「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

ショスタコーヴィチ 交響曲第8番
Shostakovich: Symphony No.8


ショスタコーヴィチの交響曲第8番は、1943年に作曲されています。
ウィキペディア(Wikipedia)を元に記述すると、交響曲第7番「レニングラード」と比べると、当初の評判は非常に悪かったそうで、スターリン賞受賞もされず、48年にジダーノフ批判の対象となり、60年まで演奏が禁止されたのだそうです。

第1楽章
交響曲第5番第1楽章と同様に、アーチ型のソナタ形式に基づくと考えられ、約30分の長い楽章です。
低弦の力強い序奏に続いて、引きずるようなシンコペーションを伴奏とした、沈痛な第1主題が提示されます。
続いて、4分の5拍子の内省的な第2主題、チェロを主体としたメランコリックな第3主題と続きます。
第3主題が静かに消え入りそうになっていったところに、木管が、第1主題の転回形によって割り込み、展開部が猛烈に突進します。
弦楽器の悲痛な第3主題の展開が始まり、ティンパニやスネア、トランペットの3連音となり凶暴性を増します。
木管の激しいトリルを背後に、第2主題が金管によって強烈に吹かれ、3連音の動機から速度を増します。
暴力性と皮肉さ、変拍子の行進曲風のクライマックスを経て、ドラムの長いロールを繰り返し、冒頭の序奏主題が再現されます。再現部では、弦楽器のトレモロの上でイングリッシュ・ホルンが第3主題、第2主題の順に、長いソロで再現されます。シンコペーションとともに第1主題が弦に戻り、静かに楽章を終えるもの。

第2楽章 スケルツォ
力強くも、おどけた雰囲気を感じさせる楽章で、単調な主題(ドイツの流行歌「ロザムンデ」のパロデイと、作曲者自身の作「ジャズ組曲第2番」の引用)の反復と、変形をが描かれています。

第3楽章
弦の機械的なリズムが繰り返されるなか、様々な楽器がファンファーレ風の旋律を奏でます。凶暴なものになり、トランペットの勇壮なギャロップを挟んで頂点で全楽器が爆発し、小太鼓の響きともに、最大のクライマックスを築き、そのまま次の楽章に続きます。

第4楽章 パッサカリア
前楽章のクライマックスを受け継いで、凶暴な音楽が繰り返されますが、突如、静かなものになり、ゆっくりと葬送風の音楽が繰り返されるもので、主題は第1楽章の反復主題に基づいたもの。内省的で暗い、悲痛なまま次の楽章へ。

第5楽章 ロンド・ソナタ形式
田園舞曲風の楽天的な主題がファゴットに現れ、チェロによる第1エピソード、チェロとバス・クラリネットの主題による第2エピソードを経て、フガートが展開されます。やがて第1楽章のクライマックスが回想され暗いものの穏やかになり、明るい主題が戻ってきます。

ザンデルリンク ベルリン交響楽団 1976年
Kurt Sanderling
Berliner Sinfonie-Orchester
(Konzerthausorchester Berlin)



録音状態は良い。なにせ晦渋な楽曲なので、演奏を聴いた感想を述べる以前のレベルかと、、、大変お恥ずかしい。今のワタシには、この交響曲は難しいし、疲れちゃいます。スミマセン。

1楽章
「れ〜どれぇ〜〜 しれ〜しらぁ〜 れらぁ〜 そどぉ らし〜どぉ〜」
「ふぁみふぁ〜みふぁそ〜 れみふぁ〜どぉ〜 しふぁみ〜」
メチャメチャ重くて暗い冒頭から、どひゃん。という楽想である。ショスタコーヴィチは、どーも苦手である。寒いところに重くて、苦くて〜辛くて、どーにもこーにも、八方塞がりという状態のなかで、蠢く音が聞こえてくる し、楽しい音が詰まっているわけでもないのに、わざわざ聴くのも憚られるというか・・・
冒頭から、押しつぶされそうになってしまうのだ。
が、しかし、冒頭が過ぎ去ると、「れぇ〜みれらぁ〜 そらしぃ〜 れー どー ら〜しどぉ〜 らしどぉ〜」という、ショスタコさん特有の高い弦の長いフレーズの流れてくる 。
う〜ん。ここのところは、大変綺麗で、緊張感が漂う。この変わり身が独特で、これが好きだ〜というショスタコファンの方が多いかもしれないですね。
まっ 暗くて重々しく、ぐぐぐぐ〜っと押される圧迫感と、そこから解放されて、透明度の高い、冷たい空気感のなかで、透き通る音色で、すーっと伸びてくる 緊張感が・・・
これが、タマランのだ。という方が多いんだろうな〜という気がする。
まっ そういう 意味では、どことなくマゾヒックっていうか、押しつぶされて、そのままにならずに押し返す力を持ってないと、こりゃ聴いてられんわ。という感じがする。
何度か聴いていると、押し付け合いパワーの戦いなんである。潰されてなるものかぁ〜

まっ 勝手な想像は、ここまでとして、ザンデルリンク盤は、音質は暖かめで太めである。
特にファゴットの「られ〜みれらぁ〜 ししどぉ〜 ふぁそら そらし〜」というフレーズも、まだ人肌の暖かさが残っているという感じになっている。それにしても、晦渋な交響曲で、なかなか解きほぐせず、取っつきづらく〜 う〜ん。正直言って聞いているのも、シンドイ。
録音状態は良いのだが、どこかクールに行ききっていない面があって、 甘い。緩いっていう方も多いかもしれない。ワタシ的にも、もっとキーンとした金属音でも良いな〜とは思うが、いかんせん、聴いててシンドクなるので、どっちでも良いかも。(← 我ながら結構、いい加減な感想だ)
人として怒っている感じがするのだが、どこか歯切れが悪く、むっとしてて〜 押し殺した感じから、ギギギーっと歯ぎしりしている感じが出ているものの、 不発弾のように爆発しきれていない感じを受けたが。
う〜ん。どうだろ。
硬質感のある音質ではなく、凜とした空気感が漂っているわけではないので、それほど、機械的には聞こえてこない。 芯のある音ではあるが、丸い。長大な1楽章で、ここだけで、結構、お疲れモードだ。ザンデルリンク盤で、約27分を要している。

2楽章
うってかわって6分と短い。
「れぇ〜 れどれ〜 れどれっ みふぁ ふぁみ ふぁふぁそぉ〜 れど れみふぁそっ〜」
「そふぁそ〜 そふぁそぉ〜 」
ちょっと湿気のある音で、ピッコロさんの音は通っているが、弦の音が、もっと、ピーンっと張りつめた音であれば良いのだが、泥臭い。コミカルなマーチングバンド風には、あまり弾んでいない。

3楽章
この8番の3楽章は、とっても面白い。
「ふぁどら ふぁらどら しどしど らしらし そらしら そらしら そらしど れみれみ どみそみ どれふぁど」
擦れた音の弦のフレーズが、無窮動のように、ずーっと響く。
どっか遅いので、モソモソと動いている壊れかけの機械のようだ。
フルートの「ふぁ〜ふぁ ふぁ〜そぉ〜ふぁっ」という悲鳴が上がるが、ザンデルリンク盤は、あんまりパッとしないなあ。
軋んだ歯車のような情景が浮かぶのだが、ティンパニーの打ち込みも、歯切れや派手さには欠ける。
再度フルートが「ふぁ〜ふぁ ふぁ〜そぉ〜ふぁっ」と鳴ると、今度は金管が入ってくるのだが、どうも締まらない。キレに欠いてて、鋭さに欠けているし、エッジをもっときかせて欲しいかなあ。
音が、リズムが、弾みが〜 どっか、丸いような感じで、鋭くない。
軋みながら、上から刃物が落ちてくるようなパワーが無いので、少し残念だ。
録音状態は良いのに、ちょっと間抜けている感じがする。
トランペットのフレーズも、小太鼓の響きは良いけれど、さほどシャープではないし、う〜ん。挑戦的に訴えてくるモノが少ないですねえ。圧迫感を持って、迫ってくる勢いには 、ちょっと欠けていると言う感じ。
もっと、シャープに研ぎ澄まされたものが欲しい。

4楽章
「ふぁ そぉ〜らっ そぉぉ〜らぁ〜 」
ドシャーンっという銅鑼の音と共に、大きなフレーズで出てくる楽章だ。
えっ いったい何が始まるの?って感じの、冒頭の驚きがあるのだが、そこから以降は、まー 暗い。
一気に弱音の世界に向かって落ちてしまって、音が聞こえないぞーぉ〜というほど、遅く暗い、静かな音が流れてきて、沼に落ちたような気分になる。
あっ そうか。車が、沼にダイブしちゃって、ワタシは底に沈んじゃったんだ。って感じだ。
はあ〜っ。こりゃ、この楽章は、死に体ですわ。
相当長い、時間と空間があった後に、魂が抜けた後のようなフレーズが、すーっとピッコロで奏でられていく。ホント、抜けた感じがしちゃって抜け殻状態に。

5楽章
抜けたまま5楽章に突入してしまう。
ここでは、さすがに睡魔との戦いになってしまうが、ファゴットたちが、モソモソと音を紡ぎ始める。
「れみれ〜みふぁら れ〜どみそ〜ふぁ〜そふぁみ れみれ〜 れみれみ????」
音としては、シッカリ並んでいるんだけど、何が言いたいの? と、段々、まどろっこしくなってしまう。
フルートが、絡んできては、ふわふわ〜っと飛んでいく。
オーボエさんが、ソロで絡んできて、すわーっと、ふわふわ、弦楽器が絡み、フレーズらしいフレーズはあるのだけど、断片ピース状態で、アタマのなかが、混乱してくる。
う〜っ ダメだ。やっぱり、混沌としているなあ。と思うが、恐らく戦争の終結状態なんだろうな〜と、ようやく牧歌的なフレーズが出てくる。木管が、そよ風のように吹かれていたり、鳥が飛来する感じだ。
我慢して、じっーっと聴いていると、ダン ダンっと、打ち込まれたティンパニーの音から、ようやくお目覚めになるが、原始的な不協和音で、音が単純に並んだフレーズが絡んでくる。
「しどし〜 しどし〜 しどし〜・・・」「らしら〜 らしら〜 らしら〜・・・」
「れみれ〜(バン) れみれ〜(バン)「そらそ〜(バン) そらそ〜(バン)
「みふぁそら らしらぁ〜 みふぁそら」「ふぁ〜らしらぁ〜 どーどーどー どしどし そっれっ」
あーっ 段々とパワーが蓄積されていく。未来に向かって進もうっていう、パワーじゃないと思うんだけど、どうなんでしょ。ワタシには、やっぱり馴染めない楽曲で、とっても晦渋だ。

やっぱり難しいっ。わけワカラン。ってところでしょうか。5楽章に至っては、いつの間にか、勝手にエキサイトしっちゃて〜 段々と音が上昇して、小太鼓も鳴り始め、いきなりパワーが上がりはじめる。「しぃ〜らしっ しぃ〜らしっ どぉ〜〜 ふぁそら〜 みふぁそぉ〜 れみふぁ〜っ どっ!〜っっ」 で、いきなり炸裂するのだが、やっぱりシンドイっ。疲れました・・・。
確かにフレーズ自体は、ほのぼのとしており、全体的には、個々の人間が、ようやく息を吹き返したというところなのかな〜とは思うのだが、演奏が、どうのこうのっていう、もっと前の段階で、聞き込むか、耳になれさせないと、、、あーっ まったく歯が立たず。疲れただけでした。スミマセン。

インバル ウィーン交響楽団 1991年
Eliahu Inbal
Wiener Symphoniker
(Vienna Symphony Orchestra)

録音状態は良くない。籠もりがち。
ただでさえ、シンドイ楽曲なのに、ねちっこく、執拗に、もわもわを繰り返され、鬱憤がたまりギブアップ。

1楽章
「れ〜どれっ しれ〜しら〜 れら〜そどぉ らし〜ど〜 ふぁみふぁ〜みふぁそ〜 れみふぁ〜どぉ」
メチャ暗い冒頭で、悲痛極まりなく、コントラバスを初めとした弦が、重々しく被さってくる。
長大な1楽章で、ここだけで約30分(CDのクレジットを見るとインバル盤では28分1秒)である。
うぷっ となるそうな重さで、正直言って耐え難いっ。
それに、ヴァイオリンの高音域で、執拗に 「れそれ〜 れそれ〜 れそれ〜 れどれ〜 しれぇ しらぁ〜 しら〜っ」っと続く。「ら〜みれら〜 らし〜ど ふぁそら〜し〜 らしど・・・」 抑揚のない木管のフレーズが合いの手を入れてきて、うげっ。
諦めて、ずーっと聴いてみたが、楽曲が執拗なうえに、インバルさんのねちっこい、じっとりした音作りが、なんとも言えず〜 真綿で首を絞められているような感じになってしまう。
で、コントラバスが、ウゴウゴウゴ・・・蠢いているなかで、ようやく、13分頃から、弦が上昇してきて、どれど〜 れみれ〜 み〜れ み〜れ  悲鳴をあげるまえの、しーら しーら しーら 
で、ジャンジャンジャン・・・ 小太鼓が入ってくるのだが、「そ〜らし そ〜らし〜 しどどし〜」と、異様な暗い塊ができあがってくる。金管も入ってくるのだが、冷たく、盛り上がるってワケじゃなくって。
なんていうんだろ。澱のように固まって沈殿しているっというか。
単純なフレーズ 「らしどし〜 らしどし〜」の繰り返しで、不協和音がイッパイ。
急に甲高く鳴ってくるし、「どれどそふぁそふぁ〜 そらし〜 パッパララ〜 しどれ〜 しどれ〜 しどれどしらそ〜」ケッタイな行進曲が鳴り始める。あ〜 バラバラに砕けている。
「ど〜しど らど〜 ど〜しど ど〜らしどしらそ・・・」
まるで、ゴミだめのなかを、歩いている気分になるのだが、これまた唐突に、ファンファーレが鳴る。
「れぇ〜どれ〜 れぇ〜どれ〜 しれ らそ〜ぉ」 小太鼓の鳴りっぷりと、銅鑼とシンバルの激しいこと。
オモックルシイ空気のなかで、しゃーーっ と鳴り始めるのだが、録音状態が良くないので、亜熱帯系の暑苦しさのなかで、鋭利な刃物を振りかざしているかのような、冷たさを感じる。
良くワカランのだ。この温度感が。うまく言えない。
この異様な盛り上がりが終わると、オーボエのつめたーい音色が響く。
なーんとも言えない、破滅型でもなく、陰鬱ななかで、ずーっと、うっぷんが溜まり、それが、異様に膨らんできて〜 その後、いっぺんにガス抜きしちゃったような・・・ いわゆる、萎んじゃった状態ですかねえ。
インバル盤だと、ガス抜きが不十分っていうか、まだ、じとっとした感覚が残っている。
なんだ〜 この抑圧された、う〜っと唸るような、
底で蠢く姿は。まるで、地中で蠢いているような、ちっちゃな虫のような気分にされちまう。パーンっと抜けるような、発散は出来ないのか・・・。(いや、インバルさんのせいではない。楽曲がこの姿なのだ) 

2楽章
「れ〜れどれ れどれっ みふぁ ふぁみふぁそら〜」「れどれっ れどれっ らそらっ」
なんだか、しらけているなかで、オチャラケ風な舞踏が始まる。笛吹けど踊らず状態で〜
強制的な舞踏のようだ。で、こんなんで踊れるかいっ。
フルートがお調子者のように吹かれているのだが、まあ。この浮かれた状態は、どうなのだろう。
インバル盤では、シニカルさがたっぷりあるのだが、奥のほうで、ぼんやりしており、もっとクリアーな録音状態であれば、凄みが、ぐぐっ〜っと前面に来ていたかもしれない。
金管のケッタイなワルツ風なフレーズが出てくる。
「ふぁみふぁ〜 ふぁみふぁ〜 らっしど しっど〜」「れ〜 れどれ〜 れどれ みっふぁっ ふぁみ そ〜」
インバル盤では、ねちっこく、「んぅ〜っ」「〜ぁあ」冒頭や語尾に、アクセントを置いており、こねくり回した風変わりな面白さがある。チャンチャンチャンと、終わる。

3楽章
「ふぁどら ふぁらどら しどしど らしらし そらしら そらしら そらしど れみれみ どみそみ どれふぁど どれみれ どれどし らそふぁみ どみそみ・・・ ふぁっ! ふぁっ!」
弦のフレーズのテンポは遅め。木管の「ふぁ〜ふぁっ ふぁそ〜ふぁっ」と悲鳴があがる。
弦が、カシカシ延々と弾いていく。これが、とーっても印象の残る楽章になっている。
メトロノームのように弦が、シニカルに、抑揚をつけず、機械的に歯車のようにカシカシと動いていく。
この抑揚のなさが、特徴で〜 表情を変えずに、延々と同じ音型を弾いて、各パートに広がっていく。
合いの手に木管や金管、「ふぁら〜ふぁ」と入れてくるのだが、特に低弦の響くところに入ってくると、相当なパワーが生まれている。無表情なのが、表情に変わるなあ。
で、そのうちに、小太鼓が入って、ぱっぱらっぱ ぱっぱらっぱ〜と景気が良くなってくるのだが、なーんでしょうねえ。このけったいな高揚感は。
軍隊の威勢の良さか。空威張りか。ヒスなのか。う〜ん。鬱憤をこんな形で表現しているのだろうか。
オブリガートって、続いて鳴っていくなかで、音符が、泳いでくるというか、弾んできて、段々と、高揚してくるんですけどね。未だ鳴っていない音なのに、頭のなかでは、既に予想される音が、続いて鳴り始めるためだろうか。やけっぱち〜のように響いてくるのだが、インバル盤は、冷たい響きではないし、テンポも遅め、高揚感も、まあ。そこそこ。寒気まではしないし、キレがイマイチで、たるいかなあと思う。
最後、らしどし どしどし そらそふぁ・・・なーんて言う音が繋がりを見せるなか、じわ〜っとパワーを溜め込んで、ティンパニーが炸裂しだして、ぱら〜ら ぱら〜ら ぱら〜ら タタタっ・・・ジャーン。
銅鑼の「ジャーン!」 
「れ〜どみ〜 ふぁ〜そら〜 みふぁそ〜 れみふぁ〜」と下降して、4楽章に流れて行く。

4楽章
不安定ながらも、ちょっと一息できる楽章となっているが、牧歌的な要素もありながら、決して明るくない。曇ったどんより感じがあるし、旋律が、ふわふわ〜 飛んでいるのが、どこへ飛ぶのかワカラナイ。
また、鼻声の濁ったフレーズでもあり、木管の響きが、あまり音が明瞭に響かず、ブツブツ言葉を濁して喋っているような気配がある。
インバル盤では、どろっとした感覚が残っている。
不満がくすぶっている感じは、良く出ており、あらぬ考えを抱いているような怖さというか、う〜ん。読めないなあ。という気持ちに。弦と木管が調和せず、勝手にフレーズを構成しており、ひといきつける楽章だが、とてもとても、快適とは言えない楽章になっている。

5楽章
楽章の最初は、木管が鳴ってくるので、穏やかかと思いきや、なんとも変な音符で占められており、不可思議な感覚だ。主題が戻ってきたような、きてないような。よくワカラン。
動く音の幅が狭く、木管だけが、オチャラケで吹かれているって感じ。
短いフレーズが、単発で、気分的に、まとまりなく繰り出されているように感じて、イライラする。
先の読めない不安感もあるのだが、とにかく、濁った空気感があり、清潔さや綺麗さとは無縁で、いつまでも眉をひそめていなければならない。
さすがに、最終楽章ともなると、ついていけない〜っと、聴き手に鬱憤がたまってしまう。
いったい、いつまで、モゾモゾと旋律らしくない音を溜め込んでいるんだ〜っと、怒りたくなっていたら、金管が、ファンファーレ風のフレーズを吹き出す。
「たらら〜 たらら〜 ドンっ ドンっ そらそ〜 ふぁそふぁ〜 みふぁみ〜」
で、ボチボチ 動きが出てきたと思ったら、いきなり、上昇して、不協和音の塊になっていた。
頭のうえで、爆弾が炸裂するような、それも、何度も何度も・・・膨らんで、原子爆弾のきのこ雲のように、もわもわ〜っ。ぐわ〜っ。
金管の重々しい音が、炸裂こそしなかったが、もう〜 耐え難いっ。やだ〜っ。
って言っている間に、静かに終わってしまった。インバル盤は、録音状態が、あまり良くないし、う〜ん。
ただでも、すかっとしない楽曲なので、もう聴かないかも。

ヤンソンス ピッツバーグ交響楽団 2001年
Mariss Jansons
Pittsburgh
Symphony Orchestra

ほぉ〜良いヤン


録音状態は良い。軽めなのかもしれないが、歯切れが良く、シャキシャキした感覚で進んで行く。
← ショスタコーヴィチ 交響曲全集10枚組BOX
全集のなかの1枚で、リハーサルも入っている。
全集の内訳は、下記のとおり。
ヤンソンスのショスタコーヴィチ交響曲全集

交響曲第1番   ベルリン・フィル 1994年
交響曲第2番 「10月革命に捧ぐ」 バイエルン放送交響楽団 2004年
交響曲第3番 「メーデー」 バイエルン放送交響楽団
交響曲第4番   バイエルン放送交響楽団 2004年
交響曲第5番   ウィーン・フィル 1997年
交響曲第6番   オスロ・フィル 1991年
交響曲第7番 「レニングラード」 サンクト・ペテルブルグ・フィル 1988年
交響曲第8番   ピッツバーグ交響楽団 2001年
交響曲第9番   オスロ・フィル 1991年
交響曲第10番  フィラデルフィア管弦楽団 1994年
交響曲第11番「1905年」 フィラデルフィア管弦楽団 1996年
交響曲第12番「1917年」 バイエルン放送交響楽団 2004年
交響曲第13番  バイエルン放送交響楽団 2005年
交響曲第14番「死者の歌」 バイエルン放送交響楽団
交響曲第15番  ロンドン・フィル 1997年

ヤンソンスさんのショスタコの全集は、いろんなオケと収録しており、1988年〜2005年にかけての録音になっている。
交響曲以外にも、「馬あぶ」からの組曲(ロマンス、定期市)ロンドン・フィル 1997年
ジャズ組曲第1番 第2番〜ワルツ第2番〜、タヒチ・トロット フィラデルフィア管弦楽団1996年
が収録されている。

1楽章
1楽章は、とっても長い楽章で、約30分となっている。
「れぇ〜 どれぇ〜 しれぇ〜 しらぁ〜」っという出だしから、とても暗くて・・・ うへへ〜というモノなのだが、ヤンソンス盤で聴くと、スッキリしており、このフレーズのキレが良いというか、ふっと上にあがる感じで音がのびている。
重々しく鬱々とした印象とは異なっており、内省的ではあるが、凶暴的でもあるのだが、じめっとした湿気感は少ない。
少し、音が軽めで、引きづった感じのシンコペーションは、ここでは、さっぱりと演奏されているように感じられる。
フレージングの妙というか、長い音の語尾が、弦の鋭い音で、上向きに、切れていくのがよくわかる、
きっと、これが、さっぱり感を与えているのだろう。
金管の鋭いパッセージは、少し軽く明るいが、リズミカルだ。
また、もわっとした空気感ではなく、さらっとした空気感があり、乾燥気味感じる録音なので、そう感じるのかもしれない。
重い空気感を払いのけるかのようなリズム感が生まれていたり、おどけた雰囲気があり、ジャンジャンというより、シャンシャンという感じの感覚がある。
特に、木管フレーズが強調されているようで、きらっとした輝きを持って、コミカルに演奏されているように感じられる。
かといって、決して重量感にもモノ足らない感じはしないし、迫力もあるし〜
だが、楽器の鳴りっぷりというよりも、間合いが充分というか、ふっと間のあく時間があって、そこで、重みが膨らんでいるというか、心痛、沈痛さが増すというか、ウツっぽくしている感じもする。
(まあ、これはワタシの勝手なイメージですが・・・)
実際には、この、ねっとり、うねうねした感覚で30分もの長い楽章は、緊張感を維持しては聴けないって感じなのだ。
これは、修行しているかのような我慢が必要なのだ。

2楽章
弦の「れどれぇ〜 れどれぇ〜 ふぁみふぁぁ〜」「らそらっ れぇぇ〜っ」
「ん チャッチャ ん チャッチャ」っとリズムのなかに、木管のねっとり気味の吹き方が、ちょっと気にくわないのだが、おどけた感じのする楽章だ。
ピッコロの語尾は、無理矢理伸ばした感じで、鋭く、吹ききっており、お疲れだろう〜 ちょっと、お気の毒な感じがするが、ここは出番である。木琴のフレーズも良く聞こえている。結構、ニヒルに派手に、演奏されているように思えた。

3楽章
弦が、蠅や虻が、ブンブン飛んでいるかのようなフレーズを奏でる、なんとも、嫌な、ウルサイ楽章なのだ。
不愉快な気分が満喫できちゃうという、変な楽章で、「ふぁーっ ふぁっ! ふぁそぉ〜ふぁっ!」という警告を発しているような金管のフレーズが、リズミカルな弦のうえに登場する。
この楽章は、とっても軽やかに、そして、深い刻みを持って、ガッガッと、進んで行く。
もう少しエッジが鋭くても良いのだろうが、深刻さは少なめ。
金管の「ぱぱぁ〜 ぱっ」というフレーズは、明るくて、軽快に吹かれており、ぶっ放しの感覚はなく、華麗さがあって、楽しそうな軽妙な感じがする。小太鼓のキレも良いし、華やかさが感じられる。
これが、この楽曲の曲想にマッチしているのかと言えば、う〜ん、明暗をわけてしまいそう。

4楽章
どどぉ〜ん、ジャジャーンっと、ど派手な銅鑼が鳴り響くという、猛烈な音響で始まる。
そこから、ネクラ状態のブラックホールに連れて行かれる。
音が無くなった感じの状態となって、ぷわっと浮いた状態になるところがあり、その落差は、結構、劇的に演出されているようだ。空気感としては、淀みがないので、じとっとした熱気はない。

5楽章
ファゴットの音が、田園風舞曲の楽天的なフレーズを吹いていくというのだが〜 あまりリズミカルではなく、モソモソとした感じがしてしまう。しかし、軽妙だが、きちんと、弦のフレーズと金管の合いの手とかが、アタリマエのことだが、ぴたっと連携されており、スムーズに聞こえてくる。
ほのぐらい主題や、モノトーンではあるが、木質感があり、室内楽的な響きがある。旋律が複数出てくるのだが、これが、わりと気持ち良く聞き分けることができて、とても満足いくものだ。
耳は、ぴたっと木管フレーズを追いかけていくことができるし、情景が浮かぶというか、錯綜している雰囲気がでており、底辺で流れるフレーズと、そこに乗って、リズムを作るフレーズと、混乱させるフレーズが、入り交じっているということはわかる。
で、とても爆発的な演出がなされており、ここで、こうやって出てくるのね。という、ストーリー性を感じることができる。

もっと鋭くて、ガッシリした刻みの深い、深刻で、沈痛、鬱々した演奏がお好みの方には、う〜ん ちょっと違和感があるかもしれない。しかし、ワタシ的には、どうもショスタコさんは苦手で、鬱々してて、重々しいのは、正直敬遠しちゃうかもしれないので、ヤンソンスさんのシャキシャキ感のある演奏の方が嬉しい。
まずは、感覚的には拒否感は少なめだったので、なんとか長大な楽曲を聴き終えることができた。というところでしょうか。
いい加減な感想で申し訳ありません〜 でも、これが、正直なところです。(謝)

1973年 プレヴィン ロンドン交響楽団 EMI  
1976年 ザンデルリンク ベルリン交響楽団 DS ★★★
1982年 ハイティンク コンセルトヘボウ Dec  
1984年 ロジェストヴェンスキー ソ連国立文化省交響楽団 Me  
1991年 インバル ウィーン交響楽団 De ★★
1994年 ロストロポーヴィチ ナショナル・フィル  
2001年 ヤンソンス ピッツバーグ交響楽団 EMI ★★★★
所有盤を整理中です。

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