「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

シューマン 交響曲第4番
Schumann: Symphony No.4


シューマンの交響曲第4番(ニ短調 作品120)は、1841年に、奥さんのクララに誕生日プレゼントとして作曲したものだそうです。
ウィキペディア(Wikipedia)を元に記述すると、本来なら、交響曲2番となるところ、10年後の51年に改訂しており、改訂後の出版が54年だったので、第4番となってしまったそうです。

第1楽章 ニ短調 序奏付きの自由なソナタ形式(提示部反復指定あり)
3/4拍子で始まり、緩やかな序奏の動機が示されます。第1主題を予告する動機が繰り返され、速度を速めて、主部に入ります。主部は、2/4拍子で、第1主題は半音階的に上下し、幻想的な響きを持つもの。
第2主題に相当するものは認められず、主部は、第1主題の変形や展開によって形成されています。
3本のトロンボーンの和音により展開部に入り、展開部では第1主題を扱うが、やがて新たな主題が現れます。さらに流麗な旋律が続き、繰り返されてコーダとなり、流麗な旋律が勝ち誇ったように奏されて、第1主題と新たな主題で締めくくられます。再現部が存在せず、ほぼ、提示部−展開部−コーダという構成になっています。

第2楽章 イ短調 3/4拍子 三部形式
オーボエとチェロの独奏により、第1楽章第1主題に基づく中世ロマンス風な旋律を奏します。弦が、第1楽章序奏の主題を示し、中間部は、ヴァイオリン独奏が、3連符で流れるような旋律を奏でます。

第3楽章 スケルツォ ニ短調 3/4拍子 ABABの形式
スケルツォの主題は、第1楽章序奏の主題に基づくもので、中間部は、変ロ長調です。
第2楽章の中間部と同一の素材で、第3楽章と第4楽章が休みなく続きます。

第4楽章 序奏付きの自由なソナタ形式(提示部反復指定あり)
序奏は、4/4拍子で、第1楽章第1主題を扱いながら金管の響きで壮大に盛りあがります。主部は、ニ長調 4/4拍子です。第1主題が決然と示され、これは第1楽章展開部で新たに示された主題です。第2主題は、穏やかな旋律で、金管の警告的な響きで展開部となり、第1主題をフガート的に展開するもの。再現部は第2主題のみが再現され、コーダでは速度を速めて歓呼となっています。

バレンボイム シカゴ交響楽団 1977年
Daniel Barenboim
Chicago Symphony Orchestra

録音状態は良い。勇壮で落ち込まず、元気の良いシューマンだ。
カップリング:
← 交響曲全集 2枚組BOX
1〜5 シューマン 交響曲第3番
6〜9 シューマン 交響曲第4番(75年)
10 マンフレッド序曲 

1楽章
バレンボイム盤は、元気だ〜 冒頭の全奏するとこの出だしも力強く始まる。
「しぃ〜〜 そふぁみ れみふぁ ふぁそれみふぁそ そらふぁ しれそしれぇ〜 ららぁ〜しぃ〜」
この幾分、くぐもった、鬱っぽい、じけっとしたフレーズも、爽やかに演奏しているし、ちーっとも、屈折していない。
この心理は、いたって健全だ。で、聴きやすい。(笑)
いやいや、ホント、爽やかな牧歌風フレーズに、さらっと、衣替えをしてくれるので聴きやすい。
あのねえ〜 それでいいの? と、問いかけたくなっちゃうほどなのだが、この長い序奏部分は、まあ、はやく、やっつけちゃいましょう〜とばかりに、スイスイ、付点のリズムも、さほど重くならない程度に進んで行く。
カッシリ、ちょっぴり、硬めに進むので、迷いがないように感じられるし、歯ごたえもあり、メリハリもあり、カッチリしているし。
それでいて、のびやかで楽天的だ。
ちょっぴり若々しく、シアワセ感が感じられ、力強く、あっけにとられるほど、シンコペーションも軽々も飛び越えていく。
黴の生えるような湿度の高い季節ではなく、爽やかな五月晴れのシーズンを迎えたかのように演奏されている。
トランペットの音も明るめで、弦の重さは、あるのだが〜 勇壮な感じで、揺れないし、引き締まっているので、ダレないのだろうと思う。
また、低弦はゴリゴリしてて、奥深く鳴っているのだが、明瞭に響いておらず、また、すぐに消えてしまう。
まあ、しかし、これだけ元気に音が鳴ってくると、まるで別の曲を聴いているような気分に・・・。

2楽章
ちょっと、苦笑いの前楽章だったのだが、ここでは、多少はしおらしい。
オーボエのフレーズは、線が細めだが、軽やかだ。弦のフレーズは、なかなかに優美なもので、なだらかに進む。
中間部のト長調になると、ヴァイオリンが入り、夢をみているかのような、魅惑的な3連符のフレーズとなってくる。低弦のぼわん、ぼわんという響きが入っているが、邪魔をしていない。
幾分、艶めかしい感じもするし、恥じらいと、密やかさが、なかなかにキュートである。

3楽章
「しっ みふぁそ らそふぁみ しっ みしど しそら しっ」
「しっ どれ〜 どっし〜 そふぁ〜 ふぁっふぁ〜 みっそ〜 れっそ〜 らぁらしっ」
う〜ん すごく力強いフレージングで、ガッシリとしている。硬いっ。
まあ、アーノンクール盤のように、怒りをぶつけるというところまでには至ってないし、穏やかで、ガッシリとした重量感はあるが、弦のキレの良い音も聞こえるし、木管の高音域の音が良く聞こえる。
で、メリハリがあって、縦に切れていくし、語尾が、しっかり上に向かってあがっていくので、すっぱりしているが気持ち良く聞こえてくる。テンポはゆったりめだが、筋肉質だ。
なにより、木管がチャーミングな彩りを添えているように思う。
中間部は、完全に歌い始める。いったん、間を置いて、歌うので、気分が、がらっと変わる。
「みっみっみ (みそふぁみ) みっそ そらしっ  れっれっれ れっら らししっ」・・・と、ふわっとした舞曲風のフレーズが流れてくる。ここは、首がクネクネしちゃうぐらい、ウネウネ〜としており、もわっとした雰囲気の幻想的で、艶めかしい、柔らかさがある。ハハハ〜 別人に早変わりだ。
また、キッパリ、ガッシリしたフレーズに戻る。

4楽章
冒頭の原始霧のようなフレーズで、もわもわ〜とした空気を出してくる。
「そっそぉ らぁ〜しぃ〜」「しっし〜 どぉ〜 れぇ〜」「れれ みっ れぇ〜」
「ししっ し〜 しぃ〜 みぃ〜ふぁ〜 しっしし れら しぃ〜」
この金管は、引き締まった音で彩られ、とても美しく縁取られ、ホルンの和音で祝祭的に落ち着く。
で、まあ、そんなところに、まったりしてないで〜と、いわんばかりに、和音のフレーレズが終わると、さーっと走り出す。
えっ フライングじゃないの? というぐらいに、金管の鋭く、速いパッセージで、一気に幕開けだ。
その展開の速さ、力強さ、まるで、英雄が登場するかのような、幕開けで、劇的だ。はやっ。

ここからは、バレンボイム盤の真骨頂だと思う。
最初は、軽やかに女性的なフレーズが奏でられるが、その後は、とっても重いが、リズミカルで、堂々と王道を進むかのような感じの演奏となっている。
まことに、立派〜 「らぁ〜そふぁっそぉ ふぁ〜みれっみ」と、力強く、跳躍しつつ、迷いなく、喜びを表現していく。
木管のフレーズが、クッキリしていることと、弦のフレージングにキレがあることで、金管の重さが調和されている感じがする。また、ラストに向けてのテンポアップしていくところは、さすがに〜 堂に入ったものである。

クーベリック バイエルン放送交響楽団 1978年
Rafael Kubelik
Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks
(The Bavarian Radio Symphony Orchestra

録音状態はまずまず。クーベリックのソニー盤で、伸びやかで、見通しが良く、フレーズが聴きやすい。
(でも、ワタシには苦手意識があり、超ムズカシイ)

1楽章
「しぃ〜っ」というドスンと響く重々しい音から始まって、弦が持続しながら、「そふぁみ れみふぁ〜」
「そふぁみ れみふぁ〜 それみ ふぁそ〜らふぁそ〜」と揺れる。
3分の4拍子という不安定な拍感覚だし、音が、なんとも言えない暗いフレーズで、つらつら〜。
明るくなりそうで、すぐに沈む。小さな波に常にのみこまれるような感覚が、どーも若い頃には、かったるい。
ハイ、シューマンの4番は苦手っ。としてきた。
弦の風が、木管の音色をかき消してしまいそうだし、なーんな、ウツウツ。
暗くて、じめっとしてて、どっか意志のハッキリしない、ガッツに欠けたケッタイな奴としてしか見てこなかったわけだ。

「どしら そふぁみ みれど しどれ れみし どれみ」
「どしら そらし しどそ らしど  どしら そふぁみ れどし らそふぁ みれど〜」 
最近は、「ふぁっふぁっ ふぁっふぁっ ふぁっふぁっ ふぁっ・・・と序奏をつけて「みっ そっそ ふぁみれみ どしらし らそふぁみ れみふぁそ ふぁそらし らしどれ どれどれっ」を繰り返して奏でられるフレーズが、 普通に聴けるようになった。何度か繰り返して聴くウチに、「みそふぁ れどぉ〜 みそふぁれ どぉ〜」っという落ち込んだなかにも、どっか希望が見えるようだな〜って、そして、どうやら、この人も希望を持ちたいらしい。と感じるようになっていくワケである。
(でも、まだダメなんですけどね)

クーベリック(バイエルン放送響)盤は、弦が、残響をほどよく残していながら、切れていくので、ホントに綺麗だと思う。
音を置いていくという感じでもないし、拍の最初に強いアクセントをつけて歌うというのでもなく、フレーズの終結部、曲線の終わり方が、持続するなかで自然に音が消えていくような感じで、とっても安らぐ。
他の盤とは、音の出し方、いや、音の消え方というか、終わり方というか〜 どこか違うのである。
まだ、ほんの少し、ほの明るさが感じられる。

2楽章
「し〜どぉれ〜ふぁっ みれ みどれぇ〜 し〜どぉ れ〜ふぁっ みれ みどれぇ〜」
「れ〜ふぁみ どら〜 しぃ〜れど らふぁ ふぁふぁっそ ら〜ど しら しそ ふぁぁ〜」 
これまた、3分の4拍子ってことなので、また解りづらいオーボエのフレーズから始まる。
う〜っ。首が絞まるようなフレーズで、「しらそ ふぁそら らしふぁ そらし しらそ・・・」と溜息ばかりだ。
綺麗なのだが、どーも肌に合わない。
どこか、苔か黴びが生えているような、古式ゆかしきフレーズで、綺麗だとは思うが、はやく明るくなって欲しいっと祈りたくなる。ヴァイオリンがソロで、ちょっと戯けたように、「そらそ ふぁしふぁ みふぁみ れみれ どれど・・・」と奏で始めると、少し視野が広がるが〜  この構成がよくわかりません。舞曲でもないしなあ。
クーベリック盤では、か細いソロなのだが、ポンポンっとティンパニーが入っているし、なだらかに物悲しく、寂しそうに演奏されている。

3楽章
この楽章は、スケルツォなので、力強く演奏される。
「しっ みふぁそ らそふぁみ〜(しっ らそふぁみ〜) みっ しどし しそら しっ」
「しっ どれ〜 どっし〜 そふぁ〜 ふぁっふぁ〜 みっそ〜 れっそ〜らぁらしっ」 ←音は相当にアヤシイ。
この楽章がなかったら、多分ワタシは、この4番を聴きたいと思わないぐらいで・・・。
3楽章だけは、力強くて、威勢が良いのだ。 まっ それも、最初だけなんですけどね。
低弦の引きずるような力強さ、「みふぁそ らそふぁ みっ し〜みふぁそっ」、まるで、低弦が2部に分かれて追いかけるような輪唱のようなフレーズで、力強いのは力強いのだが、執拗で〜 
この曲は、愛妻クララに捧げられた曲らしいが〜 う〜ん。どうも〜わかんないですね。これは、幸福感が希薄なような気がするが、少し、愛の表現で、じゃれてるのかしらん。
「ん〜チャチャチャ チャチャっ みふぁそ らそふぁ みっ」
この楽章も、拍の感覚が難しくて、また弦の重なる音が、和音の軋みがあって難しいのだ。
また、中間部は、くるくるとフレーズが渦が巻いてしまい、犬が自分の尻尾を追いかけて、走っているみたいに〜
細かく、ぐるぐるしている。で、またウツウツ・・・。はぁ〜 繰り返されるのも。ちょっとありがた迷惑に近い。

4楽章
この楽章は、冒頭は、もごもごした序奏があるが〜 元気よく金管が鳴ってくる。
「そっそぉ らぁ〜しぃ〜」「しっし〜 どぉ〜 れぇ〜」「れれ みっ れぇ〜」
「ししっ し〜 しぃ〜 みぃ〜ふぁ〜 しっしし れら しぃ〜」
金管の間に細かい弦のフレーズが、挟まっているが、ここは、ちょっと祝祭的な雰囲気がある。
このファンファーレが鳴った後は、いったん盛り上がって、さあ舞曲風? えっ違うの?
「みっみっみ (みそふぁみ) みっそ そらしっ  れっれっれ れっら らししっ」・・・と、舞曲風のフレーズが流れてくる。音はとってもシンプルなのだが、スキップするようなリズムがある。
最後は、大円団みたいになっていくが〜 テンポの切り替えもあって、うっ。

クーベリック盤は、金管の力強さもあるが、木管の吹き出しの、ふわっとした感覚や、音の柔らかさ。
フレーズとフレーズの間合い。そして、旋律全体の見通しが良いので、音がダンゴ状態になって混濁しないので聞きやすいし、フレーズは澱みなく流麗だ。
力強さとしなやかさ、弾力性の良さ。バイエルンの明るい開放的な音質。みごとだと思う。
ワタシには、お恥ずかしいことに、繊細な情緒や迷う心情を、解って汲んでやろう〜という気持ちに欠けているんでしょうねえ。このハッキリしないシューマンのフレーズが苦手です。 1楽章においても、ブツブツ呟いているフレーズが、これがシューマンの独り言なんだ。と思うものの、ワタシ本来の気質とは、相容れず。う〜ん。(汗)悩ましい。
従って、まだ、聞き込めていないというのが実情です。

総体的には、クーベリック盤(バイエルン放送響)は、音質が柔らかく、フレージングが綺麗で、きっちり句読点を打ってくるので、聞きやすいデスね。切迫感のある楽章で、音が凸凹して、ざらついていると、聞いているうちに嫌悪感が湧いてくるのですが、この盤では、心情的に落ち着いて聞けます。
しかし、シューマンの4番は、古い録音だと、指揮者が自分で改訂して演奏している盤もあるらしいので、当盤も変更しているかもしれません。
また、他盤も聞いてみますが 、その違いは う〜ん。解るかしらん? 自信がありません。(泣)

アーノンクール ヨーロッパ室内管弦楽団 1994年
Nikolaus Harnoncourt
Chamber Orchestra of Europe

むむっ〜

録音状態は良い。愛想のないこと、このうえない。
カップリング:
1〜5 シューマン 交響曲第3番「ライン」(93年)
6〜9 シューマン 交響曲第4番(初版1841年)(94年)
1楽章〜4楽章
この前、久々にインバル盤を聴いて、じけっとした雰囲気に、聴く気持ちも萎えてしまった。で、アーノンクール盤で聴くと、サッパリして、ツンデレ風である。
ワタシ的には、アーノンクールさんの演奏したCDは、多少なりとも所有しているのだが、どうも、いつ聴いても怖い、キッパリし過ぎて、怒っているの?という感じに聞こえてしまって、相性は良くない。
まあ、それでも、ぼってり演奏されるよりは、聴きやすいかな〜という程度だ。
で、このアーノンクール盤は、改訂版ではなく、初版(1841年版)で演奏されている。95年に、ベルリン・フィルと収録したものもあるが、それは改訂版で演奏されている。

モダン楽器を使っているのだが、ピリオドのように演奏されているみたいで〜 
短いフレージングで、スイスイ、素っ気ないほどに演奏されており、紋切り調に聞こえてしまう。
また、少人数での編成なのか、ちょっとわかりづらいが、音の厚みが少なく、柔軟性に欠けている感じがして、歌わないし、ちょっと素人のワタシの耳には、どうも馴染まない。
まあ、さっぱりしてて良いものの、どうにもこうにも、面白く聞こえないというか、スイスイ進まれ、推進力はあるのだが、まあ、愛想のないこと、このうえなく〜 鼻についちゃう感じだ。
金管フレーズは、ピリオド独特の、割れたラッパの音ではないが、弦の引きが強いというか、カチカチしてて、手首が凍っているみたいに、音の広がりが少ない。
なんで、こんな素っ気ないんだろうと思いつつ、あっという間に、ガッチガチのリズムで1楽章は終わってしまう。

2楽章のホルンのフレーズは、ぶつ切り状態で提供されているし、なんじゃーこりゃ。まろやかな響きは、全く期待できずに終わる。

3楽章は、まるで怒りを爆発させたみたいに、バンバン、ガンガンっという感じで弦とティンパニが鳴っているだけという雰囲気がする。で、速いスピードで、駆け抜けて行ってしまって、はあ。

4楽章は、まあ、冒頭から、全く違う音楽で、一瞬、えっ・・・ いつもの和音とは違う音で始まる。
なんとも、通俗的な和音っていうか、ん? 全く雰囲気の違う音なのだ。う〜ん。

で、丁寧に奏でているのか、始めの部分は、ゆったり〜
でも、その後、はあ? 速いっ。えっ、遅いの? どうなっているのか、え〜 わかんない。
ああ。いつもの改訂版の和音が聞こえて、ほっとするのだが〜 弦の軽やかさだけが、耳に感じられる。
確かに、これでは改訂した方が良いという感じで、素人の耳では、スカスカした、音が足らないやん。って感じで、印象として残る。初版と改訂版の違いを、そんな詳細に知っているわけはないし、あまり興味が持てなかった。
また、この演奏は、どうもなあ〜 特に初版版で演奏しなくても良いだろうし、素っ気なさは天下一品で〜 ラストの極端な速いテンポにもついていけず〜 がっくりでした。 

初稿の特徴について、ウィキペディア(Wikipedia)に詳しく掲載されているので、引用させていただく。

第1楽章の序奏は、改訂版と異なり主調の属和音(イ長調)・強拍から始まる(改訂版では主調・弱拍(3拍目))。
さらに序奏後半には、サラバンド風のエピソードが登場する。
なお、主部の展開部ではトロンボーンによる動機がソロで奏でられ(改訂版は2本のソリ)、弦楽器は休止するため、この動機が詠唱のように響く(同様の例はマーラーの交響曲第3番で見られる)。
第2楽章には、当初ギターを用いようとして撤回した形跡が残っている。また、チェロは始めソロだったが半プルトのソリに修正している。
第3楽章では、当初8小節にわたるファンファーレの後にスケルツォに入るようになっていた。このファンファーレはチャイコフスキーの交響曲第4番第1楽章の序奏に似ている。
この序奏は結局削除され、自筆譜の一番下にはトランペットによるもう一つのファンファーレが書かれている。
しかし、この部分は最初のものを含めて出版譜には採用されておらず、録音でも取り上げられていない(例外として、ゲオルク・シュメーエとベルリン放送交響楽団とのCDは上記の第2のファンファーレをホルンと組み合わせて採用している)。
第4楽章は、提示部の繰り返しがないため、全体の演奏時間も少し短い。第1楽章も同様である。
全体は約24分かかる。・・・とのことでした。

インバル フランクフルト放送交響楽団 1995年
Eliahu Inbal
Radio Sinfonieorchester Frankfurt

なんじゃ こりゃ〜


録音状態は、良くない。こもった感じがする。鬱々とした楽曲が、余計に、もわっとしており、晴れない。シャキシャキとした感じは少なく、平板な感じがする。
← シューマン交響曲全集2枚組より
1番「春」(95年)、2番(94年)、3番「ライン」(95年)、4番(95年)
単発で発売されているCDは、新ウィーン楽派のシェーンベルク、ウェーベルンの作品とカップリングされている。
1楽章
「しぃ〜っ」というドスンと響く重々しい音から始まって、弦が持続しながら、「そふぁみ れみふぁ〜」
「そふぁれみ れみふぁ〜」と、とってもウツウツとして、晴れていくのかと思ったら、沈むし〜 この出だしだけで、4番はジケジケしててイヤだなあ〜と、生理的に合わない。
インバル盤で聴くと、歯切れが悪く、もわっとした録音状態と相まって、鬱々とした感じが、より一層漂う。
ティンパニの響きも、もっさりしており、弦のフレージングにキレが感じられない。演奏自体は、切迫感があり、せわしない、焦燥感みたいなモノを感じ、いらっとしてくる。 16音符が、ツラツラと奏でられ、 低音がもわっとしており、ボンボン、ドスンドスンという感じのリズム感しか感じられないので、かなり苦痛だ。
全体的にはホールトーンが感じられず、奥行きがない。板に向かって演奏しているかのような平板さがあり、テンポがあがるところは、やや、前につんのめった感じがする。

2楽章
「しぃ〜 しぃ〜どぉれ〜ふぁっ みれみ どれぇ〜 しぃ〜どぉれ〜ふぁっ みれ みどれぇ〜」
「れぇ〜ふぁみ どら〜 しぃ〜れど らふぁ ふぁ〜そら〜 ど しら しど ふぁぁ〜」
なんだか、泣いてて、しゃくりあげて泣いているかのような、拍感覚で、このリズム感は、独特の世界が広がる。
シンコペーションのような オーボエとチェロのフレーズが、美しいと感じる方もおられるとは思うが、孤独な、ひとりっぽっち〜 なんとかしたいなぁ〜と、ブツブツ、呟いているかのような楽章だ。

3楽章
「しっ みふぁそ らそふぁみ しっ みしど しそら しっ」
「しっ どれ〜 どっし〜 そふぁ〜 ふぁっふぁ〜 みっそ〜 れっそ〜らぁらしっ」
この楽章だけは、元気よく奏でられるが、重めのスケルツォである。
中間部は、ウネウネ〜としており、もわっとした雰囲気の幻想的なフレーズに聞こえてしまった。

4楽章
金管のコラール風フレーズが、重厚な和音と共に聞こえてくるので、晴れやかさが出てくる。
「そっそぉ らぁ〜しぃ〜」「しっし〜 どぉ〜 れぇ〜」「れれ みっ れぇ〜」
「ししっ し〜 しぃ〜 みぃ〜ふぁ〜 しっしし れら しぃ〜」
このフレーズは、とても美しいのだが、なにせ、録音が、もわっとしたままなので、梅雨空のような、重く垂れて込めて、じっとり〜している。気がつけば手に汗をかいている感じで、どこか不快感が残る。

で、弦のフレーズで、舞曲風に変わるのだが、なんとも・・・ 90年代半ばの録音とは、ちょっと思えないほど籠もり傾向。
そんななか、独特の付点のリズムが、しゃくりあげてきて〜 うぷっ。胸が詰まってしまう。
シューマンって、しゃくりあげるリズムが好きなのだろうか。
また、同じフレーズを楽器で重ね塗りしていくので、とてもシンプルなのだが、ちょっと重い雰囲気がしてくる。
う〜ん 古楽器での演奏は、活気があるのだが、ツンデレ風だし、あまりロマンティックに演奏されると、むせっかえるかのような熱気、厚みがあって、うぷっとなるし〜 あまりリズム面を強調されると、前につんのめった、船酔いにかかったようになるし、これまた、鬱々した演奏はイヤだしなあ。なんとも難しい楽曲だ。
なかなかに、ワタシと相性のよい、生理的に合う演奏が、なかなか見つからない。
1977年 バレンボイム シカゴ交響楽団  
1978年 クーベリック バイエルン放送交響楽団 SC ★★★★
1994年 アーノンクール ヨーロッパ室内管弦楽団 Teldec ★★★
1995年 インバル フランクフルト放送交響楽団 DENON ★★
所有盤を整理中です。

「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

Copyright (c) mamama All rights reserved