「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

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エルガー 交響曲第1番
Elgar: Symphony No.1




プレヴィン ロイヤル・フィル 1985年
Andr Previn  Royal Philharmonic Orchestra

ばっちグー!

録音状態は良い。おそらく数あるCDのなかでは、聴きやすいのではないかと思う。
甘さを適度に抑え、ブラス部分も綺麗にメリハリをつけた演奏だ。さらっと歌う方が好ましいのだろう。循環風の構成とはいえ、バラバラの主題を1つの個性的な主題で繋いでいるのがよくわかる。

←1枚目のCDは、交響曲第1番と威風堂々 1枚モノCDである。
交響曲第2番も、単発で販売されている。
うっかり者のワタシは、ダブり買いをしてしまった。 

←1枚目のCDは、2枚組BOX
エルガー 交響曲第1番、威風堂々1番〜5番、交響曲第2番、演奏会用序曲「コケイン」(首都ロンドンにて)
1番と威風堂々が85年 ロイヤル・フィル
2番と序曲「コケイン」が、93年 ロンドン交響楽団
冒頭から斉唱風に歌われていくのが、エルガーの特徴ってところだろうか。とても個性的だ。
「どぉ〜 しぃ らそみぃ〜 らしどれぇ〜〜 れ〜 ど らしぃ〜」 
「どぉ〜 し〜 らそみぃ〜 どれみ ふぁ〜 ふぁ〜 み らぁ〜  らしど れぇ〜  どぉ〜し〜ら〜どぉ〜」
で、この斉唱風フレーズはメビウスの輪のように永遠と続くように奏でられる。
あのぉ〜? これ交響曲の冒頭ですよねえ? って感じで、このフレーズのあとには、また別の歌謡風フレーズが顔を出すという、ちょっと風変わりな構成である。
結論をまず提示して、そこから分析でも始めようというのか?1楽章のなかで、この冒頭が顔を出す場面もある。
この風変わりなテーマの告知方法は、別の作曲家たちとは異にしている。
なんでも、この作品を発表したときは、凄い反響が良かったらしいのだが・・・ ワタシのアタマは、大ハテナだ。
なんとなぁ〜く 気持ちの良い曲だとは思うが、単にそれだけで終わってしまう。何が言いたいのかワカラン。

ワタシの勝手なイメージだが、エルガーの1番は、ラフマニノフの交響曲第2番と、よくにた傾向で〜
プレヴィンさんの指揮だと、他の指揮者よりは、整理して聴かせてくださるだろう〜という期待が大きいのだ。
で、実際に聴くと、確かに、聴きやすいし、演奏も儚くて美しい〜と思う。

女性のワタシが、こういっちゃ〜マズイが、女性向きの交響曲かもしれない。どうも、理論的でもなく、説教臭くもなく、数式ではもはや成り立たない分野である。軟弱とも言えるし、この曲を聞きながら、午睡を楽しむと、きっと美しい夢を見せてくれる〜 そんな気持ちにさせてくれる楽曲だ。雰囲気を味わう楽曲〜 そうなのかも。
ワタシ的には、なんか真剣に聴こうという気がわかない楽曲だ。
今日、プレヴィン盤を聴いてて、それを再度、感じてしまいましたね。すみません。

おそらく数あるCDのなかでは、聴きやすいのではないかと思う。
甘さを適度に抑え、ブラス部分も綺麗にメリハリをつけた演奏だ。さらっと、爽やかに、すーっと歌い、聞き流す〜という方が、お互いに好ましいのだろう。
循環風の構成とはいえ、バラバラの主題を、1つの個性的な主題で繋いでいるのは、やっぱり無理があるのでは?
また、会社をリタイアしたら、ゆっくりとした時間も持てると思うし、暖かいテラスで、ふわーっと、ねっころがって、BGM風にこの曲を流してみることにします。
それまで、ぱたり〜 ♪ (← CD棚を閉める音)

例のごとく、ウィキペディア(Wikipedia)で調べてみたら・・・
曲頭に現れる旋律が循環主題として用いられており、全曲にわたって登場する。
これ以外にも第1楽章の第1主題からいくつもの動機が派生していて、全体的に緊密な構成がとられている。

第1楽章
序奏つきソナタ形式。序奏は変イ長調 4/4拍子で、この曲のモットーとなる主題がヴィオラと木管楽器に提示される。
モットーが全合奏に発展した後、一段落してからアレグロ 2/2拍子の主部へと入る。
第1主題はニ短調で闘争的、第2主題はイ短調 6/4拍子の悲しげな旋律である。
小結尾では金管が咆哮してクライマックスを築く。再現部の後のコーダはかなり長く、冒頭のモットー主題が静かに回帰する。

第2楽章
舞曲楽章に相当する。嬰ヘ短調 1/2拍子。三部形式。主部には忙しく動き回る弦楽器と金管による行進曲調の勇ましい旋律が登場する。中間部は変ロ長調で、木管や独奏ヴァイオリンが楽しげに歌う。次の主部は初めは激しいが次第に雰囲気を落ち着かせていき、次の楽章へと切れ目なく移行する。

第3楽章
叙情的な、美しい緩徐楽章。ニ長調 4/8拍子。二部形式。前半部では、典雅な息の長い主題が発展する。
最初に現れる旋律は第2楽章冒頭の忙しないフレーズと音の並びが全く同じであるが、ここでは落ち着いた物憂げな旋律になっている。後半部はモットー主題を基にした旋律が現れる。

第4楽章
序奏つきソナタ形式、ニ短調。序奏ではバスクラリネットによる不穏な導入の後、モットー主題が扱われるが、ファゴット、ついでトロンボーンに新しい印象的な楽想も現れる。
駆け上がるようにして始まる主部は強迫的な付点リズムによる第1主題、行進曲風の勇壮な第2主題、序奏の楽想による小結尾主題で構成される。
コーダは序奏の導入動機から始まり、変イ長調に達するとモットー主題が全合奏で輝かしく奏される。
最後は6/4拍子に転じて加速するように終わる。

調性も、はじめは変イ長調だが、冒頭の序奏と最後だけで、あとは、ころころ変わってニ短調、嬰ヘ短調、ニ長調、4楽章の主な部分がニ短調という組み合わせとなっているらしい。
まあ、提示された主題は1つ、あとはストーリーがあるみたいで、どんなプロットの組み合わせなのか、聴き手が解ろうとするには、どうもコツがいるみたいで・・・。主題の斉唱テーマの変奏曲じゃん。という感じもするし、なーんかなあ。
ワタシ的には、つまらん。

シノーポリ フィルハーモニア管弦楽団 1990年
Giuseppe Sinopoli 
Philharmonia Orchestra of London

こりゃ良いわ〜拍手

録音状態は良い。女性的で華麗であり、ひねりが効いていて、なかなかに面白い。メメシイ感じもするが、太めのごつさもあって、両性具有的で〜風変わり。
カップリング:エルガー 交響曲第1番、「威風堂々」第1番、第4番
1楽章
印象的な序奏は、1回目を弱音で、2回目を少し音量があげて奏でる。
「ど〜し〜らそみ〜 らしどれ〜 れ〜どしらし〜しし〜」 
「ど〜し〜らそみ〜 どれみふぁ〜 ふぁ〜みら〜 らしどれ〜 どし〜ら ・・・」
序奏だけ、とってつけたような大変ご大層なフレーズだが、シノーポリ盤では、かなり、しんみり〜
レクイエム的に聞こえてくる。

途中、金管をブワ〜っと吹かせ開放的に、そして、ティンパニーの音で締めているものの、高貴なという言葉とは少し異なる。堂々とした勇壮感はないが、いったん弱まったのち、ふわ〜っと主題が現れる。
「たたた〜たたぁ〜」と、交響曲が、ようやく始まってくるようだ。
テーマ音楽的な存在の序奏を、シノーポリ盤では、ベツモノとせず一体化した工夫が見られる。
その後、女性的な響きとなっている。 ふむふむ。そうだよな〜 一体感が必要だよなあ。と思う。

デイヴィス盤が、暴力的に聞こえたフレーズが、シノーポリ盤だと、複雑に絡み合っているものの、色彩豊かに、しなやかに歌い繊細を持って聞こえてくる。まるで、揺れ動く女心のような雰囲気だ。
デイヴィス盤が、ぐいぐいとした推進力はあるものの、力任せで荒っぽい粗野な感じで、フレーズが混濁した印象を与えるのとは、全く違う。同じ楽曲でも、えらい違いである。

シノーポリ盤では、弦のフレーズを強調するところ、金管のフレーズを強調するところと、明快に区分して、劇的に演奏してくれている。で、聞きやすい。力の入れ加減、抜き加減が、頃合いで・・・。
マーラーのように複雑なフレーズが絡んだ楽曲を聴くには、シノーポリが来てくれると解きほぐしてくれるので、謎が解けるって感じがする。
弦のフワフワした「たたた たぁらら〜」が、絡み合っているフレーズから浮かんできて、長い楽章のなかで、ところどころに浮いてくる。弦のフワフワした感覚が、たまらん。ふふふ。
録音も、奥行きがあって、オブラートに包まれた感じを受けるが。これが、また好ましい。
幻想的に聞こえてくるのだ。まるで、象徴派やラファエル前派の絵画を見ているかのような・・・。そう絵画的に聞こえる。こってりした感覚が優先されているが、金管群が奥まっているのが、立体的に聞こえるし、奥に引っ込んでいただいているのが、より聞きやすくしている。
かなりダイナミックで劇的で、テンポも相当に揺らしている。

だが、一本調子の男性的な演奏とは異なり、受ける印象は女性的だ。なかなか、幻想的で、不思議な感覚になっている。でも、これ面白いかもっ。 ちょっと変わっているけどね。
テーマ音楽に戻ってくるところは、導入はスムーズで、しなやかでありながら、太さもあって、たっぷり〜っ。
一本調子になると、堂々して良いのだが、シンプルすぎて間抜けな楽曲に聞こえる。
シノーポリは、なかなか、音響効果を考えて鳴らしてくれているようだ。
これだと退屈しない。いや〜 良いっ。

2楽章
軍隊風マーチなのだが、しなやかに、ひそめいて、うごめいて聞こえる。
「タンタンタン タァータタン」と、体をくねった動きをしており、甘美な動物が目の前に居るかのようだ。
フレーズの最後が粘って、ぴろっと尻があがる。ふふふ。これはエロティックだ。
テンポの揺らめきが、動物的なのだ。
続いての主題は、自然のさりげない雰囲気があり。う〜ん。植物的に変わっている。
とろみのあるフレーズになっていて、さっぱり感はないが、ゆったりとした茫洋感があって、漂う雰囲気に近くなっている。少なくともデイヴィス盤で感じた粗野な感じはしない。

3楽章
続く3楽章では、はっきりしたフレーズがなく、つかみどころが少ない。
色彩は豊かなのだが、しっかりとした輪郭が浮き上がってこない。なんとなーく、ターナーの晩年の作品をイメージしてしまった。 ふわ〜っとしているが、力は感じるし重力はある。でも、漂う感じというか、ちょっとした浮遊感がある。
断片的なフレーズが繋ぎあわさって、それが、イメージになっていくのだが、主題と言われるものが、はっきり見えてこないので、動きが読めない。
天上的には響くが、上昇志向があるわけではなく。う〜ん。なにをイメージしたらよいのか。ちょっと迷う。
ぼよ〜んっと聴いているとよいアダージョである。
不快感のある楽想でもないし、まったり感がある。中音域の響きが良い。世紀末的な退廃的な気だるさが漂う。楽章最後に、あの冒頭とのテーマソングが流れてくる。

4楽章
フレーズがうごめいているのだが、柔らかい。しなやかに伸縮しており、フレーズが活き活きとしてくる。
つかみどころの無いフレーズが、次から次へと流れ込んでくるのだが、感覚的には良い。
こりゃ〜 思考するのではなく感覚じゃねえ。
単なる美しい旋律が印象的に流れてくるってワケではないのだが、まずまず、聞きやすくなっている。
まっ いろんな感じを与える旋律が、ごちゃまぜで執拗だ。ちょっとシツコイ。
なんとなーく、シンプルなくせに、難渋に仕上げましたという感じで、終わっちゃう。
はっきりとした意思がないまま、ぷよぷよと生きているわけじゃなかろうに。言いたいことが、さほど無かったのかなあ。

結局、あの冒頭に流れてきた序奏に戻ってくるのだが、この旋律にしがみついて生きてきたようで。
高貴さ、ただこれを保つために、品よく女性が生きてきたのかなあ。
人生最後に来て、ふっと思い出すかのような、昔の栄華を振り返っているかのような、そんな懐かしい、懐古調フレーズに聞こえてしまう。
楽章最後にさしかかってくると、威厳を取り戻し、少し格好良く聞こえてくる。
すると、あの序奏のフレーズが戻ってくるのだ。いや、フレーズを迎えに行ったように、メリハリがついてくる。
冒頭、なんとなく、しんみりしていた序奏のフレーズが、最後の最後には、威風堂々的になっている。
ティンパニーが力強く、一陣の風のような木管と打楽器が前払いをしている。
そこを分け入ってきた金管が、ゆったり奏でられ、次に、艶やかな弦が入ってくる。
で、弦が、金管が、それぞれ強さを、かわりばんこに主張しながら、ねじった感じで主題を奏でてる。
ふふっ。最後まで、やっぱり一本調子にはしていない。

シノーポリ盤は、さすがに、ひねりが効いている。
堂々とした楽曲であると信じ、その威風堂々感を楽しむ向きには、ちょっと・・・変な印象を受けるのだが、ワタシ的には、このひねりは好ましい風に感じられる。
シノーポリ盤では、男性的な堂々とした楽曲に対して、女性的なアプローチである。両性具有的にも聞こえる。また、動物的な要素と静かな絵画的な要素も入り込んで、混在しているように感じる。
ノビルメンテ(高貴)と共に、退廃的で気怠い雰囲気も持ち合わせており、この一般的に相反すると考えられるモノが、同居しているところが、なかなかに楽しめるのではないだろうか。堂々というよりは、華麗さがあり、なかなかに含 みがあって〜エルガーのちょっと違う面を発見したようで、ちょっぴり愉快である。

テイト ロンドン交響楽団 1991年
Jeffrey Tate  London Symphony Orchestra

ばっちグー!

録音状態は良い。リマスタリングされている。序奏部分は、テンポはゆったり、深々と演奏されている。バランス感覚に優れ、誇りを持った演奏に感じる。
カップリング:エルガー 交響曲第1番、2番、コケイン序曲、「ソスピーリ(ため息)」1972年ピアノ ワイセンベルク ベルリン・フィル
1楽章
冒頭の印象的なフレーズは、かなり、ゆたっりと演奏されている。
「ど〜し〜らそみ〜 らしどれ〜 れ〜どしらし〜しし〜」 
「ど〜し〜らそみ〜 どれみふぁ〜 ふぁ〜みら〜 らしどれ〜 どし〜ら ・・・」
金管の音色が、太く、まろやかで底力があり、厳かである。

はったりはかまささず、地味だが、プライド(誇り)を持って演奏しているようで、その意気が感じられる。
フレーズ最後は、段々と弱音になって消えていき、続いて主題が現れる。 その移り変わりは、自然に感じられる。
シノーポリ盤のような、女性的な演奏ではなく、旋律に太さと腰がある。
絡み合ったフレーズが解き放たれ、ほぐされ、とても自然に感じられるので、大変好ましい。 暖かみがあり、素朴でありながら、推進力もある。
派手さや豊かな色彩もないが、落ち着いた穏やかさ、適度な渋みがある。
感情の起伏が激しい盤ではない。中庸と言えば中庸だが、これがイチバン安定して良かったりする。
力任せ的に粗野に聞こえたC・デイヴィス、ロンドン響のライブ盤より、ずーっと良い。
フレーズも混濁しておらず、明るめの金管をうまく使っていると思う。これだと、印象に残るもん。
テイト盤を聴いて、男性的な自信に満ちあふれたフレーズと、女性的で優しいフレーズが、交錯しているのが、よく分かった。
まるで寄り添うかのように、また、どちらかを立てるように、主となるフレーズが浮かんでくる。
結局は、一体なんだろうけどね。
また、弦の響きが、特に中音域の音色が美しく、フレーズに丸みと、歯切れの良さを持たせている。
それが、嫌みのない歯切れの良さで〜 こりゃ、良いわ。
こんなにも、心地良い、まったりした曲だったんだね。ようやく、エルガーが好きになりそうだ。
シノーポリ盤の幻想的で、幻惑されるかのような、両性具有的な演奏より、まっとう〜って感じがする。
こりゃ、ノビルメンテ(高貴)というより、ノーブルだ。
楽章最後に、序奏部分のフレーズが戻ってくるのだが、このテイト盤だと大いに受け入れられる。

2楽章
優しい風が草原を凪ぎいているようにも聞こえる。軍隊風マーチなのだが、「タンタンタン タァータタン」と、勢いがある。シンバルが適度に響く。
パワフルなのだが、幾分、音量を控えめに吹かれている金管で、全体を包むかのような、奥行きが感じられる。弦のフレーズも、穏やかであり、爽やかで、清潔感が溢れている。
大太鼓も、さりげなく入っている。軍隊風マーチが戻ってくるところも、几帳面で、豪快磊落にハチャメチャにならず、品が良い。
この演奏、ホント誇りを持って、自負という感じに聞こえるところが、奥ゆかしい。
トランペットのファンファーレも、小気味よい。全体的に、嫌みが無いというのが、テイト盤の美点になっている。

3楽章
茫洋としたフレーズで、ふわーっと、のびやかでありながら、渋みもあって中間色っぽい。
肌触りのよい布を見ているようで、風にそよいでいるように感じる。 フレーズの輪郭は、わりとはっきりとしている。シノーポリ盤のように、退廃的な気だるさは、あまり感じない。とろとろ〜ではなくて、いわゆる、外硬め、中ふわふわ〜的な食感だと思う。う〜ん それにしても、 このアダージョは、難しい。

フレーズのとらまえ方が異なると、とろとろになってしまうし、短めだと何を言っているのか、さっぱり、ワカラナイようになってしまうし。こりゃ難しい。テイト盤の演奏は、楽章当初は、自然感の漂う、草原の香りが漂う幻想なイメージがしたのだが、楽章最後には、宗教的な響きを感じた。
断片的に、美しいフレーズが聞こえてくる楽章なのだが、主に、中音域の弦の響きに依っている。
この響きが、テイト盤では好ましく聞こえる。
シノーポリ盤のように、世紀末的、退廃的な沈没型ではなく、健康的、健全な演奏で、フレーズを上昇させ、適度に深みを持たせて、高みにおいて広がりを見せる。そう、あえて言うなら、教会の天井ドームを見あげている感じがしてくるのだ。

4楽章
エルガーは、なかなかに渋くて美しい。と、テイト盤で開眼した。
テイト盤では、3楽章は中だるみせずに聴けるし、この最終楽章も、室内楽的な響きがしてくる。金管が、ホント奥ゆかしくソフトだ。(パワーは充分、満足感充分)
で、この楽章では、和音が綺麗だな〜と、旋律美より、和音に気がいく。
ちょっと東洋風にも聞こえるフレーズもあるし、幸福感もあるし楽しい。
最後、序奏のフレーズが戻って、さほど主張もせずに終わってしまうのだが、最後の最後、ティンパニーが豪快に鳴り、金管が、思いっきり力強くのばして演奏している。これには、拍手っ!

ホント、テイト盤は、折り目正しい、どこか信仰心の篤さを感じさえる演奏で、人当たりの良いソフトさもあって、暖かい。 この盤で、この楽曲を繰り返して聴けそうだ。
身を任せても、包まれるかのような安心感があり、ほっとさせてくれる豊かさがある。
金管の吹き方も、充分厚みもあるし、アルトの声のような、品の良い、ふくよかな弦の響き。
中庸的という言葉が悪ければ、良いバランス感覚だと言っておきたい。
C・デイヴィス ロンドン交響楽団 2001年
Colin Davis  London Symphony Orchestra

なんじゃ こりゃ〜


録音状態は、う〜ん。あまり良くない。バービカンホールにおいてのライブ盤でデッド気味の録音で、最後拍手入り。
なんだか録音状態の悪さだけで、もう苦虫をかみ殺したかのような感じになってしまう。わかりづらい楽曲が、ますますわかりづらい。 
1楽章
序奏部分は、ヴィオラとフルートで小声で歌い出す。大変印象に残るコラール風のフレーズである。
「ど〜し〜らそみ〜 らしどれ〜 れ〜どしらし〜しし〜」 
「ど〜し〜らそみ〜 どれみふぁ〜 ふぁ〜みら〜 らしどれ〜 どし〜ら ・・・」

序奏だけ、とってつけたようなフレーズで、ご大層なのだが、高貴なという言葉が相応しいし、エルガーも、これを意図していたらしい。
しかし、このフレーズだけで始まり、そして終わってしまう。このフレーズで自己完結してしまっているのだ。
このテーマ音楽のようなフレーズは、1楽章の最初と最後と、4楽章の最初と最後に鳴り響くが、その間の音楽が、とってつけた付録のように聞こえる。いわゆる、メインディッシュが、最初にいきなり出てきたような感じで、その後、全く違う曲が、これまた唐突に始まる。
はぁ? 最初のコラール風の旋律とは、全く異にしてて、わかりづらく複雑な感じがする。
なんだか音が多すぎて整理がつかない。
唖然として聞き進むと、弦も金管も、同じフレーズを奏でており、そういう意味では、超シンプルな構成だ。なんだ〜音が多いだけか・・・。 (いや違うか)
やたら金管とティンパニーが鳴り、短いフレーズがパッチワークのように繋がっているのだが、ロマンティックな雰囲気もするが、荒いところもあるし。とにかく、何が言いたいのか掴みづらい。
歌うフレーズも垣間見られるのだが・・・ 大きな流れとして見えてこない。う〜ん。よくワカラン。
(で、つい退屈してしまう)
男性的で勇壮な感じもするが、セカセカしてて聞きづらいし、喧嘩でもふっかけているのか〜と思うところもあり、主題がハッキリ見えてこないので、印象が曖昧になってしま う。
最後、冒頭のフレーズに流れ込んでくるところは、抒情的で良いんだが・・・。
デイヴィス盤は、メリハリがなく、全て一様に同じ音量で同じようなテンポで奏でられて、浮き上がってく旋律が感じられない。ペタンと平板に響いてしまってて、テンポも、のっぺりしてて〜 う〜ん。弱ったなあ。

2楽章
いつの間にか楽章が変わっており、軍隊風マーチが鳴り響く。相当に荒っぽい。荒々しい。
弦がカサカサ言いながら、大太鼓が奥の方で鳴っている。
「タンタンタン タータ タン」「タターンタ タターンタ」 
デッドな響きで、はあ〜っ。なんだこれ? 団子のようになってしまって濁り気味。
シンバルが鳴って足を踏みならしてブーイングしているようだ。
あのぉ〜高貴さは、どこへ行ったんですか? 
続いての主題は、爽やかな風のように聞こえるのだが、奥で大太鼓が鳴っていたりする。自然の風景も少しは浮かぶのだが、また、足を踏みならしすフレーズに、かき消されてしまう。
なんだか粗野な雰囲気と、自然の美しさとが、交錯してて濁り気味だ。
足を踏みならすフレーズは、なんとも粗野で、どろまみれの靴のようで、汚い。

3楽章
茫洋とした雰囲気のなか、ゆったりとした流れが浮かんでくるが、曖昧模糊としており、形として見えてこない。
歌謡風のフレーズなのだが、完全に歌謡風とは言えず、弦の主題があって伴奏的なフレーズが、常に一緒に流れるものの、う〜ん。
「そらどふぁ〜 れ〜 」 高音域のヴァイオリンのフレーズは断片的には、大変美しいのだが、交響曲というカテゴリーとしては、深みが無く、なんだかモノ足らない。
う〜ん。ところどころに天上的に響く美しさはあるのだが、こればかり続くと、正直、だれてしまうのも否めない。勝手なモノだと、我ながら苦笑いするのだが・・・。そんなモノなんだよねえ。
それに、 かなり宗教性の高いフレーズだとは思うものの、一連性を感じられず、短いフレーズの重ね。つながりなのだ。
そのパッチワークに統一性が感じられないので、トータルで、形が見えてくるのかと期待してみても、見えないのである。

楽章最後に、あの冒頭とのテーマソングが流れて来るのだが、今度は高潔ではなく憂いが感じられる。
メランコリックに奏でられるテーマソングも珍しいが、反面、なーんだ。やっぱテーマソングなんだ。
C・デイヴィス盤を聴いていると、テーマソングの使い回しかとも感じてしまって・・・。なんだか、もっと丁寧に扱って欲しいかも。う〜ん。ごめんなさい。

4楽章
あれも、これも〜と描きたいモノを、たっぷり曲に入れ込んでいるようなのだが、これが、よくワカラナイ。
訴える力が無いのか、受け取り手である私が悪いのか。なかなか難しい曲で・・・。
いずれにしても、何が言いたいのやら。一応、耳を立てて聴いているつもりなのだが、やっぱワカラン。
最後が、テーマソングが流れてくる。ここは美しいし、ハープの音色までついてて、豪華だ。
ただ、豪華で高貴さを描いているのなら。私とはご縁がないようだ。
自然を描いたものでもなく、感情を描いたモノでもなく、魂の救済を描いたモノでもなく、劇として描いたモノでもなく、ストーリー性もさほど感じられず。なんだろう。
この曲へのアプローチ方法がワカラン。う〜ん。困ったモノだ。
混沌として混濁したような印象を受け、焦点が合いづらい。
あれこれ書き込んだものの遠目から見たら、何が描いてあるのか、全体像が見えづらいという感じか。

結局、冒頭のテーマソングのフレーズだけが印象に残るだけで、C・デイヴィス盤は、やっぱ、最後までのっぺり平板的で、印象に残りづらい。 もう少し、まびくか、凸凹にしていただくか、強弱をつけるかテンポを伸び縮みしていただかないと・・・。
で、最後、ライブ盤なので、すごい拍手が入っていた。
はあ? この曲の良さも、よく分からなかった私は・・・ ただ唖然。やっぱ大英帝国人にしか、わかんないのか・・・。

1985年 プレヴィン ロイヤル・フィル Ph ★★★★
1990年 シノーポリ フィルハーモニア管弦楽団 ★★★★
1991年 テイト ロンドン交響楽団 EMI ★★★★★
2001年 C・デイヴィス ロンドン交響楽団 LSO ★★
所有盤を整理中です。

「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

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