「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

プロコフィエフ 交響曲第7番
Prokofiev: Symphony No.7


プロコフィエフの交響曲第7番(嬰ハ短調 作品131)は、1952年に作曲されています。
ウィキペディア(Wikipedia)を元に記述すると
ソヴィエトの青年に捧げる意向であったため、プロコフィエフ自身が「青春交響曲」と呼んでいたことから、「青春」の標題が用いられることもあります。

第1楽章 嬰ハ短調 4/4拍子 ソナタ形式
第2楽章 ヘ長調、4/3拍子。
第3楽章 変イ長調、4/4拍子
第4楽章 変ニ長調、4/2拍子 複合三部形式

第4楽章の終結部は、弱奏のピチカートで消えるように終わるものと、強奏で終わるものの2種類があり、後者は、初演したサモスード(指揮者)の要望で、オリジナルの終結部に20小節ほどが追加されたもので、スコアでは、付録の形で載せられています。
実際の演奏は、両方で行なわれていて、どちらを選択するかは指揮者の判断によるとのこと。
楽器編成は、ピッコロ、フルート 2、オーボエ 2、コーラングレ、クラリネット 2、バス・クラリネット、ファゴット 2、ホルン 4、トランペット 3、トロンボーン 3、チューバ、ティンパニ、トライアングル、タンバリン、小太鼓、シンバル、大太鼓、ウッドブロック、グロッケンシュピール、シロフォン、ピアノ、ハープ、弦五部 約35分の楽曲です。

ネーメ・ヤルヴィ スコティッシュ・ナショナル管弦楽団 1985年
Neeme Järvi
Scottish National Orchestra

あちゃ〜

録音状態は良いが、少し残響が多め。柔らかく丸みをおびた音の響きとなっている。演奏は、コミカルで、賑々しさが出ていて愉悦性が高い。アハハ〜と大笑い。

←プロコフィエフ交響曲全集4枚組BOX
交響曲第1番、2番(84年)、3番、4番、5番(85年)、6番(84年)、7番(85年)
1楽章
鐘が1音鳴り、弦が、悲しい旋律を奏でる。
「れ〜〜 れみふぁ〜れ ら〜ふぁそら〜ふぁみみれ ふぁみ そぉ〜らし〜」
この主題は、心をえぐるかのような悲痛なフレーズなのだが、さほどではなく、幾分、甘くフレージングされている。
録音が柔らかいこともあるが、「れぇ〜〜っ」と、ずーっと鳴っている鐘のような響きは、まろやかだ。
風が、たなびくかのようなフレーズがあって、主題が戻ってくる。この時には、弦のカシャカシャという音を交えて、分厚い金管が寄り添っている。

第2主題は、とっても明朗に、大らかなフレーズで、ゆったりと明るく歌われる。
まずは、金管で〜 そして、弦を主体にして
「れぇ〜 みそれぇ〜 みぃ しふぁみ ふぁれぇ〜 れれれ みみ どぉそしぃ〜」
「そらしど みしそらしど みし〜(れれ ふぁ〜 ふぁらどっ・・・)」
このフレーズの終わりに、とってもキュートな木管が彩りを添えている。

このブラスは、太めの伸びやかで、ホントに、大らかに奏でている。
抜けるような青空という感じではなく、少し、録音の特質で、ふっ〜っとした空気感はあるが、なかなか良いと思う。
大太鼓の音や、パーカッションの音も、しっかり聞こえるし、残響が多めの分、冒頭の鐘のような響きも、ずーっと持続しているので、雰囲気を高めているのではないだろうか。
(残響が少し多めなので、これは、好みが分かれてしまうだろうけど・・・)
楽章の終わりに、第2主題が戻ってくるが、これは、テンポを遅めにとっており、胸が、ふわーっと膨らみ、夢を見ているかのような、木管の響きが、教会の大きなドーム 天空のなかで響いているかのように聞こえてくる。
青春というタイトルどおり、夢とか、希望とかが、大きく膨らんでいる〜というのが、見えてくるようだ。

2楽章
ゆったりと演奏されており、まだまだ、夢の続きですよ〜という感じで始まる。
「みぃ〜みれっ みぃ〜みれっ」と、小太鼓と弦が賑々しく鳴り出すと、ドンドンっと、ティンパニと大太鼓が大活躍してくる。
この打楽器が、なんとも、楽しいのだが、トランペットの短いパッセージとか、とても、賑々しい舞踏になる。
ワルツなんだけど、そこは、コミカルな映画を見ているかのような、ディズニー映画の世界のような感じだ。
ティンパニーの使い方や、ん タタ・・・(パパっ)と入ってくるトランペットなど、この楽しさは、プロコさまならでは。
甘い優美なワルツだが、夢を破るかのような、賑やかなパーカッションは、アメリカっぽい。

ラヴェルのラ・ヴァルスのように、世紀末風ウィーンのワルツの雰囲気と似ている。
「そぉ〜 らしどれ ふぁみっ ふぁっ れぇ〜」
どこか、回顧しているというか、古き昔の時代を懐かしんで、夢のなかの出来事のようなのだ。
しかし、場所はウィーンの洗練されたオシャレさは、う〜ん、ちょっと感じられず、まるで、田舎の舞踏会のようだ。

お酒に酔ったおじちゃんたちが参加しているかのような、田舎くささが感じられるのだが、でも〜 この匂いが、癖になりそう。これが交互にやってきて、メランコリックさが感じられ、夢のなかにいるのか、現実の匂いが充満しているのか、混濁しているところが、面白い。 なにせ、パーカッションの使い方が、ひぇ〜というほど、面白い。面白すぎて〜 さっすがっ。

N・ヤルヴィ盤は、ピアノの音もパーカションもリアルに、しっかり入っているが、ティンパニーの乱打が、大太鼓の響きが、なんとも言えない、ここだけ、靄がかかっているみたいに、ドスンっという音で入ってくる。
奥行き感はあるのに、低音の響きの処理には、アタマを抱えそう。
で、ラストは、テンポを速め、強烈にもりあげて、まあ、ご大層に演出されている。アハハ〜っと大笑いできちゃう。

3楽章
「ふぁれど しぃら ふぁら〜 そど ふぁ〜み そらしど しぃ〜ら れぇ〜ど」と、チェロ弦楽セレナードのような楽章だ。
「そら そぉ〜ふぁ  らみ れし らぁ〜そ  どれみふぁ みぃ〜れ れぇ〜どぉ〜らしぃ〜」
木管が繋がってフレーズを作っていく。
「どれみふぁ みぃ〜れ れぇどぉ しぃ〜」「それふぁ し ら そ ふぁ そらしど しら れ ど しぃ〜」
なんとも言えない胸がキュンとするような郷愁を誘うフレーズが、満載で・・。
ノスタルジックで、セピア色の写真を見ているかのようだ。
ハープも入ってくるし、木琴も使われているし、う〜ん。まるでチャイコフスキーのようなフレーズが続く。
この楽章だけ聴くと、プロコフィエフの楽曲とは思えないほど〜 うっとりと、聴き惚れてしまう。

4楽章
劇の幕開け〜というような短い序奏のあと、「られれみ ふぁらられぇ みぃ〜どれらぁ〜」 (ハープのグリッサンド)
弦のピチカートとで、飛んで跳ねて〜という感じで、いろんな楽器で主題を奏でていく。
弦だけになってみたり、木管群での演奏と、変わっていくのだ。
「ふぁぁ〜 ししぃ〜〜  しふぁふぁみ しふぁふぁみ らどどれ どれれど・・・」

ンジャンジャ・・・と、蜂が飛んでいるかのような、ピアノ協奏曲のモチーフが見え隠れする。
同じ音を連打していくような感じで、無窮動風になってみたり、ころっと主題が変わる。
はっ? うかっとしていると、主題が入れ替わってしまう。
皮肉っぽく、深海魚のように、すっと沈んでみたり、クラリネットのコミカルさ、マーチングバンド風に奏でてみたり。
まるで、ごった煮状態になっているのだが、これが超面白いのだ。
ラスト近くになると、1楽章が回帰してくる。
キラキラした、金管のぷわぁ〜っというフレーズが、アハハ〜 こりゃ、コミカルすぎて。やり過ぎでわ。
っと、笑いすぎてしまった。ちょと俗っぽいが、愉悦性が高い。
キラキラしすぎの弦のフレーズで、盛りあげて行くところも、すごく楽天的で大らか。
もちろん、終わり方も、オリジナルの終結部に20小節ほどが追加されたもので、回帰してジャンっ!って方です。

総体的には、N・ヤルヴィ盤は、やっぱ録音状態に左右されるかもしれない。
愉悦性の高い最後の楽章は、楽しい。確かに楽しいのだが、ソフトフォーカスされ気味の録音だ。
それと、あまりの大らかさに、どうだろう。
眉をひそめる方もおられるかもしれないなあ。と思ってしまうが・・・。って、ワタシは大笑いしてしまったのだが。

小澤征爾 ベルリン・フィル 1989年
Seiji  Ozawa
Berliner Philharmoniker
(Berlin Philharmonic Orchestra)



録音状態は、まずまず。中庸気味で、こぢんまりしているが、繊細で、可愛らしさが出ているように思う。
カップリング:プロコフィエフ交響曲第2番、7番
交響曲全集4枚組BOXも発売されている。
1楽章
「れ〜〜」 1音鐘のように鳴ってから、フレーズが始まる。
「れみふぁ〜れ ら〜 ふぁそら〜 ふぁみみれ ふぁみ そぉ〜らし〜」「そふぁみ られぇ〜」
「れみ み〜れ どらし」
「そらし〜ら しらど〜れ ふぁみそ そらし〜ら しらどぉ〜 みれ」
「れみふぁ〜れ ら〜 ふぁそら〜 ふぁみみれ ふぁみ そぉ〜らし〜」「ふぁっしぃ〜」

鎮魂歌のように沈んだフレーズで、とめどもなく始まる。
一瞬、拍感覚が、う〜ん。4拍子みたいなんだけど。って感じで、どこで音が切れているのか。解らないというか、ちょっぴり不安感が漂い、儚げでもある。それでも、解りやすい方なのだ・・・。プロコフィエフの交響曲のなかでも。
フレーズとしては、一応存在はしているし、ヴァイオリンやチェロの弦の響きが美しい。
あまり和音的には鳴ってこないが、切なくなるような弦の響きである。

プロコフィエフの交響曲は、7番まであるが、人気があるのっていうのは、1番の古典、5番、次にくるのが、概ね7番ってところだろうか。
これは、「青春」とも呼ばれていて、なーんか、つかみづらい曲である。
どこが、青春やねん。と言いたくなるんだけど、最晩年の作品で青春とは、不思議な気もするが、ちょっぴり、懐かしく、しみじみ〜と、させる曲でもある。
っていうのも、大らかなフレーズが間に挟まってくるからである。

最初は、鬱々と、哀愁が漂うようなフレーズで、沈み込んでいるのだが、途中から長調的に伸びやかに歌うフレーズが出てくるのだ。
「れぇ〜 みそれぇ〜 み しふぁみ ふぁれぇ〜 れれれ」 
「みみ どそしぃ〜 そらしど しぃ〜みら しど しらどみれ〜  ふぁらどみら〜 ふぁしどみふぁ〜」
「れぇ〜 みそれぇ〜 みしふぁ〜みふぁれぇ〜 れれれ ・・・」

このフレーズだけが、目立っているというか。青春ぽいのである。
チェロとホルンの懐かしい、大らかなフレーズが、すごく伸びやかで、う〜ん。良いわあ。
ヴァイオリンがフレーズを奏で始めると、う〜ん。これはやられちゃう。鉄琴の響きも可愛く入ってくるし。
雄大さに、可愛らしさ、切なさまでが、ぐっと詰まっている。

7番は、この甘酸っぱい美しい旋律が、ところどころ表出してくるし、このフレーズは、誰でも好きになっちゃうと思う。個人的には、もっと、もっと〜 流行りそうな気がするんだけどなあ。
なにせ、1番が古典で、超クラシカルな曲なくせに、2番ではハチャメチャ・・・ ここでメゲル。
当然、最後の7番なんて、もっと、ハチャメチャになるんだろうと予測しちゃうよね。
しかし、この7番は、ワケのワカラン抽象画を見ているような曲ではないし、荒々しい曲でもない。
聴けば聴くほど、ホント、美しい。懐かしい白黒映画を見ているような、胸を締め付けられるような、悲しくも大らかなフレーズがいっぱい詰まっているのだ。う〜ん。一発で好きになってしまう。
小澤盤は、とびっきり録音が良いとは言えないし、バックで、ドボンって感じにティンパニー(大太鼓かも)が鳴っているが、旋律は美しく奏でられている。

2楽章
さて、2楽章。可愛いワルツを踊っているような舞踏会のような曲で、そうだなあ。バレエ音楽のようだ。
「れぇ〜 ふぁ〜そっらし〜 どれふぁっ み〜れ〜」
「み〜 みっみっれ〜」「れ〜み れっし〜」「ふぁっふぁ〜み ふぁふぁ〜み」
ふわふわっ、と、可愛く踊り跳ねて、タンバリンが小さくなったり、ティンパニーをバックに、オーボエのメランコリックなフレーズや、どぉ〜 どぉ〜 と、動物が鳴いているようなリズムがあったり。
「ん〜チャッチャ ん〜チャッチャ」という、小さなリズムが始終奏でられているなかを、「れぇ〜れ〜 そぉ〜らし ど〜みふぁっれ〜」と、木管が入ってきたり。ハープの音が入ってきたり。 なかなかに、オチャメなワルツなのだ。
ピーターと狼のような曲とも言えるし、プロコフィエフの金平糖の踊り風とも言えるし、動物の謝肉祭のような楽章であるとも言えそうだ。
小澤盤は、ちょっぴり可愛く、伸びやかだし楽しさがある。オチャメな楽章が、しっかり描かれてて、たくさんんの楽器を使って、最後には盛り上げて華やかさを出している。

3楽章
スケルツォの楽章ではなく、セレナーデとか、アダージョのような楽章で、とても清々しく、穏やかなフレーズが詰まっており、オーボエや弦の響きが室内楽風だ。
ワタシ的には、もう少しロマンティックに演奏して欲しいのだが、過度にまったりもせず、さっぱりもしすぎず。
中庸な響きとテンポが、小澤さんらしいところかも。しかし、せっかくのオーボエの音がなあ。 秋をイメージさせるような楽章なので、あまりに中庸的すぎると面白みも少なくなるし、あまりテンポを落とすと、隙間ができちゃうし。
適度な抑揚、適度な歌心、適度なテンポがないと、推進力を失いそうであるが、まっ 小澤盤は、この点、可愛らしさも残しつつ、切なさもあり。さっぱりした歌心もある。
コンパクトなマーチ風フレーズも、オルゴールのような雰囲気もあり、 これも結構、欲張りなイメージを膨らませるような楽章で〜魅力的な可愛らしい楽章になっている。
残響を残しつつ、すっ〜っと、さりげなく通り過ぎてくれるフレーズになって欲しいような、ため息も欲しいような。
いやいや、ホント欲張りな楽章で、柔らかく、物思いに、少しだけ浸りたい気分になる楽曲である。

4楽章
もっと、ガンガンに行くのかと思ったが、やっぱ柔らかいソフトタッチの、プロコフィエフになっている。
この4楽章が、もっともプロコフィエフらしい楽章で、んちゃ んちゃ・・・ 行かないと、ちょっとモノ足らない。
プロコフィエフ流の、過去の作品フレーズが変奏曲のように、あぶり出しのように、ところどころ。ん?
パクリか〜と思われるフレーズも、底に隠されている楽章だし、踊る 踊る 可愛いロシア、ウクライナの踊りのような雰囲気もあるし、ティンパニーが鳴ってくると、ミリタリー調にもなるし、ピアノ協奏曲3番のような、オブリガート風フレーズも入っている。
うひっひっ これぞ、プロコさんだ。と思わせる面が、いっぱい、ちりばめられている楽章なのだ。

小澤盤は、熱くヒートアップしていく演奏ではなく、最後までバレエ音楽のように、おとなしい。
最後、1楽章の2番目の主題が戻ってきたり、同じく鉄琴のフレーズが戻ってきたり、う〜ん。最晩年の作品を、このフレーズで締めくくるとはなあ。意外だなあ。と、ニンマリして聞き惚れてしまった。
プロコフィエフさんって、結構、ロマンチストだったんだ。と、惚れ直した曲である。

小澤盤は、もっとパワフルでも、もっと大らかでも良いんだけど〜と思いながらも、楽曲の可愛い面を、充分に引き出しているし、手堅いし、可愛く、綺麗に仕上がっていると思う。
中庸的で、音に、もう少し厚みや、しなやかさ、奥行きがあれば〜思うが、まあ。しかし、ねちっこく演奏するのではないし、さっぱりしているのが、妙に可愛らしさを浮かび上がらせているようにも思う。
7番だと・・・。結構、ピュアな楽曲だと思うので。 最終楽章の4楽章終わりは、2種類の版があるが、小澤盤は、消えるように終わる盤である。

ドミトリー・キタエンコ ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団 2005年〜7年 
Dmitri Kitaenko
Gürzenich-Orchester Köln



録音状態は極めて良い。大きなホールで聴いているような広がりと奥行きがあり、スケールが大きく、軽妙でリズミカル。面白い。
← ライブ盤 交響曲全集5枚組BOX ナクソスでも聴ける。
1楽章
小澤盤が、繊細で丁寧で、可愛い雰囲気がしたのに比べてキタエンコ盤は、う〜ん。太い筆でぐい。っと書いた雰囲気がある。まず、音が太めで厚めである。
だが、 「れみふぁ〜れ ら〜 ふぁそら〜 ふぁみみれ ふぁみ そぉ〜らし〜」「そふぁみ られぇ〜」
「れみ み〜れ どらし」
また、弦が豊かに出てくるかと思ったのだが、意外と奥まってしまって、音が前に出てこない。
録音状態は良いのだが、下から湧き起こってくるような厳しさというか、寂しげな心情が、う〜ん。足らないような気がする。冒頭の沈んだ、静寂な雰囲気があまりなく、神妙さが少ない。
だから、2番目の主題である、伸びやかなフレーズが生きないんだよなあ。

「れぇ〜 みそれぇ〜 み しふぁみ ふぁれぇ〜 れれれ」 
「みみ どそしぃ〜 そらしど しぃ〜みら しど しらどみれ〜  ふぁらどみら〜 ふぁしどみふぁ〜」
「れぇ〜 みそれぇ〜 みしふぁ〜みふぁれぇ〜 れれれ ・・・」
あーっ モッタイナイ。もっと、朗々と歌ってくれるかと期待したのに。う〜ん。
低弦の太い、ぼわっとした響きが、足を引っ張ってしまっているかもしれない。繊細さが足らないように感じてしまった。ホルンの音が、ちょっぴり、ぼわっ。としているのかなあ。 いや〜 弦の音が拾え切れていないんだろう。ちょっと、音が混濁してしまっているかも。 キタエンコ盤では、鉄琴の入った可愛いフレーズが、活き活きしてこない。
それに比べると、小澤盤は、線は硬めなのだが、冒頭のフレーズが、鎮魂歌のように沈んでおり、そこから転じて歌うところの変化が面白いし、なかなか効いていた。
キタエンコ盤を聴くと、小澤盤は、かなり繊細な演奏だったんだなあ。って、そう思う。
まあ、そうはいっても、録音状態は良いし、穏やかで明朗さを持った楽曲だし、太い筆で、どば〜っと書いているのも悪くない。

2楽章
ちょっぴり重めの、熊さんのワルツのようだが。(笑)
金管の音が広がっており、中音域の弦の響きが豊かにあるため、分厚いワルツである。
鳴り物のタンバリンや大太鼓、ぶぉ〜ぶぉ〜っと鳴ってくる低い音が、幾重にも重なって、軽やかなワルツ風に演奏されている。 透明度は高くないものの、木管の穏やかでアイロニーの効いたフレーズが、面白い。
ハープの音も、おおっ 太いねえ。
どうも、熱っぽさと、だるさが、妙な感じでねっとり絡んでて、ちょっぴり退廃的。
小澤盤で聴くと、メチャ可愛い健康的なワルツだったのに、キタエンコ盤では、全く違うんだよね。重い、過剰な演出というか、ちょっぴり大仰な演出で、ハッタリで、ぶち込ませたかのようだ。
幾何学模様のように、割り切りや、スマートさには欠けている。オケの動きが、機能的であったり、効率的、効果的には動いているようには、ちょっと思えない。まっ スマートさには欠けているものの、違うアプローチとしては認識できる。
まっ 少し見通しの悪さがあるのか、緻密さ、繊細さという言葉からは遠い。

3楽章
この楽章は、ぼわ〜っと、思い出して、人生を語っているように演奏されている。
ロマンティックに演奏されているし、木管が、いい味を出している。
テンポはゆったりめだが、太い、厚みのある音色が、この楽章にはマッチしているように思える。
朝ドラか、ドラマのBGMっぽいフレーズは、まったり系で演奏され、斉唱のように歌うフレーズは、大らかである。この楽章のフレーズが、歌謡風で親しみやすく、日本の楽曲です。と言っても疑わないほど、和風っぽい感じがする。だから、どこか懐かしい。
低弦の響きが充分に入っており、クラリネットやオーボエと、弦の絡みが、ほんわかしており、オツなもの。
この楽章は、う〜ん。良いですねえ。ホルンの重奏も、穏やかで和みを与えてくれ、大河ドラマのような、解りやすさと、スケール感があって絶品だ。
小澤盤で聞くと、多彩で繊細な可愛らしさを残していたが、まあ。その点、キタエンコ盤は、大らかなスケール感で勝負ってところだろうか。

4楽章
ホールで聴いているような、ライブ感覚があり、(ホントにライブなんだけど)パーカッションの煌めく音と、金管の分厚い咆吼もあって、なかなかに、諧謔的で、ニンマリ笑いながら聴ける。また、歌うフレーズに入ると、タメもあり、遊び心が満載だ。
音が飛んでいるっ。
これこれっ これだ〜 音が飛び跳ねている。
特別に、情熱的でも、ヒートアップくるわけではないが、ハープのグリッサンドや木管の吹き方も悦に感じるし、ティンパニーや金管も、コミカルさが前に出ているのが、痛感っ。
リズミカルで、これは面白いっ。ワクワクしちゃう遊園地のようで、多彩で面白い。

明朗すぎるほど明朗で、通俗的な軽妙さで、最晩年の作品にしては軽いっと言われかねないほど、際どい、アブナイ演奏なんだけどなあ。全体的には、1楽章はイマイチ深みが足らないと思ったのだが、3楽章、4楽章は、さすがに巧いっ。
軽妙でありながら、リズミカルで、ぐいぐい〜
 スケールが大きく、大らかさがありながら、ケケケ〜と笑えてしまう面白さが出てくる。
1985年 N・ヤルヴィ スコティッシュ・ナショナル管弦楽団 Chandos ★★★★
1989年 小澤征爾 ベルリン・フィル ★★★
2005年〜7年 キタエンコ ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団 Phoenix Edition ★★★★
所有盤を整理中です。

「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

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