「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

チャイコフスキー 交響曲第1番「冬の日の幻想」
Tchaikovsky: Symphony No.1
"Winter Daydreams"


マゼール ウィーン・フィル 1964年
Lorin Maazel
Wiener Philharmoniker
(Vienna Philharmonic Orchestra)

録音状態は良い。透明感がある。
ジャケット写真は、前期交響曲全集2枚組

 

1楽章
テンポは速め。サラサラ〜 粉雪が舞っているかのような勢いで進む。
弦の音色も艶があるし、フルートの音色も明るく、透明度が高い。「たらら〜 たった たたた〜」
この楽章には、「冬の旅についての夢想」というサブタイトルがついている。
夢想と言われても・・・この演奏、夢想じゃーないみたいなのだが、マゼール盤の演奏は、ぐいぐいと引っ張る推進力があり、メチャ、リアルなのだ。
いったんテンポを落として、オーボエ・フルート・弦が、幾分甘く奏でるのだが、幻想というイメージではなく、やっぱり、生き生きとしており明晰で、現実的である。元気だし若っ。
「たらら〜 たった たたた〜」という単調な繰り返しで下支えをしている弦が、幾分硬めなリズムを刻んでいくので、フワフワ・ぶわぶわした感じがせず、確固たる 意思を感じさせる。
また、この弦が、非常に現実的に響き、リアルさを生んでいるようだ。
同じフレーズを単調に繰り返すことの意味を再確認。
スヴェトラーノフ盤よりもテンポが速く、まどろみ的な幻影や幻想ではなく、明快な爽快さを感じさせる。
厳しい冬のイメージも醸し出しているが、光景だけでなく、それに立ち向かう強い意思。

2楽章
2楽章には、「荒野の土地、霧の土地」というサブタイトルがついている。
弦の描く霧のような柔らかい弦の響き。そこに、郷愁感の漂う旋律が奏でられる。
細身でありながら、強い意志力を感じさせるオーボエの音色。
そして、木管の音色に、胸を締め付けられるようなフレーズで、、、つい、目頭が熱くなってきてしまう。
う〜ん これは泣ける。
若い作品の1番から、チャイコフスキーは泣かせてくれる。素晴らしいフレーズだ。
青春時代の淡い思い出と恥じらいと、失恋したような感覚だ。
最後、金管(ウィンナー・ホルン)が、同じフレーズを吹いて、オーボエの音色より少し逞しい感じにはなってくるが、それがかえって思い出を誘い、甘くて苦い思いにさせられ、 ほろり〜。
チャイコフスキーの音楽は、情緒たっぷりで、お涙頂戴というイメージを受けていたのだが、マゼール盤は、理知的でクールに演奏している。
しかし、これがまた、きっぱりと思い出を断ち切っているような感じで、かえって〜 泣いてしまうのだ。
マゼールの明晰が潔さを感じさせ、ウィーン・フィルの音色が甘い思い出を感じさせる。
これらが、ないまぜとなって、ほろ苦い気分にさせられる。

3楽章
バレエ音楽を聴いているようなスケルツォで、情景が目に浮かぶ。
激したスケルツォではなく、もの悲しい雰囲気があり、3拍子のワルツとして可愛い。
弦のピチカートにリズムが生まれており、これが、テンポよく心を弾ませてくれる。
マゼールは、強く激しく振っていない。
あくまでもオブラートに包んだように柔らかな響きで、心地よく演奏してくれている。
可愛い演奏というと、マゼールらしくないようだが。これには自分でも苦笑い。
楽章の最後でティンパニーが、おどけたように叩く。これまた悲しげで・・・
心の迷いのような不安定な要素も、醸し出している。

4楽章
最初は重々しくファゴットが鳴るのだが、そこにヴァイオリンの甘いフレーズがかぶさって、ロシアの歌謡が歌われる。カリンニコフのメロディーのようだが、単調になっていない。
ティンパニーの雷鳴があるが、遠くで鳴っており、奥行きを感じさせる。
マゼール盤では、緊張が持続し心象風景のようで、心理描写に巧みだなあ。と感じさせられる。
で、フィナーレのように主題が、金管が華麗に鳴り出す。う〜ん。この切り替えがスゴイ。
低弦のパワーと金管の太さが合体して、大きなパワーに盛り上がっていくのだが、マゼール盤では、舞曲の小節まわしが、しつこくならない。
再度、低弦が唸るような音を出して、テンポがぐぐっ・・・と落ちるのだが、パワーをため込んでいるような緊張感があるし、気持ちを切らさない。このマゼール盤は弛緩 しない。
これだけ繰り返しをされると、多少、しつこいな〜って気持ちにもなるのだが、楽器があわさってくるところと、音量をあげていくタイミングが絶妙だ。 フレーズが勝手に動き出したような、主体性を持った運動体のようだ。
長いコーダが続くが、マゼール盤は、軽やかで重すぎず、華やかで元気に明るく未来を描き出したような、たっぷり〜とした充足感がある。

総体的にマゼール盤は、ひんやりしているが熱した鉄のような感じで、切れ味が鋭い。 エッジが鋭く、切り込んでくるパワーに圧倒されるが、テンポよく歌っており、元気がある。 病的なうなされ方の熱いではなく、かなり意思力を感じるので、共感を感じるものとなってます。

マイケル・ティルソン・トーマス ボストン交響楽団 1970年Michael Tilson Thomas
Boston Symphony Orchestra

録音状態は、リマスターされており、ほどよい残響がある。
抜けも良い。低音は少しデッドだが、高音域は鋭いぐらい。
カップリング:
1〜4 チャイコフスキー 交響曲第1番
5〜9 ドビュッシー 管弦楽のための映像
1楽章
とてもスマートで洗練されたチャイコで驚く。
テンポは総じて速め。さらさら〜と流れていく。まず、フルートとファゴットの特徴のあるフレーズが奏でられる。明るいがどことなく暗いフレーズである。弦があわさってくるが、低弦は重すぎず、ヴァイオリンは、まるで口笛を吹いているように軽やか。
かといって、迫力がないわけではない。突き進んでくるかのように弦のパワーを感じる。
ティンパニーと共に、弦が、パン パン パンと歯切れ良くリズムを刻んでいく。
間髪入れずに畳みかけてくるので、爽快だ。暗さと明るさと、テンポの良さと歯切れの良さ、弦の硬さと、ほどよい軽やかさ。この絶妙なバランス に、う〜ん。唸ってしまった。
高音域のヴァイオリンの音色は、力強く、しなやか。
特に、フレーズの最後の弦のボーイング(弓を引く)の際に、とても力強さを感じる。
トーマス盤は、金管や打楽器より、弦のパワーがすごい。
特に、高音域。いささか高いかな〜とも思うが、この弦の迫力に圧倒されて、やられてしまう。 
マゼール盤に近い雰囲気なのだが、マゼール盤は、下支えの低弦のリズムで、ティルソン・トーマス(MTT)盤は、高音の弦の迫力ある響きに圧倒される。

2楽章
1楽章より、録音の抜けが良くなっており、透明度が高いように感じる。
う〜ん。録音状態が違うように感じるのだが、何故なんだろう。
1楽章より、残響が多く、奥行きが広がっているようだ。
オーボエの響きなんぞ、う〜ん。甘すぎず、冷たすぎず。透明感あふれる録音のなかで、ちょっぴり速めに演奏されるのだが、チェロがフレーズを奏でるところは、遅めにテンポを揺らしながら歌いあげる。うっとり。
お涙頂戴型の情感タップリでもなく、泥臭くもなく、演歌にはならず。品良く抑制されて、チェロが前面にでて甘くとろけるフレーズを弾いていく。
スヴェトラーノフ盤は、ここは太く演奏しているが、まろやか。マゼールは、いささかひんやり。MTT盤では、歯切れ良く、金管の太さと共に、力強く、ストレート気味に吹かれている。

3楽章
テンポよくバレエ音楽のように演奏される。こんぺい糖の踊りみたいで可愛い。
テンポは速め。他の盤より、中盤以降は、あっさり風味で進む。ちょっぴり色づけが淡泊かな。と思うのだが、ワルツ風のフレーズは、弦の美しさが際立っている。
それにしても、このボストン響の弦の響きって逞しい。へなへなしていない。う〜ん。腰の力が強い。
驚いちゃった。後半は、ちょっと不安な気分を醸し出している。いろんな要素が詰まった3楽章だと感じた。

4楽章
わりと大きな音量で、ファゴットが吹かれている。木管があわさってきて、ヴァイオリンが歌謡のフレーズを奏でるのだが、繰り返しの2回目になると、テンポをぐぐ〜っ と抑え、音量も抑えて低弦が鳴る。
この雰囲気は、動物がうごめいているとか呻いているという感じではない。どちらかと言うと、力学的に圧縮されている感じ。その後の切り返しは、太く〜 どわーっと、大きな面を押し上げて、均一に全体で出てくる。
どう言えばいいかな〜 ポンプのなかで空気が圧縮された後、押し戻されたようにパワーが戻ってくるという感じかな。
そのパワーは面的だと感じる。一点集中型の跳ね返りという感じではないんだなあ。
思わず、うわ〜 総力戦かあ。全体で太いやん。と思ってしまったのだ。ストレートで、ごっつく正攻法的。
このトーマス盤は、4楽章の中間部分で、いったんテンポを落とす。
それもかなりブレーキがかかって、どうかしちゃったのかと・・・驚かされる。
どうして一気呵成に行かないのだろう。
ここは 、どういう解釈なのだろうかと思いめぐらせていたのだが・・・よくわからない。やっぱり、この最終楽章は、総力戦で真っ向勝負、という感じがするなあ。

音量といい緊張感といい、弦も金管もパワー全開で。弦の音も鋭いし、語尾が強く鋭く、厳しい。
都会的センスがあふれる・・・と言いたいが、高音域が、マスタリングでキツクなっていると思われる。
最後には、キンキンしてて〜 耳が痛い。4楽章だけ聴くと、スヴェトラーノフ盤と入れ替わっているようで、派手で極彩色で、相当、どぎつい。これじゃ〜とんでも盤 と思ってしまう。
グラモフォンのリマスターが、ちょっとキツイのかなぁ。
この楽章だけは、何度も繰り返して聴く気持ちになれないのだ。
93年のスヴェトラさんの方が、録音も演奏もまろやかな感じがしますねえ。この2つを聞き比べても面白いかも〜。

ムーティ ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 1975年
Riccardo Muti
Philadelphia Orchestra



録音状態は、まあまあ。70年代だしEMI盤なので、擦れてて乾燥ぎみ。 響きもデットな感じだけど、しっかり低音やティンパニーは入っている。キビキビ快活で、さっぱりしているんだけど、歌うような旋律美があって熱い。
EMI原盤のブリリアント(Brilliant Classics)レーベル盤 7枚組BOX

1楽章
「どふぁみど らっど れしら〜 らっれどしら〜 らっれどしら〜 らっれどしら〜 みふぁれれれ み〜らっ」 フルートでテーマが奏でられると直ぐに、弦に引き継がれる。
「どふぁみど らっど れしら〜」
「みふぁみ どっ ふぁっみど〜 みふぁみ どっ ふっぁみど〜」
弦のテーマと木管の軽やかなフレーズ、段々とチェロの響きが重なっていくところが楽しい。
ムーティ盤は、艶っぽい響きが少なく、擦れた感じがするが、スイスイと進んでいく推進力がある。
木管の軽やかさと、ん〜ららら〜 ふぁみれどっ ふぁみれどっ。と重ねていくが、
テンポは速いし、打楽器が入ってくると締まるし、低弦の「んた〜 んた〜」という適度な重みもある。
リズム感があることと、中音域の弦のフレーズが、きっちりと挟まっているところが気持ちよい。
弦のカンタービレ調甘さもあって、ヴァイオリンとチェロが絡むところなんぞ、やっぱムーティさんだと思う。
全体的には、さっぱりしている感じを受けるのだが、結構、熱い。
音の響きが、モノトーン気味だし、「みーみー ふぁーふぁー そーそー」という木管の響きが強めで、耳に入ってくるところがあるが〜低弦の重厚さ、ティンパニー、大太鼓が、結構な重さに感じられて迫力あり。
最後、低弦の唸り、うねりが凄い。コントラバスなんぞ、歯を食いしばって弾いているんじゃーないだろうか。
「ふぁ〜ふぁ〜 ふぁみれみ ふぁみれみ ふぁ〜」 
「ら〜みふぁそ れどら〜 ら〜みふぁそ れどっし (ドンドンドン)・・・」 
まっ。録音状態が、ドン詰まり気味で、かすれ、籠もりがちで、イマイチなのが悲しいが、これで透明感のある録音だったら、良い演奏なんだけどなあ。

2楽章
「ふぁ〜ど〜 ふぁしど〜 ふぁ〜〜 どふぁ〜そらぁ〜 らそしらぁ〜」
「らそしらぁ〜 らしどれ みふぁそら〜しどぉ〜 しどそ〜〜」 
ムーティ盤では、荒野で陰気そうな感じというより、また、霧で晴れないという感じでもなく、温かみのある幻想的な風景が広がった大地だ。
ふんわり〜湖面に靄が立ちこめたような雰囲気がある。
まず、オーボエのテーマ、そこにフルートとファゴットが絡む、大変印象的なフレーズが登場する。
「ふぁ〜みれどぉ〜ど ど〜 れられふぁみ〜ど どぉ〜」
「ふぁ〜れ そ〜ふぁそ れ〜 れみふぁみれら し〜どし ら〜」
「れ〜ら そ〜らそ れ〜  れみ ふぁ〜らぁ そらそれ〜 れみふぁみれら し〜どしら〜」
ここは、木管たちが大活躍する楽章だし、木管のあと、弦の響きが楽しめる。
それにしても、チャイコフスキーが、オーボエを使ってくれているのが嬉しい。
このシンフォニー1番から、オーボエが活躍しているもんね〜 オーボエ、チェロ、ホルンと、主題を引き継いでいくところ。この旋律を音色を変えて歌うところの絶妙さ。ふむふむ。6番まであるシンフォニーの進化のなかで、やっぱ木管の登場の仕方が、ここから出ているんだな〜と思ってしまった。
ムーティ盤のオーボエは、細めの音だが、透き通る感じがして〜 とっても陰気そうな大地とは思えないほど伸びやかだ。良く歌っていると思うし、雰囲気も出ている。各ソロも良いと思う。
このオーボエの音色は、すごく特徴がある。あまり太く響かず、線が細い。思わず、オーボエ? オーボエだよねえ。と確認する始末だが、でも、この音色が、耳にすんなり入ってきて、透明度が上がっている。
で、ホルンが、靄を突き破る感じで、「しふぁそぉみぃ〜 みみっ」と咆吼した後、「みぃ〜れど ど どぉ〜 れられふぁみ〜どどぉ〜 ふぁれそふぁそれ〜 れみふぁみれら し〜どしら」と歌う。
低弦のピチカートの響き付きで、悲しみを絶頂に向けて行くところなんぞ、うるうる〜しちゃった。

3楽章
金平糖の踊りのような雰囲気と、ワルツが合体した楽章である。
で、透き通るような特徴のあるオーボエの音色が、ここでも聞こえる。
レースのような「れみ れ〜みれ らしど〜そしら みふぁそ〜ふぁみ・・・ ふぁみれ〜どしら」
軽やかな柑橘系のような爽やかさがあり、ホント、この音の軽やかさには驚かされる。
フレーズの後ろが特に透けているなあ〜って感じ。
で、「ど〜れふぁ み〜そし ら〜そふぁ そ〜」と、弦で甘く歌われるワルツも、そこそこに甘みがあって良さげだ。ふふっ それに、やっぱりカンタービレ。ムーティさんって30代半ばでも、しっかり歌心あるもんねえ。このワルツは、適度な甘さと重量感かなあ。最後ティンパニーの音は、しっかり入っていて締まっている。
う〜ん、なんて言うだろう。弦の軽さが特徴というか。浮遊感ほどには浮かないし、響きの幅は狭いのだが、これが、なーんか耳障りが良く、音の響きとしては明晰的で、いろんな音が聞こえるような感じ。
そのくせ、クールすぎず、歌ってくるので面白い。

4楽章
冒頭、ファゴットの「み〜ふぁみ〜し」という暗いフレーズが出てくるが、弦が、これを引き継いで「み〜ふぁ〜み〜し ら〜し〜ど〜ぉ」と奏でる。
フレーズが歌謡風なのだが、このアレンジがチャイコの聴きどころかしらん。
「み〜み み〜ふぁみ れどしら し〜み」
「み〜み み〜らそふぁ〜そら そふぁ」
「み〜み〜ふぁみれどしらし〜み み〜れどしら・・・」
中盤は、行進曲風に変わるので、段々と華やかに変身していく。
短い主題を、巧いアレンジで聴かせてしまうところがチャイコフスキーの良い点だよな〜と、改めて巧いな〜って思ってしまった。
ムーティ盤は、やっぱり歌うところはしっかり歌っているし、中音域のフレーズが隠れきってしまわず耳に届いてくるところが嬉しい。それに、低音の馬力も適度にあって、弦のピチカートだって驚くほど入っているのだ。金管、シンバルが、シャンシャン入ってくる。
最後は、やっぱり やってくれました〜 ど派手に熱く、畳みかけて、ドンドン シャンシャン〜 一直線で行ききってしまう。まっ 総体的には、あまりパッとしない録音なので、ドン詰まり気味で悲しいけど、え〜 と思うほど音量もデカクなってくるし、ティンパニーの皮が揺れるのが見えるようだ。

チャイコの初期の交響曲って、有名どころの指揮者は、最近録音してくれないし〜 また、クラシック通の方は、チャイコ えっ 初心者向けでしょ。って感じなので、目立たない楽曲である。
でも、初心者向けで良いやん。って開き直ってしまう。重すぎて手を出しづらい6番の悲愴より、さらり〜っと聴けて良いやんと思う。
ムーティ盤は、音の響きのデットさが、う〜ん。痛いけど、昔のスタジオ録音なので仕方がないか。

この7枚組BOXは、交響曲1〜6番と、1812年、弦楽セレナード、白鳥の湖、フランチェスカ・ダ・リミニ、ロメオとジュリエットも含まれているというお買い得盤。交響曲を除いた楽曲は、フィラデルフィア管弦楽団との録音である。 特に、チャイコフスキーの初期の交響曲を聴きたい方には、録音状態はちょっぴり悲しい状態ではあるものの良いと思う。

アバド シカゴ交響楽団 1991年
Claudio Abbado
Chicago Symphony Orchestra

録音状態は91年のわりには・・・ちょっとマズイ。
抜けがよくなく、低音が籠もりがち。
カップリング:バレエ組曲「くるみ割り人形」

1楽章
テンポは、さほど速くない。そこはかとなく〜と言いたいほど叙情的で、ガシガシ弾いているという感じを受けない。なんと!これがシカゴ響かい? うっそ〜
シカゴ響って、ショルティのイメージが強烈で、弦はガシガシ。金管はバリバリ。という、かなり偏見に満ちたイメージしか無く、情緒なんてカケラもないと思っていたのだが。
たらら〜 たった たたた〜  のフレーズの最後の弦の艶やかなこと。
へえーっ! 思わず、目を丸くして驚いた。
確かに、コントラバスなどの低弦の力強さ、パワフルさは、持ち合わせており推進力がある。
しかし、このアバド盤では、ヴァイオリンが、ふわっとあわさってまろやかに、あわさってきている。
MTT(マイケル・ティルソン・トーマス)盤のように、クールに冷たいイメージではないし、マゼール盤のように、厳つく、怖いほどの形相で迫ってくるものではない。
また、スヴェトラさんのような風でもない。んじゃー ちょうど頃合いってところか。ってなると・・・。
中庸ってことに落ち着いて、強烈な印象を残す個性的な盤ではないと烙印を押されて、生き残れないのかもしれないが、いやいや。なかなか・・・
まず、冒頭の歌謡的な出だしから、まろやかに響く。ホルンも、チャイコの可愛い和音が聞ける。
弦のアタッカが、キツクないんだな。
中音域が、めだたないんだが、豊かに音量が出ているような気がする。で、厚みが増しているような。
歌謡風の旋律が、かなり聞きやすい。音の膨らませ方が、やっぱ他の盤と違う。
フレーズを膨らませて、萎ませるときに裏返っているような。
そう、掌を返えして、さあ。どうですか。と、ふわっと差し出されているような、そんな感じを受ける。
ふふ〜っ。このへんは、やっぱ巧い。

2楽章
こりゃ〜すごい。アバド盤を聴いてよかった。
アバド盤は、う〜ん。テンポをゆったりさせ、ソロのオーボエが、メチャいい。人の血の通った暖かさがある。
この楽章は、オーボエで勝負あった。という感じ。
なんとも残響が心地よく、弦の響きを計算して、テンポを合わせているような気がする。
とても繊細に演奏されていて、音の出た瞬間より、残って空中に漂う響きの美しさ。
チェロもホルンも、すごいやん。
まるで、シュターツカペレ・ドレスデンかと思うほどの響きしているでぇ。うっそー どーなっとるんじゃ。
弦だけのハーモニーの絶品さ。これ、ホントにシカゴ響かよぉ〜 シンジラレン。
あ〜 至福じゃ。絶品!
ホント、これはすごい。この楽章だけでも聴く値打ちあり。

3楽章
バレエ音楽ぽいフレーズを、ふわっと幻想的に演奏している。
はっきりした口調ではなく、どことなく、まどろっこしいほどに、口べたのような風情。
口に出して言えないので〜と、もだえているような雰囲気がする。
中間部のまろやかさは、上品で、コクがある。歌うフレージングは、やっぱアバド盤は、他の盤を押しのけて頂点に立っているような気がする。このカンタービレには、まいった。
えっ。チャイコでカンタービレって・・・。いやホント、歌謡なんだよね。

4楽章
チャイコフスキーは、自然と目の前に光景が広がってくる。
かなりイメージしやすい楽曲なのだ。歌謡風でもあり、場面設定も親しみを持ちやすい。
この冬の日の幻想も、アバドは、明確にストーリーを仕立ててきている。
4楽章は、最初ちょっと勇み足かな。と思うところもあるし、ちょっと、溜めに驚いた反応を示しているところもあって、すごく面白い。
アバド盤では、かなりテンポを揺らしている。
同じフレーズを何度も使い回しているのだが、最後の頂点に持って行く行き方が、指揮者の腕のみせどころになっている。
おさえて〜 おさえて〜 ためて ためて〜 
ハハハ・・・ これは、楽しめる。まるでライオンが調教されているようだ。
もちろん最後は、シカゴ響の本領発揮ってところだろうか。まあ。頂点に至るまでの過程が面白いわけで、これには苦笑い。
アバド盤で聴いていると、なんだか、最後は、イタリアオペラを見ていたのか〜という錯覚に陥る。
スヴェトラ盤のように、花火が打ち上がる祝祭イベント風に近いが、いやいや、もっと上品である。
ブラボー!
アバドとシカゴ響というのが、ミスマッチだと勝手にイメージしていたが、なんのなんの。お見事でした。

スヴェトラーノフ ロシア国立交響楽団 1993年
Evgeny Svetlanov
The State Academic Symphonic Orchestra of Russia
(Svetlanov symphony orchestra)

録音状態は良いが残響が多め。柔らかい音で響く。
カップリングは、序曲「1812年」

 

1楽章
スヴェトラーノフさんは、野蛮でイケイケドンドンだろうと、勝手にイメージしていたのだが、拍子抜けしそうなほど、まろやかで穏やかな演奏になっている。
録音も極めて良く、コクがあり、耳触りが良い。
低弦の豊かな響きのうえに、チャイコフスキーの甘く切ない旋律が、ゆったり流れてくる。
ありゃりゃ〜 良い意味で、イメージが狂ってしまう。
ロシアの金管の咆吼は、恐ろしいほどギンギンだと思っていたのだが、この盤では、ギンギンでもないし。
ツンツンもしておらず、アンサンブルも大丈夫だったし・・・
このまろやかさには、ただただ、唖然として驚かされた。
この楽章には、「冬の旅についての夢想」というサブタイトルがついているのだが、夢想というより思い出に近い。
マゼール盤とは異なり、若さとか、ほろ苦いとか、恥じらいいうよりは、かなり落ち着いた演奏で、老練な人物が、ちょっと若い頃を、首をひねって振り返っているようだ。
そこには羞恥心などなく、いたって堂々と語られている。このスヴェトラーノフ盤は、凍てついた大地をイメージさせるものではない。
冬の厳しさとか、吹きさらしの雪の嵐など、そんな風景には興味がなさそうで、むしろ暖かさを感じる。
晩秋というか、稔りを得たあとの豊かさを感じさせる。そんな豊穣さを感じるほどのゆったりしており、せっぱ詰まったような厳しさはない。かといって、弛緩しているわけでもないんだけどね。
やっぱ、ひとことで言うと「豊かな大地」かな。まっ マゼール盤のようにキツクはない。

2楽章
かなりテンポをゆったりめに振っており、ど演歌にならず、演歌調の臭さがない。
柔らかく、まろやかで〜 じっくり、穏やかに聞かせてくれる。
なよなよ〜という泣き節ではなく、少し抑制され、整理されている感じがする。
オーボエの音色もかなりマイルドで、マゼール盤のような、線の細さや硬さがない。
強い意志はないが、全体的な調和のなかで、クリーミーにとろけている。
特に、金管が合わさってくるとまろやかさにコクが出てくる。かなり耽美でナルシストという雰囲気がするが、ラフマニノフ交響曲第2番のような冗長さはないので、ひたすら没入できると思う。

3楽章
ひたすら優しい。可愛い雰囲気を持っている。
テンポを揺らしているが、それが、揺りかごのように聞こえる。
スケルツォを返上したようなワルツ風の楽章で、この3拍子が愛らしいバレエ音楽のようだ。まるで、子どもたちが遊んでいるのを見守る母親の雰囲気である。
マゼール盤でさえ可愛いと感じてしまったし、このスヴェトラーノフ盤が、母親の雰囲気と言うのだから。
皆さんには、どんな感覚してるんだ〜と首を捻られ、感覚を疑われるかもしれないが、ホント、このスヴェトラーノフが、揺りかごなんだから。困ったモノだ。
低い木管の音が、まろやかに聞こえアクが強くない。最後のティンパニーの響きもまろやかだ。
豊かな響きが、ホント心地よい。

4楽章
ほの暗さを漂わせているものの、夜明け前的な響きがする。流れてくるフレーズは甘いが、溜息まじりのように息がつがれて、哀愁が漂っている。その後、そのフレーズを ファゴットやコントラバスが奏でる。
ものすご〜く 低〜い 低〜い うねりが生じている。
息をしているのかしていないのかワカラナイほど静まりかえった後、転調する。
その後は、生まれ変わったらしく、明るく歌い出す。で、ゴリゴリと低弦が言い出したと思ったら、ぐわ〜っとした推進力となり、圧倒的なフィナーレを描き出す。
この立ち上がりは、すごいパワーで、ものすごく刺激的に駆け上ってくる。
まるで、龍が、地の底から舞い上がっていくような感じがする。
ひえ〜 3楽章では、子どもを見守るかのような母親だったのに〜 突然、龍に化けた!
転調をする箇所では、龍が胴体をくるり〜と一回転させたようだ。
回転しながら、龍が黒々とした空で、舞っているようだ。ひえ〜っ。
あの3楽章はいったい何だったのだ。あの母親は龍の化け物だったのか。うっ。すっかり騙された。
舞曲風のフレーズでは、弦が、ロシアの楽器をイメージしているようにつま弾いている。
シンバルの音はギンギンしていないが、パワーは凄い。ヴァイオリン・金管は、振り子のようなフレーズを間に挟んで花火を打ち上げる。重戦車が入ってくるような雰囲気 もするが、華やかでもある。
ちょっと渋い音色だが、爆発的であることに間違いない。
打ち上がった花火が、ぱ〜っんと シンバルの音で広がっている。

う〜ん。みごとだ。第一番が、こんなに派手だったとは・・・  やっぱ、パワー全開のスヴェトラーノフ盤だった。まるで序曲「1812年」のような第4楽章である。これは面白い。
最後で、やってくれたなあ。やっぱ。スヴェトラさん!
1990年東京でのライブ盤もあるが、私は未聴である。
1964年 マゼール ウィーン・フィル Dec ★★★★★
1970年 トーマス ボストン交響楽団 ★★★
1975年 ムーティ フィルハーモニア管弦楽団 Brilliant ★★★
1991年 アバド シカゴ交響楽団 SC ★★★★★
1993年 スヴェトラーノフ ロシア国立交響楽団 Cn ★★★★
所有盤を整理中です。

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