「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

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バーバー 弦楽のためのアダージョ
Barber:
Adagio for Strings


サミュエル・バーバー(Samuel Barber)は、1910年生まれのアメリカの作曲家です。

ウィキペディア(Wikipedia)を元に記述すると
同世代のパリに留学したコープランドやカーターなどとは違い、モダニズムや実験的姿勢に走らず、和声法や楽式において、伝統的でな作風で、豊かで華麗な旋律が特徴的です。
作品としては、この弦楽のためのアダージョが、イチバン有名だと思いますが、もとは、弦楽四重奏曲第1番の第2楽章を編曲したもので、38年、トスカニーニによって初演されています。
この曲が有名になったのは、ジョン・F・ケネディ大統領の葬儀で使用されてからだそうで、そのため、訃報や葬送などでの定番曲のように使われるようになったそうですが、作曲家ご本人は、葬式のために作った曲ではないと不満を述べておられたそうな。
しかし、すすり泣くような旋律、中間部終わりの激しく突き上げる慟哭のようなクライマックスは、う〜ん。やっぱり人の涙を誘います。映画「プラトーン」や「エレファント・マン」などにも使用されており、みなさんも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。約10分程度の楽曲です。

  プレヴィン ロンドン交響楽団 1976年
André Previn
London Symphony Orchestra

ほぉ〜良いヤン

録音状態は良い。適度に厚みがあって、庶民的というか親しみやすい。
プレヴィンがEMIに録音した10枚組BOXのなかの1枚
André Previn – The Great Recordings  (The LSO Years 1971-1980) 10枚組BOXの9番目のCDに、オルフの「カルミナ・ブラーナ」録音74年とバーバーの「弦楽のためのアダージョ」が、カップリングされている。

プレヴィン盤は、映画「エレファント・マン」に使われていたらしい。映画は見たことがあるものの、すっかり忘れている。
映画「プラトーン」にも、この楽曲は使われていたらしいが 、誰の振った盤なのかも知らない。どのシーンで使われていたのかも忘れているぐらいで・・・記憶に残っていなかった。
いずれにしても、穏やかで鎮魂歌的に響いてくる楽曲である。
プレヴィン盤は、響きに厚みがあること。聞きやすく、癖があまりないように思う。
大衆的って言えば大衆的かもしれないが、でも聞きやすい。
たらら たらら たらら〜と、続く波が心地良く、適度に厚みがあって、速さも頃合い。
特に、低弦の響きが深く、多少甘めの音色なので、この低音域の響きが、ずーっと心地良く進行していく。チェロの甘い声と、シンプルな音型で繰り返され転調していくヴァイオリンの響きが、絡みあって上昇し、下降していく様が、う〜ん、綺麗だと思う。

自然のペースで頂点に持って行かれて、その後、ひと呼吸入れて下降していく。
頂上の「らら し〜 ら〜っ」という高音域の声が、キンキンに響かず、絶望的な様相も示さず、そのまま力が抜けたように、ふ〜っと落ちていくところが好きだ。
この落ちかけの「し〜ら〜 ら〜そ〜 ど〜ふぁ〜」の響くところで、やられたっ。と思う。
前半より後半の深い響きが、たまらん。
バーンスタイン盤は、ちょっと遅めでじっくり型。マリナー盤は、擦れた薄め風味。
深夜、どっぷり浸かりたいときは、バーンスタイン盤だけど。昼間に聴くのであれば、大衆的で一般的に聞こえるプレヴィン盤が、普段着ぽく、心地良い かなぁ〜と思っている。
心地良いって言うと、この楽曲の精神性は?と、突っ込まれそうだが、レクイエム的に聞こえるが。
レクイエムではないと思っているし〜 ワタシ的には、これでちょうど良いかなと思う。
  バーンスタイン ロサンジェルス・フィル 1982年
Leonard Bernstein
Los Angeles Philharmonic Orchestra

切なくて泣きそう

録音状態は良い。これは泣けます。ライブ盤
カップリング:コープランド「アパラチアの春」、W・シューマン「アメリカ祝典序曲」、バーンスタイン「キャンディード序曲」 「ラプソディ・イン・ブルー」とのカップリング盤もあり。
71年、ニューヨーク・フィルとの録音もある。

バーンスタイン盤は、テンポがゆったりしている。
鎮魂歌(レクイエム)としてのアプローチで、レニーさんのねっとり系の演奏が、これにはハマル。
「し〜 しらし どしど れどれ みどれ みれみふぁ ど〜」
「ど〜し〜どれ しらそ ふぁみれ どれみ ふぁそら しらふぁ ふぁ〜」
フレーズにほとんど切れ目を入れず、フレーズにうえに次のフレーズが覆い被さってくるようだ。
暖かみがあり、人のぬくもりを感じるが、じ〜っと悲しみが、フツフツと出てくるのが感じられる。

「たらら たらら たらら〜」と、いうフレーズには、あまり振幅がない。
テンポが遅めなので、低めにじんわり〜という、張り付いたようなところがある。
この楽曲に、ちょっと甘さも欲しいのだが、これは違うアプローチである。
綺麗だとか、美しいという言葉では、ちょっと表されない沈み方で、お言葉のかけようも御座いません。 って感じなのだ。
どうも余計な言葉は、要らないみたい。言葉をかけちゃ〜 ちょっとマズイ。
そんな感じが漂っている。
涙なしには聴けないのは、やはりバーンスタインになるかと思う。
幾分、ねちっこく、引きずったところを感じるのだが、この楽曲なので、さすがに真骨頂という感じがする。
ピークを迎えたところの音の伸ばし方などは、このバーンスタイン盤が、イチバン長いように思う。

雰囲気としては良いと思うのだが、演奏としては、ワタシ的には、ちょっと平板に感じちゃう。
間合いがねえ。これにハマル方と、そうでない方と、分かれちゃうかも。
そして、カップリングされている楽曲を見ていると、明るく、お天気模様が派手な曲の間に、挟まれており、どうも・・・いただけない。アダージョの居心地が悪すぎ。この盤では、弦楽のアダージョの次に、バーンスタイン「キャンディード序曲」が鳴るんです。これには思わず苦笑 だ。何とかなりませんかね。
雰囲気ぶちこわしなんだけど・・・。カップリングのセンス悪すぎっ。
  チェリビダッケ ミュンヘン・フィル 1992年
Sergiu Celibidach
Münchener Philharmoniker
(Munich Philharmonic)

はぁ?

録音状態は良い。最初から最後まで、息が止まって固まってしまう。何もかもが消えてしまうような怖さあり。(ライブ盤拍手入り)
チェリビダッケ・エディションVol.4 15枚組BOXの1枚
ショスタコーヴィチ 交響曲第1番、9番とのカップリング

チェリビダッケ盤は、音が出てき途端、思わず息を止めてしまうような感じ。
で、息を呑み込んで、張りつめたなかで聴くことになってしまう。
思わず歩みを止めてしまう力があって、立ち止まってしまう。でも、それは強制でもないし、自然なことのように感じるのだから不思議。チェリさまの魔力である。

プレヴィン盤では、旋律を流れとして聴いてしまったし、ふわ〜っとした自然ななかでの膨張感や収縮感を楽しむことができる。
それは創られた音の流れで、膨らませて、萎ませる力が、ちょっと強調されているが、それに乗れる心地良さだ。でも、チェリビダッケ盤を聴くと、この楽曲は、流れではないような気がする。
なんだろ〜 とても不思議な時空間が広がるのだ。
時間が止まってしまったかのような錯覚なのだけど・・・。

音色とか、フレーズを聴き込んで〜という気にならなくなってしまって。あ〜あっ やられたなあ。と聞き終わってから、息を大きく吐き出して、これは、やっぱレクイエムなんだ。と感じてしまった。
フレーズのなかでの音の厚みは薄め。厚みは楽曲のなかで終始あまり変わらず、テンポも大きくは変わっていない。弦の音が淡々と流れていくのだが、高い音に移行するときも、盛り上がることなく、すーっと移動しており、気がついたら頂点に立っている。で、下降線を辿る時も、放物線のようなカーブを描いて落ちるという感じはしない。

プレヴィン盤だと、ふわ〜としながらも、すっと力が抜けてしまうのだが。チェリビダッケ盤だと、まだ高みにとどまったまま立っている感じがする。いや、初めから、音は上下していたのだろうか。と振り返っても気がつかないほど。ひぇ〜 ある意味怖い盤だと思う。
チェリ盤は、初めと終わりが感じられないというか。フレーズの高さの上下関係も音量感覚も、わからなくなってしまうし、膨らみも萎みも感じられず。いや、その時は感じてはいるのだが、すっと通り過ぎてしまうというか。無意識のまま過ぎていくというか。感覚麻痺状態になっているというか、ひぇ〜ん。なにせエンドレス的なのだが、形が無い。これが怖いなあ〜と、何度か繰り返して聴いて思ってしまった。

この盤には拍手が入っているのだが、拍手が聞こえないと終わったと思えないぐらい、不思議な盤なのである。すこぶる一般的、大衆的な人なので、ワタシ的には、こんな念力、魔力を投じなくても〜と思うのだが、小品に手を抜かない指揮者の緊迫感がひしひし漂ってくる。
ワタシなんぞ、ナマクラ者なので、人生、多少波があっても良いと思ってしまうし、その波の曲線の描き方を見て、あ〜 あの時なあ。あ〜だったよな〜て感じたいのだ。
それが。う〜ん。後ろを振り返っても、チェリビダッケ盤だと、人生の節目、あった筈だった始点と終点が、消えているようで。ハイ、最初っから、そんなモノ無かったですよ〜っと、言われているようで。
ありゃりゃ〜 ひぇ〜 そんな筈はないでしょっ。
何もかもが消えていくようで、えっ ワタシも消える? とにかく怖いデス。
1975年 マリナー アカデミー室内管弦楽団 Ph
1976年 プレヴィン ロンドン交響楽団 EMI ★★★★
1981年 レヴィ アトランタ交響楽団 Telarc  
1982年 バーンスタイン ロサンジェルス・フィル ★★★
1992年 チェリビダッケ ミュンヘン・フィル EMI ★★★★★

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