「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

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フランク 交響曲ニ短調
Franck: Symphony


フランクの交響曲ニ短調(作品48)は、フランクの最晩年にあたる66歳の頃の作品で、1888年に作曲されています。

ウィキペディア(Wikipedia)を元に記述すると
フランクの主要作品は、晩年に集中していますが、1886年にサン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」や、ダンディの「フランスの山人の歌による交響曲」の成功を受けて、交響曲を作曲しようという意欲が湧いたものだとか。
フランスにおけるこのジャンルを代表する曲のひとつで、19世紀後半における重要な交響曲のひとつとして高く評価されています。
循環形式による堅固な構成感で知られ、フランスの代表的交響曲として、ベルリオーズの幻想交響曲などと共に高く評価されているそうです。フランスで活躍した作曲家ですが、実は、ベルギー生まれで、ドイツ圏からの影響も大きく、フランス人によるドイツ風の交響曲と評されることが多いそうです。

第1楽章 ニ短調 ソナタ形式
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第16番、終楽章の動機 (D-C♯-F) が序奏に使用されています。
同じ動機が、フランツ・リストの交響詩「前奏曲」にも使用されています。この動機と、アレグロに入ってからの動機が全曲に渡って用いられています。

第2楽章 変ロ短調 複合三部形式による緩徐楽章、中間部はスケルツォ
イングリッシュホルンによる旋律が有名で、、再現部では、緩徐部とスケルツォ部の主題が重ねて演奏されるもの。
中間部は、スケルツォの性格を有するため、緩徐楽章とスケルツォを一つの楽章にまとめたものと考えることもできます。

第3楽章 ニ長調 ソナタ形式
展開部では、第1楽章と第2楽章の動機が、徹底的に組み合わされて変化していき、クライマックスを形成するもの。

循環形式による交響曲であり、主要主題が全楽章に現れます。通例4つの楽章からなる交響曲に対し、舞曲(スケルツォ)に相当する楽章を欠いており、3つの楽章によって構成されています。 

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マゼール  ベルリン放送交響楽団  1961年
Lorin Maazel
Berlin Radio Symphony Orchestra
(現・ベルリン・ドイツ交響楽団)

ひぇーぇぇ〜   もはや〜これまで。

リマスタリングされていると思うが、さすがに古く感じるところがある。なんとも落ち着かない、黒ミサ風で、メチャ疲れる演奏。
暗く、じめじめとしたフランクと、セカセカした宗教改革のカップリングで。とほほ〜。
カップリング:メンデルスゾーン 交響曲5番「宗教改革」

1楽章
出だしから、雲行きが怪しく 陰鬱な感じがする。なんとも暗くて、いや〜な予感。
このフランクの交響曲の曲想としては、オルガンの雰囲気を漂わせる息の長い演奏だと思っていたのだが、このマゼール盤は、う〜ん。なんとも・・・。
邪悪なモノが、一杯詰まったパンドラの箱でも抱えているような気分にさせられる。
伸びやかなどころか、とんでもなく不安な、まるで、これから修道僧にならなければならないのに、教会の前で、こんな禁欲的で抑制された生活なんか、やだーっと駄々をこねているような。 どこか反抗し、挑戦的で、憮然として開き直っているというか。 すねたアウトローというか、少し野蛮な感じがする。かなり臍が曲がってる。
モコモコした黒い雲がわき上がってくるような、いや、邪悪な心と聖なる心が内面で闘っているかのようで、そんんな闘争心が、心の内部にフツフツとわき起こっているような気分にさせられる。
で、 金管と弦のとげとげしさが、いささか暴力的すら感じられ、きわどい内部闘争的な感じさえ与える。

2楽章
1楽章では、毒気にあてられたような感じがしたのだが、ここも、なんとも沈んだ気分に。
この楽曲が、いったい何を言いたいのか、よくわからなくなった。
他のジュリーニ盤などは、穏やかで温かなストイックさが感じられるのだが、マゼール盤では、冷たく、ひんやり〜 変な視線を感じてしまう。これじゃー、心の底からは穏やか にはなれない。
嫌みな演奏だな。っと感じてしまった。

3楽章
ぎゃーーっ やっぱり激しい。息が短く、循環型が切れ切れにされているような。
現代人には、この程度のスピードが必要なのか? 
とても、めまぐるしく、トランペットなど、もう少しながめに吹いてくれっ〜と懇願したくなる。
ちょっとは瞑想的になる箇所もあるのだが、回想的に浸っていると金管のフレーズで、もの思いにふけっている場合じゃないぞ〜と、現実に引き戻される。
弦と金管のフレーズが、まるで過去と現実の駆け引きのようで、疲れる。
弦まで、いきり立ってきて、う〜ん。なんだ。この演奏!

峻厳な怖い顔で、さあ、過去の行動の懺悔をせよ。と、いきなり、せっつかれているような気がしてくる。
このマゼール盤のフランクの演奏は儀式のようだ。 悪魔のような顔で、さあー はけっ!自分の罪を述べよと迫まってくる。 う〜ん。この循環型というのは、ねちっこいねぇ〜 またやってきた〜 この悪魔のような旋律。
最終コーダは、わりとサッパリと終わるのだが、これは、なんとも自虐的で、SMが混じったような 毒気たっぷりのマゼール盤で、フランクの持ち味と思っている純朴で、純粋な敬虔さとは異なっている。
まるで、黒ミサのような雰囲気なのだ。
ちょっと、聴くには耐え難い・・・。ひぇ〜っ ご勘弁を。
思わず、耳をふさいでしまいたくなる〜 とっても変わった盤である。

マルティノン フランス国立放送管弦楽団 1968年
Jean Martinon
Orchestre national de l'ORTF

満足っ満足っ

録音状態はまずまず。ちょっと古いので、音痩せしているようにも思える。
素朴で繊細で、3楽章になると爽やかな風が吹いてくる。そこに行き着くまでが大変なのだけど・・・。
カップリング:サン=サーンス 交響曲第3番「オルガン付き」、フランク交響曲ニ短調
1楽章
フランクの交響曲は難しい。というか、とっつきづらい。
「みぃれ〜 そぉ そぉ〜ふぁしぃ〜 しぃ〜らぁ〜 れぇ〜 どし らぁ〜」「そぉ〜ふぁみ らぁ〜そふぁ」
「そみどし らぁ〜 そ そぉふぁ」
テンポは遅く、地面を這ってくるような重い空気感が漂い、ただ事ではないような雰囲気を醸し出す。
暗雲垂れ込め、いかにも悲劇が始まる幕開けの序奏部分のようだ。
マルティノン盤は、すっきり端正な演奏ではあるが、幾分、ピッチが高いような腰高な音というか、声が裏返っているかのような、ちょっと高音域の音がヒスっているような気がする。

じめっとした暗黒の重々しい、じっとりした空気感ではないし、どこか乾いているので、まだ聴きやすほうなのだが。
単純というか、たった3つの音「みぃれ〜 そぉ そぉ〜ふぁしぃ〜」が、連綿と繋がっているという変化のなさ。
循環形式って呼ぶが、地面から這いつくばりつつも、付点のリズムが生まれてくると、パワーが出てくるのだ。
その点が、怪物が蠢き、動きかけてる〜という感じで、どことなく不気味。
調が変わるかのような明るさも、見え隠れするのだが、付点がやんで、長音に変わってこそ雰囲気も変わる。
ふむ。付点と長音の変わり方って、はあ。こんなにも変わるものなのね〜。と、妙に納得した。
金管の激しい音が被さってくるが、さすがに、音が割れているような感じがして少し聞きづらい。

2楽章
ハープが、つま弾いてくる。 「そふぁ ふぁ ふぁ  そふぁ ふぁ ふぁ  しれっ しそっ ららっ ふぁっふぁっ」
そこに、コーラングレ(イングリッシュホルン)が、鼻にかかった音で「そぉふぁ〜らしそ そふぁ〜 れどしそ そぉ〜ふぁ しらそ」
落ち着いてはいるが、どことなく沈静化した心持ちで、影が落ちている。
コーラングレって言えば、なんとも甘い声で、うっとりするフレーズを聴かせてくれる楽器なのだが、ここでは、はぁ〜暗い。
ワタシにとっては思索を通り越して、悲痛な感じがするのだが、穏やかに悩みつつある感じだろうか。
痛々しい感じこそしないが、遠い目をした人だなあ〜っ そっと しておこう〜という感じに。
で、旋律を繰り返すうちに、弦の跳ね回る感じと共に、音をおいていくようなフレーズが交錯し、また、木管が穏やかな旋律を奏でていく。地面から立ち上がったところで、燕が草原を飛び交うような、さらっとした空気が生まれてくる。
まあ、そこまで行きつくまでが大変で〜 シツコイくらいに、おなじフレーズを奏でつつ、ころころと転調していく。

3楽章
「みみみみ・・・ みみみみ・・・ そらぁっ そらぁっ らぁっ!」
「らそふぁ しぃ〜ら らそふぁ れぇ〜ど」
ようやくチェロとヴァイオリンが、主旋律を優美に歌い出す楽章に入ってくる。
マルティノン盤は、繊細な音を出しており、もう少し低音のフレーズが入っていると、構築性が出てくるのだろうが、やっぱりどことなく腰が高い。
優美で繊細だが、シンプルなフレーズが、壮大に格調高く、そびえ立つ〜というほどの威厳がない。どことなく田舎の教会の素朴さがある。だけど・・・ どっちが楽想にあっているのだろう。う〜ん。わからないなあ。

横の流れというか推進力は十分に感じられるし、爽やかな風が吹いてきた雰囲気があって、肌をなでるような弦のさらっとした感覚、木管の音色の高さ、細さが、特に、レースのように透けている。バックの弦も重くなく、さらっと弾いている。
で、音を重く置かない。音がすっと立つように放たれている。
マルティノン盤は、縦の厚みが少し〜 う〜ん。薄いかもしれないけれど、これは軽やかさ、流れを重視しているのだと思う。だって、他盤だと相当重みを増して厳めしく上段に振りかぶってくるからねぇ。

しかし、フランクの交響曲は、う〜ん。何度聞いてもよくわからないというか、ワタシが、単に共感していないのかもしれないが、解りづらい。縦にも横にも、そして立体的に、そこそこの重量を持ちながら、流れるようにフレーズを歌い、どうやったら色彩的にもカラフルに見えて、優美さも醸し出せるのか・・・ すごく難しそうな楽曲だなと思う。

この3つの音の構成だけだから、身軽だからかもしれないが、短時間に、めまぐるしく雰囲気が変わるのだ。
短すぎる。そんなに、ころころ雰囲気を変わらなくても〜 そこそこ長い主題でなければ、言いたいことが、相手に伝わらないのではないのか〜
どうして、こんな短いフレーズで組み合わせて、交響曲を創ろうとしたのか、う〜ん わからないデスね。
で、マルティノン盤で聴いていると、3つの音が組み合わさった、3つの音で明確に区切られているような気がする。
どことなく、さらっと、数学している感じがするのだが〜 まあ、よくわからないですね。

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カラヤン パリ管弦楽団 1969年
Herbert von Karajan
Orchestre de Paris

まっ こんなモン

録音状態は、古めかしいがまずまず。リマスタリング盤。パリ管の音の色彩と流麗さが合体した一枚。
カラヤンのEMIへの録音全集(コンプリート・EMI・レコーディングス)より カップリング:フランク 交響的変奏曲1972年
ピアノ ワイセンベルク ベルリン・フィル

1楽章
「そ〜ふぁら ら〜そし〜らそ ふぁ〜」
テンポは遅め。どよぉ〜んとした曇り空で始まる。
鬱陶しいの暗さで、私的にはメチャ苦手な楽曲なのだ。カラヤン盤は、この暗さから段々と、明るさへ変貌させてくるので、この点は面白い。
まあ。この点が、聴きどころになっているかもしれない。それにしても、暗い〜っ。
はやく明るくなれよぉ。と、叫びたくなるぐらい、ずーっと、じっ〜っと、我慢しなければならないのだ。
弦が絡んでくると、少しは明るくなるが、木管の暗いこと。「し〜られ〜 ら〜ふぁれ〜」
いったい、いつまでウジウジ泣いているのだ。と、気の短い私は怒りたくなってくる。
いったん高揚して、低弦の「ら〜そみ そふぁ〜れ」 金管も鳴り始めるのだが、それでもなお暗い。
鎮まったまま、頑固にも動かないのだ。ええかげんに、せんかいっ! 

しつこいぐらいに動かないフレーズが、ほとんど聞こえないほどになり死にかけるのだが、死んだと思ったのに、暗いフレーズが蠢き始める。えっ まだ、くたばってないの?
で、再度盛り上がってくると、今度は、ハイ 元気になるんですねえ。
弦が、「たらら〜ららぁら〜 ららら〜ら」と、歌う気持ちになってくれると、しめたもの。
カラヤン盤のパリ管弦楽団のオケ独特の色彩は、豊かである。
弦が、だんだんと上昇してきて3音の振り子になってくるところ。「しど〜し し〜そし しれ〜し しそ〜し しらそ〜ふぁそ」 ここでは、テンポは遅いのだが、充分に重みがついてて揺れている。
で、ようやく色が付いてくるのだ。

いったん鎮まってホルン、フルートのフレーズは、弱音であるが美しい。夜明け的な美しさが漂っている。
主題が変わって、木管と弦が絡むところも、テンポはゆったりしているが、美意識なんだろう。
弦の「そ〜ふぁみれれどし しらそふぁみれ〜 そ〜ふぁみれ・・・」と落ちてくるところも、弦の音色が良いし、聴きどころになっている。
シンプルな音型が続くだけに、音色が美しくなければ、実際、退屈なのだ。
楽章最後、テンポはスローなのだが、ティンパニーと金管、タタタタ タタタタ・・・と、歯切れ良く叩いている。「みっふぁ〜みっれっ みっふぁ〜みれっ」「しれどらっ しれどらっ」 と、印象づけている。
演奏としては、う〜ん。ご大層だなあ。いかにも、大仰に振る舞っているなあ。という気がする。
オーバーアクションで、大袈裟なのだ。
敬虔さとかは、ぶっ飛んでしまっているのだが、まあ。これぐらい演出しないと生きない楽曲なのかも。

2楽章
テンポは、ゆったり〜 遅いなあ。って感じる。どんよりしてて、暗いっ。
フルートの音色では救われるのだが、しっかり聴こうと思わないと、寝てしまいそう。
綺麗なフレーズだとは思うのだが、乗りきれない中途半端なフレーズだ。
カラヤン盤では、粘りけが少なく、ねちこいな〜とは思わない。もう少し透明度の高い録音だったら〜とは思うが、音の響きとして楽しむには良いかも。
「たら〜らら らららぁ〜」 「どそそ〜 しふぁふぁ〜 らふぁふぁ〜」
思わず、カラヤン盤でもアクビが出ちゃった。「たらら〜 ららら〜」ばっかりのフレーズだと、こりゃ、アクビも出ちゃうわい。

3楽章
「みみみみ みみみみ そらぁっ そらぁっ らぁ〜んっ」
柔らかな3楽章の冒頭になっている。
メチャここだけ、デカイ音で、バンバンと鳴らす盤もあるのだが、カラヤン盤は、ソフトタッチになっている。
音もつぶれず、響きも残るし、 チェロからの甘い音色が聞こえる。
和音としての音色も充分で、流麗で、ふわりとした流れを描き始めた。壮大さは影を潜めており、低音のフレーズが豊かに鳴る。 音に何層かの幅ができており、その幅が豊かで、各フレーズに厚みがある。
中間の木管のフレーズ、低弦のフレーズ、ヴァイオリンのフレーズ、これらが有機的に響きを作り出してくる。
横の流れと、縦の和音が、しっかり繋がっているな〜と感じさせるし、特に、横の流れのなかで、強弱がついてて柔らかくなっている。

主題が循環して、順番に巡ってくるので、単調になりがちなフレーズにストーリー性を与えるように考えているようだ。
楽器に役割を担わせ、段々に、盛り上げているところがカラヤンらしい。
 弱音にして、ぐぐ〜っとテンポを落とさせる。抒情的にたっぷり歌わせる。悲愴感もにじませる。 ふふっ これぐらいオーバーにしないと、盛り上がらないのかもしれない。

最後、金管のパワーで、充分にタメを持たせて粘り、ティンパニーの締まった音で、効果を出して、壮大な絵巻を作って終わっている。 カラヤン盤は、ありていに言えば音色の美しさ。聞きやすさだと思う。
演出は、ちょっとご大層なのだが・・・。 アンセルメ盤のような力で押すタイプではなく、マゼール盤のような激情もない。
ジュリーニ盤は、渋いが織り込みの良さが効いていた。 デュトワ盤は、ワタシ的には、つかみどころのない演奏のように思えたし。マルティノン盤は、いわゆるラテン系だが、すっきりした印象というイメージだ。

まっ あまり好きな楽曲ではないので、繰り返して聞く気がないのだが・・・ 
カラヤン盤は、テンポゆったり、腰を落ち着けて、最後に出てくる色彩を楽しむには良いかもしれないが、 それにしても、最初が暗すぎて〜っ。とほほ。疲れちゃう楽曲だ。
この執拗で、頑な楽曲には、ワタシでは、ちょっと歯が立たない・・・。(泣)

バレンボイム パリ管弦楽団 1976年
Daniel Barenboim
Chicago Symphony Orchestra

ばっちグー!

録音状態は良い。重い空気が垂れ込めて悲痛な演奏ではなく、陰気でジトジト暗いという感じではない。明るめで、さらっとしている。
軽めの音質で、さっぱり〜と演奏されており、ワタシ的には、これが嬉しい。
あまりにも楽天的と、お怒りになる方もおられるかもしれないが〜(笑)
カップリング:フランク 交響曲、交響詩「プシュケ」 シカゴ交響楽団 
1楽章
フランクの交響曲は、循環型という作品の構成上、仕方がないのかもしれないが、堂々巡りをしているような感じで、いかんせん、うっとうしい。洗濯機のなかを、ずーっと、のぞいているいるような感じで、退屈なのだ。
バレンボイムさんのフランクの交響曲は、ゆったりしている。
スピード感が、少し欲しいのだが、パリ管の音質自体は、少し軽めで、さらっとしている。
低音のゴツンゴツンした、厚ぼったい音ではなく、あまり厳つくない。
「みぃれ〜 そぉ そぉ〜ふぁしぃ〜 しぃ〜らぁ〜 れぇ〜 どし らぁ〜」「そぉ〜ふぁみ らぁ〜そふぁ」
「そみどし らぁ〜 そ そぉふぁ」

低音はしっかり入っているが、あまりゴリゴリと低音が鳴らない。で、ヴァイオリンの音が、さらっとしているような気がする。で、少し風通しが良い感じだ。他盤だと、何事か〜と思うほど重く、地面を這ってくるような重い空気感が漂うのだが、
バレンボイム盤では、さらっとしている。「しれぇ〜〜し しそぉ〜れ」というところの、2めの音、れぇ〜という音のノビ感があるのだ。
そして、あまりタイトではなく、録音状態も良く、ヴァイオリンを初めとした弦が、少し、ふわっとした感覚であることと、金管が、そこに、ふわっと、軽やかに吹かれている。あら〜 この盤だと、聴きやすいかも〜と思う。
最後の方で、金管が入ってくると、旋律の歌い方は、ご大層になってくる。
ゆったりと〜 じわじわ〜と、フレーズが伸びて、かなり、大仰な旋律を作り出していく。う〜っ やっぱり、鬱陶しい。
まあ、しかし、どことなく楽天的で明るい。音質が軽めで明るいのが救いだ。

2楽章
楽天的であるが、ちょっぴり、湿気が感じられる1楽章から、2楽章に入ってきたのだが、遅いっ。
もっと、快速で飛ばしてもらいたいなあ〜と思いつつ聴いてきたが、旋律の歌い方は、柔らかい。
ハープとイングリッシュホルンで、2楽章は始まる。
「そふぁ ふぁふぁ〜 しれ しそ ふぁ みれみふぁ〜 らら ふぁふぁ らら ふぁふぁ・・・」
テンポは遅めであるが、腰が柔らかく、弦の響きが、さら〜っと、ふわ〜っとしており、健康的だ。
「そど〜しそ そふぁ〜れしそ らら ふぁふぁ らら そふぁふぁ〜」
フレーズのなかの密度は、さほど高くなく、できる限り、フレーズを区切ろうとしているかのようで、「らら そそ れれ・・・」と、バレエ音楽でも奏でるように、キュートに演奏されており、工夫が見られる。

3楽章
「みみみみみみ・・・ ジャジャ ジャジャ バン」
最終楽章も、どこか、さら〜っとした風をイメージしているのか、決して激動の渦のように鳴ってこない。
マゼール盤で聴いたときには、なんと、厳つく、怖いんだろう〜って思ったが、バレンボイム盤は、軽く、さら〜っと演奏されている。その代わりに、壮大さは、ちょっと影を潜めてしまうが〜
フレーズは、ゆるやかだが、てれっとした重さは、あまり感じない。
木管のフレーズを伸びやかに歌わせており、低音は控えめに演じられて、金管のぶっとい音が入ってきても、さほど重量は増さない。
ティンパニーが入ってきて、壮大な絵巻モノを作りだそうとしているのか、それとも、さらっと、最後まで行くのか。
しっかりと硬めに、ティンパニーが叩かれているが、金管のハーモニーが、ちょっぴり軽めで、ふわっとしており、音が割れんばかりに吹かれた盤があるなか、控えめに、そっと吹かれているところが、ワタシ的には嬉しいかも。
心情的には、ほっとした安堵感、ふわっとしたシアワセ感が、どことなく感じられる。
ご大層なストーリーを描く、大きな絵巻モノを作り、それを飾る。パワーでねじ伏せる。そんな力任せ的な演奏ではない。

総体的には、緩やかで穏やか。明るめで、さらっとした軽さがある。
バレンボイム盤は、何が何でも、劇のように盛り上げて、壮大なトゥッティを描いて終わりたい〜というエネルギッシュで、パワーを前面に出して、暑苦しい〜という演奏ではない。
熱く、熱く、じっとりと汗をかいて、1つ1つ積み上げて、練り上げて〜 ねっとりと歌うタイプではない。
さすがに、最後は、ダンダン・・・と練り上げてくるが〜 意外とさっぱり終わる。

楽天的すぎるよぉ〜と、批判される方もおられるかもしれないが、ワタシ的には、ほっ・・・。
いじけた、陰湿な演奏ではなく、さらっとしてて、汗をかかないまま、終わっていただけ、とても嬉しい。
フランス系、または、ドイツ系 いや、ベルギー人なのだから、その中間でしょう〜とか、いろいろ言われているようだが、ワタシ的には、力を鼓舞せずに、控えめで、中庸的なところが嬉しい。
軽めで、パステルカラーのような中間色の、明るい色彩が、すーっと、風のように感じられて、好ましい演奏のように思われた。
何がなんでも、救済されました〜的な、感極まる演出をされていないところが、むしろ好ましい。たった3音を、パズルのピースのように集めて、構築して〜立体的に構築して、こんだっけ立派なモノを創り上げました〜と、誇らしげに見せるということをしていない。
難しいことを考えず、さっさ、さっとと、創り上げてみました的で、ノー天気なのかもしれないが・・・ ワタシ的には嬉しい。
あとは、もう少しスピードをあげて演奏していただくと・・・ もうひとつ嬉しいのだけど〜。
えっ それではフランクにならないって・・・。 まあ、そうかもしれません。(苦笑)

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ジュリーニ ベルリン・フィル 1986年
Carlo Maria Giulini
Berliner Philharmoniker
(Berlin Philharmonic Orchestra)

いかすぜっ

録音状態は、デジタルのわりには良くない。繰り返し流れるフレーズが、綺麗に一枚の布に織り込まれ、息づいている感じがする。ジュリーニは、同曲を3度録音しているが、その2度目にあたる録音である。
カップリング:フランク 交響詩「プシュケ」

1楽章
冒頭、「そ〜ふぁら ら〜そし〜らそ ふぁ〜」「しーそみ ら〜そ そ〜ふぁ そし〜ふぁら〜ふぁみ〜」
晩年のジュリーニのテンポだと超遅いというイメージが染みついているのだが、陰鬱なフレーズが流れてくるもの、さほどテンポも遅くなく、ドライブされている。
金管が、アクセントになっており、むしろテンポを微妙に揺らしているようだ。
というか、しずかーに歌うところは、歌っているように感じる。
フレーズが短めに区切っているところと、「たらら〜ららぁら〜 ららら〜ら」と、歌うところは長めにとって、フレーズの伸縮をしている。

たっぷり〜 豊満なほどに膨らませているし、聞きやすい。
ホルンの音色は、上品である。3音型が延々続くものの、さほど気にならなず、3音で区切るというよりは、3音のフレーズを綺麗に織り込みながら、1枚の布に仕上げているような感じ。
で、全体的に、抑揚がついて流れていくので、はためきながら、なびいている感じがする。
デュトワ盤だと、常に3連発で区切って、フレーズがやってくるので飽きてしまうのかもしれない。 ベルリン・フィルの音とはいえ、あまりドイツ風って感じでもない。
力こぶができるほどの迫力や、それみよがしな、大見得を切るわけでもなく、ベルリン・フィルにしては、主張も強くなく、言われないとワカラナイほど地味。 弱音で奏でるところは、やっぱ綺麗だし、「そ〜ふぁし〜 し〜られ〜 れ〜ど ふぁ〜み そ〜ふぁみ」 と、飽きるほど繰り返して登場するフレーズも、音が息づいているというか、呼吸している感じがして、大変好ましいっ。デュトワ盤とは大違いの感想になる。

2楽章
ハープとイングリッシュホルンで奏でられる楽章で、落ち着いた感じがする。
「そふぁ ふぁふぁ〜 しれ しそ ふぁ みれみふぁ〜 らら ふぁふぁ らら ふぁふぁ・・・」
「そど〜しそ そふぁ〜れしそ らら ふぁふぁ らら そふぁふぁ〜」
ジュリーニ盤では、しんみり聞こえてくる。思索型というか、逍遙型というか、いずれにしても、深く考えているような旋律に感じる。
情感もたっぷりあるのだが、その情感に対して一緒に感じよう〜というのではなく、そっとしてあげよう。という気になる。
つまり、この演奏の思いは、遠くにあるようなのだ。
フランクの交響曲って、感情の共感を呼び起こす楽曲じゃないんだなあ。と、ジュリーニ盤を聴いていると、そう思う。
ひとり感慨深く、ひとり物思いに耽っているような楽曲なんだ、きっと。
ちょっと悲しく、寂しそうな演奏に聞こえるが、いや、この主人公を、そっとしてあげよう。 きっと、もの思いに耽っている主人公は、フランクなんだろう。 フランクの思索が、この楽曲を生み出したのだろうから。
なんだか、ジュリーニ盤を聴いて、この楽曲が身近に感じられるようになった。そんな気がする。

3楽章
「みみみみ・・・ じゃじゃん ばんっ」 3楽章のここだけ、音量が大きい。
おおっ インパクトがあるやん。で、この冒頭は、テンポが幾分遅め。
で、カシカシカシ・・・とした弦のボーイングが感じられ、歌うフレーズと下支えをするリズムを刻む音が、ほどよく絡み合ってくる。 決して激しくはない。壮大感があり、歌う、歌う。
テレテレ歌うわけではなく、しっかり区切ってはいるのだが、3音型のなかで伸縮しており、語尾が優しい。
まろやかに、丸い感じがする。 極端に言うと、「どれ〜みぃれっどっ」ではなく、「どぉ〜れぇ みぃれぇっどぉ」って感じだ。
でも、これが、緊張感があるんだよねえ。う〜ん。すごいっ。

ハープとイングリッシュホルンのセッションでも、音色にあわせて、テンポの役割をしているハープが優しく響いているし、フルートの音色も美しく響いている。
各セッションの響きを、丁寧に描いて織り込んでいるし、金管も咆吼的な響きではなく、和音の1つを担っているという存在のように感じる。だから、全体の響きが、優しく感じることができる。
最後のコーダに入ってくるところも、テンポを落として、ソフトだ。
肌触りの高級感を感じるし、優しい。ふわっと包む込む優しさに満ちている。
「れれ〜しし れれ〜どしし」
いたってシンプルな音型なのに、しかし、ジュリーニ盤だと響きに幅があり、膨らみがあって、音が立体的に響こうとしているように感じられる。
へえぇ〜。同じ楽曲なのに、振る人が変わると、へえ〜こんなに違うのか。と、驚かされた。
なんと、まろやかで、慈愛に満ちた最後なんだろう。謙虚な思いにかられてしまうとは・・・。
きっと、演奏している方も、おそらく、敬虔な気持ちで演奏しておられるのだろう。
そうでなきゃ。こんな音には、ならないだろう。そう思う。

シャイー コンセルトヘボウ 1986年
Riccardo Chailly
Royal Concertgebouw Orchestra
(Amsterdam Concertgebouw Orchestra)

う〜ん。どうだろ

録音状態は良い。もっと、すかっとした、スポーティな演奏を期待していたのだが、さにあらず。カッチリ、ガッシリしている。
カップリング:
1〜3 フランク 交響曲
4 交響的変奏曲 ピアノ:ホルヘ・ボレット  Jorge Bolet
1楽章
このCDは、シャイーが、コンセルトヘボウを振って、最初に録音したものである。
ラヴェルのボレロ、ドビュッシーのサラバンド、舞曲、ムソルグスキーの「展覧会の絵」を収録したCDが1枚。
そして、このフランクの交響曲が、同時期の86年に録音されたものだったと思う。
へえ〜 フランクを振るかあ? なんて地味な・・・感じです。(ワタシが購入したのは、もっと後だが)

で、ゆったりした演奏だが、かなり、引き締まった、カッチリした筋肉質的な演奏で、歯切れの良いモノ。
ワタシにとっては、暗くて、怖ろしいぐらい空虚で、ガッチガチになった硬直感があり、そのくせ、何かに取り憑かれたかのような猛スピードで突っ走って行くマゼール盤が、トラウマ状態になっており、この曲は、あまり好きではない。

ウィキを読むと〜
フランクは、ベートーヴェン以降のドイツロマン派音楽、特に、リストやワーグナーから強い影響を受け、その結果彼の音楽の特徴として、半音階的和声進行が目立つという。う〜ん、半音階的和音と言われても、フランクの感じは、暗い。
感覚的には、ちょっと違うような。
それに、転調が頻繁だという。
う〜ん 何も転調しなくても良いような曲なのではないかしらん。
また、単一のモチーフから生成されるというが〜 これじゃ、ゲンダイオンガクのミニマム風、繰り返しに近いやん。
何が、気持ち悪いのか〜 幾何学模様なら、幾何学模様でいいんだけど。
初演の評はあまり芳しくなく、「荒涼とした、陰湿な交響曲」、「ドグマの域にまで達した不能性の断言」(シャルル・グノー)などと評されたそうだ。
シャイー盤で聴くと、がっちり組み合わさった感じはするが、城の石組みでもあるまいに〜と思ってしまった。
金管フレーズが、さらに、追い打ちをかけるかのように、軋みを感じさせる。

2楽章
弦のピチカートで、 「そふぁ ふぁ ふぁ  そふぁ ふぁ ふぁ・・・」
そこに、コーラングレ(イングリッシュホルン)が、「そぉふぁ〜らしそ そふぁ〜 れどしそ そぉ〜ふぁ しらそ」と、奏でる楽章だ。甘い音質のコーラングレが、はあ〜 こんなところで登場されても、ちっとも甘くない。美音の筈なのに、この楽器の良さが、生かされてないように思うのだ。
シャイー盤は、ゆったりしており、噛みしめるかのように重厚に演奏されている。

3楽章
「みみみみ・・・ みみみみ・・・ そらぁっ そらぁっ らぁっ・・・ジャンっ 」と、威勢よく走って行く。
前楽章の鬱々した演奏と、おさらばして〜快活な雰囲気となる。
低弦の響きも重すぎず、ようやく開放感のあふれる雰囲気となって、歌い出すのだ。
弦のフレーズと、木管のフレーズ、金管のフレーズが織りなす綾という感じだが、確かに、フレーズが、他盤に比べると、まだスッキリした感じはするが、滑らかではなく、歌っているようだが、あまり歌われてないし。
あー やっぱり、スッキリとしない。あまり、爽快さが感じられない。
重いのだか、暗いのだか・・・ う〜ん、やっぱり、この楽章も、金管フレーズが重いのでしょうねえ。
録音状態の良い演奏だったので、その点は嬉しかったのだが、 シャイー盤には、もっと、スポーティな演奏を期待していたのだが、これでは、他盤とは、あまり変わらず、ガッシリした重さのある暗い演奏だった。ちょっと、がっかり。

0292

デュトワ モントリオール交響楽団 1989年
Charles Dutoit
Orchestre Symphonique de Montreal
(Montreal Symphony Orchestra)

う〜ん。どうだろ

録音状態は 良い。スタイリッシュというか、重々しいドイツ風演奏とは違うので、さっぱりしているのだけど、楽曲の持ち味だと思うが、粘りがあるように感じる。
ちょっと都会的すぎて〜 ついていけないかもしれない。
カップリング:ダンディ「フランス山人の歌による交響曲(セヴァンヌ交響曲)」

1楽章
冒頭から、暗い、陰鬱〜で、嫌になってしまうほどの旋律で始まる。
「そ〜ふぁら ら〜そし〜らそ ふぁ〜」
「しーそみ ら〜そ そ〜ふぁ そし〜ふぁら〜ふぁみ〜」
弦のフレーズの間に、不可思議な不協和音が入っているような、おどろおどろしい雰囲気がしてくる。
まあ、素直にフレーズらしきフレーズもなく、短い3つの音型が変化するだけで・・・。
で、私的には好きな楽曲とは言い難く〜 たいていの演奏を聴くと、やんなっちゃう。
今までは、3楽章だけを、つまみ食い方式で聴いていた。

デュトワ盤でも、この冒頭から、しばらく、じーっと我慢の子なのだが、金管が下支えをしているなか、弦が段々と高揚していくと、なんとか、迫力が出てくる。 でも、また同じフレーズで、循環方式って言うのだが、たった3音型が延々と続く。
これの何処が面白いやら。金太郎飴状態だよなあ。ブツブツ・・・。
「そ〜ふぁし〜 し〜られ〜 れ〜ど ふぁ〜み そ〜ふぁみ」
あの明るい、フランスの交響楽団より、よりフランス的と言われているデュトワ盤でも、なーんだか暗い。
暗いのであれば、もっと徹底して、う〜んと悲劇的に奏でてくれたら良いのだが、中途半端なのだ。
この1楽章の前半は、やっぱり我慢の子である。
フランクの交響曲は、ドイツ的、フランス的、折衷的な演奏と、各盤を例えて比較されるようだが、それで言うと、デュトワ盤は、フランス風って言えるだろうなぁ。
カシカシ、ガシガシしたエッジの鋭さが少ないことと、オケの音色で考えると・・・。

木管と金管が登場して、ちょっと明るくなってくるところは、オケの音色が明るいのが救いである。
楽章最後にようやく盛り上がるが、金管の重低音の迫力と、息のながーい音が響いている。
微妙な和音のニュアンスが良いのに、これがワカランのか。と怒られそうだが、私的には、あ〜 やっぱり。 まどろっこしい、取っつきにくい楽曲である。
デュトワ盤は、スピーディで、軽めの演奏だとは思うのだが、楽曲自体が執拗すぎて〜

2楽章
ハープとイングリッシュホルンで奏でられるのだが、イングリッシュホルンが、あまり響いてこない。
う〜ん。こもっていると言うのか、のびやかに健康的には鳴ってこない。
憂鬱と言うには、病的鬱で、力なく〜 どんよりしており、メロディラスではない。
「そふぁ ふぁふぁ〜 しれ しそ ふぁ みれみふぁ〜 らら ふぁふぁ らら ふぁふぁ・・・」
「そど〜しそ そふぁ〜れしそ らら ふぁふぁ らら そふぁふぁ〜」
もう少し、透き通る音色であれば良いのだが、イマイチ。
美しい旋律であるのだが、なんか抜けきれない曲だ。洗練されていないとでも言おうか。
素朴の一言で片付けると、これまたヤバイのだが。でもやっぱ、相当ねちっこい。 抑揚がないし、リズム感もなく、う〜っ。
デュトワ盤でも、さっぱり、肌に合わない。こりゃ〜ダメだ。 てれ〜っとしてて、ヌメっとした、絹になれきれない人工的な手触り感で、陰鬱さと、シアワセになりたい希望的感覚が、混在しているように感じられ、感覚的にも、とらえどころの難しい楽曲だ・・・と、思ってしまった。

3楽章
この楽章は、開放感があふれ出てきて、ようやく、ほっとできる。
「みみみみみみ・・・ジャジャ ジャジャ バン」  ふわ〜っとしてて、あまり強烈には飛び出してこない。
テンポは速めだが、メリハリがついているようで、実は、ついていない。そのため、どれ〜っ てれぇ〜っとして聞こえてくる。
短い和音の積み重ねであることは、なんとなく解るが、全体としての構築物として考えると。う〜ん。
デュトワ盤では、なんだかヤワな感じを受けてしまう。
「みっふぁっ そぉ〜ふぁ〜み みふぁ〜そふぁみ〜 みふぁ そし〜ふぁ そしふぁみ みれどし」
↑ 金管の和音が綺麗なところなのだが、多少荒っぽく、ぶっきら的だ。
ここって、う〜ん。もちっと丁寧に盛り上げて欲しいのにぃ。

柔らかそうで、ねばりある執拗な重さも感じるし、天上的軽さでもなく、苦虫をつぶしているような難しいところもあり、ノー天気にもなれず、深刻に悩める風でもなく、う〜ん。難しいっ。
フランクの交響曲は、う〜 つかみどころがない。
舞曲風なリズミカルさもなく、二元論的に闘う旋律でもなく、ストーリー性も感じず。循環させて、どこにオチがあるのだろう? う〜ん。晦渋だ。
1957年 ミュンシュ ボストン交響楽団  
1961年 アンセルメ スイス・ロマンド管弦楽団 Dec  
1961年 マゼール ベルリン放送交響楽団 ★★
1968年 マルティノン フランス国立放送管弦楽団 ★★★
1969年 カラヤン パリ管弦楽団 EMI ★★★
1976年 バレンボイム パリ管弦楽団 ★★★★★
1986年 ジュリーニ ベルリン・フィル ★★★★
1986年 シャイー コンセルトヘボウ Dec ★★★★
1989年 デュトワ モントリオール交響楽団 ★★
所有盤を整理中です。

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