「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

ニールセン 交響曲第4番 「不滅」(消し去り難いもの)
Nielsen: Symphony No.4
"Det Uudslukkeligge(The Inextinguishable)"


カール・ニールセン(Carl Nielsen)は、1865年生まれのデンマークの作曲家です。

ウィキペディア(Wikipedia)を元に記述すると
この交響曲第4番「滅ぼし得ざるもの(不滅)」は、1914年から16年にかけて作曲した、単一楽章の交響曲です。
このタイトルは、ニールセン自身がデンマーク語で "Det Uudslukkeligge" という副題をつけており、日本語で「消し去り難いもの」「滅ぼし得ぬもの」といった意味で、日本では簡潔に「不滅」の副題で親しまれています。

古典的な4つの楽章の要素が、連続しながら移行するという構成で、最後に第1楽章に相当する部分の第2主題が、回帰するという構成を持っています。
ニ短調の全奏部で始まり、クラリネットによるイ長調、間奏となる気楽な田舎風の曲想の第2部(ト長調)を経て、緩徐楽章の役割は、悲劇的な曲想の第3部に譲られています。
第4部では、2群のティンパニが活躍し、結末においてホ長調となって締めくくられています。

不滅といえば、ティンパニーでしょう。2群のティンパニによる競演が楽しめ、勇壮で劇的な作品です。まっ ひとことで言うと格好良いって感じですが、第一次世界大戦中に書かれた作品で、音楽と生命の不滅を高らかに歌い上げた交響曲といえるようです。実際には、単一楽章なのですが、ここでの記載は、CDのインデックスに基づいて、○楽章として書いています。

カラヤン ベルリン・フィル 1981年
Herbert von Karajan Berliner Philharmoniker
(Berlin Philharmonic Orchestra)

あれ〜変 だよ。

録音状態は良い。華やかな演奏で、祝祭的な香りがする。ちょっと、違うように思うんだけど〜 
で、全38分26秒の演奏というクレジットになっており、カップリングはない。
1楽章
このCDは、いつ買ったものなのか、すっかり忘れているのだが、西ドイツ製の輸入盤で、インデックスが2つに区分されている。 (なので、ここでは、1楽章、2楽章として記載します。)
「どれっ〜 ふぁそしっ〜っ (みふぁっし〜みふぁっし〜みふぁっし〜)」
「タンタン ファシ ファシ ファシファシ タンタンタン タラララ〜」
録音状態は、まずまずだが、どこか音が丸い感じがする。
あまり荒々しいという感じではなく、弦のフレーズは優美で、やっぱり流麗な風情を持っている。
ブロムシュテット盤を聴いて、げーっ こんなに荒々しいのかと驚いたことがあったが、ワタシが初めて購入したのが、たぶん、カラヤン盤だったと思う。
どこが、不滅なのか、さーっぱりワカラナイまま、最初と最後のティンパニーが豪勢に鳴り、単に格好良い曲だと思っていた。でも、演奏によって、全く違うイメージを与えられたのだ。

カラヤン盤は美しい。重量は重いが、綺麗に歌い、和音の美しい、のびやかな雰囲気を持っている。
木管のフレーズや金管の音質も、美しく磨かれ、荒々しさは影を潜め、残響豊かに響く。
特に弦は、やっぱり美しい〜という言葉しか見つからないほど。甘美だ。

「ふぁぁ〜みぃ〜れぇみれ〜 どぉ みぃ〜どぉし しぃ〜らぁ れふぁしれふぁしら ふぁぁ〜(ふぁ〜みどぉ〜)」と歌う。
これだけ歌われると、そりゃ、誰もがうっとりするのではないだろうか。

弦の軋んだ 「ふぁふぁふぁふぁ ふぁふぁふぁ・・・」
「どっどぉ〜し らら〜そふぁ ら〜そふぁ ら〜そふぁ ら〜そふぁ ししどふぁ〜」というところは、幾分、ゆったりしており、晴れ晴れした感じで鳴っている。喜びを表現した舞曲という感じだ。
どこか、祝祭的な雰囲気を醸し出すって感じだろうか。
「しぃ〜 らぁ〜 そぉら そふぁ みれ れぇど しぃ〜・・・」と、伸びやかすぎるほど伸びて、和音を響かせている。
軋んだ和音というより、まろやかすぎるほど、まろやかに、響きを放出してくる。
その後は、低弦は軋ませながら、木管を楽しげに吹かせている感じがする。牧歌的すぎないかな〜と思う。

2楽章(他盤では3楽章にあたる部分)
ヴァイオリンが、高音で、「ふぁ〜〜れど〜し〜 (パンパン) らしどぉ〜らそぉ〜 ふぁ〜みれ〜ど〜」と弾き始めるが、なぜか、いきなり音が大きく出てくる。
低弦の音は異様なほど大きく、たっぷりと鳴らせている。
ティンパニーの音もしっかり聞こえているが、まるで、美しい弦楽合奏曲のように響き、「らふぁみぃ そみれぇ〜っ」と、大地に夕陽が沈むかのごとく、大きい光を放つかのごとく、大きな響きから弱音へと移行しつつ、耽美に沈んでいく。
あのぉ〜 ちょっと美しく鳴らしすぎじゃーっと思うのだが、なんとも、あらがい難い。

「そそそそ そふぁそらぁそぉ〜っ」と、奏でられる木管は、クラリネットなのかな。
この部分では、木管が美しいハーモニーを醸しだしている。
「らぁ〜そふぁ〜(パン) らぁ〜そふぁ〜(パン) らぁ〜そふぁ〜 みどし〜」
「れしそ〜どみれふぁ〜そ ふぁらふぁみど しれどふぁ〜 そ ふぁらみどしれどふぁ〜そふぁ〜」
金管も、たららぁ〜 たららぁ〜ん と、丸く、丸く、球体を描くように、ふわっとした音を残しているし、弦の響きも、残響をふわっと残していく。あまり厳しさが感じられない演奏で、爛熟した後のロマン派というか、退廃的なムードが感じられるほどの雰囲気があり、北欧の楽曲という感じがしないし、 A VS B という構図はないようだ。

ラストに近づくほど、その雰囲気がいっそう強くなる。かといって、完全に角がとれた丸い演奏ではないのだが〜
立派な演奏って感じがする。
やっぱり、馬力があり、底辺がカッチリしている。そのうえで、弦と金管、木管のバランスが良いというか、完全なる調和の世界を描いた感じがして、それでいて、甘さを放つので〜 うん。やっぱり別の世界という感じだ。

ティンパニーの協演は、弦の音もしっかり入っており、ティンパニーだけが目立つものではない。
しかし、もちろん〜迫力はあるし、金管の咆吼も、弦も木管も、華やかに祝祭的に歌いあげている。
不滅という言葉の意味は、どうも、演奏者の解釈次第で、どうにでも、なるのかも。
カラヤン盤で聴くと、不滅は、永遠のという言葉に置き換わっているような気がする。
う〜ん、まあ、これも、ひとつの考えかもしれないが、R・シュトラウスでもないのになあ〜 ちょっと、違うような気がするんだけど・・・。
でも、若い頃に聴いた時は、とーっても、とっても満足してました。(笑)

ラトル バーミンガム市交響楽団 1984年
Simon Rattle City of Birmingham Symphony Orchestra



録音の音場が深く、透明感がある。爽やかで、格好が良い。夏に聴くと、すーっと通っていく風のように涼しさを感じる。
カップリング:シベリウス 交響曲第5番、ニールセン 交響曲第4番「不滅」(1984年バーミンガム市響)、パンとシリンクス
1楽章
ラトル盤は、重厚というよりは、かなりスマートだ。
ティンパニーの音に不足はなく、弦の鳴りっぷりも良いのだが、スピード感が違う。
「どれっ〜し〜っ ふぁそしっ〜っ (みふぁっし〜みふぁっし〜みふぁっし〜)」
「タンタン ファシ ファシ ファシファシ タンタンタン タラララ〜」
タラン タン タラン タン タラン タン・・・」と、快速バージョンで、颯爽とマントを翻して歩いていく大男さんのように聞こえてくる。
響きに奥行きがあるためか、広がり感があり、重厚さよりも奥行き感があり、凍り付くような寒々しさよりも、涼しげな風が吹いてくる。ブロムシュテット盤も良かったけれど、ラトル盤は、若々しい颯爽とした格好良さというか、瑞々しさが勝っている。キレも良いし、スピード感もあるし、スマートだし。
まるで、序奏部分は露払い的な存在に聞こえる。
で、主題が変わって、フルートの木管群が主題を構成するところは、「ふぁっふぁ み〜 れみれ〜ど れっれど〜しどし〜ら れふぁしれふぁし らふぁ〜(ふぁ〜みどぉ〜)ふぁ〜らふぁ〜(ふぁ〜みどぉ〜)」
このフレーズは、とっても透明度があり、透き通るような美しい和音が響く。
ちょっぴり、シベリウスの楽曲ような感じがしてくる。近いんだろうなあ。

「ふぁふぁふぁふぁ ふぁふぁふぁ・・・」
「どっどぉ〜し らら〜そふぁ ら〜そふぁ ら〜そふぁ ら〜そふぁ ししどふぁ〜」
「れれみど〜」 このフレーズもテンポよく展開していく。爽快で
で、金管のファンファーレ 「ら〜そふぁ ふぁ〜み れど〜しぃ〜」
う〜ん。スッキリ晴れ渡る、からっとした空気感のなかの青空で、う〜 のびをしたくなるほどの、爽快さ。
湿気もすくなく、幾分乾燥しているが、ひんやりした空気感がある。
へえ〜 こんな温厚さ、のびやかさで良いのかなあ。ブロムシュテット盤だと、なにやら、怪しげで気味の悪さ、よからぬことが起こる前触れのように感じたんだけど。(笑)
主題が、ころころ変わるため、弦のピチカートと、乾いた「れっれれれれれれれ・・・・」と小刻みに揺れるフレーズが、その後に、冷たい風、悪意に満ちた喧騒さを醸し出してはくるのだが。
それでも、さほど、緊張感があるわけでも、空恐ろしいフレーズにもなっていない。
確かに、冷たい緊張感は漂うんだが、それでも戦争が起こるかのような、一触即発風の悲鳴には聞こえない。冷戦状態というよりは、自然のなかの壮大さや、広がりを持った美意識を、ワタシは感じる。
特に、金管のファンファーレには、ほっとさせる広がり、まろやかさを感じるのだ。で、きっと自然観のように聞こえちゃうだろうなあ。エッジの鋭い、刃物をつきつられるかのような恐怖感は感じない。

2楽章
「どっど どし〜 どっどし どれみっみっれ〜 どっど どし〜 らっら・・・」「ふぁっふぁっし〜」
木管の二重奏のようなフレーズが、可愛く牧歌的に奏でられる。
フルートとクラリネットの囁きに似たところにファゴットが絡んできたり、穏やかで、湖面近くに巣作りしている鳥たちの鳴き声のように聞こえる。
この楽章は、ほっと一息入れる楽章で、構成が巧いよなあ。と思いながら、ふわーっと、うっとりしつつ夕暮れ時の雰囲気のように聞き惚れてしまった。室内楽的で〜 ほっこり。
ブロムシュテット盤は、強烈な楽章の後だったので、つい、うとうとしちゃったけど〜 つかの間の休息であることに代わりはないが、これを聴いちゃうと、フルート協奏曲も聴きたくなってくる・・・。

3楽章
ヴァイオリンが、超高音で、「みぃ〜〜れど〜し〜 (パンパン) らしどぉ〜らそぉ〜 ふぁ〜みれど〜 ふぁどしぃ〜」
不思議な旋律を奏でるのだが、その間、ティンパニーが、「ふぁふぁ どどし らふぁふぁ〜」と、和音を叩き始める。
さっぱりした音の和音なので、すーっと違和感なく聞き進めることができる。
気味の悪さとか、水っぽさとか、ズブズブ感は、さほどなく、変わった音が続くな〜って感じで終わる。
本当は、もっと、将来への不安感みたいなモノを描きたいのかもしれないけど、ラトル盤だと、さほど湿気感がなく、鬱々とも響かず、かといって幾何学ぽく、即物的でもなく、まあー ゲンダイオンガクに近い楽曲なんだなあ。と聴いてしまった。なーんか、これで良いのかどうか、もっと、いろんな盤を聴いて時代背景を知る必要があるのだと思うが、すっぱり、すっきりしている分、聞きやすく、耳が馴染むと思う。
「ふぁれどぉ〜 ふぁれどぉ〜」 ティンパニーの響きは、さほど恐怖感は煽らないが、どんな風に聴けば良いのか迷うところ。
「ふぁれど〜 ふぁれど〜 れしら〜 れしら〜」と続いて行く。

4楽章
「ら〜そふぁ〜(パン) ら〜そふぁ〜(パン) ら〜そふぁ〜 みどし〜」
「れしそ〜どみれふぁ〜そ ふぁらふぁみど しれどふぁ〜 そ ふぁらみどしれどふぁ〜そふぁ〜」
「し〜 らしら そらそ ふぁそふぁ〜 みふぁみ〜れみれ〜・・・」
↑ どこで切れるのか、ワカランほど続いていくのだが、これが、また5音階的で、良いんですわ。
このフレーズがコラールのように響き渡って、すわ〜っと涼しげな風が起こるのだが、続いてティンパニーが、猛烈な響きで野性的に響くのだ。
格好よすぎっ。パワフルだが、スマートで、土俗的ではないのだよなあ。
へへへっ〜 これが、ニールセンの面白いところで、独特の和音の響きと、ティンパニーを主としたリズム。
これが、爽快に響き渡る演奏で〜 
主題の構成は、よくわからないし、つかみきれていないのだけど〜  当然に、理屈があるとは思うが、理屈抜きで面白く楽しめてしまうのである。 なんでしょうねえ。血湧き肉躍るっていうんでしょうか。そのくせ、理論臭い楽曲なですけどねっ。
そのちぐはぐさが、楽しめちゃうって感じです。

ラトル盤だと、さほど野性的で、野蛮的じゃーないんですけど、ティンパニーは、かなり派手に活躍します。
すご〜い音で、録音状態が良いんで、よく響くんだわ。ヌケも良いし、スマートに決まるんですね。 ホント、最後、ティンパニーの方に録音機器が移動したかのように、メチャ綺麗に入ってます。

春の祭典っぽいかな。いやいや、原始的じゃーないしなあ。プロコフィエフも好きだけど、ニールセンも好きになりそう・・・。冷たい怜悧さを持ってながら、原初的であって〜  へへへっ。20世紀の現代風野蛮さでしょうか。
ワタシ的には、ラトル盤のこの楽曲は、面白くて、楽しい盤です。 マーラーの次は、ショスタコさんかもしれないんだけど、ワタシ的には、このニールセンも棄てがたいところです。プロコフィエフさんと共に、ニールセンさんが、次世代流行曲と踏んでいるんですけどね。 さて、どーでしょう。

エサ=ペッカ・サロネン スウェーデン放送交響楽団 1985年
Esa-Pekka Salonen Sveriges Radios Symfoniorkester

こりゃ良いわ〜拍手

録音状態は良い。内声部が、きっちり聞こえ情報量の多い演奏だ。ティンパニーの連打は爽快で、これは拍手でしょう。
カップリング:
1〜4 ニールセン 交響曲第4番「不滅」、5  ニールセン 序曲「ヘリオス」
1楽章
「どれっ ふぁそしっ〜 みふぁっ しっ みふぁっ しっ みふぁっ しっ」
「タンタン ファシ ファシ ファシ ファシ タンタンタン タラララぁ〜」
まず、この冒頭のスポーティな出だしが、とても爽快で、歯切れ良く進む。
もちろん、ティンパニー、金管、木管のキレも、メチャ良くって、音の分離も綺麗で、すごい。
「そふぁそら ふぁふぁふぁそ ふぁふぁふぁ〜み れみふぁ〜っ・・・ みみみふぁ みみれふぁ れれれみ・・・」と、弦の勢いもすごい。一気に行っちゃう。
幾分乾いた音かなって思うが、バシッと走って行くところは、爽快だ。
で、いったん、ゆっくりとなっていくのだが、木管のフレーズが綺麗で、詩情豊かという雰囲気がする。
のびやかで〜 なだらかだが、緊張感が続いている。
「れふぁしれふぁし らふぁぁ〜 ふぁぁ〜 みどぉ〜」
「ふぁ〜ら ふぁぁ〜 ふぁ〜みどぉ〜」というフレーズも、ほんのりした色彩が感じられる。

舞曲風になっているところも、リズム感が、めちゃ楽しい。ティンパニーの鳴りっぷりも多彩だし、金管の和音の美しいこと。
バランスが良いというか、チューバの音も巧いし、金管の和音が豪勢で〜 うふふっ。気持ちが良い。
「っみみみみみ・・・」って、弦が揺れるように鳴ったり、軋んだ「どっみれみ どっど どっど どみれみっ どっど どっど」と蠢いたり、警告音が発せられたり、金管の和音が雪崩落ちてくる場面でも、主となる金管に負けないで、 内声部の旋律が、ものすごく良く聞こえるのだ。
う〜ん この内声部というか、副旋律というか、いろんな旋律が、混じり合った感じが、とても美しく感じられる。
あらら〜 こんなに幾重にも聞こえるなんて〜っと、驚かされるほど。
それでいて、ティンパニーの音は、凄まじく、まさに、はじけ飛んでいくほどだ。こんなに忙しい楽曲だっけ・・・というほど、息をつかせないで、いろんな楽器が、間髪入れずに繰りだしてきて、きゃーっ 面白すぎるっ。
それにしても、金管のフレーズ、う〜ん 綺麗だっ。こんなゴツイ金管の音なのに、すごい グラデーションがついてくるなんて。カラフルという、ひとことでは済ませては、もったいないほど・・・。

2楽章
「どっど どしぃ〜 どれどれしぃ〜 れぇ〜」と、いうように、木管が二重奏で吹かれている。
クラリネットやフルートの木管が、牧歌的に吹かれてくるのだが、ふわっとした音色で、丸く響く。
えっ こんな複雑な音色だっけ。ここだけ、取り出して何度も聞かないと、もったいない。
この2楽章は、いつも気が緩んでしまっていたのだが、耳が、ぴくぴくしちゃう。
いろいろな音質の木管が入り組んでて、うわっ こんな素敵な楽章だっけ・・・。テンポは良いのだが、多彩なので、幅の広がりが感じられ、空気が暖かくなっていくような雰囲気がする。
間合いは、ゆったりしていないのに、空気のなかを進むなかで、温まるかのよう。柔らかい。ゆったりとしてて〜
木管だけのセッションだと思うのだが、いや、弦も出てきた。緻密なのだが、緻密さを感じさせず、楽しそうに奏でられており、幻想的な雰囲気を感じさせる。音の広がりも、奥行きも大きく感じられる。

3楽章
「みぃ〜〜れどぉ〜しぃ〜 (パンパン) らしどぉ〜 らそぉ〜(どしっ)」
「ふぁ〜みれ〜どぉ〜 ふぁどし〜 らぁ〜しみぃ〜 らぁ〜しみぃ」
しなる弦という感じで、フレージングされており、硬い弦の鳴り方ではなく、柔らかく、なめらかに弦が歌っていく。
もっと硬質感があるのか思ったが、意外と柔らかく、タメを持ってて、突き進むというような悲痛感は少ない。
ここは、もちっと、弦を絞った方が良かったかもしれないが、優しい感のする旋律だ。
きっと、悲痛さではなく、違う情感を出したかったという、アプローチなんだろう。
悲痛で叫びをあげるというのではなく、優しい、包み込むかのような、平和な感じの分散和音に聞こえてきて、穏やかな牧歌的な、田舎の風景を思い出しているかのような感じだ。
「ふぁれどぉ〜 ふぁれどぉ〜」という音が、まるで、お袋さまが、おかえり〜って言っているかのような声に聞こえる。

4楽章
「らぁ そふぁっ(パン) らぁ そふぁっ(パン) らぁ そふぁ〜 みどしぃ〜 っれしそ」
「どみれふぁ〜そ ふぁらふぁみど しれどふぁ〜 そ ふぁらみどしれどふぁ〜そふぁ〜」
「し〜 らしら そらそ ふぁそふぁ〜 みふぁみ〜れみれ〜・・・」
この楽章のフレーズは、のびやかというか、少し跳ねるかのように鳴ってくる。弦のフレーズの語尾が、チャチャンっと入ってくるところのキレが、とても楽しそうに明るく、小股が切れあがっている。
若々しいフレージングで、直線的ではなく、弾力性のあるもので、続く金管の音はカラフルだ。

ティンパニーの乱打が始まってくるのだが、喜びに満ちあふれているかのように、悲痛な感じはしない。
アハハ〜 これは、開放的だ。金管の音の出し方も、最初からストレートではなく、二番手が押してくるって感じで、なかなかに面白い。金管にも曲線美があるようで、とっても瑞々しい。

で、いったん静まった後に、猛烈な連打が始まってくるが、今度は、乾いた金属片が飛んでくるかのような感じだ。
ぎょっとするほど、熱い。一瞬で時代がゲンダイに飛んでくるかのような雰囲気がするのと、皮が揺れているのがわかるほどに叩かれてて、結構、生々しい。
一気に爆発させるエネルギーがあって、活き活きしているし、晴れ晴れとした感じが視界的に広がって行く。
う〜ん 閉じられた世界から、一気に広がっていく〜というわけではないし、前楽章から平和な感じがしていたわけで、戦争がやっと終わって〜という劇的なシーンを描いたものではないようだ。
だけど、大きさ、雄大さは、存分に感じられるし、やっぱり若々しく、希望に満ちているというような、生命力を存分に感じることができる。う〜ん、この打楽器群も巧いです。
聴いてて、とっても楽しい演奏でした。
ブロムシュテット サンフランシスコ交響楽団 1987年
Herbert Blomstedt San Francisco Symphony Orchestra

   

録音状態は、極めて良い。寒暖あたせもった演奏で二面的。勇壮かつ繊細で、両面を合わせ持っており、大変、不思議な温度感覚になる演奏だ。
ブロムシュテットさんの2回目の録音
カップリング:ニールセン 交響曲第4番、第5番
1楽章
この楽曲を最初に聴いた時は、ティンパニー2台で鳴り響く、勇壮な曲だと知っていたものの〜
冒頭から、いきなり、ひぃ〜と悲鳴をあげて、ドンドン・バンバン鳴り響くので恐ろしくなったものだ。

冒頭、いきなり金管が唐突に、ぶお〜っと力強く咆吼してくる。
「どれっ〜し〜っ ふぁそしっ〜っ (みふぁっし〜みふぁっし〜)」
この、すっげ〜音のチューバとトロンボーン 最初、何が始まったのか、めんくらってしまう。
ティンパニーが、「タンタン ファシ ファシ ファシファシ タンタンタン タラララ〜」
ティンパニーの音が、途中で変わるってことが、とても珍しく感じられる。
「たらっ ら〜ん  たらっ ら〜ん  たらっ ら〜ん」 このリズムが、とても特徴的である。
この序奏部分、熱いような、それでいて凍り付いたような直接的な音で響く。ティンパニーも怖いが、木管の悲鳴に近い声が、それはそれは〜恐ろしい。
弦のカシカシとした弾き方といい。ただごとではないという緊張感を走らせる。まあ。一気に、急速冷凍されるって感じだろうか。暴力的な響きではないのだが、一発、はられた感じは否めず、冷たい冷気+熱い熱気の複合的な序奏の後、いっきに静かに収まる。う〜ん。今度は、急速解凍かい?

序奏後、ひんやりした冷気が、すわ〜っと漂ってくる。そのなかを木管が、ささやくように呟く。
弦の「どし〜っ れど〜っ」と、かすかに擦れただみ声の中を、ふふ。可愛く囁いているのだ。
また、その後に続くフレーズが美しい。しっかりと音が採れないのだが、和風に近い和音で〜 
「ふぁ〜ふぁみ〜れみれど〜 れ〜れど しどし〜ら れふぁしれふぁ〜らふぁ〜」
「ふぁふぁ〜みど」・・・
幻想的で、ふわ〜とした膨らみを持った和音である。
その後、舞踏風のフレーズ「どどぉ〜し ららぁ〜そ ららか〜っそ」と奏でてられる。
で、ティンパニーが鳴って、最初の主題が戻ってくる。不思議な和音だなあ。
第一音が強めで、「ふぁ〜みれし〜そふぁ〜 (ジャーン)」 
最後、力が抜けきったような抜け殻に変身。

う〜ん。ブロムシュテット盤は、序奏からのテンポが快速で、スマートすぎるほどのスマートさで、一気に、主題を駆け抜けていく。風のような、すばしっこさで、色彩豊かに描いている。
冷気をかんじさせるものの、暖かく、なんとも不思議な温度感である。
寒暖をあわさって持った〜演奏というのは、摩訶不思議な感じで、この楽章だけでも、温度は、一定ではないのだ。
暖かい空気に、寒冷前線がぶつかって、いや、その反対でも良いのだが、いずれにせよ、恐ろしい自然現象を巻き起こしているかのように感じる。で、迫力満載でありながら、さらり〜っと弾かれてしまい、わずか、5分間ぐらいの演奏で、30分程度は聴いた心境になってしまう。
最後、「ふぁ〜みふぁみ〜れみれど〜 しららそ〜 ふぁみ そふぁ〜み しららら〜そ ふぁみそふぁ〜」
金管群が、音を繋ぎながら、地底へと沈んで行く。う〜ん。みごとっ。

2楽章
もう1楽章だけで疲れ切ってしまったのだが・・・。木管が自然をたっぷりに歌っている。
大変穏やかで、静かな楽章で、つい。うとうと。

3楽章
ヴァイオリンが、超高音で、「み〜〜れど〜し〜 (パンパン) らしどらそ〜 ふぁ〜みれど〜」
不思議な旋律を奏でるのだが、その間、ティンパニーが、「ふぁふぁ どどし らふぁふぁ〜」と、和音を叩き始める。ティンパニーの和音が聴けるのって、この楽曲だけかしらん。
この弦のフレーズは、調が変わるというより、脈路がなく。かなり、不安定な気持ちに陥る。
ティンパニーの音が、ねちっこく聞こえてきて〜 ブロムシュテット盤で聴くと、少し水っぽい地底へと、引きずり込まれるような感じだ。
何もキレが悪いって言う意味ではなく、ティンパニーの響きが、余韻として残るため、階段を下りていくような気分になるのだが、何故だか、足元が、少しぬかるんでいる。そんな感じを受けるのだ。
う〜ん。なぜなんだろう。不安定な気持ちが、ぬかるんでいる。滑るかもしれない。と、連想させるのだろうか。う〜ん。
そのうち、「ふぁれど〜 ふぁれど〜」と、少し明るくなってきてくれるのだが、
この音符が、象徴的に響いてくるのだ。きっと、作曲に際して意味づけをされている和音だと思うんだがなあ。
(勉強不足でワカラズ)
弦のピチカートも響いて、ブキミだが、しっとり感が出てくる。
舞踏風の旋律でもないのに、連綿と同じ「ふぁれど〜 ふぁれど〜」と続くと〜 なんとなく薄気味悪い。

4楽章
ヴァイオリンが、一気に動きかける。「らそふぁみ れどし〜 カシカシカシ・・・」
おおっ。ようやく民族風舞踏か、と、ちょっと喜んでしまった。軽やかで、こりゃ良いわ。
で、弦と金管で、「らそそっ ふぁふぁ(パン)  らそそっ ふぁふぁ(パン)」と、これまた個性的な和音を奏でる。このフレーズ、大変美しく、まるでコラールのように響く。
で、「らっ そそっ ふぁふぁっ (パン)」 このパンは、もちろん、ティンパニー。
で、実際には、ららっ そそそっ ふぁふぁふぁっ〜的に、響いて聞こえる。エコーって感じなんだねえ。
これまた不思議で。透き通った空気でないと、これだけ、響きないよなあ。
このフレーズは、ちょっとした宗教音楽風である。ほんと、壮大なコラールのように聞こえるのだ。
壮大で、華麗で、なかなか不思議な和音なのだが、それも、長く続かないんだよねえ。

このコラール風の旋律が終わると、野蛮きわまりない〜って感じの、2台のティンパニーが響くのだ。
「ふぁ〜らそ〜 ふぁ〜らそ〜」「れ〜ふぁれ〜 れ〜ふぁれ〜」という、美しいフレーズに装飾され、鳴り響く。この「ふぁ〜られ〜」は、いろんな音に変わるが、音型は変わらない。
まあ。美しいフレーズが、ちょこっと垣間見られるのが、救いじゃねえ。

何かの警告のように、鋭い音色で木管が吹かれ、そこのなかで、ティンパニーが乱舞する。
乱れ打ちって感じがしないでもないが、上品に叩かれている。熱いけれど、でも、やっぱ熱くない。
ブロムシュテット盤では、ティンパニーのロールが印象に残るというよりも、コラール的な旋律が印象に残る。タイトルにかかわらず、救済的印象を受けるのだ。
この楽章最後は、1楽章最後と同じで、金管が地底に沈むフレーズが使われている。

う〜ん。ニールセンの交響曲は晦渋だ。他に、どんな解釈があるのか、勉強不足で知らないのだが、 ブロムシュテット盤だと、二元論的に描かれているような気がする。
でも〜 「不滅」「不滅なるもの」 いや、「消し難しモノ、抑え難しモノ」・・・ これが、二元論ってわけないよなあ。と、消化不良のままだが、A対Bという権力闘争、第一次世界大戦の戦争構図のようでもある。
また今後も、聞き進めて行きたいと思うが、 はてさて、わかるだろうか。感じることができるだろうか。う〜ん。

  ネーメ・ヤルヴィ エーテボリ交響楽団 1990年
Neeme Järvi Göteborgs symfoniker
Gothenburg Symphony Orchestra)



録音状態はとても良い。のっけから熱く、火炎のように燃えており、野太く、分厚く、そのくせリズミカル。もちろん、ラストも蛮族襲来から凱歌まで、いっきに聴かせてくれる。ティンパニーの乱れ打ちも圧巻。アハハ〜
カップリング:
1〜4 ニールセン 交響曲第3番「広がりの交響曲」(1991年)
5〜8 ニールセン 交響曲第4番「不滅」(1990年)
1楽章
「どれっ〜 ふぁそしっ(パンパン) みふぁっし〜(パンパン)みふぁっし〜(パンパン)みふぁっし〜(パンパン)」
意外と速いっ。畳みかけてくるかのような勢いがある。
「パンパン パンパン パンパン タンタンタンタンタン・・・」と、弦のフレーズに間髪を入れずティンパニが叩かれる。
で、弦のフレーズが、のっけから、タタタ タタタ ゴリゴリゴリ〜っと弾かれている。
「ふぁふぁふぁそ ふぁふぁふぁそ ふぁふぁふぁ〜 みふぁみれ れみふぁぁ〜 そっ ふぁみ ふぁふぁふぁっ・・・」と一気呵成に気炎をあげて突き進む。
げっ! こんな熱いなんて〜 とっても驚いてしまった。
スマートな演奏ではない、のっけから馬力全開で、弦が覆い被さるかのように弾かれており、前につんのめるかのようなスピードで、戦車が走ってくるかのような、怒濤的で、ゴツイ演奏だ。
木管も悲鳴をあげそうな切れそうな勢いだ。
まあ、ティンパニーの響きが、やっぱり凄い。
で、いったん静まったあとの間合いと、フルートの「ふぁ〜みぃ〜れれぇ〜ど れ〜ど しどし ら しどれ み〜ふぁ ふぁそふぁみふぁ そら・・・」っというフレーズなど、膨らみと萎み感があり、情報量の多い演奏のように感じる。
美しい木管ではないし、抒情的という感じではないのだが、結構、気が抜けてしまうところも、密度が濃いので、へえ〜 こんなフレーズがあったっけ。

で、 「どっどぉ〜し らら〜そふぁ ら〜そふぁ ら〜そふぁ ら〜そふぁ ししどふぁ〜」というフレーズは、速い。
かっちりしているのだが、リズミカルで熱い。
ティンパニーが、パパンっと叩いたあとの金管フレーズの「どっ どぉ〜しら らぁ〜そら らぁ〜そら らぁ〜そら らぁ〜そら
ししど らぁ〜 ししどれ みっ れれれみ・・・」と続くところも、猛スピードだ。
しかし、金管が開放的に「らぁ〜そふぁ ふぁぁみ れみれぇ〜」というフレーズは、少し金属っぽい。
最初から、もろてをあげて、全開で解放された〜という伸びやかさはなく、開放的なフレーズを、何度か繰り返していくにつれて、段々と、開いていくような感じがする。 まあ、もう少し〜 もっと、広がってほしいかな〜

で、また静まった後、木管が、パラ ぱらっと、飛んでいるのだが、そこの情報量が多く、意外とよく聞こえる。
弦のパラパラパラ・・・という声を震わせる音の合間に、木管が鳴っていることを、ワタシは、うかつにも聞き逃していた。
また、とってもクールで、シュールな、ショスタコさんのような無機質的な音が含まれていることを、知らなかった。
単に綺麗な楽曲ではなく、野蛮で、暴力的な要素を多分に含んでいるんだ〜っと、N・ヤルヴィ盤を聴いて、思い知らされた感じだ。 やっぱ、荒々しい蛮行という感じが、怒濤のようにおそってくる。
で、今度の金管の音は、どす黒く、広がって・・・ 遠ざかっていくような、暗雲が去って行くかのような〜 そんなイメージを受けた。

2楽章
「どっど どぉし〜 どっどしどれし しっし れ〜」という、木管が牧歌的に吹かれているが、もう少し、伸びやかに歌わせていただいてもよろしいかと。いろんな木管楽器が使われているし、見通しも良いのだが、綺麗なんだけど、ちょっと、せわしないフレージングのような気がする。
可愛いし、チャーミングなリズムがあるのだが、ゆったり、ほっこりした感じとは、ちょっと違う。
聴き惚れるまもなく、スイスイっと進む。ありゃりゃ。鳥の声に耳を傾けたいのだが、鳥というイメージではなく、やっぱり木管楽器が鳴っているという感じで終わる。イメージを膨らませる暇が欲しいかも。まっ 短い楽章だけど・・・。

3楽章
「みぃ〜〜れどぉ〜しぃ〜(パンパン) らしどぉ〜らそぉ〜(パ ン) ふぁ〜みれど〜(パンパン) ふぁどしぃ〜(パンパン)」
もちろん、ティンパニーにも音があるのだが、このティンパニーの音がねえ〜
「ふぁふぁ どぉし しら みみ れ れ ど し・・・」 あぁ〜 わかんない。難しい音だなあ。
このティンパニーに注目して(良く聴いて)みるのも面白いんだろうけど、素人の耳ではねえ〜 限界超えてますわ。
弦の悲痛な旋律より、なんだか、ティンパニーの音を追いかけてみたいなあ〜
とっても、ティンパニーの奏者には、嬉しい楽曲なんだろうなあ。
弦は、「らふぁみぃ〜 らふぁみぃ〜 ら ふぁみぃ〜 そみれぇ ふぁれどぉ〜・・・」と消えていく。  
木管も同じ主題を吹いていくのだが、楽器を変えて繰り返される、この象徴となるフレーズは、何を表しているんだろう。
なんだか、平和的でもあり、夕暮れ時のような静けさを保っているのだが、「らっら らぁ〜 しぃ〜ら そらぁ〜」と、それを突き破るかのような、忙しい旋風が吹き荒れて4楽章に突き進む。
やだ、また嵐がやってくる。

4楽章
「ら〜そふぁ〜(パン) ら〜そふぁ〜(パン) ら〜そふぁ〜 みどしぃ〜」
「れしそ〜どみれふぁ〜そ ふぁらふぁみど しれどふぁ〜 そ ふぁらふぁみどしれどふぁ〜 そふぁ〜・・・」
「し〜 らしら そらそ ふぁそふぁ〜 みふぁみ〜れみれ〜・・・」
ここのフレーズの綺麗なこと。「らっそそっふぁっ」と、元気で伸びやかだし、艶があり、金管の金属的だが、とても煌めきのある吹き出しだ。
で、金管のパパンっというアクセントと、波が打ち寄せてくるかのような、波打つ感じがする。
うっと、してくる圧も感じるし、何度聞いても、なんか心地よい。

また、ティンパニーの打ち鳴らしも、低弦の響きと一緒になって、大きくうねりを与えてくれる。
大きなフレーズ感覚というか、粘りがあり、れふぁあ〜って感じの中間部の音が、押し出し感がある。
下品にならない程度の押し出し感が、なんとも、気持ち良く聞こえる。
また、静まったところでの木管群の小さな囁きが、意外とレアな感じがする。特に細かい描写でもないと思うのだが、意外と良く聞こえるのと、細やかだ。
また、遠くから硬いティンパニーが打ち鳴らされてくると、すげーっ 蛮族たちの襲来って感じが、ものすごい。
遠近感があるというか、遠いところから、ひえぇ〜 襲われるうぅ〜的に、一直線にやってくる感じがして、ちょっと鳥肌モノ。
「どぉぉ〜どぉぉ どぉぉ〜」 
で、その襲来が終わると、凱歌のように歌いあげてくるのだが、蛮族襲来から凱歌に変わる、この変わり身が、すわーっと置き換わるって感じだ。えっ〜  こんな良い楽曲だっけ。という感じで、なかなかに感動ものなのだ。

そりゃ〜 ティンパニー2台の連呼なのでカッコイイとは思ってたんですけど、なんか、じわ〜っと持って行かれちゃった感のある盤は、う〜ん、そんなに、なかったような気がします。
N・ヤルヴィ盤は、リズム感もいいし、ツカミが巧いというか、大きなうねりを作り出して、巧妙に聴かされてしまう感じ。
いや〜 なかなかに感動もの。
もちろん、ティンパニーの怒濤のような打ち鳴らしは、とても満足っ。破天荒的でノリノリだし、野太さというか、熱い粘っこさが感じられて〜(洗練はされてないんですけどね) なかなか良いです。
ちなみに、N・ヤルヴィは、90年にもBIS盤で録音しています。なんでも、チョン・ミョンフンの代わりに録音しちゃったみたいですが、(4番と6番のみ)、ワタシは、BIS盤は未聴です。
でも、このグラモフォン盤の録音は極上だし、まあ、ワタシ的には買い足さなくても良いかな〜と、この盤に、とても満足してます。お薦め。

  ウルフ・シルマー デンマーク国立放送管弦楽団 1995年 
Ulf Schirmer DR Radiosymfoniorkestret

録音状態は良いが、幾分ボリュームをあげてききたい。特に2楽章はレベルをあげないと聴きづらい。ブロムシュテット盤のように険しい演奏ではなく、ソフトで、伸びやかな演奏であり、シベリウスのような和音が響く。
カップリング:
1〜3 ニールセン 愛の賛歌
4〜6 ニールセン 小組曲
7〜10 ニールセン 交響曲第4番
1楽章
「どれっ〜 ふぁそしっ〜っ (みふぁっし〜みふぁっし〜みふぁっし〜)」
「タンタン タラン タン  タラン タン タンタンタン タラララ〜」
シルマー盤は、最初のチューバの音は大きいのだが、どこかティンパニーの迫力が不足していて、少し迫力に欠けており、ボコボコとした感じになってしまっている。低弦の響きも 少し丸く、金管の迫力も、丸い感じがするので、鋭角な演奏を期待していると、まず、冒頭で、う〜んと唸ってしまうかも。
胸ぐらをつかまれるかのような、鬼気迫るような、怖くなるような覇気、気迫には欠けている。

それに、ティンパニーの音が、結構奥まってしまっている感じがする。
重厚には鳴っているのだが、テンポの推進力が弱いのかも、ダンダンっと鳴ってくるティンパニーのリズムの刻みが浅いのかも。やっぱり、ティンパニーが、相当奥でなっているように聞こえちゃうところが難点だろうか。凍てつく大地ではなく、小春日和のニールセンが良いと言うなら、お薦めかもしれないが、う〜ん。どうだろう。
弦のピチカートと、震える音の響き、不協和音のキシキシした響きに慣れてしまうと、キレはイマイチだと言わざるを得ない。
しかし、木管のフレーズが柔らかく、シベリウスの持つ和音に似た響きがしてくる。
弦の響きは、ホント良いし、木管の息づかいも、バッチリなのだ。伸びやかさがあって、腰が弱いと言われるかもしれないが、ホントに、柔らかな陽射しが感じられる。
ブロムシュテット盤や、ラトル盤に比べると、どうしても弱いと言われるかもしれないが、柔らかいノビ感はあり、木漏れ日のようなフレーズが印象的だ。木管のフレーズが、爽やかというよりは、柔らかく、自然な感じがするのである。
まっ 透明度は、イマイチだが、ふくよかな感覚だ。ふくよか・・・ う〜ん。
他盤を聞きかじってしまうと、ちょっと違うだろう、それは緩いんだ。と言ってしまいそうであるが。
俊敏ではないし、瑞々しさには、少し欠けているが、丘陵地帯から、峻厳な山々を伸びやかに俯瞰しているような感じという感じ。
軋み方が、どことなく優しい。う〜ん。これじゃ不満が残るか。

舞踏風のフレーズ 「どっ どぉ〜し らら〜そ ふぁふぁ〜そら〜 ふぁ〜そらふぁ 〜」という場面になると、かなりテンポアップして流れるが、低弦の震える場面になると、少し弱まってしまう。
リズムの刻みが、やっぱり浅めで、キレには弱い。
和音重視なのかもしれないが、どうも、総体的に、フレーズが歌謡風って感じになってしまっている感じ。
そして、1楽章の最後には、聞こえないぐらいの音量となってしまう。
う〜ん。どーなってるのかなあ。1楽章の冒頭は、抑え気味で全体に音量レベルをあげてくれたらよかったのに、この盤、音量レベルの調整が、イマイチなんだよなあ。困っちゃう。

2楽章
2楽章は相当に音量をあげないと、さっぱり良さが解らない。木管の二重奏のようなフレーズが、可愛く牧歌的に奏でられるのだが、音量が充分ではなく、緩く感じられてしまって、、、ちょっと惜しい。
「どっどぉ しぃ〜 どっどぉ しぃ〜」
牧歌的な感じは良く出ているのだが、推進力が低下しちゃて〜 停滞しちゃた感じがする。
なーんか、よく解らないままに終わってしまう。もっと聞き込みたいが、1楽章から通して聞くと、ボリュームのツマミを、いじりまくる状態になってしまって。ちょっとツライ。

3楽章
「みぃ〜〜れどぉ〜しぃ〜 (パンパン) らしどぉ〜らそぉ〜(どしっ)」
「ふぁ〜みれ〜ど〜 ふぁ〜どし〜ら〜しみ ら〜しみ」
低弦の響き、ティンパニーの硬い金属的な響きがあるが、なんだか、硬質感が少なく、弦の悲痛なタメ感も少なめである。ひぃ〜っとした、凍りつくようなクールさは少なめ。
言葉が、やっぱ優しいなあ。って感じがする。
「どらふぁ〜 どらふぁ〜」という印象的なフレーズでも、なかなか泣かないのである。
情緒的でないというか、なんか演技下手やねえ〜 心が籠もってないよねえ。って言われかねない。
すぱっと泣くか、潔く泣くって感じでもないし、即物的でもないし、クールでもないし、なーんか中途半端だ。意志力が弱いっていうか、覇気がないというか。

でも、何度か聴いていると、かえって、自然なのかな〜って思ったり、フレーズの流れとしては、自然だな〜っと思うのだ。ちょっと、そこが不思議な気がする。
鳥が泣き叫ぶように、「たらら〜 たらら〜 たらら〜」というフレーズは、短めにフレージングしているし、アクセントになっている。低弦の響きが力強く、金管の響きも「ふぁふぁふぁ らっそそ〜」と力強くなってきて、バラバラになっていたフレーズが集まってきて、ごごご〜っと鳴り始め、「そふぁどぉ〜 そふぁどぉ〜」という、ユニゾンの響きにまとまってくる。そんな、まとまり感は、とっても良く出ている気がする。

4楽章
「ら〜そふぁ〜(パン) ら〜そふぁ〜(パン) ら〜そふぁ〜 みどし〜」
「れしそ〜どみれふぁ〜そ ふぁらふぁみど しれどふぁ〜 そ ふぁらみどしれどふぁ〜そふぁ〜」
フレーズが柔らかい。空気の薄い青空に、白い雲が、薄く、すーっと流れていくような、そんな柔らかさがあって、自然に耳に馴染んでいく。
ティンパニーの鳴りっぷりは、さすがに、この楽章は大きく、猛烈な感じで叩いて、迫力満点となっている。音量の波打つ感じが出ていて、和音の響きが、とっても美しい。
荒々しさより、優しさが感じられて、土俗的でも、原初的な感じもしない。
へぇ〜 驚くほどソフト感があり、怒濤のようにはならない。
まっ、この4楽章って言えば、もちろんティンパニーの連打につきるのだが、いやいや、ティンパニーだけじゃーないぞ。他にも、中に詰まった旋律がイッパイあるんだぞ〜とばかりに、他の旋律が、結構、優美に響いており、ニールセンの4番の違った面が見られるかもしれない。

総体的には、シルマー盤は、なんとヤワいことか。と嘆かわしく思っていたのだが・・・。意外と、優しく柔らかいフレーズが 重なって見えることで、更に、複雑なフレーズに聞こえちゃって、う〜ん。頭のなかで、混乱っ。ますます複雑だと感じて〜思わず苦笑いしちゃう状態になってしまった。
1楽章も3楽章も4楽章も、フレーズが入り組んでいて、場面展開が速く、構成がどうなっているのか、とーっても難しい。また、ブロムシュテット盤だと、場面展開が速いうえに、表現 の差が大きくて、髪の毛が逆立つような、ぞーっとするような二面性を持っていたように思うが、その点、シルマー盤は優しい。

力づくでなぎ倒していくようなパワーはないし、怒濤のようなティンパニーが、格好良く鳴り響くという盤でもなく、なんと中途半端な・・・と思うのだ。
でも、何度か聴いていると、シベリウス的な不思議な和音が、たーっぷり詰まっているのが感じられて、なかなか新鮮に聞こえてくる盤でもある。そういう意味では、ショスタコーヴィチよりも、シベリウスに近いかもしれないデスね。まっ それが、良いのかどうかは、ワカンナイですけど〜
(いやいや、期待しているモノとは違う。という意味に近いんですけどね。)
あと、録音状態が少し〜モノ足らない感じがします。特に悪いわけじゃないと思うのだが、全体の音量レベルの調整が難しい。 特に、弱音になると、これ、さーっぱり聞こえてこないのです。これが最大の難点かなと思います。

サラステ フィンランド放送交響楽団 1997年
Jukka-Pekka Saraste Finnish Radio Symphony Orchestra



録音状態は良い。 柔らかいフレージングで、推進力があって爽やかに駆け抜ける。ティンパニーの連打は、もう少し迫力が欲しいのだが、録音状態によるところが大きいのかも。
カップリング:ニールセン 交響曲第4番、5番
1楽章
「どれっ〜 ふぁそしっ〜っ」「タラン タン タラン タン タラン タン」
「タラン タランっ」というティンパニーのリズム感も良い。録音状態も良いし、活きが良い。
キレもよく、テンポよく推進力いっぱいに走っていく。弦の響きに、柔らかさと弾力性を感じさせる。
で、いったん静まった後、クラリネットとオーボエの木管の柔らかい響きが、すわーっと出てくる。
「そそ〜ふぁ〜 みみ〜れ みみ〜れ〜 どれどぉ〜し」
「しれふぁし らふぁ〜 ふぁ〜みどぉ〜 ふぁ〜みどぉ〜」

高音域のノビ感というか、空気感が、すわーっと流れていくときと、弦の「ふぁふぁふぁふぁふぁ・・・」と声が震える時のフレーズと、その変わり方もあるし、畳みかけて行く時のスピード感が爽快だ。
「ど どぉ〜しら らっそら らっそら らっそら らっそら ししどれ ら〜」
ここのフレーズって、3拍子なんですよねえ。
「タ たぁ〜タタ たぁータタっ」 ここのアクセントの付け方が自然で、「どど どれ しぃ〜」と爽快に走っていく。この場面の走り方は、うん。優美というかホント、柔らかくて軽やかだ。満々と水をたたえた湖の湖面のうえを、鳥たちが飛び立つように走る。
開放的な金管の広がり、伸びやかな「ふぁ〜みれ れ〜ど ふぁ〜らみれ れ〜ど ふぁ〜みれそっ」
さほど、タイトさを感じさせていないで、伸びる。
ガツンと行くわけではないし、きっちりと縦糸を重ねて進むって感じがしないし、ガシガシでもない。
その点、モノ足らないという方もいるかもしれないが、ワタシ的には、ふわーっと伸びて、自然に加速していくところは、ホント、柔らかいけれど 力みなく、くい〜っと伸びて、瑞々しさと若さを感じる。
高音域のフレーズが、よく伸びているのだと思う。

2楽章
緩楽章で、木管が主体となっている。サラステ盤は、この2楽章は、少し音量をあげてきかないとダメ。
「ふぁっふぁっみ〜 ふぁっふぁっみ〜 そそっふぁ〜」と可愛い鳥の囁きのようなフレーズがある。
オーボエやファゴットが大活躍してて、自然の豊かさとか、静けさとかを表しているんだけど。
なにせ、音量が小さくて、この調整には、ブーっ。まっ このサラステ盤だけではないのですが。困ったモノ。

3楽章
「みぃ〜〜れどぉ〜し (っふぁっふぁ) らしどぉ〜らそぉ〜(ど しっ)
「ふぁ〜みれ どぉ(しっらっ) ふぁどし〜ら(みっみっ) ら〜しみ〜(れっどっ)」
弦のフレーズが高音域で良く鳴っている。
ティンパニーの響きも幾分硬い金属的な響きはするが、ひんやりした感覚よりも、湖面に少し氷が張った感じがして、さほど険しい雰囲気はしない。どこか柔らかい。
ブロムシュテット盤の新録ように、ガッチとした硬質感はないが、サラステ盤は、さほど中途半端とも感じないですね。中音域の弦の響きも、たっぷり入っていて厚みもあるし、弦の鳴りっぷりは良い。
「らふぁみ〜 らふぁみ〜 そみれ〜」という印象的なフレーズに、まとまってくるが〜
「どらふぁ〜 どらふぁ〜」
たっぷり涙目で泣いているわけでもないし、叙情的でもない。じっくり熱くなっていくタイプでもない。
同じフレーズを重ねていくのだが、このウチからの熱気は、う〜ん。
木管の「そそそそ そらそ〜ふぁそ〜 ふぁそらら〜 そそそそそ ふぁそら〜そ」
弦のピチカートとのセッションも、なかなかに、際どく緊張感が漂っている。低音のガガガっという響きには、ちょっとパワーが無いし、エッジが立っているわけでもないので、この点、力不足かもしれないが、「ふぁれど ふぁれど〜っ」と弦が鳴っているところに、金管のコラール風フレーズが重なって、開放的な音の広がりに繋がっている。

4楽章
さて、聴きどころの最終楽章、「ら〜そふぁ〜(パン) ら〜そふぁ〜(パン) ら〜そふぁ〜 みどし〜」
「れしそ〜 どみれふぁ〜そ ふぁらふぁみどしれどふぁ〜 そ ふぁらみどしれどふぁ〜そふぁ〜し〜」
「らしら そらそふぁ〜 みふぁみれみど れ〜どし らど しら〜」
フレーズが柔らかい。ちょっと腰がないかもしれないぐらい、ふわーっと流れていく。
もう少しアクセントがあっても良いかもしれないが、弦のフレーズが、しっかり刻んでいる。「しっみれ〜どしらっそっ〜」と金管が鳴ったあと、ティンパニーの連打が入ってくる。ここは熱いっ。残響が多めだが、奥の方から猛烈に叩かれている。
このティンパニーだけを取り上げて、聞き比べても面白いんだろうけど、、、
拍の調子が、ワタシの貧相な耳では、なかなか聞き分けられず、、、ちょっと悔しい。

金管のコラールも美しく、音の響きが大きい。トロンボーンの響き、トランペットの響き、木管の合いの手が、よく響いてて、また弱音のティンパニーの残響と、優しい木管が絡んできたり、強弱の差が大きく、起伏の大きなものになっている。
スマートだが、結構熱く、木管の警告音のような響きが、ずーっと続く。

ただ、この録音状態は、少し奥まっているので、ダイレクトに響いて来るモノではない。
録音会場にもよるのだろうが〜 ワタシの持っているCDでは、立体的な響きとは言い難いのが、難点かなあ。両脇にティンパニー2人が分かれているパターンだと思うが、ちょっと解りづらい。
透明度は高めだが、クリアーとはちょっと言い難い。それに、カツンっとした硬い打音ではない。
どこか、柔らかい薄い膜のようなモノを感じるし、マイクは、本数少ないのかも。まっ 目の前でティンパニーが叩かれているような、音圧を感じる録音ではないので、自然といえば自然かもしれませんが・・・。ライブ盤のような感じです。

ちなみに、← この2枚組CDも所有している。

原盤:Finlandiaの廉価版。
劇音楽「アラジン」が聴きたくて購入したのだが、交響曲の4番、5番は、サラステ、フィンランド放送交響楽団で、上記CDを同じ録音です。
 

カップリングは、下記のとおりです。
劇音楽「アラジン」は、A・デイヴィス 王立ストックホルム・フィル
ヴァイオリン協奏曲 Vn:ヘンリク・ハンニスダール テルイェ・ミッケルセン ノルウェー放送交響楽団
クラリネット協奏曲 Cl:クレルヴォ・コヨー サラステ フィンランド放送交響楽団
「若い芸術家の棺の傍らで」、「ボヘミア・デンマークの民族曲」という小品は、ユハ・カンガス オストロボスニア室内管弦楽団の演奏である。
CDジャケットに、演奏者の記載がありません。
1981年 カラヤン ベルリン・フィル ★★★
1984年 ラトル バーミンガム市交響楽団 EMI ★★★★
1985年 サロネン スウェーデン放送交響楽団 SC ★★★★★
1988年 ブロムシュテット サンフランシスコ交響楽団 Dec

★★★★★

1990年 N・ヤルヴィ エーテボリ交響楽団 ★★★★★
1995年 ウルフ・シルマー デンマーク国立放送管弦楽団 Dec ★★★
1997年 サラステ フィンランド放送交響楽団 Fin

★★★

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