「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

チャイコフスキー 交響曲第4番
Tchaikovsky: Symphony No. 4


マゼール ウィーン・フィル 1964年
Lorin Maazel    Wiener Philharmoniker
(Vienna Philharmonic Orchestra)



録音状態は、まずまず。悲痛な叫びに近い音、クールな硬い音で響く。これがウィーン・フィルなのか。と信じられない気分だ。
カップリング:
チャイコフスキー交響曲第4番〜6番、幻想序曲「ハムレット」2枚組BOX版

1楽章
最初に聴いた時には、この演奏がウィーン・フィルだと、にわかに信じられなかった。
何故なら、いつもだったら艶っぽく、まったり〜している音色なのに、このチャイコは、悲痛な声をあげて悲鳴に近い音が出てくるのである。
ワタシ的には、チャイコの交響曲のなかでも、4番は苦手なのだ。
冒頭の「らぁ〜 らっら らっら ら〜 」というフレーズだけで、とってもツライ気分いなるのだが、このマゼール盤は、想像をはるかに超えてていて、う〜ん。シンドイのである。
とても、とても、ウィーン・フィルとは思えない。

それに続く、畳みかけてくる低弦のフレーズも、カシカシ、ギシギシ ガシガシと、かしげた声を上げている。
「そ〜ふぁ ふぁ〜み みれそふぁ〜みれ ど〜し みれどし しぃ〜・・・」というフレーズも、ぎゃーっ。
すごく乾いた音で、ぎーっという音に近い。
マゼールさんのチャイコは、極めて迫力があって、すげーっパワーで、咆吼し、まくし立てるかのようなフレーズが続いている。カモフラージュするような気配など皆無で、むき出しというか、寒々しいというか、ものすごく猛々しいのだ。
木管のフレーズは、とても綺麗なチャイコフスキーだというイメージがあるのだが、はぁ〜 なんとも、ガシガシの苦しさが、むき出しの刃となって、襲いかかるようだ。
で、コトンっと、力尽きたかのようにテンポを落とし、イメージを変えて、「そらし どしら そら〜 ふぁら〜 そら〜」と、クラリネットが吹かれ、木管群のフレーズとなっていく。
まあ、この木管のフレーズは、浮き上がってくるものの、ちょっと素っ気ないかもしれない。

えっ。と思うようなフレーズが浮かんできたり、変化があって面白くも感じるのだが、それ以上に、ティンパニーの音は、暗いし、「そぉ〜み ら〜ふぁ そぉ〜み そぉ〜み ら〜ふぁ」と、普段なら歌うところのフレーズも乾いた感じで〜 う〜ん。
確かに、この楽曲を聞き込んだ方なら、変わっていて、おっ!と耳に止まるかもしれないが。う〜ん。
ちょっとシンドイかもしれない。金管の鳴らし方も、豪快すぎて、うへっ。どひゃーん。
これは、牙を剥いたトラのごとく、猛々しく、獰猛な野獣の様相だ。

2楽章
冒頭のオーボエのフレーズ、「れどし しどそそ れふぁみれ しどれれ そ〜らし どれみふぁ みれどし らふぁ」は、なーんとも素っ気ないというか、寒々しい。
悲しさというか、感情がこもらず、自閉症の鬱って感じのフレーズで膨らみ感が少ない。
しなやかさなんぞ、ほとんど感じられず、
それでいて、どっか、慰めのようにチェロが奏でてくると、いっきに、少しずつ氷解するようで、悲しさを同調するように、そして、包み込むように奏でてくるのだ。
このあたりのフレーズは、とってもクールだが、どこか、寒々しいなかで、互いに肌を温めるような感じで寄り添ってくる。まあ、うっとりするようなフレーズでは、およそないのだが、さらっと、素っ気ないなか、しかし、なーんか温かみはあるかな。という感じだ。冷たいけれど、冷徹に徹しておらず、そこはかとなく、細やかな感情を感じる。まあ、しかし、やっぱクールですわ。
ティンパニーの叩き方なんかも、弦の響きも、硬いしなあ。余計な感情の露出はしません。って感じだろうか。

3楽章
ちょっとテンポは速く感じられる。ピチカートの細やかだが、よく響きが出ており、硬めの弦の響きが、メチャ冷たい空気を送り込んでくる。 すごく、硬く、ピンピンして響いており、グサグサっと響いている。演奏者さんの指の先が、血に染まってくるんじゃーないかと心配しちゃうほど、「れみれみ れれれみ れれれれみ ししふぁみっ」「そふぁみれ そふぁみれっ しししふぁっ!」と紋切り調で響く。
ホント、歯切れが良いってなモンではなく、こりゃ 指先が切れそうだっ。
カチカチしてて、これ弦のピチカートじゃ、血に染まる3楽章って感じなのである。
「しぃ〜 ふぁっ ふぁっ ふぁっ そっ しぃ〜」と奏でてくる木管のフレーズも、寒空を突っ切るような響きをしている。可愛いフレーズを吹いてくれるのは、フルートさんだけなのである。 で、また血に染まりそうなピチカートが再現される。
太い響きの木管が登場すると、ようやく血が通った柔らさが出てくるのだが、う〜ん。温度を感じるのは、最後の最後だ。

4楽章
で、3楽章から、引き続き〜「そぉ〜 ふぁ〜み れっれれ みっみれれ どっどっし らっそ ふぁみれ〜」
シャンシャン響き、豪快に鳴り響く。細かいフレーズも大事にしてて1音たりともゆるがせにしてない感じがする。でもなーんか、豪快に響いているわりには、熱くないのだ。
シャンシャンし過ぎてて、金属音に彩られており、爆発的ではあるのだが、温度的には低い感じ。
弦の歯切れは、さすがに3楽章に続きまして、シャリ感がたっぷり〜 
3楽章で、よく、あれだけの強いピチカートを弾いた指で、まあ、運動機能が落ちないものだ。と、変なところで感心しちゃったりする。 まあ、それにしても、ホントにウィーン・フィルなの?

野暮ったいというか、ド派手っていうか、場末のバーのカウンターで、おもちゃの猿が、シャンシャンとシンバルを叩いているような気がするのだが、こんな感想を書いたら罰当たりだろうか。
細かいフレージングとか、今までに聴いたことのない副旋律が登場したりするのだが〜
結局、どのみち、「そそそそ ふぁ〜みみ れ〜ど  そそそそ ふぁ〜みみ れ〜ど」
「れぇ〜み ふぁ〜みみ れれし」 シャン シャン! というフレーズには変わりないのだ。
金管の咆吼も、まあ、ギンギラしてて、ヤスもの臭い感じが、おしげもなく丸出しって感じがする。
(決して下手って言うわけじゃなく、すごく、音の質感が、ハジケテいるのである)
で、咆吼してて、ジャンジャン鳴っているのだが、音質は、硬めでクールだ。
弦の響きや、金管の鳴りっぷりの良さに比べると、なーんか熱さが伝わってこないのは、何故なのか。
音質の温かみが感じられそうなモノなのだが、ホント、硬くて、無機質ぽい。素っ気ないほどに、しかし、どっか芯は木質的というか、う〜ん。なんとも不思議な硬さなんである。

まっ ともかく、これだけ、派手に、鳴り物の硬めのシャンシャン音が鳴ってくるなあ〜
よくやったな〜という感じがする。リズムも弾むし、開放感もあるが、それにしても、品の良い筈のウィーン・フィルが、これだけ野蛮に近い、シャンシャンと鳴らして演奏をしてくださっているとは。
涙ものって感じで、感動すら覚えてしまった。(ちょっと変な感動だが〜)

 

ハイティンク コンセルトヘボウ 1979年
Bernard Haitink   Royal Concertgebouw Orchestra
(Amsterdam Concertgebouw Orchestra)



録音状態は良い。79年代後半のコンセルトヘボウの豊かな音量と、しなやかで柔らかい木質感のある音が響く。
カップリング:チャイコフスキー交響曲第4番、弦楽セレナーデ(ジンマン オランダ室内管弦楽団 1974年)

1楽章
「らぁ〜 らっら らっら ら〜 らっら らっら ふぁそ〜ら ら〜」
う〜ん。チャイコの4番って言えば、冒頭のこのフレーズと、最後の4楽章につきる。金管のキツイ音色が目立つし、カンカン、キンキンしてて嫌いな時がある。ホルンは良いとして、トランペットの甲高い音が、つんざくように吹かれる と、う〜ん。その時の気分によって、眉をひそめる時も・・・。

「ふぁ〜ふぁふぁふぁっ ふぁ〜」「ら〜 らっら らっら ら〜・・・」
ハイティンク盤を聴いて、録音状態は良いし、穏やかに振られるんだろうと思っていた。 確かに聴いても、地味なのだが安心感があって、ハチャメチャな盤ではない。また、いわゆるロシア臭い、焦げ付いたような泥臭さもない。
冒頭の悲鳴をあげたような、救いのないようなファンファーレも、弦が入ってくるフレーズになると、かなり穏やかで渋みもある音色が表面を覆ってくる。
低弦の響きも良く入っているし、音の刻みも呼吸が荒くなることなく、木管のフレーズも、穏やかでまろやかなブレンドの良さが心地良く響いてくる。ティンパニーのロールも嫌みなく、飛び出ることもなく、金管も奥からのバランスよく響いてくるし、 悲痛な思いをしながら聴くことはない。
テンポは揺れないし、キビキビとはしているけど厚みのある響きだ。 演出過剰で、派手めな個性的な演奏じゃないが、とりわけ4番が好きでなければ、とっても安定してて良いんじゃーないだろうか。

カチカチ、ギシギシ、キワキワの神経質な演奏が好きな方は、こりゃ〜面白くないってことになるのかもしれないけど、ワタシ的には、ハイティンク盤のような落ち着いた演奏の方が良いかな。
ことに、木管のフレーズは、さすがに可愛いく、コンセルトヘボウの木管の太めの響きが、中年女性の落ち着いた品の良い雰囲気のようで好ましい。 奥でティンパニーがポンポンと合いの手、リズムを刻んでいくが、この辺りの雰囲気は、中庸ながら、ことさらに主張はしないが、バランスが良いかも。

「っどっれっど みっみ ど〜っみっみっれ〜ど どれみふぁそら〜っ れ〜みっみっれ〜」
「そ〜みど どれみふぁそら〜ふぁれ〜 れみふぁそられ〜」
金管のシンコペーションのリズムが 入ってくるところは、大袈裟に鳴らす盤もあるけど、ハイティンク盤だと、ゆったり聴けるし穏やか。(← ってツマンナイわけじゃない。他の盤だと、たまに、あっけにとられるほど派手に鳴らず演奏があるので〜それと比べると〜って意味)
1楽章の終わりは、さすがに熱くなってくるが、弦の強さ、特に低弦の重いが柔らかい響きが土壌になっているし、ジャジャジャジャ〜 金管の太い音色が被さってくるところも、弦が一生懸命、前に出て奏でている。大音量ではあるが、各パートのバランスが、 ほど良い感じ。
低音の木管の音色は、こりゃ〜 抜群だなあ。ホント良い音。派手な金管の音色より、木管のソロ 弦とのセッションが、大変美しく見えてくる盤である。
あまりイメージの膨らむ楽曲ではないので、ピュアな木質感のある木管、弦の渋い音色、ティンパニーの響きがさりげなくリズムを叩き、ホルンの音色も〜 う〜ん。抜群のバランスだな。と思う。
歌うわけでも、悲痛でも悲哀の漂う、強い意志のある演奏でもないが、楽章の最後、テンポをあげて〜ありゃりゃ〜意外だっ。と思う箇所があるが、いやいや、なかなか熱く硬めにブレンドされている。
いっけん地味めに感じるが、じわーっと最後には迫ってくるっ。

2楽章
「れどら しどそっそ れふぁみれ しどれっれ そ〜らし どれみそ ふぁみれど しそらし・・・」
コンセルトヘボウの木管が、すっきりとした音色を奏でる2楽章だ。
意外と、そっけないほどに端正で、歌うというよりも、音の幅が微妙に変わっており、また、強弱でバランスをとっているようで、フレーズ自体は、波線を描くような、寄せては返すような波打つ感覚でも、息を大きく吐いたり吸ったりはしていない。
木管の合いの手も、バランス良く入ってくる。
総体的に、柔らかく、伸縮自在の演奏かと思っていたんだけど〜 端正で、フラットな感覚に近い。
でも、日頃は裏方に回っている楽器が、まるでソロのように活躍する。特にオーボエが、こんなに活躍してるなんて〜 驚いちゃった。
1本のフレーズで聴かすというよりも、合奏的に聴かせてくれるので楽しい。
このハイティンク盤は、室内楽的に掛け合いが面白く聴けるし、密度の高い、緊張の続く演奏だし、弦、金管が入ってくると、色彩が生まれ、瑞々しく変貌する。
じっくり聴くほどに、多面的に聞こえて来る要素がたっぷり詰まっているように感じた。

3楽章
弦のピチカートが、古い木造小学校の、板の廊下を走っているように聞こえる。
残響もほどよくあって、どことなく、ぼんやりした感じがする。
形の無い妖しい風が、すわーっと走り回っているようで、でも、コミカルっぽく奏でられているし、結構、何度か聴いているとオチャメだな。と思わずにいられない。

4楽章
この楽章は、快速で、豪快に派手に奏でてくる盤が多い。
「そぉ〜ふぁ〜み れっれみっみれ どっどしらそふぁみれ〜」
ハイティンク盤も、頑張っており、他の盤には決して負けてはいないのだが〜 う〜ん。きまじめな性格が邪魔をしたか。という感じだ。酒臭い、田舎臭い、世俗的に、ハデハデにジャーンっと鳴らないところが、ハイティンクらしいところなのかなあ。と思う。
職人さん気質なのだろうか、芸人じゃないんでねぇ〜 ワタシはワタシ。
カッシリと端正に鳴らすわ〜という感じで、ハイ、結構正統派である。品があるのだ。
「そ〜ふぁみれっ クルクルクル ジャンジャジャか〜」「そそ ふぁふぁ みみ れ〜」が繰り返されて、それも執拗に繰り返される。
ハイティンク盤で聞くと、テンポはゆったり。ふくよかでさえある色彩で、柔らかく暖かい。
メッチャ陽気で、田舎臭い、祝祭的な雰囲気で盛り上がる、メチャ原色系のハデハデな楽章なんだけどな〜 と思いつつ、生まれも育ちも良いので、形が崩れない。
しっかりテンポを刻み、丁寧だ。赤い顔をして、ジャンジャン シャンシャンと鳴り響かないので、まあ。これが、イチバンまっとうな演奏なのかもしれない。
でも、この、まっとうなことが災いして、丁寧だけど、ツマランってことにはならないんだよね。
雰囲気で流れるように演奏するのではない。
テンポなんて、もっと、もっと快速でも良いぐらいなのだ。
しかし、分厚い金管、甲高い金管が、いつもならば耳障りに、神経質に鳴ってくるのだが、この盤では違うんですよねえ。何度も言うけど、個性的じゃーないし、異色なほど、穏やかに、ゆったりと演奏しちゃっているんですね。
テンション高めに、神経質に、イライラするほど、つっぱった演奏が多いのに、ハイティンクさんの振る4番は、マジメに丁寧に料理されている。なんせ職人なんで、手を抜かず、仕上げは、気づかないところまで、恐らく〜キッチリ仕上げちゃっている。(ようなのだ。)

でもね。やっぱ最後は熱く、ジャンジャン鳴っているんですよ。オケの厚みが、録音の良さが、ホールの響きのまろやかさが、ハイ、美しい。4番で、これほど、穏やかに、重厚に、品よく鳴っている盤って〜 なかなか無いように思う。ど派手なのが好きなら、他の盤を。何度か繰り返して聴くなら、当盤がお薦め。
演奏家向けのCDかも・・・。
分析的すぎず、端正で、余分なモノがないけど、艶も失わず。構成能力は、やっぱ凄いんじゃーないだろうか。 ハイティンクさん、わりと好きなので〜 点数は甘いのかもしれないですけど〜。

ムーティ フィルハーモニア管弦楽団 1979年
Riccardo Muti    Philharmonia Orchestra of London

録音状態は、まあまあ。擦れてて乾燥ぎみ。
歌うような旋律美と華麗さがあり、キビキビ、サバサバしているが、結構、ドラマティックに深く演奏されている。EMI原盤のブリリアント(Brilliant Classics)レーベル盤 チャイコフスキー交響曲全集、管弦楽曲数曲 7枚組BOX

1楽章
「らぁ〜 らっら らっら ら〜 らっら らっら ふぁそ〜ら ら〜」
「ふぁし らそら〜 ふぁどぉ〜らそふぁみれどしらそふぁ ら〜 らっら らっら ら〜・・・」
とっても鋭いファンファーレから始まる、とっても印象的な楽章である。
運命の主題とも言われているファンファーレなのだが、とっても暗いし、キミが悪いし、荒々しい幕開けで、なんとも悲観にくれて、救いようのない楽曲だ。
ムーティ盤は、フレーズを歌うのが巧く、キビキビしてて、暗さのなかにも、華麗さがどことなく顔を出していて、どす黒い渦巻きのような雰囲気はない。金管の咆吼も綺麗だし、のびやかだ。
弦のバンっ。とダメ押しのように鳴るところでさえ、弾力性がある。
全体的に、悲劇的ではあるけれど、さばさばしているというか。グジュグジュしてないというか、あっけらかんとしているところがあって〜 淡泊だ。

弦が、「し〜ど し〜ど し〜ど し〜ど し〜ど しどれっれ らっそ〜そ〜ふぁ〜れどし れ〜どっし〜ら」と落ち込んでいくところも、弾力があって、トコトン落ち込まない。
優美なんだよねえ。落ちるのも優美なのだ。
「れぇ〜ど ど〜し しられど〜し しら〜 そど〜ら ふぁみれど〜 しらそふぁみ・・・」
「パカパカ パカカパン・・・」と執拗な金管が、一緒になって落ち込ませるんだけど。まあ、この4番では、金管が、ホントうるさいんだよなあ。よく鳴るのである。
木管のフレーズは、さすがに可愛く、「そっらし どれ みれどしど そど〜 どそ〜」「ぱらららら〜ら〜」
と奏でられ、穏やかな主題となっている。奥でティンパニーが叩かれているが、聴きどころが満載だ。
メランコリックな雰囲気も漂わせているが、そのうちにテンポがあがって〜 コミカルさのなかに悲劇が生まれてくるような〜 で、突然に熱くなるのだ。

「っどっれっど みっみ ど〜っみっみっれ〜ど どれみふぁそら〜っ れ〜みっみっれ〜」
金管のパッセージが独特で、「そ〜みど どれみふぁそら〜ふぁれ〜 れみふぁそられ〜」
シンコペーションの悲しいリズムが、巧いよなあ。
不思議な和音で彩られてて〜 
ムーティ盤を聴いていると、どことなく、半泣き状態な女の顔が浮かび、で、そのうちに、火がついたように激しくなって、パッセージが浮き沈みを繰り返すのである。そう、まるで女性がヒスを起こしちゃった状態になっちゃうのだ。
しかし、やっぱり、オーボエ、クラリネットなどの木管が、ティンパニーの静かに刻む音に乗って、悲しいワルツが奏でられるところが、やっぱ半泣き状態で。泣き笑い状態のような気分になるところが、ムーティの良さなのかな。と思う。
最後、さらっと、サバサバとテンポアップして奏でているが、そこには、半泣き状態の女の悲しみが詰まっている感じがして、反対に悲しみを振りほどくように駆け足で去っていくような感じがして〜
うっ なかなかに泣かせるぜっ。という感じだ。

2楽章
オーボエの寂しくも甘いフレーズから始まる。
「れどら しどそっそ れふぁみれ しどれっれ そ〜らし どれみそ ふぁみれど しそらし・・・」
しんみり〜とした語りかけるようなフレーズが、楽器を変えて演奏されていく。
「しっどれ み〜み〜 みっみれど し〜らそ ふぁ〜みれど しっどれ〜」
弦楽だけで奏でられる穏やかなフレーズは、この冒頭のオーボエのフレーズと音色の対比、そして、大きく包み込むような柔らかさが感じられる。優しくて慈愛に満ちた楽章なんだよなあ。
ムーティ盤は、弦の音色が柔らかく、歌うところが、とても素敵だ。ホント、木管の美しさと深い弦の音色に包まれ、そして歌うような旋律が、聴きどころになっている。

3楽章
弦のめまぐるしい細かいピチカートが、ずーっと鳴っている。
レミレミレミ レッソ・・・  ムーティ盤は、ちょっと録音が古いし、状態が、あまりよろしくないので、ピチカートが、ちょっと籠もってて聴きづらい。原盤EMIだからか、擦れて聞こえる。悲しい。
テンポは速め、金平糖の踊りみたいに可愛い楽章である。メッチャ独創的で面白いが、どーして、この3楽章が、ほとんど全部、ピチカートで奏でられるのか、その理由がわからず不思議なのだ。

4楽章
メッチャ陽気で、田舎臭い、祝祭的な雰囲気で盛り上がる、メチャ原色系のハデハデな楽章である。
「そぉ〜ふぁ〜み れっれみっみれ どっどしらそふぁみれ〜」
大きなシンバルと太鼓で、色づけされて舞曲が始まる。
めまぐるしいし、急速降下してて、ド派手だ。チンド○屋さんみたいに、ドンドン バンバン なんとも下品だねえ。って感じだし、田舎臭い。「そそ ふぁふぁ みみ れ〜」が繰り返されて、それもシツコイ。
例えは悪いが、場末のムーランルージュ風なんだよねえ。
フレンチカンカンのロシア版みたいなモンだよなあ。
むっかし、最初に聴いたときは、唖然としちゃったもの。これ、悲愴を書いたチャイコだよねえ。同じ人物が書いているだよねえ。シンジラレンっ。とね。
「みみみ れっどど し〜ら」「ふぁふぁ み〜みれ ど〜し」
で、最後、1楽章冒頭の不気味なファンファーレが戻ってくる。
ジャンっと鳴るところは、まるで幻想交響曲の断頭台への行進曲 ギロチンの刃が落ちてくるかのよう。
いやいや、もっとチャイコの方が、ご大層である。
その思わせぶりをしておいて、1楽章の悲劇のファンファーレは、さわりだけ。

戻ってきたのは、この楽章最初に鳴っていた、田舎臭い、ノー天気なファンファーレなのである。
えっ オチャラケで良いや。人生短いんじゃー 遊びほうけてしまえっ。って結論ってワケですか?
えっ 悩みすぎておバカになっちゃったんですか。
えっ 人生を投げ出しちゃったの?
はあ〜。こんなノー天気な、終楽章で良いんですかねえ。あれほど悲劇的なファンファーレで、1楽章は幕開けしたのに、どこで、どう血迷ったのか。う〜ん。最後は惚けて下品なんだよなあ。
ワカンナイんだよなあ。このチャイコの4番、何が言いたいのか・・・。

まっ それにしても昔は、チャイコの交響曲って言えば、ムラヴィンスキーさんじゃなきゃ〜ダメ。みたいなところがあって、あんな冷たくて、背筋の凍るような、怖い演奏が評判良かったのである。
当時は、どうして、ムーティ盤って人気がなかったのだろう。この歌うようなフレーズまわし、とっても良いよねえ。昔に比べて、人間がヤワになっちゃったのかもしれない が、ワタシ的には大好きだ。
それにしても、チャイコフスキーの作品って、なんか、聴けば聴くほどワカンナイですねえ。 二面性のある人だったのかなあ。鬱かと思ったら躁状態だし。この落差のデカイこと。う〜ん。
初心者向きって感じの楽曲にも言われているけど、ワタシ的には、この4番 この最後の4楽章がねえ。
怪しげで不可思議、一筋縄では、わからないように思えちゃいますね。(笑)

ショルティ シカゴ交響楽団 1984年
Georg Solti   Chicago Symphony Orchestra



録音状態は良い。特に、内声部の音が、しっかり聞こえ、木管の動きが見えてくるので、演奏に幅が感じられる。感情に、どっぷりとはまり込まない客観的な演奏だが、細やかな情感も感じられて多彩。最後は、大衆感情を把握しておられて、一気呵成にゴールっ! やってくれました〜 というアハハ〜状態でした。
1楽章
「らぁ〜 ららら らっら らぁ〜 ららら らっら ふぁそぉ〜ら らぁ〜 ふぁしら そふぁ〜ら」
「ふぁどぉ〜 らそふぁみぁれどしら そふぁ ふぁぁ〜 ふぁふぁふぁ ・・・」
う〜ん。チャイコの4番って言えば、冒頭のこのフレーズで、もうキンキンした鳴りっぷりだと、辟易してしまう。
どうも、昔聴いたムラヴィンスキー盤が、トラウマになっているようで〜
で、このショルティ盤も、おそるおそる〜 聴いたのだが、あらら〜 このホルンは、スキッと鳴っている。
それも、すかっとした音色で、とてもスタイリッシュに、スマートに音が通っていく。で、この冒頭のホルンのフレーズだけで、一気に惚れ込んでしまった。

弦のボーイングも、めいっぱいガシガシ 引き絞ってタイトに弾いているわけではなく、少し余裕がある感じがする。
ファゴットの響きも、とても安定しており、豊かに聞こえる。
クラリネットを始めとして、木管フレーズの見通しも良いし、弦のフレーズに巧く、間合いをとって優美に絡んでくる。
弱音のフレーズも、「ら〜ふぁ しぉ〜そ れ〜し ふぁ〜れ ど〜み しぃ〜そ・・・」っと、優美だし。
感情移入しすぎることなく、純粋に器楽曲として聴けてしまう、巧い演奏だと思う。
もちろん、金管のフレーズも均整がとれており、美しいっ。
弦とのバランスも良く、勝手に、濁った声で咆吼しているのではなく、なーんともバランスの良さを感じて、優美さも醸し出して低弦に旋律を受け継いでいく。ホント、ホルンの和音が綺麗だっ。

木管の活躍の目立つ楽曲であり、密やかに奏でられる面があるので、とても木質的に聞こえてきて、うっかりすると、コンセルトヘボウ?って言ってしまうかもしれないぐらいに、しっとりとした感じが感じられる。
とても丁寧に金管が取り扱われており、キンキン。テカテカしすぎない金管の音色は、大変美しく、調和が感じられる。
う〜ん、4番って、こんなに木質的で、しっとりした楽曲でしたっけ。と驚いてしまったほど。
1楽章のラストは、弦の跳ねるかのようなフレーズにして、テンポをあげて、少し熱っぽくして、ためて〜っと、とても理想的な音色とバランス 情感になっていると思う。

2楽章
「れどし しどそそ れふぁみれ しどれれ そ〜らし どれみふぁ みれどし らふぁ」は、ちょっと、素っ気なくオーボエが吹かれている。あれ〜っ もう少し色が欲しい気がしますが、いささか膨らみが足らないのでは?
と思っていたら、最後に膨らませ、そして、弦が、沈み込んだ、タメ感のあるフレージングで返してくる。
繰り返しているうちに、ドンドンと膨らませているのだ。すごく情感が籠もっている。
うっ。すごく巧いっ。「みみみみ〜 どれみふぁっ そそそそ れみふぁっそ しししし どれみっふぁ そそそそ〜」と、単純な音の繰り返しのなかで、音が膨らみ、そして、萎んでいく。
あーっ チャイコの旋律の巧さが、そのまま旨みにかわって聞こえてくるのだ。
で、木管の内声部の声が、また、寂しさ。郷愁をかきたてて〜 なんていう、単純な旋律のなかで歌わせるのだろう。
うますぎっ。シンプルだが、繊細な声の出し方で、フレージングの絶妙を感じることができて、とってもシアワセ。
この2楽章は、絶品っ! 旋律が綺麗に整理されてて、旋律が交差していくところも、楽器の使い方、旋律の妙がわかる。歌わせ方も、とても繊細で、細やかな表情が、木管を中心に丁寧に描かれている。

3楽章
弦の細やかなピチカートの楽章だが、軽やかに、密やかに機能的に動いている。
ここでは、幾分軽やかに無表情に鳴っているようで、速いっ。
「そふぁみれ みふぁそみ ・・・ れれれみ れれれみ れれれみ れれれみ・・・」
中間部の木管は、バレエ音楽のようにチャーミングで、「れっれ そふぁみれっ れっれ みれどみっ・・・ しぃふぁ〜 らそふぁみ れっど そぉ〜ふぁ みっふぁ みぃ〜 どっみ れぇ〜」と、楽器を受け渡して、ころころ転がっていくところが、なんとも可愛いっ。シカゴ響で可愛いって言うのもなんだが、ホントに可愛いのだ。
弦のピチカートに戻るが、なんとも消え入るかのように、パパパパ・・・と、花火の最後の燃え落ちそうな感がある。
で、ラストは、導火線に火がついたかのような、すばしっこさで、チャーミングに奏でていく。

4楽章
で、最後は、やっぱり大爆発する。
あ〜っ やっぱり、すごいエネルギーをためていたんだな。って感じで、スピードの速い、シンバルと、ドドンっ。という大太鼓の音で、一気呵成的な演奏に早変わりをする。
で、なんとも軽妙な格好良さで、リズミカルさ、派手さっ。豪快さっ。
すかっと爽やかに、どんちゃん騒ぎを起こしてくれるのだ。しかし、このバカ騒ぎのなかでも、主旋律の他に、しっかりと対抗旋律が聞こえてくるのが嬉しいし、録音状態がすごく良い。
中間部は、いったん静まって「そそ ふぁふぁ〜み れ〜ど みみみみ れ〜ど し〜どれど し〜」というところでは、一気にテンポを落として、木管にしっかりと吹かせている。
シンプルな主旋律に、木管がしっかりと彩りを添えていくのが、よくわかる。
で、またまた、金管が、「みみみ れ〜ど し〜ら ふぁふぁ み〜れ どぉ〜し」という輪唱的なフレーズは、きらっと煌めきながらも重すぎず、スマートだ。
へえ〜 あまりにメタリック過ぎないで、軽すぎないで、重量もあって〜という、絶妙なバランスは、どうやったら得られるものなのだろう。う〜ん。とっても不思議な軽やかさ、スマートさ。
奥行きの深さなのだろうか、金管と、木管と、弦とが、一体となってリズムを作って、ファンファーレのようになって広がってくるところなんぞ、金管が小声で、「らぁ〜みそ そふぁみ れ〜みど しどれ〜」・・・と、段々と木管が被さって、雪崩落ちをするとこがあるが、そこの、雪崩を落とす前のテンポ良く、奥から、走ってくるような雰囲気なんか、とっても良い。
もちろん、雪崩落ちしてから、ハデハデの吹きっぷりは、もちろん、シカゴ響の魅力満載でーっ ぐい〜っと。
まるで、第四コーナーから、一気に伸びて、走って〜 走って〜 ゴールっ! という、ノビの良さに爽快感が加わり、おみごとの終結部となっています。もちろん、ノリの良さもあって、はい、もちろん、拍手っ!

やっぱり、やってくれました。という感じです。アハハ〜っ やっぱり。すごいっ。
細やかさを持ちつつ、最後には、豪快に。という、とてもシンプルな設計ながら、やっぱ、わかってらっしゃる聴衆の気持ちを・・・というところでしょうか。待ってました〜という聴衆に、しっかり応えられる盤ですね。
ハイ、ど素人の聴衆コメントで、失礼しました。(笑)

  マズア ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 1986年
Kurt Masur  Gewandhausorchester Leipzig
(Leipzig Gewandhaus Orchestra)

アホくせぇ

録音状態はまずまず。あまりヌケが良くなく、ちょっと、距離感がつかめない。
叩きつけるような場面もあるが、リアル感に欠けているかも。
カップリング:
チャイコフスキー 交響曲第4番(1986年)
チャイコフスキー  交響曲第5番(1987年)
チャイコフスキー 交響曲第6番(1986年)
1楽章
録音状態は悪くは無いのだが、イマイチ、すきっとした感がしない。ベールがかかったような、少しソフトフォーカス気味な感じがする。ヌケが良くなく、すかっとした空気感ではない。どちらかというと、生暖かい感がする。
冒頭の金管のファンファーレの音は、柔らかいが、叩きつけるフレージングだ。
弦の響きは奥ゆかしい、落ち着きのある音だ。ティンパニーの音は、立体的ではなくペタンとして、奥行き感があるわけではない。木管の音質は、なんだか、昔懐かしい古き良き時代の音がしてて、柔らかく、穏やかさを感じるし、
で、木管は、えっ 遠いの。
どうも、位置関係がわかりづらいというか、舞台裏から聞こえてくるかのようなフルートだ。
ティンパニーとフルートが一緒に奏でているところは、どうも不思議な感じがする。
で、ここの金管の音は、ホント、まろやかで柔らかく、オケ全体が、昔の丸い、懐かしい雰囲気のする音質となっている。
旅行で、古民家に泊まるような、写真館でセピア色の写真を見ているような、アンティークの品の良い古い絵画を見ているかのような、そんな雰囲気がする。
あっ ちょっと、音がおかしい。落ちた。というところもあるが、穏やかな感じがする。
で、ところどころ、フレージングが強めとなり、ティンパニーをはじめ、オケ全体で、ドスンっ、バタンっと叩きつける場面に遭遇するのだが、全体的には、何かにこだわっている風でも、歌う風でもなく、いたって、ふつう。

2楽章
オーボエのペタンっとした音が、「れどら しどそっそ れふぁみれ しどれっれ そ〜らし どれみそ ふぁみれど・・・」と奏で始める。いっけん無造作に見える1楽章だったのだが、この楽章も、すらすら〜 手慣れた風に流れて行く。
このオケにとっては、日常茶飯の演奏なのだろうか、馴れた楽曲なのだろうか。
気合いが入ってないと言うと、怒られるかもしれないけれど、なんだか〜 緩い。
音にふくよかさは感じるが、録音のためか、距離感が遠く感じられ、まどろっこしい。
緊張感が欲しいわけではないが、弦に張りはないし、艶があるわけでもなく、淡々と薄口でフレージングされている。
それぞれ木管などは、良いように思うんだけど、なにせ、旋律の歌い方が、うーん、語尾に締まりがないという感じ。

3楽章
弦のピチカートに張りがなく、もぞもぞもぞ〜といった感じに聞こえる。キッチンで、小さな虫が走っている感じで不気味。
そのわりには、木管やピッコロの音は、つんざくように響き渡っているという・・・
なんか、録音は、どんな風だったのだろう。弦は籠もり気味。ティンパニーも籠もり気味、だけど、木管だけ妙にリアルなのだ。でも、距離は遠いという・・・ ミキシングが、ちょっと妙なのかしらん。
オーケストラをホールで聴いているのではなく、劇場で聴いているような雰囲気がするのだ。
う〜ん まさか、オーケストラだけ、ピット入りしているわけではないだろうに、まるで、バレエ音楽を聴いているかのような感覚がして、ワタシには不思議。

4楽章
「そぉ〜 ふぁ〜み れっれれ みっみれれ どっどっし らっそ ふぁみれ〜」
まるで、場末の劇場で聴いているかのような、下品な鳴りっぷりで、それも、綺麗な録音ではなく〜 あちゃっちゃ。
ある意味、チャイコフスキーの派手な面が、垣間見られる演奏で、シンバルのシャンシャン節が炸裂していて、痛快ではあるのだが、ここに至るまでに張り詰めてきたわけではないので、あへっ〜という、変な空気が漏れたような笑いが出てしまった。 「みみみ れぇ〜ど しぃ〜ら」というフレーズも、もっと、切迫感があっても良いかもしれない。
金管の咆吼は、柔らかいのだが、シンバルが、妙に割れ音がする。
なんだか、複数人のお坊さんが、シャリシャリとシンバルを回して音を出しているかのようで、とても気持ち悪い。
ようやくラストに向かって、ティンパニーが叩かれ、熱が入ってきたのだが、また、叩きつける音となっている。
まあ、遠いところで、ジャンジャン。バリバリ〜 ドスンドスンっと、熊ダンスのように始めるのだが、音にキレがないので、全く、リアル感がない。
演奏自体も、熱を帯びておらず、キリッとしまった感じがせず、録音は、うすぼんやりしているし〜 どうもお粗末かも。
ホント、終わりがけで、熱っぽく演じられてもねえ。
う〜ん、遅いよ。もはや乗れないですね。 
アバド シカゴ交響楽団 1988年
Claudio Abbado    Chicago Symphony Orchestra



録音状態は良いが、少しぼわ〜っとしている。
総体的には。すっきりスマートな演奏であるが、多重人格的に思えて、よく解らない。
カップリング:幻想序曲「ロメオとジュリエット」
現在、リマスタリングされ、バジェット・シリーズ(全集版BOX)としても再販されている。

1楽章
冒頭の「らぁ〜 らっら らっら ら〜 」というフレーズは、シカゴ響なので、ド迫力かと思ったら、意外と、さにあらず。
その後も、重量級の馬力で押していくのかと思ったが、アバド盤は、どちらかと言えば、スマートなチャイコフスキーに仕上がっている。 いわゆる泥臭いロシアの香りの漂う演奏ではない。なるほど。そうだよね〜 アバドさんなんだから。

いきなり、金管が華やかに鳴り響くのかと思ったら、結構、音色が暗いのだ。ゆったりした、切迫感の少ない出だしで、意外だったけど〜 チャイコというよりも、ドイツ風って感じがしちゃう。
ふむ。テンポが、ゆったりしている。
それに、主旋律を歌うのかと思ったが、わりと淡々と進んでいく。
低弦の響きを前に出してきて、立体的な感じもするし、表面に出てくる泣き節こそ少ないけれど、まあ〜抒情的だ。感情たっぷり、お涙たっぷり頂戴型のチャイコだから、淡々と演奏されちゃうと、拍子ヌケしちゃうところもあるので、まあ。心情を歌いあげるという風でもよいんだけど。
で、アバド盤 この楽章は、陰鬱で、暗く、厚めの雲が垂れ下がってくるような、鬱陶しい雰囲気にもなっているが、部分的に、適度に粘りがあるというか、そのくせ、全体的には、さらっとしているというか、そのくせ、ゆったりしてて、丁寧というか。
楽章のなかで、男と女の掛け合いというか、押したり引いたりしているような気がする。
感想を書くにも、難しいというか、男の怒りを買っているような女の心情のようで、ハイ。多重性格者のようで〜 部分的にアプローチが異なっているようにも聞こえる。
なにやら、この演奏は実験的に聞こえちゃう。
全体的には、押し殺したような怒りが渦巻いているようだけど、楽章最後は、さすがに、金管の底力でパワフル感もあるが〜 そのくせ、あまり爆発的ではない。
総体的には、ゆったりしており、テンポが遅めであるためか、切迫感の少ない淡泊さの方が勝ってしまう。

2楽章
この楽章も、ゆったりめ。
ところどころテンポを変えていくのだけど、キワキワに追いやられていくような、せっぱつまった感情の発露ではない。録音が間接的というか、奥行きがあるのだろうか。ぼわ〜っとしたところが、この楽章では、迷いの多い、憂いのある雰囲気になっているような気がする。
まあ。つかみどころのない、はっきりしない、デリケートな、うじうじ〜とした、か弱い女性風だ。
良くも悪くも、う〜ん。ハッキリしないなあ。やっぱり。
男っぽい実直な男性が聴くと、イライラしちゃうかもしれないな〜って感じ。まあ。なよっとした女性が好きで、はっきりしないところが好きだと言うなら、良い演奏に聞こえるかもしれないけど。
う〜ん。うぷぷ〜っ。ワタシテキには、思わせぶりをされて、イライラして、萎えちゃう。
少なくとも、毅然と、背筋をシャキっと伸ばした女性ではないですねえ。この演奏・・・。
ホント、これ、シカゴ響の演奏かしらん?

3楽章
ピチカート演奏で、か細い声で、ボソボソ囁かれているような雰囲気がしちゃって〜
デリケートさ、繊細さというよりは、残響が多めで、う〜ん。いいような悪いような〜 う〜ん。
演奏としては、悪くなんだけどなあ。速めで、さっぱり、スッキリしているような気がするが、ニュアンス的には、擬人化して聴いてしまうと、悪口を呟いているような気がしちゃって〜
ハッキリ、明晰で、クールに決める感じは少なくともしない。

4楽章
爆発的なアプローチで始まる楽章だ。「そぉ〜ふぁ〜み れっれみっみれ どっどしらそふぁみれ〜」
ようやく、ここで、痛快に開放的に鳴り出した〜 溜飲のさがる思いをしたのだが、それは、最初だけ。
はあ? 続く演奏が、また、のっぺりしてて〜 もっと、爆発的な感情を続けてくれ〜っと思う。
それにしても、派手な楽章だなあ。なんていう、ワケのわからん楽章なんだ。と、思ってしまった。
アバド盤は、テンポ設定が、今風でないというか、ゆったりしている。う〜ん。シカゴ響のブラスは良いのに、なんで〜こんなに、遅いんだろ。天の邪鬼だっ。
もっと格好よく決めて欲しいのになあ。
能力あるのに、全開になってないんだろ〜って、イライラしちゃう。
田舎風情の開放的な、ド派手でも良いのに、スマートに仕上げようとしているのか。気取って演奏してます〜って感じなのか。ちょっと、考えすぎじゃーないのかなあ。(笑)
最後は、スピードアップされたので、ハイ、満足できちゃうんですけど、もっと、ど派手で、金襴豪華でも良いんですけどねえ。せっかくシカゴ響なんだから、もっと、ギンギラギンでも良かったと思いますけど。
アバドさんは、品格を落としたくなかったのでしょうかねえ。
せっかくのシカゴ響なんだから、もっと、突き抜けたモノを期待したんだけどなあ。
ギンギラに装飾されたトラック野郎には、やっぱり、なれないっすね。ホント、最後の最後だけじゃん。
4楽章の最後数分で決めたいと思ってたとしても、1楽章、2楽章、3楽章と布石を打ってきて欲しかったよなあ。間が持たんよ〜というのが、ホンネ。

スヴェトラーノフ ロシア国立交響楽団 1993年
Evgeny Svetlanov
The State Academic Symphonic Orchestra of Russia
(Svetlanov symphony orchestra)



録音状態は良い。意外と穏やかでふくよかな演奏で、あれ? と思うが、最後の最後でやってくれました。
カップリング:チャイコフスキー 交響曲第4番、幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」

1楽章
チャイコの交響曲のなかでも、ワタシ的には4番は苦手である。
冒頭のフレーズ 「らぁ〜 ららら らっら らぁ〜 ららら らっら ふぁそら らぁ〜」
「ふぁし らっそ らぁ〜 ふぁどぉ〜 らそふぁみれ どしらそふぁ らぁ〜 ららら らっら らぁ〜」
この強い金管の強い口調と、パンっ と切れる弦の音で、ちょっと、キツすぎて嫌いなのである。
出だし早々、暗いし、つんざくようなパワーの音で、くらくら目眩がしちゃう感じなのだ。

しかし、意外と、このスヴェトラーノフ盤は、まろやかに始まる。
ホルンの音色と、チェロを始めとした低い弦の響きが柔らかく、適度な残響があり、間合いもゆったりとしている。
もちろん、トランペットの音は強いのだが、キンキンとした音色でもなく、つんざくような強烈な、ぶちこわすようなパワーでもなく、ホント、穏やかなファンファーレ演奏なのだ。
えぐい演奏を期待していたら、かなり拍子抜けしちゃうんじゃーないかと思うが、ワタシ的には、嬉しい誤算である。

弦の主題部分は、しゃくりあげるようなギクシャクした感もないし、木管と共になめらかに演奏されている。
特に、木管の響きに奥行き感があり、弦が、さりげなくサポートにまわっている。
ティンパニーと、低い金管のボンボンとした響き、オーボエのひしゃげた音が混じって、普段は、気持ち悪い音が弾んでいるのだ。
「みっ ふぁっふぁっ ふぁっそっそ しっどっど しっどっど れぇ〜 どぉどぉ〜しぃ しら れっどぉっどぉ〜」
まるで、ひぃーっと声をあげて、滝壺に落ちていくような不気味感が漂う旋律なのだが、まあ、この演奏だと穏やかかな〜って思う。 穏やかっていうか、フレージングが丸いというか、鋭いエッジの立った演奏ではない。
それに、漫画チックさもなく、品が良い。

それでいて、歌謡風フレーズに入るとで、粘りというか、小節まわしは、やっぱり適度にあり、よく歌う。
特に、ティンパニーが、ぽつん、ぽつんと打っているところの場面、ブラスの音が大きくなってくる場面には、粘りがある。
「ぱらっ ぱぁっ〜 ぱらっ ぱぁっ〜」 ブラスの最後の音が、うん。巻き舌風だ。
後半の、ファンファーレ「ぱーん ぱぱぱっ ぱぁ〜ん」は、ちょっぴり下品に荒れた風に吹かれており、これがまた演出なんだと思うが、味が出ている。
録音状態も、ホント、適度に残響があるためか、音の響きが柔らかい。

2楽章
オーボエの音色に透明感がある。
「れどら しどそっそ れふぁみれ しどれっれ そぉ〜らし どれみそ ふぁみれど しそどら・・・」
結構、淡々と吹かれているのだが、甘くも寂しさも、必要以上に感じない。(素っ気ないわけでもない)
弦が主題を演奏しているときに、木管が入ってくるのだが、あっ? こんな風に絡んでいくのか〜と、普段、聴くことのない音色やフレーズに耳がいった。
他盤では、あまり、副旋律に気がつかない。
中間部からは、テンポをかなり遅めにとっており、沈む感じがするが、それでも、感傷的には鳴っていない。
木管フレーズが、丁寧に扱われてて、前に出てきているので聴き応えがあることと、中音域の響きもよく、歌謡風に揺らして歌い上げていくダイナミックさもある。
多彩というか、多層的に歌われて、2楽章が、これほど厚みがあって、優美さも感じられるとは〜
かなり熟練のわざというか、意外な一面を見せてもらった感じがする。

3楽章
子ネズミが走っているような、ぼわ〜とした空気感で、あまり弾まない。
「そふぁみれ みふぁそみ ・・・ れれれみ れれれみ れれれみ れれれみ・・・」
この楽章は、残響の豊かさが良い方に働いたのか。どうか、ちょっと疑問。
マゼール盤では、指が血に染まるんじゃ−と思うほど、冷たく響いていたが、スヴェトラーノフ盤は、暖かいし、テンポは遅めだ。で、オーボエは、はあ〜 蛇使いみたいに転がったり、ピッコロも、おちゃめに吹かれている。
ピッコロの響きが輝いてて明るい。

4楽章
で、3楽章から、引き続き演奏されるが、「そぉ〜 ふぁ〜み れっれれ みっみれれ どっどっし らっそ ふぁみれ〜」
と、滝壺に落ちていくようなフレーズは、さほど威力が無い。
どういえば良いのか、上品といえばよいのか〜 いや、迫力がなくて残念でした。というのでもないのだが。(笑)
他盤であれば、シャンシャンと金色の鮮やかな、派手で豪快な演奏も多いし、陳腐ではあるが、B級グルメを楽しむように、下品さを結構楽しんでいるところがある。
う〜 派手派手、キンキンなのが、チャイコフスキーの一面でもある。

だが、このスヴェトラーノフ盤は、楽章冒頭は、品良く鳴っている。
迫力はあるのだが、無茶なテンポアップはしていない。また、弦のフレーズも巻き舌風は抑えめにしてあるし、金管のどぎつい音も、テカテカ、キンキンしていない。
シンバルは、ジャンジャン鳴っているけれど、その反面、弦の穏やかさに心を奪われるし、耳が行く。
また、金管に主旋律がいっても、弦が、副旋律を綺麗に奏でており、フレージングの曲線が、綺麗で丁寧だとも思う。
普段、気づかないフレーズも耳に入ってくるし、情報量の多い演奏だ。
放り投げたように、野蛮な口調で演奏する盤もあるが、スヴェトラーノフ盤は、歌謡風のフレーズが、ホント丁寧だ。
ぶっきらぼうに、最後を、ぶつんと切っていない。これは、とっても好ましい。

で、 最後になってくると、さすが役者ですねえ〜 金管の切れ味最高っ!
ラストの駆け込みもパワーアップして、速度をあげて〜 う〜ん。ニクいっ! こりゃ〜やられた。
ここで、役者に変貌するかぁ〜 最後の最後で、やってくれました〜 うぉ〜 拍手っ! 拍手!

ヴラディーミル・ユロフスキ ロンドン・フィル 2011年
Vladimir Jurowski
London Philharmonic Orchestra

いたってフツウ

録音状態はまずまず。奥行きはなく、響きが薄いが、木管は見通しよく聞こえる。21世紀のロシア臭さを聴きたかったのに、ローカル色は少ない。
カップリング:チャイコフスキー 交響曲第4番、第5番(2枚組BOX)
1楽章
「らぁ〜 ららら らっら らぁ〜 ららら らっら ふぁそぉ〜ら らぁ〜 ふぁしらっそらぉ〜 ふぁっどぉ〜しらんそふぁ・・・」
いつもなら五月蝿い金管の甲高い声が聞こえるのだが、ユロフスキ盤は、意外とスマートな出だし。
残響はさほどなく、わりと直接音を拾っているようで、聴きようによっては、幾分デッドなのだが、さほど気にならない。
弦のフレーズが丁寧に描かれているようだ。
テンポは遅めで、悲痛さとか、切迫感はなく、ことさら抒情的に、こねくりまわさず、ロシア生まれの指揮者のわりには、淡泊で、粘着性は少ない。ちょっと期待したところとは違う・・・。


ある意味、泥臭い演奏が好きな方にとっては、面白さに欠けているが、久々に、颯爽としたチャイコフスキーを聴いたようにも思う。歯切れのよい弦で、ある意味インテンポにすぎるか。と思うが、あまり歌わず、テンポもあまり変えず、アゴーギクではないので、さらっとしすぎているかもしれない。
しかし、木管が、ワルツのように奏で始めると、少し歌い始め、穏やかさと共に、広がり感が出てくる。
弦のゆったりしたフレーズに乗った木管のフレーズと、旋律の受け渡しは、巧い。また、弦の優美さ、チャーミングな点は、とても好ましいし、弦の歌わせ方は、とても繊細で、細部まで神経が届いているように思う。

しかし、チャイコならではの、「らっそ らそらそ・・・ そぉ〜みどぉ〜 どれみふぁそ らぁ〜ふぁれ〜 れみふぁられ・・・」というところで聞こえてくる金管の咆吼は、あまりに迫力がないし、ティンパニーの音も、響いてないやん。
控えめで、あらら〜 で、熊が踊るかのような、シンコペーションには、独特のリズム感、愉悦性が感じられず、う〜ん。
あまりにもスマートというか、特に、演出してこないので、面白さが感じられない。

2楽章
木管のフレーズが、すーっと通っていく。
「れどら しどそっそ れふぁみれ しどれっれ そ〜らし どれみそ ふぁみれど・・・」
低弦のボン ボンっという響きのなか、オーボエが端正に吹かれている。そっけないほどだが、ストイックに郷愁を誘う。
弦のフレージングだけがクローズアップされがちな楽章だが、チェロのフレーズが甘く奏でられ、そこに、こんな音が鳴っていたのか〜と思うような木管フレーズが重なってくる。
ホント、内声部の豊かな響きが良く聞こえる。弦の甘い旋律が、豊かに丁寧に奏でられ、豊かに、繊細に、柔らかくフレージングされている。
木管フレーズの分離がよく、木管の多彩な音が、木霊のように響く。森林浴しているかのように、透明度も高く、イメージが膨らむ。へえ〜 4番の2楽章って、こんな森林のなかに佇んでいるかのような、雰囲気がしてたっけ。
う〜ん、ユロフスキ盤は、この2楽章の木管が聴きどころになっている。描写力の高さに驚いてしまった。

3楽章
弦のピチカートの音が、密やかに奥まって聞こえてくる。やや速めのテンポで、高音域の音がハープのようで、リズミカル。
木管のハーモニーが聞こえてくると、ほんわか暖かく、クラリネットやピッコロの音色がアクセントになっている。
もう少し音量があっても良かったかな〜と思うし、もっと、はじけて勢いを持って弾むと良かったかもしれない。

4楽章
3楽章はおとなしかったが、最終楽章は一転して、シャーンっという響きと、渦巻く華やかさがある。
低弦の響きがよく聞こえて来て、単に、シャンシャンだけになっていないところがいいが、もっと分厚い音の響きが欲しいかもしれない。
もっと、音としてガツンっと出てきて欲しいが、録音の加減なのだろうなあ。幾分、線が細め。
「そそ ふぁふぁ〜み れ〜ど みみみみ れ〜ど し〜どれど し〜」というところでは、やっぱり、金管の迫力不足は否めない。音に厚みがなく、ダイレクトに響くことがなく、う〜ん、訴求力に乏しいかも。
ノー天気ぐらいに、ブンチャカするのが、この楽章だと思うのだが、結構、上品なのね・・・。で終わっちゃう。
全体としての見通しは良いし、木管のフレーズは良く聞こえるが、馬力、華やかさ、ハチャメチャぶりは、ちょっと影を潜めている。ラストは快速で走り抜けていくが、う〜ん。
で、音としての厚み、ブレンドする力が少ないのを、ちょっと感じてしまった。やっぱり録音状態がイマイチで、ひとことでいうと薄い、ホール感がなく、幾分デッドなのだと思う。

ユロフスキ盤は、2楽章の木管の響き、内声部の豊かさだと思う。まあ、コテコテの汗臭い演奏は、他の指揮者がいるので〜 他盤を聴くことにしようと思うが、21世紀の演奏においては、いかにもロシアという、ハチャメチャ風の金管の咆吼はなくなり、都会的に、ローカル色は希薄になり、様変わりしてしまうのかもしれない。
ある意味、ちょっと残念な気がする・・・。

1960年 ムラヴィンスキー レニングラード・フィル  
1962年 セル ロンドン交響楽団 Dec  
1964年 マゼール ウィーン・フィル Dec ★★★
1976年 カラヤン ベルリン・フィル  
1978年 ザンデルリンク ベルリン放送交響楽団 De  
1979年 ハイティンク コンセルトヘボウ Ph ★★★★
1979年 ムーティ フィルハーモニア管弦楽団 EMI ★★★
1981年 マゼール クリーヴランド管弦楽団 SC  
1984年 カラヤン ウィーン・フィル  
1984年 ショルティ シカゴ交響楽団 Dec ★★★★★
1986年 マズア ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 ★★ 
1988年 アバド シカゴ交響楽団 SC ★★★ 
1988年 デュトワ モントリオール交響楽団 Dec  
1989年 インバル フランクフルト放送交響楽団 De  
1993年 チェリビダッケ ミュンヘン・フィル EMI  
1993年 スヴェトラーノフ ロシア国立交響楽団 Cn ★★★★★
2002年 ゲルギエフ ウィーン・フィル Ph  
2004年 ヤンソンス バイエルン放送交響楽団 SC  
2011年 ユロフスキ ロンドン・フィル LPO ★★★
所有盤を整理中です。

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