「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

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0128

 ブルックナー 交響曲第7番
Bruckner: Symphony No.7


0133

マタチッチ チェコ・フィル 1966年
Lovro von Matacic
Česká filharmonie
(Czech Philharmonic Orchestra)

録音状態は、まずまず。切れがあるというか、エッジが強いというか、彫りが深いというか、なにせ鋭く、ごっつい演奏だ。

1楽章
冒頭より、かなり分厚い響きが立ち上ってくる。特に、低弦の太さがスゴイ。
地の底から、わき起こってくるような力強さに圧倒され、厳めしい姿に驚かされる。
原始霧のなかから、はやくも切り立った山の全容が見えてくるようだ。
コントラバスの音色が、しっかり聞こえてきて・・・ おおっ。これはまるで、地鳴りだっ!
で、地鳴りが終わると、マタチッチさんは、テンポをじわじわあげてくる。じわーっと盛り上げてきたあと、さらり〜っとフレーズが変わる。この身のかわし方は、絶妙。
マタチッチ盤は、かなり深く長い息づかいで、ゆったりとしている。だが、厳格なオヤジ風情で、よく引き締まっており、フレーズが甘ったるくならない。
このワケはなんだろう? 低弦が、音色は豊かなのに、硬めだからかな?
チェロは、まったり歌ってくれているのだが、歯ごたえの硬いスィーツのようだ。う〜ん。どうも相反するモノを、両手に2つ持っているようだ。
マタチッチ盤は、切れがあるというか、エッジが強いというか、彫りが深いというか・・・鋭い。
単に分厚いだけではない。漆黒の黒光りした漆塗りの器でも見ている気分だ。
金管は、歯切れよく、ぱーんと出てくる。残響の多さで 、まろやかさを演出しているわけでもなく、わりとストレート。ティンパニーのトレモロも、ゆったり〜音量を膨らませてくれる。
楽章の最後は、朝日がのぼってきたのか、山肌に光が当たってきたようで神々しい。
じわじわ〜 ひたひた〜 峻厳な岩肌を、これから上ろうとするようで、その強い意思力に圧倒されてしまう。
金管類も弦楽器も、すごい響きになってきて〜 圧倒される。絶句!
1楽章のみを取り上げれば、このマタチッチ盤は、すごい迫力で圧倒されて、息をのむだろう。
旋律の息遣いは、深く息をすって〜 その息を飲み込んでしまう。という感じ。これはすごい。

2楽章
この楽章も1楽章に続いて、なかなかに重々しい。ゴツゴツした演奏だが、テンポがゆったりしている。
ところどころ優しさを感じさせるが、でもやっぱ、頑固そう。
おおよそ、カラヤンのように流麗には鳴ってくれない。シャイーのようにスマートでもないし。
はあ。スゴイ個性です。このゴツゴツ感って、ブルックナーに必要なのだろうか。
う〜ん。コントラバスが鳴りすぎなんだよなあ。ふわーっと気持ち良く、宙に浮いた気持ちになりたいのに、なんで〜 こんなにゴリゴリ鳴らすんだよぉ。
「 ふぁー そー らー ふぁそらー ふぁそらー しどれどー らーそー しーどれー」
良い和音なのだが、執拗なぐらい、同じフレーズを別の楽器に鳴らすというブルックナーもすごい。
これをきっちり演奏しわけるのも大変だろう。
さあ。次の歌が始まったが・・・ マタチッチ盤は、あまり乗れない。
う〜 せっかく軽やかな歌が流れてくるのに。うっ。地味だなあ。いつまで頑固にしてるんだろ。意地っ張りなんだから・・・。もうっ。このゴツゴツ感は、あまりにも堂々としすぎ。

3楽章
踊りませんか。と誘われているのに、どうもリズムが、なかなか生まれてこない。
「 ぱ〜ぱぁ〜 ぱっぱらぱ〜」 この楽章は、スケルツォの筈なんだけど・・・ いったいどうなってるの? って感じ。
せめて振り子のように動いてくれかなあ。もう〜 すこぶる鈍い動きで、 地響きが何度も鳴って、宇宙が壊れるような感じがする。これでは地震の前触れのようだ。
このスケルツォで、マタチッチさんは、何を表現したかったのだろう。
地震がきても瞑想してますって感じだろうか。「ぱ〜ぱぁ〜 ぱっぱらぱ〜」 変にアクセントがついている。
いつまで、しかめっつらしているんだろ。
颯爽と奏でられないワケでもあるわけ?
せっかくの楽しいワクワク感が、台無しだー。ブツブツ文句を言っていたら、金管があわさって、これもう ホント 地鳴りの大地鳴動状態で、すごいことになってくる。こわっ。

4楽章
あっ、ようやく明るくなってきた。ほっ。弦の艶が良く、ちょっと可愛くなっている感じがする。 チェコ・フィルらしく、優美な旋律が、流れてくるので、ほぉ〜 ようやく蘇った感じがする。
途中まで安心して聴いていたのだが、やっ、コントラバスのピチカートが入っていて、ぼんぼんぼん!
まー よく響くこと。
まるで古時計が鳴っているようで、せっかくのヴァイオリンの美しい旋律が、浸りきって聴けない状態だ。 管楽器と一緒の時は、音量があり派手に鳴るから、コントラバスの重低音があわさっても気にならない。 むしろ和音がよく響く要素にも繋がるのだが、ヴァイオリンとのセッションでは、古時計は、邪魔になるんだよなあ。う〜む。ゴツイなあ。
分厚いというより、ゴツイ。イカツイ。凸凹している。
最終コーダは、地響きがして、再度、大地が鳴動する。まるで火山の爆発前のようだった。

カラヤン  ベルリン・フィル  1975年
Herbert Von Karajan
Berliner Philharmoniker
(Berlin Philharmonic Orchestra)

録音状態は良い。華麗なる〜というだけではないようだ。
体の底から血肉湧く感じがする。

1楽章
テンポは、ゆったりとしているが、さほどタップリ気味でもなく流麗である。
さすがカラヤンだ。綺麗だな〜と感じる。重厚だが、重すぎず、低音の切れる響きのなかをヴァイオリンが、サラサラと流れていく。
たとえアンチ・カラヤンだとしても、気持ちが良いのはいいことだ。
ティンパニーの遠いトレモロのなかで、除除に加速してくる。なかなか良いですね〜。
推進力があって、テンポに乗せられる。カラヤン盤は、流れが主になっていると思う。
金管も力強いが、あくまでも上品につくられており、のせられやすい。騙されるやすいとも言うが。
トランペットの執拗な鳴らせ方も、他の盤だと耳についたり、ちょっと退屈になるところがあるが、カラヤンは、わりとすんなり聴かせてくれる。
最初は、原始霧だし、途中金管で賑やかになり。中間は、まったり歌う。
歌っていながら、テンポをあげて、最後のコーダに向けて盛り上げていく。
単純な構図なのだが、音色で決まるところもあって、カラヤン盤では、ヴァイオリンの高音が命になっているかもしれない。カラヤンは、ブルックナーでも華麗だ。
華麗・流麗。ぴかぴかに磨かれた演奏であると同時に、低音の弦の推進力と、木管の可愛い合いの手は入ってて、ぐいぐい〜 引き込まれるシステムになっている。

2楽章
かなり重厚なアダージョで、これ良い思う。荘厳な雰囲気が十分に味わえる。
雰囲気としては、天井の高いドーム型の壮麗な教会のようだ。
ヴァイオリンの高音の響きも良く、キラキラしている。木質の渋い音が好きな人は、これは向かない。
カラヤン盤は、装飾の多い、石造りの豪奢な教会で、そうだなあ。バロック様式コテコテに彫刻された教会に居て、そこでシアワセ感を 満喫したい人のみ、どうぞ〜とお薦めできる。
残響たっぷり系統ではないが、かなり陶酔できる。ルカ教会だったかも。
2楽章まで聞いて、ほっとしたというか。終楽章のようで、ここで終わってしまったかのようだ。

3楽章、4楽章
以降は、どっと疲れてしまった。低弦のテンポに乗せられる。これは、めずらしい。他の盤では、この低弦がなかなか聞き取りづらい。ずっしり〜 ゴリゴリしている。マタチッチの1楽章のようだ。
華麗さもあるけれど、ハハハ これもいいと思う。躍動感あり。昼間部部は、この重厚なアンサンブルは見事で、歌心もあるし〜 最後まで、地響きを立てている感じもして好ましい。
このスケルツォって、単純な構成になっているように思うのだが、なんやら〜 体の底から血肉湧く感じがする。掘り起こされたくるような。このテンポがいいのかなあ。

0167

ヨッフム ドレスデン シュターツカペレ・ドレスデン 1976年
Eugen Jochum
Sächsische Staatskapelle Dresden
(Staatskapelle Dresden)

録音状態は、まずまずだが、擦れた乾いた感じが否めない。
名盤との誉れ高いが、個人的には、変なブルックナーである。

1楽章
冒頭、かなり遠くから聞こえてくる〜 緊張感もあるし、少しずつテンポをあげて音量も上げてくるのだが、低音で遠くでボコボコなっているティンパニーが、気になってしまって。
テンポの揺らし方は、あり。速度は結構揺らす。
ふいごのように、パンと音がでなくって、ふわーーーっと音が出てくるところが凄いと感じるが、さほど録音がいいとは感じないためどことなく、ぼんやり〜している。
音色は、ざらついている。
淡々と進んで、わざとらしく膨らませず、あまり歌心を感じないのだが。淡泊なのかなあ。
低音は十分に鳴っているとはおもうが、カラヤン盤のような艶やかさはない。ぼくとつとしている。
ヴァイオリンの高音が、かなり遠くに感じられて もったいないような気がする。
金管が揃っていないところかも感じたりして、えっ? これ名盤の1つだろう?っと感じたところもあるんだが。
名盤鑑定百科では、旧盤より柔軟性が加わり、一般的なブルックナーのイメージにあう。とある。
ぼやーっと聞き進めていくと、1楽章の最終 主題が帰ってくるところは、やっぱ すげーーっ。金管の音の響きに参る。

2楽章
この盤の白眉は、この2楽章 この低音の響きのなかでアダージョが演奏されるのだが、
この哀切極まった 響きには泣ける。マーラーの5番のように最終楽章にとっておいたらいいのに。
なんで〜2楽章に使用するのだろうなあ。もったいない。と思ってしまう。
ここは、たっぷりと泣いてください。テンポを揺らさないで、ホールトーンの響きでまろやかにされる。
低音のたっぷりさにプラスして、ヴァイオリンが可愛いなあ〜 ふわっと乗ってきている。
このアダージョを聞くと、レーグナーは早いと感じるだろうなあ。

3楽章
2楽章から寝ていたら起きる。ボリュームをあげても、金管がつんざくわけでもなく
地面に足をつけて 重くはなっていない。歯切れ良く 金管類が鳴ってくる。綺麗かと言われたら、ちょっと無骨かもしれない盛り上げ方かな。
中間部は、弦の分厚い揺れと流れが、心地よい。軽やかさではなく、たっぷり重量感のある
太いポニーテールの髪が、腰のあたりでなびいているような気もするが
やっぱ、全体的には、どことなく男っぽい。

4楽章
寝てしまった。しまった・・・。再度聞き直すことにします。スミマセン。

0127

ブロムシュテット シュターツカペレ・ドレスデン 1980年
Herbert Blomstedt
Sächsische Staatskapelle Dresden
(Staatskapelle Dresden)

録音状態は、残響が多め。抜けるような透明感ではなく、ほんわか〜している。ブロムシュテットさんの代表的な演奏である。

1楽章
かなり落ち着いた穏やかな冒頭で、ふわーっとした息づかいが嬉しい。音量が、ふぁーっ。
1音の初め なかほど 最後 と、幾分強めで、最後、でふわっと消えるところが素晴らしい。
この息づかいが 敬虔な気持ちにさせてくれる。
原始霧が儚げで、弱音の美しさがブロムシュテット盤にはあるようだ。
ヴァントのBPO盤と、どこが違うのかって比べてみたのだが、音の強さかなあ。高音のヴァイオリンの音色は、BPOとは違って 、シュターツカペレ・ドレスデンなので、艶やかさはない。
オケの音色として、よく言われるように渋く、しなやか、木質的なのである。
艶やかというより、髪がさらさらとなびいているようで、さりげなく可愛いが、幾分声が裏返っているようなところも感じる。
低弦が、他の盤よりは、余裕をもっており、たっぷりしつつも、どっしりと鳴らない。
まあ。何が一番良いのかと言われたら、多分、オケの音色と、残響多めの録音だろう。
金管に関しては、力強さにはBPOには負けているし、トランペットに関しては、ちょっと甲高いかも。
でも、ホルンが寄り添うと、とろけるような、まろやかさが出てくるのだ。
イメージとしては、静謐な湖面を見ているようで、そこに、アルプスの山々が映っているかのようだ。
旋律も爽やかに歌う。大声を張り上げてでもなく、力みもせず、若い声で伸びやかである。
金管類も、パンカパンパン・・・のところは、ちと苦しそうだが、主題が戻ってくるところなど、う〜 ん やられた。という美しさになっている。
内省的だと言ってよいんじゃないだろうか。外に向かって主張するのではなく、逍遙しながらの思索型で、その後の透き通った神々しい音が鳴り響き、手を合わせたくなるほど だ。こりゃ〜救われる。

2楽章
細い体で、めいっぱい息を吸い込んで、深々とした音を出している。素晴らしい和音で、この重なりをほぐす気にもならない。真摯でストイックだと思う。
屹立した山々や木霊というような風景ではなく、心理的な描写のようで、神の前でぬかづき、そして祈るという敬虔さを感じる。
第2楽章は、ブロムシュテット盤の白眉で、他を寄せ付けない、大変慈愛に満ちた演奏だと思う。
1楽章などは、他の盤のような迫力や推進力、スケール感はないものの、この2楽章だけを取り上げれば、これ以上ストイックで、謙虚で、抑制された感じは受けない。
地味だけど、人として忘れてはいけない優しい慈愛に満たされる。
演奏は、かなり女性的だと言ってよいと思う。
金管類の音色には、湿気を感じず、幾分乾いた感じの空気感がある。
湿気た、密度の高い音が詰まっているという感じではないんだが、これが特徴なのかも。
全体的に線は細め。清涼感があり。靄にかかってくる際の、ヒンヤリした空気が流れてくる。針葉樹林の緑のラインが、眼下に見渡せるような俯瞰したイメージである。

3楽章
もうすこし馬力があっても良いんだが・・・可愛く、爽やかな音色でる。
迫力には欠けているで、う〜ん。モノ足らないって気になってくるのだが、あくまでも爽快そのもの。
上品で、しなやかだ。 前半2楽章で、充分満足しちゃったし・・・。これ以上は蛇足だろうなあ。

0290

ヴァント ケルン放送交響楽団 1980年
Günter Wand
WDR Sinfonieorchester Köln
(WDR Sinfonieorchester )

録音状態はまずまず。残響がちょっと多め。このあと、1992年北ドイツ放送響、99年ベルリン・フィル盤がある。

 

1楽章
まず、ホルンのふわっとした出だしで、ころり〜っと行ってしまった。
ブルックナーの特徴である原始霧だが、このホルンには芯がある。ヴァイオリンの音色は透き通っているが暖かい音色だ。
ゴリゴリ感で満載のマタチッチ盤とは、正反対って感じで、浮遊感がある。すっぽり半透明の球体のなかに入ってしまったようだ。冒頭より、すでに彼岸に行っちゃった感じがする。
ヴァントと言えば、数学的でがっしりした構造だと言う風評があるのだが、ここには、う〜ん。あの世って感じの世界が広がっており、およそ数学的という感じがしない。
なんだろ〜 この浮遊感は・・・。
金管が入ってくるところでは、充分に重量感もあるのだが、力んでガシガシに演奏していない。
常に、ほんわか感が伝わってくるのだ。もしかして弛緩しているのかなあ。とも疑ってみたりしたのだが。そういうワケでもなさそう。最後には、ふわっとしながらも、かっしりとしたリズムが生まれ、段々と膨張してくる。この音量はデカイ。

2楽章
既に雲の上の状態。美しいアダージョで、聴き始めた途端、眠くなってしまう。
あー 昼寝でもしたいほどの心地よさ。(なんと不謹慎なっ)
金管のストレートだが、最後にふわーっと抜けるような吹き方は、鳥肌が立つほどすごい。
耳の脇をすーっと通り過ぎていくようで・・・。
弦も、もったいぶらず、余計な小節回しもなく、フレーズも膨らんで素直な感じがする。この天上的は雰囲気は、アイヒホルン盤でも感じることなのだが、このヴァント盤では、もう少し芯がある。

3楽章
まっぷたつ、全く異なる雰囲気を持つスケルツォで、サンドウィッチのように天上の音楽が真ん中に挟まれている。珍しいパターン。 神でありながらも、乱暴モノのスサノオ命のようで、荒ぶる神のようなスケルツォである。
冒頭、強烈な勢いはないものの、そこそこ重量がある。まだ、お尻が青いのか、ワタシ的には、この楽章は、もっちっとガシガシ、バンバン鳴って欲しい感じがする 。(不謹慎かな) 
もっともっと、野性的で暴れまくって欲しいような気がするのだが、ヴァント盤の荒ぶる神は、そこそこご活躍という程度だ。むしろ、2楽章の雲の上の続きの世界が、このヴァント盤では、象徴されているようだ。

4楽章
全体的に音の響きが柔らかい。低弦と金管が、ぶぉ〜っと出てくるようで、なんだかオルガンぽいなあ。と思ってしまった。結構、テンポは速め。音が飛んでいるんじゃーと感じる箇所もある。

0649

シャイー ベルリン放送交響楽団 1984年
Riccardo Chailly
Rundfunk-Sinfonieorchester Berlin
(Berlin Radio Symphony Orchestra)

録音状態は、極めてクリア。透き通っている。青春時代のブルックナーって感じだ。
カップリング:マーラー「子供の魔法の角笛から」

1楽章
録音状態が良く、ひんやりした空気感を感じる。シャイーの原始霧は、高原の朝霧のようだ。
さらーっとした空気の流れで、霧の合間から、遠方の風景が見えてくるような感じがする。
標高の高い場所に立って、ひんやりした朝の空気を、胸に棟にいっぱい吸い込んで・・・希望にあふれているような感じがする。聴いてて、この指揮者は、きっと若いよな〜って、そんな感じがするのだ。
何故なんだろう。
この原始霧は、盆地の底にたまったような靄ではない。鬱々ともしていないし、先の見えない不安感もない。音色がまず明るい。テンポはゆっくりしているのだが、エネルギーを溜めているような気がする。
木管の音色が飛び抜けて明るく、濁りがない。
重さが適度にあって、先に進もうとするリズムがある。
ジュリーニ盤のような、重量感のあるたっぷりの歌い方ではなく、ちょっと軽めの歌心があるようだ。
歌心のあるフレージングだが、金管の音色はシャープだし、テンポを揺らさないので縦がずれない。
決して、どっしりとしているわけではないが安定感がある。
さほど個性のある演奏ではないが、決して凡庸でもない。清潔さとか清々しさなどは、他の盤にないような気がする。
ちょっと意識してテンポを几帳面にとりすぎかな〜 でも、息苦しさは感じさせない。

2楽章
かなり美しい演奏なのだが、もちっと粘ってみてもよかったかもしれない。静謐さはあるのだが、う〜ん。
中間部の「ふぁ〜そ〜ら〜 ふぁそら〜 」の弦のユニゾンのところで、そう感じてしまった。
弦に、もう少しだけ鋭さや厳しさがあれば、もうひとつ、深みがあったかもしれないが、まだまだシャイーさんは若いのだ。
金管類には、パワーも、品もあるので文句は言えない。
弦のエッジぐらいかな。ちとモノ足らないようなするのは。贅沢な申し分だが・・・。でも、この楽章は難しい。この頃合いが難しそう。なかなか好感の持てる演奏で好きだ。1楽章同様に、空気が澄んでいて、とても気持ちが良い。

3楽章
なんだか下界に降りてきた途端、戦闘が始まったような気になった。少しテンポは速めに感じる。
でも、テンポと音量が、最初から最後まで、なんだか同じ様なイメージで一本調子の感じがした。
う〜ん。これではつまらんぜ。

4楽章
ここでは、ちょっとテンポを揺らしてくる。金管は、文句なしに透き通る感じがするし、キツクもなく、べとつきもせず、硬くもなく、柔らかすぎず。う〜ん。頃合い。
中途半端な後半2楽章というレッテルを貼られている7番で、最後、どう締めくくるのか気になったが、まあ。結構、堂々と締めくくってくれた。ボリュームもあったし。
全体的には、ブルックナーのイメージとしては若い。 若すぎるかもしれないけど、清々しい一面があって好ましい。

インバル フランクフルト放送交響楽団 1985年
Eliahu Inbal
Radio Sinfonie-orchester Frankfurt
(Frankfurt Radio Symphony Orchestra)

う〜ん。どうだろ

録音状態は良い。
旋律の見通しは良いが、すっきりしすぎて〜 オルガン的な厚みのある縦に響く演奏ではないので、ちょっと、びっくり。
シベリウスの交響曲かと錯覚を起こしそうな冷えたブルックナーだ。
1楽章
録音状態は良いのだが、なんだか、奥行きの少ないホールというか、狭い路地で横に並んで、目の前で、演奏してもらっている感じのする録音である。ぺたんこ状態・・・とは、言わないが、まあるく響かない。
どこか、ブルックナーの交響曲を聴く時は、まあるい、球体、宇宙的な響きが欲しいと、ワタシは思ってしまう。
少なくとも、奥行きのあるホール感が欲しいのだが、ちょっと・・・ これは、ワタシの好みではない。
う〜ん どこにマイクがあるのか、ちょっと不思議な感じがする。いやーっ 天井1本マイクってわけではないだろうし〜
左右のバランスが良すぎるの? いや〜 わかんないなあ。 
クールな通った音で、珍しいほどに旋律が、輪郭が線のように見えてくるようなブルックナーで、トレースされているというか、レントゲンで透けて見えるぐらい、見通しがよすぎるぐらいに見えているというか。
まるで、シベリウスの交響曲を聴いているみたいだな〜と思ったり、とにかく、肌合いが、冷えたブルックナーなのだ。
これを聴いて楽しいかと言われたら、まったく聴いてて、面白くないというか、体温があがってこない演奏で〜
「そっふぁ みぃ〜れ そっふぁ みぃ〜れっ」と、畳みかけて盛り上がって金管の鳴りっぷりも、確かに音は鳴っているが〜

鳴ってはいるのだが、傍観者のような客観的というか、オルガン的に響いている感じのしない、う〜ん。
なんて言えばよいのか。こぢんまりした室内楽的な感じがするというか。綺麗なんだけどなあ〜 なんか違う。
音の通りは良いのだが、奥行きが少なく、厚み、暖かみ、音の重さを感じない、フシギな音が紡ぎ出されており、響いているという感覚ではなく、また、縦の音の響きを楽しむという感じにはならない。
素人が、じっくりと聴く〜というよりは、演奏家さんが、譜面を見ながら、テキストとして聴く方が良いのかもしれない。

2楽章
綺麗すぎて〜 どことなく人工的。幾何学的模様の庭を見ている感じで、冷え冷え〜
ブルックナーなので、ちょっと田舎くさくて無骨さもあって、いいんですけど〜(笑)
大変慈愛に満ちたアダージョなのだが、高地で澄み切った空気のなかで、演奏されているかのように感じられ、抑揚が少なく、美しいものの、空気感が少なく、温度が低い。
理知的な美意識が醸し出されて、決して高揚していくわけではないが、まあ、こういうアプローチもあるのだと、妙に納得させられる。

3楽章
「ぱぁ〜ぱぁ〜 ぱっぱらぱ〜」 線は細いのだが、ぶれない力強さを感じる。
1楽章の時に感じた奥行きのなさは、この楽章では気にならなくなっており、ちょっぴりホールの感覚がつかめてくる。
でも〜 やっぱ広がり感は少なめで、ちょっぴり窮屈な感じはしてしまう。
で、この3楽章は、他盤では、ちょっと野暮ったく、力まかせ的で、馬力だけ〜という、演奏に遭遇したりするのだが、インバル盤は、やっぱクールである。
重低音で、かーっと、のぼせ上がったかのような、野蛮さ。
一種の圧迫感、切迫感が気持ちよかったりするのだが、インバル盤は、あくまでも冷静で、血が頭にのぼる〜ということは無い。(笑) まあ、ある一種、単調さ故、快感が生じる・・・筈のだが〜 この盤で聴く限り、体験できないでしょう。
インバル盤では、ワタシ・アナタの脳みそは騙せません。そんな単純ではありません〜てな感じ。

4楽章
結構軽快な最終楽章で、サクサクと進む。1楽章の主題が再び顔を出すのだが、別人のように軽妙なのだ。
スキップをして走って行くみたいに〜 あれ あらら〜
この楽章は3つの主題が巡ってくるのだが、それが、それぞれ別人という感じ。
で、最後には重々しいコーダが始まるのだが、そこれでもインバル盤では、厚みが足らないし、元々、この楽章は超短いので〜 う〜ん。ちょっと中途半端の感がぬぐえない。

0130

ジュリーニ ウィーン・フィル 1986年
Carlo Maria Giulini
Wiener Philharmoniker
(Vienna Philharmonic Orchestra)

録音状態は、まずまずなのだが、ちょっと靄がかかった感じもする。
耽美的なブルックナーだ。

1楽章
冒頭は、遠く、原始霧から立ち上ってきた感じがしない。
テンポは、最晩年の遅さほどでもなく、とりたてて遅いとは感じない。
初めから、チェロが春の風景のなかで歌っている感じがする。霧の雰囲気はしているが、明るく艶やかな音色がするのだ。艶やかに響いて、まったりしている。
芳醇さでは、ジュリーニ盤は、ピカイチではないだろうか。ただ・・・残念なことに録音が、極上とは言えない。
大自然のなかの〜というような雄大さは感じないし、大上段に構えて大見得を張るわけでもない。
どことなく歌ってはいるが、自然な感じがする。素朴かなあ。
マタチッチ盤のようなゴツゴツ感でもないし、レーグナー盤のような、風を切るような感じでもない。
たっぷり〜 旋律を歌わせていることは確かだが、う〜ん。
ちょっと、自然にさらさら〜 そのまま流れてしまうような気がする。
最後は、ゆったりと音量をあげ盛り上げて締めくくっているのだが、う〜ん、イマイチ。

2楽章
美しいアダージョ。ジュリーニ盤は、ゆったりしている。
大きく、はいて〜吸って〜という、息の深さがある。 しかし、粘りが少ないような気がして、私の耳には、テンポのゆったり感に比べて、あっさり気味に聞こえてしまった。
伸びやかで、優美ではあるのだが、 線が細めで、フレーズの膨らみ方が、しつこくない。
ゆったりしてはいるものの、ねちっこく感情移入しないので、あっさり風味に聞こえるのだ。
う〜ん? 歌うんじゃーないのか。ジュリーニは・・・ いや歌ってはいるのだが、なんかなあ。ちょっと違う。
このアダージョは、あまり大きく旋律は動かないので、止まったような感じがするところが出てくる。
中間部分で、ヴァイオリンの甘美な旋律は、確かに美しい。
低弦の響きも豊かで、まろやかである。
でも、美しさのなかに諦観のような情感を、ちらっと感じてしまうのだ。
最後の音が、小気味よく、小股が切れ上がったという感じに仕上げてくれたら、もう少し推進力がついたかもしれず・・・ ブルックナーとしては、耽美的すぎるような気がする。

3楽章
さほど激しくもなく、ゆったり、いや結構のんびりしている。2楽章と同様で、なんだか中庸・凡庸的な感じがする。メリハリがなくなって、のっぺりしているという感じ を受けるのだ。
ゴメン ジュリーニさんは大好きなんだけどなあ。
優美ではあるが、ちょっと弛緩気味に感じてしまい、このテンポに耐えられない。

4楽章
美しく演奏しているようには感じるのだが、カラヤン盤のようには華美でもないし、峻厳な冷たい美でもないし、文句を言わせないほどの全く別の世界が広がるというほどの演奏でもないし。
金管類は、かなりの重量感があるが、弦部に、さほどの緊張感がないのかも。
う〜ん 金管類が入ってきたら盛り上がるし、美しさを感じるのだが・・・ちょっと中途半端。
柔らかいさも、優しさもあるが、う〜ん。何かスパイスが足らないような気がする。
最後はいいんだけどなあ。ワタシにはダメだった。
少なくとも、もう少しテンポアップしていただかないと最後までもたないなあ。と思う。
聴いてて疲れてしまうというのが、ホンネ。

0137

ショルティ シカゴ交響楽団  1986年
Georg Solti
Chicago Symphony Orchestra

録音状態は良い。65年にウィーン・フィルを振った盤もある。
3楽章のスケルツォになった途端、ショルティらしくなる。
ちょっと一辺倒すぎるかも。

1楽章
テンポはゆったりめ。まったりしている。へえ〜ショルティ盤でも、まったりしているんだ。と、ちょっと驚く。
あまりにまったりしているので、ショルティ盤とは思えないほど。
低弦の響きもあり、重厚さを感じる。
途中、テンポを落とし、深々と息を吸い込んで、スケール大きく歌おうとしているようだ。
金管も甲高い声を出していない。 う〜ん これは、エネルギーをため込んでいるな。と思ってしまった。
この楽章は、きっぱりした力強さとウジウジ悩めるような対極のフレーズを、いったり〜きたりするのだが、このショルティ盤は、強弱がはっきりしており、弱音の場面では、推進力が無くなって無風状態になる。
まるで、お休み・オネムモードに入ったのかという感じ。
これじゃ〜 まるでレクイエム(鎮魂歌)を演奏しているのか? えっ、そんな解釈なの?
いつもなら、盛り上げる前から勢いよく、テンポをあげていくのに、ここでは、あまりテンポをあげない。
盛り上げ方も、畳みかける感じではない。ふーむ。いつもと違う。なんだか別人のようだ。
ただ、楽章最後では、完全に盛り上げてくれる。力強いし、判決がくだりました〜式で、この楽章を終える。ただ・・・そこに至るプロセスが、ワタシ的には見えてこない のだ。

2楽章
悩める楽章のように演奏される。美しいアダージョなので、この楽章は、弦の音色が悪いと・・・ う〜ん。
他の盤に比べると、遜色がでちゃう。特に、ヴァイオリンの音色がマズイかも。
それに、ショルティ盤は、いつまでも悩んでいます。という状態で終わってしまって、ちょっと違うような気がする。ここでは、救済された世界を呈示して欲しいのだが。ちょっと聴いてられない。 やっぱ何か変だ。

3楽章
スケルツォになった途端、このオケは息を吹き返したようだ。そうそう、ショルティ盤は、これでなくちゃ〜!
元気で、紋切り調で、明快そのもの。一直線で行く。バリバリ・・・辺りの空気を突き破って、 低弦の響きも充分。
腹に響く〜という感じだ。
ぱ〜ぱぁ〜 ぱっぱらぱ〜 2音目に強いアクセントがあり、この音が推進力になっている。
ひとくちで言うと豪快そのもの。単純と言えば単純だが、このリズムが生命線でもあるんだし。
そうこなくちゃ〜 ショルティじゃないよね。
ブルックナーの一面を捉えるには、よいかもしれない。

4楽章
この楽章で、はじめて木管の音色を聴いたような気がする。ちょっと太めだが、心地よい音色だ。
テンポよく転がる。 3楽章の続きで、テンポが速くリズミカル。速すぎるぐらいに感じる。
最終楽章では、畳みかけてくるテンポの良さがあるが、力ずくだ。
力強い金管が登場すると、やっぱ圧倒されて、ぐちゅぐちゅ〜 悩んでいる気持ちが、きっぱり否定され、すっぱり〜斬られてしまう。 あはは〜 やっぱ斬っちゃったか。

ショルティ盤で聴くと、肯定か否定、○か×か。という構図になっているような感じがする。
もちろん、ここでは圧倒的な金管が勝っているので、金管が登場すると、まるで水戸黄門さまの印籠が出されたような感じ。 ははぁ〜っと平伏する気持ちになってしまう。
勧善懲悪式の黄門さまが登場すると、ストーリーが終わりになってしまう。
黄門さまストーリーが好きな方も多いが・・・。
う〜ん? でも、なんか違うよなあ。ブルックナーは、こんな単純な構図じゃーないでしょう。と聴きながら感じてしまった。

やっぱシカゴ響の金管の鳴りには、分厚さがあり〜 歌うと言っても 弦の流れるようなフレーズは期待できず、フレーズが短すぎるため、楽章のなかで心地よい部分と 、そうでない部分ができてしまう。
口調が、いささか紋切り調で、ブルックナーの曖昧模糊とした旋律にはなりづらい。
明快と言えば明快。くっきり〜 はっきり〜 しすぎ。かな?やっぱ。 
いずれも、モワモワ ムクムクとした、空中に浮かぶような、形のはっきりしないモノはダメなようだ。

0925

ギーレン 南西ドイツ放送交響楽団 1986年
Michael Gielen
South West German Radio Symphony Orchestra, Baden-Baden(SWR Symphony Orchestra)

   

録音状態はまずまず。凍りきった演奏ではないが、ふわ〜っとした、柔らかい演奏でもない。ワタシ的には、つかみづらい演奏だった。

1楽章
テンポは、普通か,、ちょっと速め。ギーレン盤は、冷血的だと思っていたが、さほどでもない。
まあ。いささかアッサリしているかとは思うが、超合金のようなクールさではない。 でも、あまり歌ってくれないんだよなあ。やっぱり・・・。
しかし、録音状態は良く、まるで 透き通った、高い山の上で聴いているかのような空気感がある。
単に、静謐な〜と形容するだけでは、なんか違う。なんか言葉が足らない。
弦だけの部分だと、あまり感じないのだが、金管があわさってくると〜 やっぱ、ひんやりしてくる。
ふわ〜っとした空気が漂わない。ホールトーンはあるのだ、でも、吹かれた場所から、私の耳に届くまでの間で、音が広がってないんじゃーないかと思うのだ。
何度か繰り返して聴いたのだが、う〜ん。なんと表現したらよいやら。困ってしまった。
さらさらフレーズが流れていくし、爽やかな感じで、すーっとブルックナーの7番が奏でられている。
でも、なんか残らない。もう少しタメて、じわーっと奏でてくれれば、盛り上がるのに〜というところも、テンポを落とさず通過してしまう。総じて速い。まあ。みんながテンポを落とすところは、ちゃんと落としているんだけどねえ。
音色は、やや硬め。楽章最後は、透き通った氷山が、北海にでも浮かんでいるかのような、美しいクライマックスである。そう。氷河の海に落ちる前の、薄いコバルトブルーの氷と雪の塊のようだ。
透明ではなく、ちょっと薄いブルー系統の色がする。
決して冷たいワケではないが、脆く崩れそうな雰囲気で、いやいや、硬いんだけどね。

2楽章
濁りのない音で、透き通った和音が奏でられる。
テンポを伸び縮みさせて、また音量を変えて、密やかに厳かに奏でている。
ほほ〜っ いろんな音が聞こえてくる。下にあるフレーズというか、対旋律と言えばよいのか。
他の盤では聞きとりづらい、隠れているフレーズが、ギーレン盤では透けて見てくる。
ワタシ的には、上手にミックスされていると思うので、聞きやすい。受け入れやすい。
はあ。なるほど〜と感心させられるところが多い。
重々しい響き、ゆったりしたテンポで奏でてくる盤もあるが、ギーレン盤は、息の長さ深さは、短いし浅めである。でも、あまり嫌みに聞こえない。
テンポが幾分速めであることと、録音のためか、硬質で、リズミカルに聞こえるんだと思う。
それに、微妙にテンポを伸縮させている。フレーズの捉まえ方が、短かめなのかもしれない。
でも、その短めのフレーズは、全部一律の体積ではない「マス」なのに、しかし、できあがると四角四面に積まれているような。なんとなーく不思議な気分だ。

3楽章
ちょっとシャイー盤に雰囲気が似ているなあ。と思うのだが、音色は渋め。
さくさく、キビキビと演奏しており、かといって迫力のあるスケルツォでもないし。なんとも表現がしづらい。
ぱ〜ぱぁ〜 ぱっぱらぱ〜牧歌的にでもないし、無骨でもないし。荘厳さを感じるほどでもないし。
重厚でもないしなあ。う〜ん。困ってしまう。特徴がつかめない。

4楽章
なんともテンポが速く、さらさら行ってしまう。
なんてアッサリしているんだ。なんで〜 どーして〜 ちょっと段々と腹が立ってくる。
バラバラになった演奏でもないし、アンサンブルだって、しっかりしているのだ。
で、音量の大きさだって、弱さだって、抑えるところと出てくるところも、きちんと演奏されているのだ。
でも、なんか足らないのである。えっ 愛情だって?
う〜ん。そうかもしれない。感情というか情感が、無いわけじゃーないと思うだが、あんまり伝わってこないことは確かなのだ。但し、あくまでも個人的な私だけの感想なのだが ・・・。
小気味よくテキパキ処理された演奏とでも言っておこうか。

ギーレンという指揮者に対して、どうも変な先入観があるのだと思う。風評というか。
また聴き的な感想や、評論家さんたちの感想が、文字として入ってきて、イメージだけが出来ちゃった。で、聴き手である私が、なんだか変なヤツだと、そんな先入観があるのだと思う。
また時間を空けて、取り出して聴き直さないと・・・。

カラヤン ウィーン・フィル 1989年
Herbert von Karajan
Wiener Philharmoniker
(Vienna Philharmonic Orchestra)

昇天しちゃいました

録音状態は良い。いつも聴きくブルックナーの響きとは違うが、カラヤンの最後の録音で、弦の柔らかい流麗な響きで、彩られたカラヤン美学の結晶とたたえられるだけのことはあると・・・素直に感じられる。まるで別モノ。別格ですね。 
1楽章
改めて言う必要もないことだが、カラヤンさんの最後の録音である。1989年5月11日にセッションで録音されたもの。
で、最晩年には、この7番と8番を録音しているのだが、どうも8番は、ワタシ的には聞きづらかったのだが、この7番は流麗すぎるほど流麗なのだが、う〜ん、これがカラヤンさんの美意識の結晶かと思うほどだ。
8番だと、金管が相当にキツく感じられたのだが、弦の響きの柔らかいこと。

「ふぁ〜 どふぁ どふぁらどぉ〜〜 しどれぇ〜 みれどぉ〜し しどぉ〜 そぉ〜れ どしどぉ〜」
「ら み〜ふぁ れ〜そぉ〜 みぃ〜みふぁそら ふぁ〜し」
「そぉ〜どしら〜みぃ みぃ〜れみふぁ〜 ら〜しど しどれ〜 どれみ〜 ふぁそぉ〜」
続く、木管から、ヴァイオリンの文字どおり透き通るような高音域へと昇っていくフレーズも、すごーく綺麗で、唖然っ。
ちょっとピッチが高いんじゃーないのと、余計なことを言いそうになってしまったが、言葉を呑み込んでしまった。
まあ、この最初のフレーズだけで、唸ってしまうことは確かだ。
この冒頭だけで〜すでに鳥肌が立ってしまう。

ヴァイオリンの「どぉ〜 れみぃ〜 ふぁみふぁそ らぁ〜しどぉ〜しっどら どぉ〜れみぃ〜 ふぁみふぁそ らぁ〜しどぉ〜」っていうフレーズなんかは、磨きに磨かれたと表現される音の流れというか、これがレガートかあ。と、恐れ入ってしまった。
なんしか、この盤で奏でられるヴァイオリンは、異様なほどに、透き通った音で奏でられている。
ホント、ひゃ〜っと、首筋が凍りつくような研ぎ澄まされた音で、作り込まれているのだ。

ドイツパンのように、ちょっと歯ごたえのある、ごわごわしたパンの食感が好きな方にとっては、バターがたっぷり練り込まれた、薫り高いクロワッサンなんぞは、べたついてて嫌だ〜っ こんなモノ毎日食べられないわ。と、と言われるのと同じで、こりゃ〜 全く違う別モノなのだと思う。メチャクチャ例えが悪くて申し訳ないけど・・・ホント、そう思ってしまった。
もちろん、バターのたっぷり練り込まれたのは、カラヤンさんの演奏ですけど。

4分40秒ぐらいから、金管があわさってくるのだが、
「そっふぁ み〜れ そっ そっふぁ み〜れ そっ そっそ そっそ そっそそそそ・・・・」というフレーズも、う〜ん、細身の薄い煌びやかさで、文字どおりキラキラ光っている。
また、10分45秒ぐらいからは、金管も、「らぁ〜 れられ らふぁれぇ〜 らふぁれられ みぃ〜みぃ」と、強く和音を吹いてくるところがあるのだが、ここも濁っておらず、幾分強くて硬いんだけど〜
そのあと、するっと、あの弦が登場してくるので、はぁ〜っと、ため息を、いや息を呑み込んでしまった。
それに、歌う 歌う・・・ なだらかに、ふわーっとした感じで、これは、どんな弦のボーイングなんだ?
このボーイングは普通じゃないよぉ〜 高音域だけ、ソフトフォーカスしているってことないよねえ〜

2楽章
ものすごく丁寧に奏でられており、息を深く〜まるで宗教音楽さらながらになっており、深く、吸って〜吐いて〜というのを繰り返しており、神秘的で、神々しい。
その音の響きが、宙をすーっと泳いでいるかのようで、アタマの遙かうえを飛んでいるかのような感じだ。
アイヒホルン盤では、ふわふわ〜 雲の上を歩いているような感じだったのだが、そんな、ふわふわ〜した浮遊感というよりは、しっかり硬質感はあるのだが、高い音の響きが、また、別格なのだ。
「ふぁ〜そぉ〜 らぁ〜 ふぁそらぁ〜 そらら〜 しどれ どしら らぁ〜そぉ〜 しぃ〜どぉ〜れぇぇ〜」
と、中音域の響きも、まろやかに少し悲しみを帯びており、まるでレクイエムのようだ。

3楽章
スケルツォの楽章で、いつもブルックナー7番の後半は、魅力が半減されるといわれるが、カラヤン盤で聴くと優美なワルツのような感じだ。出だしは、ふわっとでてくる。
「れ〜ら れっれれっら〜 しぃ〜しぃ しっししっしぃ〜」
「らぁ〜らぁ れっれ れっらっ  らぁ〜らぁ〜 れっれ れっらっ みっみ ふぁっ みっみっ ふぁっ」
「ふぁっふぁっ み ふぁっふぁっ み・・・」 弦が弾んでいるのだ。金管もそれにつれて、軽やかに弾む。
いつもなら、分厚い響きで、象か熊のようなダンスなのに、おおっ なんて軽やかななのだ。
ここには、野暮ったさなんか微塵も感じられない。
パットン重戦車軍団が荒野を走っているのか、地響きを立てて駆け回り、野蛮な蛮族が襲来なのか、血の気の多い、戦闘意識まるだしのような強面軍団がやってきたのか、地面がぱっくり割れるかのような神の怒りか、暴れ馬が草原を走りまわっているか、怖ろしく力任せな方々が暴力沙汰で血をみるか〜と脅されているような雰囲気か、荒ぶる神が雲の上で太鼓を叩いているかのような感じなのだが、カラヤン盤で聴くと、なんとも、ほほぉ〜
なんて軽やかな響きなのだ、まるでワルツのようだ。
ここは宮殿の大広間なの?って感じなのである。なんて優美で美しいのだ。ひやぁ〜 シンジラレナイ・・・。
全体の音量も抑え気味だが、金管の響きも、幾分まるみを帯びており、めいっぱい吹いているという感じではない。

4楽章
弦と木管のフレーズが小鳥のように飛び交う。
「どっ らど れぇ〜みふぁ」「れっれ みふぁ そぉ〜らそ」
「ふぁみ〜ふぁ そっ そっ そっそっ」「れっれ みっみっ」
中音域の弦のピチカートのなかを、「そぉ〜らぁ〜しぃ〜らぁ〜 そぉ らそふぁそ しぃ〜ら そぉ〜ふぁぁ〜」と歌う。
このトレモロの可愛らしさ。なんと天使が歌っているかのようだ。フルートの響きも、こりゃ天上の世界ですよねえ。
いや〜 こんなに美しかった? この楽章? 

で、曲がり角で突然犬に吠えられたみたいに金管が咆吼する。
唐突すぎて、仰天してしまう。「しぃ〜 ふぁみ れふぁっしぃ〜 しっどぉ〜 れ〜みふぁ そぉ〜たらら らっらっ」
不協和音で軋んだ音のあとは、柔らかいフレーズになる。
音の軋み感よりも、唐突さに驚かされるが、主題の異なりが、天と地のようで〜
それが、段々融和されるかのように和らぐ。
まあ、もっとも、最後には、力強いコーダが待っているのだが、荒ぶる神が降りてきたかのような感じだ。
金管は、ぶっきらぼうな吹き方ではないし、野武士のような幾分怖いというモノでもなく、ほどよくまろやか。女性的であり、力任せ的に、これでもかぁ〜的に振り下ろすパワーではなく、包み込むかのような雰囲気を持っている。

総体的には、流麗で、特に高音域の弦の音だと思う。
幾分、ピッチが高めのような音がするのだが、もちろん艶があり、すーっと通って細身で、しなやか。
この音質は、このオケならでは〜なのだろうか。
金管も、トゥッティの場面になると、迫力はあるし、ぐわーっと吼える。でも、品があって、じわ〜っと盛り上げて行く。
この盛り上げも、底辺から、ぐわーっと盛り上がっていくのではなく、すーっと自然に上昇していく感じだ。
これは、やっぱ、カラヤンさんの美学なんだろうなあ。普段聴く、ブルックナーとは音質が違っており、ひゃ〜と鳥肌立つほど、流麗すぎるほど流麗な演奏で、まるで、ベルサイユ宮殿での演奏会のようだ。
これは、別格・・・。まるで違う曲を聞いているみたいです。でも、これはこれで〜 なんか納得させられちゃいます。

0131

アイヒホルン リンツ・ブルックナー管弦楽団 1990年
Kurt Peter Eichhorn
Bruckner Orchester Linz
(Bruckner Orchestra Linz)

録音状態はまずまず。ふわ〜とした天上の世界が描かれており、すっかり白鳥の歌のように聞こえる。う〜ん 別世界っ。

1楽章
かなりゆったり〜 チェロの艶やかな音色が美しい。
ただ、あまりテンポアップしてくれない。重厚というより、豊かな音色が流れてくる。
至福の時間を感じる。
ただ、幾分伸びやかさがなく、素朴である。しなやかではあるが、若い息吹が感じられない。少し伸びしろが足らないのかな〜 伸び縮みするだけの弾力性は少ない。だが、優しく柔らかく美しい。
低音はあまり感じない。木管類は透き通って良く聞こえるが、、、チェロの美しさは、まったりしている。
息遣いは、低音が聞こえない分モノ足らない部分もあるが、息遣いが浅くもないく、さほど深くもない。
無骨さより、優しさかな。
テンポに関しては、推進力が無い分、多少じれてくるかもと思う。
音量はちょうどよく、金管もうるさくない。つんざく金属音はないと思っていい。
金管のメリハリもちゃんとあるが、ヴァイオリンの音色は流れているが、中音域がわりと細切れになっている。
ただ、低音の歯切れの良さがなく、推進力が不足気味なので、切れがいいとは感じず、
長音が続く際には歌うには、幾分息が続かず、ゆったり気味なのは否めない。
う〜ん。自然な感じがして好ましい。早いテンポの方が、よかったかもしれない部分もあるが、
ティンパニーのトレモロは、あまり緊迫感がなく音量も増加しないので迫力がない。
金管のまろやかさが出たまま、そのまま、まろやかなコーダを迎える。

2楽章
白鳥の歌のように聞こえるが、、この指揮者いくつの時の演奏か、よくわからない。でも、きっとご高齢なのだろう。なんだか、すでに別世界に行っちゃった音楽のように聞こえる。
あまりにまろやかで、とろけちゃう〜 とろけた音楽なので、天上世界のようだ。
ブロムシュテット盤も、すごく美しいし、抑制され律している禁欲的な美という感じがするが、アイヒホルン盤は、無邪気で、無垢な美しさという感じがする。
1楽章から純粋無垢状態で。とろけるように寝てしまう。決して退屈というわけではないのだが、また決して弛緩している演奏ではないのだが、寝るのが1番のシアワセと感じるモノは、寝るだろうなあ。
う〜 ホント眠い。途中、トランペットが鳴らないと寝るなあ。
後半は、雲の上に乗っている感じがする。ふわふわ〜 ここから出たくない。
最後は、強烈な音量で、、、なんで〜 ただまろやかなティンパニーは緩い、ぼわ〜っとしたトレモロなのだが
金管は大きい おおきすぎやで〜とぼやきたくなりました。
せっかく夢みごこちだったのに。しかし、また夢が見られる。
とろけて形がなくなっちゃいました。絶句の演奏でした。
ホント、ここまでで十分・・・ これ以上は聴けません。別の日に。

0128

ヴァント ベルリン・フィル 1999年
Günter Wand
Berliner Philharmoniker
(Berlin Philharmonic Orchestra)

低音が豊かに響いている。ライブ盤で、録音は特に良い状態とは思えないが、なんたってBPOなので、少し固めに響いているものの、かっちりした構成力はさすが。
 

1楽章
わりと旋律で聴かせているのだが、どこかに、ためをつくって、重厚に響かせているような気がする。
高音の美しさが出ていて、綺麗だ〜 伸びている。 こりゃいいわ。
金管ののびがあって 原始霧というもわもわ〜という雰囲気は薄いものの〜 さらっとしていて理知的である。 弦の透明度も高い。さすがBPOかなあ。
金管が少し輝きすぎかなあ。とも思ったが、しっかりと切れがあるんで、嫌みにならない。
テンポも、切れがあるぶん 推進力が感じられる。柔らかいが、切れで助かっている。
テンポだけでなく、きっと、音のアクセントがあるからだろう。
切れだけでなく、音と音のしなやかな感じもするし、とても不思議な感じがする。
イメージ的には、曖昧さのない透明度の高い、諦観を含んだ、高い世界というか〜卓越した別世界という感じがする。
単に甘いだけでもなく、もわっとした曖昧さでもなく、シャープすぎるぐらいに卓越されてて、無邪気にはいられない。
一種近寄りがたいかもしれないですね〜 
1楽章の最終は、恐ろしいほどのパワーで圧倒される。

2楽章
深々と大きな体で息を吸い込んで呼吸をしだす。音色はまろやかで豊かである。
音が太い。たっぷりと歌いこんでいる。音色がすごい。他の盤にはない豊かさである。

3楽章
音色と声の美しさは他の盤にはない。力強い安定感、ふわっとのってくる弦のフレーズ  金管の透き通るような響きはやはり美しい。ティンパニーのトレモロも、緊張感を伝えて迫力がある。
音がぎっしり詰まって奏でられている。う〜 やっぱり美しく、個々の楽器が奏でられていると思う。
なんで〜 こんなに無骨なブルックナーが、可愛く見えるのだろう。まるで少女のように語ってくれる。
迫力があるなあ〜 このヴァントの演奏は。音量と共に、繰り返しの多い退屈になりそうな楽曲に、 いろんな木管やフレーズがあるんだな〜と気づかされる。 単調なフレーズなのに、力強いので、あっという間に終わってしまった。

4楽章
軽快にテンポよく何かが飛び回っているようで、鳥みたいにきこえちゃうが〜 重量感はあるのに、鈍重にならず、よく転がるなあ。という感じを受ける。 より一層重量感がでてくる楽章なので、うっ ちょっと重いかも。という場面を感じる。
ん? 荒れている?
ちょっと金管類が耳障りなところがあるが、、、まあ。迫力は十分すぎるほど十分です。
ライブ盤ならではの熱気もあるし、、、
でも、この曲自体 中途半端というか途中で切れちまうんで〜 それがあまりにもはっきり盛り上がっているところで終わるんで、がっくしでした。 これはヴァントさんのせいでは、ありませんけど。(笑)
1966年 マタチッチ チェコ・フィル Sup ★★★★
1968年 セル ウィーン・フィル SC  
1975年 カラヤン ベルリン・フィル ★★★★
1976年 ヨッフム シュターツカペレ・ドレスデン EMI ★★★
1980年 ブロムシュテット シュターツカペレ・ドレスデン De ★★★★
1980年 ヴァント ケルン放送交響楽団 ★★★★★
1983年 レーグナー ベルリン放送交響楽団 DS  
1984年 シャイー ベルリン放送交響楽団 Dec ★★★★
1985年 インバル フランクフルト放送交響楽団 ★★★
1986年 ジュリーニ ウィーン・フィル ★★
1986年 ショルティ シカゴ交響楽団 Dec ★★★
1986年 ギーレン 南西ドイツ放送交響楽団 Int ★★★
1988年 マゼール ベルリン・フィル EMI
1989年 スウィトナー シュターツカペレ・ベルリン DS  
1989年 カラヤン ウィーン・フィル ★★★★
1990年 アイヒホルン リンツ・ブルックナー管弦楽団 Gam ★★★
1991年 スクロヴァチェフスキ ザールブリュッケン放送交響楽団 Arte  
1991年 メスト ロンドン・フィル EMI  
1994年 チェリビダッケ ミュンヘン・フィル EMI  
1999年 ヴァント ベルリン・フィル ★★★★
1999年 ザンデルリンク 南西ドイツ放送交響楽団 Hns
2011年 ケント・ナガノ バイエルン国立歌劇場管弦楽団 SC  
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