「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

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チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」
Tchaikovsky: Symphony No.6


チャイコフスキーの交響曲第6番(作品74)は、1893年に初演された最後の作品です。
ウィキペディア(Wikipedia)を元に記述すると

1楽章 ロ短調 序奏付きソナタ形式
序奏部は、主部の第1主題に基づいたもので、第1主題がビオラとチェロの半分の奏者で演奏され、木管と弦の間で第1主題が行き来しながら発展し、休止を挟んで第2主題部へ。提示部の第2主題部は3部形式の構造です。
第1は5音音階による民族的なもの、第2は3連符の主題、再び第1に戻って極端なpppppp という弱音で提示部が終わります。で、いきなりフォルテの全合奏で、劇的な展開部が始まり、第1主題の上に第2主題第1の音階を重ねてクライマックスを形成します。
いったん静まると、弦に第1主題の断片が現れ、再現部を導入し、第1主題がトゥッティで厳しく再現されます。
再現部に入っても展開部の劇的な楽想は維持されたまま、木管と弦が、第1主題の変奏を競り合い、クライマックスの頂点に達します。絶望的な経過部が押しとどめるように寄せて、第1主題に基づいた全曲のクライマックスとなり、ティンパニのロールのなか、トロンボーンにより強烈な嘆きが示されます。ロ長調で第2主題が現れ、再現は第1のみで、そのまま儚いコーダが現れて曲が終わります。

2楽章 ニ長調 4/5拍子 複合三部形式 
4分の5拍子という混合拍子によるワルツで、優雅でありながら、不安定な暗さと慰めのようなメロディーが交差します。
中間部はロ短調に転調、暗さに支配され、終楽章のフィナーレと同様の主題が現れます。

3楽章 ト長調 12/8拍子 スケルツォと行進曲(A-B-A-B)
12/8拍子のスケルツォ的な楽想のなかから、4/4拍子の行進曲が力強く現れ、最後は力強く高揚して終わるもの。

4楽章 ロ短調 ソナタ形式的な構成を持つ複合三部形式
冒頭の主題は、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが、主旋律を1音ごとに交互に弾くという独創的なオーケストレーションが行われています。
第2ヴァイオリンが右側に配置される両翼配置の場合は、旋律が交互にステレオ効果で聴こえてきます。
再現部は、第1ヴァイオリンにのみに任され、次第に高潮し、情熱的なクライマックスを形作り、その後ピアニッシモでタムタムが鳴り、再現部の後は、消えるように終わるものです。

4楽章からなる交響曲ですが、その配列は原則とは異なっており、「急〜舞〜舞〜緩」という独創的な構成となっています。第1楽章の序奏における上行する3音(E - Fis - G)が、作品全体に循環動機として使われます。
諦念の極み、悲痛の極みのような楽曲ですが、甘さもあるのがチャイコフスキーらしいところで、慟哭って感じで泣きが入ってきます。この感情を、一緒に泣くのか、客観的に受けとめるのか、はたまた、共感できないで放置しちゃうか、ワタシ的には、演奏によってかなり印象が異なってしまいます。

イーゴル・マルケヴィッチ ベルリン・フィル 1953年
Igor Markevitch
Berliner Philharmoniker
(Berlin Philharmonic Orchestra)

録音状態は、まずまず。もちろんステレオではなく、モノ-ラルだが、とても綺麗で、繊細なフレーズも聞こえてくるし、聴きやすいCDになっている。

←9枚組BOX このうちのラストCDに収録されているのは、
チャイコフスキー 交響曲 第6番 「悲愴」
チャイコフスキー 幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」 (ラムルー管弦楽団)
このCDは、イーゴリ・マルケヴィッチ 完全なる芸術家とタイトルされた、グラモフォンへの全集という9枚組BOXである。
その9枚組のなかからの1枚に、チャイコの悲愴と、フランチェスカ・ダ・リミニが収録されている。
ワタシ自身、あまり、マルケヴィッチさんを聞き込んできたわけでもないが、なかなかに個性的な方だったらしい。
でも、ニジンスキーの娘が、元奥さんだったということや、その容貌から受ける印象は、キレキレで斬新な感じがする。

チャイコフスキーの悲愴って、歴史的な名盤とされているのは、ムラヴィンスキーさん、フリッチャイさんなどの演奏だと思う。
このマルケヴィッチさんの悲愴は、う〜ん 特段、何が・・・って言う言葉を、すぐに見つけられないような気がする。
確かに、緊張感が漂い、洗練された端正な演奏で、典型的なロシアもの(っていうと偏見が入っていると言われそうだが)金管が咆吼し、泣き、わめき、叫ぶ〜という感じでは、全くない。
いたって、まっとうな〜 情感があふれんばかりの演奏ではないので、へ?拍子抜け・・・って感じになってしまうかもしれない。3楽章は、さすがに熱っぽいが、総体的には、感情の起伏の激しい演奏ではなく、極めてストイックな演奏でした。

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マゼール ウィーン・フィル 1964年
Lorin Maazel
Wiener Philharmoniker
(Vienna Philharmonic Orchestra)

あちゃ〜

録音状態は、64年とは思えないほどクリアー。 なにせ速いし、一直線で猛烈に走っていく。悲愴というより、なんでしょ。この演奏は、熱く猛烈でありながら、氷のように冷たく、恐ろしい形相で迫ってくる鬼のようだ。

1楽章
冒頭、ファゴットが、ストレートに無骨に無愛想に出てくる。ふわ〜っと弦が重ねてきているが、う〜ん。
「ふぁそら〜そ そらし〜ら らしど〜し」
なんとも、ホント無愛想で、木で鼻を括るような雰囲気で、こりゃ〜 箸にも棒にもかからんわい。
その後、「ちゃちゃちゃーちゃ たらららーらーら」のテンポが速い。速い。畳みかけるようなテンポで、すごい快速に飛ばす。
タタタ たららら〜 タタタ たららら〜 それぞれの楽器が、猛烈な勢いで受け渡しをして、真っ赤になって吹いているんじゃーないかと思うほど、金管が荒々しく吹かれている。すご〜く 速いのだ。
聴いている方も、息苦しい。せわしい〜 ただし、かなり精緻に出来ていて、破綻していないところが、やっぱスゴイ。
オーボエは、ちょっとペタンとしているが、木管の音色は、とても柔らかく響いている。弦も、さすがに艶があって、美音そのもの。まろやか〜 低弦はあまり響いてこないが、旋律美には長けている。
「たらら らららら らーららー た〜ららら〜ら た〜ららら」 はあ〜、美しい。
あの冒頭のせっかちなテンポは、どこへ行ったのか、充分に歌ってくれて、惚れ惚れ〜。しかし、歌ってくれるのは、ちょっとの間で、そのうち、また愛想のない声で、テンポがあがる。
マゼール盤は、女性の溜息、悲哀という情感の部分が、ちょっと欠如していて、冷たいオンナなのだ。
タメをつくったかと思えば、素っ気なく。取り扱いの難しい、よくワカラナイ女である。
ドライなのか、情感たっぷりなのか。ふーむ。難しい。いや、少なくとも、ドロドロじゃーない。
ほんの少しの間しか、人に媚びてこない演奏である。

「ジャン ジャジャぁ〜ジャン」と、鳴ったあとは、かなり厳しい、険しい演奏に変わる。
猛烈な勢いで走り抜けるため、弦の全部の音が口ずさめないし、聞き取れないほど、テンポが超快速なのだ。ホント、猛烈に速い。旋律に、こちらもついていけない。
ついてこれないヤツは、おいてけぼり〜状態なのだ。だから、聴き手も必死だ。必死に青筋たてて聴いてしまう。恐ろしいまでの快速で、畳みかけ、そして怒濤のように音が流れ出ていく。金管だって同じ。
音をよく落とさないモノだと・・・感心しちゃうほど、猛烈に速い。
聴いている方も、血管が浮き出てしまう。
こんな演奏は、高血圧の方は要注意だ。まるで刃傷沙汰の場面に遭遇したような気分だ。荒々しい情感をストレートにぶつけ、煮えたぎった熱情。これには肝を冷やしてしまう。いや、引いてしまう。

2楽章
不安定なワルツなのだが、木管が強く、チェロは甘く奏でる。いささか速いが、あの1楽章の後なので、猛烈に速いとは感じない。しかし、他の盤に比較すると、なんとも速い。
無愛想という感じがするだろうし、ドライに割り切って、荒々しく激しいワルツだと感じるだろう。
弦のピチカートなんぞ、メチャ速い。
ティンパニーが叩かれる場面に入ってくると、これまた速くて、猛烈に不安定な気分になる。
「そ〜そそ〜ふぁ み〜みみ〜れ ど〜どみ〜れ ど〜どど〜ふぁぁ〜」
フレーズのなかで、強いところと弱いところの差をつけていて、音量やアクセントが個性的だ。
副旋律の合いの手が、(ふぁふぁふぁふぁふぁ〜)と、ついているのだが、フレーズの最後の方を強くしてて、平均的な安定した気分にはさせてくれない。ここはかなり個性的。 さすがマゼールっ。
ふかふかの布団に乗っている気分では到底なく、針の上のムシロ的な気分。
まろやかさなぞ、カケラもなく落ち着かない。まあ。拍子から考えたら、不安定で良いのだろうが。ぞっ。

3楽章
まあ。3楽章も速い速い。弦は相当に疲れるだろう〜 指がつりそうだ。
金属音的な木管が背景にあり、弦がエッジを立てて、ピチカートも氷の音のように響いている。
硬く、冷たい氷のような弦と、ガシガシ言う弦、慌ただしい木管、短い次から次へと楽器が登場して、行進曲風のフレーズが作り上げられていく。まるで、弦がスケートをしているようで、鋭いエッジが、氷の上にトレースされていく。
それにしても、いくら速くても破綻しないオケ。テンポが速ければ速いほど、几帳面に素早く指を動かし、几帳面にカシカシと弾いていくオケ。テンポをあげて、音量をあげて、 「たた〜 たた〜」
頂点で、大太鼓が鳴る。
たまりかねたように、猛烈な勢いで、ミリタリー風の行進曲が流れてくる。とどめは、シンバルと大太鼓だ。
ひ〜っ。あぁ〜 やめてぇ〜 なんと激しく硬い感情なんだろう。厳しすぎる。これは怖い。
ムラヴィンスキー盤と、匹敵するんじゃーないだろうか。
何度か聴いていると、まるで、靴を高々と上げて行進する、どこかの国の軍隊行進のようで、う〜ん。
信じるところ一直線。それも爆発して、とどまることを知らないような強い塊のエネルギーが、こっちに向かって、カッカ カッカと、高く響く軍靴と共に迫ってくる。
聴いている方も、首筋の血管が浮いてきて、肩がこる。こりゃ〜疲れる。
ひーっ これはスゴイ。凄すぎ。怖いっ。すわーっ。

4楽章
意外とテンポは几帳面に遅い。むせび泣くとか、めそめそ泣くなんてことは、おおよそ考えられない。
表面の感情は排されている。いや、表情が無い状態というか、感情が平板化され、すでに、硬い金属質状態になっている。で。音量も下げず、唐突に終わる。
う〜ん。疲れ切って、もはや気力・体力が残っていない。聴く方も抜け殻的・・・ いやいや。これは冗談だが、理知的であるとか計算されているとか、もはや、そんなこと 、どーでもよろしい。
う〜ん。とにかく最後まで聴き通すのに、かなり疲れた。

演奏はスペシャル。絶品だと思う。超絶品。
チャイコフスキーの悲愴としては、個性的なのかもしれないが、でも、これはホントすごい。 猛烈でありながら、氷のように冷たく、せっかちなスピードで、鬼のごとく恐ろしい形相で迫ってくる。 狂気の沙汰としか言えないような演奏だ。
まるで、鋭利な刃物を突きつけられ、答えを求めてくるような恐ろしさ。これでは、悲愴じゃ〜ないじゃん。他人さまの悲愴感を描いていると思っていたけど・・・ これでは、演奏者に対しては強要、聴いている人に対しては、もはや脅迫のようで〜  とにかく、恐怖で鳥肌が立つマゼールとウィーン・フィルの演奏でした。(瀧汗)

カラヤン ベルリン・フィル 1971年
Herbert von Karajan
Berliner Philharmoniker
(Berlin Philharmonic Orchestra)

あちゃ〜

今回は、下のCD コンプリート・EMIというBOXの1枚を聴いたのだが、録音状態はイマイチだ。87年のリマスタリング盤とのことだが、少し金属的な感じがして、特に金管の音に違和感を感じる。
演奏は、かなり熱く、畳みかけてくる勢いがある。

← 下のCDは、カラヤン コンプリート・EMI・レコーディングス
管弦楽編87枚組BOXの1枚
カラヤン生誕100年を祝う大型企画として2008年企画されたもの。
今日は、たまたま、リマスタリング盤で、聴いたので、かつてのBPOとの演奏は、ちょっとお預け。
1楽章
今日、聴いたのは、カラヤン コンプリートEMIという、87枚組BOXのなかの85枚目である。
ファゴットの序奏部分から始まり、ふぁそらぉ〜そ そらしぃ〜ら らしどぉ〜し・・・と、ゆったり演奏される。
しかし、ヴァイオリンのフレーズは、凄い勢いで舞い上がるかのように速い。
木管のフレーズも、速いし、パパパ ふぁみれど〜 受け渡しが速く、トランペットも前につんのめるかのように吹かれており、つんざくように畳みかけてくる。 
ちょっと言葉に詰まるほど、胸ぐらをつかまれたような熱い演奏だが、おそろしく人工的なリマスタリング盤だな〜っと思う。
ワタシ的には、すごく高音域に主眼をおいた87年のリマスタリング盤で、音が研ぎ澄まされており、研ぎ澄まされすぎて、鋭すぎて切れそうに思う。
「ふぁみれ しらふぁら えぇ〜し らぁ〜」というフレーズは、ゆったりと優美に演奏されている。
フルートの音色も良いし、クラリネットの残響もあるのだが、やっぱり、ヴァイオリンの音色なんぞ、音は創られているにおいがプンプン感じられる。でもね、やっぱり、ここは美しいかな〜と素直に思っちゃうのだ。ここは、カラヤンの美学の結晶なんでしょうねえ。クラリネットの「そふぁみ どしらし れ〜しらぁ〜」と落ちて、ファゴットの「ふぁみれらぁ〜」と落ちてくるところ。 
で、例のごとく、P×6でしたっけ。

その後の金管の音は、つんざくようなフレーズは、金属的で〜 熱い、熱いっ 瞬間湯沸かし器のように熱い熱湯が、まるで間欠泉のように噴出される。金管の畳みかけの部分の3連符は、速いが、「どれみぃ〜れ どふぁみれ〜 らそふぁみ・・・」というところは、音がつぶれているし、トランペットも速すぎるパッセージ、パパパ パパパ パパパ パパパ・・・というパッセージは、速すぎて〜 頂点のところで、音が・・・ あぁ〜あっ。
すごくパワーは伝わってくるし、これライブ盤だっけというほどの熱さがあるし、どどぉ〜んっと締まっていく。
この1楽章のトゥッティのところで、うん。すごいことはわかりました。

2楽章
5分の4拍子という、風変わりなワルツだが、弦の旋律にうまく木管のフレーズが絡んでいる。
流麗で、弦のピチカート、木管の音も良く聞こえるが、金管が入ってくると、キラキラというか、てかってくる。
ティンパンニーが、トントン・・・と入ってくると、ちょっとテンポがゆったりして、夢幻的な雰囲気に〜 
あっ また遅くなってきたという感じで、段々とテンポが落ちていく。疲れて諦めてしまうような、ふわーっとした、諦めムードが漂うのだが、ティンパニーが消えると、少し元気を取り戻す感じになる。

3楽章
スケルツォの楽章は、これまた速いっ。パンパカ パンパカ パカーンっ。
弦の部分で、しらずしらずに〜スピードをあげていく、弦のピチカート、金管が入ってくる頃になると、もっと加速される。
人工クサイ音がなんとも言えないけれど。熱い演奏であることは確かっ。
特に、トランペットの音がねえ〜 「みそ〜 みら〜 みそ〜みらぁ〜」
大太鼓が入って、ドスンっ 弦の渦巻き模様が出てきて、「そっれれ そっれれ そっどぉ〜 しられっ・・・」という処のフレーズなんぞ、はあ〜 ガラスが割れたかのようで、まるで金属の破片が飛んできそうだ。
すごい勢いがあるんで〜 このテンポに乗せられて、ついつい、手は動く、足はテンポを取る、カラダが揺れてしまって、自然に、完全に飲み込まれてしまうですけど・・・。なんとも、抗しがたい、このテンポ感なんで〜
うわ〜 熱い演奏だとは思うのですが、ワタシ的には、このリマスタリングは、ちょっといただけないです。

4楽章
低弦の響きが美しく落ちていき、完全にむせび泣き、慟哭という体で、フレージングされている。
だが、さほどオーバーには、うねるような粘りはないが、金管の音が入ると、少し乾いた音で多少割れた音のように感じてします。また、ここまで覆い被さるかのような感じで演奏するのは、どうなのかなあと思ったり。
既に3楽章で飲み込まれてしまったので、なんとも抗しがたい感があるだが、力強すぎて、生々しすぎて〜
これでは諦念という世界ではないようだ。
なんだか、生身を裂かれてしまうような複雑な心境で終わってしまいました。

ジュリーニ ロサンジェルス・フィル 1980年
Carlo Maria Giulini
Los Angeles Philharmonic Orchestra

なんじゃ こりゃ〜

録音状態は良い。1楽章は良かったんだけどなあ。てれっとした感じで歯ごたえがなく、心情的にもモノ足らない。共感できないで終わってしまった。
1楽章
1楽章だけを聴くと、流麗なフレージングだな〜という印象を受ける。
ファゴットが、 「ふぁそら〜そぉ〜 そらしぃ〜ら らしどぉ〜しぃ〜」と、繰り返して奏でられ、弦が、オーボエが重なってくるのだが、このあたりのフレーズは、とても美しい。
弦もかっちりした感じで、引き締まっているし、テンポも速めに、フルートの音色も美しく流れて行く。
金管もはっきりしたフレーズで、引き締まっているし、速めのテンポで、軽やかに明るめの音色を撒き散らしながら、流麗な歌うフレーズで奏でられていく。おおっ いいやん。
畳みかけてくるフレージングも、ウエットなところはあるが、カッチリさも持ち合わせており、たっぷりと歌い上げていく。
深刻で、くすんだ色調ではないし、深みには欠けてしまう。甘めで、明るい軽めの音なので、好き嫌いは分かれしまうだろうが、まあ、この歌いっぷりは良いと思う。
通俗的な楽曲だと言われかねないんだけど、そこがなあ〜 ちょっと。
ただでさえ、チャイコフスキーの旋律は歌うので、金管の歌いっぷりは、ちょっと笑えてしまうほど、明るく、あっけらかん。

まあ、テンポは1楽章としては普通だし、流れて行くフレージングは、美しいとい思う。
で、いったん静まって、ピアノ×6 という最小の音になった後、劇的に始まるのだが、ん?
パワー炸裂なのは良いのだが、金管の乾いた明るい音色、木管の明るい音色が、ちょっと、スピードが上がっていくと、ばらけ気味になっていく。この曲の表情としては、暗くて、悲嘆な感情が支配しているように思うのだが、このジュリーニ盤は、決してウツウツしていない。からっとした表情で、パワフルに押してくる。まあ、ティンパニーの一撃も大きいし、もりあがりかたも劇的だ。
しかし、悲しく、暗く、何かに押しつぶされそうになり、悲嘆に暮れているという風情は、微塵もなく元気です。
ハハハ〜 明るい音質は、これは致し方ないものだろう。きっちりアンサンブルもできているし、良い感じで仕上がっているように思う。

2楽章
問題は、この2楽章で〜 なんとも、テレテレとしまりのない流れ方をしていく。
流麗ではあるのだが、綺麗なだけで終わってしまう。優美なフレーズを優美に仕上げているのだが、魂入れず・・・という感じに聞こえてくる。
どうしてかなあ。リズム感がなく、オケとしての厚みが完全に不足している。また、テンポに締まりがない、ってことが考えられるだろうか。なにせ、弦のピチカートが奥まって聞こえない。低弦の下支えとなる響きが少ない。ティンパニーの音が聞こえないなど・・・ 立体的に響いてこないので、弦の主旋律のみが、歌っているだけに聞こえてしまう。

チャイコの楽曲って、ものすごい効率の良い曲で、オケのパートを分担させて、1つの旋律に聞こえるように組み立てられていく。なので、弦と木管、金管のバランスが、とっても大切だと思うのにねえ〜
主旋律だけでを、浮きあがって耳に届けらられても、これではいただけない。
弦部の音が、半分以下の音量となっている感じがする。
これはバランスが超悪い。これはアカンやろ〜。ホルンの和音の絡みは美しいとか、部分的な響きには美しさが感じられるのに、もったいない感じがする。

3楽章
テンポは速くない。もっとキリキリ〜っと、引き締まったテンポで進まないと停滞しそうだ。
途中で、速めになりそうだったのだが、ん? テンポはあげてこない。
迫力がないというか、パリパリ、キリキリ、パキパキした感じもしないし、ガシッとした、軍靴で、カッカと歩いて行くようなミリタリー調の演奏でもなく、う〜ん やっぱり楽天的で、ゆったり、のんびりしている。
これはアカンでしょ。明るくて、爽やかっぽいけれど、実は、てれっとしているという、なんとも不思議な演奏だ。
う〜ん なんか、綺麗にアンサンブルを合わせることだけに神経が行っちゃって〜 音楽としては、どうでしょ。
音楽としての表情づけを、すっかり忘れてしまった演奏のようで、う〜ん。なんじゃ〜こりゃ。
音としては成立してても、中身が・・・あらま。まるで、素人の演奏会を聴きに行ったみたい・・・。

4楽章
もうすでに、2楽章、3楽章で、感想は言い尽くしちゃった。
この4楽章では、冒頭から、もう、心が震えていなければならないのだが、その準備は出来てない。
明るく、元気で、合奏することを目的にした演奏であれば、まあ、良く出来上がりましたと言いたいところ〜だが。
流麗さは感じられ、その練習の成果はわかったが、2楽章で、すでに、馬脚が露わになってきたような気がする。
まあ、ズブズブになった演奏も困るのだが、あまりに淡泊すぎるのも〜困るし、とっても難しい楽曲なのだ。
感傷的になりすぎない、でも、クールでも困るし、流麗ですぎっていうのも困る。
あーっ 難しいっ。これは、聴いている人の心の状態に、相当左右され、好きか嫌いかが分かれるかもしれない。

ジュリーニ盤は、基本的には、1楽章だけ、一生懸命練習して完璧に仕上がったという感じがする。
初めて6番を聴こうという際には、まあ、いいかな〜 こんな暗くて、ジメジメしてて、泣きばかりの楽曲は、いやだーっと、言われかねない楽曲だし、最初っから、あまり悲嘆に暮れて、ドンビキになってしまっても困る。
なので、ちょっと、心情的には合うか合わないかはわからないが、このCDからでも聴いてみる? って感じだろうか。
まあ、しかし、何度か聴き進むと〜 渋みも苦みもなく、味わいにコクがない〜という感じになってしまうだろうと思う。

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カラヤン ウィーン・フィル 1984年
Herbert von Karajan
Wiener Philharmoniker
(Vienna Philharmonic Orchestra)

これもありかっ


録音状態は、まずまず。耽美的で、美しいフレージングだ。ソフトフォーカスされた甘さがあるので、カチッとした堅牢な、タイト気味の演奏が好きな方には、全く向かない。ちょっと甘めに気怠く、流麗に歌われ、この歌いっぷりの良さ、耳障りの良さ、ふわっとした美音にやられる。
まるで、舞台で死ねたら本望よぉ〜と言って演じている女優さんのようである。
1楽章
冒頭、ファゴットが、 「ふぁそら〜そぉ〜 そらしぃ〜ら らしどぉ〜しぃ〜」と繰り返して奏でられるが、そこから、少しスピードアップして、低弦の響きがかぶさって、さらに木管群が、楽器を引き継ぎながら、主題を描いていく一連のフレーズは、美しい。
ヴァイオリンの軽やかな「どれみぃ〜れ どふぁみど みぃ〜れ」「そふぁふぁふぁ らそそそ どししし れそそそ・・・」と続き、そして、フルートの軽やかな音色に、クラリネットが絡み、低弦のチェロに至るまで、最初のつかみが巧いな〜って思うのだ。主題の流れが、流麗だし、テンポの良さと共に、綺麗な音色が絡んでくるので〜
う〜ん。やっぱ綺麗だな〜と感じちゃう。
チェロの音色も甘いしなあ。それに、フルートの音色が柔らかく、ホルンのふわっとした響きが〜 う〜ん。美音っ。
まろやかな響きが、奥行きのある響きとなって、金管の彷徨を交えて、「ししし しれどし (そふぁみ〜)」と畳みかける。

録音状態は、さほど良いわけではないし、透明度の高いものではないだが、音色がねえ〜 
弦で、「られし られし られし・・・ られふぁ らぁ〜〜 しぃ〜 れぇ〜〜 ふぁぁ〜」と、行ったあと、「ふぁみれ しらふぁら れぇ〜し らぁ〜〜 ふぁみれ らふぁれふぁ し〜ら らぁ〜」
「らぁ〜 そふぁ ふぁ〜み」・・・と、いう主題になるや、はぁ〜 ため息が出ちゃうほど綺麗なのだ。
それにしても、音としてはシンプルだ。それに、楽器の使い方が巧いのかなあ。
ホント、チャイコフスキーさんって、なんてシンプルな音を使って、これほどまでに親しみやすくて、美しいメロディーが書けるんでしょうねえ。

ちょっと、かすれ系統の録音だが、十分に美しさが感じられることと、呼吸というか、間合いのあるフレージングは、耽美的である。歌いっぷりが良くなっており、「そみどみ らぁ〜 そそぉ〜」と、優雅に歌う。
オケの音色と、この歌いっぷりには、くらっと、させられちゃう。
ただ、なーんていうか、カッチリとしたフレージングにはなってなくて、流れ重視というか、気分重視というか。
そういう意味では、カッチリ楷書体には仕上がっていない。
えっ 出だしが、綺麗にはそろってないやん。弦が、どしら そふぁみれ・・・と音階を奏でるところで、木管の出だしがあってないなど、縦糸が、ちょっと合ってないっ。と、言いたくなる場面がある。

2楽章
チェロの奏でる優美なワルツで、ゆったり気味。甘めで、気怠い。
もう少し録音が良いと嬉しいのだが、ピチカートの音が、あまりアクセントが効いていないので、緩く感じられる。
トリルの部分には、切れがないので、優美と言えば優美なのだが、退廃的っぽさを感じさせる。
ティンパニーが叩かれ初めても、どーも、けだるさからは脱せず、、、
「そぉそ そぉ〜ふぁぁ〜 ふぁっふぁ ふぁぁ〜みぃ〜」と、ゆるゆる〜っとメタボ系になっており、いかにも歯切れが悪い。
カラヤンさん最晩年という時期なので、致し方ないのかな、それとも、わざとユル系にしたのかもしれないが。
いずれにしても、陶酔的というか、退廃的な香りのする楽章になっている。

3楽章
先の2楽章とは打って変わって、えっ テンポが速い。
弦の細かい動きがあり、「どっ れっれ どっら そっふぁふぁ みっ みれど」と、軽やかに可愛く進んでいく。
奥行きがあるのだが、フォーカスが、少し甘い感じがする。
で、この楽章は速いってことは、やっぱ、先の楽章は、わざと、ゆるゆる系の気怠い楽章にしたのかしらん。

ワタシ的には、この楽章は、聞き進むうちに、かーっと熱くなるような、ミリタリー調の演奏が好きなのだが〜
当カラヤン盤は、妙にソフトフォーカスされている。
クラリネットの音とかが、「ふぁっ どど ふぁっ どど ふぁふぁ〜」という音の広がり方とかが、甘くて柔らかい。
弦の響きは、綺麗だな〜 可愛いなあ〜って思うし、金管の音色も柔らかく甘め。
テンポは良いのだが、ざっくりしており、造形美という点では、ちょっと緩め。
カチっとした堅牢さ、タイトな感じがしないので、なんとなーく雰囲気に流されていく感じがする。
(でも、聴いてて、ノリ感よく歌えちゃうし、耳障りが良いので、不思議と悪い気がしない・・・笑)

4楽章
この最終楽章の流麗で、気怠い雰囲気は、う〜ん。耽美的で、まるでワーグナーのトリスタンでも聴いているような雰囲気がする。とっても甘くて陶酔的だ。
フレーズの最後の音が消えないうちに、次のフレーズが重なるように、すかさず滑り込んでくる。
あでやかに、するり〜っと、次のフレーズの最初の音が繰り出されてきて、これは、泣きたくなるような美しさがある。

こりゃー 確信犯でしょ。
見事に、美しい弦の音が入ってくる様相は、う〜ん。これは、お見事っとしか言えない。
フレージングの間合いというか、呼吸というか、う〜ん これは歌だ。
歌謡風というよりは、まるで、オペラを聴いているかのような雰囲気があって、作られた劇のなかで、主人公になって、もはや喜んで、泣きたくなっちゃう感じ。
フェードアウトされたあとも、余韻が十分に残っていて、、、ずーっと、そのまま、よよよと、舞台に立っている感じがする。
はぁ〜 久々に悲愴を聴いて、やられました。

ムラヴィンスキー盤とか、マゼール、ショルティ盤なんぞを聴いていると、硬くて男性的だが、このカラヤン盤は、かなり女性的だ。妖艶と言わないまでも、かなり妖しい気配があって、色香の残る演奏である。
それと、楽曲全体を交響曲としてではなく、歌としてとらまえて聴いてみると、すごいかな〜やっぱり。

もちろん、その反面、ストイックさは感じないし、虚無感に至るほど、悲嘆にくれて泣いているとは思えないし、ある意味、舞台芸術人的発想からできた、作られた悲嘆っていうか、演じられた死への憧れ的な感覚というか、
う〜 そうですねえ。まるで、舞台で死ねたら本望よぉ〜と言って演じている女優さんのようだ。って言えば、わかりよいだろうか。まっ ワタシ的にはそんな風に感じられた。

0942

デュトワ モントリオール交響楽団 1990年
Charles Dutoit
Orchestre Symphonique de Montreal
(Montreal Symphony Orchestra)

いかすぜっ

録音状態は良い。爽やかで、まろやかな演奏で、これでは腰抜けと言われかねないが・・・良い意味に考えると、今風の清潔な悲愴である。
ある意味個性的な盤。
カップリング:幻想序曲「ロメオとジュリエット」

1楽章
たらら〜 たらら〜ら メチャ暗いわけではないが、デュトワ盤は意外な渋い味を出してくる。
デュトワにモントリオール響 それがチャイコかあ。う〜ん。かなり疑心暗鬼だった。そんなモノ似合わないぞ。と思っていたのだが、意外や意外。
フルートが絡んでくると、明るく、さらさらした音色になる。だが、弦は極力抑えめにしており、いつもの煌びやかな音色は抑え気味で、いぶし銀のように渋い。へえ〜 これ、もしかしてドイツのオケか?
いや〜 コンセルトヘボウか。う〜 バイエルンか? まさかモントリオールとはなあ。という感じ。
チャイコフスキーの「悲愴」としては、デュトワ盤は、超穴馬的存在に思う。

低音の木管、低弦については、いつものチャイコという感じがするのだが、金管が絡んでくると、テンポが一気に速くなり、軽やかさが出てくる。一瞬、はしょっているのかと思うほどテンポがあがるのだが、きちんと帳尻があっている。上昇音階のフレーズは、まことにみごと。美しい。
(ふぁふぁふぁ〜) ふぁみれしらふぁら れ〜しら〜 (ふぁふぁふぁふぁふぁー) 
このフレーズは、とても印象的で、甘美で、とろけるぐらいなのだが、ヴァイオリンの旋律より、私的には、副旋律というか、バックの「ふぁふぁふぁふぁー」と低弦の響き。これにまいった。
なんとも豊かに、ふかふかしていて、大変気持ちよいのだ。う〜ヤラレタ。
で、低弦の音の響きが、全体的に、ふわ〜っとしたフレーズに仕上がっている。
デュトワ盤は、さめざめと泣くタイプではない。大袈裟な演技をしてくれる盤もあるのだが、丁寧で、歌謡的旋律も、ティンパニーの響きも、まろやかに響く。
特に、低弦の音が、かなり良い。コントラバスの響きが豊かなので、軽い演奏には感じない。音色も、ドビュッシーを演奏している音色とは、う〜ん。違う。同じオケとは思えないほど別人。
特に、フルートの音色、クラリネットの響き、幾分、金管がふわーっとしているぐらい。
ゴリゴリ、ガシガシに弾く弦ではないのだが、かといって、いつものふわーっ キラキラではない。
音色は、とろり〜としつつも、テンポまで引きずられておらず、テンポも小気味良いほど。
ティンパニーは、よく響くし、金管も咆吼しているのだが、迫力満点に迫ってくるものの、やっぱ上品だ。
決して、えぐい音では鳴らない。迫力満点のフレーズより、そこから開放的されたように、のびやかなフレーズが、恐ろしく美しい。ずるずるに鳴らない程度に、テンポも速めにしている。

2楽章
この楽章は、このデュトワ盤の白眉じゃーないかと思う。
ちょっと速め。丁寧なくせに重すぎず、奥で響くティンパニーの弱音が、アクセントになって、推進力になっている。アンサンブルもみごと、崩し過ぎず、楷書体でカチカチにも過ぎず、なんとも、今風の軽やかさ。
独特の拍子なのだが、ワルツのように聞こえる。
ぶんちゃっちゃ。的に たらら〜 ちゃちゃらっらら〜 真ん中の「っ」部分が、小節回しが軽やかで、なんとも可愛い雰囲気を与えてくれる。チェロの音も太めのアルトで、歌い上げる。 

3楽章
テンポは速め。奥行きの豊かな音が、金管のタンタカタンタカ タターっ!
すごくテンポが速いのだが、小気味よい。すごく軽い。しかし、残響が良いことと、低音域の響きが、すごくまろやかに聞こえてくる。おまけに、音場が深い。
行進風的に展開していくところも、ティンパニーの豊かな響きと共に、木管が、きらびやかに、のびやかに吹かれている。 ここはホント、キラキラしており、他の盤では聴けない音色だ。
今まで、ガシガシのドイツっぽい、ガチガチした硬〜い歯ごたえの盤ばかり聴いてきて、「悲愴」は、ちょっと古い録音の壮絶なムラヴィンスキーが、やっぱり1番かなあ。・・・と思っていたのだが、はあ〜。これはまいった。これほど 、きらびやかで、のびやかなチャイコってあっただろうか。
テンポよく、一陣の風が吹いてくるような、爽やかなチャイコ。
ひえ〜こんな、まろやかなチャイコで良いんだろうか。と疑問に思うほど・・・ 
いや。今風でいいんだ。う〜ん。とても新鮮! 最後には、大太鼓が一発。風が舞うなか、熱っぽく 行進曲風のフレーズが鳴り響く。大太鼓の響きと共に、パステルカラー的にも感じられるチャイコで、摩訶不思議な世界に突入してしまったが・・・ハイ、私的には、大変満足です。

4楽章
泣きのチャイコとは、違う世界が広がっている。メソメソ、ちんたら〜 泣いてばかりのチャイコ節というのもあるが、デュトワ盤は、ドロドロした泣き節にならず、恋心をうちに秘めた、ちょっぴり甘く切ないフレーズになっている。
といっても、単に甘いだけではなく、淡泊にもならず。クールすぎず、節度ある〜という雰囲気だ。
頭を抱えて、ぎーっとせっぱ詰まっているわけでもなく、うちひしがれて・・・どどーっと泣かれても、どうも今の世情にはマッチしない。
もちっと爽やかに、清潔感あっても良いんだろうと思う。

悲愴は、コテコテしすぎか、ぎーっとした形相の、テンション上がりっぱなしという盤が多いが、デュトワ盤は腰が柔らかい。
チャイコフスキーって、どことなく両極端な取り扱いで、敬遠ぎみだったと思う。ワタシ的には、泣きたい時には泣く盤を、シツコクて、やだーっという、感情の押し付けすぎる演奏は、ちょいと遠慮した い時に、すかっと聴くなら、デュトワ盤だと思う。デュトワ盤は、いたずらに構えて聴く必要はない。チャイコの悲愴を自然体で聴ける珍しい盤かもしれない。その意味では、画期的 だと思う。それに録音状態も極めて良い。
今まで耳にタコができるほど聴いてきて、食傷気味で、今更チャイコなんぞ聴けるかい。という方にとっては、これは、かなり新鮮なのではないかと思う。 ワタシ的にはお薦め。
あまり泣かれずにすむ。または泣きたくない。感情移入して、コテコテに入り込みたくない。または、引きずり込まれたくない。って時には、ハイ、お薦めです。

0424

インバル フランクフルト交響楽団 1991年
Eliahu Inbal  Radio Sinfonieorchester Frankfurt
(hr-Sinfonieorchester、Frankfurt Radio-Symphony Orchestra)

もはや〜これまで。

録音状態は、透明度はあるが低音があまり響かない。演奏は、かなりの鬱傾向にあり、ジメジメ〜ウツウツしてて、力を抜かれるアブナイ演奏である。
カップリング:ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死

1楽章
序奏部分を聴くなり、くらっ! うはぁ〜じめっとしてて、カビ臭い・・・というのが第一印象だった。
金管があわさってくるところは、なかなか迫力が出てくるのだが。そこまでが、う〜ん。
音量が少ないためか、しめっぽいお通夜のような状態で、深い溜息をついて、どーも陰気なのだ。
テンポが、ゆったりしており、歌謡風であるフレーズも、さほどのびない。
そのためか、泣き節たっぷりのチャイコフスキーではないのだが、いんき〜で、じめじめ、一人鬱状態で悩んでいるかのような雰囲気が漂っている。

第2主題は、少しは歌ってくれるのだが、明るい歌い方ではなく、木訥としている。
フレーズは、あまり、ずるずる〜っと引きずらないで、上昇音階のところは、レガートがかかって綺麗だ。
ただし、フレーズ全体の膨らみが少ない。テンポがやや遅め。低音の響きはイマイチで、まろやかには響かず、どちらかと言えば、録音状態は籠もり傾向にある。
金管が活躍する場面では、なかなか強奏で、強いフォルテとして鳴る。いわゆるロシア的な演奏ではないと思うし、とろとろになるほどの感情移入はない。また、暴力的でも破壊的でもないが、わりと無機質っぽく、冷めたクールな演奏に聞こえてくる。
そのくせ、楽章の最後付近になると、金管と弦の鳴りぷりが凄い。音量も大きいのだが、音の塊として、ずーっと地の底で、低音が響きわたり、地鳴りがずーっと続いているかのようだ。
地の底で・・・という雰囲気は、大変面白い。最後、弱音で一音一音、地下に降りていくようだ。

2楽章
テンポ悪いかなあ。もちっとピチカート部分は跳ねてもいいかも。テンポが良くない感じがする。
もちっとのびやかに、揺らせてもらわないと、この場面はおもしろくないのだが、乗らない。
フレーズに膨らみや丸みを感じないので、特にヴァイオリンの歌い方が淡泊だと感じてしまう。
う〜 ウツウツしてしまう。でも、そこがインバル的って感じもする。
木管のフレーズやホルンとの絡みは、綺麗だな。と思うのだが、ティンパニーが執拗に「レレレ・・・」と叩き始めると・・・あ〜やっぱ相当暗い。
このティンパニーを聴いているだけで、仕事鬱の時に聴くと、果てしなく落ち込んじゃうような気がする。
う〜ん。インバル盤のヴァイオリンとティンパニーじゃ、落ち込んじゃう。

3楽章
几帳面にテンポを刻んでいくタイプで、はあ〜 なんとも盛り上がらない。
テンポを、ちょっとあげていただきたいのだが、みなさん、几帳面にカサカサ・・・と弾いております。
ティンパニーも几帳面に響いている。
なんだか楽しくない楽章になってしまっており、細切れフレーズが続くなかで、気怠いムードが漂う。
この楽章で、外に向けて、ぱ〜っと発散しておかないと、もっと暗くなるんだが・・・
悲愴のなかで、ちょっと明るくなれるのは、この3楽章しかないのに・・・あらら。 
ヤバイですよ。同じ旋律を繰り返しながら、楽器が集まってくるところでは、ようやく、うねりがでてくる。
でも〜 なんとなく、うねりというより、粘りだわ。これ。
納豆を、クネクネ練って、糸が引きだした粘りという感じに近い。
ただ、透明度が高いので、繊細に聞こえる。
金管が たんたかたんたか たた〜っ。という最後のフレーズが、粘っこく、粘土をこね回して充分に盛り上がったあと、テンポが落ちる。
なんでー ここでテンポを落とすんじゃー。一気に行ってくれーっ。
我慢できず叫びたくなるのだが、インバルさんは、天の邪鬼なのだ。で、我慢しきれず叫んだ途端、速くなるという感じで、なんだー そんなら一気に行けよ。ヘソマガリっ!

4楽章
やっぱ、暗い。暗すぎーっ。で、粘っこいので、底なし沼に落ち込んだ気分にさせられ、抜け出せない。
暗いといっても、インバル盤は、ずぶずぶ行く暗さで。虚無感が漂うのだ。
テンポと、フレーズの粘りの独特さがあって、こりゃ ヤバイ。なーんにも、やる気が出ない。
先が見いだせないような暗さ。これでは、メソメソ泣いている方が、まだ、感情に動きがあって良いなーっと思ってしまうのだ。
なんだか、元気なうちだと、この演奏に抗えるような気がするが、ホントに疲れて鬱かな〜と自分でも気がついている時に、聴いちゃうとホント ヤバイかもしれない。
(いや、自分で気づいていないことが多いからなあ。元気でない時以外は、やめておいた方が良い)

弦の底辺を這うフレーズに、ヴァイオリンの高音が重なってくるところは、演奏としては絶品に近いんだが、ワタシ的には、この楽曲自体にインバル盤を聴くと、果てしなく活力を抜かれる気がする。
仕事が忙しくて、活力が不足しているときに聴いてしまうと。底なし沼に・・・。
そして続きに、カップリングされているワーグナーを更に聴いてしまうと、誰かを引きずり込んで一緒にドボンしましょう〜っていう気分になってしまう。
ある意味危険なので、避けておいた方が無難かな〜って感じ。
正直言って、精神衛生上、とっても悪いので、あまり聴きたくない盤ではあるが・・・
チャイコの悲愴って、ホントは、こんな楽曲なのかもしれないと考えては、鳥肌が立つほど怖くなってしまう一枚である。
1953年 マルケヴィッチ ベルリン・フィル ★★★
1960年 ムラヴィンスキー レニングラード・フィル(サンクトペテルブルグ)  
1964年 マゼール ウィーン・フィル Dec ★★★★★
1971年 カラヤン ベルリン・フィル EMI ★★★
1976年 ショルティ シカゴ交響楽団 Dec  
1979年 ザンデルリンク ベルリン交響楽団 De  
1980年 ジュリーニ ロサンジェルス・フィル ★★
1984年 カラヤン ウィーン・フィル G ★★★
1986年 アバド シカゴ交響楽団 SC  
1986年 バーンスタイン ニューヨーク・フィル G  
1986年 マズア ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団  
1990年 デュトワ モントリオール交響楽団 Dec ★★★★★
1991年 インバル フランクフルト放送交響楽団 De ★★★★★
1992年 チェリビダッケ ミュンヘン・フィル EMI  
2004年 ゲルギエフ ウィーン・フィル  

「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

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