「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

マーラー 交響曲第5番
Mahler: Symphony No.5


マーラーの交響曲第5番(嬰ハ短調)は、1902年に作曲されています。
ウィキペディア(Wikipedia)を元に記述すると、マーラーの作曲活動の中期を代表する作品で、マーラーは1860年生まれなので、40歳過ぎに作曲されたもので、約70分という5楽章から構成された長大な交響曲です。

1楽章
葬送行進曲 嬰ハ短調 2/2拍子 2つの中間部を持つABACAの形式(小ロンド形式)
最後のAは断片的で、主旋律が明確に回帰しないため、これをコーダと見て、ABAC+コーダとする見方もあります。
トランペットの不吉なファンファーレが、重々しい葬送行進曲の開始を告げ、主要主題は弦楽器で、付点リズムが特徴です。この主題は繰り返されるたびに変奏され、一つの旋律が異なる楽器に受け継がれて音色変化します。
葬送行進曲の曲想は、「少年の魔法の角笛」が、終わり近くには、「亡き子をしのぶ歌」の引用があります。

2楽章 イ短調 2/2拍子 ソナタ形式
短い序奏につづいて、ヴァイオリンが激しい動きで第1主題が現れ、続いてうねるように進み、チェロがヘ短調で第2主題を奏でます。この旋律は第1楽章、第2の中間部の動機に基づいたもの。展開部では、第1主題が現れるものの、すぐに静まり、 ティンパニの弱いトリルのうえに、チェロが途切れがちの音型を奏するうちに第2主題に繋がります。
明るい行進曲調になるが、第1主題が戻ってきて再現部が、すぐに第2主題が、そして悲壮さを増し、引きずるような頂点となります。終わりには、金管の輝かしいコラールがニ長調で現れるが、束の間の幻のように消え去ります。

3楽章 スケルツォ ニ長調 3/4拍子、自由なソナタ形式
楽しげな楽想で、4本のホルンの信号音の導入に促されて、木管が第1主題が現れ、変奏されながら発展した後、レントラー風の旋律を持つ第2主題(第1トリオ)が、ヴァイオリンで提示されます。すぐに第1主題が回帰し、展開的な楽想になり、長い第3主題部(第2トリオ)へ入ります。展開部は短く、骨の鳴るような音を出すなど効果的に主題を扱います。第1主題の再現後、第2主題、第3主題が混ざり合わさって劇的に展開します。コーダは華やかなもので最後にホルンの信号音が出て曲を閉めるもので、全曲の構成は、この長大なスケルツォ楽章を中心として各楽章が対称的に配置されています。

4楽章 アダージェット ヘ長調 4/4拍子、三部形式
ハープと弦楽器のみで演奏され、静謐感に満ちた美しい楽章です。「亡き子をしのぶ歌」第2曲、「リュッケルトの詩による5つの歌曲」の第3曲が関連しています。ヴィスコンティ監督の映画「ベニスに死す」で使われたことで有名です。

5楽章 ロンド - フィナーレ ニ長調 2/2拍子。自由なソナタ形式。
ホルン、ファゴット、クラリネットが牧歌的に掛け合い、ファゴットは、「少年の魔法の角笛」の一曲「高邁なる知性への賛美」からの引用です。
短い序奏が終わると、ホルンによる下降音型の第1主題、低弦によるせわしない第2主題が現れ、対位旋律が組み合わされて次第に華々しくフーガ的に展開するもの。第1主題が戻り、提示部が変奏的に反復され、第2主題も現れ、すぐ後に、 4楽章の中間主題がコデッタが、軽快に舞うように現れます。続いて展開部に入り、フーガ的楽想が展開されます。コデッタ主題が現れ、次第に力を増してクライマックスの後、再現部となり、第1主題、第2主題、コデッタ主題も再現され、 展開部最後に現れたクライマックスとなって、壮大なコーダに入ります。
第2楽章で消えた金管のコラールが、再現され、最後は速度を上げて華々しく終わるもの。

マーラーの交響曲のなかでも、人気の高い楽曲で、特に4楽章のアダージョは、儚い夢のように甘美なことで有名です。

  ハイティンク コンセルトヘボウ 1970年
Bernard Haitink Royal Concertgebouw Orchestra
(Amsterdam Concertgebouw Orchestra)

昇天しちゃいました

録音状態は良く、とても70年とは思えない。最初の楽章は表情が硬いのだが、段々とノリが良くなり、熱くなってくるし、 なにをおいてもコンセルトヘボウのオケの美しい響きに、うっとり〜。ペンタトーン(PentaTone)から、SACDが発売されている。ハイティンクさんには、1988年ベルリン・フィル盤、1986年コンセルトヘボウ(ライブ盤)、2004年フランス国立管弦楽団(ライブ盤)もある。
1楽章
ハイティンクとコンセルトヘボウ盤は、いわゆる名盤扱いされていないようだが、マーラーを70年代に取りあげて収録してきた指揮者って、意外と少ないのではないだろうか。
有名どころは、やっぱり、バーンスタイン、クーベリック、ショルティで、概ね、有名どころの録音は、CDになって飛躍的に録音状態が良くなった80年代から、いっせいに、いろんな指揮者が、マーラーの交響曲を収録している。
まあ、マーラーの交響曲だけでなく、CDの全盛期と同時期に、いろんな楽曲が、一度に華開いたようだったけど・・・。
で、ハイティンクさんのコンセルトヘボウとの録音は、1962年〜71年にわたって収録されたものが全集になっている。

で、1楽章は、いかにもマジメを絵に描いたような端正な演奏で、表情が硬いように思う。
しかし、バーンスタイン盤が全盛期って感じの時代に、あらま〜って感じの素のママというか、こってり系ではない、すきっとした演奏って感じだ。
むしろ今の時代に合っているかもしれないと思う。(まあ、ワタシの個人的な感想ですけど)
それにしても、録音状態は良く、今聴いても、さほど遜色はない。トゥッティになって音量が大きくなると、ん?というところもあるが、これって、ホント70年なの?という感じである。
特に、弦はカシッとしつつ、金管の咆吼は、しっかり吹かれているが、しなやかにのびて柔らかい。
ホルンや木管の音が、柔らかい。チューバの音もしっかり低音が吹かれているし、録音が良く、奥行きがあって、見通しが良く、コンセルトヘボウの音質は、優美だな〜っと感じられる。

2楽章
「らしどしら〜 (そっ) らしどしら〜 (そそそそそそそそ) う〜ぱっ う〜ぱっ」っと、金管の個性的なフレーズと、まる嵐のような怒濤の出だしだが、シンバルは激しく打ち鳴らされているが、あくまでも上品で、悲鳴をあげない。
高音域の煌めきが感じられ、激しくはあるが、テンポをあまり変えず、硬めの品のある怒濤だ。
テンポを速く演奏する盤もあったように思うが、中庸のテンポで、カッチリしている。
弦が歌い始めると、特に、音の層のバランスが良く感じられ、チェロと木管の少し粘りのあるフレージングも、優美で、なめらかなコクがある。この品の良さは、う〜ん。とても素敵だ。大人のマーラーって感じがする。
このチェロをはじめとした弦のフレージングは、ホント、上質なお酒を味わっているかのようだ。
テンポをあげて、果敢に攻めるという演奏ではなく、あまりに落ち着き払っているので、感情を表出した、激しい演奏が好きな方は、どうも、いただけない。と思う。
まず、テンポをいじらない。
ここで、走って、ぐぐーっと、盛りあげてくれ〜というところも、丁寧で〜 ある意味、臆病なの?
というほどに、テンポは同じという感じがする。
しかし、歌が感じられるので、情感が不足するというわけでもなさそうだ。

3楽章
ホルンの「れふぁらぁ〜 しどれふぁ しぃ〜 らぁ〜 ふぁ みっれぇ〜」というフレーズから、柔らかく、木管と弦が柔らかく歌い出す。優美なワルツを聴いているかのような、ホルンのフレーズが、やっぱり巧い。
また、良くホルンも、木管のフレーズも美しく聞こえてくる。
すっきりと見通しの良い録音で、1つ1つのフレーズの分離が良く、それでいて、ブレンドされた響きにコクがあることに、すごく驚かされる。へぇ〜 すごい。
若い頃は、ショルティ盤を良く聴いたが、デッカの厚みのある暖色系の音に比べて、う〜ん フィリップスだからか、幾分、寒色系の音で、すっきりとしていながら、奥行きが感じられるところに、豊潤な響きが聞こえて、耳のご馳走のようだ。
幾重にも重なりつつも、奥行きがあるので、相当に立体的に聞こえてくる。
で、こぢんまりしているのではなく、それぞれが良く聞こえるという意味で、室内楽的に響いているように思う。
低弦の音は、よく響いているし、音を楽しむって感じだ。
テンポを一様に整えて、情感はわき起こるわけでも、諧謔的でもないし、悪魔的でもなく、いたって健康なフレージングで、エモーショナルな演奏ではなく、演奏家たちが、合奏を楽しんでいるように聞こえる。

4楽章
ハイティンク盤は、耽溺型ではない。
しかし、弦楽合奏のように、美しく響き、優美なフレージングがなされているので、聴き応えがある。
弦の美しい響きと、ハープの可憐さが、素のママだけど、それが良かったりする。
つまり、コテコテの厚化粧の、とろみのある、粘り気のある演奏ではなく、う〜ん、巧く言えないけど、退廃的ではなく、健康的な演奏で、でも、とびっきり良い響きのするオケで聴いているって感じだ。
エモーショナルではないのだが、聴き応えがあるのだ。許せちゃうのだと思う。
表情は豊かではないし、情感もたっぷりではないし、あまり多くを語らないが、ストイックな感じで美しさは感じる。

5楽章
「しぃ〜〜  しぃ〜 しぃふぁしぃ〜 らっ れみふぁそらら れっどしらぁ〜 ふぁみれふぁ しぃ〜」
このホルンの響きとオーボエは、とても美しい音色だ。
淡い色彩だが、まろやかで、奥行きの深い響きが、耳のご馳走のように届けられてくる。うはぁ〜
で、続く弦の響きにコクがあり、表情が微細に、きめ細かく描かれている。
なんという、ホルンの美しい響きなんだろぉ〜 うっとり、聴き惚れてしまった。
具のしっかり詰まったジューシーな食べ物を食しているかのような幸せな感じ。(なんとも世俗的な感想で、スミマセン)
いや〜 ホント、弦も美しいが、ホルンの音色には、悩殺されてしまった。
うるうるしながら聴き惚れてしまって、なんだか、夢のなかで聴いているかのような感じで・・・ もはや言葉になりません。

これホントに、70年の録音なんですよねえ〜 もっと、リアルタイムで聴きたかったなあ。もっと若い感受性たっぷりの頃、少なくともマーラーを聴き始めたころに聴いてれば、よかった・・・と思う。
まあ、そうは言っても、その頃は、ガンガン、バンバンと鳴りっぷりの良い演奏が好きだったので、このハイティンク盤は、きっと平凡な、つまらん演奏だと、ワタシは言い放って、片付けていただろうと思う。
大人のマーラー しっとりと、音質を楽しみ、じっくり〜 耳を傾けて静かに聴くには、うってつけ〜

こってり系の、激しいうねり、これでもか〜っと押しの強い、圧をかけた怒濤感が好きな方は、ダメだろうと思う。
ワタシも、マーラーのダイナミックさ、うねってうねって〜コテコテな演奏も嫌いではないし、熱く燃えるかのような演奏も好きだ。つまり、カロリーの高い演奏も好きなのだが、このハイティンク盤は、コンセルトヘボウのオケの音を、ありがたく拝聴するという1枚である。

レヴァイン フィラディルフィア管弦楽団 1977年
James Levine Philadelphia Orchestra

録音状態は良い。明るめの音で彩られたマーラーで、美音で綺麗にまとまっているが、ちょっと綺麗すぎるかもしれません。
1楽章
冒頭 遠くからトランペットのファンファーレが鳴り響く。
「れれれ〜 れれれ〜 れれれふぁ〜 れれれふぁ〜 れれれふぁ〜 れふぁられ〜」
「 ど〜しらそふぁ しらそふぁ〜そしれふぁ〜 ふぁし〜 ふぁ〜しらそふぁ そふぁみれみ〜み〜み〜」
葬送行進曲と題された楽章だが、いきなりトランペットが登場する。

不安定で不吉な様相を醸し出さないとダメだと思うのだが、う〜ん。
レヴァイン盤は、少し明るめの音色で、底知れぬ不安感や、うら寂しい雰囲気が、ちょっと足らないかもしれない。
まあ。もっともフィラデルフィア管なので、オケの音色がかなり影響しているようだ。
でも、ファンファーレ後は、重々しい2拍子になってて歩みが遅くなる。
この息の深さは充分っ。「ど〜れれどらど し〜どしらふぁ〜 ど〜れれ〜どれどれ〜」
木管の節回しの重さと、引きずった低音の響きがある。鬱っぽく聞こえて、決して軽くはなっていない。

怒濤のようなティンパニーが鳴っており、スピード感もあって、これもキレが良い。
トランペットの音が、少し薄いかなあ。って感じるところもあるが、機能性は充分で、さらり〜っと聞こえる。
ちょっと機能性が良すぎて、もちっと、粘って〜っと感じる金管だ。
これが、よくまた通った声で、トランペットに気が行きすぎて、軽く感じるのかもしれない。
「みふぁそ〜し らしど〜み そ〜ふぁふぁ〜みら〜そ そふぁど〜し らそふぁみれ〜」
合いの手を入れる、重い金管の響きが、きちんと聞こえてくるのだが、でも〜 なんか隙間が見えてるんだなあ。木管とのセッションとの絡みなど、もう少し密度が高かったら、主題が、ねば〜っとしてくるのかも。
今改めて聴くと、いたって普通に聞こえてしまうのだが、綺麗なサウンド構成になっているな〜と感じる。

2楽章
「らしどしら〜 (そっ) らしどしら〜 (そそそそそそそそ) う〜ぱっ う〜ぱっ」
低弦の呻く声、金管の短いパッセージと、ティンパニーが叩きつけられ、うが〜っと嵐のような怒濤の激しい冒頭なのだが、う〜 レヴァイン盤だとチト軽いかなあ。
勢いはあるのだが、重量感が少し足らないかもしれない。低弦が、もっと鳴っていたらいいのに。
弦の「そ〜ふぁ そ〜ふぁ そ〜ふぁみれ どれし〜 れどれどし〜 どしらしそ〜 そどふぁ〜」
「ふぁみっ そふぁ〜」というフレーズは綺麗に伸びている。
高音域のヴァイオリンの音が良くのびているのだが、ちょっとテンポを締めるところの間合いと、低音があまり聞こえて来ないのが、ちょっと残念。でも、迫力あるなあ。
主題の変わりめのところで、テンポがぐっと落ちる。
チェロの低い声が聞こえる。「れそし〜 らそし〜 (れれれ・・・ み〜れ) れそし〜らしどみれ〜」
ここの細切れがちのチェロの声は、なかなかに色気があり、悲しさを感じる。
ここは、すすり泣き風で、絶品になっている。
でも、なーんか、いろんな音が、フレーズを作っているのだが、その間がちょっと開くのだが、泣きが入ってて、とても良い。ジーンときちゃう。
「ら〜ら〜 しど〜れ〜みふぁどし〜 そ〜ら〜し〜ど そ〜ふぁ〜 ふぁみふぁそ〜ど〜れ」
ティンパニーの沈んだ音が、なかなか印象的に聞こえるし、弦の短い響きが、ミミミファ・・・
ティンパニーのロールの後、弦が急速に駆け下り、硬い3音が繰り返されている。
金管が楽章の最後で、ちょっと明るめにコラール風に吹かれているが、ちょっと音が軽いかなあ。
(難癖をつけてるのが、金管ばっかりのようだが〜) なかなかに弱音部分も、聴かせてくれる。
「タタタ し〜ど タタタ し〜ど」 フルートの音色も綺麗だし。う〜ん。いつも、かったるいと感じるレヴァインさんが振っているとは、ちょっと思えない。

3楽章
ホルンの伸びやかな声で、「れふぁら〜 らしどれ し〜ら そふぁ ふぁみみ〜」 
木管が歌い出す。「ふぁみみ〜 ふぁみみ〜」
ヴァイオリンとホルンの音色は、メチャ可愛く美しい。ホルンの伸びやかでスマートなこと。
ここのホルン、どなたが吹いているんだろ。凄く綺麗だ。ヴァイオリンの音色も綺麗だし、ここ絶品。
パーカッション群の音色も決まっているし、バランスも良いし・・・。
「どどどっしら〜そふぁ」 「れれれっど〜 どーしら どーしら」
この楽章、スケルツォなのだが、レントラー風の歌なんだよなあ。う〜ん。やっぱ綺麗だ。
「ら〜みっそ ら〜れっそ」 た〜らっ。と伸びるところが、う〜ん美音で、やられた。 トランペットが、邪魔するように入ってきて、「しれふぁ〜 そらしれそぉ〜ふぁ〜」
でも、またワルツのように踊る雰囲気になっており、非常に複雑だけど、コミカルさもあって滑稽なのだ。
ンジャジャジャ・・・と弦がこしげた弾き方に変わってくるし、
「そーふぁみれ〜 そーっそふぁみれ〜」「らーっらそふぁみ らーっらそふぁみ〜」
レヴァイン盤は、かなり整理して、綺麗に聴かせてくれていると思う。
テンポも変えていないし、嫌らしい演出もナシ。今となっては、素朴すぎるかもしれないけど、素直なアプローチで、ホルンも弦も美音で、2楽章、3楽章共に充実して感じで聴ける。

4楽章
有名なアダージョで、5番って言えば、ここが白眉中の白眉。
で、レヴァイン盤でも、かなりテンポを遅めにとっており、なかなかに美しい。
「れし れし〜」と響くハープのうえに、弦が溜息交じりに弾いていく。私的には、もう少し速めの方が嬉しいが、非常に遅くがマーラーの指示だったと思う。
ちなみに、CDデッキで表示されたレヴァイン盤の4楽章の時間は、12:02だった。
ちょっと抑え気味なのだと思うが、音が底深くには響かない。
音量をあげてくるフレーズの弦の繋がりは、おみごとだったと思う。
「み〜ししど ふぁ〜みれら そ〜れどし らそれし らそふぁれどふぁ し〜 それし れれどら〜そ」

5楽章
「し〜 しふぁし〜 (らっしどれれ みっどしら) そふぁみし〜ど〜し (そふぁれ ふぁっみれど〜)」
ホルンとファゴットの掛け合いだと思うが、このフレーズも印象的で。
牧歌的な幕開けで始まるのだが、この冒頭が終わると、ティンパニーが「れっ どっ」鳴って、低弦の気短っぽい、カシカシ音が聞こえてくる。
弦の弾き方は、かなりリズミカルで歌っているし、アクセントがついてて押し出しが強い。
ところどころ、金管を強く吹かせて、弦は、モショモショと語尾を濁している。
「ど〜(みれどそらみ・・・) ふぁ〜(ふぁどれどそら・・・)」
う〜ん。はしょっているじゃん。もちっと楷書体で弾いてよぉ〜と文句を言いたいところだが、あまり楷書体過ぎると、マーラーだからなあ。おもしろに欠けるだろうし。
ま。こんな、消えるように弦を弾かせるのも良いのかも。間引きが巧いのかもしれない。
木管が入れ替わり主役に立つところがあるのだが、そこはテンポが遅め。 ここは、速めに、テンポアップしてもらわんと〜 勢いがつかないんだけどなあ。っという間に、低弦がゴリゴリ言い出してくる。
「しそ しそふぁれ ふぁみれど どらふぁそ ふぁっふぁみれれ〜」 パワーが増強されてくる。
「らっれられ〜 れみふぁそらら〜 っれら〜れ〜 れみふぁそ らっら〜」  
「しっらし〜 しっらし〜」
「っどっそど〜 っどっそど〜 ど〜れみ どみっそど〜」
「れっられ〜 れっられ〜」

そこそこパワーがあるのだが、密度が薄いというか、ぎっしりと目が詰まっていないというか。
パーツが区切られて聞こえてきて、総体的な響きに、ちょっとなり得ていない感じがする。
丁寧で美音で弾かれているのだが、下手に演奏できないっていうか。きっちりしているというか、まだこなれていない時に録音しちゃったのか。
でも、そのおかけで、フレーズ構成がよく見える。特に、中音域や木管の出だしとか・・・。
はいっ。そこでフルート吹いてね。って感じで聞こえるんだよねえ。
他の楽器のパワーに埋もれそうな楽器が、おかげで、注意して聴けるので、ありがたいです。
で、情念は、まあ。さらり〜としてますなあ。怒濤のような激しさ、うねるような怖さ、身をよじるような辛さ。これは、ございません。最後のほんの数小節だけ、熱くなってます。 う〜ん やっぱ綺麗すぎるって感じがする。

アバド シカゴ交響楽団 1980年
Claudio Abbado Chicago Symphony Orchestra

ほぉ〜良いヤン 

録音状態は良い。後年、ベルリン・フィルとのライブ盤が発売されているが、このシカゴ響との方が良いと思う。
全集に、なぜシカゴ響との演奏を収録していないのか、とっても疑問。
1楽章
「れれれ〜 れれれ〜 れれれふぁ〜〜 れれれふぁ〜 れれれふぁ〜 れふぁられぇ〜」
「ど〜 しらそふぁ しらそふぁ そしれふぁ〜 そぉ〜 しぃ〜」
アバドとシカゴ響の録音状態は、とても良い。ベルリン・フィルとの93年ライブ盤があるが、シカゴ響との方がず〜っと良い。
全集にするときに、なぜ、ライブ盤のベルリン・フィルとの演奏を収録したのか、わからない。
単品で購入するなら、絶対、こっち!をお薦めする。

さて、この1楽章、 葬送の曲とのことなので、他盤だと、憂鬱な感じで、どこか足を引きずりつつ、葬列に参加している感じを受けるものがあるのだが、アバド盤は、あまり、その〜雰囲気はない。
鬱々としないで、結構、淡々と進む。しかし、弛緩していない。
ブラスを主体にして、押し出しの強さ、迫力、勢い、ぴーんと張り詰めた緊張感がある。
弦の通った音と、息を詰めたような緊張感、音の間合いも弛緩することもなく、ぴーんと張っていて、すごい気迫があるというか、張り詰めた空気感が感じられる。
1音1音、タタタ タン タタタ タンっと打ち鳴らされている。
ドライでも、湿気たっぷりでもなく、かといって、無味乾燥でもなく、情緒あふれんばかり〜でもなく、なんか不思議な空気感で、空中に放り出されたわけでもない、なんとも言えない音とワタシの距離感がある。
なんか、透明な球体に入れられて、液体が入ってて、ぷかっと浮いているような〜 でも息苦しいわけでもなく、かといって、ぬるま湯でもなく。
葬送の主題には、十分な空気感、間合いが必要だが、木管の余韻が美しく残っているのだ。

その距離感を金管が割って入ってくるのだが、球体に亀裂が走るように、ピシっ・・・ どどど〜っ。
推進力のある、あふれんばかりの若さが感じられて、ハイ、とても好ましいです。
トランペットとトロンボーン、そして木管の葬送フレーズは、とても聴き応えがある。
まとわりつき、一体となった木管フレーズのハーモニーと、音の間合いに、ほれぼれ〜  この当時のシカゴ響って、すごい巧い、テクニック集団なんだと、ホント、そう思う。

2楽章
「らしどしらぁ〜 (そっ) らしどしらぁ〜 (そそそそ そそそそ) う〜ぱっ う〜ぱっ・・・」
山のうえの嵐のような、 怒濤の冒頭だが、迫力満点で息をのんでしまう。
さすがに、すさまじい迫力で演奏されているが、スピードというよりも、切れのある音で綺麗さが勝っている。
重量のあるど迫力というよりも、金管の切れは、すぱっとしてて、その切れ口は鮮やかだ。
特に、木管の取り扱いが巧いというか、詩情をもって、間合いを十分にとって、その存在を際立たせている感じがする。
ある意味、あざといぐらいに、聴き手の呼吸を盗んでいく感じがする。

特に、弱音で、ゆったり歌うところは、叙情的というか、歌謡性というか、う〜 微妙なのだが、少なくとも、粘着性のある、こってり系ではない。弦の歌いも、耳を傾けていくにつれ、しんみりと聴き手の心情をとらえて離さない。
聴き手が望めば、望めば、望むほど寄り添ってくる感じがする。
だから、独りよがりに演奏されている感じがしないのだ。う〜ん。フシギっ。

3楽章
ホルンの伸びやかな声に促されて、可愛く牧歌的に木管が歌い出すフレーズで始まる。
キュートな音色で、美しいフレージングで歌うので、まるで、ウィーン・フィルかと間違えそうなほどだ。
失礼ながら、馬力の強いシカゴ響とは思えないほど。ほのぼのした空気感もあるし、残響が暖かいし、鮮やかな鈴の音がフレーズを飾る。
特に、木管のノビ、付点のリズムが、とても弾んでおり、活き活きしているように思う。
「ら〜みっそ ら〜れっそ」 バックの弦も、風を切るような、すばしっこさがある。
金管のパッセージも巧い。もう少し、テンポの速さがあっても良いかもしれないし、後半、低弦が入ってくるところは、ちょっと重たさが加わってくるが、ホルンの音色に、丸みを帯びた淡い音色が絡む。
それぞれの主題に応じて、ゆったりとした雰囲気が出ているのと、弦が巧いなあ〜と驚いてしまった。
このアバド盤を聴いて驚いたのだが、シカゴ響っていうと、ワタシ的には、弦や木管はイマイチ。下手だと思っていたんです。カサカサした音で、汚い音で、ガシガシ弾いているイメージが強い。
でも、アバド盤で聴くと。ホント美音です〜 にわかに信じられないんだけどなあ〜 ショルティ盤とは大違いだ。
そう思います。

4楽章
ゆったりとしたフレージングで甘さは控えめだ。くすんだ、淡い薄暮的な印象が残る。
甘美で、とろけるような雰囲気は少なめで、切なく歌ってはいるが、さほど粘っこさはないので、執拗ではないし、淡泊だな〜と受け止められる向きもあるかもしれない。
この楽章では、えーっ? 1楽章からの活きの良い雰囲気は、どこへ行ったの? と驚いちゃうぐらい、どことなく、老齢を迎えた中年男のような雰囲気が漂う。
なんだか、聴いてて、ビスコンティ監督の「ベニスに死す」における、ダーク・ボガードさんを思い出してしまった。
精気のない、おっちゃんが、可愛い少年を見て、何か、胸をきゅんきゅんさせているなんて〜 とても、キモワルイ映画だ。と思っていたし〜 くるっと上に巻いた鼻の下のひげが、どうも間の抜けた感じがして〜
あまり格好の良いおじちゃんではなかった。う〜ん どうもねえ。イメージが悪いのである。(苦笑)
5番を聴いてても、この映画のことは、シンクロしてこなかったんですけどね。しかし、このアバド盤では、なぜか、シンクロしてしまいますね〜。美しいと言うには、ちょっと〜疑問。

5楽章
「しぃ〜〜〜  しふぁしぃ〜 (らっ れみふぁそらら れっどしら)」
このホルンの響きとオーボエの響きには、おおぉ〜 とても残響が柔らかく、遠くから聞こえてくるような、とても淡い。
う〜ん。この冒頭だけで、結構、聞き応えありかもしれない。残響の長さを計算して演奏しているのだろう。
美しく響き渡る音の長さに、う〜ん。ご馳走だ〜と、耳が吸い寄せられていく。
中音域の弦の響きも、軽やかで、しっとりとした音色でリズミカルで、適度に飛び跳ねて〜 蘇れ〜命って感じで、活き活きと動き回っていく。
この音のぶわ〜っと、吹き出していくかのような勢いが、とても好ましい。
直線的に音が出ていくのではなく、緩やかな曲線を描いて、放出されていくという感じで、まろやかなのだ。
音の出だしの強さと、後に残る柔らかさ、剛柔使い分けられた棒さばきだと思う。

で、普通は、ここで、直線的にがーっと走って行くだろうに、急に力を抜いて、えっ この旋律を主で行くの。というところもあるが、木管のフレーズも見通しが良いし、クラリネットやオーボエ、フルート、ファゴットが、綺麗に聞き分けられて、意外な一面を見せて貰える。
ガンガン、バリバリと言わして、力任せ的なショルティ盤とは、まったくアプローチが違う。
もっと、低弦をごりごり言わせて、怒濤のごとく疾風していくような演奏があるのに、最後に向かって、もちろん盛り上げて行くのだが、どことなく品が良い。
直線的に行かず、重量感でも行かず、ねちこくもなく、ギーッと怒った感じでもなく、繊細で中庸的。
しかし、若さがあり、瑞々しさもあり、迫力もあって〜 そこそこ甘美で、良い音で流麗に流れてくる。

総体的には、楽章によって、違う面が感じられる。1楽章冒頭からは、スタイリッシュだと思うし、瑞々しく、汗を飛ばしたイケメン風だと思うところと、演奏自体は、やっぱシカゴ響の巧さ。凄いっ。馬力もあるし、ブラスの良さと木管の艶もある演奏で、活き活きとしているのが感じられる。
しかし、マーラーに欲しい官能さ、とろける幻想的な雰囲気は、少なく、ちょっと、退廃的な色気が〜と、不満を言いそうになる。 が、それにしても、若さが感じられ、練れていないかもしれないが、若いのは、羨ましい〜という感じもするし。
その反面、アダージョは、とことなく疲れた弱さが感じられて〜 う〜ん。弱々しさ=官能的ではないんだよなあ。
う〜ん、この楽章は、淡さだけで終わるか・・・。と思ったり。
まあ、いろんなことを感じさせてくれる盤でありました。
マーラーの5番・・・ 長大な楽曲で、いろんな多彩な面を持った楽曲で〜 
つくづく、年齢を重ねていくと、ますます、いろんな面が見てくるようで〜 面白いような。怖いような〜気がします。(笑)

  シノーポリ フィルハーモニア管弦楽団 1985年
Giuseppe Sinopoli Philharmonia Orchestra of London

録音状態は良い。少し長めの残響があり、クリアーさには欠けているが、その分、陶酔感がたっぷり。特に4楽章は白眉。
テンポの勢いの良さ、内声部の綺麗さ、歌の甘美さはあるが、地の底からわき上がってくる要素は少ない。

1楽章
冒頭のトランペットが、遠くから明るく、残響に乗っかってくる。広がりを見せる。
「れれれ〜 れれれ〜 れれれふぁ〜 れれれふぁ〜 れれれふぁ〜 れふぁられ〜」
「ど〜しらそふぁ しらそふぁ〜そしれふぁ〜 そぉし〜 ふぁ〜しらそふぁ そふぁみれみ〜み〜み〜」
オケと合わさってくると、一層、輝きを増してくる。
この明るさと広がり、煌めきは、なかなかお目に掛からない。
ここだけを何度繰り返しても、パワーもあり、そぉし〜っとシンバルが入って、低弦の力を持って支え、ジャーンっと鳴っているところは、う〜ん、すごい。ホルンの音色も優しい。
確か、教会で録音されているのだと思うが、その響きがまろやかで、すんなり受け入れられる。
ファンファーレの後の葬送行進曲は、ボリュームを落としてくるが、その雰囲気が、まろやかに響き、重さも適度になっており、間接音の広がりが心地良いのだ。奥行きが充分なので、立体的な響きになって、目の前に現れてくる。これが幻想的な響きにもなっている。

ジャン ジャカ ジャン・・・ 「ど〜れれどらど し〜どしらふぁ〜 ど〜れれ〜どれどれ〜」
重々しい筈の2拍子が、なんとも言えない重さで、空中を少し漂う感じ。
で、本来ある筈の重々しい歩みが、リアル感が無くなってくるのだ。これがシノーポリ盤の魅力ともなっている。この残響の良さは、う〜ん、やられるんだよあな。それでいて、すごい音は明るめの響きを持っている。クリアーさや明瞭さには欠けているが、どこか靄が掛かっているような音になっているものの、雰囲気としては、これが妙にマッチしている。突き詰めたリアルさ、怖さに繋がらず、その癖、ぼわ〜っとした響きもならず、夢想的に響く。

2楽章
「らしどしら〜 (そっ) らしどしら〜 (そそそそ そそそそ) う〜ぱっ う〜ぱっ」
怒濤の冒頭なのだが、あいにくと前楽章で言っていた残響のために、くすんでしまう。
金管は、まだしも低弦の響きが籠もってしまっており、嵐のような激しさは、ここでは感じられない。
音の量としては迫力があるのだけれど、雷鳴のような、悲痛な響きにはなってこない。
まっ 奥行きがあるので、金管等のフレーズのノビも良いし、木管の響きもファファファファ・・・と、まろやかに響いている。息づかいは、深めで、よく歌う。
今となっては、もう少し、録音にクリアーさが欲しいところ。
特に、チェロの音の歌い方は、「ら〜ら〜 しど〜れ〜みふぁどし〜 そ〜ら〜し〜ど そ〜ふぁ〜 ふぁみふぁそ〜ど〜れ」 というフレーズは綺麗だが、木管が少し埋もれそうになることと、チェロが前に出て歌って欲しいところ。
弦と木管、ミュート付きの金管が、フレーズを構成していくところでは美しさが感じられる。もう少し、本当はクリアーさがほしいところだが、でも、う〜ん。美しい。シノーポリによって、カンタービレ調で、まったり歌われると、う〜ん。これはやられる。
「どぉ〜れ〜みふぁ〜そ〜ら ど〜し し〜ど れどれ ふぁ〜み」
「ふぁそ ら〜 み〜そ しら〜」と、連綿と続くデコラティブなフレーズが、思いっきり、まったりカンタービレ調で歌われると、ぞく〜っとしてくる。まるで、宙に浮くような酔った感覚に誘われる。
あ〜 この残響でやられる。

3楽章
スケルツォの楽章としては、テンポは少しゆったりめ。ゴテゴテには鳴らず、すっきりしている方だが、粘りはやっぱりある。金管の響きとしては良いのだが、特にホルンが、すごいっ。まろやかにストレートに届けられる。雰囲気もあるし。ただ、カシャカシャとした弦の動きが、イマイチ明瞭に響いてこないため、緩やかに歌うレントラーのところは陶酔的で美しいが、背筋がひんやりするような、凍るような感覚が少なく、甘いかなあと思う。破壊的な場面では、モノ足らないし、弦のピチカートの響きも弱々しく、死の舞踏風には聞こえてこない。もう少し、ひんやりしたリアル感も欲しくなるのだが、これは無いモノねだりだろうか。
文句を言っていたら、チャカチャンチャン・・・と、ムチがしなるような、拍子木が鳴るところで、テンポアップして来た。う〜ん。こうでなくっちゃ。まあ。楽章最後でも、テンポアップして高揚させてくれるが、それでも甘い響きとなってしまっている。

4楽章
有名なアダージョ、このシノーポリ盤は、どっぷり、残響タップリ気味なので効果抜群。
何も言わなくても、ホント余計な言葉がいらないぐらい、ため息が出てしまうぐらいの心地よさがある。
弦の響きが、ハープのうえに、ゆったりと乗っているし、フレーズに継ぎ目がないような感覚に陥る。
響きが残っているなかで、次から次へと音が生まれてくる。
で、高音域のヴァイオリンが、ソフトフォーカスのような響きとなっているため、さらに陶酔できるようになっている。さすがに、ここでは、とろけること請け合い。

5楽章
「し〜 しふぁし〜 (らっしどれれ みっどしら) そふぁみし〜ど〜し」
ホルンの響きが、角笛に似た雰囲気となっており、抜群の効果がある。
低弦の刻みに重みはないが、全体的に丸みがあり、そのなかでティンパニーが引き締めている。
テンポは、どちらかというと緩め。かなり牧歌的要素が強い。
「どっそ そらしど〜れみふぁそ〜そ〜ら ふぁ〜みっし・・・」
低音の金管の迫力、ティンパニーの響きは大きめだが、全体的に弦の響きが弱く感じられる。糸のように響くフレーズのノビは、とっても美しい。
しかし、特に、低弦の響きが弱いな〜と感じる。総体的には、丸みを帯びた響きなので、ゴリゴリ言うことは無いに等しいので、球体的な響きを楽しむには良いが、底辺から、地の底から、わき上がってくるような迫力には欠けてしまう。
木管は歯切れ良く吹いているし、リズム感はある。メチャ楽しい内声部の響きだ。
テンポも最後は畳みかけてくるし、その勢いは良い。合流して怒濤の流れになるところも、つかみが巧いし、綺麗に流れてくる。
でも、弦がパワー不足で、えっ 聞こえないやん。蠢きが足らないよぉ〜 
最終楽章ならではの押し寄せる怒濤、突き抜けたパワーが、あまり感じられないので、う〜ん、角笛的には良いのだが、最後まで、ま〜るく平和的に聞こえてしまう。
弦の「そ〜そ そ〜ら〜し〜 そら しししし そら しししし しれしら そふぁみ・・・」と高揚して、金管に繋いでいくところが、線が細いかなあ。

これで残響が少なければ、完璧かな。って思うのだが、しかし、歌心は満載で、甘美であり、球体的な丸みを帯び、ソフトフォーカス的な響きで、大変美しい。
反面、えぐり出してくるような鋭さ、えぐさ、どっぷり浸かる湧き上がるパワーは少なめだが、勢いは、すご〜く、スマートに立ち上ってきているので、すっきり終われる。

インバル フランクフルト放送交響楽団 1986年
Eliahu Inbal Radio Sinfonieorchester Frankfurt



録音状態はまあまあ。ホールトーンは充分だが、オケの音が薄めなので、怒濤のような場面では、迫力に欠けてしまう。
1楽章
「れれれ〜 れれれ〜 れれれふぁ〜・・・ ど〜しらそふぁ しらそふぁ〜 そしれふぁ〜 そ〜し〜」
インバル盤は、テンポが遅め。「そ〜し〜っ」というところに、緊張感とパワーがある。
トランペット、トロンボーン等の金管の響きに奥行き、距離感があり、小太鼓が綺麗に入っている。
低音の響きも、ホールトーンが感じられ、間接音もあって良い雰囲気である。
ダイレクトに入ってこないので、耳がキンキンしないのだ。でも、ダイレクト音に慣れている人は、ちょっと遠いなあ〜って感じるかも。
「れみふぁ〜ら そふぁみ〜どぉ〜 みふぁ そっふぁれ〜 そふぁれ〜 ふぁられ〜」弦は、かなりゆったり。
葬送行進曲と題された楽章に合っているようだ。
インバル盤は、ほっておいても相当に鬱っぽく、湿り気があり、暗いので、この雰囲気は、ばっちり〜って感じだ。「ふぁっられぇぇ〜」と、フレーズの後ろに重量が引っ張られているので、かなり粘りが出ている。
音1音のなかでの重量移動が、たっぷりめにあり、最後の1音のノビ 「どれぇ〜ぇっ」としたノビがある。
ふふっ この粘りは、さすがに〜インバルさんだっ。
で、快速に、すっ飛ばすフレーズもあって面白い。金管なんて「れれれ れれれ れれれーれーどっ」
結構スマートに吹かれている。

ここの金管の音色は軽めで、上向き加減、ちょっと擦れた、ちょっと割れ目が見えているようなところがある。ちょっと渋いぐらいで、重い感じは受けない。
アイススケートを滑った跡のように、細めストレートを描いてくれる音の出し方で、ちょっぴり明るめ。
アンサンブルは、へえ〜?ってところがあって、チューバの重い音も、えっと、思うところで音が切れてたり。
おいおい、もう息切れかよぉ〜。てなところも。(ごめんなさい 重箱の隅を突いちゃいました。)
まっ 総体的に、このフランクフルト放送響は、低音があまり入ってこず、オケが薄め。それに、金管は、炸裂ってほどのパワーは無く、全体に細身である。

インバル盤は、粘りはあるが、フレーズは細切れにならず、次から次へと登場する。粘りはあるが、旋律が、どろどろには溶けてしまわないで、すっきり系、アッサリ風味である。
そのために、フレーズが、わりと聞き取りやすいってことも事実だ。
まっ そんな具合で演奏されていくが、この楽章、金管は大変だと思う。金管だけのアンサンブル部分が多いし、聴きどころでもあるんだもん。 まあ。トランペットさんが、頑張りました〜ってところだろうか。
弦の粘りのあるフレージングと、音量の調節は、細やかで凄いと思う。楽章最後、「ど〜れみ ふぁ〜そら らぁっしっし〜 らししど〜 し〜ら ふぁそられ〜ふぁ〜」
弱いままで上昇しながら美しく金管と絡む。沈むところのフレージングの息づかいも、たっぷりめで、弱々しく消えていく様も、緊張が持続している。フレージングが丁寧だ 。

2楽章
「らしどしら〜 (そっ) らしどしら〜 (そそそそそそそそ) う〜ぱっ う〜ぱっ」
こりゃ軽いわっ。
低弦の呻く声がほとんど聞こえない。え〜 こりゃアカンで。うが〜っと嵐のような怒濤の激しい 局面が描かれていない。えーっ もっと、うががが〜っと演奏してくれないと。
テンポも遅め。腰の高くて重量が無いやん。これじゃー 横綱にはり倒されて、すぐに土俵をわっちまう。
弦の「そ〜ふぁ そ〜ふぁ そ〜ふぁみれ どれし〜 れどれどし〜 どしらしそ〜 そどふぁ〜」
「ふぁみっ そふぁ〜」というフレーズは、弱音のまま綺麗だ。
確かにピチカートも綺麗には揃っているのだが、う〜ん。
「ら〜ら〜 しど〜れ〜みふぁどし〜 そ〜ら〜し〜ど そ〜ふぁ〜 ふぁみふぁそ〜ど〜れ」
もう一段深く沈むところでは、まあ。綺麗なのだが、重さが・・・ 足らないっ。
舌のまわっていないようなティンパニー 「らしどしふぁっ・・・」 思わず、がっくり。
泣きも悲嘆に暮れているところも、雰囲気は出ているんだけどなあ。
オケは、ちょいダメだけど、これ、インバルさんのフレージングの良さなんだろう。弦部のフレーズだけを採りだして聴いても、結構面白く、絡みがわかって良いと思う。結構、じんわり〜
他の盤だったら、熱狂的に力こぶを入れて、ががが〜っと駆け下りるところを、インバル盤では、一音一音確かめながら、みんなで、揃って降りましょうって感じになっている。

3楽章
ホルン 「れふぁら〜 らしどれ し〜ら そふぁ ふぁみみ〜」  ここは、もう少しノビがあってもよさげなのだが、あまり歌ってくれない。ふわっとはしているが、メリハリには不足しているかも。
「ふぁれっし ふぁれしっ」「どどどっしら〜そふぁ」 「れれれっど〜 どーしら どーしら」
少し遊びの要素もあると良いのだけど、余裕があまり感じられないというか、少し硬い。
美音でないだけに、ぐぐ〜っとくるものが少ないと苦しいかなあ。
弦のピチカートも遅めで、う〜ん。隙間を感じてしまう。ちょっと退屈しちゃった。
怪しげなところ、悩ましいところがない。
アンサンブルが、こぢんまりしてて、フレーズも単体で固まっているような感じ。
まとまってはいるが、その反面、何かが足らないような。情感移入型ではないので・・・。
楽章最後の怒濤部分は、金管が、甲高い声を叫んでいるような雰囲気にまみれている。

4楽章
アダージョ部分 前楽章が疾風怒濤で終わるのだが、ちょっと軽く、泥まみれにならずに終わってしまったため、う〜ん。美しいことは美しいが、浄化、昇華という意味あいが感じられない。
録音状態にもよるが、透明度が高くなく、オブラートに包まれた、もわっとした感がある。
それが、暖かさに繋がっているのだが、ちょっと、なまぬるい雰囲気になってしまっている。
このインバル盤のヴァイオリンの音は、線の細い、首が閉まったような声で鳴ってくる。で、苦しく感じる。
退廃的ではあるのだけど、優美に感じないところが、ちょっと苦しいなあ。
のめり込めず、退屈してしまう。

5楽章
「し〜 しふぁし〜 (らっしどれれ みっどしら) そふぁみし〜ど〜し (そふぁれ ふぁっみれど〜)」
牧歌的な幕開けで始まるのだが、この冒頭が終わると、ティンパニーが「れっ どっ」鳴る。
インバル盤は、低音があまり出てこないので、するする〜っと高音域だけで演奏されているように感じてしまう。で、迫力が不足気味。
中間楽章で退屈しちゃったので、最終楽章に期待していたのだが、う〜ん。重量が無いのがツライ。
フレーズの最後を、ひっぱって、上へ上へ持って行こうとしているようだ。この点は、いいな〜と感じるのだが、なにせ、低音がモショモショしているだけで腰砕け状態なため、この効果が薄い。 これじゃー だめじゃん。あーっ 聴いてられないっ。イライラしちゃう。 最後の最後で、ようやく盛り上がってきてくれたが、ここまで持たないよぉ。

出だしの1楽章は良かったのに、中間楽章で退屈。アダージョで弛緩しすぎ、最後、迫力を期待していったが、う〜ん、モノ足りず。 まあ。バーンスタイン盤のように、どろどろ的には鳴らないが、粘りがあって湿気が多め。その点は良いが、迫力がなあ。ないんだよなあ。

ドホナーニ クリーヴランド管弦楽団 1988年
Christoph von Dohnányi  The Cleveland Orchestra

いかさねぇ〜

録音状態は良い。整然とした、すっきりしたマーラーだ。
だが、すっきりしすぎてしまって〜 う〜ん。どうも、マーラーの匂いがなくなってしまって〜 ん? アナタ誰って感じだ。
スッキリしているが、スカッとしない演奏。
1楽章
ひととおり聴いて、なんとまあ、スッキリしたマーラーだろうと驚いた。
この頃、1988年だと、バーンスタインさんが大流行だったように思うのだが、ひやぁ〜 なんという冷やっこさ。
完全にマギャクのアプローチなのだ。まさしく正反対だ。クールすぎるほどクールな演奏である。
軸がぶれないというか、完全の自分の世界を貫き通すような意志を感じる。

最初の方も、ゆっくりとした歩みだが、ゆったりとしておらず、余分な脂肪分は落としましたという感じで、音楽が流れていく。木管のフレーズも明瞭だし、ティンパニーの鋭い打ち込みも、金管が他のパーツを邪魔することもなく、みごとに見通しの良い演奏となっており、弦は弦の、金管は金管の音が、しっかりと聞こえてくる。
とても良い耳をした方なのだろう。
また、聴き手も、その分、みごとに耳に入ってくる。かといって、主となる旋律は、しっかりとぶれずに、他盤で聴くように聞こえてくるので、雑然としているわけでも、混濁しているわけでもなく、進むべき道が、しっかり見通せるという感じになっている。う〜ん これは、演奏家さんたちのレファレンス的な演奏だなあ。と思う。
まあ、バーンスタイン盤を愛聴していると、なんと、素っ気ないっ。と、のけぞってしまうかもしれないが、しかし、今になって聴くと、どろどろの情念をえぐるかのような演奏よりは、すっきりして気持ちが良いかもしれない。
時代は移ろい、聴く人間の感性も、おそらく変わるから・・・。しかし・・・今まで聴いてきた楽曲の、イメージどおりではないので、やっぱり戸惑う。

2楽章
いきなりの金管の咆吼から始まるのだが、なんとも、おとなしい。
咆吼しません。この方は、けっして、破綻はしないのだ。う〜ん、音は、しっかり鳴っているのだが、慌てず、騒がず、バタバタしないで、いかにも理知的だ。
う〜ん 慌てたり、うろたえたりは、しませんねえ〜 
えーっ もっと、怒濤のように始まっていただかないと、次の甘い、ふわーっとした旋律が生きてこないのではないの?
って、素人は思うんですけど。
これだけ、整然と演奏されると、ある意味、納得させられるというか、あっけにとられて、終わってしまう。
リズム感はあるのだが、ここと、ここのパーツを、ピシャッと合わせて、これぐらいの分量で〜と、しっかり計算されて、測ったように演奏されているように思う。

3楽章
軽やかなフレーズが続き、まるで室内楽の完璧な演奏を聴いているようだ。
トライアングルは、小気味良くなっているし、木管も巧いっ。金管のフレーズも、小気味良く、キラキラっとしてて、軽やかな刻みを出してくる。
テンポもよく、すいすいと推進しており、みごとなアンサンブルに惚れ惚れとしてしまう。
弦の緩やかな、まどろみ感のある、フレーズに差し掛かっていく。
優美さもあるし、ひきしまった力強さがあるし、ちょっぴり、うねうねうね〜っとした旋律を、アクセントを効かしながら、サーフィンを楽しむかのように進んで行く。これは〜絶品でしょう。

4楽章
この5番といえば、この4楽章のアダージェット(アダージョ)が有名だが、こってり系ではないが、透明感があり、爽やか。
う〜ん 陶酔しきれるかと言われたら、ちょっと素っ気ない気もするが、ズブズブ行きたい方は、お薦めできないけれど、このアプローチもありかな。とは思う。
10分19秒というクレジットになっているが、バーンスタイン盤では11分18秒というクレジットである。だから、特に速いってわけでもないし、しっかりタメ感はあると思う。
ワタシ的には、泣いて〜情熱的に、うぐぐぅ〜っと、葛藤し、メラメラとしつつ、落ちていきたいわけでなければ、すーっと、通していけるのではないかと思う。あまり感情を、表に出して、慟哭していくタイプではないので、まあ、ちょっと、モノ足らないというのがホンネではある。もっと起伏があった方が、盛り上がるので〜 ドホナーニ盤で聴くと、反対に遅く感じてしまう。

5楽章
巧いとは思うのだけど、室内楽のように、こぢんまりしてて〜 やっぱり、爆発していないと、はあ。やっぱりモノ足らないように思えてしまう。すっきりした演奏で、確かに聴きやすいのだが、何を言いたいのやら、さっぱり、解らなくなってきた。
ここまで、ひっぱいておいて、う〜 オチがないのか。

それなりにストーリーというか、しっかり、構成されたモノだと思うのだが、さらっと行きすぎて・・・。幅が狭い。これは、やっぱり、爆発してくれ〜 表現の幅が、狭すぎのような気がして窮屈さを感じてしまう。
テンポ良く進むのだが、もっとストレートに、人間臭くなってくれてもよさげかなあ。のびのびとした開放感が感じられず、活き活きとした溌剌とした感じがない。
まるで、人工知能が演奏しているかのようで、う〜ん どうも、いかん。すかん。ダメじゃん。
ティンパニーだけが、ラスト、ホント、ラストだけ、妙に盛り上がって、バンバンっと叩かれて頑張っているんですけど。
総体的に、すっきりとしたマーラーだが、聴いている方は、スカッとしないです。アク抜きされすぎちゃったかも・・・。

  アバド ベルリン・フィル 1993年
Claudio Abbado Berliner Philharmoniker
(Berlin Philharmonic Orchestra)

断固抗議!


録音状態は、あまり良くない。93年のライブ盤とは、う〜ん。あまり思えない。ホールトーンが少なく、かなりデッドな響きで、音が平板で窮屈だ。いくらライブでも、アンサンブルはイマイチ、密度が少なく、複数の旋律が絡まず、えーっ。天下のベルリン・フィルなのに、緩く感じられてしまう。このベルリン・フィルとの演奏は、アバドのマーラー交響曲全集にも収められているのだが、ワタシ的にはお粗末。期待していたのに裏切られた気分。全集はシカゴ響との演奏の方が良かったのデワ。かなり疑問に思う。

← 交響曲全集である。
アバドさんのマーラー5番は、1980年 シカゴ交響楽団 1993年 ベルリン・フィル(ライブ盤)
2003年 ルツェルン祝祭管弦楽団(ライブ盤)がある。

1楽章
冒頭のトランペットが、ちょっとキツメに吹かれる。ホールの残響は、さほど豊かではない。
「れれれ〜 れれれ〜 れれれふぁ〜〜 れれれふぁ〜 れれれふぁ〜 れふぁられぇ〜」
「ど〜 しらそふぁ しらそふぁ そしれふぁ〜 そぉ〜 しぃ〜」
「ふぁ〜しらそふぁ そふぁみれ み〜ふぁ ふぁ〜〜 ふぁみれみ〜 ふぁみれみ〜」
どこか投げやりなフレージングで、ドスン、ドシャーンっ!と響く。
そっから後が、遅いっ。
葬送行進曲のテンポは、一気に落ちて、弱々しく、緩めの感覚で、そう、鬱っぽく力なく演奏されていく。
冒頭の力強い、トランペットのツヨイ吹き方とは、うってかわって〜 アンタどうしたの?と、驚くほど。
この弦の弱々しさに驚いていると、再び、金管パワーが、強気一本の吹き方で登場してくる。
で、弦のフレーズに変わると、一気に、萎んで、弱々しく演奏されるのである。
はあ。なるほど・・・躁鬱の傾向があるだ。金管が躁で、弦が鬱ねえ〜(笑)
 
ライブ盤なので、あまり奥行きが感じられない。そこで、ドシャン〜っ、金管の強いツーンっとした音が、飛び出してくるので、う〜ん。ちょっと聴いてて、シンドイ。録音のレンジ幅が狭いのか、ちょっと窮屈感がある。
で、木管の響きとか、金管と弦のバランス、テンポの設定は、躁鬱の感じが出ているっていう感じで理解すれば、まあ、納得しちゃうものの、演奏自体、アンサンブルとしては緩い。
ところどころ、えっ、歯の抜けた感じ、密度に欠けた感じがして、弦の絡みが綺麗にはまっていないような気がする。鬱っぽさ、イコール、覇気の欠けた演奏に感じられて、緊張感が緩んでいるかのようだ。

2楽章
音の響きが、平べったく圧迫感が強い。
「らしどしら〜 (そっ) らしどしら〜 (そそそそ そそそそ) う〜ぱっ う〜ぱっ そっ ふぁみ〜」
弦のカシっとした音、シャンシャカしたシンバル、つんざく金管、打楽器・・・
怒濤の冒頭なのだが、低弦の力のなさに比べて、シャンシャカ、シャンシャカ鳴っており、とっても、耳障りで、うるさい演奏になっている。
楽器間の録音バランスが悪いのかなあ。イッパイって感じがする。余裕のない感じで、音が流れていかないというか、、、とっても、狭いところに押し込められて、音がはみ出している感じがする。
これは、聴いてられないっ〜 どひゃーっ。
この演奏を全集に入れちゃったのぉ? これは、う〜ん。
「れっそしぃ〜 らそ しぃ〜」という低弦のフレーズに、木管が絡むところも、なーんか、籠もり気味の弦のフレーズに、音を置いているだけの木管という感じで、違和感あり。
弦のピチカートも響かないし、濁って淀んだ旋律で、弦の音の膨らみ感が少ない気がする。
総体的に推進力が落ちているというか、勢いが無いって言うか。う〜ん。どうしちゃったん?
弱音すぎて、聞こえないぞーっ。と言いたくなるところもあるし。
低弦「どふぁらぁ〜(ふぁふぁふぁ し〜ど) そぉ〜ふぁらぁ〜(どどど し〜ど)」
「どふぁら〜 そふぁ〜みふぁ〜 ど〜ふぁら〜 どぉ〜れみ ふぁ〜そら れ〜ど ・・・」
と、段々と高揚してくる旋律が出てくるのに、その勢いが無いというか、う〜ん。
低弦の響きが悪いし、パーツがバラバラになってて、終始絡まないで、終わっちゃった感がする。 

3楽章
ホルンと鈴の音、フルートの響きが、可愛い楽章だが、えへっ ちょっとホルンの響きと鈴、弦のアンサンブルが、ずれてる感じ。あらまっ。(まあ、ライブだから)
オチャメな雰囲気は、しているようでしてないし、期待するほどには、遊びが少なくて、余裕がない。
弦が、やっぱり聞こえて来ない。弾みも少なめ。弱音で、弦がピチカートしているところは、えっ? 目の前で、下手なマンドリンの練習されているみたいな音が入っているし、ホルンのソロの間合いも悪いし。
う〜 これ以上書くと、文句がイッパイ言っちゃいそう。(怒)
後半、明るめの行進曲風の場になると、音のノリが良くなってくるし、パーカッションのポコポコした響きとかは、面白い。金管のコラール風フレーズも、元気を取り戻してくる。
「そっれ〜れ そぉ〜そ ふぁみれ〜」「そぉ〜そ ふぁみれ〜 そぉ〜ふぁみれ〜」
金管の推進力が出てくると、みんな元気に鳴ってくるのだが。いかんせん、バランスが悪いのかなあ。
(音の方向性が、ウチのシステムと合わないのかもしれないなあ〜 悩)

4楽章
有名なアダージョである。
この楽章は、弦に焦点があったっているので、高音域のフレーズが美しく奏でられている。
ただ、低弦のフレーズがもっと響いてくれたら、もっと心情的な揺れが出てくると思うのだが〜
美しいと思う。美しく歌おうとしているが、透明度が高くなく、全体的には、もわっとした空気感のあるなかで、ヴァイオリンの音色が響いてくるのは、その点惜しいと思う。

5楽章
「しぃ〜  しふぁしぃ〜 (らっ れみふぁそらら れっどしら) そふぁみし〜 どぉ〜 し〜」
「(しそっふぁみっ そっふぁみれ〜) ふぁ〜し〜どどふぁふぁ れっれ しぃ〜」
このホルンの響きとオーボエの響きには、ようやく牧歌的なフレーズが絡んで、木管の楽しさ、金管のまろやかさが溶解してきて、良い響きになっている。
チェロのフレーズも勢いが出てくるし、弦のキレが出てきて、リズミカルに動き始める。
ようやく生き返ったかのように、音が流れ、生命力が湧いてくる。
しかし、密度は相変わらず高くなく、ところどころ、テンポを極端に落として、弱々しさが極端に描かれているように思う。
恣意的かもしれないが、ここまで落とさなくても良いと思うし、勢いよく演奏して欲しいと思う。
音を極端に伸ばしているところ、歓喜の歌のように、最後の高揚感は、やっぱり演出して欲しいし、バラバラのパーツが、最後まで溶け合うことなく終わってしまうのは、う〜ん。
最後は、かなり熱く演奏してるんですけど、大きな拍手も入っているんですけどねえ。う〜ん。

ワタシは、シカゴ響との演奏も所有しているのだが、何故、全集に、このベルリン・フィルとのライブ盤を収録しちゃったのか、ちょっとわからない。大変申し訳ないけれど〜 この演奏は、かなりイマイチ。
歯に衣を着せない言い方になっちゃうけど〜 よくCD化したなあ。って呆れちゃうぐらい。
全集に入れたのもわからなければ、無理して、CD化しなくても良かったのではないかと思えちゃうほど。
ワタシ的には、このベルリン・フィルの5番は、超がっかり。
高い全集セットを買ったのにぃ〜 ワタシは余計怒って断固抗議(笑)します。
ハイ、5番は、旧録のシカゴ響の方が、断然良いと思います。一応、★2つにしているけど、実質1個でええやん。って気分です。(笑)

交響曲全集 オケの組み合わせ

1番  ベルリン・フィル  1982年ライブ盤 2番  ウィーン・フィル  1992年ライブ盤
3番  ウィーン・フィル  1980年 4番  ウィーン・フィル  1977年
5番  ベルリン・フィル  1993年ライブ盤 6番  シカゴ交響楽団 1979年
7番  シカゴ交響楽団 1984年 8番  ベルリン・フィル  1994年ライブ盤
9番  ウィーン・フィル  1987年ライブ盤 10番  ウィーン・フィル  1985年ライブ盤

ブーレーズ ウィーン・フィル 1997年
Pierre Boulez Wiener Philharmoniker
(Vienna Philharmonic Orchestra)



録音状態は、年代のわりには、透明度が高いとは言い難い。
演奏は、だれてしまって〜かったるいと感じた。途中でギブアップ。
1楽章
テンポは、かなりゆったりめ。冒頭のトランペットのファンファーレから、かなりけだるい。
葬送の曲とのことなので、憂鬱で良いのかもしれないが、長い楽曲なので、このテンポでは弛緩する。
そこからの行進曲風は、足を引きずって葬列に参加している感じがする。
ただし、哀悼の意を表しているという風でもなく、悲しみにくれているというわけでもなさそう。
無表情的で、深みが足らない感じを受ける。 トランペットの伸びがなかったり、リズムが正確すぎるようで感情に揺れがない。
中間部は、他の盤だと嵐のように激してくるのだが、ブーレーズ盤は、火がつかない。
もう少しテンポをあげて欲しいところだが、ティンパニーも遅いし、う〜ん。 インテンポと言うより、無気力・脱力的で、面白くない。
トランペットが和音を奏でるところは、わずかに盛り上がってくれるのだが、チューバがファンファーレと同じ旋律を吹いていても、パワーがない。弦が死に絶えてしまいそうなほど、退屈で憂鬱で・・・
することが無いのかなぁ〜 ダラダラしている不健康そのもの。 かったるぅ〜っ。仕事に行かず、ブラブラしているおじちゃん風になってしまっている。 憂鬱ではあるけれど、貴族風な憂鬱さではないのだ。
上品でもないし、まったり〜でもないし、美音でもないし、爛熟した退廃でもないんだなあ。
で、テンポが緩いためか、最後の盛り上がるところの音だしがあっていない。ダメじゃよ。これは。

2楽章
さすがに、1楽章よりテンポがあがったが〜 
ラシドシラ ラシドシラ・・・という低弦とティンパニーのリズムが悪くて、切れがまるでナシ。なんじゃこりゃ。
ティンパニーと低弦の切れが悪く、締めてないし。フレーズの下支えにもなっていない。
美しいメロディーラインがあるにもかかわらず、メタメタ・・・ あーた。これウィーン・フィルかいな。
これダメじゃ。崩壊しとるやないかぁ〜っ! ねとるやろぉ〜 

3楽章・4楽章
あー やっと、明るくて楽しいスケルツォになったというのに・・・。へっ? テンポは上がらずか。
まだ憂鬱を引きずっており、気分が変わらない。メリハリの無さが致命傷。途中で飛ばしてしまった。
4楽章は甘美なアダージョの筈なのだが、ブーレーズ盤は、緊張感が感じられず。
冒頭から憂鬱の病に罹ってしまったようで、最終楽章で、ついには廃人同然の状態に陥っている。 ブーレーズ盤は、全編聴き通せるほど、体力・気力が持たない。
聴き手が元気な人でも途中で萎えてしまいそう。演奏している人は、鬱になったかもしれない。
ホント腹が立つほど、かったるい。あ〜 やっぱりブーレーズさんは天の邪鬼だぁ〜。

ダニエレ・ガッティ ロイヤル・フィル 1997年
Daniele Gatti Royal Philharmonic Orchestra

録音状態は良い。いっぷう変わったテンポ設定で、あれっと思うけれど、耽溺もできるし、そこそこパワーもあり。あれこれ考えているのか落差の大きな演奏で、面白く聴ける。

 

1楽章
「れれれ〜 れれれ〜 れれれふぁ〜」・・・
「ど〜しらそふぁ しらそふぁ〜 そしれふぁ〜 そ〜し〜」
「ふぁ〜し〜らそ ふぁみれみ〜 ふぁ〜 ふぁ〜 (ドドドド・・・)ふぁふぁふぁ〜 ふぁふぁふぁ〜」
冒頭のトランペットは、柔らかく、茫洋とでてくる盤もあるのだが、ガッティ盤は、トランペットをわりと強く吹かせてくる。特に、「ふぁ しぃらそふぁ そぉふぁみれ みぃ〜」が、独特のアクセントがあってキツイ。
「しぃ〜らそふぁ そぉ〜ふぁみれ みぃぃ〜」
すげっ のっけから個性的なのだ。なーんしか変わっている。
レスピーギのローマ3部作も聴いたが、その時も、う〜ん。相当に変わっていると思った。
このマーラーも変わってて、まずテンポが一様ではなく、伸び縮みが激しい。
また、レンジ幅が大きい。で、熱いところと、ドライなところ、どろ〜っとするほど耽溺なところ。さらり〜と高音域の美しさで奏でちゃうところ。 速いところと遅いところ、両極端である。
自由自在に、カメレオンのように変貌していく。
この変わり身についていけるかどうか。これが、好かれるか嫌われるかの分かれ道って感じがする。
で、長大な交響曲なので、どこが他の盤と違って聞こえるところか、1つ1つ解説しているわけにもいかないし、どう演奏しているかなんて言えない。(評論家じゃーないだもん)
でも〜 うねうね〜としているようで、迫力もあるし、音色は美しい。歌心もタップリある。
いっけん、バーンスタイン盤のような耽溺型かと思ったが、いや〜ちがう。
「れみふぁ〜ら そふぁみっど〜」 葬送的なところは、弱々しく遅い。でも結構、ドライなのだ。
インバル盤のように、粘着性は少ないと思う。インバルさんなんて、どぉ〜っと重いし、糸引き納豆のように、ねちっこい。でも、ガッティ盤は、さらっとしてて沈み方が綺麗である。
弱音の部分が、弦の語尾の美しさに支えられていて、音が綺麗に残っているし、フレーズの分離が良く見通しがわりと良い。
さほど立体的に構築されているようにも思わないんだけど、葬送の主題には、間合いが充分にあって、その弱音の間合いに暖かい余韻が残っている。この間合いが、聴き手に、感じる暇を与えているような感じがする。緊張感を要求するような演奏ではなくって、ほわ〜っとした感じに包まれる。

2楽章
「らしどしら〜 (そっ) らしどしら〜 (そそそそそそそそ) う〜ぱっ う〜ぱっ」
怒濤のような流れや切迫感はないものの、そこそこにダイナミックに畳みかけている。
弦の高音のフレーズが綺麗に、ふんわか乗ってきて、序奏部分が終わると、耽溺ぎみのカンタービレが始まる。
弦の流し方と、木管の受け渡しも美しく、弦が儚げに「ふぁ〜 どみ〜 れみそらし〜らど〜」と奏で始める。テンポはゆったり。丁寧で、暖かく、ふかぶか〜っとした息づかいが楽しめる。
ドラマティックで、歌心があるが、かなり息は長めだ。このあたりは、オペラチックだけど、旋律を奏でる幅を大きくとらまえているようで、器がデカイ感じような、おおらか さ、長けていると言っても良いぐらいだ。
なにせ弱音すぎて、いったん休憩かと思う間合いもある。
フレーズのツカミは短めなところと、膨らみが大きくて長めのところが、差が大きいような気がする。
跳躍感や躍動感は、ちょっと少ないような気がする。え〜 ここは歌ってよぉ〜と思うところが、速いところもあるし。う〜ん。
大袈裟にしたいフレーズの前は、ちょっと折りたたんで、はしょり気味にしているのかなあ。なにせ落差の大きな演奏だ。ティンパニーの響きは、私的には好ましい。

3楽章
歌心が満載で、可愛い雰囲気がする。
牧歌的で、のびやかで〜穏やかだ。と、言いたいが、えっ速いっ。なんで〜ここだけ速めるの?
せっかく美しい和音が奏でられた後なのに。
で、フルートの響きも良いんだけど、「どど どっしら〜」と鳴る金管が、なーんで、ここだけ速いのさ。
う〜ん。思いがけないところで、速いんだよなあ。(落ち着かない)
この楽章は、レントラー風の歌曲だが、金管が不安な様相を醸し出す役割をしているので、その関係で、妙にテンポを変えているのかもしれない。
ホルンの長い音色は、美しい。全体的に明るめの色彩感があり、なかなかの美音だと思う。
響きの美しさも際立ってて、なかなかの耽溺型だと思う。ゆったり〜 沈むところの美しさ加減が、なかなかに良い。弦のピチカートは、もちっと歯切れ良く響かせて欲しいんだけど。
底知れぬ、甘さと冷たさが同居するようなリアル感は少ないけれど、耽溺したい気持ちにさせられる。
ぱっくり口をあけている不気味さは、もう少しあった方が良いんだけど〜

4楽章
有名なアダージョは、う〜ん。耽溺型ですねえ。
シノーポリ盤や、バーンスタイン盤のような暑苦しさは無いけれど、なかなかに、どっぷりできる。
弦の音色が明るく、響き厚みがあることと、テンポを揺らすので、退屈しない。
弱音の美しさもあるし、息を吸っているフレーズと、吐き出すフレーズと言う感じで、呼吸している感じがして好ましい。息を吸うばかりじゃ〜苦しいんだけど、吸っているフレーズが、なかなかに切迫感ある。
たまりかねて息を吐き出す。その頃合いがみごと。
なんとも言えない間合いですねえ。息が詰まるなってところで、吐き出してくるんだよなあ。
優美さも、まずまずあるし、思わずのめり込んで聴いてしまった。

5楽章
消え入りそうな牧歌的なフレーズで、伸びやかさとか、開放感が感じられない。えっ もう、少しのびやかさに、さらり〜っと始まるのかと思ったのだが、意外や、のろい。
かと思ったら、弦は、はやく軽やかに、さらさら〜っと奏でてくる。
もう少し、歌いながら、太く、奏でてくるのかと思ったら、わりよ弱音のままで走っていく。
コミカルさ、滑稽なほどの諧謔さ、お祭風にもならず、わりあいと、エンジンが掛からない。
リズム感が少ないというか、フレーズは歌っているが、上へのびていこうとするエネルギーが不足しているのか、「みふぁそら〜 みふぁそら〜っ」と、階段をのぼるような気配が感じられない。
う〜ん。マーラーの楽曲は、高みにのぼりたいという、上昇気流が感じられないと、私的にはイマイチなのだけど・・・。
金管とティンパニーが鳴り始めて、ようやく様相が変わってくるが、うねるようなエネルギーをためて〜という気配がイマイチ感じられず、ぐぐ〜っとエネルギーを蓄積していく過程が、う〜ん。イマイチかなあ。
弦と木管が、ようやく動き初めてくるところや、弦の合奏は美しいし、ガッティさんの美意識は感じる。
運動機能としても、最後になって目覚めました。という感じにはなってくれているし、お目覚めになると、やはりパワーは感じる。
総体的には、生き物的というか、バケモノ的というか悪魔的な要素は少ないし、爆発的パワーがあるわけでもないけれど、なかなか、最後にはパワーアップして終わってくれている。

ぐわ〜っと底から湧き起こってくるようなエネルギーは、あまりないけれど、耽溺もでき、歌心もあり。
美音でもあり、タメもあり、テンポの変な揺れもあり、ちょっぴり変わっているけど、面白く聴ける。
まだ、ガッティさんが30代後半の演奏だったと思うので、期待大だと思う。

1967年 ワルター ニューヨーク・フィル SC  
1970年 クーベリック バイエルン放送合唱団 G  
1970年 ショルティ シカゴ交響楽団 Dec  
1970年 ハイティンク コンセルトヘボウ Ph ★★★★★
1973年 カラヤン ベルリン・フィル  
1977年 レヴァイン フィラデルフィア管弦楽団 ★★★
1978年 テンシュテット ロンドン交響楽団 EMI  
1980年 アバド  シカゴ交響楽団 ★★★★
1984年 スウィトナー シュターツカペレ・ベルリン DS  
1985年 シノーポリ フィルハーモニア管弦楽団 ★★★★★
1986年 インバル フランクフルト放送交響楽団 De ★★
1987年 バーンスタイン ウィーン・フィル  
1988年 ハイティンク ベルリン・フィル Ph  
1988年 ドホナーニ クリーヴランド管弦楽団 Dec ★★★
1990年 小澤征爾 ボストン交響楽団 Ph  
1990年 ベルティーニ ケルン放送交響楽団 EMI  
1992年 デ・ワールト オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団  
1993年 アバド ベルリン・フィル ★★
1996年 ブーレーズ ウィーン・フィル ★★
1997年 シャイー コンセルトヘボウ Dec  
1997年 ガッティ ロイヤル・フィル R ★★★★
2002年 ラトル バーミンガム市交響楽団 EMI  
2003年 ギーレン 南西ドイツ放送交響楽団 hanssler  
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