「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

マーラー 交響曲第8番「千人の交響曲」
Mahler: Symphony No.8


クーベリック バイエルン放送交響楽団 1970年 
Rafael Kubelik  Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks
(Bavarian Radio Symphony Orchestra)
ソプラノ:マーティナ・アーロヨ、エルナ・スポーレンベルク、エディット・マティス
アルト:ユリア・ハマリ、ノーマ・プロクター
テノール:ドナルド・グローベ バリトン:ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ
バス:フランツ・クラス バイエルン放送合唱団ほか



70年の録音とは思えないほど、大編成の楽曲がクリアーに録音されている。
★第1部 「来たれ、創造の主なる精霊よ」
冒頭より、切れがよく、テンポは速め。さくさくと進んでいく。でも軽いわけではない。
パイプオルガンの音色も、充分に録音されており、重低音も充分。
ノイマン盤は、出だしが、たっぷり〜 重かったのだが、クーベリック盤は、硬い感じはするが、推進力があり、女性のソロが入ってくるところでは、テンポをゆったりさせ十分に歌わせている。
この切り替えが、小気味よいほど。
歌い方も、「た〜ららららぁ〜」ではなく、「た〜たたたっ」と、1音1音区切る感じで、口調が硬い。
これが切れを、うんでいるような気がする。
全般的に第1部では、合唱をゆったり歌わせているのだが、オケは、はやっ!と感じる。
その意味では、かなりテンポを揺らす。
長大な楽曲なので、メリハリをつけているのかもしれないが、それにしても、すげ〜はやっ。

終盤にさしかかってくると、怒濤のごとく、突進していく。すげ〜パワーっ。
歯切れが良いという以上になっており、突撃隊長のように、突き進む。
はれーっ。これ行進曲でも、煽る曲でもないんだがなあ。
弦が。恐ろしいほど刻みを重ねており、これで、団子にならないなんて・・・ と、驚いてしまった。
聴いているこちらまでが、酸素不足になりそうなほど。もうすこしためて欲しいと思うところもあるんだが、さっさ〜っと進んでしまって、う〜っ。これ凄すぎ。
テンション高すぎて、鼻血が出そう。ぎ〜っ。これライブかあ?
頂点に持って行く、クーベリックのパワーのすごさ。峻厳な巌に挑戦する気概というのを感じさせられる。
バイエルンのまろやかである音色が、つぶれないかと心配したが、その点は、心配ご無用という感じ。
オケの音色は、合唱も美しいしし、録音状態も良いし、ずーっと昔から聞かれ続けてきただけの演奏だと思う。
とにかく、この1部だけ聴くだけでも、熱すぎ・・・ 体がほてって。血管が浮いてきそうになる。
絶叫の一歩手前のソロと合唱で、血圧があがってクタクタ。最後の一音で、体が崩れ落ちた。

★第2部 「ファウスト」からの最終場面
魂が抜けてしまった後のように、静か〜に、ホント、静かにテンポを落として、遠い別世界のような雰囲気で始まる。そこら辺の山間ではない。神秘的である。
バイエルンの金管は、まろやかですねえ。やっぱ。暖かいわ〜
そのうちに人間的な温かさが感じられるようになる。ホルンの音色も、心地よすぎるほど。
低弦の音に、メリハリがあり、ボンボンと響いている。木管が、天上なのか、荒野なのか、ちょっと直ぐには判断出来かねるところだが、地上界から天上界へ行く行程のようにも感じられる。
場面は、山間の木霊となっているが、宙に浮いていると感じられる。

クーベリック盤の合唱部分では、緊張感というより、空気感を感じる。
法悦の神父は、あのF・ディースカウだ。
合唱の声が、空中に浮かび、そして消えていく。ふわ〜っとした声のアルトの人の声 完成された天使たち なんぞ、美しすぎて。叙情的で、雰囲気が良い。
ショルティ盤は、パワーあふれる男性的な演奏だが、クーベリック盤は、きめが細かいという感じ。
フレーズの最後が丁寧で、ふわ〜っ。と、ダメ押し的に奏でており、ニュアンスが絶妙だと思う。
あの熱の固まり 火の固まりのようだった第1部が、もちろん嘘のように、天上に一気に上ってしまい、恍惚としてしまう。
マリア崇拝の博士のソロなど、ここら辺から終盤まで、涙がうっすりと浮かんで来る。
ハープを伴って奏でられる弦のフレーズが、涙なしでは聴けないのだ。神々しすぎる、高みに上りたい。という上昇志向が喚起されてくる。
マリア崇拝の博士は、テナーのドナルド・グローブさん。
ゆったり〜と、情緒あふれる丁寧で清楚でな雰囲気で、ぐーっと盛り上げていく。
クーベリック盤は、地味なのだが、ホント、繰り返して聴くとスルメのように味わいが深い。
まあ。この大曲を、繰り返し通しで聴くには、かなりの気力・体力が必要で、なかなかそんなことはできないのだが、音響のバランスや、叙情性など、総合的に考えると、かなり優秀な演奏である。
なにせ、声の小さいところ、ゆったりしたところ、弱いところが、かなり丁寧で、心が震えるほどの美しさを持っている。
なお、クーベリック盤は、ありがたいことにインデックスがたくさん付されている。第1部の約22分の間に8箇所 第2部の約52分の間に22箇所 繰り返して聴くのに、大変便利で重宝だ。
また、他の盤が演奏時間の都合で、2枚組のモノが多かったのだが、クーベリック盤は、昔より、2番・6番・7番・8番・9番が、各1枚組で収まっていた。
これも人気を呼んだ所以だと思う。
ショルティ シカゴ交響楽団 1971年
Georg Solti  Chicago Symphony Orchestra
ソプラノ:ヘザー・ハーパー、ルチア・ポップ、アーリーン・オジェー
メゾソプラノ:イヴォンヌ・ミントン アルト:ヘレン・ワッツ
テノール:ルネ・コロ バリトン:ジョン・シャーリー=カーク
バス:マルッティ・タルヴェラ ウィーン国立歌劇場合唱団ほか

録音状態は極めて良い。発売当初から音響効果が抜群〜有名な盤である。
ちょっとCDで聴くと、ツライ部分もあるけれど〜
★第1部 「来たれ、創造の主なる精霊よ」
ぶお〜っと、パイプオルガンが、太く出てくる。コーラスも 金管セクションも、最初からテンション全開で、いきなりアクセルを踏み込んだ感じ。
ぐぐぐーっと よくもわるくも、かなりパワフルでダイナミック。ごごご〜っという地響きのようなモノが出ている。
最初にショルティ盤を買って聴いた人も多いと思うが、レコード時代から優秀な録音だということで有名。でこれが71年だっけ。とは、今でも信じがたいほどのダイナミックレンジで、たっぷりと鳴る。
ただ、録音としては、全体的な調和より、その時々に鳴っている楽器が、前面に出てくるような気がする。

オケの迫力は、シカゴ響なので、推して知るべし。女性のソロが出てきた時には、いったん、ほんわかするのだが、ただ、オケの音に負けないよう迫力を出すために、めいっぱい歌っているようで、ちょっとシンドイ。
気持ちは分かるんだけどねえ。
金管の高音や、ピッコロなどの木管も、かなり高い音がキツイ。耳に刺さる。
しかし、オルガンの入ってくる場面での重低音は、すごいモノがあって、これには度肝を抜かれる。
第1部の終盤は、液体が、ほとばしって出てくるような勢いがあり、切れ味がスゴイ。
オルガンの「じゃん」「じゃん」というのが、金属音のようにも聞こえてしまうが、低弦の歯切れの良い、分厚い音がそれを中和する。
コーラスがばらけそうになる一歩手前という感じで踏ん張っており、すげ〜迫力。
奧から、うぉ〜 うぉ〜って、唸り声のような、塊のような感じを受ける。

CDの録音状態のためかもしれないが、高音域がキツイし、大音量の音の洪水であることは否めない。
クーベリック盤も速いのだが、音がスマートで纏まっている。
しかし、このショルティ盤は、いろんな音が均等に入ってくるので、頭のなかで音が整理できない。
いろんな音が、耳にバンバン飛んで入ってくるため、どれが主旋律なんじゃー と叫びたくなるのだ。
どれもこれも前面に出てこず、ひっこんでろ〜 
何度も聞いた曲なので、あらかた旋律は分かっているのだが、それでも、久しぶりに聴くと整理ができないのだから、初めて聴く人は、きっと圧倒され、茫然自失で終わるような気がする。
ボリュームを絞って聴かないと、ちょっとツライ。

★第2部 「ファウスト」からの最終場面
クーベリック盤は、静謐で叙情的だったのだが、ショルティは、まあ。そこそこの静けさ。
テンポは落としているのだが、神秘性とか緊張感とかは、あまり感じられない。
どことなく人間臭い。
ノイマン盤の人肌の温かさでもないし。う〜ん。なんと言えばよいやら。
息が浅いこと。フレーズが伸びないこと。フレーズに膨らみがないこと。丸みが無いというか。
一本調子的というか。感情がこもってないつううか。音の響きには、大いに感心してしまうのだが、この響きは、まるで動物が獲物を狙っているような。そんな計算高さや不気味さを感じてしまう。
まっ。ひとことで言っちゃうと、あざといのでしょうかねえ。
クーベリック盤が、音が鳴っていない間、決して休止ではないと思うが、その間合いが好ましい。
ショルティ盤は、常に大音量で鳴っていないと100%じゃーないと思っているのか。
どことなく空白が無いというか、行間を読むタイプではないようで、隙間なく、ぎっりし音符で埋めていくタイプのようだ。こうなると、ちょっとツライ・・・かなあ。って気がする。

合唱は、法悦の神父がルネ・コロさん。ルチア・ホップさんが登場してくる。
このルネ・コロさんの声が甘いねえ。抑制がききながらも甘い。ふふふっ。弦がフレーズを重ねるように重ねて重ねて〜作り出してくるうねりはうまい。合いの手を入れてくるトランペットも甘くて良い。
合唱も巧いし、ふわ〜っと歌っているのだが、録音がちょっと高めでキンキン状態になってくる。
最初は、そうでもないのだが、長時間の演奏を聴くうちに、ちょいとツライ。
この2部は、やっぱルネ・コロさんの声が印象に残る。また、ハープの音色も大きく、深々〜と天上の音楽を奏でている。

さすがに弱音で、ゆったり〜 盛り上げも、ホップさんの声が響く柔らかく響き、ここは絶品だ。雲の上の心境で、声の振幅の大きさ。声の幅、太さ、柔らかさ・・・ 聞き惚れてしまう。最後まで、ぐーっと抑えて柔らかく これ以上ないほどに弱音で、最後の神秘の合唱・・・。
オルガンが、凄い響きを持って出てくる。打楽器と金管で、厳かにも派手に、ぐぐぐわ〜っあと終わる。
人間讃歌的にガッツポーズ的になるが、う〜 これを聴いたら、そりゃ凄い拍手が沸き起こると思う。
絶句・・・。かなりマッチョ系の演奏だが、最終楽章には、甘美な世界が待っている。やられた〜という感じだ。 ワタシ的には、昔からの愛聴盤なので、どうも客観的には言いづらいのだが〜
世俗的で、パワフルで、英雄色好む的で〜 でも、はあ。憧れちゃうのねえ。と、妙に共感してしまう。
(これって、聴き手の性格や生活に密着しちゃう感想かもしれない〜)
まっ、ホント、感動的で、やられた〜的な盤であり、リマスタリングされたCDがあれば、買い直して聴きたいと思っている。
  ハイティンク コンセルトヘボウ 1971年
Bernard Haitink  Royal Concertgebouw Orchestra
(Amsterdam Concertgebouw Orchestra)
ソプラノ:イレアナ・コトルバス、ヘザー・ハーパー、ハンネケ・ファン・ボルク
アルト:ビルギット・フィンニレ、マリアンネ・ディーレマン
テノール:ウィリアム・コックラン バリトン:ヘルマン・プライ バス:ハンス・ゾーティン アムステルダム・トーンキュンスト合唱団ほか



録音状態は良い。リマスタリング盤 いがいと〜熱い。
ここでご紹介するのは、ハイティンク コンセルトヘボウ盤で、「ペンタトーン(PentaTone)」から出ているハイブリッドSACDである。このペンタトーン・レーベルは、昔、フィリップスが録音していた録音を、マスタリングしてSACD化もしている。
マーラーの一千人の交響曲って言えば、ショルティ盤やクーベリック盤が昔から有名で、同じ70年代初めにLPで発売されて、ワタシも、ずーっと愛聴してきた。で、同じ頃に発売されていた(と思われる・・・だって記憶がないんだもん)ハイティンク盤は、まったく目立ってなかった。
75年にはバーンスタイン盤(ウィーン・フィル)が出ているし、あとは80年代に突入してしまう。90年代はシノーポリ、ベルティーニ、アバド、ギーレン、2000年になってシャイー、ラトル盤と続いていくのだが、、、なにを隠そう、ワタシは、完全スルー状態で、ハイティンクさんのマーラーは、ベルリン・フィル とのCDをポツポツ所有しているぐらいで、コンセルトヘボウと8番を録音していることすら知らなかった。
で、最近、ペンタトーンから出ている盤があると知って、買い求めて聴いたところ〜
結構良いんだよねえ。えぇ〜 熱いし勢いもあるし〜 へぇ〜意外やん。驚きっ!
っ感じで、ハイティンクさま。スミマセン。

★第1部 「来たれ、創造の主なる精霊よ」
冒頭、いきりなり「どぉっ ふぁ〜 」っと、パイプオルガンが、ガツンと一発出てくる。
で、いきなりコーラスも金管セクションも 全開で、勢いよく飛び出してくる。ハイティンク盤は、重量感もありながらスピード感もあって、サクサクと進んでいく。金管のトーンも明るく、透明度の高い音が一本筋のように通っていくので、いきなりスマッシュ が決まったスポーツのようだ。結構、爽快だ。
パイプオルガンも重すぎず軽すぎず、調和ある響きだと思う。録音状態としては、幾分、高音域に焦点があたっているかもしれないが、それが見通しよく響き、シャープな感じ を与える。

ショルティ盤は、たっぷりめの太い響きが出てくるが、ハイティンク盤は、音の通りが良いというか、幾分、声楽は、余裕のある瑞々しさがある。声楽とオケの響きがマッチしている。
幾分、ボリュームをあげて聴くと、さらにパンチの効いた、それでいて、スケールの大きい筋肉質な硬質感のある響きが聞こえてくる。特に、金管群が、メタリック系な響きに近いのだが、明るく彩度が高い。
それでいて、まろやかさのある響きも持っていて、柔らかいし〜 やっぱコンセルトヘボウっ。 
それに声楽が、よいですねえ〜 まろやかで、ちょっと甲高く聞こえる場面もあるけれど〜
総じて、ふわーっとした空気感があって、録音も良いんだなあ。これがっ。
阿鼻叫喚のような叫びも、つんざく感じを受けないし、バランス感覚に富んでいる。
デッカのショルティ盤は愛聴盤だったけど、かなり高い音がキツイ。耳に刺さる感じがしたけど〜。

でも、このハイティンク盤は、これ見よがしな、あからさまな重低音は無いし、大太鼓の響きは、ドスドスっとしてはいるが、パイプオルガンは、よーく響いてて立体的だ。
この楽章最後は、さすがに、めいっぱいっていう感じ で、派手な音量のところは、さすがに、窓ガラスに鼻を押し付けたようになっているが(つまり音がつぶれて圧迫されているってこと 笑)、まずは圧倒される。
ダイナミックでカッチリした硬めのリズム、勢いのある拍感覚で、前に進む推進力が強く、あーっという間に場面が過ぎていく。

★第2部 「ファウスト」からの最終場面
ある意味、魂が抜けてしまったような楽章だが、緩まない。木管の通った音色が緊張感を与え、低弦のピチカートも弾んで、静謐な世界を描いている。
ここは、森のなかの情景・・・だが、ハイティンク盤は、クーベリック盤のようにイマジネーションを膨らませてくれるような要素は少ないもの、淡々と進むように見えて、キチンと木管は木管の、弦は弦の、金管は金管のトーンで描かれてて、どういえば良いのか 〜室内楽のようにパーツが収まっているような感じがする。

ついつい眠くなるようなフレーズが終わると、声楽に入る。
「法悦の教父」のバリトン=ヘルマン・プライさん、「瞑想の教父」のバス=ハンス・ゾーティンさんの声が、いいな〜 また、少年少女合唱団の声は、リズミカルだし通る歌声が響いてて癒される。
ワタシ的には男性陣の声は安定感があるのだが、女性陣の声は、ちょっと声がタイトかなあ。特にアルトは、めいっぱい的に感じてしまった。

総じて、品が良く、あっさり、サッパリ気味に演奏されている。
さすがに最後には、盛り上がって熱くなってくるのだが、どっか、ファウストが天上に行くっていう、前段の、泥にまみれた現世から抜き出てきた〜という、パワーというかエナジーは少なめ 。
最後、神秘の合唱は聴かせ処だし、天上世界への憧れ、目線が上に向いているぜ〜ってところは、ゆったりと精緻に描かれている。この場面は、さすがに、うるっと来ちゃう。
しかし、上昇気流には乗れるのだが、もう少したっぷり気味に演奏して欲しい。って感じもする。

結構、そういう方は多いだろうし、ワタシ的にも、もう少し情感たっぷりに、場面を追いかけたい気がする。マーラーの世界は、やっぱり、どこかロマンティックに、どてっとして 〜泥臭くもあり、見栄を張った部分もありそうなモノだと・・・思うのだ。抜けたいが抜けられない欲望の渦巻く世界。自我の葛藤。
そんな場面があってこそ、その世俗世界の後にくる、平穏な世界とか、神秘的な世界が生きる。
憧れってそんなモノじゃーなかしらん。う〜ん。そんな考えは、間違っているだろうか。

ハイティンク盤も、憧れ感は、まずまず感じるし、大変美しい。
これは、最後で泣く。でも、どうだろ。世俗的であればあるほど〜 共感を覚えて、縷々泣いちゃうって感じになるのではないだろうか。マーラーの世界って、両面、両極端の世界が、両立しているんだろうな〜って最近思う。だって、この8盤だって、主人公は、あのファウストでしょ・・・。(って感じなのだ)

ついついオケの大きな響きに耳が傾きがちな8番だが、ハイティンク盤は、なかなかに繊細だし、ピンっと張った緊張感が持続しているし、パワーに不足はないし、スピード感を持って、ハキハキとキビキビとした展開をしてくれる。
でも、ある意味、このハイティンク盤は、ストイックなのかもしれない。
まあ、すごい大曲で長大だし、ワタシには、構成を紐解くような専門的知識もないし〜とっても、難しくて、声楽まで入った、壮大な宇宙的な、規模のでかすぎる気楽には聴けない曲だ。
 ホント、とってもひとくちでは言い表せないほど、壮大な構想を持った楽曲である。
何度も繰り返して、聴き手もひと皮剥けないと〜 多分モノには出来ない楽曲だろうな〜。

最後に録音状態について、ちょっと高音域の方に焦点が偏っているような気がする。
ワタシ、子どもの声には弱いんで〜 この盤は、良いですよぉ〜と言いたいが、ソロの場面になると、歌手の方によっては、 かなり奥から、また、近くから聞こえる。歌手の破裂音(発音のときに、パッと唾が飛ぶような感じ)も、おおっ〜っと引いちゃうし、アルトの声は、イマイチ色香に欠けている。
8番ともなると、なかなか録音させてもらえない指揮者も多いだろうし〜
まっ この71年の録音が甦って来たのは感動だ。総体的には、見通しの良いすっきりとした味わいの録音で、心持ちボリュームをあげて聴きたい。
  ノイマン チェコ・フィル 1982年
Vaclav Neumann  Ceska filharmonie
(Czech Philharmonic Orchestra)
ソプラノ:ガブリエラ・ベチャニーコヴァー、インゲ・ニールセン
ダニエラ・ショーノヴァー
アルト:ヴェラ・ソウクポヴァー、リプシェ・マーロヴァー
テノール:トーマス・モ−ザー バリトン:ヴォルフガング・シェーネ
バス:リヒャルト・ノヴァーク  チェコ・フィルハーモニー合唱団ほか

録音は悪くはないのだが、イマイチ抜けが良くない。合唱はお薦めだと思う。
★第1部 「来たれ、創造の主なる精霊よ」
重低音のパイプオルガンが鳴り響くが、出だしが、かなり重く、ぽんっと出てくれない。
なんと〜 テンポが遅い。ボリュームはそこそこあるのだが、歯切れの悪さが、まず第一印象として刻まれてしまった。
来たれ、創造の主なる精霊よ。と歌い始めるのだが、重々しすぎ。
続いて、二重唱で歌われるところは、ふわ〜っと昇っていく浮遊感と、緊張感が感じられてよいのだが、
オケ全体は、引っ込んでしまって聞き取りづらい。せっかく、パイプオルガンまで鳴っているんだが・・・
合唱とオケのバランスが、イマイチなのかもしれない。
鐘が鳴る場面は、前面に鐘が使われており、オケも、太く豊かに鳴っている。
続いて、遠くで鳴る鐘の場面もある。
展開部分は、オケが、チャカチャカチャカ・・・とリズムを刻んでしまって、あまりスムーズとは言い難い。
当初はテンポが遅いと思っていたが、段々と耳が慣れてくると、暖かさや丁寧さが、じわじわ〜と、感じられてくるし、男性のソリストたちの声が豊かだ。と感じられる。

ヴァイオリンの高音域は、つややかでまろやかで、大変美しいが、う〜ん。テンポはやっぱ遅いと感じる。
スピード感やスリリングさがあっても良いのだが、安全運転のようで、高揚感がイマイチ。
パイプオルガンの音は、よく聞こえてくるのだが、全体的なバランスから言うと浮いている感じがする。
また、フレーズ全体の大きさや膨らみ、うねりが、あまり感じられず、どことなくフレーズが細切れになっているような気がして、耳触りに聞こえてしまった。

また、途中で、行ききったなあ。と思うほどの強奏部分があり、チト苦しい。
最後の「父なる主に栄光あれ」の部分は、少年合唱の声が美しい。最後の最後には、半透明の球体のなかに居るような感覚になれたが、弦、金管、合唱、独唱など、全体的に、まろやかに溶けるように響いてこないことと、盛り上げ方が足らない気がして、その点は、少し残念に思う。

★第2部 「ファウスト」からの最終場面
弦の響きは豊かだが、アンサンブルが、きっちり揃っていない。
初めは、オケだけで場面設定をしているのだが、やっぱフレーズがぶつ切り。う〜ん。イマイチだなあ。
合唱があわさってきて、山中の谷、森、荒涼の地・・・ その後、バリトンの法悦の神父が、続いて、バスの瞑想の神父が歌う。
男性ソリストの歌いぷりは、声量の大きさと声質も良いと思う。
ノイマン盤は、特に、合唱が絶妙の美しさを出している。後半になればなるほど、乗ってくるような感じがする。合唱メインに据えていると言っても過言ではなく、特に、後半3、4区分が特によく、最後の神秘の合唱では、高音のふわーっとした浮遊感が出てくる。
ものすご〜く テンポを落として歌っており、う〜ん これはスゴイ。唸るほどスゴイ。

何度も、この第2部の後半部分を繰り返して聴きたいのだが、54分50秒という長大な曲であるにも関わらず、インデックスが入っていない。
なんも不便で、とほほ状態・・・。5楽章だけでも聴きたいんだけど。
この出だしが解らず、、、シナリオまでは覚えていないし。で、いつも聴くのをあきらめてしまう。
オケが、ちょっと貧相な感じもするが、合唱部分は、ホントとても良い。
最後まで我慢して聴くべしってところだろうか。
ケント・ナガノ ベルリン・ドイツ交響楽団 2004年
Kent Nagano  Deutsches Symphonie-Orchester Berlin

        

録音状態は極めて良い。テンポは極めて遅めで、第2部は、ファウストの劇を見ているかのような、ドラマ性があり、恍惚感の漂う演奏である。
完全に持って行かれて宙に舞うっ。アナタ魂売れますかって言われてるみたい。
ケント・ナガノさんのマーラーの8番は、セッション録音である。
なんたって、8人もソロが必要で、パイプオルガンは当然必要だし、男女の合唱団に、少年合唱団まで動員しなくてはならない、すごい楽曲なのだ。
これだけ巨大な編成が必要な楽曲だと、CDが発売されても、ライブ盤っていうのが多いなか、はあ〜 すげっ。
マーラーの交響曲を振りたい。全集を作ろうと思っても、8番って最後になるか、最悪、録音できない指揮者もいたように思うのに・・・ これだけでも、ナガノさん、超すごいっ。
で、おまけに3番、8番の順番で発売されているのである。ひぇ〜 超期待の星って感じがする。
(大地の歌や嘆きの歌等のCDは、既に発売されている。)

ソプラノ 罪深き女:シルヴィア・グリーンバーグ
ソプラノ:贖罪の女 リン・ドーソン
ソプラノ:栄光の聖母 サリー・マシューズ
アルト:サマリアの女 ゾフィー・コッホ
アルト:エジプトのマリア エレナ・マニスティナ
テノール:マリア崇拝の博士 ロバート・ギャンビル
バリトン:法悦の教父 デトレフ・ロート
バス:瞑想の教父 ヤン=ヘンドリク・ローテリング
ベルリン放送合唱団ほか

★第1部 「来たれ、創造の主なる精霊よ」
冒頭、「どぉっ  ふぁ〜 」っと、パイプオルガンが、ガツンと一発出てくる。 この2音めの音が、ちょっと甲高いのだが、合唱の声がでてきたあとの、バンっと入ってくるティンパニーと大太鼓の音がすごい。
まず、一発目に、ドカンっと入ってくる。
それに、パイプオルガンの凄い音が添えられていて、パワフルだし、すご〜く大きい。
しかし、すぐに、ゆったりと声楽部分が入ってきて、繊細で、ふわーっとしたコーラス部分に包まれてくる。
テンポは、ちょっと速めになったり、遅くなったりする部分はあるが、嫌みはない。
総体的には、繊細な録音で、音が前に飛びだしてくるような圧倒感はない。
ちょっとソプラノさんが、キツイかな〜って感じで、阿鼻叫喚チックになりそうになって叫んでいる感じがするが、まあ。そういう場面だから良いんじゃーないかしらん。
あと、オルガンと打楽器類の音は、すごい入ってて、パワフルで、めいっぱいになりすぎてって感じもするが、もう少しだけ弦の響きが、豊かだったらなあ。って感じがする。
しかし、いや〜 なかなか迫力はあるが、がんばりましたって感じがする。

★第2部 「ファウスト」からの最終場面
ナガノ盤は、この第2部が凄い。
ものすごくテンポを落として、すわーっとした空気感のなかで、緊張感漂うなかを、シンシンと進んでいく。
えーっ。これほど、テンポをゆったりと落として、声楽とコーラスが凜として綴られている盤はあっただろうか。
木管のすーっと息のながーいフレーズが、続く。ホントに長い。
残響も適度に入っているのだが、これだけ、長いフレージングは、普通、とれないんじゃーないだろうか。
ホルンだって、これだけの弱音で、息を長く続けさせるのは、いや〜信じられないって感じだ。
聴いている側も、息を潜めて・・・ いや息をするのも、ちょっと憚られるような、静けさが漂う。
ホントに、神秘的で、神々しい。思わずステレオの前で、息をつめてしまった。そこに、ふわ〜っとしたオケの音と共に、法悦の教父の声が入ってくる。
あーっ これだけで、泣けしまいそうだ。

声楽重視の構成かな〜って思うが、2部の前半のテンポを落とした静謐な世界観の描き方がすごい。
総体的には、ひと昔前の、情感たっぷり系ではないし、ぐぐ〜っと熱い、熱情を感じるわけではない。
あくまでも静謐で理知的。自然界のなかで、思考しながら、内にこもり気味の理知的な悩みが描かれている。もちろん、泥臭いニオイは、一切しないし、肉体的な感覚 は、次第に抜けていく。

さて、どのあたりだっただろうか、空気というか、気が、上へ昇っていく感じがする。
聖なる感覚を授けてもらっているような、不思議な体感をしちゃう演奏である。
目に見えないモノを信じるというか、目に見えないからこそ信じるって感じの雰囲気があって〜
空気のような気体が、白い煙のようなモノが、ふわーっと、立ち上っていくかのような雰囲気が、ステレオの奥の方でしている。

聴いているうちに、ある意味、すご〜い世界が、目の前に広がっていくような体験をしちゃうのである。
現実には有り得ないのだが、なんとも言えない、不可思議な空間が、目には見えないのだが、広がってくる。なんかある意味、超えちゃってる世界だ。
背筋がすわーっとするというか、鳥肌が立つっていうか、首筋から上の部分が、すわーっと、しちゃうという寒気がするような感覚で、神が降りてきたって感じに包まれてしまうというか。
これ、聖なる場所に立ってるかも。という雰囲気なのである。

いや、真剣に、聖なる地に連れてこられたような感じで、ワタシ的には、社格の高い神社の境内に立っている感じなのだ。自然界、例えば磐座とか、御神木とか、滝とか〜 そんな場所に立っているような、包まれたような感じになっちゃう世界である。念のためお断りしちゃうが〜 ワタシ、音楽を聴いてて、こんな感覚に陥ったこと は、あまりないんですけどね。あくまでも、ワタシの個人的な感覚ですけど。
こんな感覚で、第2部の前半が終わっちゃいました。

後半は、もう神経が持たないって感じになっちゃって、これを聴き通すのは、もはや超人級って感じがしちゃうのですが、完全に、魂を持って行かれちゃいます。
耽美的というか、もはや形のない夢のような世界がひろがっており、幻想の世界で陶酔的ですらあります。聖なる場所から、官能の世界が広がって、う〜ん。死と隣り合わせの官能的な美意識世界が広がっているというか。う〜ん。 (唸りっぱなしだ)

最後まで、一応、聴き通してみたのだが、ワタシ的には、ある意味、もう一度聴くには、大変な勇気が要るって感じだ。ここまで行っちゃうと。いや、逝っちゃうと〜 もはや後戻りできない。って感じがする。
客観的でありそうなくせに、どっぷり陶酔してて、感覚的すぎる。
感覚的すぎるのだが、う〜ん。ワタシ的には、これはヤバイです。美的感覚が同じで、共鳴・共感しちゃうと、これに悪魔的に変化して、足枷をはめられた感じで、足が抜けない。
この世界に入り込んだら出てこられない・・・ そんな感じさえして、怖いですね。
この感覚が解る人には解るかも・・・。
これが、ファウストの世界なんでしょうね。いや、ファウストの世界だと、ワタシ的には、断言しちゃって良いじゃないかと思います。誘惑する、メフィストーフェレスの歌声って感じで〜 これすごい。
んじゃー ファウストは聴き手か。で、メフィストは演奏家、指揮者。
いや〜この演奏は、メフィスト・ワルツを踊っているケント・ナガノさんって構図になるでしょうか。
う〜ん。(考えすぎかなあ)

いずれにしても、すっかりのめり込んでしまって、あっちの世界に行って戻ってこれなくなる〜 笑
他の盤では、最後の最後で、上昇して、あっちの世界に行くんですけど〜 このケント盤は、最後の最後、ティンパニーと金管が鳴って、「ふぁっ ど どれみ らぁ〜そ ふぁ〜」「ジャーン どど ふぁ〜 どど ふぁ〜」というフレーズ で、銅鑼が大きく鳴るんですが〜
最後の一音のところで、ワタシは、陶酔の世界から突き落とされて、現世に戻って終わちゃった・・・って感じですかね。はぁっ〜 銅鑼が鳴って、やっと我に返る、正気に返るって感じでしょうか。
ハハハ〜 普段の8番とは、逆バージョンですかね。

総体的には、大変個性的な盤で、初めて聴くには、止めた方が〜って感じでしょうか。
かなりテンポは遅めで、恍惚感漂う演奏となっています。彫刻家ベルニーニの世界というか・・・。
恍惚としているあいだに、命取られるって感じでしょうか。
演奏そのものの分析は、もはや不可能レベルって感じで、ワタシ的には、なかなか客観的に聴けません。ファウストを演じている劇付随音楽みたいな感覚で聴く方が良いかもしれません。

ちなみに、このケント・ナガノ盤のジャケ写真に使われているのは、クリムトの「愛」の一部分です。
下半分部分は、よく見かけるのですが〜 ジャケットでは上部を使っています。
どひゃん。う〜ん。8番は、もはや、死んだ人、死霊って意味でしょうか。これも捻ってあるなあ。
単なる植え込みのなかのキスシーンではなく、右手男性は、既に死んだ方で、ワタシ的には、この演奏を聴いた後だと、メフィストにも見えてくるんですけどね。
これでタイトルが「愛」とは、ひぇ〜怖い。マーラーも、クリムトも、ケント・ナガノさんも、いや〜ん。
ひねりが効きすぎ。さて、この曲を聴いて、アナタ魂を売れますか?

冗談さておき、ワタシ的には、すごい画期的な演奏のように感じる。表裏一体となった、死と生、美と醜、恍惚した世界のなかの死生観のような、世紀末っぽい世界が広がっているように感じたが〜ワタシ的には、完全にやられたっ。
別世界行き確定って感じの演奏だ。
1970年 クーベリック バイエルン放送交響楽団 G ★★★★★
1971年 ショルティ シカゴ交響楽団 Dec ★★★★
1971年 ハイティンク コンセルトヘボウ Ph ★★★★
1975年 バーンスタイン ウィーン・フィル G  
1980年 小澤征爾 ボストン交響楽団 Ph  
1982年 ノイマン チェコ・フィル Sup ★★★
1986年 インバル フランクフルト放送交響楽団 De  
1986年 テンシュテット ロンドン・フィル EMI  
1990年 シノーポリ フィルハーモニア管弦楽団  
1991年 ベルティーニ ケルン放送交響楽団 EMI  
1994年 アバド ベルリン・フィル G  
1994年 デ・ワールト オランダ放送フィルハーモニア管弦楽団 R  
2000年 シャイー コンセルトヘボウ Dec  
2004年 ケント・ナガノ ベルリン・ドイツ交響楽団  Dhm ★★★★★
所有盤を整理中です。

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