うと思うんだけど 笑)
3楽章ねえ〜 他盤だと、さらっと描写して、どこか緩いのだが、ブーレーズ盤では、まるでここが白眉的存在になっている。 耳を傾け、息を詰めて聴いてしまった。
なんていう描写力なんだろ。弦の張りつめたフレージングがすごいのと、木管だなあ。
雷のティンパニーは、大して面白くないのだが、木管のフレーズが、間合いの良さ、さりげなさに思わず、カラダを乗り出して、(実は耳なんですけど)聞き惚れてしまった。ひぇ〜 ここの木管すごい。

4楽章
断頭台への行進曲は、遅いんだなあ〜 これがまた、几帳面というか、ワザと遅いっていうか。
音の大きさは良いんだけど、粘らないんである。
パコパコ、コポコポと言っているファゴットの音から、「どっど〜れ み〜っ ふぁみれみ ふぁみれふぁ・・・」と、刻んでマーチングが始まるのだが、熱っぽさも、スゴミも、どろっとした粘りも、ツッコミが足らないのだ。
繰り返してくれるのは良いんだけど、狂気もないし、いたって醒めているのだ。
ティンパニーを叩いて、叩かれた音が弾みとなって、金管に引き渡してくれるんじゃーないの。
えーっ これじゃ〜  「どっ どぉ〜れみっ」の2音目が、そのまんまじゃん。
もちっと ねばって〜っ アクセントつけてぇ〜。
最後シンバルが入ってきたら、ギッギーっとブレーキが踏まれてテンポを遅めにとる。
で、いったん遅くして、また走ってくるのかと思ったら、ダメなんである。
弦が、チャカン チャカン チャカン・・・っと、2パートに別れて、揺れる感じを出してくれるところも、テンポは、そのまま遅い。
首チョンパになっちゃうフレーズも、パンっ!
ドロドロドロ〜っというロールは良いんだが、まあ、そこそこって感じで終わる。
う〜っ。思わず唸ってしまった。

5楽章
軋んだ感じはするし、滑るような感覚はある。鐘の音も、リアルに響いているし、大太鼓の響きも良い。
でも、奥行きは、ちょっぴり狭い感じがして、大太鼓と弦の間が、あまり無いように感じちゃって、立体的ではない。
まあ、ここの木管群は、ものすごく印象に残る。
「そそ どそっ みど そそっ しどっしら らっそっそ〜」というフレーズは、ものすごく巧いし、軋み感がなんとも言えない。こりゃ〜良いわ。雰囲気がとっても良く、バッチリ〜抜群だ。
ホント、木管は巧いと思う。

難は、テンポが一定過ぎて〜 もっと、伸縮自在に、畳みかけてくれないと〜 
はぁあ・・・。もったいない。
音が、綺麗に出てくるのは嬉しいが、もちっと主体的に演奏してくれないかなあ。これじゃー幻想にならないと思う。 音と音の間に、最後の審判っぽくない。
怒りの日のフレーズが、「ど し ど ら し そ ら ら」と、細切れに出てくるのは、どうも、、、、どひゃん。なのだ。
金管を主フレーズとして、バックの弦が、嵐のように巻き起こっているのも良く聞こえるのだが、どうも直線的というか、直角的というか、波動として音が聞こえてこない。 で、つまんない。
冷たいというよりは、客観的すぎて面白くないのかもしれないですねえ。
主体的に演奏されておらず、朦朧とした感覚が無いんだよね。

まるで、お酒飲めない人を相手に、それも、宴の空気を読めない人を目の前にして、飲んでいるみたいで〜 お酒を飲んだ時の、ほろ酔い気分が、さっぱりわかってないんじゃーないでしょうか。
あー わかった。もしかしたら、ブーレーズさんってお酒ダメなんじゃー?
下戸でしょ。アンタ〜 (って勘ぐりたくなっちゃうような演奏でした。)
 
1959年 パレー デトロイト交響楽団 Mer  
1961年 マルケヴィッチ ラムルー管弦楽団  
1963年 クレンペラー フィルハーモニー管弦楽団 EMI  
1964年 モントゥー 北ドイツ放送管弦楽団 De  
1964年 クリュイタンス パリ音楽院管弦楽団 K  
1967年 ミュンシュ パリ管弦楽団 EMI  
1973年 マルティノン フランス国立放送管弦楽団 EMI ★★★
1973年 小澤征爾 ボストン交響楽団  
1974年 C・デイヴィス コンセルトヘボウ Ph ★★★★★
1974年 カラヤン ベルリン・フィル  
1976年 バーンスタイン フランス国立管弦楽団 EMI  
1981年 クーベリック バイエルン放送交響楽団 Orf ★★★★★
1982年 マゼール クリーヴランド管弦楽団 Telarc ★★★
1983年 アバド シカゴ交響楽団 ★★★
1984年 デュトワ モントリオール交響楽団 Dec ★★★
1984年 ケーゲル ドレスデン・フィル DS ★★
1984年 バレンボイム ベルリン・フィル SC  
1984年 ムーティ フィラデルフィア管弦楽団 EMI ★★★
1987年 インバル フランクフルト放送管弦楽団 De  
1989年 ドホナーニ クリーヴランド管弦楽団 Dec ★★★
1990年 レヴァイン ベルリン・フィル  
1991年 ガーディナー オルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティーク ORR Ph  
1992年 ショルティ シカゴ交響楽団 Dec ★★★
1993年 ミュンフン バスティーユ・オペラ座管弦楽団 ★★★★
1993年 メータ ロンドン・フィル Tel  
1995年 バレンボイム シカゴ交響楽団  
1996年 ブーレーズ クリーヴランド管弦楽団 ★★★
1997年 T・トーマス サンフランシスコ交響楽団 R  
2002年 スクロヴァチェフスキ サールブリュッケン放送交響楽団 OEHMS  
2002年 エッシェンバッハ パリ管弦楽団 Ph
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