「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

マーラー 交響曲第4番
Mahler: Symphony No.4


アバド ウィーン・フィル 1977年
Claudio Abbado  Wiener Philharmoniker
(Vienna Philharmonic Orchestra) 
メゾ・ソプラノ:フレデリカ・フォン・シュターデ Frederica von Stade



録音状態は良い。柔らかく、ふくよかに、美しい天上が描かれている。美しすぎて〜
最初から、別世界行き確定っ。すごく美しい。
ここでご紹介するのは、アバドのマーラー交響曲全集からの4番である。
アバドのマーラー交響曲全集は、シカゴ交響楽団、ウィーン・フィルと、ベルリン・フィルの3つのオケで構成されていて、次の組み合わせになっている。

1番、5番、8番・・・ ベルリン・フィル
2番、3番、4番、9番、10番・・・ ウィーン・フィル
6番、7番・・・シカゴ交響楽団

全集とするには、一貫性がないって言えば無いし、楽曲によっては旧録の方が良いやん。って言いたいものもあるが〜 とにかく全集は、3つのオケでの新旧混在型である。 そのため、新旧単発で発売され、リマスタリングされているものや、ライブ盤や、最近の録音では、ルツェルン祝祭管弦楽団とのCD、DVDもある。
売れっ子・人気指揮者ならではの贅沢な選択かもしれない。
で、この4番 ウィーン・フィルでの演奏は、ひとことで言うと美しい。美しすぎて〜

1楽章
シャンシャンシャンシャン・・・となる鈴の音色。
「そそそそ そそそそ そらそら どっそ どっそぉ どっそぉ〜」 弦の艶のある、軽やかな音色。
う〜ん。この冒頭からして、ウィーン・フィルの音色が満喫状態で、ショルティ盤をひきあいに出して申し訳ないけれど、まーったく別モノという感じがする。
で、こんなに軽やかで、まろやかなマーラーで良いのかしらん。と思うほど、ふんわりした音色で、いきなり天上音楽になっている。美意識が前面に出ているようで、チェロを初めとした低弦も美しすぎて、唖然としてしまった。

「し そそそ〜そ らそらふぁ ふぁ〜み れふぁみど しれどら そらふぁ〜み ふぁ〜み」
こんな音色を聴いてしまうと、快感っ。ゴツゴツした弦の音が、もはや聴けないジャン。と、怒りたくなってしまうほどだ。
でも、でも、こんな〜 変じゃーないのかい。と自問自答しちゃうなあ。こんなにも、ふくよかで美しすぎるシアワセ感たっぷりのマーラーって、う〜ん。なんか変だ。(笑)
高音域のヴァイオリン・ソロ めちゃめちゃ糸が綺麗で〜 アカン、堕落そうなほど美しい。 昔は、4番「大いなる歓びへの賛歌」というタイトルがついていたが、最近は、あまり言わないようだ。
確かに、アバド盤を聴いていると、すっかり、もはや、天国で賛歌を歌っているようである。 マーラー特有のエグミが欠けて、別世界へ逝っちゃった感じがする。

ティンパニーとか金管が、ぐわっし。と、打ち込むところが、いやに軽いっ。
「れっれ れ〜ど しらそられ れ みれみれし〜 みれみれし〜」
「れっそ〜れ し〜らそれ そそれれし〜そそ どーしら し〜らそ ら〜そふぁ・・・」
ねばっこく演奏している盤も多いのだが、あまりにも〜 天国状態で雲の上で、いや、能舞台で鼓が打たれているような、いかにも軽い音しか出ていない。へっ?  4番だから、別に雷に打たれたような音響ではないわけだけど〜
これでは、あまりにも軽すぎないか?  ちょっと、首を捻りながらも、いや〜 でも、しかし、、、
やっぱ美しいっ。と思ってしまう。確かに美しい〜美しいという言葉が、やっぱり的確だろうと思う。
1楽章のみならず、ウィーン・フィルの美音に溺れて、骨抜きにされて、天国へ連れて行かれそうな演奏だ。

2楽章
ホルンや木管、ヴァイオリンの柔らかい響きが前面に出ているが、これが滑稽で〜。
「どれみっみ ふぁみ〜 どれみっみ ふぁみ〜」
「どみら〜そ〜みそ ふぁそ ふぁみれふぁ れどれ ふぁみれ〜 みれみふぁ・・・」
ここの戯けた滑稽なフレーズは、色濃く出ていて、調子はずれ感が漂って面白い。
このヴァイオリン、音程が狂っている感じが良く出ていて、チョウツガイの外れた、頭のいかれた、ぽきんと折れそうな骸骨が、美しい衣装をまといつつ、節々を折りながら 、パラパラと踊っている感じがする。
そのうちに、バラバラって崩れ落ちそうになっているのが想像されて、面白い。
バックのホルンの、ぶわ〜っと音量を変えて吹かれた音色が、これまた面白くて、わらけてしまう。
グロテスクな筈なのだが笑える。この美意識の滑稽さ、リアルさっ。ひひひぃ〜
なにやら可愛そうで〜 涙目で笑えてしまう。
ソロが巧いんで、この場面が生きているが、音色が良いだけに、不気味さが浮かび上がってくるっていうか、いや、不気味さより、ほんわかしすぎかも。
怖さや不気味さが目立たず、骸骨が、手足をバラバラにして、首をかしげながら勝手に動いて崩れ落ちるような、下手したらオチャラケ、マンガ風に感じてしまう。
美音だけに任せず、ヴァイオリンの弦を、しっかり、歯切れ良く切っていたりするし、芸は細かい。
鋭さも適度にあるが、総じて、まろやかな美音が支配しているので、徹底したクールで、気色の悪い死に神には、なりきれていない。可愛そう〜

3楽章
丁寧でかつ、美音を生かし切ったアダージョである。5番の聴きなれたアダージョも良いが、4番も、再度聴くと、はあ。ため息が出そうなほど美しい。
ヴァイオリンの高音域の音色は、こりゃウィーン・フィルさんしか鳴らないんじゃーと思うほど。
テンポが、かなり遅めで、透き通るような緊張感のある、でも、柔らかい音が、頭の遙かうえを通り過ぎていく。これこそが世紀末の退廃美なのかと思わせるほど、死と隣り合わせの甘美な世界。
先程のコミカルでブラックユーモアたっぷりの笑いが、今度は、脱力感に変わって、抜け殻になって、するりと落ちる。
弦の「ふぁ〜 そらどふぁそらど そふぁ〜し そふぁ〜らぁ〜それふぁ〜」
「ふぁみら〜 みどふぁ〜」 弦と金管の、気怠い垂れさがる音が、う〜ん。面白い。
タララら〜 タララら〜 と、すっかり力が抜け落ちるところが、ちょっと演技臭いんだけど。
怠惰な美意識が、演出されると、ふふふっと密やかに笑えてしまう。
滑稽で、シニカルな笑いを浮かべながらも、顔を引きつらせ、怖さを感じながら、抜けてしまう。
そんな泣き笑い状態だ。音の押し出し感が、弱〜強〜弱と、フレーズのなかで揺らめいて不健康なところが良いかも。
楽章最後で、「どぉ〜らら〜」っと、いきなり盛り上がってティンパニーがついて、最終楽章になだれこむ。
「どぉ〜 れっどれっどら〜」 「そらし れ〜どぉ〜」

4楽章
メゾ・ソプラノ(フレデリカ・フォン・シュターデ)の独唱が入った楽章で、天上の世界を描いたもの。
で、声の良し悪しはよくわからないが、違和感なく、すっと入ってくる。
この楽章では、鈴がちょっと強い音で入っていて、メチャ焦燥感がある。
鈴の音色は、何を象徴したものなのだろう。なんか、強く鳴ると、巫女さんの振る鈴のようで、神懸かり的なのだが牧歌的な鈴の音色という盤が多いし、ほんわかした昔語り的な、童話的な雰囲気で演奏している盤もあるようだ。
まっ このアバド盤では、最終楽章は、キツイ音で、鈴がシャンシャカとなっているのが、ちょっと気になったが、丁寧というか清潔感があり、最終楽章は、これこそが天上だと思う 。
まあ。すんなり終わってしまう最終楽章の終わり方が、若い頃は、ちょっとモノ足らなくて〜  元々、4番は、あまり聴かなかったし、4番が最も聞きやすいと、マーラー初心者向けのように薦められる楽曲だ。

しかし、改めて今聴くと、マーラー特有の、ウラハラ感、滑稽な不気味さは存在していると思わされた。
でも〜 アバド盤は、美しすぎて・・・なんだか、天上が最後の到達点という感じがしないんだけど。
これで良いのかしらん。う〜ん。疑問だなあと思いつつも、うっとりと官能と隣り合わせの美意識を感じる。

アバド盤(旧録)は、個人的には、ウィーン・フィルの美音でやられるし、美しいことに変わりない。
ただ、アバドさんの美意識が前面に出ており、「ベニスに死す」の主人公エッシェン・バッハ(Gustav von Aschenbach)になりきっているワケではないだろうが、倒錯したナルシストのように、美意識が相当つぎ込まれているような気がする。

個人的には美しい演奏は、耳のご馳走だと思うし、2楽章が、結構楽しめた。
天上の世界が美しいだけに、もっと、背筋がぞーっとするような深い虚無感が、どこかで垣間見られたら面白いのだが、品行方正、マジメすぎて、美しすぎて、なんだか可愛そうなほど純だが〜 好ましい。滑稽にも感じてしまうところでもあるが、いや、美しいことは良いのだ。と単純に思う。
ハイ、大変美しく耳のご馳走でした。何度でも言っちゃう、美しいっ!

ショルティ シカゴ交響楽団 1983年
Georg Solti Chicago Symphony Orchestra
ソプラノ:キリ・テ・カナワ Kiri Te Kanawa



録音状態は良い。デジタル初期という感じで、各楽器が、結構前面に出てくるが、意外と、シャンシャンシャンっと、あっさり系でスポーティに奏でる。冒頭こそ牧歌的なのだが、尻すぼみ的。ショルティは、シカゴ響とマーラー交響曲を全集を収録しているが、この4番は、デジタル初期のもの。コンセルトヘボウとの61年録音盤もある。
1楽章
冒頭のシャンシャンシャンシャン・・・となる鈴の音色は、大変軽妙で、心地良い 雰囲気を出していて、マーラーの交響曲の出だしとは思えないぐらい、とても牧歌的な歌が始まる。
可愛いんだよねえ。この出だし。
「そそそそ・・・ そらそら そっど そらしら どっそ どっそ どっそ」 
弦のタメた 「みぃ ふぁ〜そぉ  らぁ〜 しっしぃ〜」という出だしが面白い。
タメにタメる歌いっぷりで、そこが面白い。
ガッティ盤は、メチャクチャにテンポを揺らして、気持ちが悪いのだが、このショルティ盤は、とっても安定してて、そのくせ、シャンシャンシャンシャンっと、リズムを刻みつつ、ためて、弦が、ゆーったりと歌うのである。

リタルランドをかけてくるところが、う〜ん。なんとも耽美的で、嫌みがない。
スマートな筋肉質な音で、くるりん。とまわってくる。体操の鉄棒の選手みたいに、ホント巧い。
オリンピック選手並の腕前なのである。そして、いつものシカゴ響のダイナミックな音、低弦のゴリゴリ感は健在だし、なによりも、木管のクラリネットやオーボエも、しっかり前に音が出てくる。 弦のかしげた音は、気持ちよく乗ってくる。
ヴァイオリンの高音域も、ほんとレースが掛かってくるような、糸が透るような透明度がある。

シカゴ響って、あまり弦に艶がないのだが、細めの音で、シャーッと鳴ってくる。ヴァイオリンのソロも、さっぱり系で、ちっとも色気はないのになあ。ノビが良いので、気持ちが乗りやすい。
チェロの「しぃ そぉ〜ふぁ〜 そぉふぁ〜 みれみふぁ みぃ〜れ そ〜ら そ〜ふぁ そらしど どぉ〜」
木管の音が、直接音的に入ってきて、鳴り方がたっぷりしてて良いのである。
「ふぁっ ふぁっ ふぁぁ〜 そら そら れぇ〜 どぉっしっ どっしっ そぉ〜」
う〜ん。軽妙なリズミカル感に、気持ちよく乗せられる。
全体的に、録音状態が極めて高いわけでもないし、ヌケが良いわけではない。初期のデジタル録音って感じはするが、残響もそこそこにあり、なにせ、この、シャンシャンシャンシャン・・・のリズムには、完全にやられてしまった。

2楽章
ショルティ盤の2楽章は、1楽章とうって変わって、どーも停滞してしまう。
「どれ みっみ ふぁみ〜 み〜 どれ みっみ ふぁみ〜み〜」
出だしの滑稽さが、巧く表現できてなくって、どんよりしている。
ヴァイオリンの不協和音の旋律が、モゴモゴしているというか、コミカルさに欠けているというか、リズムが整理できてないというか。う〜ん。マジメくさっててオモシロクナイのである。
ヴァイオリンのソロが、なあ。なーんか、弾むようで弾まないところが、面白い筈なのに、上滑りしちゃって〜弾まないで、反対に凹みんでくれたら、あったら面白いのに・・・。 苦笑いできるような、ほくそ笑んでしまうところが少ない。
骨密度が高くないというか、硬い弦の響きが、リズムを刻みすぎているというか、なでぇ〜 てれぇ〜ってところが少ないんですねえ。 その点、ガッティ盤は、どっか、外れてて壊れかけそうなところが面白かったのだが。

木管のパラパラパラ音は、良いんですけどねえ。
「そぉ〜みふぁっ そぉ〜ふぁみふぁっ」 牧歌的なフレーズは綺麗なのに、クラリネットも巧いんだけどなあ。
弦のタメ感が、ちょっと、几帳面なのかもしれない。
グロテスクさや、泥臭さ無く、いろんなフレーズを1本に綺麗にまとめすぎちゃって〜 個々の楽器、フレーズは綺麗なのだが、滑稽に、バラバラに、各旋律が、自立的に、いや勝手に動いている様を見せるという妙には、ちょっと欠けているかもしれない。

3楽章
アダージョは、う〜ん。この楽章は、オケの音色が勝負なので、ちょっと分が悪いかな〜と思ったが、まずまず。
ヴァイオリンの高音域が直線的に透っている。小さな針の穴を通すみたいに、かなり透明度の高い音で、絹糸のように張りつめてくる。
緩やかではあるが、この糸が張った感じが、とーっても大事だと思う。
柔らかいオケの音ではないので、ホント分が悪いのだけど、シカゴ響はピーンっと張ってくる。
天上的な響きが欲しいところで、アバド盤のように、ウィーン・フィルだったら、頭のうしろぐらいから、音が立ち上がって伸びてくるのだが〜 まあ、この点は、頭の先っぽから、すーっと、ピーンっと出てくるのだ。

その変わり、金管が、たらりぃ〜っと音を出してくる。で、低弦の響きが豊かな分、低音の響きが下支えをして、カバーしているって感じ。まろやかさは、中音域から低音域に広がり、木管の低い声が歌う。
ヴァイオリンのソロが、「しみ〜 しみ〜みっ しみ〜みっ。みぃ〜」と、か細い声で歌う。
中音域の響きから、まろやかさが、コクが出てくるのだが、その染み出るところが、ホント巧い。
マーラーのアダージョという、独特の甘み、とろみ感は少なめで端麗辛口系だが、まあ、オーボエの音の音の透りや、チェロの深い音でカバー。「れぉ〜そ れぇ〜そぉ そぉ〜れぇ〜」
しっかりした重厚さはあるし、音の量でうねりを出してくる。残響の揺れもあって、音のノビ感、タメ感は、ぐぐ〜っと底からあがってくるパワーはないし、耽美的でもないのに、そこそこに力を感じる。
また、グリッサンド風に、オチャメにまわるリズム感が巧いし、ホルンの響きは、はあ。やっぱ良いですねえ。

4楽章
厚みが少なく、キリ・テ・カナワさんの声が、幾分浮いて聞こえてしまうが〜
「みどら みぃ〜 みっふぁみ〜 みっどら みっどら〜」
「らしど どしら みふぁみ みぃ〜」
転がる木管の響きが柔らかく、オーボエの透る声と絡みあって、ソプラノの声が乗っかってくる。 魔力のような響きは薄いし、面白いコミカルさは少ない。う〜ん。どっか几帳面すぎるなあ。 フレージングは、勢い、テンポ、スピードで行っちゃう〜という感じで、柔らかさよりも、やっぱ、どこか硬い。

シャンシャンシャンシャン・・・という、恐ろしい鈴の音が、命を縮めるかのように、せき立てるように鳴ってくるし、ドンっというティンパニーと金管が、アクセントをつけているが、ガツンっと一発、かまされる感じは少ない。
ワタシ個人的には、この楽章は、カナワさんの声よりも、もう少し太めのメゾ、アルトのような声が良いんですけどねえ。もっと、ふくよかな声の方が好きだなあ。
で、ツヨメに鈴の音色が入ってきて、キツイ〜っ。と思う。
でも、意外と情緒が、これでもかぁ〜式には入ってこないし、さらっとしてて、健康的で、筋肉質なマーラーである。

総体的には、悪魔的な要素は少なく、地底からえぐるような、また天上に一気に駆け上っていくようなエネルギー感はない。そういう意味では、ドラマティックでもないし、エモーショナルでもないし。 劇的効果のある演奏ではないので、モノ足らない。 まっ 執拗な感じが無いので、マーラーが苦手という方には、さらり〜と聴けて良いかもしれませんが。
う〜ん。ワタシ的には、意外と、あっさり行かれちゃって、、あれれ〜。

ちなみに、シカゴ響との全集版は、5番・6番が70年、7番・8番が71年で、その後、80年代に飛んで、2番が80年、3番・9番が82年、1番・4番が83年の録音となっている。 年代が分かれてしまっているのは、その昔、コンセルトヘボウとロンドン響を振った時の演奏を含めて全集としていたから。 再度、80年代に、シカゴ響と録音して全集を完成させているが〜 全て80年代後半に録音しなおしてくれれば良かったんだけど。残念である。デジタルに移行していく時代だったし〜 もったない。

ハイティンク コンセルトヘボウ 1983年
Bernard Haitink  Royal Concertgebouw Orchestra
(Amsterdam Concertgebouw Orchestra)
ソプラノ:ロバータ・アレグザンダー
Roberta Alexander



録音状態は良い。じわじわ〜と、染みいる美音で、やられてしまった。コンセルトヘボウならではの美音で綴られた至極まっとうな演奏で、耳のご馳走です。
カップリング:2枚組BOX
1〜4 マーラー 交響曲第4番(1983年)
5、1〜4 マーラー 交響曲第7番(1982年)
ワタシが所有しているのは、2枚組になっているタワーレコードの独自企画盤である。

ハイティンクさんは、よく全集魔と言われる。レコード会社から、指揮者として録音を頼まれるわけだろうから、すごい信頼されている方なのだ。(きっと) 
でも、なーんか、昔っから、ウチのくにの評論家にはウケが良くなかったような〜(気がする)
で、80年代の全集は、廃盤状態になってて、タワーレコードが独自に2枚組で発売してくれたもの。
どんなサイクルで録音したのだろう〜と調べかけたのだが、ベルリン・フィルへと浮気したのか、会社の都合なのかは知らないが途中で頓挫しているし、クリスマス・マチネ・ライヴのBOXも発売されている。
結果的には、かなりのCDがあるように思えるので、録音に恵まれた指揮者なのだろうと思う。

演奏は、まあ、いたってまっとうな丁寧な演奏であり、しみじみ〜と良い録音で、コンセルトヘボウの馥郁たる穏やかな演奏が流れてくる。何度か繰り返して聴いてみたのだが、特に、どこが〜どうこう〜という特徴を捉えて感想を述べるのではなく、トータルで、音の響きがご馳走という感じの演奏だ。

なーんていうのか、シルキーな音が響いてて、うっとりしてしまう。
トータルバランスが良いというのか、文句のつけようのない響きで、やられてしまった。
何処に特徴があるのと言われても、ちょっと表現のしようのない、まっとうさ。

なめらかだし、柔らかさがあるし、適度に歌い、芯があり、木質的だし・・・。
それでいて、何をしているわけでもないんだけど、どことなく普遍性というか、永遠性というか。そんなモノを感じさせる演奏で、ふっと気がついたら引き込まれてしまっている。
美音で、芳醇で、飽きのこない質感で、空気のような存在に近いものがあって〜 はあ。シアワセなんですねえ。

もっと、鈴の音を効かして、チャカチャカ チャンチャン・・・と走っていてもいいのだろうが、派手に鳴らないのに、気がついた引き込まれてる。いっけん、地味でまっとうなんだけど、そこが良いのかなあ。
聴いたのち、熱っぽく、うぉ〜という声をあげて拍手っ! という、劇的な、熱っぽい演奏ではないんだけど、しみじみ〜 
バーンスタイン コンセルトヘボウ 1987年
Leonard Bernstein Royal Concertgebouw Orchestra
(Amsterdam Concertgebouw Orchestra)



録音状態は良い。いつものように濃厚な演奏だが、なんとなく緩いと感じてしまった。4楽章には、ソプラノではなく、ボーイ・ソプラノを起用している特異なバージョンで、ワタシには馴染めなかった。
1楽章
冒頭から、爽やかで、ふくよかな香りが漂ってくる。とっても雰囲気のあるニュアンスを含んだで、フレージングには、柔軟で、たっぷりとした膨らみ感があり、豊かな歌心がある。
シャンシャン・・・となってくる鈴の音が終わったところからの、弦の膨らませ方が絶妙で、アタマだしを、すっ〜っと力を抜いて、ふわっと音を出してくるところとか、ふっと、一息入れて、ためて出てくるところとか、相当にニクイんである。
アバド盤のウィーン・フィルも、とっても良い音色が聞こえてくるが、それに負けていない。
むふふっ。さすがにコンセルトヘボウだと思う。 で、録音状態も、まずまず良い。
柔らかい音だが、芯があり、弦の柔らかくも渋い音が、豊かに流れてくる。
木管のフレーズは、シンプルだが、テンポを妙に落として吹かれていく。
「そら しっし しっし ふぁら しっし しっし しみれ〜 どしら〜 らしど〜 しらそ〜」 
このわざとらしくテンポを落として歌わせるのは、ホント、ニクイのだ。
このテンポ設定は、あざといな〜って思うほどだが、嫌みは無い。
(って、ワタシが、この4番を聴き始めた時に、結構聴いているので、刷り込まれたのかもしれない。)
結構、テンポも充分に落として、はしょるところもあるし〜

2楽章
ワタシ的には、もっとグロテスクであって欲しいのだが、この2楽章は、サッパリ歌われる。
ヴァイオリンのフレーズは、擦れて速い。えーっ もう少し粘りがあった方が良いんだけど。
「どれ みっみ ふぁみぃ〜 どれ みっみ ふぁみぃ〜 そそそ・・・・みら そらそら〜」
「どみら そぉ〜〜 みど ら ふぁそふぁみれふぁ・・・・」
この、ソロヴァイオリンの軋んだ不協和音風のフレーズは、妙に温かみがあり、引きずった感覚が少ない。
ヴァイオリンの特徴的なフレーズよりも、この後に出てくるクラリネットの、ころころころ〜っと言うフレーズの方
が、テンポが遅く、ゆったりとしているのだ。
で、ヴァイオリンのフレーズが速く、サッパリしているのだ。う〜 どうでしょ。
ワタシ的には、このヴァイオリン命って感じの2楽章だと思うんだけど。
中間部の木管群が活躍しているところが遅いので、ワタシ的には、間が空いてしまった。

3楽章
アダージョである3楽章は、ここはバーンスタインの白眉でしょう。こってり系で、ねっちり〜と歌いあげる。
冒頭から、はぁ〜 このテンポでやるんだ。って感じで、思わず、えっ これ5番じゃーないのに。と驚いたぐらいだ。
ワタシ的には、若い時は、耽溺気味に聴いていたのだが、年齢を重ねると、レニーさんの、ぐぐっと入りこんだ演奏が、時に辛くなることがある。

本日、まっ 4番だから良いか〜っと聴き始めたのだが、あっ シマッタ。という感じだ。(苦笑)
ぐぐーっとテンポを遅めにとって、緊張感を適度に保ちながら、とろり、とろり〜と進むのだが、う〜ん。
のめり込んで聴きづらい時には、やっぱツライかなあ。気分が乗っていない時に聴くと、ホント、停滞しているように感じる。4番で、この遅さだとしたら、5番のアダージョは、どうなっているんだろ。と、ちょっと引いてしまったが・・・。
でも、柔らかい音質なので、ふんわりした感覚があり、天上的である。
ふわっとしているのだが、糸を引いたように、すーっと音が立って行くわけではないので、ちょっと、緩さが感じられてしまう。
音の広がり感が、イマイチなのかもしれないし、ワタシの今の気分が乗らないからかもしれないのだが〜
でも、やっぱ、遅いよなあ。 中間部のヴァイオリン・ソロは、哀愁感たっぷりで、泣きに聞こえて、ぐっと引きずられてしまうが、総体的には、平和すぎて〜 緩さを感じてしまった。
3楽章のグロテスクさの後に来る楽章だから、もっと、前楽章が、シビアに、えぐるような世界観だったら、もっと、メリハリがあっただろうに〜 まあ、その点残念だと思う。

4楽章
この最終楽章は、驚きのボーイ・ソプラノで歌われる。
最初は、違和感がないのだが、聞き進むと、へっ? いつもの音と違うやん。
テンポが揺れるしっ、なんでー ここで飛ぶのぉ? と、変にイチャモンをつけたくなってしまって、ボーイ・ソプラノである必然性を感じないし、ワタシ的には、違和感が出てくる。
金管のぶーわ〜 ぶわ〜っという響きは面白いが、声楽部分では、やっぱ、音が、天上的にすーっと抜けていかない。
シャンシャンシャンの部分は速いのだが、ストンっとテンポが落ちて、声楽部に入ると、とろん〜と急になっているし、そうかと思ったら、いきなりテンポは速くなるし。

う〜ん、この安定のないテンポの揺れには、やっぱついていけない。
急に、大きな音になったり〜 なーんか不自然な感じが否めない。ふむっ。個人の好き嫌いで言うのもなんだけど、4番は、そんなに、いじくらなくても、、、
ボーイ・ソプラノの声自体は、聴けると思う。
全く全否定するワケではない。声も良く通っているし、綺麗だと思うのだが、ワタシ的には、女性の声で、ふわっと乗せてくれる方が、生理的な安定感、安心感が得られて良いのデワと思う。
この演奏では、う〜ん。最後フェードアウトしていくのだが、すーっと上に昇っていく感じがしないし、不安定な感じがしてしまう。最後の終わり方が、なんか中途半端で、生臭いし、後味がすごく悪く、キモイ。

シノーポリ フィルハーモニア管弦楽団 1991年
Giuseppe Sinopoli 
Philharmonia Orchestra of London
ソプラノ:エディタ・グルベローヴァ Edita Gruberová

むむっ〜

録音状態はまずまずだが、密度の薄い演奏に聞こえてくる。ラストのみ表現したいことがわかったような気がするのだが、あとが〜中途半端というか。よくわからない。
99年 シュターツカペレ・ドレスデンとのライブ盤もある
第1楽章
冒頭のテンポが速く、シャンシャンシャンシャン・・・  前につんのめりそうになって始まるのだが、驚かせておいて、すぐにテンポは戻っていく。あの冒頭のテンポは誤りだったのだろうか? 
確か、ラトル盤も速くて、気持ち悪くなったのだが、シノーポリ盤では、「れみふぁ〜そぉ〜しっしぃ〜」というフレーズで、テンポを落としており、むち打ちになるような気持ちの悪さはない。
スコアに、このような指示があるのかもしれない。

さて、録音状態は良いのだが、音が薄いというか〜 音がやせているわけではないだろうに、線が細いなぁと感じてしまった。それぞれのパーツの分離が良すぎて、層になって重なった感じがしない。
低音域の厚みが少ないというか、溶け合って聞こえてこないのだ。左右に大きく広がっているが、奥行きが平板な感じがして、音が立ち上がってこず、中央部分が抜けている感じがする。
まあ、アコーギクなところは、極端にゆったり、テンポを落として歌いあげる。
身振り手振りの大きな演奏で、遅いところは、とろとろに甘く〜 劇的に仕上げてくるので、わかりやすいと言えば、めちゃわかりやすいのだが、ちょっと、シツコイなあ。と、苦笑いしたくなる面も持ち合わせている。

2楽章
「どれみっみ ふぁみ〜 どれみっみ ふぁみ〜」
「どみら〜そ〜みそ ふぁそ ふぁみれふぁ れどれ ふぁみれ〜 みれみふぁ・・・」
ホルンや木管の奏でるなか、ヴァイオリンが、滑稽なフレーズで入ってくるという、独特な楽章だが、イマイチ、毒づいておらず、コミカルで、アイロニーのような風合いは薄い。
もっとアクの強い演奏で迫ってくるのかと思ったのに、意外と淡泊に演奏されてしまって、ちょっとがっかり。
アクセント、拍の感覚が少ないため、グロテスクさが感じられず、もっとアクの強さ、メリハリ、何を表現したいのか。もっと言って欲しいかなあ。表現したいことが、イマイチわからない。

弦楽器よりも、金管の方が目立つ場面や、木管のフレーズの方が、バランスが大きい場面もあって、マイクの位置が、その都度変わっているかのような、居心地の悪さがあって、オケ全体のまとまり感が少ない。
指揮者のコントールが効いているのか、録音の状態なのか、ちょっと疑問に思ってしまった。
まるで、先生が目の前にいるのに、教室で、生徒が、口々にペチャペチャと喋っているような、あちらこちらに向かって喋っているような、バラバラ感というか。う〜ん。それが狙いなのかしらん。
各楽器が、持ち回り主人公を演じているのかなあ。いやいや、そんな筈ないですよねえ。
木管の響きが大きくて、ヴァイオリンのピチカートだけが、異様に大きい音の場面があって、恣意的に音量を調節しているのかしらん。と、ついつい勘ぐってしまったのでした。

3楽章
この楽章のとろみ感は、シノーポリには、十八番、うってつけなのだろうか。
丁寧に奏でられており、歌っているのがわかるのだが、艶のあるウィーン・フィルでもないし、奥行きのある馥郁たる音色でもなく、う〜ん、霞のかかったような音質で、決して美音ではないのだ。
そこが、ちょっと悲しいかもしれない。
ヴァイオリンの超高音が続く場面も、綺麗な糸を引いてくれないし〜 
緊張感のあるツーンっと絹糸のような音が出てこない。
甘美さか、キワキワの怖くて甘い怠惰な甘さ、倦怠感、退廃的な匂いやシニカルな笑いを浮かべた、裏腹の美意識なんぞの毒は、あまり感じず、意外と健康的というか。健全で・・・。
1楽章のあの身振り手振りの大きさは、影を潜めている。ハープの鈍い響き、余韻の広がり感が少なく、平板な響きのためか、まったりした風合いというのか、まろやかさ、コクが少なく・・・。金管の「たらりぃ〜 たらりぃ〜」と、足を引きずったような音が鳴っても、う〜ん、もの足らない。ヴァイオリンをはじめとして、各楽器の絡み方が、どこか薄いというか、巧くないというか役不足というか。
最後だけ、ティンパニーが入ってきて盛り上げられてもねえ〜 淡泊すぎて、つまらん。

4楽章
ハープの鈍い響きで、割れているような、ぼけた感じで音の像が出てこない。
木管の響きも悪いし、ワタシの持っているCDが悪いのかなあ。
で、ソプラノが入ってくる。
ひとしきり歌うと、1楽章と同じ鈴が鳴ってくる。シャンシャンシャン・・・が、またまた、超スピードでやってくるのだが、この鈴の音と木管の音だけが、耳元で鳴らされているかのように異様に大きい。
やっぱり、マイク設定が、ワタシには変に聞こえてきて仕方ない。
ただ、前につんのめってくる鈴のテンポは気になるが、総体的にはグロテスクさは少ないものの、声の粘りはある。
二面性のある女って感じで、怖い顔が見え隠れてしてて、やばそぉ〜
なんだか、やばくなって来たぞ〜 なんだか、食われそうな感じがしてくる〜 と、段々に気味悪くなってくる。
もしかしたら、別世界につれていかれそうな、やばそうな〜感じがするぞぉ〜 やっぱ悪魔的〜(笑)

テンポが前につんのめったり、ゆったり、弱音で唸るようなところと、弱音の揺れる音、ハイ、地獄落ち〜という足元のやばそうな、最後、ボン ボン ボン・・・と続く、どふぁらどぉ〜 どふぁらどぉ〜 歩みの音が去って行く。
この最後のフレーズが、シノーポリさんの言いたかった、表現したかったことなのかな〜と思います。
身振り手振りの大きな演奏で、遅いところは、とろとろに甘く〜 劇的に仕上げてくるので、わかりやすいと言えば、めちゃわかりやすいと感じたのは、1楽章のみで、あとは、なりを潜めてしまった感じがする。
最終楽章は、去って行く感じがして、ワタシ的には落ちていく感覚の方が強いと思う。
そこがねえ〜 意見が分かれるというか、違和感を覚えるかもしれない。

デ・ワールト オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団 1993年
Edo de Waart Radio Filharmonisch Orkest
(Netherlands Radio Philharmonic Orchestra)
ソプラノ:シャルロッテ・マルジョーノ Charlotte Margiono

ばっちグー!

録音状態はとても良い。ホール感があり豊かに響く。ふくよかで、ふんわり穏やかさが前面に出ている。何かに、こだわってアプローチした演奏ではなく、素直に、素材を活かして造り上げました〜というような演奏だと思う。
1楽章
「そそそそ そそそそ そらそら どっそ どっそぉ どっそぉ〜」
「どっそ どっそぉ どっそぉ〜 れぇ〜みふぁ〜 そぉ〜しっしぃ〜」
特に、弦に艶があるわけでもないのだが、これがライブ盤かしらんというような奥行きのある、ふくよかな演奏なのだ。
コンセルトヘボウならではの音質というか、馥郁たる芳しい響きが充満してくる。

もう少し低弦が欲しいな〜と思う場面もあるが、木管の可愛らしい響きとか、間合いとか、ゆったりしてて気持ちが良い。
聴いてて、あくどくないし、素直なフレージングで、すとんっと胸に納まってくるのだ。
まあ、4番の1楽章なんて、さほど深読みすることのない楽章だとは思うけれど・・・ 
デ・ワールト盤は、いたって普通。いたってテンポも普通で、急ブレーキもなく急発進もなく、奇抜なこともせず進んで行く。
音の情報量も多く、結構多彩な音が詰まっている。

ティンパニーの小さな音やコントラバスの囁きも、綺麗に収まっていて、ホントに気持ち良く聴かせていただけちゃうのだ。
特に、フルートの「ふぁふぁふぁ〜〜 そ〜ふぁ そ〜ふぁ れぇ〜 ど〜し ど〜し ふぁ〜〜」も、すーっと透っていくし、クラリネットの軽やかな音、ホルンの柔らかい響きも・・・ 
アクの強い、強烈な吹き方をしておらず、なにか警告を発するようなアプローチではない。
なだらかな旋律で、ーん ーん たぁ〜ん。というようなアクセントの強さはない。
「たーん たーん たーん  らぁ〜そ らぁ〜そ み〜  そ  らぁ〜そ らぁ〜そ み〜」のフレーズなんかでは、やたらアクセントが強くて、聴いて疲れる盤もあるが、辛くなってくるような、劇的に鳴らしてくる演奏ではない。
演出過剰なほどのタメもないし、素直に聴けるかもしれないんだけど、疲れない。
なんてシアワセなんだ〜という感じで、全面にシアワセ感を押し出し、シルキーな美音に包まれるアバド盤には、負けちゃうが、デ・ワールト盤も、なかなかにリズミカルで、されど、ゆったりとしたテンポで、よい響きを持続させて演奏していく。
馥郁たる春に聴くには、のびやかで〜 素直で〜 
とっても素敵な演奏だと思う。 あ〜シアワセ。

2楽章
「どれみっ みぃ〜ふぁみ〜 どれみっ みぃ〜ふぁみ〜 」
「どみら〜 そぉ〜 みそ ふぁそふぁみれふぁ れどれ ふぁみれ〜 みれみふぁ どみら〜 そぉ〜 みそ・・・」
ホルンや木管の奏でるなか、ヴァイオリンが、滑稽なフレーズで入ってくるという独特な楽章だ。
デ・ワールト盤は、特に、コミカルでもないし、皮肉っぽく演出されているわけでもない。
ニヒルだとか、ひんやりした感覚でもなく、だって、ヴァイオリンの旋律が、不協和音の塊みたいだし、蝶番のはずれた化け物が、ギクシャク歩いているというか、踊っているさまを思い浮かべるような、旋律じゃーないのである。
いたって健康そのモノなのだ。
多面的、複合的、マーラーの持っている二面性、悲痛な叫びは、期待できない。

が、なーんていうのか、牧歌的で、明るいクラリネットの音質など、木管の明るさに和むというか。お天気の良い休日の午後に、4番を聴いている分には、問題ないというか、居心地の良さ、安定感というか〜
緊張感のある緩い演奏にはなっていないが、ぴーんっと張り詰めた感がなく、余裕がある。
木管の響き、ソロの持ち回り的なフレーズも、きちんと丁寧だし、とっても、まとまりが良く、ホント、ゆったりと、ふくふくしい香りの立っている世界で、新緑シーズンに聴くには、ホント最高っ、もってこいという演奏だと思う。

3楽章
「しぃ〜 どぉ〜 れぇ〜 みぃ〜れ  ふぁ〜そら そらし そらし れ〜ど れみふぁ み〜 しどれ」
「どぉ〜 れぇ〜 み〜 ふぁみれ み〜 ふぁそら そふぁ・・・」 
超耽美ではなく、そこそこ、ゆったりとした、適度な膨らみ感をもった演奏で、素朴といえば素朴。
気怠さいっぱいの甘美さとか、官能の世界とは無縁だし、持続音も、確かに綺麗ではあるが、超綺麗とは言えない。
でもね、極上の絹とは言えないまでも、テカテカした感がないだけで、ふわっとした重量のある安心感があり、極上です。
特に。木管の音質の豊かさ、中音域の響きのよさ、音質感の良さ、硬めの木質感が感じられ、すこぶる気持ちが良いのです。ティンパニーのひ響きもまろやかだし、ピチカートも柔らかいホールのなかでの響きが、あーっ たまりません。
なんとも言えない、気持ちの良い温泉につかっているかのような気分に。
ゆったり豊かな響きで満たされる。
最後のティンパニーの響きも、独特で、雷のような割れたような響きがあるのだが、それが硬くなく、広がる様が目に見えるような感じだ。なんて贅沢なんだ〜 耳のご馳走〜シアワセ。

4楽章
「みどら みぃ〜(どら) みぃ〜(どら) みぃ〜(どら) どぉ しらし み〜」
「らぁ〜 しどら れぇ〜」
「そぉ〜れし どら〜れし みぃ〜ど ふぁみ どみぃ〜 らぁ〜」
転がる木管の響きが柔らかく、太めのオーボエのパラン〜と転がる回転の感じが、とっても可愛い。
そこに、明るく元気な透る声が絡んでくる。

出だしのリズム感も絶妙で、付点の転がり方が、気持ち良いものだ。
シャンシャンシャン・・・鈴は、開放的でテンポアップして走り出す。音にシャキシャキ感がある。緊張感が生まれているのだが、焦燥感はなく、げに恐ろしき〜という鈴としては鳴っていない。
木管の付点リズムが面白く、とても個性的で、ぽろん ぽろん という3拍子感覚 
どふぁら どぉ〜 どふぁら どぉ〜 という、後ろの音の重さ、長さが、絶妙で、幾分ながめで重きを置かれている。
うねりが、自然と、うふわーっと生まれてきてて、広がりが感じられるのだ。
たらん〜 たらん〜 たらん〜 それが、時間の永遠さを、感覚として感じさせちゃうところが、すごい。と思う。
これ、ホント。ライブですよねぇ・・・ 信じられない。

ラトル バーミンガム市交響楽団 1997年
Simon Rattle City of Birmingham Symphony Orchestra
ソプラノ:アマンダ・ルークロフト Amanda Roocroft

さっぱりワカラン


録音状態はまずまず。かさかさ系の抜けきらない音だが、それより、冒頭のテンポに、まず、むち打ち状態にされる。 なーんかフレージングが尻切れトンボみたいで乗り切れない。い。い。い。い。い。
1楽章
冒頭の出だしが超遅い。
「そ そ そ そ そ そらそら そっそ そっ〜・・・」 「れみふぁ〜」と、ふわっと奏でたあとは、速い。
へっ? こんな遅い出だしの演奏って、他にあったっけ。
なんて遅いんだ〜と思わせて、いきなりアクセルを踏み込まれたので、急激な変化に対応できず、とっても気持ちが悪くなって、冒頭から、むち打ち状態になってしまう。
ラトル盤の4番、この最初の楽章については、テンポの設定が、よくわからない。

チェロを主体とした旋律は、美しく、ゆったりと奏でられていくので、満足なのだが、この弦のゆったりと奏でる主題とは打って変わって、鈴が入ってくると、超せわしない演奏に変わってしまう。
まるで、なにかに取り憑かれたような感じだ。 鈴の音色が、何か象徴するモノとして考えているのか、牧歌的なフレーズで、歌っているかと思っているうちに、悪魔の囁きが聞こえたのか、突然、狂気が顔を出して、行動が変わる。
う〜ん。変なモノに取り憑かれて変貌するのだ。

全体的に、かなりテンポが変わるし、ゆったりかな〜っと思って聴いていると、急激にテンポアップされる。
で、そのテンポに慣れてきたところで、急激にブレーキが踏まれて、おそっ。と叫びたくなるような・・・
急激な変化の繰り返しで、かなり聞きづらい。
恣意的に変えているのだろうが、焦燥感に取り憑かれ、言い方は悪いが、イラッとしてしまって、聴いているうちに憔悴してくる。 クールな演奏なら、もっと、一律クールに、さっぱり演奏して欲しいよぉ〜
べたに演奏するなら、もっと、全体的に、ゆったり綺麗に演奏して欲しいよぉ〜
ハイ、ワタシは、はぐらかされてしまって〜 しんどい演奏でした。とてもとても、平和的、牧歌的とは言いがたい演奏で、心理的なバランスがとりづらい。この天の邪鬼な演奏は〜 
うっ 聴いているうちに、胸が悪くなってしまう。ホント、気分が悪い。

2楽章
悪魔のような死に神ヴァイオリンの音色は、気持ち悪い。
前楽章では、テンポについていけず気分が悪くなってしまったのだが、今度は、爪をたてて黒板を、キーっとひっかいたような音色になっており、ひーっ。気持ち悪い。って感じである。
まあ、ヴァイオリンの音色には、特徴があるというか、語尾を強調して、きぃ〜っと、めちゃ目立って伸ばしている。
でも、このヴァイオリンの主題だけが、目立つというわけではなく、なーんか、中途半端で、総体的な色使いが見えてこない。バックのフレーズと、一体感がないというか、バックの旋律が細々と描かれているので、焦点がぼやけるというか。
みんな描ききってしまって、ヴァイオリン自体の存在感が、目立たないというか、なーんか、凹凸が出てこないというか、埋もれてしまって、もったいないような気がする。
えー こんなに4番って、複雑だっけ。シンプルなはずだった楽曲が、いろんなモノが見えすぎてきて〜 目移りするって感じのまま、聞き終えてしまった。
言いたいことを、各楽器が言い始めると、混乱しちゃうような感じなんですけどねえ。
おどけたフレーズ主体に演奏してもらった方が、わかりやすいのだが、ちょっと、背景まで書き込んでしまって、主体が見えなくなってしまった感じでしょうか。
う〜ん。もしかしたら、ラトルさんの実験的な演奏なんでしょうか。
あー なーんか、わからなくなって・・・聞いているうちに、ワタシの頭のなかは、ちょっと混乱してしまった。

3楽章
前2楽章が、心穏やかには聞けなかった分、このアダージョ楽章に期待したのだが〜
テンポが、遅めで、ゆーったりと流れてくる。しかし、、、う〜ん。厚みがないというか、これぐらいの遅いテンポでするなら、王少し、しっかりと厚みを持たせて、大きく歌っていただかないと、気持ちが持たないんですよね。
薄いっ。音が薄くて、なーんか中途半端で、清楚な響きが醸し出されてはいるのだが、推進力が落ちちゃっている。
あの前2楽章は、なんだったんだぁ〜
かすれ気味の録音状態も、マイナスなんでしょうが、優美ではないし、ゆったりとは描かれているのだが、気持ちが入ってないというか、情感が動かないのである。ひとことで言っちゃうと、盛り上がらない。
最後の語尾が中途半端というか、もっと、厚みを持って膨らませていって欲しいのに、盛り上がらないのだ。
フレージングのノビが足らないというか。う〜ん。息が持たないって感じで、音が最後で落ちるって感じ。

4楽章
ソプラノの歌唱力は、あまりわからないが、好ましい。
ただ、バックの音に厚みがなく、あまり響かない。なんか、音が、パサパサしてて〜 鈴の音色が、やたら目立つんですけど、どーしてでしょ。
さっぱりした音の響きに、伸びやかなソプラノの声が、乗っかっていくんだけど、パサパサしたピザ生地に、クリーミーなチーズを乗せてみても、なんか整合性が感じられない感じで、何か変?て感じの食感である。

音のベースとなるハーモニーに厚みがなくて、気持ちだけが、上滑りして、せわしなく旋律が、走って行ってしまった感じがする。なーんか、ものすごい、気持ち悪さが残るのだ。う〜ん、かなり違和感が残る。
焦燥感だけが、ずーっと煽られて、めちゃ不安定な楽曲って感じで、終わってしまうし、もっと、オケの方に重心が残ってないと、バランスが悪い。
もっとオケが雄弁に語って、ひっぱってくれないと、何が語りたいのか、さっぱり?
居住まいの気持ち悪さだけが、座り心地の悪さが、露見してしまったようで・・・なんかばつの悪い終わり方である。
総体的には、かなりイマイチ。なーんか、テンポも変だし、フレージングにも、ノビがないし、変な演奏で、違和感しか残らなかった。ごめんなさい。

ガッティ ロイヤル・フィル 1999年
Daniele Gatti Royal Philharmonic Orchestra
ソプラノ ルート・ツィーザク Ruth Ziesak

断固抗議!

テンポをいじくりまわしており、急ブレーキ、急発進もあって、イラっとさせられるのだが、3楽章には耽溺してしまう。最終楽章は戦慄が待っている。恐ろし〜っ。
すごい構成力である。カップリング:若い日の歌より(オーケストラ伴奏) 
1楽章
冒頭のシャンシャンシャンシャン・・・となる鈴の音色は心地良いし、流麗さを感じさせる。
適度に歌っているし、いたって普通って言っちゃ〜悪いが、他の盤と、さほど変わってないやん。と思った。
でも〜 そのうちに違うんだよなあ。
さすがガッティさん、なにかやかしてくれるだろうと思っていたら、そのうち、テンポが急激に変わる。
つっけんどんな木管の冷た〜い音で、「らっれ〜 しらそっれっ そっそれっれ し〜そっれ ど〜しら し〜らそ らそふぁみ〜」 「らっれ〜し らっれ〜し られしらそふぁみれど〜」と駆け下りてくる。
はぁっ? 普通、ここでテンポを急に変えるかあ〜 
いつもなら、ここは軽やかに下りてくる旋律だろうに、違うだろっ。
で、続いて、たっぷり歌うのだ。くっ・・・これじゃー タメすぎだろうが〜。

ってな具合で、通常タメないところで、ぐぐっとためて、さらり〜っとかわすところで、急激にテンポをいじる。へんてこなヤツなのだ。ギアチェンジが普通の指揮者と違う。 段々とテンポをあげていくところで、アクセルをぐいっと踏み込んで急発進するし、急ブレーキ、急発進ってな具合で、鞭打ちになりそうなのだ。
マーラー4番って、普通なら、この1楽章は、天国的雰囲気を持つところなのだが、雲のうえから、落っこちちゃうんじゃーないかと思うほど、危なっかしく、落ち着かない。 落ち着かないどころか、イライラさせられて〜 焦燥感を煽られ、ぎーっ。と髪の毛が逆立ってしまう。 なにせ、。
木管が忙しいし、せわしなく、荒っぽいぐらいに吹かれている。お転婆娘が、じゃじゃ馬が、暴れ馬のごとく走り回っているぜ。こりゃ。 金管も、相当に荒くたい。「らっ そそそそ〜 らっ そそそ〜」「そっそ そ〜ふぁ みれどれ そ〜」
「らそ そそそ らそ そそそ〜 そっそそ〜」 
一番笑えたのは、この気が狂ったかのようなフルートの音色と、「シャシャシャシャ・・・」と鳴る鐘の音。
まるで、空き缶を振っているかのような音色で、爆笑じゃ。
なんじゃーこりゃ! 涙目になって笑えてしまうほど、大笑いっ。
これじゃ、腹が立つより笑えてしまうっ。ティンパニーの打ち込みと言い、茶番じゃよ。
で、また大声で、恥ずかしくもなく歌うんだから。思いっきり、たっぷり歌いやがって、なんじゃーこりゃ。
お下品なマーラーで、アイロニーというより滑稽すぎて〜 ホント、これマジメにやってるの? ひぃ〜。

2楽章
「どれみっみ ふぁみ〜 どれみっみ ふぁみ〜」
「どみら〜そ〜みそ ふぁそ ふぁみれふぁ れどれふぁみれ〜 みれみふぁ・・・」
この冒頭のヴァイオリンのフレーズは、滑稽で、じけっとした雰囲気が出ており、ヴァイオリンの語尾を、異様に、のばすところは、メチャ面白い。
チョウツガイが外れたような骸骨のような歌い方は、面白いし、テンポをいじっているところは、この楽章では、好感が持てる。 もっとクールなヴァイオリンの音色だったら、ホントは良いのだが、暖かく艶っぽく、色っぽさが変におもしろかったりして、これは個性かな。
ホルンも語尾を、ぶい〜っとのばしたりして、いじくっているところは、この楽章としては面白い。中間部分は、間延びした感じが、かったるく感じられるが、このかったるさが好ましいし、この楽章の異様感は、私的には拍手しちゃう。
バラバラになっているような木管、低音の響き、金管の間抜けた響き、調和が取れていないところが、面白いのかもしれない。コミカルで、オチャラケ風。もっと不気味さがあっても良いぐらい。
天上のような1楽章が、けったいな感じだったのだから、この2楽章は、もっと期待していたのに〜
もっと変態でも、地獄の絵図のように、過激でも良いし、変な間の取り方で、度肝を抜いてもらっても良かったかもしれないぐらい。 最後の部分の弦のピチカートって、すげーっ。ピッシっと跳ねてて、なんとも面白い。

3楽章
弱音で、ゆったりとしたテンポで奏でられており、メチャ耽美である。
聞き取れないほどの弱音で〜 ここまで落とさなくても・・・。
ホルンが入ってきたところぐらいから、音量はあがるが、弦の透き通った「れーーーーーーー」の長いフレーズを、これでもか〜というほど伸ばしている。
で、脱力感あふれる、弦の「ふぁ〜 そらどふぁそらど そふぁ〜し そふぁ〜らぁ〜それふぁ〜」
うわ〜っ。これは良い。気怠さいっぱいの甘美さ。弦の歌い方や感情移入は、たっぷり気味で、これぐらいしてもらうと有頂天になってしまう。ヴァイオリンソロが、また巧い。
独特のポルタメント 違う音に移る際のタメ感が、背筋を触られて、ひぃ〜っ 快感っ!と言いたくなるほどの心地よさ。かなり悪魔的で、不健康なんですけどね。

でも、エロティックさとは、ちょいと違うような。官能的という感覚じゃないけど、嫌みっぽく、でも、ふふふっ。と笑えてしまう。低弦の響きは、まろやかに良く響いているし、この低音の響きは好きだなあ。
ヴァイオリンをキツメに弾かせているところと、ゆったり豊穣感たっぷり歌わせているところと、結構メリハリがついてて、同じオケとは思えないほどの音色を出してくる。これ驚き。
で、最終コーナーにさしかかるところでは、メチャテンポが速くなって畳みかけ、また、ホルンが吹かれて、天上に昇る感覚になる。これこそ上昇指向を感じさせ、弦の美しさを堪能できるだろう。 巧いじゃん。ここのホルンっ。
マーラー特有の息のながーいフレーズを、よく緊張したまま持って行けるなあ。と感心した。
「どぉ〜 らっら〜」 ビブラートが掛かっているかのような奥の弦の動きも良く聞こえるし。
「ドンっ」と響く大太鼓も、ティンパニーも、まあよく響いているし、「どらふぁ どぉ〜 どぉ〜」
「れっど れっど ら〜 れっど れっど ら〜」 ハイ、かなり迫力ある、まろやかな響きのトゥッティです。 
ハープの音色もゆたかに響くし、柔らかいっ。

4楽章
フルートのアルト的な響きに、ころり〜っと逝ってしまう。
このオケのフルートって悪魔的だ。1楽章では、ピーヒャラ、チビマルコ風情だったのに、4楽章じゃ、天上の世界を描いてくる。これには驚かされる。嘘みたいっ。
また、低音部分では、普段聴かないような音が伴奏になってて、層が厚い。
フルートの旋律が、東洋的に響き、魔力にかかってしまったかのようなった。へえ〜 こんなフレーズだったのかと思わされる。魔法を掛けられているみたいだなあ。
しかし、シャンシャンシャンシャン・・・ この鈴なんとかなりませんかねえ。
恐ろしいっ。これが鳴ると、地獄行きなのである。地獄に突き落とされるような音色で、心臓に悪い。
1楽章と4楽章は対になっているかのようで、ガッティ盤での鈴は、悪魔テーマとして扱われている。
焦燥感に煽られ、崖から突き落とされる。
その後、すかさず、天上が表れ、救われるのだが〜 しかし、不気味極まりない。いや不気味というより恐怖でしょう。戦慄させられる。

恐ろしい甲高いフルートの音が、そして鈴が、地獄の釜が開いたことを告げる。
「そらそら そっど そらそら そっど そらしらそっふぁ〜 みふぁそふぁみっれ〜・・・」
こんな速い、このフレーズを聴いたことがない。 
あ〜 メチャ疲れる演奏で、心臓に突き刺さる。怖いっ。
マーラーの4番って、深い。これは、マーラー初心者向けの交響曲じゃーないよ。と言いたい。
誰じゃー これ初心者向けって吹聴した人は・・・。とってもじゃーないが、ガッティ盤は、心臓に悪い。

ガッティ盤は、これは普通の方が聴いたら怒り出すぐらいの、ハチャメチャぶりで、これは、やりすぎでしょう。って思う。しかし、両極端の世界をリアルに描き出した演奏で、う〜ん。すげっ!とも思う。
極端で個性的。それに楽章だけでなく、その楽章のなかで、入れ替わり立ち替わり、両極端の世界を描き出してて、う〜ん。これはある意味、極端だけど、妙に納得させられる部分もあり。
但し、深遠さがあるかどうかは、う〜ん。どうかワカラン。
まっ、1楽章では、かなり頭に来ちゃうし、テンポの急激な変化についていけないのだが、これを我慢して乗り換えると、2楽章では、ひ〜っと思う骸骨ヴァイオリンにやられ、3楽章では桃源郷のような天上世界が待っているという世界が、劇的に構成されている。 3楽章では、どっぷり〜 ハマル。ホントにハマル。

が、ハマッタと思ったら、恐怖の戦慄で叩きのめされ、あげくに、ぽいっ。と放り出されて終わる。 恐るべし、ガッティ。こりゃ〜やられたっ。 しかし、あまり繰り返して聴きたくない。心臓に悪いっ。 行き着くところまで、行き着いちゃったか・・・。そういう意味で★5つ。
まあ。これ、マハラジャの国(インド)に行ったかのような気分になりますねえ。ちょっと、しばらく〜封印しておこうっ。 いや、封印しておかなければ・・・。にひひ〜っ。ひぃ〜っ。マーラーの4番で、これですか。う〜っ。
おそろしきパンドラの箱のような演奏である。

1968年 クーベリック バイエルン放送交響楽団  
1977年 アバド ウィーン・フィル ★★★★★
1982年 テンシュテット ロンドン交響楽団 EMI  
1983年 ショルティ シカゴ交響楽団 Dec ★★★
1983年 ハイティンク コンセルトヘボウ Ph ★★★★★
1983年 マゼール ウィーン・フィル SC
1985年 インバル フランクフルト放送交響楽団 De
1987年 小澤征爾 ボストン交響楽団 Ph  
1987年 バーンスタイン コンセルトヘボウ ★★★
1987年 ベルティーニ ケルン放送交響楽団 EMI
1991年 シノーポリ フィルハーモニア管弦楽団 ★★
1993年 デ・ワールト オランダ放送交響楽団 ★★★★
1997年 ラトル バーミンガム市交響楽団 EMI ★★
1998年 ブーレーズ クリーヴランド管弦楽団
1999年 ガッティ ロイヤル・フィル ★★★★★
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