バルトーク 管弦楽のための協奏曲 Bartok: Concerto for Orchestra

 バルトーク 管弦楽のための協奏曲
Bartok: Concerto for Orchestra
アンドリュー・デイヴィス ロイヤル・ストックホルム・フィル 1996年
Andrew Davis
Royal Stockholm Philharmonic Orchestra

A・デイヴィスの演奏は、録音状態が極めて良く、スマートで、柔軟度が高い楽しい演奏だ。このバルトークの管弦楽のための協奏曲はまだしも、弦チェレは畏れなしには聴けないので、あまり好みではない。乾いた音で猛烈に崖っぷちに追い込んでくるような演奏は、げに怖ろしきもので~逃げ腰状態。しかし、当盤は、まろやかに聴けるので、強烈な演奏に躊躇しちゃうときは逃げ道として手にしていた。確かに、ガツンっと一発入ってこないと柔すぎる。直線的に押しの強い方が、多分、バルトークらしくなる。乾いた音は嫌だ~ 怖いのはヤダーっと言って、我が儘言い放題だが、頃合いの難しい曲だとの認識はしている。ロイヤル・ストックホルム・フィルの演奏は、油絵のタッチのような分厚さが少ない。どっちかというと水彩画に近い。でもね、馬力はあるんですよ、ティンパニーの響きや低弦の響きも聞こえてくるし。フレージングだってキビキビした感じはあるんです。リズミカルだし、金管の和音だって綺麗だし~最後のカノン風のところの倍音も美しい。第2楽章は、素直すぎ。いひひ~っと意地悪っぽく、ワルぶる負の感覚は少なめ。金属っぽさ、都会のすえた匂い、鄙びた感覚とかがあれば嬉しいかも。ニヒルな笑い。おとなの社交辞令、大衆のイヤミな嘲笑、口が横に歪んだような笑い。(あ~ 聴いているうちに性格歪みそう)A・デイヴィスの演奏は、丁寧で素朴だ。それなりに納得できちゃう。きっと、この方は、イヤミなところのない良い人なんだろう。


 バルトーク 管弦楽のための協奏曲
Bartok: Concerto for Orchestra
セルジュ・チェリビダッケ  ミュンヘン・フィル 1995年
Sergiu Celibidach Münchener Philharmoniker(Munich Philharmonic)       

チェリビダッケの演奏演奏は、ライブ盤だ。最初と最後に拍手が入って、リハーサル風景までオマケでついている。テンポは、いつもどおり遅めで幻想的な世界が拡がる。弱音部分は超綺麗だが、クラリネットやフルートなどの木管フレーズが、くっきりと浮かんでこない。なにせテンポが遅く、同じテンポで進むため 、リズムのうねりを感じるという面白みに欠け、フレーズの波に乗れる気がしない。第3楽章は、コントラバスの低い響きに、オーボエとフルートが乗っかるのだが、幽霊が出てくるような雰囲気だ。特にピッコロの音は、足のない幽霊が登場しましたという感じ。ここだけ聴くと、ラヴェルかなあ~って思ってしまう。かなり幻想的で静謐感があり、ホルンの音色を聴いていると森深くに迷い込んだ感じがする。ティンパニーが鳴り出すと、これが怖い。深刻な状況にいきなり突き詰められる。副題が「悲歌」とついた楽章だが、もっと緊迫感、悲愴感がある。幻想的で怖すぎ。第4楽章では、ショスタコ7番を模したフレーズ(ちちんぷいぷい)があるが、独特の美意識が棄てきれないのか、綺麗にまとまりすぎて諧謔的な要素がない。毒も盛って欲しい。総体的に、弦が綺麗で幻想的な雰囲気が出ている。コミカルでオチャメ、皮肉の要素が欲しいが、テンポを揺らさず、この楽曲を、 丁寧に端正に突き詰めて演奏している。


 バルトーク 管弦楽のための協奏曲
Bartok: Concerto for Orchestra
ピエール・ブーレーズ シカゴ交響楽団 1992年
Pierre Boulez Chicago Symphony Orchestra

とっても精緻な演奏で、独特のヒンヤリ感を持っている。「しゅ~るるるっ」と響き渡り、すわ~っと即冷凍という感じ。音の出てくる空気感が、なんとも言えない雰囲気があり、音の余韻と響きが感覚を鋭くさせる。五感というより第六感を求められるような演奏だ。未来を予知する能力的なモノを求めてくるような雰囲気がする。超能力的な感じというか、魔術というか。立体的というよりも、異次元的で、従来の枠を取っ払って聴かないとダメなような。黙示録というか、なーんかそんなご大層な演奏なのだ。
精密機械のような精緻さ。ジグソーパズルが、隙間なくきちんと収まるべきところに収まっている感じがする。抽象的だが解りよい絵画を見ているかのよう。第2楽章は、諧謔的でも道化風でもなく拍子抜け。盛り上がりもしない。しかし、つまんないと文句が言えないほど、いろんな音がクリアーに響いてくるので、黙り込んでしまった。第3楽章は、木管の低音の揺れ動くフレーズが凄い。幽霊が彷徨うようなエレジー楽章だが、深海魚のように光の届かない岩陰に隠れているような気持ち悪さがある。極めて客観的なので、ぐさっと入ってくるものが少ない。精緻さは感じるものの理知的で。イマジネーションが湧かないというか、肌で感じない演奏だ。頭で考えて、アンタの想像力次第さ~と言われているような気がする。
そんな感じなので、第4楽章も、遊び心ってモノが少なく。う~ん。 跳ねるようなワクワク感の少ない楽章になっている。う~ん。何じゃこりゃ。淡泊すぎませんかねえ。なんか、アッサリし過ぎて、コミカルさやパロディさが影を潜めており、民族的な舞曲風が削がれてしまっており、楽章の面白が半減してしまってツマラナイ。なんか機械的すぎませんか。


 バルトーク 管弦楽のための協奏曲
Bartok: Concerto for Orchestra
ジェームズ・レヴァイン シカゴ交響楽団 1989年
James Levine
Chicago Symphony Orchestra

最初に聴くのには良いけれど、個性的な盤が揃っているオケコンのなかでは、なーんか中途半端で煮え切らない印象を与える。雰囲気的には、ゴシック調のイメージ。スケールの大きい荘厳さだが、堅牢で険しいという響きではなく、 もわっとした暖かい響きが特徴だ。同じシカゴ響だが、ショルティ盤が硬い印象なのに、レヴァイン盤は柔らかめ。泥臭くもなくすーっと行かれて、腰が弱いかなぁと思う。ティンパニーの響きは勇壮なのに金管が馬力を出して前に出てくれると嬉しいが。もっと劇的に演奏されると想定していただけに、印象が異なった。おどけの金管は面白かったのだが、 斉唱風のコラール旋律が絡んでいくので、まるで道化師が聖職者をからかっているように思える。極端な対比が演出できれば面白いのに。少し遊び要素、キビキビした弾み感があっても良いように思う。不協和音の響きやアルペジオの受け渡しとか、透明感と間合い、あざ笑い方も諧謔的であったり、ところどころ面白い要素はあるのだが、総体的には緩いかも。もっと、あざとくやって欲しいかも。


 バルトーク 管弦楽のための協奏曲
Bartok: Concerto for Orchestra
アンドレ・プレヴィン ロサンジェルス・フィル 1988年
André Previn Los Angeles Philharmonic Orchestra

プレヴィンの演奏は、弦も木管も金管も、柔らかい音質で、柔らかいフレーズなのだが、語尾をティンパニーがピシッ、バンっと締めている。縦横無尽にのびやかなフレーズが続くわけではなく、弦は柔らかいが、支える低音の音は硬めだったりする。軽やかだと思っていると、すかさず力強い金管が後ろに控えているという感じだ。剛柔合わせ持ったパッチワークのような組織的な構造で演奏が成り立っている。濃淡、陰影を織り込んでの演奏。う~ん、恐るべし。あなどれない。第2楽章は、小太鼓がスパイスのように効いているし、ファゴットはコミカルに歌う。もっと、楽しげに演奏するのかと思っていたが意外と淡々と進んで行く。しかし、耳を澄ますと、奥行きある控えめな対話型になってて楽器の語りかけの間合いが面白い。諧謔的ではないが、しっかりと喋っている。セッションを重ねるうちに、段々とユーモアが出てくる感じ。ミュート付きのトランペットが、特にオチャメ。芸達者というか、なかなかのテクニシャン。第3楽章は、夏の夜、柳のした、ぼよよぉ~んという肝試し大会のような楽章だ。生暖かい雰囲気のある演奏で、フルートが、むはぁ~ 1枚、2枚と数えているかのよう。ぴよよよょ~っ、風が首筋を撫でて寒くなってくる。楽器間の受け渡しの間合いに、なんとも言えない気持ちの悪さがある。ぴろぴろ、ぴろぉ~っと吹かれる笛の音。しのびよる足音、チェロの揺れのあるフレーズ、怖い弦、グリッサンドの音が、すわぁ~っとした風の流れに感じられて、ホラー映画のBGMのようで身震いしちゃう。第4楽章は、悲しげな舞曲を奏でた後、擬人化した皮肉な笑いが登場する。プレヴィンの演奏は、沈んだ舞曲となっており、フルートの音が古色蒼然とした感じを与え、木管の笑いが古い記憶のヒトコマを剥がす。第5楽章は、ホルンのユニゾンで始まる。ヴァイオリンがジグザグに無窮動風のフレーズを奏で始め、躍動感ある16連符音は、じわじわ~っと盛りあがりを見せる。スピード感が一段あがり、弾んで飛んでいきそうな旋律の合間に、チューバが締めてくる。ものすごいスピードで、さらさら~っと流れて行くが、タイムスリップしちゃったかのよう。で、金管のファンファーレが入ってくると、一気に空気が変わり、からりと嘘のように晴れ渡っていく。
プレヴィンさんの演奏は、見通し良く、いろんな表情を見せる。この演奏には、なかなか含みがあるように思う。冷たすぎず苛烈でもない。いたって穏やかで大人だ。穏やかな表情のなかに、複層的な表情が見え隠れしている。そして、エンタメ風に仕上げているところが凄い。とっても聴き応えがありました。


 バルトーク 管弦楽のための協奏曲
Bartok: Concerto for Orchestra
シャルル・デュトワ モントリオール交響楽団 1987年
Charles Dutoit Orchestre Symphonique de Montreal(Montreal Symphony Orchestra)

デュトワの演奏は、明るい音質のオケコンで、のびやかでさらっとした風合い。色彩的に豊かだし、金管ファンファーレもスマートに演奏されて、聞き込んだ方にとっては、緩いやん。もっとタイトに締め付け欲しいと苦情が入るかも。どす黒くて、硬く怖くて苦手にされる方にはお薦めだ。スマートになりすぎて、ちょっと違和感があるかもしれない。キレキレ、ツンデレ風の演奏ではない。いわゆるオクニモノではない。第3楽章は、夜の雰囲気を漂わす楽章だが、険しく凍るような、異次元世界に突入ってほどでもない。ぴろぴろ ぴろぉ~っと、墓場風に超怖いものでもなかったし、腰の柔らかい響きの豊かな世界が繰り広げられている。第5楽章は、デュトワ盤の最大の持ち味である華麗さ、これが、ものの見事に発揮された感じがする。とても剽軽で、笑いを含んだ余裕の表情で、チャーミングだしコミカルだし、自分を信じて演奏している。個性的な演奏が多いが、ある意味、デュトワ盤も個性的。こんな明るくて、のびやかな演奏はないのではないだろうか。オケの持っている魅力で、ぶれることなく演じきった感じ。ちょっと意味合いは違うかもしれないが、聴いてて気持ち良かったですね。


 バルトーク 管弦楽のための協奏曲
Bartok: Concerto for Orchestra
アンタル・ドラティ コンセルトヘボウ 1983年
Antal Dorati Royal Concertgebouw Orchestra (Amsterdam Concertgebouw Orchestra)

品良く、まろやかな響きで表情豊かな演奏だ。怪しげで不気味だが、流麗な身のこなしで優美。妖艶で惚れ惚れしちゃう。ドラティの演奏は、シカゴ響のショルティ盤のように、とんがっていない。コンセルトヘボウのまろやかで深い響きが特徴だ。オケでこんなに印象が異なるとは驚かされる。強烈パワーで演奏されると固有の響きが十二分に味わえないが、適度に湿気ある美音で奏でられると、自然、耳が隅々まで音を拾い集めようとする。弦のしなやかさ、金管のまろやかさは特に絶品で、濃厚なクリームを食している感じ。その反面、泥臭い土着系の味わいは少なく、どこに出ても恥ずかしくない上品で上質さ。第3楽章は、幽霊が出てくるようなチェリビダッケ盤が一番面白く聴けたように思うが、ドラティ盤では、なまめかしく横笛的な東洋風ティストが味わい深い。日本人にとって親しみやすくDNAが即反応しちゃう楽章だ。オーバーに言うと、西洋と東洋の和合という感じで、木管のフレーズに、ぞっこんとなる。どこが発祥地なんだろう~起源はどこなのかな~と、東欧・中央アジアエリアの地図を思い浮かべ想像を逞しくしたりする。これは、バルトークの楽曲において感じること。第4楽章は、クラリネットの遊園地風コミカルなリズムが楽しい。間奏曲というよりお口直し的存在で、面白く舞曲風で盛り上がる。 この楽曲は、ブレンドの巧さが問われるのかもしれない。 弦の響き、木管のフレーズなど旨みを感じる部分が、たくさん用意されていて存分に味わえる。
第5楽章では、無機質な無窮動(むきゅうどう)ではなく、あくまでも優美さを失わない。しなやかなフレーズの動きが特徴。即物的に、決して激しく鳴らないところが好ましい。エンディングが、アメリカナイズされているように感じるのも、楽曲としては面白い。いろんなオケで聴いてみたい楽曲だ。この曲には、いろんな風味が入り混じっている。個と全体の調和、各楽器間のブレンドなど、いろんな要素を感じさせてくれる奥深い大曲で、何度も繰り返して聴かなきゃ~と思わせてくれた1枚である。


 バルトーク 管弦楽のための協奏曲
Bartok: Concerto for Orchestra
ゲオルク・ショルティ シカゴ交響楽団 1981年
Georg Solti Chicago Symphony Orchestra

ショルティは当曲を3回録音しており、1981年録音は2回目である。歯切れが良く、ダイナミックで速い。金管の鮮やかな咆哮さと圧倒的な強さで、力強く雄渾に盛りあがる。1楽章は、冒頭こそ幻想的だが、主題が出てくると、ヴァイオリンが、いきりたってくる。ここの弦は強烈なのだ。完全なる紋切り調。テンポにキレがあり、快速バージョンで、木管は尻上がりの強めの音が吐き出される。とても荒々しく、音量ある金管が他楽器を制圧してしまう。和音の美しさは、ぶっ飛んでしまって、とほほ状態。
第2楽章は、次々とおもちゃ箱を開けているような雰囲気がする。オチャメに吹かれる金管が楽しい。 第3楽章は、揺らめく様が演出されており、すっかり別人のようで良いと思ったのだが、楽器間のバランスがイマイチで、金管パワーが強烈すぎてぶっ壊してしまう。これでは雰囲気が台無し。災害に遭って泣いているわけじゃないので、静謐に、幻想的、神秘的に演奏にして欲しかった。
ショスタコ7番をもじった第4楽章は、諧謔的で、ひねった皮肉で、ハハハ~と笑える。ショルティの演奏は、ものすごい運動量で俊敏でノリノリだ。荒くたいし粗雑だが、最後には、苦しみを乗り越えて勝利を得た感覚で解放される。単純ストーリーすぎませんかとは思うが、ド派手な金管とティンパニーの存在で、典型的な終われ良ければ全てよし。何度もこの曲を聴いていると、病みつきになる曲である。聴き進むにつれ、繊細さや夜のイメージが欲しくなるので、最初の1枚にどうぞ。


 バルトーク 管弦楽のための協奏曲
Bartok: Concerto for Orchestra
ラファエル・クーベリック ボストン交響楽団 1973年
Rafael Kubelik Boston Symphony Orchestra

クーベリックの演奏は、録音状態が良いので嬉しくなってしまう。黒い闇という感じの楽曲だが、透明感のあるフルートの音色が、沼の淀みから、すすーっと立ちあがり、明るく暖かい色彩が感じられる。音の分離が良く、特に木管のフレーズが気持ち良く、救いの主という感じ。ホルンなどの金管もソフトだし、それぞれの楽器が、弦の旋律に柔らかく寄り添い、多層的なフレーズが綺麗だ。主題を金管でカノン風に奏でるところも、煌めきが柔らかい。第2楽章では、小太鼓が登場する。オーボエは、街角のおばちゃんたちの笑い声、フルートは、草原のなかの散歩、ミュート付きのトランペットは、コミカルな表情で、とても楽しく感じられる。金管のフレーズは教会での斉唱のようだ。単なる楽器間のコラボだと思っていたが、さにあらず~ ファゴットやオーボエのコラボは、街角での人々の語らい、笑い声のように感じられ、いやぁ~ すごい。とても表情が豊かで、活き活きと楽しげに演奏されている。

第3楽章は、バルトークの典型的な「夜の歌」で、悲歌とか哀歌とか言われ、お化けが出てくるような、ひゅ~っという背筋が凍るような楽章である。しかし、クーベリックの演奏は、不協和音なのだが、金管の咆吼と弦の強いフレーズ、くるくる舞い落ちる音、潜行する弦、風を巻き起す木管など、かなり絵画的に演奏されている。第4楽章も、オケコンとは思えないほど歌う、歌う。クラリネットのジャズのような小節、おチャメ、パロディ、アイロニー、嘲笑・・・それ、笑いすぎでしょ。大人の嫌みな嘲笑ではなく、子供のあどけない笑い声のようだ。第5楽章では、決めるところは、決めるぞーっという感じで16連符が気合いを入れて動く。真剣な表情で、がらりっと雰囲気を変えているが、舞曲の場面になると華やかなファンファーレ。金管が、いきなり光り輝いて、こんなに複層的な多彩な楽曲だったのかと驚かされる。明るすぎほど明るく、びっくりするほどの楽しさ、ノリノリ感。これが、音を楽しむ音楽だと、いわんばかりの表情付けだ。楽しいリズムと、色彩の鮮やかさ。バルトークの管弦楽のための協奏曲、略してオケコン。この楽曲、こんなに楽しかったの! こんな感覚ははじめて。精巧に作られた、緻密で数学的な楽曲だと思うが、仕掛けを感じさせない愉悦性の高い演奏になっており、聴いててとても嬉しかった。わかりやすく解説してもらい、とっても感謝です。


バルトーク 管弦楽のための協奏曲
1955年 ライナー シカゴ交響楽団 R 未聴
1973年 クーベリック ベルリン・フィル G ★★★★★
1980年 ショルティ シカゴ交響楽団 Dec ★★★★
1983年 ドラティ コンセルトヘボウ Ph ★★★★
1987年 デュトワ モントリオール交響楽団 Dec ★★★
1988年 プレヴィン ロサンゼルス・フィル Tel ★★★★★
1989年 レヴァイン シカゴ交響楽団 G ★★ 
1992年 ブーレーズ シカゴ交響楽団 G ★★★
1995年 チェリビダッケ ミュンヘン・フィル EMI ★★★
1996年 A・デイヴィス ロイヤル・ストックホルム・フィル Fin ★★★
2005年 P・ヤルヴィ シンシナティ交響楽団  Teldec 未聴

バルトークの管弦楽のための協奏曲は、1943年の作品で、翌年44年にボストン交響楽団によって初演されています。ウィキペディア(Wikipedia)を元に記述すると、アメリカに亡命してきたバルトークは、鬱状態だったそうで、当時ボストン交響楽団の音楽監督だったクーセヴィツキーが、友人たちの意向もあって破格の1000ドルの小切手を持参して、作曲を委嘱したのだそうです。
第1楽章(序章) 序奏付きソナタ形式 神秘的な序奏に続き、主部はフーガ風の激しい第1主題(ヘ短調)と、オーボエの第2主題が中心です。展開部と再現部が一体化したスタイルで、展開部は第1主題の素材を様々に変容させるもの。再現部は、 第2主題から始まります。展開部の最後で、第1主題と第2主題を繋ぐ推移主題を用いて、全金管楽器によるカノンが奏でられます。
第2楽章(対の遊び) 三部形式 最初と最後の小太鼓のリズムが特徴的で、対になった木管楽器群が旋律を吹き、各パッセージで、対になっている二管の音程は異なっており、例えば、ファゴットは短六度、オーボエは三度、クラリネットは七度、 フルートは五度、トランペットは二度といった具合でスケルツォのような雰囲気を漂わせます。中間部では金管の静かなコラールが聞こえます。
第3楽章(悲歌・哀歌) バルトークの典型的な「夜の歌」で、アーチ形式(A-B-C-B-A)のスタイルです。Bの主題は、第1楽章の序奏の主題が再帰してくるもの。
第4楽章(中断された間奏曲) 三部形式だが、バルトーク本人の初演プログラム時の解説に従えば「A-B-A-中断-B-A」となるそうです。この「中断」部分は、曲の中盤で乱入してくるショスタコーヴィチの交響曲 第7番の第1楽章の展開部の主題が引用されている部分にあたります。トロンボーンのグリッサンドによる「ブーイング」と、木管楽器の「嘲笑」が特徴的で、第2主題のヴィオラに始まる旋律は、大変美しいものです。
第5楽章(終曲)三部形式ともとれるが、作曲者自身は、ソナタ形式と述べているそうで、ロンドソナタ形式に近いもの。
ホルンのユニゾンで始まり、ヴァイオリンがジグザグに音階を行き来する無窮動風の旋律を奏します。これが第1主題にあたり、何度も再帰します。中間部では、金管楽器のソロによるフーガ風で、華やかな終曲です。エンディングは、初演時のコーダの盛り上がりから急速に終結するものと改訂時に追加された全管弦楽による更なる盛り上がりを見せて終わるものがあります。バルトークの代表的な楽曲ですが、当時、鬱にあった人が、わずか2ヶ月弱で完成させているとは~ 驚きです。


 

YouTubeでの視聴

また調べておきます。



ページトップに戻る