「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

シューマン 交響曲第2番
Schumann: Symphony No.2


シューマンの交響曲第2番(ハ長調 作品61)は、1846年に作曲されています。
ウィキペディア(Wikipedia)を元に記述すると
この曲は、実質3番目に作曲されているのですが、2番目に作曲したものが、後年改訂出版されて第4番とされてしまったので、出版順序によって第2番と繰り上がっています。

第1楽章 ハ長調 序奏付きのソナタ形式(提示部反復指定あり) 序奏は6/4拍子
弦のなだらかな動きのうえに、トランペットが、付点付きの5度跳躍動機を示します。この動機は、全曲の統一動機として現れるものです。第1主題の動機を予告し、主部は3/4拍子 第1主題は、序奏で現れた動機の反復による軽快なもの。第2主題は、明瞭には認められず、第1主題から派生した音階の上昇・下降によるもの。
コデッタも、第1主題のリズムから派生したもの。展開部は、闘争的で、特定の音型、リズムが何度も繰り返し現れます。前半は第2主題が中心に扱われ、後半は第1主題も現れます。コーダでは序奏のトランペット動機が現れます。

第2楽章 ハ長調 2/4拍子 2つのトリオを持つA-B-A-C-A-Codaのスケルツォ
弦によるスケルツォ主題は、同一音型の繰り返しが多く、めまぐるしいもので、第1の中間部はト長調、3連符の柔和なものです。第2の中間部は穏やかで、コーダではトランペットによる統一動機が現れます。

第3楽章 ハ短調 2/4拍子 A-B-A-C-A-B-A-Codaのロンド形式
主部は、ヴァイオリンが半音階的な、愁いに満ちた旋律を奏し、各楽器が歌い継いていくもので、第1副主題(B)はホルンの分散音風音形、木管の音階的な繰り返しからなるもの。第2副主題(C)も、弦のスタッカートと切分音が特徴です。

第4楽章 ハ長調 2/2拍子 展開部を欠いたソナタ形式に長大なコーダという自由な形式
短い前奏に続いて躍動的な第1主題があらわれ、第2主題は、第3楽章の歌謡主題に基づくもので、第1主題が再現すると、前奏の動機が展開され、第2主題の反行形につづいて統一動機が現れます。
木管が新しい主題を示すところからがコーダと見られるそうですが、第2部ともいえるほど長大なもの。賛歌のように歌い継がれ、前奏の動機を繰り返して高揚し、ティンパニの連打で輝しく終わります。

  クレンペラー ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 1968年
Otto Klemperer
New Philharmonia Orchestra

録音状態は、65年の録音なので古くさいのは否めない。演奏は、古色蒼然としてて、なかなか立派なのだが、テンポが遅く鈍重って感じもしちゃう。
カップリング:シューマンの交響曲第1番「春」、2番

1楽章
結構、古い録音なんだけど〜 クレンペラーさんの1楽章は、どーもワカラン。難しいという印象を受ける感じだ。
「れ〜れ〜 れっれ らぁ〜」
遠くからのトランペットのフレーズが聞こえて、弦のくぐもった響きが葬送的に聞こえちゃう。 テンポは、ゆったりめ。一歩一歩踏みしめて歩いているような感覚がする。
堅牢さというより、少し脆さが感じられるのは、弦のフレーズのせいなのだろうか。
序奏が終わった後、「そふぁ〜らどっ」「どしっれ〜どっ」・・・というフレーズが、メチャ重い。 高らかに、堂々と序奏の終わりを告げるかのような、決別とした感じがする。 低弦の蠢きが、あまりに重く、堂々としているので、思わず唸ってしまった。
大見得を張っているわけではないんだろうけど、う〜ん。やっぱ大きい。スケールが違うぜという感じに鳴る。

で、動機がコロコロと変わっていくところは、布がはためいて、表裏、相反するかのような煌めきや渋さ、チラチラ、色彩が変わるような雰囲気が、あんまり感じられず。 う〜ん。別に表も裏もないわけだから、これで良いのかもしれないが、聴いているうちに、なんだか、頭がこんがらがって・・・。 複雑な織りなんだなーっと感じてしまった。

この楽曲、かなりテンポアップして聴かないと停滞しちゃうのか、淀みを感じちゃうのだろうか。
なんだか、厚ぼったくなるような気がするんだけど・・・。
モゴモゴ感が、これがシューマンらしいのかなあ。ティンパニーは鳴っているわ、金管が「ぱぱぁ〜ぱ ぱっ」とせわしく吹いているなか、木管と弦とダブっているし、う〜。
木管は、ここでは登場しなくても良いのでは? 必要ないんじゃーっ?って、勝手なことを考えてしまった。
まっ、素人なので、オーケストレーションのことは、さっぱり解らないが、少なくとも、ハ長調っていうのが、ウソみたいな暗い楽曲なのである。まっ 楽曲のできにケチをつけても・・・ダメでしょうが。
最後の「れーれー れらぁ〜」というコーダのフレーズが、クレンペラー盤では、古色蒼然としつつも恰幅がある。

2楽章
この楽章は、せっつかれたような切迫感があるのだが、クレンペラー盤は、そんなセカセカした感じではなく、いたって普通のスピードである。小声でヒソヒソと喋っているような雰囲気の方が漂っている。
木管が、可愛く合いの手を入れているが、う〜ん、良い意味でも、良くない意味でも、いまいち、インパクトに欠けちゃうかもしれない。もっと煽って狂気じみた部分が、ちょっと垣間見られても良いかもしれない。
フルートの可愛い旋律が耳に残るものの、拍感覚やリズムに特徴がないためか、乗りきれなさがある。
ウネウネ、クネクネと、感情的に沈み込むこともなく、全体的には、健全で綺麗な感じ統一されている感じを受ける。

3楽章
憂鬱に沈んだ楽章だが、くすんだ音色、かすれた感じで奏でられている。
クレンペラー盤は、たっぷり、粘っこく、ドロドロした重さはなく、さら〜っと、セピア色の写真を見ているように演じられている。ひと昔前の白黒映画っぽさ、ほこりっぽさ、悪く言えば野暮ったさが、良い雰囲気を醸し出している感じもするし、この弦の音質によるのかもしれないが、ホント、弦のこしげた雰囲気の音色とフレーズ感覚に、ひぇ〜 背筋が、すーっとするような香りを感じる。
これが、シューマン特有の色気なのかしらんと、聴いているなかで、感じ入ってしまった。
テンポは停滞しそうなほど遅めなのだが、気怠く、憂鬱に、深々の背もたれの高い椅子に、首を傾げて座っているような気分で、セピア色の写真のなかの主人公気分に・・・(笑)

4楽章
「チャンチャカ チャンチャカ チャンチャン チャン」
ってな感じで始まっている。豪華な雰囲気はしているが、あまり勢いがないので鈍重っぽく感じる。
この辺りの感覚は、今風じゃーない。キレがないっていうのかな。モコモコした動きのようだ。
録音状態が良くないためかもしれないけど〜 雰囲気は悪くないけど、今になっては、やっぱりスマートじゃない。
重たいところにテンポが遅めなので、そう感じるのかもしれない。
拍の調子が絡み合ったところは、もやもや。
スッキリした感じにしているんだと思うが、それでも〜もっさりした感覚は拭えない。
弦が、カカカ カカカ カカカ・・・と弾かれているのだが、小股が切れ上がらず、お尻の重いオバサン風に聞こえてしまう。停滞しているわけじゃないが、やっぱり、かったるなってくるので、もっと速めに仕上げて欲しい。最後の盛り上げは良いんだが、ティンパニーが、ドロドロドロ〜

「れ〜れ〜 れっれ らぁ〜」 う〜ん。ほほっ〜立派じゃん。という感じで終わってくれる。
でも、結局これしか印象に残らず、最初と最後、ハ長調の安定した終わり方については、インパクトあるし、健全な感覚で、堂々としたアプローチなのは確かだ。
でも、サッパリ感はないんだよなあ。どことなく、ベートーヴェンっぽく鳴っているような気もするし。
でも、う〜ん。これで良いのやら。どうなんだろうなあ。
3楽章は良いよね。昔風の感覚で〜 まっ、そんな印象に残らない、もやもや〜とした感じで聞いちゃいました。
聴き方が悪いのかもしれませんが、スミマセン。

  シノーポリ ウィーン・フィル 1983年
Giuseppe Sinopoli
Wiener Philharmoniker
(Vienna Philharmonic Orchestra)



録音状態は良い。少し薄めというか、高音域がすーっと流れてくる状態で、これが見通しの良さを生んでいるような気がする。
テンポは速め、リズミカルで、風が通るような軽やかさと、熱気がある。みごとっ。
カップリング:シューマン交響曲第2番、メンデルスゾーン交響曲第4番「イタリア」

1楽章
冒頭、遠くから聞こえてくる「れ〜れ〜 れっれ らぁ〜」というトランペット、ホルンなどの金管のフレーズが、角笛的で、牧歌的である。 かといって、段々と音が重なってきてもいるし、奥ゆかしい雰囲気が漂わせている。
クレンペラー盤のように、ゆったりとした歩みのなかに、重厚さが醸し出されているわけではない。
どういうんだろう〜 現代的と一言で言うには惜しいし、単なる音の重量で勝負というのではなく、重ね合わせて色を楽しむような、そんな楽しみ方ができるんじゃーないだろうか。
ちょっと録音状態が、爽やかすぎるほど高音域が勝っていて、全体的に軽めに聞こえる。
シューマン独特の音質というような、重々しい、鬱陶しい雰囲気が、ほとんど無く、スポーティで軽やかに疾走していく。
音質は、くぐもった音質と言うよりは、乾燥気味の空気感で、音の細さ、軽やかさがある。

序奏部分が終わって、木管が絡むようになると、軽やかさと低弦のぶつかりあいのような、パワーが生まれてくる。ティンパニーの乾いた余韻と、弦の強いアタックとが、マッチングしている。
「タタタ タタタ〜」と、ごりっとした低弦が鳴ったあとの、軽やかな高音域の弦の、「シャラシャラシャラ ら〜っ」と、上に被さって鳴ってくるところになると、背筋が、すーっと引くような緊張した爽やかさが残る。
中間の音域というより、時折入る低弦が重量を生むが、それよりも、木管のリズム。
「らっど し〜」「そっ しらぁ〜」「しっそ ふぁ〜」と小刻みに流れるリズムの良さが、大変気持ちが良い。
弦の爽やかな、「どれみ〜 どれみ〜 らしどれみ〜 らしどれみ〜」
「そっ ふぁ〜みふぁみれ みれっど〜し ら〜 ふぁそら〜」
う〜ん。すげっ。こりゃ〜風です。風そのもの。
音と言いながら、音ではないような軽やかさと、音が流れて、すーっと浮いて流れていくような〜
むむ。すごい。音がたなびいているような、フワフワとした浮遊感ではなく、すーっっと、ホント、風になって流れていくような感じがする。

必ずしも分離の良い録音ではないし、かといって、湿気を含んだ団子状態になっているわけではないが、録音そのものより、音の流れだろうなあ。
83年の録音だから、少し乾燥気味なのかもしれない。リマスタリング盤かな。
シノーポリのデビュー盤で、92〜93年にシュターツカペレ・ドレスデンとの録音もある。ドレスデンの方は、所有していないのだが、80年代の演奏とは言え、これは、すごい。 シノーポリさんが有名になっただけのことがある。

このスポーティな感覚には、正直驚かされるが、音がリズミカルが流れることと、だれることがなく、極めてシャープで、斬新だと思う。とっても新鮮に聞こえるのだ。
弦のパーツを全て聞き分けられないけれど、各弦のパーツの厚みを感じる。この厚みは、重量感に繋がらず、糸が、それぞれ1束になって流れてて〜 なんて言うんだろ、それぞれの色彩を感じるというか。
高音域のヴァイオリンの引きが、タイトで、キンっ。と鳴るところもあるし、幾分ツヨメ。

木管は、フレーズの彩りというより、弦フレーズの一部みたいになって、絡みが多い。
木管って、どこか、フレーズのなかで、単独で、色づけをしていくような役回りって感じだし、輪郭を描くには、もってこいの楽器だけど〜 この2番を聴いていると、まるで弦の一部だなあ。って感じがした。
フレーズのなかで、盛り上がるように、なだらかにアクセントがついていたりして〜
う〜ん。これは、単純な暗いだけの交響曲じゃないねえ。
目から鱗のように感じるなあ。
クレンペラー盤だと、淀んでしまっているような感じだったけど、シノーポリ盤だと、厚ぼったくもなく、クチャクチャと複雑でもなく、爽やかさで快走できて〜 音のうねりが、風のように形を残さず、さら〜っと通り過ぎるのが、すごい。捕まえたいのに、捕まえ切れないところが、快感になってしまう。 これは、クセになりそうな演奏だ。

2楽章
すごく速い、無窮動のようなフレーズが、ずーっと続く。
メチャ忙しく執拗なスケルツォで、 「しれみ ふぁみれど しどれ ふぁみれど」「どれみ ふぁみれど どれみふぁみれど」「しどれみ ふぁみれど」・・・ってな音が、シャカシャカ シャカシャカっと鳴っている。
そこに、木管「そみっ〜 そみっ〜」という合いの手が入 ってくるけれど、ヴァイオリンは、相変わらず、「しどれみ ふぁみれど しどれみ ふぁみれど〜」と続けている。
ヴァイオリンの音は、ワタシのいい加減な音取りだけど〜 なにせ、シャカシャカ、カシカシ〜なのだ。
ティンパニーと、「そみぃ〜 そみぃ〜」  「どれっみ〜 どれっみ〜」
金管の長い音が最後に収まる。
中間部は、牧歌的なフレーズだが、ひと呼吸つかせてくれて〜 とろみのついた歌謡風のフレーズが、流れてくる。これが、また美しい可愛いのだ。
なんという、極端な楽章なんだろ。狂気までは感じないのだが、唐突に変わるところが恐いかな。
なにせ熱い。畳みかけるスピード、細かくてテンションの高い細切れになった音と、長い音が、まとわりついてて、どういった楽章と解釈したらよいのやら〜
最後には、坂道を転がるような加速があり、転がりながら最後へ走って収まっているのだが、猛烈に速い。

3楽章
これが、白眉とも言える楽章で〜 浪漫派の甘く切なく、歌いきった楽章になっている。
まるで、マーラーのアダージョの元祖みたいだなあ。と、思わずにやり。
「らぁ〜 ふぁ どぉれ〜  ど〜 し〜し〜 そぉ〜み〜れ〜」 
「どら〜ふぁ しそぉ〜ふぁ ふぁ〜それ〜 そらふぁ み〜
オーボエのフレーズが、あ〜たまらん。
たっぷりの叙情性、いや、情緒たっぷり〜の甘いフレーズが、ホルンのほんわかとした、暖かく包み込むような女性的な、まあるい音で、ふんわりと仕上げて出てくる。
う〜 なんと、違いのある楽章が並んでいるのやら、とろとろ〜 色香が、むんむん。
かといって、重くないところが、なんともスゴイ。爽やかなのだが、甘いのだなあ。
ゆったりとしたテンポで、気怠さは不思議と感じない。

弦の高音域の美しいフレーズが、たえまなく流れて〜、目線より、ちょっと浮いたところで線を描く。
長い音が、持続してて〜 頭のうえを通過していく。 憂鬱さは、ここにはないような感じ。 息づかいの深さ、長さ、音の長さが命で・・・。 ホント甘いのだが、清潔さがあるのが〜特徴かな。
耽美で官能的であるが、ヴァイオリンやオーボエが、高いフレーズとして綺麗な線を描いているので、それが、天空に鳴っていて、ずぶずぶに陥らせない。
弦の細かいフレーズが、レース状になっていて、ひろひろ〜っと舞っている。
緊張感を持続させる息の長さが、弦の最大限に使っての音の出し方なのかな〜 ギリギリまで、持って、持って〜 音が鳴っているようで〜 陶酔しちゃうが糸が切れないし、透明度が高い。

4楽章
勢いのよいゴージャスさ。まるでメンデルスゾーンの結婚行進曲のような、華やかさがある。
甘いチェロの音色が、ふむふむ。うふふ。
色彩感がたっぷり、キラキラしてて煌めいており、多くの人が参列しているなかを歩いていくような〜堂々としたモノである。
いままでの憂さを晴らすかのようだが、う〜ん。全体的に、テンポが宜しく、勢いがあり、華やかさ、煌びやかさがある。サンドウィッチのように挟まれた中間部では、歌謡風のフレーズを奏でているのだが、これが、滋味なモノの爽やかで〜。う〜ん、相反する具が、面白い形で収まっているな〜っと感心させられる。
性格の異なる物を、ほとんど相反するモノを、嫌みなく分断せず、するする〜っと変わるところが面白い。
テンポ、リズム、流れ、さらり〜っと、見通しよく演奏されてて、なおかつ熱いところが、すげっ。と思ったところかなあ。

それにしても、2番って、メチャ、マイナーだと思っていたけれど〜
はあ。いろんな形、性格のモノが、バラバラのピース状になって、ところ狭しと詰まってて、統一感が無いと思っていたのだが・・・。シノーポリ盤で聞くと、統一されてないけど、面白い、楽しめる。という感じに変わるんだよなあ。
楽章のなかでも、違うし、ちぐはぐな感じを受けていたのだが、それが、バリエーションの多さを楽しむという風に、耳が傾くんだよなあ。
バラバラで違うから、面白いんだよ〜と言わんばかりに、疾風してて〜
あっけにとられている感は否めないんだが〜 白眉の3楽章では、とっても甘みのある具材が詰まってて、とろけさせられて、最後は堂々とコーダで締めて。気持ちよく幻影を見たような気分で〜
なんだか、交響曲を2〜3曲ぐらい聴いたような、ちょっと不思議な満足感があって・・・。
シノーポリ盤で聞くと、どーしてなんでしょうねえ。

  ドホナーニ クリーブランド管弦楽団 1988年
Christoph von Dohnányi
Cleveland Orchestra

めがまわる〜


録音状態は良い。とても速く、テンション高すぎて〜 クラクラしそう。特に2楽章は、セカセカした感じが腹立たしいほど。(笑) 緻密すぎて息が詰まりそうです。
カップリング:
1〜4 シューマン 交響曲第2番
5〜9 シューマン 交響曲第3番「ライン」
1楽章
冒頭、遠くから聞こえてくる「どぉ〜 どぉ〜 ど そぉ〜 どぉ〜〜 どぉ〜そぉ そぉ〜 そぉどぉ〜」
この最初のフレーズでの間隔が短いところと、長いところがあるのだが、それは楽譜どおりのだろうか。ちょっと間隔が違うなあと、思ってしまった。
他盤だとおそらく、1小節めと2小節めに、もう少し間合いをゆったり取っているのではないだろうか。
ホルンのフレーズは、ゆったりと、まろやかに天空に広がるような演奏の方が好きなのだが、う〜ん。牧歌的でもないし、なんでしょうねえ。フレージングの全体的な膨らみ感が少なく、縦は平板に、横の流れは前倒しという傾向に感じる。

「み み み ふぁ〜みら み ふぁらみ・・・ 」 木管のフレーズも速い。せっかちに振っているのだろうか。
どぉ〜 どぉ〜っ ティンパニーの響きと、残響は適度にあって、好ましいのだが、フレージングのキレというか、間合いが狭いので、ワタシにとっては窮屈だ。
たった たーん たった たーん。というフレーズのリズムが、段々と速くなってきて、弦のくだりの速いこと。のぼりくだりが、とても忙しく、小節の間が、畳みかける傾向にある。
「どれみ ふぁしどれみっ ふぁしどれみっ ・・・」っと、尻上がりに、快速バージョンになってくる。
リズミカルで軽妙で、好ましいのだが、語尾がキツいというか、速いっというか。「らしどれみっ らしどれみっ!」と、いささか、紋切り口調に聞こえてくるので、う〜 ちょっと。おつきあいするのは、しんどい。
木管のフレーズは綺麗なのに、素っ気ないというか、聴いている方も、息継ぎができない。
確かに構築性があり、これ以上のない明晰で迫ってくるものの、節回しが、速いので、残響の楽しみや余韻にひたる暇は、全く与えてくれない。

2楽章
特に、この楽章は、速すぎて〜目眩がしそうになる。
メチャ忙しく、せわしない。そして、いつまでも同じ音型を繰り返すという、しつこい楽章である。
「しれみ ふぁみれど しどれ ふぁみれど」
「どれみ ふぁみれど どれみふぁみれど」
「しどれみ ふぁみれど」・・・ってな音が、シャカシャカ シャカシャカっと鳴っている。
木管で、「そみっ〜 そみっ〜」という合いの手が入ってくるが、その、セカセカ感は、腹立たしいほど。
また、弦は、テンションマックス状態で、聴いていると疲れる。

6分49秒というクレジットになっているが、う〜ん 今は、手元に他盤がないので比較できないが、速いのではないだろうか。さすがに、中間部は、ゆったり傾向にあるものの、さっきのクラクラ感は癒やされない。
木管と弦の呼応があるのだが、これも、忙しく、音楽を楽しむというより、こりゃー苦痛だ。
クラクラ目眩がして、アタマが痛くなる。
確かに、オケの機動力を活かした演奏なのだろうが、精神やみそう〜 
もちろん、ところどころハーモニーとか、巧いんですよ。もちろん、この快速で、すっ飛ばしていながら、アンサンブルの乱れもないし、巧いんですけど、この間合いの入れない、前に前にと、意気込んで来る切迫的で、超アブナイっ。
セカセカしすぎて〜 つきあいきれない。

3楽章
「らぁ〜 ふぁ どぉれ〜  ど〜 し〜し〜 そぉ〜み〜れ〜」「どら〜ふぁ しそぉ〜ふぁ ふぁ〜それ〜」
この楽章は、オーボエの美しいソロが聴けるので、大変嬉しい楽章なのだが、録音は暖かみを感じるものの、オーボエの音質がひんやりしている。ドホナーニ盤で聴くと、冷たくて、ひやーっとした空気感があり、凜とした佇まいを感じさせる。
弦の響きの美しいことは認めるが、高音域の響きが、とっても強い。
ホルンの響きも美しいし、牧歌的に響くのだが、ホルンに寄り添っている木管が、輪郭をキッチリ描きすぎて、型枠にはめてくるかのような感じを受けた。
主題を繰り返すごとに、ますます磨きがかかって、クールになり、ふわっとした空気が、だんだんと、底冷えの様相になってきて、とても暖かく包み込んでいただける風情ではない。
ああ〜この人は、ひとりが良いんだ。ひとりにしてあげた方が、良いんだな〜という感じ。
かといって、特に、素っ気ないわけではないのですよ。でも、楽章が進むにつれて、段々と、感情が硬くなって、内省的に沈むという感じに聞こえるのだ。ひとり冷静に佇んでおられて、何を見つめているのか、訊ねるのも、はばかられるほど・・・。

4楽章
この楽章は、お祭りだ〜っというほど祝祭的なフレーズで、開放的に鳴ってくる。
ここは、さすがにドホナーニ盤においても、陽気なんですが〜 まあ、お酒をめしあがっても、羽目は外さない。
豪華絢爛、ゴージャスに〜っていう風情は、ご縁がないようで、あくまでも佇まいは変わらない。
もっと陽気に、緩めてもいいと思うんですが、主旋律よりも副旋律が良く聞こえるように思えるのと、低弦の響きが大きい。
バランスが悪いわけではなく、ああ〜 こんな風に絡んでいるんだな〜と、とてもよく聞こえるのだが、なんだか邪魔な音に聞こえちゃうのである。
情報量が多いので、何度も聞いて咀嚼するには、とても適した盤だと思う。
録音状態も、とっても良いので。繰り返して聴いたり、演奏家の方には、分析できて、とってもお薦めで。
良いように思うのだが、単に楽しんで聴く分には、良いような〜 迷惑なような〜
ここまで、分析していただかなくても、もっとオブラートに包んでご提供いただくほうが、良いかもしれないんですよね。(笑)

残業仕事が終わって、帰宅してほっとした時に聴いたのだが、実は、めまいがしそうで。
疲れている時に、シューマンの2番を聴いたワタシが、アホでした・・・って感じがする。
特に、ドホナーニさんの緻密で、明晰な演奏は、タイトすぎて窮屈だ。
聴いた後の爽やかさとか、開放感とかは、期待しづらいし、どこか、シューマンというより、1楽章から2楽章は、アブナイ、キレキレの、ゲンダイオンガクっぽく聞こえてくる。
音楽を聴いているというより、数字を読み上げられて、予算削減をしましょう・・・と、タイトに迫られているかのようで、かなり、幻滅してしまった。
タイトなのが好きな方には、むいているでしょうが、ワタシは、ちょっと〜ご遠慮いたします。

メスト ロンドン・フィル 1992年
Franz Welser-Möst
London Philharmonic Orchestra

う〜ん。どうだろ

録音状態は良い。ヴァイオリンの高音域の音色が、すーっと透っているのが異様な感じがするほど、低音域のゴリゴリ感のない、すっきりした演奏だ。
カップリング:シューマン 交響曲第2番、3番「ライン」
1楽章
冒頭の牧歌的なフレーズ「れ〜れ〜 れっれ らぁ〜」
柔らかいのだが、どこか都会的で短め。特にせっかちというほどではないが、ちょっとね〜 やっぱり、若いかな。
トランペット、ホルンなどの金管のフレーズが、まといつくような粘りがなく、朗らかさも少なめ。
伸び伸びというより、引きしまった角笛という感じだ。
このCDは、メストさんが30歳の初めに振ったものである。ジャケット写真でもわかるように、繊細、スレンダーという言葉が似合う感じだ。

シューマン独特のくぐもった、重々しさがなく、軽快で、若々しい。
スポーティというか、ん たぁ〜 たた という独特の付点のリズムが、弾むように、スイスイと走って行く。特に、ヴァイオリンの高音域の音が、さらさらさら〜っと流れて行く。
他盤と比べても、ダントツに高くて、細いという感じがするのだが・・・。どうなっているんだろう。乾いた録音というか、空気の薄い高地に来たような感じがする。で、目の前を、雲が、すーっと流れていくという感じだ。
ホント、重量感が少なくて、とって軽い。気持ちが悪いぐらいに軽くて〜(笑)
軽やかさと、音の細さが、独特の世界を生み出している。
シンコペーションも濁らないし、低音の響きも濁らない。
どこか、あくまでも雲の上の出来事だけで、下々のことは気にしません〜という感じで、別世界になっている。
へえ〜 これがシューマンの交響曲だとは・・・ う〜ん、考えられないっ。陰鬱なイメージは完全に払拭されて、まるで無菌室にいるみたい。
低音の響きは、すごく小さく、意識して聴かないと、う〜ん。恣意的に引っ込めているのかもしれないし、全体的に、客観的な録音というか、どこか、奥まっている感じなのだ。普通は、こんな風に聞こえないかも〜しれないですね。
特別な仕様がされているのだろうか。フシギな感じです。

2楽章
ますます繊細になって、 「しれみ ふぁみれど しどれ ふぁみれど」と、繰り返していく。
ふわっとした感じが優先されているのか、音は、シャカシャカ鳴っているのだが、実は、あまりリズミカルではない。
弾む感じがイマイチしない。うわっつらをなでている感じがするというか、字余り的な感じだ。
どこか当てもなく、さまよっている、不可思議さは醸し出されているけど〜 やっぱ緩いかも。
浮遊物ぽさはあるが、実態のない、ふわっと感である。
かっしりした芯があってこそ、生きていくるフレーズだと思うのと、やっぱり、旋律をなでている。という感じがする。
活力、活き活き感、弾んで、弾んで〜 どっか飛んで言ってしまうような、そんな枠を超えていくパワーが欲しい。また、ギャップ感がないし、意外性が感じられない。外パリパリ 中ふわっふわ〜 という、そんな驚きが欲しいかも。

3楽章
「らぁ〜 ふぁ どぉ〜れぇ〜どぉ しぃ〜し そぉ〜みれぇ〜どぉ」
すーっと自然体に受け入れてしまう音の流れがある。
悲しみとか、小春日和の風景とか、そんなイマジネーションが浮かぶというより、聴いているうちに遠い目になっちゃう。
すーっと、収まるところに収まっていく感じで、フレージングのなだらかさ、息づかいの浅さ、スピード感が、妙に、ワタシ的にはマッチしてくるのだが、なんていうのだろう、もはや音楽というより風景に近い存在で・・・
心情的に、何かが湧いてくるわけではない。
ふっ〜 すっ〜 空気が抜けちゃって、風景の一部に溶け込んじゃう感じ。
これを聴いたときの体調に左右されるかもしれないが、(まあ、音楽って、おしなべて、みな、そうなんだろうけど・・・)
ワタシが元気すぎると、つまんない音楽と思うし、
ワタシが疲れていると、ほっとする〜 癒やされるな〜と思うかもしれませんね。
この楽章は、ワタシ自身の体調や心情を、もろ影響を受けやすそうです。と、この演奏を聴いて思った。(笑)
あまり自己主張が強くないらしい。

4楽章
弦も金管も、同じように、「そぉ〜 みみ そぉ〜 みみ らっそっみっ!」と歌う楽章である。
インバル盤を聴いてて、田舎の教会で、今日、結婚式をあげます。というようなハレの日のようだ。と書いたのだが、はあ。
まさしくねえ〜 メスト盤を聴いてても、そんな印象を受けた。
ヴァイオリンの高音域が、たれっとしてて、どっかレガートがかってて、まるでカラヤン盤のように聞こえてくる。
切れが悪いというつもりもないし、特段悪くはない。なんだか、心残り的な、引きずった感覚が、影を落として良いのかもしれないし、未練がましくて良いのかもしれない。くぐもった感覚ってシューマンに大事なんだろうなあ。
中間部の木管には、あまり焦点はあたってないが、さりげないまま、すーっと音楽が流れていく。
また、高音域しか、焦点があってないような、感覚は、どうしてもぬぐえず、誤解が生まれてしまうかもしれない。

ラストこそ堂々とした演奏のように聞こえるが、何かが改善されたのか、何からか開放されたのか、う〜ん。やっぱ、わかんないですねえ。
このメスト盤に限らず、ほとんど主張しない、やっぱ主張しないのが良いんでしょうか。
シューマンの第2番も、ブラームスの1番みたいに、最後だけ、唐突に盛り上がるんですよねえ。
ラストに開放されてもねえ。ストーリーがないというか、う〜ん。ベートーヴェンの9番みたいに、ラストの楽章だけね、力強く歌い上げられてもねえ。う〜ん。
ラストは派手に盛り上がる。これが、この時期の鉄則・流行なのかなあ。

  インバル フランクフルト放送交響楽団 1994年
Eliahu Inbal
Radio Sinfonieorchester Frankfurt

ほぉ〜良いヤン

録音状態はまずまず。幾分残響が少し多めで、ぼわっとしている。
神経質さ、タイトさが表面に出さないで、楽曲の牧歌的、素朴さを強調して、まろやかに仕上がっている。ただ、好みはわかれるかも。
シューマン交響曲全集2枚組より 1番「春」(95年)、2番(94年)、3番「ライン」(95年)、4番(95年)単発で発売されているCDは、新ウィーン楽派のシェーンベルク、ウェーベルンの作品とカップリングされている。
1楽章
録音状態が柔らかく、残響が幾分多めだが、明確な線で、きっちりトレースしたように全部を演奏するのではなく、輪郭を少し曖昧に、ぼんやりさせて、ずーっと牧歌的な側面が出ている。
ふわっとした雰囲気を持ちつつ、弦を前に出して、旋律を整理してきたような気がする。
なので、素人の耳で聞くには、優しいというか、聞きやすいような気がする。

インバルさんの演奏は、裏の裏まで読み込まれた理知的というか、迷路に入り込んだような、わかりづらい演奏だと思い込んで、ずーっと敬遠していたのだ。
おまけに、シューマンの2番である。もっと、じめじめした・・・ 鬱屈して、カビ臭い演奏で、どこか底知れぬ怖さがあるのかと恐れていたのだが、しかし、それは、ワタシのすごく独りよがりな、勝手な思い込みだったようである。
えーっ うっそぉ〜というほど、この柔らかい音に遭遇して、ホント びっくり。
ホント、いたわりの精神が満喫っ。という感じに優しい。柔らかい。小春日和のような2番で・・・ ワタシ的には仰天。

特に、1楽章の冒頭は、なんとも言えない、春霞がたなびくような雰囲気を持っている。
低弦と管とが一緒に鳴って、分厚く、ごっつぅ〜という場面は、確かに、ごぉ〜っと低弦が鳴っている。
それも、録音がこもり、くぐもっているので、相当に団子状態ではある。
しかし、この低弦の鳴るところ以外、メインの旋律は、あくまでも弦である。弦を主体にして演奏されており、木管は、単独で演奏する以外は、奥に引っ込んでいる。
木管をメインにするところでは、弦は控えめだ。そういう点では、きちんと織物が分厚くならないように、調整されているように思う。

2楽章
「どれみ ふぁみれど どれみふぁみれど」「しどれみ ふぁみれど」・・・という蚊の飛んでいるような音が続く楽章だ。
インバル盤は、カシカシ、シャカシャカ、ガシガシ、キシキシと鳴ってくるのかと思っていたのだが、まるでプレッシャーのない、圧のかかっていない状態だ。
もっと無機質に、無表情に奏でてくると思っていたのだが、想定に反して、柔らかく、まるで、フワフワ雲の上の出来事のようになっている。
中間部は、牧歌的なフレーズで、歌謡風のフレーズが、チャーミングに流れてくる。
他盤で聴くと、極端な味付けの2つの主題を持ち合わせた楽章になっていたのだが、インバル盤では、さほど変わらないソフトな味付けで、全く、激変しない雰囲気となっている。
この楽章は、まろやかに弦が鳴り、エッジの鋭い深い演奏とは全く違う。木管フレーズも、超軟らかく、テンポもゆったりしている。

3楽章
「らぁ〜〜 ふぁ どぉ〜れぇ〜どぉ しぃ〜し そぉ〜みれぇ〜どぉ 」 
「どぉ〜〜 らぁ〜 みふぁぁ ふぁ〜 れぇ〜 しそぉ〜 ふぁみぃ〜 そどぉ〜し れ しれ れどふぁ それ そしみ・・・」
ソフトフォーカス化しているので、秋の空というよりは、春のぬるい夕暮れ時のような感じである。
のんびりと、縁側に座って過去を振り返る、おじいちゃんの背中を見ているかのようだ。
この詩を歌う人の心情は、誰かに寄り添っていきたい、という感じで、とても優しい。オーボエもホルンも、素朴。良い意味で、ちょっと素朴すぎる〜って感じもするが、これでいいんじゃーないかなあ。
と、聴き手も、1楽章から始まって、ここに至るまでには、すっかり優しくなっているように思う。
爽やかさとか、柑橘系の香りがするとか、そこまでは至らないし、疲れ果て、困り果て、行く当てがありません〜という追い詰められた感はないです。ハイ、言葉で表すと、単なる、ほっこり〜した田舎くさいだけかも。

4楽章
田舎の教会で、今日、結婚式をあげます。というようなハレの日のような楽章となっている。
「れみぃ〜しっし れみぃ〜しっし ふぁみどっ っそ みっみっ そぉ〜みっみ そぉ〜みっみ・・・」
なんだかピッチが低いような気もするし、それに、すかっと抜けきった音ではないので、ちょっと曇り空っぽいが。
高音のヴァイオリンの響きが、教会の天井に当たって、跳ね返っているかのように、残響がのこる。
勇壮さは伝わってくるが、心の底から、伸びやかには振る舞えていない、翳りが見える。
どこに影を落としているのか、また、それはなぜなのか。
憂いを帯びて、伏し目がちだが、それでも希望を得たいと感じているように思える。
で、自分で自身を鼓舞して、さあ〜歌おうっ。と、歌っているかのようだ。
「そぉ〜 みみ そぉ〜 みみ らっそっみっ!  どぉ〜しし そぉ〜らっし しっらっれっ どっしらっふぁっふぁみ・・・」
脈路なく、ブラームスの交響曲第1番のラストを思い出したが・・・ そこまで力強さ、エネルギーはないんだなあ。
シューマンさんは、どこまでも、シャイなのだ。

インバル盤は、オーケストレーションも、綺麗に整理されて浮かび上がっている。
あまり音量をあげず、そう、少し音量を小さくして聞くと、そのまま、すんなり〜聞きやすいと思う。

  ティーレマン フィルハーモニア管弦楽団 1996年
Christian Thielemann
Philharmonia Orchestra of London

う〜ん。どうだろ

録音状態は良い。古風な演奏スタイルで、少し厳つめ演奏だが、横にフレージングが流れて行かず、う〜ん、どうでしょう。ラストは盛り上がるのだが、繊細ではないような気がする。カップリングは、ワタシ的には嬉しいのだけど。
カップリング:
1 シューマン マンフレッド序曲
2〜4 シューマン 4本のホルンと管弦楽のためのコンツェルトシュテュック
5〜8 シューマン 交響曲第2番
1楽章
「れぇ〜れぇ〜 れっれ らぁ〜 れぇ〜〜らぁっれぇ〜」
遠くからの金管のフレーズが聞こえてきて、そのバックに、くぐもった弦が静かに奏でられている。
この冒頭のテンポは、ゆったり。ふわーっとした空気感が漂い、低弦の響きが、ゆったりと、しっかりと入ってくる。
木管も弦のフレーズも、かなり、ゆったりと息の長いもので、永遠に続くかのごとく・・・
で、低弦がしっかりと硬い。ティンパニーを効果的に、ガツンっと叩かれる。
縦ラインのしっかりした、刻みが強調され、横にさらっと流れ行く感じではない。
テンポがあがり始めると、夜明け前の黎明のような雰囲気がでてくるし、で、段々と熱くなってきているのだが、あくまでも縦のラインが強めで、タタタタ カカカカ タタタタ ダダダダっ・・・と続いていく。
その盛りあげ方は、幾分湿気のある、ゴリっとした、じわ〜っと感であり、暗く、段々と硬くなっていく感じがする。

長い序奏部分が終わると、いっきに現代に突入という感じで、ドライに、テンポを完全に切り替えて速いっ。
アハハ〜 現代というのは変だけど、旧式から新式に変わるかのような変わり方かも。
歯切れ良く、推進していくし、オケの音質は明るいので、爽やかだ。
でも、なんだかヌケきらない爽やかさで、録音のせいか、楽曲のせいか、少しくぐもっている。
やっぱり弦の響きなのだろうか、低弦の響きが、どうも分厚いというか重く感じられる。全体的に曇天なんですね〜
ティンパニーの響きがガツンっと入ってくるので、インパクトはあるし、推進力もアップする。でも、低弦の重みで、重心が下にさがっていくので、音の響きとしては安定感はあるんだけど、重量級だが、堅牢さという面では、少し・・・
ガツンとか、ゴリっとした感覚で、総体的に、鋼鉄製という感じではないように思う。

2楽章
軽やかではあるが、疾風感は少なめ.リズム感はあるものの、ぶつ切り的で、総体的になだらかさは少なめ。
弦がシャカシャカ鳴っていくのだが、ところどころで、縦に弾む感がして、どこか切れてしまう。
音を放出するところは気持ち良く鳴るものの、シャカシャカした弦の細やかさや密度という点ではどうだろう。粗い感じはしないのだが、特に、ぐっと詰まった感じもしないし、さらっとした感覚も少ないという、う〜ん。なんとも言い難い。
中間部のテンポの遅めのところは、ちょっと、だれてしまう。
もう少し、速めにシャカシャカ鳴らせておいて、ふっと間合いをとるような中間部であれば、インパクトが残るのかもしれないが、なんとも中途半端な、難しそうな楽章ではある。もう少しだけ、柔軟性を持った軽やかさが欲しいかも。
ラストは、駆け込み型で、テンポは速めになっている。

3楽章
「らぁ〜 ふぁ どぉ〜れぇ〜どぉ しぃ〜し そぉ〜みれぇ〜どぉ」
ロマンティックに、ゆったりと奏でるのだが、息は長いが、音質が軽く、深みが足らないかもしれない。
もう少し歌って欲しいのだけど、弦の艶も少なく、さっぱりしている。
オーボエのフレーズが、もっと浮いてきて、主張してくれないと・・・ いやーん。もったいない。 切なさとか、悶々とした、情感たっぷり感が、あまり情感がこもってないというか、意外と素っ気ないやん。と思ってしまった。(ぶつぶつ)
ホルンのフレーズも、もっと情感たっぷりに吹かれるのかと思いきや、淡泊な室内楽的な雰囲気で終わってしまう。
とろみ感とか、色彩感などは少なめ。えぇ〜期待したのに、期待したほど歌心が感じられない。

4楽章
冒頭から、爆発した感じで、祝祭的な「そぉ〜 みみ そぉ〜 みみ らっそっみっ!」と、大声で朗々と歌うフレーズが始まるのだが、こじんまりとした感じで、う〜ん。
荒っぽさを感じるぐらいに、縦に切っていくので、つまんない。で、弦が歌わないし・・・。 もっと歌おうよぉ。と、言いたくなってしまう。
1楽章が、あれだけ、ご大層に遅めに始まり、重厚感があったのだが、小粒で、こじんまり〜 低弦のフレーズが良く聞こえるのだが、木管と金管が目立たず、渦巻く弦の雰囲気もイマイチだ。
リズム感はするけれど、どこか、殺伐とした荒々しい感じがする。 木管の音も、どこか、う〜ん 洗練されていないというか。浮かびきれないで、明るく線を描ききれておらず、まろやかな雰囲気がせず、殺風景だ。
オケの響きとして一体化した感じがしないまま、風景が描けないまま、どことなく曲が進むし、ちょっとなあ。細かい点ではつめきれてないかも。

で、ラストは熱いんですけどねえ〜 終わりに近づいて盛り上がってくところは、インパクトがあるのだけど〜
終わりよければ全てよしとは、ちょっと言えないかも。
押し出しの強さはあるけれど、ティンパニーだけでは迫力はないし、勢いよく、熱く描いては行くのだけど、弦と木管のフレーズは、イマイチ巧いとは言い難いし、金管の音も、う〜ん。繊細ではないかも。
熱気を感じては終われるのだけど、縦にぶつ切りにされてしまって、細かいフレージングを撚りきれず、大きなフレーズとしては、まとめきれないで終わったかのようで、ちょっとワタシ的には、おそまつでした〜という感じがする。

ただ、このCDは、1つのシューマンの演奏会を聴きに来たという感じで、カップリングがとても魅力的だ。
序曲に、協奏曲、そして交響曲と続いていく。この構成は、とっても素敵で、う〜ん、この点は、本当に嬉しいです。
4本のホルンと管弦楽のためのコンツェルトシュテュックが収録されているって、ホント嬉しいですよぉ。

エッシェンバッハ  北ドイツ放送交響楽団 1999年
Christoph Eschenbach
NDR Sinfonieorchester Hamburg

録音状態は、まずまず良い。シンミリと冷たく奏でるくせに、そのくせ、メチャメチャ速くてテンションが高い。速いところは猛烈に速く、遅いところは粘って情感たっぷり。この落差が、麻薬的で、やみつきになるかも。
← 交響曲全集より98〜99年の全集
1楽章
冒頭の静かで沈み込んだ弦のフレーズが、氷の上を滑るようになだらかに流れてくる。
オーボエとファゴットの情感を抑え気味に寄り添ってくるところで、まず、ノックアウトになる美しさ。
う〜ん。シューマンって恐るべし。この冒頭で、いきなり心を鷲づかみにしちゃう。
おいおい、いきなりラブロマンス系か〜っと驚いてしまうのだが、アダージョ風のフレーズで、序奏が、いきなり歌謡風のサビで始まってきて、トランペットが、牧歌的なフレーズで誘ってくるのだ。

ふわーっと空気感が変わり、女性好みの情感を盛り込みながら、森林に分け入ってくるような気分だ。
エッシェンバッハさんの演奏は、このツカミは、抒情的でもあるし、ひんやりした空気感が好ましい。
ティンパニーが軽く鳴ったところから、テンポが段々とあがってきて、スケールが大きく広がる。
低弦が「みふぁそみ〜 みふぁそみ〜」と、雲行きが怪しくなるのだが、そこからは軽快な弦の刻みが始まってくるのだ。
このエッシェンバッハ盤は、この弦の刻みが歯切れ良い。「ンタタ〜タ」というリズムが、ずーっと回転して、ずーっと続くかのような感じがする。機械的でもなく、精密機械的っぽいメタリックな感じもしないし、意外と暗くもないので〜軽快である。それに、涼しい〜という感覚がする。

意外と重々しくも妙に硬くもない響きで、ヴァイオリンと低弦のバランスが巧いように思う。
速いところは結構、速い。それに比べると冒頭の序奏部は、遅めで情感たっぷりである。
あと、厚ぼったくなるオケなのだが、木管と、遠くの雷鳴風にティンパニーが聞こえてくるので、響きがワタシテキには頃合いに感じた。疾風のように、熱く畳みかけてくるが〜
もっと硬めの響きが好みの方もいるだろうし、もっと激して欲しいと言う方もいるかもしれないけれど〜 まあ。適度さという点は、ワタシ的には好ましい。

2楽章
メチャ忙しく執拗なスケルツォで、「そみっ〜 そみっ〜」という合いの手が入らないと、うぷぷ〜となるほど、弦の刻みばっかりが続く楽章である。
「タタタタ・・・」 エッシェンバッハ盤は、木管が爽やかだ。
1楽章もそうだったけど、厚みがあまり感じられない。これで木管群が、ぶっとい音で絡んでくると、暑苦しくなるのだろうが、わりと、すっきり〜している。で、きっと、涼しげなんだろうなあ。
中間で、ほっとする穏和なフレーズが出てくるが、それも束の間。せっつかれて、突撃体制状態のフレーズだ。まるで1本槍を持って突き進むような険しさ。
エッシェンバッハ盤は、この刻みが、最後になっていくほど熱くなるが、温度的には熱くならず、すーっと、スイスイと推力パワーアップして進んでいく。猛烈に速い楽章ではあるが、録音状態にもよるのだろうが、穏和で、ふんわりとした響きのなかで演奏されているので、キツク感じないし、爽やかでさえある。って言っても、もちろん軽くない。
しっかりした、弦の深い刻みが感じられる。

3楽章、
予想では、メチャメチャ暗い。陰湿な感じだろう〜っと思っていたのだが、意外と涼しげ。
また、ホルンの柔らかい音で、ほっ。
弦が、憂鬱そうな旋律を奏でるのだが、粘りけが適度にあって、高音域のすーっとした音でくるまれ、慰められる。
おそらくエッシェンバッハさんのことだから、暗くて、ちょぴり陰湿で、ねちっこく演奏しているのだろうと思ったのだが、こりゃ〜違うっ。こりゃ〜 抒情的で、神秘的。ジトジト感などない。
優しいくせに芯の硬さを持った、弦の響きが美しい。しっとりしてて、柔らかい、そのくせ硬質だ。
それにフルートが、涼しい音色で、すーっと頭のうえを通っていく。森の奥まった湖の畔で、朝靄が、すーっと立ち上っていく風景を見ているかのようだ。へえ〜 こりゃ良い。メチャ神秘性がる。

4楽章
冒頭、祝祭的で、ワクワクする舞踏会のような出だしである。
派手でもないし俗っぽくもなく、適度に厚みが増している。
低弦が活躍する楽章だが、この盤では、響きには、ゴリゴリ感がない。もっと前面に低弦が、峻厳な感じを描いていても良いのかな。総体に、あまり立体的には聞こえてこないが、オブラート的に柔らかさと、妙な身の軽さが、他の盤と比べて、かえって気持ち良い。

何故なんだろう〜 ごつさ、暑苦しさ、重さ。これらが、他の盤で聞くと、いつも感じるのだが。
この盤で聞いてると、不思議な重量感になっている。ガッシリした堅牢な石造物という感じの演奏ではなく、牧草地から森林地帯へ入っていったような、瞑想的で、夢想的、神秘的な面を感じる。
最後の楽章は、華麗に壮大に演奏する盤もあるけれど、意外と、シンプルで、薄さを持ってて軽やか。
夢想的で、結構、遅めでタップリと歌うし、揺らめきもある。で、ほの暗い神秘性を持っている。
3番の「ライン」は、ワタシ的には好きじゃ〜ないのだが、2番は適度にシャリ感があるし、得体の知れない不気味さと、ない交ぜになった面白さを感じる。

とびっきり感動的でも、熱くもないけれど、凡庸じゃーない。録音状態は、あまりヌケが良くないので、その点、オブラートに包まれた雰囲気がするのかもしれないが、歯切れの良さ、シャリシャリ感は、充分に感じられるように思う。

シャイー ライプツィヒ・ ゲヴァントハウス管弦楽団 2006年
Riccardo Chailly
Gewandhausorchester Leipzig
(Leipzig Gewandhaus Orchestra)

ふむふむ。

録音状態はまずまず。21世紀のわりにはヌケが良くない。
低弦のゴリゴリ感のあふれる楽曲なのに、ホール自体の響きが悪いのか、デッカの割には期待外れで、デッドである。シューマン交響曲全集(マーラー編曲版)
1楽章
「れぇ〜れぇ〜〜っらぁ〜〜 れぇ〜れぇ〜っらぁ〜 れぇ〜 れぇ〜れぇ〜っらぁ〜」
遠くからのトランペットのフレーズが聞こえて、弦のくぐもった響きが重なる。
トランペットが、「れぇ〜れぇ〜 れっ らぁ〜」と、付点付きの5度跳躍動機を示すが、この動機が、とても特徴的で顔を随所に出してくる。
朝靄のなかから、太陽が顔を出してきているかのような、自然のうねりみたいなモノを感じる。
シューマンの交響曲っていうと、楽器のパーツの鳴る音が、すごく重なってしまって、必要以上に分厚く鳴るといわれる。
で、このシャイー盤は、マーラーが手を入れたマーラー版による演奏である。
素人のワタシには、どこがどう変わっているのか、ちょっとわからないが、厚みを帯びて身動きができないほど・・・には分厚くなっておらず、機敏に、リズミカルに反復を繰り返していく。
シューマンのこの楽曲も、執拗に、同じような音型が繰り返され、パッチワークのように繋がっていく。
で、ごぉーーっと、ティンパニーのロールが凄い鳴る。
で、そこに力強い引きの低弦が重なるので、げっ!と驚くような、地響きが鳴り響く。

「ん れっふぁ みぃ〜 そっ っふぁ らっ みぃ〜っそ ふぁっ れっ どぉ〜し みぃ〜」
「ん たった たぁ〜 った」という、難しい付点のリズムの連なりが、機械的に、音が自動的に紡ぎ出されていくみたいだ。 
「らしどれみ らしどれみ・・・ そっそっ ふぁふぁっ」っと、機織り工場に見学に来ているみたいで〜
無窮道の音楽の先駆けみたいですねえ。なんだか美しい旋律を、描き出そうというよりも、どこか壊れそうな機械工場のなかで、歯車のパーツを見ているような感じ。
で、低弦のゴリゴリした響きが、歯ぎしりしているかのような、そこに、高音のヴァイオリンの、引き締まった、ぎりぎり〜っ。という響きが被さってくる。どうも、嫌な〜 不安定な気持ちさせられる。
シャシー盤で聴くと、付点の最後の音にアクセントが、しっかりついており、開放的に鳴らしきっているのと、スピードが速めで、スイスイ、推進していくので、だから、まだ明るいのが救いである。

2楽章
これこそ蚊が飛んでいるような、無窮道の楽章で〜 耳元で、シャシャカシャ シャシャカシャ・・・と鳴ってくる。
「どみれふぁ そみれど」「しどれみふぁみれど しどれふぁみれど どれみふぁみれど どれみふぁみれど・・・ どっれっみっ!」
「っれっれっれっれっれっれっ れっみっふぁっ!」
なんだか不愉快な、めまぐるしい無窮道の楽章ではあるのだが、木管が、「そみぃ〜 そみぃ〜」と明るく添えられており、耳慣れすると癖になるような、ブンブンと五月蝿い音型である。
打楽器も無窮道にアクセントをつけているので、執拗な音型に飽きない。
牧歌的な主題から、弾むような「しっら そらふぁ  しっら そらふぁ・・・」と言いつつ、小声でつぶやきながら、元の主題に戻る。あのねぇ〜 老人が急に、昔のことを思い出したみたいに、主題に戻るっていくんだけど・・・
う〜ん、この戻り方は、なにやら空怖い。壊れてない?

3楽章
「らぁ〜〜 ふぁ どぉれぇ〜どぉ しぃ〜そぉ〜みれぇ〜どぉ」 
シューマンのアダージョも猛烈に哀愁が漂っている。
特に、オーボエで奏でられるフレーズが、すーっと天高く昇っていく。
「どぉ〜〜 らぁ〜 みふぁぁ ふぁ〜 れぇ〜 しそぉ〜 ふぁみぃ〜 そどぉ〜し れ しれ れどふぁ それ そしみ・・・」
鼻に詰まったオーボエのクールな音色と、暖かいホルンの、ほんわか〜とした音色の対比が、面白い。
シャイー盤で聴くと、端正に淡々と進んで行くが、透明度の高い音で奏でられているので、聴いているとピュアだな〜って思えてくる。蒼い空に浮かぶ白い雲のような、秋空をイメージさせる健康的な演奏だ。
余計な感情が移入していない分、純度の高さを感じせ、妙に、ずぶずぶな官能的で陶酔型の楽章になっていない。
それでいて、哀愁は漂っている。シアワセ感を含んだ、少し、昔を振り返って懐かしむような哀愁だろうか。

4楽章
短い序奏の後、いきなり、「れみぃ〜しっし れみぃ〜しっし ふぁみどっ っそ みっみっ そぉ〜みっみ そぉ〜みっみ・・・」
と、滑るように始まる。
金管の短いパッセージ付きで、ヴァイオリンが主題を弾いてみたり、木管が主題を吹いたり、ごつい低音の塊があって、ごりごり感のたっぷりの、ごごごぉ〜っと嵐のように鳴りびく楽章となっている。
ところどころ、低弦でスキップさせるんだ〜と驚いたり、金管が、パパパパパ・・・・ と、ずーっと吹いていたりして、ひぇ〜っ と驚かされる。マーラー版でも、相当に大変そうな楽章である。
そぉ〜 みみ そぉ〜 みみ らっそっみっ!  どぉ〜しし そぉ〜らっし しっらっれっ どっしらっふぁっふぁみ・・・」

勇壮ではあるが、金管だけで十分なのに、木管と弦が添えられていたり、確かにねえ。素人目でも団子かも〜
まあ、低弦の響きが、どうも重いことは確かで〜
終わるのかと思ったら、息を吹き返したように始まるし、よくわからない楽章で、執拗だ。
綺麗なのか田舎くさいのか、色彩感のまちまちな絵画というか、テーマがまとまってないような、ツギハギだらけのような楽章で据わりが悪い感覚は否めないが、最後、ティンパニーの豪華な鳴りっぷりで終わる。

3番のラインは好きだけど、そんなに、シューマンの交響曲が好きなわけでもないし・・・ う〜ん、正直、どうなのか。
見通しが良いのか悪いのか、シャイー盤は、まあ、そこそこ聴かせていただいているような気がするのだが、はたして演奏はナイスだったのか。マーラー版を使用して正解だったのか、う〜ん。どうなのか。
ホント、正直言って、よくわからないですね。う〜ん シューマンって、やっぱり難しい。ワタシにとっては・・・。

1968年 クレンペラー ニュー・フィルハーモニー管弦楽団 EMI ★★
1983年 シノーポリ ウィーン・フィル ★★★★★
1988年 ドホナーニ クリーヴランド管弦楽団 Dec ★★★
1992年 メスト ロンドン・フィル EMI ★★★
1994年 インバル フランクフルト放送交響楽団 De ★★★★
1996年 ティーレマン フィルハーモニア管弦楽団 ★★★
1999年 エッシェンバッハ 北ドイツ放送交響楽団 ★★★★
2006年 シャイー ライプツィヒ・ ゲヴァントハウス管弦楽団 Dec ★★★★
所有盤を整理中です。

「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

Copyright (c) mamama All rights reserved