「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

マーラー 交響曲第6番「悲劇的」
Mahler: Symphony No.6


クーベリック バイエルン放送交響楽団 1968年
Rafael Kubelik    Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks
(Bavarian Radio Symphony Orchestra)

録音状態は良い。とても68年とは思えない。冒頭は、せっかちで前につんのめったテンポだが、緩やかで静寂な旋律を奏でたら、う〜ん。うるうる来ちゃう。総体的には、端正でアッサリ系だが迫力も充分。3楽章が白眉である。
1楽章
クーベリック盤は、68年の録音だが、今、聴いてもなかなかに新鮮だ。
冒頭、せっかちな軍隊行進のようなリズムが刻まれる。
「しっしっしっしっ れっれど れっれど  ふぁそそ そ〜らら らっしし らっしし」
バックに入っている小太鼓が、メチャリアルで、歯切れのよいシャカシャカした音が入っている。
えっ、と驚くほど、速めのテンポで、弦のチャッカ チャッチャカしたリズムと、それを畳みかけてくるシンバルや小太鼓が、心理的に追いつめていくように叩かれている。
で、イライラするようなリズムで・・・ 冒頭から、結構、やられる。
煽られるというか、圧迫感があるというか、攻められて、攻めたてられて〜 疲れちゃうかも。(笑)
「タン タン たらん タンタンタン」
メチャ テンポが速いですねえ。焦ってでてきたような気がするんだけど・・・。テンポ設定間違えた?
いやいや、ホント、メチャ前のめり状態で、突き進んでいくので、冷や汗が出ちゃう。

確か、マーラーの録音が、まだまだ少ない時代・・・ 6番っていうと、普通LP2枚組だったけど、この演奏は、1枚モノで売っていたように思う。(← 記憶違いかなあ) 
で、テンポは、メッチャ速かったような気がするんだけど、こりゃ、完全に、前につんのめっている。

6番は、なかなかにテンポ設定が難しく、遅すぎるとだれるし、かといって、テンポを伸び縮みさせると、船酔いになってしまうが、クーベリック盤は、結構、端正で、弦のアンサンブルなんてキッチリしているし、気持ちが良い。
金管だって安定しているし、録音状態も、68年にしては、すこぶる上質だ。
金管が鳴っていても、まろやか傾向だし、弦も奥のトライアングルだって、きちんと入ってて〜 おおっ。というほど透明度が高い。 ヴァイオリンのキレが良いのと、金管のまろやかな音質、そして、どろどろどろ〜っと奥で鳴っているティンパニーと大太鼓。また、パーカッション、木琴なんかも、よく響いている。
バランスが良いんだろうなあ。
ジャッジャッジャッジャ・・・と、テンポを刻むところは、もっと馬力のある盤もあるし、瞬間湯沸かし器みたいな点火パワーや、火山のような、下からつきあげてくるような爆発的パワーはないのだが、 すっきりとした緩やかなフレーズのところは、すごく美しい。
ファゴットや透き通るような弦、ことに木管が綺麗なのだ。それに金管は、木質的で柔らかく、まろやかに響いてくる。
バイエルン放送響の音質が、ワタシ的には大好きなのだ。つい、惚れ惚れして聴いてしまった。
この盤は、結構、バランス感覚と、細めだが機能的に優れている感じがする。
楽章最後のトゥッティは、さすがに重低音が入っている盤には、負けちゃうんだけどねえ。
緩やかなフレーズは、じっくり、じんわり〜 緊張感を持たせたまま、聴かせてくれる盤である。

2楽章
ティンパニーの「タラン タンタン タラン タン」、金管の「ふぁっどぉ〜 ふぁっどぉ〜」
「ひぃ〜 ひぃ〜っ」と泣き節のようなフレーズが入ってくる。
粘着力のある風変わりなスケルツォ楽章であるが、淡々と進んでいるような演奏で、わりとあっさりめ。
もちろん、泣き節のような金管に木琴が、風のように巻き起こる。
まっ この楽章は、ティンパニーが大活躍なのだ。
で、中間部には、オーボエが吹かれており、ガチョウが鳴いているような湖の静けさに変わる。
中間部の静寂さ、緊張感、自然観、穏やかさが、この盤には、たっぷり詰まっている。
難しいアンサンブルで、フレーズも、いろんな楽器と共に、複雑に絡んでいて〜 素人には聞き分けるのが難しいところがあるが、、、 
クーベリック盤で聞いていると、人間界のドロドロ現象よりは、自然を見ているような雰囲気がある。
客観的というか、遠い視点で、先を見通しているような、心理的に安定して聴ける。
目先に追われて、必死〜という演奏ではないのだ。
まろやかさ、安定感、不安定なのだが、落ち着いた心理状態を、保っていれる。

で、ギアチェンジを入れ替えて、主題に戻ってくるところでは、テンポ設定が恐ろしいほど、変わっている。
まっ 中間部が落ち着いた風情だっただけに、ギアチェンジが変わると、恐ろしい〜 焦燥感に変貌している。

3楽章
クーベリック盤は、2楽章の穏やかさ、3楽章のアンダンテが白眉だ。
穏やかで、透明度の高い演奏で、叙情たっぷりに描かれている。ホントは、和声的には、美しいとは言いがたい音が並んでいるんだけど、しかし柔らかく、長いフレージングで、木質的な音が大変心地良く、適度な湿気を含みつつ、瑞々しい演奏となっている。
「ど〜らど しらふぁそ そふぁみふぁ み〜  れど どれ れし しど しそ ら〜」 
草原のような牧草地のような、ホルンの音色なんて〜 ウルウルしちゃうほど。
5番のアダージョに負けないほどの、柔らかい天上的な楽章である。
クーベリック盤で聞くと、ホント、柔らかく、目の前には草原が広がり、夜になると星が瞬くような、広々とした空間が、頭の上に広がっているようだ。 憂鬱さは、みじんも感じられず、人の感情は、超越され、度外視され、美しい自然界に誘われているような気がする。(え〜 ホント、こんなに美しくて良いのかなあ。) あー ウルウルしちゃう。

4楽章
この最終楽章の冒頭は、ハープが奏でられ 「れ れぇ〜 どれみ ふぁっそしぃ〜そみどしら そふぁみど〜」 (ドン ドドド ドンドン) 
「し〜どど れしぃ〜 しっどど れしぃ〜」
このフィナーレは、おっそろしいハンマーの一撃があることで有名である。
最初は、くぐもったうめきがあるが、ところどころ、ミュート付きのトランペットやハープが入ってきて、混沌としている。
木管のフレーズの温かさが生まれてきて、遠くで、「らぁ〜みふぁっ みっら〜」という主題が出てくる。

オケのあちらこちらに、フレーズがちりばめられた曲で、忙しい曲で、断片的なフレーズが、飛び交っており、どこでどう繋がっていくのか、聴いてて不安に感じる面もあるのだけど〜
幾何学的というイメージさえ、持っていたのだが、クーベリック盤で聞くと、なかなかに暖かい演奏で、イカツイ、険しい曲だと思っていた印象が、かなり変わる。
ホルンの美しい音色が、うーん。呻いてしまう。
確かに、勇壮なフレーズが目白押しな曲だし、ガツンガツンした凸凹状態でもあるんだけど、クーベリック盤で聞くと、なかなかに繊細で、細かい、奥の奥まで襞のように折り重なっているのが感じられる。

ショルティ盤や、テンシュテット盤で6番を聞いた記憶では、ガツン、ドシャン、ガシャン、どどど〜っ。
ガツンっ! グサっ! ハイ、やられました〜という状態だったんですけどね。
キワキワの精神状態にされて、鋭利な刃物で追いかけられる感じの、幻影を見ちゃうんです。
でも、クーベリック盤は、違いますねえ。
マーチ風の主題でも、強烈な軍隊調ではなく、かといって、デ・ワールト盤のようなカンタービレ風にもならず、柔らかいけど柔らかすぎず、しなやかだが、端正で、無駄がない。
なにせ、他盤よりは、テンポがサクサク進んでいます。でも、ドンっとハンマーは落ちてきます。
情感どっぷりではないし、どろどろに一緒に落ちましょうというタイプでもなく、機能を優先するわけでもなく、淡々ともなりすぎず。 余計な要素を含まないものの、暖かみがあり、美しくありつづける。
う〜ん。これは、これで凄いですねえ。

ハンマーの一撃は、さほど凄いものではないです。 ティンパニーやハンマーで、強烈な打撃を受けたいのであれば、他の盤を聴いた方が良いです。 むしろ、ハープや弦のピチカートや、木管や金管の音色の美しさ、暖かい音質でありながら、シンプルな端正な演奏であるのが、当盤だと思います。
盛り上げていくところの過程は、多少、直線的だし、重量不足って感じで、鳴りっぷりが、段々怪しくなっていくんですけど、直線的にヒートアップ。 表情付けは、あっさり傾向だけど、ドラマティックな様相もあり、決して見劣りするモノではない。むしろ、質の高い演奏で、見通しも良いし、解りやすいバランスの良さが感じられる。
最後の一撃も、結構インパクトあるし、繰り返して聴く人にはお薦めできると思う。

  カラヤン ベルリンフィル 1975年
Herbert von Karajan    Berliner Philharmoniker
(Berlin Philharmonic Orchestra)

こりゃ良いわ〜拍手

録音状態は極めて良く、がっちりした構築感あふれる、鳴りっぷりもみごと。全体がわかりやすい演奏で、交響曲というよりはオペラを観ているかのような、スケールの大きさがあり、圧巻っ。カップリング:2枚組BOX
1 マーラー 交響曲第6番 2 亡き子をしのぶ歌(1974年)
3 リュッケルトの詩による5つの歌曲(74年)メッゾ・ソプラノ:クリスタ・ルートヴィヒ
1楽章
出だしから、ガッシガッシ・・・と、刻みが鋭いのに驚く。
「しっしっしっしっ れっれど れっれど  ふぁそそ そぉ〜らら らぁっししっ」と、ザック ザックと、鋭く刻みながら、テンポ速く進む。小太鼓も良く聞こえてくるし、 金管のフレーズも、まろやかだが奥行き感がある。
なにせ録音状態が良い。とてもリアルだ。
ティンパニーの「ダン ダン ダダン ダンダン」という音なんかも、とても生々しい。
え〜 これって75年の録音だよねえ。と、とても驚いてしまった。
また、弦の豊かで、 なだらかに滑り落ちてくるところが、う〜ん妖艶すぎるほどだ。
弦の美しい、たなびくさまがみごとで、ひぇ〜 なんて美しいのだろう・・・。
闇に消えていくかのような奈落の底に、喜びながら吸い込まれていくかのごとく雰囲気があり、 これは凄い、お見事だ。
出だしの数分程度で、いっきに引き込まれてしまった。

リズム感の鋭さと、優美さを、両方兼ね備えた感じで、緩さなど微塵も感じられず、しっかり怖いように厳格に刻み、縦の線が頑丈でガッシリしており、それと共に横のフレージングは、なまめかしく、妖艶でとろける甘い香りが、ふわっ匂いたってくる。 こりゃー すごい。カラヤンを侮っていた!
すごい統率力で、巌のごとくそびえ立っており、すごいアタックで、凄みが感じられる。
特にティンパニーの音が、ガッシリ叩かれ、快感〜って感じるほど、気持ちが良いほどスカッと鳴っている。
う〜ん 正攻法での正面突破という感じだろうか。
壮大で、長大なスケールの構築感あふれる楽曲となっており、これほど、録音状態が良く、鳴りっぷりの良い、揺るぎのない6番って、あーっ あっただろうか、あーっ 今まで何を聴いていたんだろ。あーっ シアワセっ!

2楽章
前楽章に引き続いて、引き締まった筋肉質なフレージングと、パンチの効いた、そして、低音の響きがものすごく重厚だ。
これだけ厚みがあるのに、すごくタイトな感じは、聴いてて気持ち良い。
また、パーカッションを初めとした各楽器が、これほど混濁しないで、見通し良く聞こえてくるものかしらん。
すごい。驚いちゃった。
弦のキレの良いが、優美さを失わない黒光りしたような音色は、う〜ん、すごい。70年代のカラヤンって、やっぱり凄い演奏を聴かせてくれる。
細切れになっている弦のフレーズも、律動感があるというか、ばらけずに間合い豊かに、緊張感を保ちつつ演奏されている。ぶぉ〜 ぶぉ〜っと吹かれる金管も、単にぶっ放しの咆吼ではなく、うるさく鳴らずに丁寧だし、 木琴の音は硬いが良く響いているし、全体的に見通しよく、包まれている。

金管と弦は、咆吼する場面もあるが、無機質な軋みや、機械的な鳴り方でないし、木管が登場するところは、静謐で、ゆったり、情感たっぷりに、素朴でありながら、遊ぶかのように余裕が感じられる。
マギャクの要素、相容れない要素を組み合わせて、気分が、一瞬でがらっと変わる楽曲だが、アクセルを一気に踏み込んで、極端にぐっと走るわけでもない。
テンポを極端に変えて、アクセル、ブレーキの踏み込みのキツい、ムチウチになりそう〜な極端な演奏もあるが、カラヤン盤では、スムーズに移行されている。
この2楽章は、解りづらい楽章なのだが、コントラストを適度につけながらも、嫌みなく総括している。
全体の構成が、きれいに整理され、わかりやすく提示されている。あまり気づかないけれど、小さな積み重ねが、うまく整合されて、1つに、まとまっている感がする。

3楽章
う〜ん とろけるような甘さと悲しさが、ふわっと包まれて、美しく提示されている。
特に、とびっきり〜という甘さではないし、情感は転がり落ちていかず、品性が保たれており、聴き手の胃ももたれない。
木管のフレーズの暖かい響き、室内楽的なハーモニーが柔らかく感じられる。
総体的には、中性的で客観的な演奏というか、弦は、適度に歌うが、オーボエは、クールで、凜とした感じが出ているし、ハープの刻む音も、遠い過去の出来事のように、ふわーっと、想いを去来させる。
カウベルの鳴りも、ホルンの響き包まれて、頭のなかのイメージが、ふわっと浮き出て、天上の音楽へと繋がっていく。
泣き節にならないところが、逆に、イメージを膨らませるようで、演奏家のニクイ配慮というか、それだけ、技量にも、演奏にも余裕があるのだろう。かなり、暖かくて、懐の大きい演奏のように感じられる。まるで宗教音楽を聴いているかのように、 とても大事に演奏されているようだ。ここまで丁寧に演奏されていると、とても嬉しいのではないだろうか。

4楽章
ハープのパラパララ〜っという音と、悲痛な弦の音で、「れ れぇ〜 どれみ ふぁっそしぃ〜そみどしら〜」
(バン ドドド ドンドン)  「しぃ〜どどぉ れしぃ〜 しっどどぉ れしぃ〜」という、ヴァイオリンの上に、下にと激しく動く、最終楽章の幕開けになっている。
まるでオペラのような劇的なフレーズが静まると、モゴモゴしながらも、そのうちに金管でのコラールが生まれてくる。
で、バーンっ バーンっ ん ババン ババン バンっ!

木管のフレーズが良く聞こえて、不気味な風のようなフレーズが続く。
遅めのテンポで、粛々と進むところが、なんとも構えの大きさを表しているし、シャーンっと鳴り響かせ、そのうちに、テンポを上げていく、その推進力は破壊的で、トランペットなどの鳴りっぷりも堂々としている。
1楽章と同様に、厳めしくも、しなやかで躍動的で、金管のコラールの美しさを撒き散らしながら、行進が進む。
この金管コラールは、手慣れたもので、ホントに、堂に入っているというか圧巻だ。圧倒的なパワーで、突進していくところは、なんとも格好がよい。
また、ハープの分散和音が聞こえてくると、展開部に入るが、牧歌的なカウベルの音色が遠くから聞こえてくる。
演奏の奥行きが感じられ、広がりもあり、ダイナミックな表現だが、さほど過激にならず、しっとりとした品の良さを感じさせつつ、恰幅の良い、これぞ、オケの醍醐味とばかりに、たっぷり〜とした響きとなっている。
伸びやかさのある頂点を描きながら、ハンマーが振りおろされる。

バランスの良い音で構築されており、悲観的なドラマというよりは、穏やか。
もっと劇的に、激しく演奏してくるのかと思ったが、意外と、上品で端正で、どろどろ〜っとしたカオスは描いていない。
まあ、泥臭い演奏は、カラヤンだったら、しないですよね・・・。
ドスンというハンマーだが、ぐさっと刺す感じではなく、分厚い硬めの音だ。
スケールの大きい楽曲だが、ハンマーの音も、あくまでも、端正で美音で綴り、織り込まれていく。
銅鑼の鳴りっぷりは、控えめだが、スケールの大きい演出で、品良く、静謐な場面は流れるように美しい。
交響曲というよりは、壮大なオペラを観ているかのようで、聴き応えは、相当にあって、スペクタル性も高く、圧巻っ!
約30分の楽章だが、あっという間に終わってしまった。
これだけ、壮大に演奏されると、聴き応え充分で・・・ 圧倒されて、すごすぎる。
終わったら、一瞬、虚脱感に襲われ・・・ しばらくしてから、拍手ですっ! こりゃ〜すごい。

シノーポリ フィルハーモニア管弦楽団 1986年
Giuseppe Sinopoli    Philharmonia Orchestra of London

おぇ〜キモイ

録音状態はまずまず。他盤より内声部が良く聞こえるが、テンポがとても遅く、最後には、聴いてられなくなってしまう。ワタシ的には、ちょっと耐えがたい演奏。
もし、聴くのであれば、楽章ごとに聴くとか、なんらかの工夫しないと最後までもたない。
カップリング:マーラー 交響曲第6番、交響曲第10番アダージョ
2枚組BOX
1楽章
えっ、遅いっ。
「しっしっしっしっ れっれど れっれど  ふぁそそ そ〜らら らっしし らっしし」
冒頭から、エキセントリックに始まるのが6番っというイメージがあるのだが、テンポが少し遅めで、弦の刻みが緩い。
前につんのめってくるかのような、弦の刻み、シンバルや小太鼓の音が、通常は聞こえてくるのだが、ゆったりとしている。
ほほぉ〜 これは耳に優しいっ。
弦の「しどれ みぃ〜れ どらふぁみ みぃ〜れ らどし み しれどふぁ〜」というフレーズの後ろで、木管のフレーズが寄り添って聞こえており、柔らかい。
「どれ みぃ〜ど れみふぁっ〜 しっ らそふぁ〜み れっら しどらっ みふぁそれどっ・・・」という弾むフレーズも、とっても優美で、柔らかく、耽美的だ。
え〜っ ここは、もっと激してくるのでは〜というフレーズも、シノーポリ盤で聴くと、なんとも厚みのある優しさ。
柔らかなフレーズに早変わりしており、う〜 これでは、耽溺してしまう。
他盤とは違って、鋭さ、エグミが抜けており、ぬめっとした、厚ぼったい柔らかさがあって、独特の美意識があるのかもしれない。シノーポリならでは凝ったアプローチなのだろう。
木管の二重奏も、優美だし、特に、弦のフレージングには、流れるような美しさと、木管が弦に寄り添って、まろやかに包み込むような響きとなって聞こえてくる。えっ〜っと思うほど意外で、ホルンの膨らみ感などは、球体のように美しい。
で、アコーギクな面が多発しており、えっ ここで止まるの? というほどのテンポの落とし方をしてしまう。
まだ、軍隊風のマーチが続いているのだが、なんで? 

中間地点になると思うのだが、カウベルが鳴るシーンがある。そこでは、ぱたりと〜時間が止まってしまう。
確かに美しいとは思うが、う〜ん。もう、自分ひとりで、彼方へ行ってしまったんかい? えーっ。どうなってるの?
きっと、シノーポリさんのアタマのなかでは、このカウベルは天使の羽根のようなモノで、天上の世界なのだろう。
ワタシは、アルプス麓での単なる牛さんが歩いている風景なんですけど・・・
(あらら〜 どうしましょう シノーポリの世界について行けていない。)
天上の世界は、シノーポリの世界では、どこまで続いているのだろう。
ゆったりと、細部まで、センテンスごとにこだわって創り上げていくところには、頭ががさがる思いがするのだが、これだけスピードをあげたり、さげたりして、一緒に思い入れたっぷりに聴いていると、そのうちに気持ちが悪くなってしまう。
果たしてこの楽曲って、こんな風なの?と、少し疑問に思ってしまう。

2楽章
「タラン タンタン タラン タンタン」 ティンパニーの皮の揺れが感じられ、金管の「しっ ふぁっどぉ〜 しっ ふぁっどぉ〜 しっし れぇ〜しっ しっしっ」 という、おっとりとしたフレーズに、 「ぷるん〜 ぷるん」と、金管のおとぼけフレーズが鳴る。
うねりが生じて、音が波打って出てくる。
重いおもりのついた振り子のように、うねぇ〜っと、揺れている。
他盤だと、世界崩壊かと思わせるような、おっそろしい世界が描かれていたりするのだが、なんか、シノーポリ盤は、ゆったりしているせいか、おとぼけっぽく、ボケボケしている。
1楽章と同じく、ワザらしいテンポの揺れというか、弱音にしてスピードを落としていたり、びぃよ〜ん びぃよぉ〜んという金管のフレーズが入ってきたりして、滑稽さというよりも、のろまな牛の歩みのように、ちょっと鈍重に感じてしまう。
音の強弱だけでは、旋律は、締まらないですね。もっと、スピードをあげて、金管が吹いていれれば、面白く感じるのでしょうが、引き締まった筋肉質的な演奏ではなく、ぶぶぶゎ〜ん ぶびぃ〜ん という金管の音は、う〜ん。なんでしょうねえ。 酩酊状態のおっチャンの鼾みたいで・・・。どうもいただけないです。

3楽章
この楽章は、ひとことで言っちゃうと耽溺して、ずぶずぶ。ひとりごち〜の世界です。確かにアダージョの世界で、とろみのある甘いフレーズがパッケージされているのだが、ここで20分弱なので、うぷっぷ。
で、4楽章は、もひとつ長いんですよね。次は34分28秒だっけ。
うへっ もう3楽章で、すでに聴いてられないのに・・・ もはや、ギブアップです。
ねっとり、じっとり、音楽の流れが止まるかのような、よどみ感があり、金管もツライだろうなあ〜と思いつつ、まあ、通して聴いてみましたが、美しさよりも、ワタシ的には、嫌らしさを感じてしまうかなあ。
綺麗だとは思うが、なんで、こうも、膨らませて萎ませて、またいっそう大きく膨らませて行かなきゃいけないのか、そこまでの思い入れが、一緒にはできない。それに、単に伸びているだけのようで、そこに感情移入の跡があれば、まだ聴けるけど。
う〜ん あまり感じられないです。

長くても、大丈夫という演奏もあるんですけど、シノーポリ盤の息の長い演奏と、暖かみのある録音状態では、少し、緩いと感じてしまうようで、体温がじわじわ〜あがってきて息苦しい感がします。
もう少し、ひんやりした温度であれば、長いフレージングでも聴けるかも。
また、弦だけ長く弾かれても、金管主体のフレーズだけでも困るなあ。息が続きません。木管の彩りが欲しいというか、輪郭を鮮やかに描いていただかないと、やっぱ、聴いているモノの視点が、微妙にずれてしまって。見ているようで見てない感じに。 段々となってしまう。やっぱり、頃合いってあるでしょう。緊張感が続かないですね。

4楽章
最終楽章の冒頭は、ハープが奏でられ 「れ れぇ〜 どれみ ふぁっそしぃ〜そみどしら そふぁみど〜」
 (ドン ドドド ドンドン)  「しぃ〜どどぉ れしぃ〜 しっどどぉ れしぃ〜」
2枚組なので、最終楽章のCDを入れるんですけど、これは勇気がいるわ。(聴こうか、やめようか迷ってしまった 笑)
で、やっぱり、ホルンの音色も綺麗だけど、もう最初ですでに眠いっ。
こんだけ長いと、金管セクションは、よれよれ〜になっていると思うが、録音時はどうだったんだろ。
あー CDをすっ飛ばそうかな〜って、よからぬことを思い描いてしまうほど。(かなり苦痛で、イライラしてる)
交錯する旋律を、綺麗に分解して見せてくださるのだが、なにも、そこまでしていただかなくても〜
弦の美しい旋律と、金管の入り具合とか、金管ぶっ放しだけど、しっかり弦がカシカシしているんだな〜とか、確かに情報量は多いと思うし、見通しよく聴くことができる。
演奏家の方々だと、次にこの曲を演奏するので・・・と、お勉強される場合だったら、とても参考になると思う。
まあ。しかし、ど素人のワタクシには、ちょっと・・・ありがたいけれど、ちょっと・・・やっぱり迷惑気味かな。(笑)
この調子で、30分。じっと聴けませんよぉ。

総体的には、シノーポリ盤は、のめり込んでは全く聴けませんでした。
また、感情移入型の演奏ではないですねえ。 意外と、フレージングを伸ばしていても、どどどぉ〜っと深く感情が昇ってみたり、降りてきたり〜という、テンションの高さは感じないです。
単にフレージングが伸びているだけで、演奏家も疲れているんだと思う。(← 勝手な解釈だけど 笑)
感情は、一瞬で、ぐっと〜瞬時に高まります。高まる時って、一瞬だと思う。
長い〜 ぐぐぐ ぐぃ〜っと伸ばしたからって、感情は、たかまらんわい。だれるわいっ。
もし、この演奏が良かった〜とおっしゃる方がいらっしゃったなら、楽章ごとに休憩を挟んで〜おられるのでは、ないかしらん? ワタシには、1楽章から通しでは、こりゃ〜無理っ。ずーっとは聴けません。

テンポをいじりすぎて、とてもヘンテコリンだし、おひとりさまだけが、耽溺型かもしれないが、周りはひいちゃう〜盛り上がらず、感情移入できず、生理的にあわない。 変な演奏を聴いちゃったなあ。この長さだからCD2枚かあ。
う〜ん。時間を返してくれぇ〜聴いてるこっちが悲劇的っ。(もはや苦痛以外の何ものでもないっ 泣) 
何度、ハンマーを打ち下ろしていただいても、こりゃ〜ダメでございます。もはや驚きませんっ。

ラトル バーミンガム市交響楽団  1989年
Simon Rattle  City Of Birmingham Symphony Orchestra



録音状態は良い。穏やかで丁寧な演奏である。不気味さや険しさよりも、どこかメルヘンティックで優しい。落ち着いて聴ける。ちなみに、CDジャケットは、トーロップ(Jan Toorop)の宿命論(Fatalisme)という絵画である。
1楽章
「しっしっしっしっ どっどし どっどし み〜ふぁふぁ ふぁそそ そ〜らら そ〜らら そ〜らら・・・」
前につんのめった感じで始まると思っていたのだが、遅いな〜と思うほど、どっしりとしたテンポで、刻んでいく。
結構、意外なほど、深く刻んでいく。
録音も良いし、小太鼓の小気味良い響きがあるし、弦の音がガッガッガ・・・と深い。
で、木管の絡みは、ちょっと足元が危うい感じがするが、字余り風になりつつも、なんとか持ちこたえた〜って感じだ。

まあ、ホントに危ないわけじゃーないんですけど、ヒュルヒュル〜っとした跳躍した感じのフレーズが、不気味に鳴ってくる。
シンバルば、ぱぁ〜んと響くし、不気味な行進曲だし、「らぁ〜 どぉ〜しっ」「そぉっ ふぁみぃ〜」と、警句のように奏でていく。ティンパニーは、「ぱぁ〜ん ぱぁ〜ん っぱ ぱっぱっ ぱんっ」と、開放的に鳴るのだが、なんとも〜
不気味な、黒い扉、門が開いたみたいに〜 鳴っております。
驚いたのは、意外と録音状態が良いこと。
歌うところは歌おうとしているし、美しさも垣間見られて、丁寧に演奏されている。
弦の儚いフレーズが、ちょっとかすれ声で、泣かれているような気もして、多彩な顔が見え隠れする。
たっぷりと間合いも取られて、造り上げていこうする熱意というか、構えが感じられるし、懐深く演奏されている感じ。
かーっと熱い演奏だと思い込んで聴くと、ちょっと、老練な感じを受けるので、意外かもしれない。

ヴァイオリンの儚い旋律は、とても美しいのだが、録音的にはこれが限界かしらん。伸びきった高音域での音が、かすれてしまって〜 「らぁ〜 らそぉ〜 しれどれ みぃ〜 れ どらふぁみ み〜れぇ〜 しどれみぃ〜 しどれみぃ〜」  
う〜ん。もう少し透明度が、クリアだったらなあ〜
上に横に奥に、もう少し伸びていく響きが欲しいのだが、しかし、行進曲フレーズのなかを、声を震わせて、ぽろぽろ〜っ と泣いたり、遠くからのカウベルの音やチェレスタの音も、かなり綺麗に入っていると思う。和音の響きも美しい。
EMIの割には、頑張ってんじゃんって感じだろうか。
また、しっかり聴こうという気になる演奏でもあって〜 ゆったりした間合いを感じさせる、落ち着いた演奏だ。

2楽章
「みふぁ らぁ〜ふぁら しふぁみれ みぃ〜 みふぁそぉ〜そそ そら そぉ〜」
このラトル盤は、通常の3楽章が、2楽章として演奏されている。
なんだか怪しい、ふわふわした足元の揺らいだ旋律で始まるのだが、耽溺的というか夢想的というか、メランコリックというか、とってもフシギな旋律で、安定しないところが、儚げで、美しいと思わせるところがある。
しかし、ラトル盤で聴くと、意外と健康的な感がして、すっと聴けてしまった。
弦のフレーズが、ふあっとしているのだが、楽器を変えて移っていく旋律に芯があるというか〜 明確に旋律が奏でられているので、心、ここにあらず〜 というか、ここは、どこ? あなたは誰? えっ どこに飛んでいったの?  というような、迷いはない。落ち着いた世界が描かれており、しっかり見えてます〜という感じの明瞭な世界である。

3楽章
ラトル盤は、通常の2楽章と3楽章が入れ替わっているので、3楽章がスケルツォになっている。
ティンパニーの滑り落ちるような「タラン たぁ〜たん タラン たぁ〜たん」
崩れた3拍子が、滑稽な感じもするスケルツォなのだが、意外と几帳面な3拍子である。
弦の響きが綺麗だし、金管の綺麗な咆吼があり、色彩的に豊かだ。
バラバラ感のする楽章なのだが、色彩的には統一感があるというか〜
不気味な、魑魅魍魎の世界を描いているかのような盤もあるのだが、ラトル盤は、散漫とならず、まとまった感じがする。
散文的というよりは、可愛い世界、乙女チックな、ストーリー性を感じさせる。
結構、可愛い詩的な感じを受ける。
ほんわか〜としたホルンの響きで、テンポもゆったりしているし、柔らかい。
ティンパニーの響きも丸いし、風変わりではあるが、ディズニーの映画を見ているような、楽しげな楽章である。

4楽章
ラトル盤の4楽章は、とっても美しい。
北欧の夜、オーロラが、たなびいているのを見上げているかのような神秘的で柔らかい音が響く。
ヴァイオリンの高音が、通っている。
「らぁ〜 しっどらぁ〜 しっどらぁ〜 しっどらぁ〜 しっどらぁ〜」
木管の響きも柔らかいし、太めの残響を残していく。
地獄・煉獄編の幕開けという感じのする盤もあったが、ラトル盤は、そこまで、切羽詰まっていない。
木質的な響きが印象的で、落ち着いてて、大人的な嬉しい。(とっても異質な、緊張が欲しい方には向いてないけれど・・・)

金管のコラール風の旋律も、和音も大変美しい。
ティンパニーの響き。風のような弦の音。金管のふくよかな響き、優しい風。
のびやかに、優しく、あくまでも優しい。爽やかな風が吹いてくるような、シアワセ感のある演奏である。
もっとスピードをあげて、自信を持って、ぐぐ ぐい〜っと邁進して、突き進んで欲しいな〜という気もするが、しかし、反面、なんて優しいんだろ〜と感動しちゃって、思わず目頭が熱くなってしまうような気持ちにもなり、複雑な心境に。

これが、人生、山あり谷あり〜の描写かと思いつつ、タクトを振っている人の人生にも重なるのだろうか。
聴き手の人生にも重なるのかもしれない。
ラトル盤は、総体的には優しくまろやかだ。そこには、強烈な 悲壮感もないし、肩肘の張った厳つい行進曲でもない、ホルンが優しく包み込むような、神の世界を描いていくように、伸びやかに、空に向かって伸びていくような、広がり感を与えて、視界が広がり希望が胸にわき起こっていくかのようだ。
え〜 こんなシアワセ感が6番にあったっけ? という感じで、とても意外な感じを受ける。
まるで、ハイジのように駆け出したくなるような〜 カウベルが鳴ったら高原の牛になったような気分で〜
どこか、解放感があって、とらわれていた現世から解き放たれたような、錯覚をおぼえるのだ。

悲劇的というタイトルとは、全く違う世界を描いているようで、シアワセ感の漂う、穏やかな演奏である。
もっと、文字通り悲劇的に、ひぇ〜という感じで、谷底に突き落とされたい方は、この演奏は、モノ足らず、ぬるいと言ってダメ出しがでるかもしれません。

セーゲルスタム デンマーク国立放送交響楽団 1990年
Leif Segerstam  Danish National Radio Symphony Orchestra
(DR Radiosymfoniorkestret)



録音状態は極めて良い。弦の線は細めに感じるが、金管と打楽器に威力があり、タメも充分。特に3楽章は、耽美型で、昇天させられる。
セーゲルスタム盤は、メチャ録音状態が良い。
ちょっぴりクールな音質だけど、その透明度は高く、ひんやりしたなかで、結構、アッサリ系でまとめてくる。
音量をあげても、耳に刺さるようなこともなく、小気味良い。
冒頭、「しっしっしっしっ れっれど れっれど  ふぁそそ そ〜らら らっしし らっしし」と奏でるが、そこ合わさってくる小太鼓と弦、金管のバランスが良い。
シャッキっとした音が、リズミカルに刻まれているし、た〜らららら っというトロンボーンの音も、シャン〜っと鳴るシンバルも、なかなかに、奥行きタップリ感のあるホール全体で響いている。

クーベリック盤を聴いていた時、すごく、つんのめって演奏していたし、圧迫感があるというか、煽られる感じがしたのだが、セーゲルスタム盤には、そんな圧迫感はなく、淡々と進む。
イライラした追いつめられた感覚にはならず、そうかといって、勇壮すぎるわけでもなく、わりと客観的。
悠然と、大らかに緊張を持って進む。遅いワケじゃないし。ワタシ的には適度である。
ホント、音は、シャキシャキ 瑞々しい。
ティンパニーも、残響を少し残しながら、しかし硬めだし。

で、このデンマークここの弦は、どんな音を出してくるのかと思ったら〜 弦の透明度は、恐ろしいほど透き通っている。いったい、どうやって録音しているんだろう。すごい、凄すぎだ。
「しどれ み〜れ どらふぁれ れ〜ど」
「らどし み〜  しれど ふぁ〜 ふぁらど み〜れ どれふぁ〜どぉ〜し」
「みふぁそ し〜 みふぁそ し〜」「らしど れ〜ど どらふぁれ れ〜ど ふぁどしみ〜」
この歌う弦の後ろで、金管や木管が、蠢いているのが、よく聞き取れる。
打楽器の音も鮮明に、重なっているし〜 うーん。こりゃ凄い録音状態が良いですねえ。
歌うのは、たっぷり〜 のびるところは、すごくフレーズが伸びてます。

気持ち良い。マーラーの6番を聴いてて、快感っ〜って盤は、少ないんですけどね。
なんたって、この楽曲 長大で、息苦しい。
切迫してて、緊張感を強いてくるし、胸が苦しくなるような、不快になるような際どい音が、大音量で、金切り声を上げ、ティンパニーは、恐ろしく絶望の淵に追い込むように鳴ってくる。
パンドラの箱を開けてしまったかのような、邪悪な音が、イッパイ詰まっているように感じられるのだ。

「しどれ み〜れ どらふぁれ れ〜ど  らどしみ〜 しれどふぁ〜」
「ふぁらど み〜れ どれふぁど ど〜し」
「らしど み〜 らしど み〜 」
「れ み ふぁ らぁ〜そ ふぁみどら み〜」 と、弦が歌うフレーズがあるが、最初は、あっさりと歌う。
こってりタイプだと、最初からねっとり歌い始めるのだが、せーゲルスタム盤は、入り方は、結構アッサリしている。
「ら し ど み〜」と音を置いてきて、「れみふぁ ら〜っ」と、これも音を置いて粘る。
しかし、粘った後は、またアッサリと通り過ぎていくのだ。粘ったのは、3音 3音 3音 と区切りがついており、粘ってもリズムが生まれているって感じ。
また、弱音に鎮まるところの、ふわーっと余韻を残す、なんとも言えない空気感があって。う〜ん。これはやられてしまった。

2楽章
ティンパニーの「タラン タンタン タラン タンタン」という音と、弦の強い引きの音、打楽器と金管など、いろんな楽器で、推進していくスケルツォ楽章だ。
「パラン パパ パラン パパ」っと合いの手を入れてくる金管。
ひゅーーーーーっと長く吹かれる木管。弦は弦で、金管は金管で、バラバラの旋律を勝手気ままに奏でているような気がするし、すごくいろんな楽器の音が聞こえてくるし、拍の感覚がずれていて、大変不可思議な感覚を巻き起こす。
イチバン解りづらい楽章かもしれない。
まあ、魑魅魍魎の世界っていってもよいのだが、そのうちに鎮まって、トリオ部分は、弦が、柔らかい、ん〜チャッチャ ん〜チャッチャ 足を引きずったワルツのような旋律を奏でる。
テンポを、コロコロ変えて進んでいく楽章で、よくワカラン。と、匙を投げたくなるような気にもなる。
ティンパニーが鳴って、角笛を吹かれると、また風変わりなワルツになり、寝ている人のイビキのようにも感じられる。
まっ いずれにしても、けたたましい喧騒の世界と、眠っているような世界と、いきなり戦闘世界にもなるし、慌ただしい、めまぐるしい、哀れな世界が広がっているのだ。

「ふぁっふぁっふぁ ふぁ〜みふぁれ ふぁっふぁっふぁ ふぁ〜みふぁれ」
ワタシも、何度聴いても、つかみどころのない、てんこ盛りの料理を見ているようで、何を表しているのか、提示しているのか、よく解らないのだ。
セーゲルスタム盤は、このスケルツォを、ゆったりめに演奏しており、考える時間を与えてくれるのだが。
透けて見えるようで見えないフレーズの線が、幾筋もあり、揺らめき、浮いたり沈んだり、リズムの変化は劇的に変わり、ところどころ楽器が、ひぇ〜っという悲鳴をあげながら、客観的に演奏している。

3楽章
前の楽章は、いったい何だったのだ。と言いたくなるような美しい楽章で〜
5番のアダージョと双璧じゃないのかしらん。と思うぐらい美しい。
(あっ これホントは、アンダンテなんですけどね。)
セーゲルスタム盤は、とろけるような耽美型で、深い息づかいで、甘い吐息を吐き出してくる。
クーベリック盤も美しいのだけど、健全型。セーゲルスタム盤は、完全に官能型である。
横に、美しい女が、腰をくねらせて寝ているかのような状態で〜 聴いているうちに、ふふふ〜っ 脳みそが液体に変わりそうなほど、とろけちゃう。
テンポはゆったりしており、弦の透き通る音が、綺麗だし、ヤバイなあ。怪しいな〜と言っている間に、落ちてしまう。
弱々しいぐらいの弱音で、ふわっ〜っとした音が通り過ぎて、カラダにまとわりついてくる。
ホルンの柔らかい音が、ずーーっと耳に入ってきて居座り続け、持続音にやられてしまうのだ。
この楽章は、木管のとろけるフレーズで、テクニックが巧いか下手かはワカンナイが、この、オリエンタルなフレーズが、ハーレムに迷い込んだようになっている。
「どふぁっふぁど れ〜  どふぁっふぁど れ〜」「ふぁししふぁ ど〜」と、繰り返されている場面では、ハイ、魂を奪われます。完全に昇天しちゃいます。
弦のフレーズが、柔らかい渦巻きを起こして、アナタを、すわーっと上に昇らせてくれます。

4楽章
3楽章止まりでも、充分に聴き応えがあるのだが、CDを2枚目に入れ替える。
ハープ付きで、「れ らぇ〜〜 れ れ〜 どれみ ふぁっそっしぃ〜 そみどしら ふぁみどら み〜」
 (ドン ドドド ドンドン) 
「しっ〜どみ〜 れしぃそふぁ ふぁっどしふぁどら〜」
「どっれ し〜 どっれ し〜 どっれ し〜 」
金管とティンパニーの音が、かなり大きく、リアルな金属音を立てている。
「らぁ〜 しっどらぁ〜 しっどら〜 しっどら しっどら〜」
地獄・煉獄編の幕開けという感じがする。
低い木管の響きも良いし、重厚さもそこそこに感じられ、遠くから「れ〜しぃ〜 みっふぁみ〜 みふぁそみ みふぁそ そっふぁ〜」と、弱々しく吹いてくる。
魂がまた再生してくるんだろうか。というフレーズである。

まっ すごい混沌とした、生まれたてのような、ズブズブとした地面から、泡がブツブツと湧き起こっているような感覚なのだ。この、セーゲルスタム盤は、すげっー リアルである。
コラール風のフレーズが、かなりテンポを落として奏でられ、恐ろしい儀式を始めるような雰囲気のくせに、ブラックユーモア的に、仰々しくティンパニーが叩かれる。
録音の透明度が高いので、まるで、デジタル 3Dで放映されている映画を見ているみたい。

トランペット、トロンボーン、ホルンの類が、すごく活躍してくる楽章で、大事なフレーズを次々に奏でてくるので、頭のなかで整理ができない状態に陥ってしまい、主題は、いったい、どれだったの?という感じ。
おどろおどろしいフレーズと、明るく伸びようとするフレーズが、まるで戦いをしているような〜
チャンチャンバラバラとやりかける。打楽器の音が良く聞こえているし、テンポが活き活きとしてくる。
伸びやかに歌うし、結構、細身の弦なのだが、よく通る。
もう少し弦に、特に、中低音に厚みがあっても、良いかもしれないが、その分、打楽器と金管にボリュームがあるので、不足しない。

トッティの部分の弦は、少し薄めになってて、ハンマーの威力は、ドズンというかズドンというか、響かない頭を壁にぶつけたみたいな鈍い音がしていた。 ありゃっ もっとゴツイのを期待していたが、セーゲルスタムさんの体躯とは関係がなかったみたいだ。(笑) ただし、ハンマーは3回版である。
銅鑼の方が、波打った残響に威力があり、タメもあり、ティンパニーのダラン ダランという音の響きが迫力あり。最終楽章は、もっと、ガッツリ重戦車なみにボリュームがあるかと思ったが、結構、あっさり系で、熱っぽくはないが、 重厚に一歩一歩、踏みしめるような迫力があり、最後は堂々と閉めてくれる。
総体的には透明度の高い録音、弦の透き通る音、ティンパニーや打楽器の迫力、金管のシャキっとした音色が特徴である。テンポは、ゆったりめだが丁寧で、特に3楽章については、耽美的で、ストイックに萌える。う〜ん。唸ってしまいました。最後、肝を冷やします。くれぐれも油断めされるな。 これは、拍手です〜

デ・ワールト オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団 1994年
Edo de Waart  Radio Filharmonisch Orkest
(Netherlands Radio Philharmonic Orchestra)



録音状態は良い。とても柔らか く、まろやかな響きのする6番で、リアリティには欠けているかも。これじゃー腰抜けだと言われかねないが、疲れている時に6番を聴くときには良いかも。ライブ盤
1楽章
冒頭から、軍隊の行進のように、シャッシャカ シャッシャカ・・・と刻んだリズムが出てくる。
「しっしっしっしっ れっれど れっれど  ふぁそそ そ〜らら らっしし らっしし らっしし〜 れっどし〜」
「し〜ふぁみれどし そ〜ふぁ しれふぁ〜し しみ〜」
ここの冒頭だけ聴いていると、ショスタコさんの交響曲かと間違っちゃうような、軍隊マーチ風に出てくる。
マーラーの交響曲、いちいち分解してられないし、分解できるんなら〜 プロになれちゃうよね。
小太鼓がシャーンっと鳴って、割れ音ティンパニー「どぉ〜 どぉ〜 ど どどどっ」
このデ・ワールト盤は、響きがまろやかなのが特徴だ。

ティンパニーは、かなり緩めに張ってあるのか、ものすごく余韻があって、よく揺れている。
どぉぉぉ〜 どろどろどろぉ〜っていうイメージだ。
暴力的、破壊的、バリバリ、バンバンというのが、あまり感じられない。いたってソフトタッチなのだ。
なんだか、6番のイメージとは、ちょっとそぐわないかもしれないが、ワタシ的には、好きな盤である。
対極にあるのが、テンシュテット盤かな。もちろん、それも好きだが〜(笑)
6番を聴こうと思っても、その時の気分や体調による。
盤を選ぶ際に、ソフトで聴きたいと思うときには、このデ・ワールト盤を手にしていることが多い。
怖いぐらいのハッキリ、きっぱり主張の強い楽曲なので、深い傷を負っても良い場合は、テンシュテット盤をどうぞ。
で、デ・ワールト盤は、音響的に豊か。どちらかというと、ソフトフォーカス的で、柔らかい。
コンセルトヘボウで録音されたモノだったと思うが、低音がよく響く。
ただし、オケ全体は、コシが少し弱いっていうか、メリハリが少ないというか、角がとれた〜という感じ。

ヴァイオリンで、「しどれ み〜れ どらふぁみ み〜れ らどしみ〜 しれどふぁ〜 ふぁらど み〜れ どれふぁし し〜ら〜」 主題が奏でられる場面は、美しいし内声部の音も良く聞こえてくる。
このアルマの主題は、か細い。儚げなほどに細い。
で、金管のまろやかな音色も美しいが〜 もっと音がのびて〜 ぐぅ〜っと力をためて伸び上がって欲しいんだよなあ。で、もっと、力強くアンサンブルを構築してもらうと、もっと嬉しいんだけど。
「らしど〜み〜 らしど〜み〜 れみふぁら〜そふぁみどみ み〜れ」
この オランダ放送フィルの音色は、ホント柔らかい。
でも、チェロが、「しどれみ〜 しどれみ〜れ どらふぁみ〜」と、呟きながら落ちていくところなんかは良いんだよねえ。金管パートが、もっと豪快で力強く吹いていただくと、一段と良いのだが。
ちょっぴり奥にひっこんで、まろやかに奥ゆかしく吹かれている。前に出てきて〜っと思うんだけど、まっ そのおかげで、内声部の動きが、他の盤より、よく聞こえてくるというメリットがある。 痛し痒しなのだ。
木管(フルート)で吹かれているコラール風の音色は、確かに柔らかいが、う〜ん。平板だし、メリハリが少なく、グサグサ〜と刻まれる荒っぽい、骨太な、ゴリゴリ感が少ない。(← 少ないというより、無いっと言ってしまっても良いかも)
木琴と鈴なのだと思うが。カラカラカラ シャン シャン シャン・・・ という主題部分では、もっと強烈に打ってくれ〜 ジャンジャンジャン ドンドンドン。そうじゃないと、「らっれ〜 らっれ〜 らっれ〜」と、 柔らかいホルンとカウベルが生きてこないよぉ。と文句を言いたくなるのだが、美しいんだよねえ。
ちょっとモッタイナイかも。

この6番の演奏は、美しく響く。というだけに終わってしまって〜 天上性のある美しい旋律が、浮いてこないし、落差の大きさが少ない。
二面性というか、両極を行き来するのが、マーラーらしいところだと思っているので〜 まあ。片方が良ければ、もう片方が、う〜ん。と唸ってしまうのが常である。
両手に酒と聖書、てなワケにはいかないのかも。
デ・ワールト盤は、まろやかで、ふわ〜っとした感覚は存分に楽しめる。
美しさ、叙情性の面は、良いと思うし、まず音響も良いし。ティンパニーや低音の響きは、文句なしに良いので、短絡的にダメ〜とは言い難い。いや、良いと言うべきかと。
楽章最後、トゥッティ部分の「れっど しれら〜そ ふぁっど れっど しれら〜そ ふぁっど」 
「らっそ ふぁっど  らっそ ふぁっど らっそ ふぁっど し〜 どぉごごごご〜っ」
すんご〜い。超低音の響きが入っている。大太鼓だと思うんだけど。すげ〜地響きである。

2楽章
なんだかデ・ワールト盤、2楽章は違うフレーズを奏でているような気がする。
あれ 版の違うのがあったっけ?
いや、音が良く聞こえるから、そう感じるのだろうか。
ティンパニーと低弦、「タン た〜ら タン た〜ら」、「ふぁらら〜 ふぁらら〜」と鳴る金管、「ひぃららら〜っ ひぃららら〜っ」と鳴ってくる木管が、とっても独創的に組み合わさっている。
とっても個性的なスケルツォである。テンポは遅め。
木琴や鉄琴も入ってくるし、結構、不気味で、テンデバラバラ風に組み合わさってて、よくワカラン。
頭の中で、「?」マークが飛び交って、何度聴いても、不可思議な楽曲である。
不安、不安定、気持ち良いのやら、悪いのやら〜 迷路にはまり込んだような、ホルンやトロンボーン、
木管の音色が入り乱れてくる。
「れ〜っしっし れ〜っしっし ふぁぁあ〜しっし ふぁぁあ〜しっし」
「しど しど し〜」「ふぁふぁふぁ ふぁ〜」
チョウツガイの外れた人間が、ギクシャクと踊っているような、気怠さもコミカルさもあって、脳みそが溶けちゃっているような感じ。デ・ワールト盤で聴くと、リズムが、どことなく液体化現象を起こしているような感じで、ますます、 ワカラン。という感じになってしまう。拍が変わっているのだが〜 
他の盤だと、カクカク シャキシャキと演奏しているし、アクセントが付いているので、まだ分かりやすいのだが。う〜ん。困っちゃた。

3楽章
「みふぁそ〜らふぁ しふぁみれ ふぁ〜ど みふぁそ〜そそ そらそ ふぁ〜ら どしらそ」
「ど〜らど しらふぁそ そふぁみふぁ み〜  れど どれ れし しど しそ ら〜」 
ヴァイオリンの悲しく主題を奏でてくる。半音の響きが、妙に鼻にかかって泣き節的。
深いというか沈んだ弦の音の次に、クラリネットとファゴットの木管、ホルン、コーラングレなど、次々と楽器を変えて主題が奏でられる。なーんとも、メランコリックな気分になる3楽章。
歌謡的なフレーズで親しみやすいのだが、儚げで、夢想的だが、どことなく厭世的。
「どふぁふぁどれ〜 どふぁふぁどれ〜 しれれふぁ〜」
牧歌的でもあるのだが、晴れやかさがなく、フレーズが多層的に繰り出され、不可思議な和音の広がりを持つし、何層かに分かれたと思ったら、1つにまとまって 「そ〜 そらふぁみれ〜 そみれどぉ〜 しらふぁ どし〜そふぁ・・・」と歌う。 歌い始めて気持ちが良くなったと思った途端、耽溺してしまう。
かといって、ホントにカウベルが鳴り始めて、まどろみの世界に浸りかけると、気持ちの悪いフレーズに変わるし、また明るくなるし、マタサキ状態に。短長が、かわりばんこに登場するようで、落ち着かない。
ふわ〜っとした感覚が持続しており、デ・ワールト盤はその点巧いと思う。

4楽章
「れぇ〜れっれ〜 れぇ〜れれぇ〜どれみ〜 ふぁっそら〜そ みどしらそみどら みど〜」 
まるで宇宙のなかの星が煌めくような感じで、神秘的な響きで幕があき、ヴァイオリンの高音が響いている。ハープが鳴るなか、金管が「しっどれ〜 どらふぁ みっふぁ〜どしふぁれしふぁ・・・」
ティンパニーが、ッタ タタ タっタタ・・・ この冒頭は、異次元空間のようだ。
壮大な最終楽章で、規模がでかく〜 悲劇的というサブタイトルそのまま、異次元で繰り広げられる。
ホルンの和音がコラールのようで、教会のドームのなかで聴いているような雰囲気を持ち始め、膨らみ、それが飽和状態になると、たまりかねたようにティンパニーが叩かれる。「どぉ〜 ど〜 ど どどどっ」
デ・ワールト盤は、悲劇的というほどには激しくはないし、テンポもさほど速いわけではない。
それより、コラールのところが大変美しく、悲劇的というよりは、苦悩的かな。

マーチ風の主題になるのだが、ここでも、鼓舞して、無理して元気を出しましょう〜風の、空元気ではなく、あくまでも美しい。歌うようなカンタービレ調のフレーズが奏でられているし、なにせ柔らかい。
「ふぁ〜れ〜どし〜」「ふぁ〜そら どっし〜」と、金管がまろやかに歌い始めている。
ちょっと、ノー天気じゃーないの。と言いたくなる。これじゃー 悲劇的でも苦悩的でもないかぁ。(笑)
「そみそみそみ そみそみ・・・」 カウベルの鳴る場面になると、確かに牧歌的なのだが、もっと空間が広がっており、のびやかで〜 開放的な雰囲気がある。
弦の強い響きはあるものの、ぐう〜っと底に落ちていく感じでもなく、あくまでも、空想的で、のびやか〜
ハンマーが打ち下ろされていても、う〜ん。楔を打ち込まれて、息も絶え絶え〜という様相ではない。
ありゃりゃ〜 リアル感が無いじゃん。これじゃー。(と、ぼ〜っと聴いていると、最後にオチが来る)

デ・ワールト盤は、人間臭くない。えぐり出すような、吐き出すような、苦しみではない。
浮世離れした、別の次元での物語として描かれているようだ。
傷つき、悩み、悶えているという、くさーい人間の世界を描いたモノではなく、リアリティが感じられない。
でも、この長大な楽曲では、仕事から帰ってきてから聴こうって感じには、なかなか、なりませんよねえ。
で、休日、1人、なかなか浸って聴く機会も少ない。
せっかくの休みに、ボロボロに傷つきたくない。癒して欲しいぐらいなのに〜。
ハイ、そんな時には、柔らかく包んでくれる6番として、デ・ワールト盤をお薦めしましょう。
(えっ、本来のお薦め品ではないって〜? まっ そうなんですけどね) 
激しく打ち下ろされるハンマーが聴きたい方は、これは、ダメです。デ・ワールド盤は、まるで、母親の胎内に居るって感じなんですもん。
とても柔らかく、まろやかな響きのする6番で、これじゃー腰抜けだと言われかねないが、疲れている時に、マーラーの6番を聴 きたい時には、ワタシは、手にする盤である。
(えっ 疲れている時に6番を選ばないって。そうですよねえ。でも、天の邪鬼的に聴くのも宜しいようで)

1968年 クーベリック バイエルン放送交響楽団 ★★★★
1975年 カラヤン ベルリン・フィル ★★★★★
1986年 シノーポリ フィルハーモニア管弦楽団 ★★
1989年 ラトル バーミンガム市交響楽団 EMI ★★★★
1990年 セーゲルスタム デンマーク国立放送交響楽団  Chandos ★★★★
1994年 デ・ワールト オランダ放送フィルハーモニア管弦楽団 ★★★
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