「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

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マーラー 交響曲第3番
Mahler:Symphony No.3


マゼール ウィーン・フィル 1985年
Lorin Mazzel  Wiener Philharmoniker (Vienna Philharmonic Orchestra)
メゾ・ソプラノ:アグネス・バルツァ Agnes Baltsa
ウィーン国立歌劇場女声合唱団、ウィーン少年合唱団

これもありかっ

録音状態は、人工的だがまずまず良い。 かなりテンポが遅めなので取っつきづらいが、ウィーン・フィルという音色の美しさで奏でられた、繊細さと息の詰まりそうな緊張感と、甘美さと豪快さと〜 う〜ん。一筋縄ではいかない特異なマーラーである。 2枚組 1番〜10番までの交響曲全集(14枚組BOX)あり。
カップリング:マーラー「亡き子をしのぶ歌」
1楽章
「しぃ みぃ〜れみ どぉ〜そ どっ みふぁそふぁみ れぇ〜し」
「みぃ〜 ふぁ〜そらし〜(ふぁっし) らしど〜(ふぁっど) らしど〜(そっど)
「らし どしらそふぁみれどれし〜 そぉ〜 ふぁ〜 ふぁ〜 しぃ〜」
冒頭、ホルンで奏でられるユニゾンの美しいこと。 う〜ん。このユニゾンをまず聴いて、ノックアウトされちゃう。
ただ、マゼール盤は、こっから以降のテンポが極めて遅い。いったん鎮まった後、完全に、のろのろ運転になってしまう。
ショルティ盤のように、快活に歩みを進めてくれないので、ちょっとイラッとしてしまうのだ。まっ、しかし、コントラバスの響きや、ドンっというティンパニーの迫力、弦の鋭い刻み や力強い響きには、文句はない。
もう少しだけテンポをあげてくれてればなあ〜。「みふぁそぉ〜 みふぁそぉ〜」と吹かれる金管同様に、ふぁ〜っと金管と同じように、こっちの気力までが抜けてしまう 。

木管のフレーズが入ってくるところでは、オーボエと弦の美しいことはこのうえない。響きは天上的だし、キラキラした高音域の響きが特徴である。 まっ、なにせ遅め。 まろやかな響きは、すこぶる良いのに、ワタシの緊張感が続かないのである。
はぁ〜 ごめんなさい。どーして、こんなに遅いのやら。睡魔に襲われそうなほど 〜のろい。
じっくり歌うといるよりは、虚脱感に襲われ、やる気が出ない。病気になっちゃうほどだ。
で、気合いを入れろとばかり ドンっ! 「みっ しぃ〜 ふぁれど らどし そ ふぁそし〜」と、ぶっとい金管が咆吼する。おいおい、これ6番かい。と驚いてしまうほど 、鉄拳が落ちるのである。
この辺りは、う〜ん、堂々としているというよりは、どっか演出っぽいんだけど・・・。

この1楽章だけで、30分程度かかる楽曲なのだが、マゼールは、36分強あるんじゃーないだろうか。
とにかく遅いのであるが、音の響きが極めて美しいという、なんとも言えない、美しくも、かったるさを持っている演奏だ。
スネアが入ってきてミリタリー調になるところでは、音としては文句なしに綺麗だし、小気味が良いのだが、なにせテンポが・・・。うっ なんとも言えない痒い状態 だ。
楽譜を見てないので何とも言えないが、他盤は、もっとスイスイと進んでいく。

2楽章
1楽章に続き、なんとも〜遅いメヌエットなのだが、すきっとした透明度の高さがある。オーボエ、クラリネットの響きがすっきりしており、遅いわりには、じっくり聞き込める。
そこに、官能的に響く弦に絡んでくるのが面白いし、じっくり聴いていると、テンポの揺れにゾクゾクさせられてくる。タメにタメた弦で、うっとり〜 叙情でありつつ官能的だ。
じっくり克明に演奏されており、ここではテンポの遅いのが納得させられる感じがする。
いや〜2楽章って、こんなに綺麗だったけ〜。(ついに、絡められてしまったか)
中間部の細かく刻むところでは、速いっと感じさせるほど、チャカチャカ〜と、リズム感を出しているが、あくまでも耽美的。透明度の高い演奏なので、しつこくないが、えっ 何拍子だっけ。と、一筋縄ではいかない揺れるメヌエットである。

3楽章
「れっれら み〜 れっれら み〜」
「らっら そらそら ふぁふぁみ〜 ふぁっふぁみ〜 れ〜み そふぁみれ らしらし ら〜 そらそら そ〜」
木管が鳥の鳴き声を出してくるが、そこに戯けた感じのピッコロのフレーズが乗っかってくる。
トランペットの響きも、軽く乗っかっているが、すごくテンポはゆっくりなのに、軽快に聞こえる。
1つ1つの音が磨き上げられているようで、氷の彫刻を見ているような感じで、ニクイぐらい瑞々しい。
決して良い録音状態ではないのに、すっきりした演奏で〜 ひぇ〜っとするような細かなフレージングで、襞が幾重にも重なっているのに、遠目でみるとすっきりした線で描かれているようで、透徹した視線を感じる。

丹念に彫り込まれているような演奏で、そのくせ、ここではウィーン・フィルから、ちょっぴり冷たい音を引き出している。アルプスの高原のなかで、マーラーを聴いている感じだ。
牧歌的だがひんやりしている。遠くから聞こえてくるホルンの音色なんて、う〜ん。やっぱ凄いっ。
のびやかに、ちょっぴりクリーミーな響きで、標高の高さを感じさせて俯瞰する気配があり、この自然感には、惚れ惚れ〜っ。で、オチャラケで弾むように、「どみそ そっそ らっら そっそ どっど どしどぉ〜」と弾むように牧歌的に歌っておきながら〜 シーンとした場面を作っておきながら、芸達者なのだ。
「そっそら れ〜 そっそら れ〜 ・・・ どぉ〜ジャーンっ。」
「ふぁ ふぁ〜どぉ〜〜 ふぁ ふぁ〜〜 どふぁ らぁ〜〜」
で、「そそ ららら どどっ そそ ららっ どどっ そっそ そっそ どどどぉ・・・・ジャン!」 
楽章最後の一発には、ひぇ〜っ。凍りついてしまった。
やっぱマゼールは凄い。う〜ん。凄いっ。最後で、音量を高めて、ここまで畳みかけてくるかあ。
最後の最後で、すっかりヤラレタ。金管も巧いし、鮮烈で血が飛び散ったような感じだ。絶句っ。

4楽章
アグネス・バルツァさんの声は、ちょっぴり硬めの質で、マイクに直接気味に入っているので、ちょっとキツイかな。ウィーン・フィルの音質とは異なっているのだが〜 まっ こんなものだろうか。歌い方や発音までは、ちょっと解らない。

5楽章
ピンポンパンポン〜と、鐘のフレーズを少年コーラスが歌うという楽章である。女性のコーラスは、とっても柔らかいし、まろやかな響きとなっている。バルツァさんのちょっぴり硬めの声は、ここでは気にならない。
金管は、奥で歯切れよくリズムを刻んでいたり、モコモコと響いたりしているが、ちょっぴり不気味さが出ている。木管のオーボエの声が、ちょっとガーコ(鵞鳥)気味の声で、特徴があって面白い。
大きな揺りかごに入ったような気分で、安心して揺られていると、時々、周りでは険しいフレーズが奏でられて不安になるという。どことなく、落ち着かない演奏だ。
まっ 総じて、まろやかな鐘の音が響いて、再び安心はできるのだが〜不思議な楽章になっている。

6楽章
「られ〜どしら〜 らしどれ み〜ふぁみ み〜れみ ふぁ〜 そ し〜らしど れ〜 みし れ〜ど」
「らそふぁみふぁ ら〜そ そふぁ し〜 ららそらし れどしら そ〜ふぁ」
チェロの響きが、呻きたくなるほど美しく、最終楽章の出だしから天上的である。
テンポは遅く、遅く〜 時折、息が詰まるほど、止まるほど、狂おしくなってしまう。
死と美が、隣り合わせ、背中合わせになっているように感じられる楽章で、ヒタヒタと心に迫ってくるような、ゾクゾクしちゃう演奏だ。 悲愴でも悲痛でもなく、甘い香りのする死が亡霊のように寄ってくるって感じで、思わず息が止まってしまいそうだ。止まって欲しいと言いそうなほど(← オマエは変態か〜) 耽溺して朽ち果てそうなほど。
う〜 息が止まってしまいそうぐらい、いや〜 ホント演奏も止まりそうである。
繊細でかつ狂おしい。まっ 正常な方は、遅すぎ〜と、呆れて一喝するだろうが。(笑)

最初に聴くには、かなりツライ演奏だと思う。が、この曲を何度も聴いている方には、奇異に感じられるほど、速度は遅いが、この静謐さが、シーンと滲みてくるように思う。
特に、ヴァイオリンでしょうねえ。
「し〜ら らそふぁそ ど〜し しら れ〜ど どしらし ど〜し しらそふぁ ら〜」
このフレーズの息の長さと緊張感は、並じゃーありませんねえ。
木管の透き通る長い揺れない音。ストーンと吹いているんですけどねえ。ぶれない音質が、聴いていて気持ちを、すーっとさせてくれるし、ホルンのふくよかな響きと、弦の巧さ、綺麗さが、見事にブレンドされている演奏で、最後の最後の盛り上げ方、ゆったりと持っていくパワーは凄いですねえ。
息が詰まりそうになったところで、一気に放出しちゃう。こんな3番があったとは〜 絶句。

マゼールさんのことだから、アクの強い、即物的、物理的に処理しそうな感じがしたのだが、繊細さと甘美さが静謐に彩られており、バーンスタイン盤のように、こってり型の粘りモノでは無く、さっぱりしている。
1楽章の最後や、最終の6楽章では、ティンパニーや金管の強い響きに、げっ!と、のけぞってしまう箇所があり、これは、ちょっと人工的過ぎる録音だ。
が、しかし、総体的には、テンポの特異が目立つものの、意外なほど録音状態は良いし、じっくりと丹念に描かれており、瑞々しさがある。これは、やっぱオケの良さかなあ。
予想とは違って。良い意味で裏切られた盤だ。
特に、ワタシ的には、3楽章と6楽章は良かったですね。まっ 何度も繰り返して聴くには、長大な楽曲なので、疲れ果ててしまうことと、最後の最後、ここまで、ご大層に演奏されなくても良いような気がするけれど〜。この見栄の切り方は歌舞伎型。
良くも悪くも〜 いずれにしても賛否両論あると思う。
最後の苦言。ワタシの持っている盤では、最後、放心状態になっているのに、間髪入れず、カップリング曲が流れてくるのだ。これはやめて〜っ。もっと間合いをとって欲しいです。

シノーポリ フィルハーモニア管弦楽団 1994年
Giuseppe Sinopoli  Philharmonia Orchestra of London
アルト:ハンナ・シュヴァルツ Hanna Schwarz
フィルハーモニア女性合唱団、ニュー・ロンドン児童合唱団

さっぱりワカラン

録音状態はイマイチ。妙に強調しすぎている面があるような気がする。1楽章は弦の音が入ってこないし、金管目立ちすぎて気持ちが悪い。録音も演奏も、ちょっと作為的すぎのような気がする。ワタシ的にはダメでした。
1楽章
冒頭のホルンからのテンポは速め。メチャ勢いが良い。
「しぃみぃ〜れみどぉ〜そ どっみふぁそふぁみ れぇ〜しぃ」
「みぃ〜ふぁ〜そらし〜(ふぁっしっ) らしどぉ〜(ふぁっどっ) らしど〜(そっどっ)」
「らしど〜どしらそ ふぁみれ〜どれ しぃ〜 そぉ〜し ふぁ〜み」
いきなりゲートが開いて、ダッシュっ!という感じで勢いがあり、金管のキレと、ティンパニーの大きな音と、その余韻、シンバルの叩きに表れている。
低弦の響きも速いが、特筆するのは、ダンっと打ち込まれる打楽器だ。
それと、トランペットの甲高い声と、音が垂れさがっても、なお輝く金管の響き。フラッターの金管の音は、これは良いっ。気持ちよいほどに強調されている。 でも、なーんか繰り返していくと、こりゃ〜目立っているのは、輝き放っている金管と、バンっと強調されて打ち下ろされる打楽器だけだな。と思ってしまう。

ファゴットの音は聞こえてくるが、弦がちょっと遠めで、あまり強調されていない。ヴァイオリンのソロも、へっ。と思うほど、か細く硬くて素っ気ないほどで、色気がなく尻すぼみだ。
録音のバランスが悪いのかしらん。
打楽器のごろごろと響く音は、迫力あるし、うごめく低弦も、入っているのは入っているのだが、ちょっと弦が霞んでしまっているかなあ。明瞭には聞こえない。

「みっ しぃ〜 られどら そしみ ふぁ〜」と、ぶっといチューバが出てくるが、トライアングルも埋もれているし、その後の間合いがあいて、場面が変わるところ〜 嵐のような弦が奏でられる筈なのだが、えっ この低弦はメチャ遠い。
ぼんやりしすぎだし、かすかに鳴っているという感じだ。へぇ〜なんだよ これっ。
ミリタリー調の行進場面も、速めで、さっさっさ〜っと進んでいく。刻みが足らないというか、スキップのように軽やかで、おいおいっ。もっと刻め〜 迫力ないし、高揚感が乏しい。トランペットと小太鼓が、 やたら目立つ。「タッタ たぁ〜」 リズムがしっかりと成されていないので、軽すぎて〜
間に入ってくる、木管も、そそくさと流れてしまっており、慌ただしい。
「れぇっ み〜れ しれ み〜れ しれ そふぁみれどし・・・」

う〜ん。やっぱり高音域の音は、しっかり入っているが、低音域の音は、ほとんど聞こえないぞぉ〜
金管好きな方は喜ぶでしょうけど。これじゃ、このオケに、ヴァイオリンやチェロは、いないのか?って感じだなあ。なんとも、立体感のない、手前には誰もいないのか〜という感じの録音ですねえ。
弦の存在感がメチャ薄い。音が抜け落ちてるようで、気持ちが悪い。歌いたい気持ちはわかるけれど、速すぎだぁ。

2楽章
テンポはゆったりとしているが、木管のフレーズが可愛くない。
「ふぁ〜しっしぃ〜 ど〜らっら し〜どっらっそっみ れ〜そふぁっ〜」
音は透らないし、フレージングは細切れで、なんで〜ここで、細切れなのぉ。雰囲気ぶちこわし。伸びるところで沈むような感覚で、ちょっとワタシには、ちぐはぐな感じがする。
操り人形風になってて、ギクシャクしているのだ。
テンポの遅さは気にならないのだが、弦のたれ〜っとしたフレーズが、ところどころ夢幻的に鳴っているが、アコギな感じがしちゃう。ところどころ、テヌートをかけているが、なんだか天の邪鬼っぽく、ワタシ的には気持ちが悪い。 安定しないというか、夢を見ようとしても、夢破れ、野原の花々は、いったいワタシに何を語るのだろう。不安な気持ちになってしまう。テンポも、フレージングも、普通で良いんだけどなあ。

3楽章
「どそ どそ どそ どっどら み〜 どっどら み〜 そっそ ふぁふぁっみ〜」
この二重奏は、へへっ コミカルだし、なかなかに綺麗に転がっている。 「れっれら み〜 れっれら み〜」
この楽章は、なんか面白い。コミカルだ。
録音状態も、木管が良く透っており、ハープの響きも乗っているし、弾む感じがしててるし、 えーっ 前の楽章とは録音状態が異なるようで、なんだか一気に透明度があがる。よく聞こえる。
それに、この楽章の演奏は、天の邪鬼さが面白いのかもしれない。活き活きしているのだ。
オチャメ感があるのと、遊び心があって、アクセントが強調されて、振り子のように音が揺れる。
「そっそれ らぁ〜 そっそれ らぁ〜」
まっ この点は好みが分かれるかもしれないが、ワタシ的には面白いと感じた。
バンダ部分も、まずまず。遠くからのトランペットは、巧いというよりは、ちょっと変。
素直なフレーズでいいのに、小細工しちゃって〜変なフレージングになっている。妙なところでアクセントをつけて、フレーズを細切れにしちゃうんで〜 標準語ではなく、訛りのある方言を使って、慣れない大阪弁を喋られているような感じで、 ミョウチクリン。まあ、シノーポリさん、変わってるからなぁ。

4楽章
CDが壊れたのかと思うほど、しずか〜な感じで出てくる。
コントラルト(アルト)のハンナ・シュヴァルツさんの声は、少し 硬めの声だな〜って思う。柔らかい夢幻的な感じとか、透る神秘的な声というよりは、声が閉まっているのか、抑揚の少ない苦しい声で、う〜ん。聴いてて肩が凝ってきそう。
夜の暗闇で、男性を捜して、うらめしそうにオンナが、柳の木の下で、すすり泣いているような湿っぽさがある。
音響のせいなのだろうか、また、それが演出なのだろうか、少し硬い声すぎるようだ。こりゃ参ったなあ。
ねちっとして、陰気そうで〜  妙にテンポは遅く、れれれ〜っと硬い声で揺れられ〜 うっ。ちょっと耐え難い。うぷぷ。
首が絞まってきそうで悪夢にうなされる感じがする。これはやめて〜 とってもワタシの肌に合わない。

5楽章
朝の目覚めのような軽やかさ、楽しげなフレーズが入ってくる筈なのに、なんか、割れた鐘が、ピンポンパンっと鳴ってきて、えっー なんじゃこの音。
ひび割れた、お茶碗を差し出されて、ハイ、朝食ですよ〜と言われているみたいで、がっくり〜。
ホントに、ひび割れた音の鐘のように聞こえるのだ。チューニングしてるのぉ?
子どもの声まで、可愛く感じないし。えーっ 楽しい筈なのに、声に張りがなく、弾まないのである。
音に柔軟性が感じられないので、抑揚がなく、残響も豊かではなく、まろやかな浮遊感もなく、で、この鐘の音では、、、とほほ。 まるで、幻想交響曲のように聞こえるんだけどなあ。ワルプルギスの夜の夢では、ないだろうに。
天使たちではなく、ここは地獄の入り口ですって感じ。ワタシは、げんなり。

6楽章
「られ〜どし らしどれ み〜ふぁみ み〜れ」
出だしの厳かさ、柔らかさはあるし、フレージングも自然な感じがする。弦の響きも良いし、後から入ってくる木管フレーズも、うん、満足だ。
でも、この最後の楽章で、ようやく自然な感じを出してきてもらってもなぁー
ここに至るまでの、それまでの過程が悪すぎ。

ヴァイオリンの音色は、ちょっと神経質っぽく擦れ気味だし、全体的に、フレーズにノビ感や豊かな曲線を描いて、自然に高揚感を醸し出すような、熱っぽさには至っていない。
流れるように、すーっと昇っていく綺麗な線が描けていないので、上昇気流に乗っかっていかない。
う〜ん。どうも、その点、まどろっこしい。ふわっとした空気感や、柔らかさ、下から押し出していくようなパワーが感じられない。
瞬間、瞬間に出す大きな音には、馬力はあるのだが、しなやかさ、したたかさ、伸びるときの腰の強さ、もちっとした感覚、その粘りが少ないように思う。
ワタシ的には。金管の音色に、どうも、ひっかかるのだ。瞬間的なパワーしかなくって、音の押し出しがキツイし、なんだか、録音もいじっている感じがしちゃう。
目立った音をピークにして、妙にいじくって収録しているようで、作為を感じる。
また、フレーズの波が、均等でないのが、やっぱ気持ち悪いかなあ。3番は、素直に、素朴に演奏してもらっても、結構、絵になる曲だと思うんだけど。 うーん。ワタシ的には、このシノーポリ盤は、頂けませんでした。ごめんなさい。
それにしても音楽って、微妙で繊細な芸術だなあ〜って、改めて思う。気持ちの悪さ、座りの悪さって、なかなかコトバに言い表しづらいけど・・・ ん? なんか変って、すぐに感じちゃ って違和感を覚える。
デ・ワールト オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団  1995年
Edo de Waart  Radio Filharmonisch Orkest
(Netherlands Radio Philharmonic Orchestra)
アルト:ラリッサ・ディアドコヴァ オランダ放送合唱団、エルブルク市少年合唱団

ほぉ〜良いヤン

録音状態は良い。ゆったりした自然体の素直な演奏だ。 自然を描写する場面は良いと思うが、諧謔的であったり、皮肉であったり、戯けてみせたり〜という要素は少ない。アクが強くない分、初めて聴くには良いかもしれない。
1楽章
冒頭のホルン 「しぃみぃ〜れみどぉ〜そ どっ みふぁそふぁみ れぇ〜しぃ」
「みぃ〜 ふぁ〜そらし〜(ふぁっし) らしどぉ〜(ふぁっど) らしど〜(そっど)」
「らしど〜 しらそ ふぁみれどれしぃ〜 そぉ〜ふぁ」
小太鼓の締まった音が、シャキシャキ感を醸し出す。
この管のユニゾンは、見事にまろやかであり、決まっている。
テンポは、ゆったりめだが、ミュート付きの金管も色彩感があり、低弦の響きも豊かだ。
デ・ワールト盤は、あまりメジャーな盤ではないんだけど、なかなかに勇壮で、ドスンっと響く大太鼓の音も、しっかり入っているし〜 これ、ほんとにライブ盤?と思うほど録音状態が良い。

マーラーの3番っていうと、なにせ長大な楽曲で、1時間半ぐらいかかって演奏される曲だから、ホント、ゆったりとした時間がないと聴けないものなのだが〜
長すぎて、冗長すぎると〜 垂れてしまう。
ワールト盤のテンポは、ゆったりとしているが、金管の高音域のカラフルな音が刺激となっている。
まっ ちょっと、ゆったり〜しているかなあって感じがしないでもないが。
ヴァイオリンの高音域の透き通る音色もあり、「そしみ〜 れどし〜 らしど〜 しらそ〜」
木管群の音色も鮮やかで、低弦の響きに、埋もれてしまわないで、しっかり主張もしている。

コンセルトヘボウとは、ちょっと違う音色だが、なかなかにまろやかで、中庸。
中庸って言葉は、あまり良い意味に取らないようだけど、ワタシ的には、平凡とは、ちょっと違うと思う。
アタリマエのように、音が出てくるってことが、ホントは凄いんだと思うんだけどな〜
ワールト盤は、ホント、音響が良い。
雷に打たれたように、ドスンっとお腹に響く大太鼓。
プラッター風に吹かれる金管は、ホント煌めいている。テンポは普通っぽいが、多彩な楽器が、特徴的に使われてて、それがしっかり色づけをしている。水彩画ぽい音質ではあるが、しっかりとしたスパイスがついてて、なかなかに色彩感がある。 このバランスが妙だと思う。
弦の響きが重い盤、金管の咆吼が凄まじく重量感たっぷりの盤。
いろんな盤があるが、いっけん、淡泊っぽく聞こえてくるものの、なかなかに密度の高い演奏だと思う。
もっと、硬めの弦の響きが好きな方もいるかもしれないが〜 まあ、この点は好みかも。
音響的には、奥行きはあまり感じない。
立体的までには聞こえてこないけれど、トランペットやホルン、木管楽器の、ちょっとくすんだ感じが、温かみのある録音状態で、ちょっぴり、もわ〜っとした空気感のなかから出てくる。

ワールト盤を聴いていると〜 1楽章は、どことなく、初夏の朝。太陽の昇りはじめ〜
森林浴的な演奏っていうか、林のなかの朝、木々の葉っぱの表面から、水蒸気が出てくるような〜
それが眼で見えちゃうような〜 なんか、樹木の呼吸感みたいなモノを感じた。 
ミリタリー風に行進曲のような旋律も、ガチガチしてなくて〜 柔らかい。
ヤワイなあ〜って感じる面もあるし、直接的に届かない音響なので、まどろっこしさもあるかもしれないが、でも、なーんか、ナチュラル感があるというか。全体的に、ガッシリとした、逞しく、マッチョな演奏ではなく、あくまでも、 ふわーっとした、柔らかさのある演奏で、時間の流れが、ゆぅ〜ったりと流れていく。
テンポをあまり、いじっていないので、イヤミなく聴けるが、もっと激しく劇的に演奏してよぉ〜って方も多いかもしれない。この点は好みで分かれるかも。

2楽章
柔らかい演奏が続く。オーボエ、クラリネットの響きが、ちょっぴり、くすんだ音色で、ソフトに流れてくる。
まどろっこしいくらい、眠いかな〜って思うぐらいの優美さを持っている。
ただ、色彩的で芯があるので〜退屈はしない。
ある意味、マゼール盤は、ゾクゾクするほど官能的で、ためてためて演奏されていたが、ワールト盤は、あくまで自然派。音が流れていくって、こういうことか〜と、改めて感じちゃう。
技巧的に走るってことでもないし、役者だね〜というタイプではないし、特異な演奏が好みな方には、この盤は絶対受けないと思う。
でも、アクが少ないものの、あっ、そうだったのか。と、素直にフレーズが聴けるし、各パートが浮かんで消えていく様が見えることと、ソロ部分が、これ見よがしには登場しないが、しっかり演奏されて 、その点は、なかなかに好ましい。

3楽章
「れっれら み〜 れっれら み〜」
「らっら そらそら ふぁふぁみ〜 ふぁっふぁみ〜 れ〜み そふぁみれ らしらし ら〜 そらそら そ〜」
鳥の声を模しているのだが、柔らかい陽射しのなか、森林浴をしているかのような、まろやかな幸せ感のある楽章だ。
克明に刻む演奏ではないが、きちんと木管が活躍してて、和を以って尊し〜って感じで(笑) 調和のとれた整った演奏である。爽やかで、イヤミのない、暖かい感覚の、牧歌的という言葉が、ぴったりの演奏だ。それに、 これだけ綺麗に木管が奏でられるのは、う〜ん。これライブでしょ? そうだよねえ。 ハイ、見事だと思います。
標高の高い針葉樹林のような感じでもなく、そこら辺にある日常の森林って感じだけど、親しみの持てるアウトドア派って感じ。 「子供の不思議な角笛」などの民謡のフレーズが、クセなく演奏されている。

マーラーを演奏している盤で、水彩画ぽい演奏だ〜というのは、あまり他にないかもしれない。
バンダの金管も、特筆してすごいってワケではないんだけど、なーんか、素直に耳に入ってくる。
アイロニーや皮肉っぽい、諧謔的で戯けた風の演奏ではないし、スケール感のある堂々とした演奏ではないので、その点、ダメって言われちゃうかもしれません。 (競争相手の多い楽曲なので〜 ちょっと分が悪いデス)

4楽章
極めてゆるやかに〜 ゆったりと〜 アルトが歌っていくが、これが、ニーチェの「ツァラ」なのだ。
昼に見えないモノが、夜には見えてくる。あっ 見えるのではなく、聞こえてくるだっけ。
う〜ん。さほど陶酔的でもないし、不気味でもないし。ちょっと素直すぎるかもしれない。

5楽章
ピンパンパンポン〜と、鐘のようなフレーズを、児童合唱&アルトで歌われる。
「子供の不思議な角笛」のフレーズは、軽やかでも不気味でもあるのだが〜 この場面も綺麗ではあるが、ちょっとまろやかすぎるかも。
天上的な要素も強いが、ワールト盤は、二律背反的世界が描かれるとは言い難い。
まあ、プレーンな感じで、素直に聴けちゃうけど。

6楽章
「られ〜どしら〜 らしどれ み〜ふぁみ み〜れみ ふぁ〜 そ し〜らしど れ〜 みし れ〜ど」
「らそふぁみふぁ ら〜そ そふぁ し〜 ららそらし れどしら そ〜ふぁ」
ワールト盤は、女性的で、水彩画のような、あっさり系の素直な演奏だが、結構、長くゆったりと演奏してきたのに、それに輪を掛けて、まだ、テンポが遅めになっている。
う〜ん。この最終楽章は、いずれの盤を聴いても、たいてい、この最終楽章は美しく、涙が出ちゃうぐらい、メチャ感動しちゃうのだが〜  ワールト盤は、このゆったり感が、アダになっているように思う。正直、ここまでテンポを落とされちゃうと、う〜ん。ワタシとしては、緊張感が、ちょっぴり続かなくなって〜 かなりツライ。
とっても長い楽曲なので、息が切れちゃう。

死に絶えてしまう直前って感じのテンポ感と、息の長さで、どこか魂が抜けきった屍的な感じがする。
高みに昇るような雰囲気、昇っていきたいという上昇指向的な面は、無いんだよなあ。
心情的には、う〜ん、どうも共感を覚えない。

ぐぐっ〜と下から突き上げてくるものが希薄で、気概や気迫、熱気、想いが、あまり感じられないのだ。
柔らかで、穏やかな旋律そのものが、そのまま素材として素直に描けているし、楽器の演奏そのものは、綺麗なんだけどな〜  イマイチ、エネルギーという観点で聴いてみると、突き上げるパワーが、、、どうもなあ。感じないんだよね。
インテンポで行っちゃうと、こうなるのかなあ。フレージングの滑らかさ、テンポの設定が、う〜ん。遅い故に途切れ気味になっているように思う。最後の最後で、ティンパニーが入ってきたところで、ようやく壮大な絵巻物が見えてくるのだが、 長い楽章だけに〜 ワタシ的には、ちょっと遅すぎる。遅いよなあ〜やっぱり。緊張感が持続できないもん。
既に、疲れ果ててしまって、、、あーっ ダメ。
前半の楽章は、素敵だったんですけどねえ。最終楽章は、うん。ワタシ的にはダメでした。
あまりアクの強い演奏は、ちょっと引いてしまうけど、あまり、さっぱり行かれるのも、どうもスカみたいで〜 
う〜ん。聴き手のワタシにとっても、難しい最後なのです。スミマセン。我が儘で・・・。
ラトル バーミンガム市交響楽団 1997年
Simon Rattle  City of Birmingham Symphony Orchestra
コントラルト:ビルギット・レンマート Birgit Remmert
バーミンガム市交響楽団ユース・コーラス
バーミンガム市交響楽団合唱団

昇天しちゃいました


録音状態はまずまず。とびっきり良い録音ではない。 しかし、演奏は、聴いてみてください。ワタシ的には、すごい世界が広がってまして、実に不思議な体感をしちゃいました。これは参りました。
1楽章
冒頭のホルン 「しぃみぃ〜れみどぉ〜そ どっ みふぁそふぁみ れぇ〜しぃ」
「みぃ〜 ふぁ〜 そらし〜(ふぁっし) らしどぉ〜(ふぁっど) らしど〜(そっど)」
「らしど〜 しらそ ふぁみれどれしぃ〜 そぉ〜ふぁ そぉ〜ふぁ〜」
この出だしは勢いがあり、キレもまずまず良い。
「そぉ〜ふぁ そぉ〜ふぁっ〜 どしどしどし・・・ らぁ〜しぃ〜」
ミュート付きの金管にも、悪くない。「らしどしぃ〜 らしどしぃ〜」と何度も立ち上がろうとしているさなかに、「ふぁぁっ〜〜」と、下降線を辿り、力なく溜息をついている風で、なかなかに人間の欲望が、頭をもたげて盛り上がりつつも、すぐに、すぼむようで、その様相が描かれているようだ。
ティンパニーのパツンっという硬めの打ち込みと、金管の底力の響きに、なかなかに、動きがあって面白いのと、金管の音の残り具合も、まずまず良い。ただ〜 ちょっと音量をあげて聴いた方が良いかも。

「ど〜し ど〜し ど れ どふぁそ れ〜(ふぁらど〜)れ〜 ふぁ〜み」
ヴァイオリンのソロが入ってくるあたりは、まあ、自然観が垣間見られるかな。
大太鼓の小さな響きが入ってくるが、蠢き感が、どうも遅めで〜 低弦が何度かうめき声を上げ、ティンパニーが打ち込まれた後には、ちょっと死んじゃった風で、力がなくなって、テンポが遅めになって、すっかり沈殿してしまう。まま、ワカランのではないのだが、ワタシ的には、ちょっと緊張感が無くなってしまった。

で、木管の響きが、ちょっと小さめで、あまり明瞭に聞こえない。で、リズミカルさに欠けちゃうかもしれない。結構、木管の果たす役割って大きいんだけどなあ。ちょっと、気になるところ。
「れぇっ み〜れ しれ み〜れ しれ そふぁみれどし・・・」というフレーズになると、一気に夏らしく、燦々とした太陽の陽射しが降り注いでくるような感じ。金管が、キラキラと輝きを全開にして来る。
この変わり身は、面白いんだけど、、ちょっと高音域がキンキン気味かなあ。
タメのあるルバート気味のフレーズもあるが、わりと、執拗ではなく乾き気味。
で、盛り上がり方は良いんだけど、沈み込んだフレーズのところのテンポの遅さが、ちょっと、、、ワタシは、緊張感が途切れちゃった。
この点、ラトル盤だけではなく、他盤でも緊張が途切れちゃうことがあり、う〜ん。難しいかなあ。
演奏自体には、結構、えっ こんなフレーズだったのかあ。と気づく部分もあるし、ゆったり演奏されているからこそ、丁寧に描かれているな〜と思う場面もある。
ホルンと木管の掛け合いとか。「そぉ〜れ〜 みれ み〜し〜 ど〜ら」と、吹かれる場面とか、ヴァイオリンとチェロの弦の繋ぎ目とか、金管のフレーズで、こんな装飾音があったんだとか、ホルンのフレーズがよく聞こえたりするし。確かに、ソロ部分として活躍している楽器が、結構、いろんなところに顔を出してきてて〜 わりと面白いんだが、金管が、ちょっと下手っぽいのも、わかったりしちゃって、、、だはっ。
弦にもっと馬力が欲しいよなあ〜と思っちゃったり。

でも、やっぱ長い1楽章である。ホント、なかなかに大変だ。
朝、元気よく会社に出て行ったと思ったら、叱られると、直ぐに、落ち込んでしまう新人さんみたいで〜
おいおい、溜息つくなよぉ〜と言いたいぐらい。ホント、沈み込む金管のフレーズを聴いていると、ホント、アンタ元気だしなさいよぉ〜 鬱々としてて、ヤダなあ。これ飲んで、頑張れっ! な〜んて声を掛けたくなるような演奏なのである。
褒められたら、すぐにお調子モノになって、行進しているしなあ。
まっ そう言う意味では、ラトル盤は、超人間臭い演奏である。まあ、この1楽章、人間の感情、ちょっとしたことで落ち込み、ちょっとしたことで有頂天になって、猿も木に登る式で、舞い上がっている人の性格を描いているように聞こえてくる。
えーっ ワタシ、聴き手が、子守かぁ〜 こんな両極端に走る人の守り役は、ヤダよぉ〜
いつの間にやら、沈み込んで、手に負えないぐらいに鬱々状態になっている楽曲で、超迷惑な演奏である。ホント、長いし、子守をさせられているようで、疲れて、大変なのである。

2楽章
「野原の花々が私に語ること」というサブタイトルが付いているだけあって、なんだかナルシストの少女が、鏡よ鏡 世界中でイチバン美しいのは誰? と、でも訊いているかのように問いかける。
結構、とろり感があって〜 「ふぁぁ〜 しっしぃ〜 どぉ〜らっら しぃ〜どっらっそっみ れ〜そふぁっ〜」と、テンポが遅めに、とぉ〜ろりと、オーボエが奏でている。
なかなかに少女趣味的な、のどかなフレーズで、かなり、うっとり気味に演奏されている。
ほほ〜 なるほどねえ。濃厚だねえ。と、夢幻的でもあるし、優美でもあるし、弦の引きづるようなピチカートで再度色づけされて、退廃的でさえある。
まあ、線の細いフレーズなのに、これだけ、とろり味があると面白い。重厚さのとろみ感とは違って、アッサリ風味なのに、じわっと湿気があるのだ。
ヴァイオリンのソロや、木管の優しいフレーズは、重ね塗り的で面白い。
いっけん、ラトル盤は、健康的でありながら、結構、官能的なとろり感を持っているし、フレーズの揺れが、自由自在に操られているようで、自然な感じで、うなうな〜っ うねうね〜っと演奏されている。
主題が変わると、かなりキレが出て速めに展開する。で、また、シナを作って、とろり〜。
ここら辺の変わり身が、さっすが〜 えへへっ これは、やられた。ツボに、はまる。

3楽章
「れっれら み〜 れっれら み〜」 「らっら そらそら ふぁふぁみ〜 ふぁっふぁみ〜 れ〜み そふぁみれ らしらし ら〜」 あの1楽章のウツウツとした楽章から、とろり〜とした夢幻的な楽章を経て、3楽章では、大変幸せな世界が広がっている。
ラトル盤の「不思議な角笛」のフレーズは、とっても美しいし、のびやかで、柔らかい。
暖かさが感じられるし、金管のノビも感じられる。
ここの楽章は、木管が命である。もう少し主張しても良いかもしれないが、中庸で嫌みなく、するり〜と聴ける。特段、メチャうま〜って感じではないんだけど、さりげない。
中間部分はちょっと、テンポを遅めにしているが、奥行きと音量のちょっとした加減で、バンダの雰囲気が出ている。ミステリアスな神秘性というよりは、花が咲こうとしている春を、草むらのうえに寝っ転がって、ちょっと待っています。って感じがする。

ゆったりとした夢見心地の感じだし、安心で、柔らかく、癒し、癒される場面のようだ。
ホルンのフレーズも、なかなかに巧いし、フレーズの間合いが充分で、とろり〜
自然観たっぷりのシアワセ感、ほわ〜っとした感覚を欲している時には、癒されるのではないだろうか。
後半は、身をかがめて動くような、すばしっこさが出てくる。7人のコビトさんが、森のなかに登場したのか。と思うような、メルヘンチックな演奏である。
この楽章の締めは、ちょっと馬力が不足気味で、ちょっと残念だ。

4楽章
コントラルトのビルギット・レンマートさんの声は、すごいっ〜とは言えないんだけど。柔らかく包み込まれる。どこか、個人的な祈りを捧げているかのようで、妙に、説得されているかのような、祈っている人を、ワタシがそばで訊いているような感じがする。
まあ、テンポが、結構、ゆったりめに流れてくるのと、「み ふぁそぉ〜 み ふぁそぉ〜」「ふぁしぃ〜 そぉしぃ〜」というフレーズの木管 オーボエだと思うんだが、ナイチンゲールの鳴き声のように聞こえる。 この木管が、ちょっと変わった鳴き方をするのだ。 声を絞って、すすり泣くような感じだし、ちょっと語尾が後ろであがるし、首がすくむような警告音のようにも聞こえるし。う〜ん。へっ ちょっと妙な気分になるじゃん。 子猫が、甘えて夜鳴いているような感じもするし、いや、妙に妖艶な女性が、満月の夜、悲しげに月を見あげて、切々と祈りを捧げているかのような感じもするし。
首がちょっと締まった感じで、泣かれるとねえ。幽霊っぽく、聞こえちゃうしなあ。
なんしか、妙に不思議な空気感でして、生暖かい空気感が底辺を這ってて、ちょっとクールな空気感が、妙に揺らぎ、それぞれ、目の前で交錯しているような感じがするのだ。
で、まっ 情念のオンナというよりは、控えめな女性をイメージしちゃうけどね。それにしても、妙な、切々感がありますねえ。

5楽章
夜が終わったようで、お子ちゃまが、早々に、目を覚ました感じだ。この楽章は、朝の風景に変わる。
そんなにはやく起きて、どうすんのよぉ〜って感じだが、ピンポンパンと元気に歌いはじめるのだ。
でも、どーっかぁ、ラトル盤の子供たちは、おとなしい。いつもの元気、快活さがない。
控えめに、主役はママのようなコントラルトの声で、その周りに集って、遠めにピンポンパンっと歌う。 あっ まるで、マリアさまみたいだな〜 んじゃ、子どもたちは天使か。 と思ったのだが、でも、さほど、浮遊感がないのである。天上的なイメージは、あまりしませんねぇ。 んじゃ、サウンド・オブ・ミュージックの世界か。とも思うんだが、それともイメージは違うようである。
(↑ 何を、勝手にイメージしておるんだっ。アホかぁ〜と、怒られそうだが 笑)

それにしても、マーラーの3番って、楽章によって、登場する主人公が違うってことに、今まで気づかなかったです。マーラーの世界って、1人称世界だと思いこんでいたのだが、いや〜この曲は違うわ。
ラトル盤で聞いて、初めて認識しました。
それに、超越したような超人型、オンリーワン世界でもないように感じます。英雄視した自分が、主人公で、世の中に存在する世界だと思っていたのだが、これは、持ち回り主人公が、各楽章に登場しているようです。で、最後に辿りつくところは、、、最終楽章なんですねえ。

6楽章
ひぇ〜 この楽章は、密やかに、神秘的に演奏されてて、まるで生命が、はじめて、地球が誕生したかのような、壮大な奇跡を描いているかのような感じがする。
創世記でも読んでいるかのような、弦のフレーズが切々と流れてくる。
テンポの遅さもあるのだが、弦のフレーズが、どこか遠くから人の声のようで、誰かエライ人のお説を聴いているような、耳を自然と傾けて、拝聴している気分になるのである。
(エライ人って言っても、社長さんのような世俗的なモノではない。)

神秘性はあるのだが、そんな大それた世界観でもなく、日頃の日常が大事なんだよ〜とでも、耳元でささやかれているかのようで、う〜ん。これは参りました。
この楽章は、ずーっと、弦だけで奏でられるのだが、この弦の音質といい、フレージングといい、間合いといい、ほんとに切々としているのである。 人の声のように聞こえてくるので、超不思議だ。 ホント、アダージョの美しいこと、こりゃ〜 ホント、参りました。ひれ伏して、どうか、ひとこと、ワタクシにお声がけくださいませ。と言いたくなるような神々しさがある。 姿・形は見えないが、神を信じたくなるような雰囲気が漂っている。 あーっ 悶えてしまいますねえ。

この楽章では、光が注がれ、目には見えないものを信じたくなるような〜 不思議な恍惚感もあり、不思議な光景が、目のまえに広がっていくような、ハイ、ホント。現実の時空間を完全に超え、完全に飛んでいきます。
自分の足元には、地面が遙か下に見えるような、飛翔感があるというか、不思議な体感をします。
恐ろしいっ。いえいえ〜 これを聴くと、ホント、完全に、シアワセだと言い切りたいですね。 実に感動的、実に不思議体験です。
あっ でも、てっとりばやく〜 この楽章だけ聴いても、ダメですよ。1時間36分を聞き通して、初めて得られる安息です。そんな不思議体感だと、ワタシは思います。 でも、単純にシアワセでは居られません。
1楽章から考えると、やっぱり主人公はワタシなんでしょうか。
ワタシは、いったい、どこの誰なんでしょ。どこから来て、どこへ行くんでしょ。
はあ。帰納しているのか、問題提起されているのか。両極の世界でも、三次元でもなく、二律背反的な世界でもなく、ぐるぐる〜 螺旋状に廻っているんでしょうか。
上に行けるんでしょうか、それとも、下でしょうか。そもそも、果てはあるのでしょうか。
どこを、どう、誰が、廻っているんでしょうか。ハテサテ、、、ワタシは、シアワセなんでしょうか。
(なーんちゃって。茶化しちゃってゴメンなさい。)
ブーレーズ ウィーン・フィル 2001年
Pierre Boulez  Wiener Philharmoniker
(Vienna Philharmonic Orchestra)
メゾ・ソプラノ:アンネ・ゾフィー・フォン・オッター  ウィーン少年合唱団、ウィーン楽友協会女声コーラス

こまちゃったなぁ

録音状態は極めて良い。長大な1楽章は、すごい音のパッチワークだと思ったのだが、中間楽章から、う〜 段々と苦痛になってしまって。
1楽章
ブーレーズさんのマーラーは、全集が完成している。でも、オケが、VPOとクリーヴランド管、シカゴ響、8番の一千人が、シュターツカペレ・ベルリンと、オケがばらけている。それに、約10年越し〜という時間をかけての録音となっている。
ブーレーズさんが、マーラーねえ。へぇ〜 どんな演奏になっているんだろ。って、興味津々、いや、醒めた目で見ていたように思う。ブーレーズさんのことだから、ねっとり と歌いあげる演奏では無いのは予測できたのだが・・・

冒頭のホルンは、メチャ綺麗な音で、ティンパニーは、力強く、怖いぐらいの硬めの音で始まる。
ほんわか〜とした音ではなく、極めて冷静で、キレが抜群っ。揺らさず、揺れず、客観的にクールだ。
ミュート付きのトランペットも巧いし低弦のバランスも綺麗に入っている。音の立体感もあるし、録音状態は極めて良い。
畳みかけるところは、際どく、畳みかけるし、残響を残した次の音に入るところまでの、間合いも充分にとっていて、音の広がり方も綺麗だ。
キレとパワーがあって、揺れないというか、ぶれないのだ。確固たる自信というか、完璧って感じの言葉が似合うような、確信的な演奏だ。
どろっとした粘りけは、ほとんど無いに等しい。情感が溢れて、とめどもなくなるような感覚ではないが、間合いがゆったりしているので、冷たさも感じず、粘った重た さもない。
アンサンブルは、当然、完璧っ。って感じで鳴っているし、オケの楽器が、やっぱ、巧い。
また、強烈なドンっ。という叩きつけるような、大太鼓とティンパニーは、ハイ、心臓に悪いほど、インパクトがあり、怖いに、ガツンっと強烈な一発が入って、超驚かされる。 これは確信犯だ。

コントラバスの超低音、弱音なのに奥の方から出てくるし、細かい弦のフレーズも、木管も豊かで、ミリタリー調の行進曲も、かなり立体的に響く。
弱音の場面なんか、へぇ〜 すげ。すごい。
表情が豊かというのではないが、いろんな音が聞こえてくるし・・・ 細やかに描かれて、繊細なのだ。
録音状態が良いので、ついつい、いろんな音に耳を傾けて、聞き入ってしまった。
スネアの響きも、小気味良く入ってくるし、音の像が、ホント明瞭、明快。
シンバルのシャン〜 という響きもバランス良く入ってくるし、ピーっという高い持続音が、えっ こんなに長く入ってくるの。って驚かされるし、ありゃ こんなところに、残響が聞こえて・・・
他盤と比べると、別モノのように響いている。
スコアに書かれた各楽器の音を、それぞれ秤に掛けて、重さを量って、このフレーズなら、総重量、これぐらいで演奏しましょうか。って、割り振られたような感じだ。
それだけ、均一化が図られている。音のパッチワークを見ているようで、うわっ。

場面場面で、目立たせたい楽器の音は、鮮烈に入ってくるし、いやー これは音の重さ、長さを、予め測っているに違いない。(って感じだ。) 楽器ごとの音のパッチワーク作品って感じだ。
楽章の最後の方で、打楽器が活躍するが、その鳴りっぷりは、うーん。すごっ さすが。

2楽章
「ふぁ〜しっし どぉ〜らっら し〜ど らっそふぁみ れ〜そふぁ」
この2楽章には、「野原の花々が私に語りかけること」という標題が、ついていたらしいが〜
乙女チックな夢のような世界からは、ちょっと〜 いや、すごく遠いかも。(笑)
フレーズは穏やかだが、あまり弾まないし、弦のピチカートの響きが、少し硬め。
ここは、1楽章のような理論世界や音のパッワークから外れて、少女のような夢心地の世界を聴きたいのだが、う〜ん。やっぱ、歌わないんだよねえ。
しなやかさとは縁遠く、官能的な世界なんぞ、夢のまた夢。ハハハ、こりゃ無理っ。堅物の女性を相手に、お酒を頂戴しているようで、ダメとは言わないが、ちょっと無粋な感じ。
大変丁寧な演奏だが、崩しが無いので面白くない。

3楽章
「れっれら み〜 れっれら み〜」
「らっら そそらそ ふぁっふぁみ〜 ふぁっふぁみ〜 れ〜み そふぁみれ らしらし ら〜」
丁寧すぎるほどの木管フレーズだ。この楽章も2楽章同様に、丁寧だとは思うが丁寧過ぎて、四角四面的で可愛いくない。なーんか、素っ気ないほどの演奏だ。
インテンポで淡々と演奏しているのに、どこか乾いた皮肉さや、小悪魔的な顔が覗く。
澄ました顔で丁寧に演奏しているのだが、顔半分が、悪戯をしては、ニヒヒ〜って笑っている感じがするのは感じる。う〜ん。これは、楽曲本来の顔なのか。とっても不思議だ。
でも、やっぱり〜 ワタシの頭のなかでは、この演奏を聴いているうちに、退屈になってしまう。
なんでー こんなにも四角四面な演奏を聴いてなければならないのか、ちょっと腹が立ってくる。
テンポは揺れない。微動だにしない。遅めで、強弱のないフレーズが続くし、木管やソロのホルンが、柔らかく鳴っているのだが、ところどころ、次から次へ登場する音が、スピーカーから、 機械仕掛けのように均一化して出てくるように感じて、う〜ん。困ってしまった。少なくとも、ワクワク感とか、面白さは感じない。

4楽章〜5楽章
テンポは遅め。息が続くのかしらん。と心配するような長めのフレーズで、夜のブキミさを漂わせる。
ナイチンゲールのようなオーボエの声が、夜のしじまを突き破るかのように吹かれ、メゾ・ソプラノのオッター さんの硬くて締まった声は、奇々怪々な肝だめし大会の余興のようで。う〜 
5楽章は、健康的明るく爽やかに、子ども達の声が流れてくる筈なのだが、さほど弾まない。
天下のウィーン少年合唱団のコーラスですからねえ〜巧くない筈はないのだが、なーんか、沈んだ、暗いピンポンパンなのだ。前楽章から続けて聴くと、なーんか、素直に聴けない、天の邪鬼的というか、ウツウツとしてて、とても違和感を感じる。 どうも、ピュアな気持ちでは聴けない。

6楽章
弱音の美しさは、すごい〜 聴かせてくれる。
弦の持つ艶かで、すわーっと辺りに響く、響きの素晴らしさには、思わず絶句。たっぷりとしたフレージングの大きさで、美しい。 ものすごく美しいのだが、うーん。感情の高ぶりが、ほとんど感じられることなく終わってしまった。
聴いてても、そんな高揚感が湧いてこない。最終のコーダ部分は、確かに壮大に終わってくれるのだが、聴き手が、心をくすぐられ、別の世界に誘われるという、誘い方はしてこない 。 何故なのだろう。
牧神が目覚め、夏、野原に立って、森で迷い、夜を迎え、天使に出会って、愛を語る・・・。このかつての標題に縛られるわけではないが、う〜ん、よくわからない。
アンサンブルも録音も、極上だというのに、とほほ。ワタシ的には、もう少しぐらいは情感が湧いてきてもよいかな。って思う。聴いてて苦い気分で終わってしまって、ちょっぴり恨めしい。
  シャイー コンセルトヘボウ 2003年
Riccardo Chailly
Royal Concertgebouw Orchestra
(Amsterdam Concertgebouw Orchestra)

ほぉ〜良いヤン

録音状態は極めて良い。大きなホールで生演奏を聴いているような感じで、とても自然だ。大きく包まれたホールトーンで、めいっぱい鳴らすのではなく、眉目秀麗に演奏されるが、1楽章のみで終わってくれたら良いんだが、そこからもたない。
マーラーの悪魔的要素に遊びたい方は、あまりお薦めできない。
1楽章
シャイーさんのマーラーの演奏は、気負いのない、とっても自然体のマーラーという感じがする。
まったくもって、無駄な力のない自然体って感じの演奏なので、思い入れたっぷりに聴きたいという方には、あまりお薦めはしない。
大曲だから〜 気合い充分で、さあ演奏するぞ。ハイ、頑張って聴きます〜というのではない。
とっても自然豊かなホールトーンで包まれた感じがして、あーっ シアワセって感じで、あのホルンの冒頭から始まる。
あぁ〜 コンセルトヘボウだ。と、感じさせる木質感の漂う低弦の響きが満喫できる。

若モノ特有の尖った感情、威勢の良さ、白か黒か、あれかこれか〜というような、二者択一式で計るような考え。
山に登ったような、いや、谷に突き落とされたような〜という妄想に近い感覚に嘆き、天国か地獄〜っという両極端の世界に走って行くかのような行動、そんな若モノ特権の起伏の大きな激しい演奏ではない。
いやいや、みなさん、ご経験はおありでしょう。
もちろん、熱は帯びてきますけどね。だから、情熱は失ってはいないの。でも、激さない。じわじわ〜なんですよ。
そう、ある意味、悲壮感も、悲痛もあるんだけど、表面には出してこない、大きな懐的な演奏だ。オトナ的なんです。

「しぃ みぃ〜れみ どぉ〜そぉ どっ みふぁそふぁみ れぇ〜し〜」
「みぃ〜 ふぁ〜そらしぃ〜(ふぁっ しっっ!) らしど〜(ふぁっ どぉっ!) らしど〜(そっ どぉっ! シャーンっ)
まあ、まろやか。でも、しっかり気合い入れてますって感じでしょうか。
金管の「ぱらら らぁ〜っ ぱらら らぁ〜」と、ミュートの付いたパッセージは色彩的で、綺麗だが、ニヤリ〜とする冷たい、ニヒルな感覚からは遠い。
息が深く、ゆったりとしたテンポで始まる。何か起こりそうな〜という意味深さはなく、感慨深げでもなく、視線が遠いところに行って、深々と、ゆったりとした歩みだ。
この冒頭で、伸び盛りな、幾分、焦燥感のある青春時代をイメージしたものではないことは感じられる。
まあ、自分の起こした事業で、ちょっぴり成功したおじちゃま風の満足感いうか、そんな余裕すら感じられる。
そう、今、シアワセなんである。その青春時代って感じでしょうねえ。
まあ、ワタシの妄想的感想だが、しかし、なんと言っても、流麗だ〜 主題を歌うところは、たっぷり間合いをとっているし、走るところは走り、畳みかける場面も巧いし、アクセントを効かすというか、スパイシーなピッコロも目立たせている。

2楽章
「ふぁ〜しっし ど〜らっら し〜ど ら〜そ ふぁ〜ら そぉ〜」
なんて美しい、ふくよかな木管の響きだろう。と思いつつも、う〜ん、ちょっと眠くなってしまったのも事実。

3楽章
「れっれら み〜 れっれら み〜」
「らっら そらそら ふぁふぁみ〜 ふぁっふぁみ〜 れ〜み そふぁみれ らしらし ら〜 そらそら そ〜」
木管が、鳥の鳴き声を模しているが、どこかコミカルさがあって、戯けた感じで、フレーズが重なってくる。
この3番を書いた避暑地のアッター湖畔のシュタインバッハって、どんなところなのだろう〜っと思いをはせたくなった。
まあ、シャイー盤はコミカルさよりも、ナチュラルさ重視で、おどけか感じよりも、いたってマジメに美しく奏でられている。
「みみ らぁ〜 ふぁ〜 みみら ふぁ〜っ」と、合いの手を入れてくるが、ここのフレーズも、リズミカルで丁寧だ。
滑り落ちるようなフレーズや、踊るような「らっらぁ〜 タッタぁ〜」、金管の落ちも、笑えないぐらいに大まじめ。
歌謡フレーズを使いながらも、笑いながら泣いているって風ではないし、コミカルさは影をひそめ、庶民的ではないし〜
夏のキリギリスって感じで、ふわついていない。
なるほど、自分の精神を律した方が主人公なのだろう。舞台裏のトランペットも、もの悲しさとかの表情付けは深くなく、夏の名残を惜しむかのような感があるが、さりげなく〜 夏から冬へ、昼から夜へ、すーっと移行するようだ。

4楽章
ここはニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」が引用され、アルトで歌われる。

おお、人間よ!気をつけよ!
深い真夜中は何を語るか?
わたしは眠った、わたしは眠った−、深い夢から、わたしは目覚めた。−
世界は深い、
昼の考えたよりも深い。
その苦痛は深い−、
快楽は−心の悩みよりも深い。
苦痛は言う、過ぎ去れ!と。
しかし、すべての快楽は永遠を欲する−、
−深い、深い永遠を欲する!
筑摩世界文学大系44 ニーチェ 浅井真男訳 19酔い痴れた歌(Das trunkne Lied) 12 より

なぜ、マーラーは、この歌を、女性の声で歌わせているのだろう。
甘い青春時代を思い起こして、反省・・・? いやいや、男性の声だとリアルすぎるからなのか。

5楽章
ピンパンパンポン〜 ピンパンパンポン〜  鐘のようなフレーズを、アルトと児童合唱で歌う。
いやいや、実際には、ビム・バムと歌われているのだが、ワタシの耳には、ピンポンパンなのだ。
3人の天使が歌っているのだというが、ニーチェの洞に天使が舞い降りたわけでもなかろうに、やっぱ、この配列というか構図というか、ストーリー展開の意図が、凡人のワタシには、わからない。
シャイー盤は、合唱も美しく、 バランス良く収録されている。

6楽章
う〜ん、じわじわじわ〜っと、盛り上がっていくのですが、すごい行程だなと思います。
ゆったりとした歩みで、人生を噛み分けていくかのような長大なスケールで、急ぎすぎない。
慌てないでシャイー盤も、ゆるやかに回想しつつ、まあ、輪廻転生的なサイクルで、A-B-C-A-B-C-A-C-A-Coda
というサイクルで、1楽章に戻ってくるのだが、さほど、劇的な効果は狙っていないように思う。
実際の人生は、ゆったりと生きていきたいとは、ホント思うのだけど・・・ 曲としては、うねってくるのが、遅いかなあ。
1時間半をかけて、音楽として聴く場合は、う〜ん、もう少し速いテンポでも良いのでは?と思います。
やっぱ壮大すぎる・・・。まあ、演奏というより曲が〜ですが。もう一度繰り返して、即座には聴けません。

総体的にシャイー盤は、大変美しく、バランスのとれた、賑々しくない自然体の演奏で、特に1楽章と終楽章は、かなり聴き応えがあります。ホント美しい演奏なので、嬉しいのですが〜  ただ、羽目を外すというタイプではなく、中間部分での優等生タイプの生き方では、ちょっと・・・。退屈するというか。 聴いている方としては、マーラーならではの悪魔的要素が抜けちゃって、風刺で遊べないというか、劇的効果が薄いというか。情念でドロドロ〜って曲ではないでしょうが、皮肉った、歪曲した、やっぱワル役を配置しないと、壮大なストーリー が生きてこないというか、最後の説教臭さが効かないような気がします。
実際には、1楽章のみで終わりたい。ありがたい美しい演奏なのに、凡人のワタシには、眠くなってしまうのです。(あ〜至らぬワタシ どうぞお許しを)
1967年 クーベリック バイエルン放送交響楽団  
1979年 テンシュテット ロンドン交響楽団 EMI  
1980年 アバド ウィーン・フィル  
1982年 ショルティ シカゴ交響楽団 Dec  
1983年 レーグナー ベルリン放送交響楽団 DS  
1985年 マゼール ウィーン・フィル SC ★★★
1985年 インバル フランクフルト放送管弦楽団 De  
1985年 ベルティーニ ケルン放送交響楽団 EMI  
1987年 バーンスタイン ニューヨーク・フィル  
1993年 小澤征爾 ボストン交響楽団  
1994年 シノーポリ フィルハーモニア管弦楽団 ★★
1995年 デ・ワールト オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団 ★★★
1997年 ラトル バーミンガム市交響楽団 EMI ★★★★★
1997年 ギーレン 南西ドイツ放送交響楽団 Hns  
1999年 ケント・ナガノ ベルリン・ドイツ交響楽団  
2001年 ブーレーズ ウィーン・フィル ★★★
2003年 シャイー コンセルトヘボウ Dec ★★★★
2006年 ハイティンク シカゴ交響楽団 CSO・RESOUND  
所有盤を整理中です。

「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

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