「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

ドビュッシー 牧神の午後への前奏曲
Debussy: Prelude a l'apres-midi d'un faune


ドビュッシーの「「牧神の午後」への前奏曲」は、1892年から94にかけて作曲された管弦楽作品です。
ウィキペディア(Wikipedia)を元に記述すると

ドビュッシーが敬慕していた詩人 マラルメ の「牧神の午後」(半獣神の午後)に感銘を受けて書かれた作品で、夏の昼下がり、好色な牧神が、昼寝のまどろみの中で官能的な夢想に耽るという内容で、牧神の象徴である「パンの笛」をイメージする楽器としてフルートが重要な役割を担っています。

牧神を示す主題は、フルートソロの嬰ハ(Cis,C#)音から開始されますが、これは楽器の構造上非常に響きが悪いとされる音であり、なおかつ音域は華やかでない中音域とのこと。しかし、ドビュッシーはこの欠点を逆手にとり、 けだるい、ぼんやりとした独特な曲想を作り出すことに成功します。
フランスの作曲家・指揮者ブーレーズは、「牧神のフルート、あるいは雲のイングリッシュホルン以後、音楽は、今までとは違ったやり方で息づくと述べており、近代の作品で非常に重要な位置を占めるとされています。
曲の終盤では、アンティークシンバルが効果的に使用されています。

この後、ドビュッシーは、歌曲集「ビリティスの3つの歌」、無伴奏フルートのための「シランクス」、ピアノ連弾曲「6つの古代碑銘」などの作品で、牧神をテーマにしています。

モントゥー ロンドン交響楽団 1961年
Pierre Monteux    London Symphony Orchestra

録音状態は良い。61年とは思えないほど。
馥郁たる牧神で、暖かい空気感のもとで、音が波打っている。
モントゥー デッカ&フィリップス・レコーディング7枚組の1枚(録音は1956年〜64年)

モントゥー盤は、録音が古いのだけど〜 ふんわりした独特のまろやかな響きがある。
フルートの響きだけはなく、ハープやホルンの音色も、まろやかに響いている。61年の録音とは思えないほど、とてもクリアーで透明度が高い。心底、うっそ〜っと思ってしまった。我が耳を疑うというか、目を見張るというか。ホント、これ61年ですか? で、思わず、うっとりしてしまう。

優美であるのだが、輪郭もあり、ハープの響き1音1音が、くっきりと聞こえるし、オーボエも、驚くほどクリアだ。
もっとも、録音が良いと言っても、それだけじゃない。 メチャ雰囲気が良い。
茫洋としてもおらず、神経質でもなく、すうっと寝息を立てているかのようなリズム感がある。で、ふわ〜っとした余韻も感じられるし、空気感みたいなものが暖かい。 テンポは遅め。
でも、冒頭の「れぇ〜 どしらら らしどれ〜 どしらら〜らしどれ みふぁら らど〜 どれし〜」というフレーズは速い。はれっ、充分な間合いがとれていない。まっ 速いのねえ〜という程度だけど。
これ意外だった。もっと充分にテンポを落とすのかと思ったのだが。
で、もちろんフルートも良いが、飛び抜けてすげっというワケじゃない。
みごとに溶け合っているというか、突出していない。その後の、「らどれ〜らどれ〜」っていうフレーズが畳みかけるように、ちょっと、せっかちめに動く。

また、この楽曲は、いつもフルートばかりに焦点が行くのだが、そんなことがないんだよね。
ホルンの響きにも絡んでいるし、特に、ハープの残響に溶け合っている感じがして、とても好ましい。
続いて、弦があわさってくると、匂い立つような馥郁たる香りが漂ってくる。
波打ってくるところも、う〜ん。この揺れが、大きくておおらかなのだ。息が長いのである。 畳み込むフレーズは速いし、ゆったりしているテンポとの、違いがはっきりしているというか。 テンポというよりは、リズムなのだと思うが、このリズムが、ゆ〜ったりしており、単なる音のあげさげという感覚ではない。

息を吸って吐く。この吐き方の長さが、そのまま音になって乗ってくるようだ。 これが長い。
せっかちさと、ゆったりさ〜 二極的だけど、すーっとしているようであり、なかなかの深さがあって、余韻をさらに増長しており、すごく心地良い。そのくせ、茫洋とはしていない。ひぇ〜 どうなってるんでしょうねえ。この演奏。
内声部には、明瞭な輪郭が描かれていて、フルートを初めとした木管のパッセージが重なって出てくるし、こりゃ参りました。全体的な響きや流れが絶品って感じ。 特に、せっかち気味な前半より、こりゃ後半でしょうか。

ワタシ的には、前半はせっかち気味にテンポを折りたたんでいるが、その分、後半のノビが、長めに感じられてくるように思います。これは、モントゥーさんの作戦勝ちってことになるんでしょう。真骨頂ってところだろうか。こりゃ凄いっ。
なーんとなく、巷でスゴイって言われているゆえんが、少し垣間見られたってことになるでしょうか。

ショルティ シカゴ交響楽団 1976年
Georg Solti    Chicago Symphony Orchestra

これもありかっ

録音状態は良い。茫洋とした牧神ではなく、しっかりお仕事している、キャリアの牧神です〜って感じ。
カップリング:ストラヴィンスキー「春の祭典」、ドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」(76年)、ラヴェル ボレロ(76年)
ショルティ盤の牧神は、草むらに寝っ転がって、ぼよよ〜んとしている牧神というのではない。
ローマかスペインの早朝、広い公園があって、そこに噴水があって〜 その噴水に建っている彫刻に光が当たり、キラキラ輝いているような感じがする。
段々と太陽が昇てきて、子供たちが噴水に寄ってきては、涼しげに水浴びをしている。
そんな、ちょっと楽しげな風景が思い浮かぶ。
どうも、他盤と違って、茫洋としたまどろみの風景とは、ちょっとイメージが異なる。(決して悪い意味で申しているわけではありません)

木管のフレーズ もちろん、この曲の主役はフルートであるが、その旋律が、たっぷり深い息で続くという風には感じない。
くすんだ、滋味で、吹いた時の音や伸ばした時の音が、少し割れているように感じる。
素人の耳で割れてるんじゃーというほどなので、ちょっと、気になるかも。
そして、オーボエの音は、すーっと細めで、音質が硬い。
フルートよりオーボエの音の方が、耳に入って、あっ。と感じるほど、この硬質感が気持ち良く、芯の硬い強さを感じる。
クラリネットは、太めの艶っぽい音で、心地良さを感じる。
フルートよりも、他の楽器に耳が行くのは、ちょっと・・・変かもしれないが、楽器の間、音と音の密度が弱めかもしれない。

で、旋律そのものの幅で音が、上下に動いているという感じで、それ以上の広がり感は少ない。
空気感が乾いてて、線が明瞭で、今置かれた音のノビだけで雰囲気を醸し出しており、潔い演奏だとも言えるかもしれないのだが、ドビュッシー特有のもわもわ〜っとした空気感は少ない。
もわもわ〜としてて、どこか、ぼや〜としてて暗いっ。うすら暗い、暖かい空気感がある。というのが、あまり感じない。
う〜ん、では、この楽曲においては、いったい誰が、どの楽器が、ふわっとした空気感、もわっとした雰囲気を醸し出しているのだろう。う〜ん すごく不思議だ。
ワタシ的には、その役割は木管でしょう〜 木管の吹き方だと思うのだが、う〜ん。実際のところ、どうなんでしょうね。

それと気になったのは、 初めの方の、(海のような)「らどれ らどれ らどれ・・・」というフレーズとか、
「らそし〜ふぁそし〜 らしら そらそふぁそふぁみ〜 ら〜ふぁ〜み〜れ〜 ふぁしぃ〜ら〜」
「ふぁみ〜れ〜ど しれれ〜ど〜 しれど みふぁみ れみどし〜らそら」
というフレーズの「そらそ ふぁそふぁ みふぁみ れみれ・・・」という三連符が続く旋律では、隙間があいて、音型が切れているように思う。
つまり、旋律の前のめり感のある前倒し、畳みかけが無いのだ。

前の音に後ろの音が重なりそうなぐらい、次々と音が畳みかけて、焦った感じで、音を押し出す感じで、フレーズを奏でると、聴いているうちに揺らぎが生じるし、 酔うぐらいの波が生じるように感じるのだが、ショルティ盤は、几帳面というか丁寧というか、いたって普通に、旋律を奏でていく。
ちょっと、他盤の演出とは違う。
いや〜楽譜通りに演奏してるだけですよぉ〜と言われるかもしれないが、でも、三拍子のワルツでも、1拍。2拍。3拍 それぞれ長さが違っててアタリマエですよね。

ショルティ盤は、ぼしょぼしょ ぼしょ〜という曖昧な感じではなく、ひとつの音の広がり、音の波の振幅、つまり音の上下の広がり感や、音の重なり具合や厚み感は、そのままの造形でリアルである。
う〜ん、あまり、 フレーズの境界線は曖昧にせず、キッチリ、楽器同士は区分しましょう〜という感じなのだ。
まあ、そのかわりに、主旋律とは違う他の旋律、副旋律とか、合いの手は、綺麗にはさんでくる場面があるんですけどね。
弦のフレーズ、木管の音のふわっとした響き、広がり感は、健康的というか。そのままというか。
まあ、結局は、雰囲気はあるんですけど、夢想的、幻想的という世界には至らず、時空間は飛ばず、足元しっかり〜
現実路線です〜 牧神は寝ておらずお仕事中です。って感じです。

ハイティンク コンセルトヘボウ 1976年
Bernard Haitink
Royal Concertgebouw Orchestra
(Amsterdam Concertgebouw Orchestra)

録音状態は良い。コンセルトヘボウの持つ、まろやかで芳醇な音色を楽しむことができる。音に包み込まれる感覚で、もはや音を聞くという感覚ではなく、ぶっ飛んでしまう。
カップリングは下記のとおり。2枚組

ハイティンク コンセルトヘボウ ドビュッシー管弦楽集

1 英雄的な子守歌 (エドゥアルト・ヴァン・ベイヌム指揮)
2 映像 ギリシャ、イベリア3曲、春のロンド
3 遊戯
4 スコットランド行進曲
5 牧神の午後への前奏曲
6 夜想曲 3曲
7 海
8 クラリネットと管弦楽のための狂詩曲
9 神聖な舞曲と世俗的な舞曲

ハイティンク盤は、名盤というより、ワタシ的には不思議な感覚に陥る盤なのである。
マルティノン盤のように明晰でも、すっとした鼻に抜けるようなクリアーさも持っていないが、フレーズを長く持たせても、絶対緩くならない。総体的に、木管の響きがして、深々としている。
フルートをはじめとした木管が、木質的で響きがして、ホントに息が長いのだ。どこで、このフルートは息継ぎをしているんだろう。と、ホント不思議でならない。
弦もキツクならず、低弦の響きを豊かに膨らませながら、ふんわりと、高い音域が柔らかに乗ってくる。
包み込むような音の響きが、特徴だと思う。
テンポは、ゆったりしている。このゆったりとしたテンポのなかで、音の幅も無いのに、どこで、どうやって膨らませてくるのか〜 べらぼうに巧い。息の長さ、息の豊かさ、声質の良さ。
奏者の息イコール音って感じに鳴ってくるのが、すごい。

草むらにて、まどろんでいる〜 牧神。熱くて、じっとり汗をかいているわけでもなく、とろけるわけでもなく、特に、気怠い感覚もなく、という感じである。しいて言うなら、そよ〜とした風のなかで、子供の眠りのような自然な息づかい。すやすや〜
いや、風のそよぎも感じないほどかなあ。重みとかが、消えちゃう不思議感である。
ハープの音色も1音1音が、明確に響くわけでもない。かといって、溶けちゃったわけでもない。
1音としての主張はないのだけど、音の振幅の重さで、自分の耳に届けられているような気がする。
時々に、クラリネットやオーボエが入ってくるのだけど、その他は、幅を持った波のように届くのである。
う〜ん。うまくいえないだけど。楽器の音じゃーないんだよなあ。もはや。 波打ち際で、ぼーっと座って海を見ているって感じ。それまで、波の音が、ざわ〜 ざわ〜っと、耳に入ってきていたのが、意識からこぼれ落ちちゃって、なーんも気にならず、音が音として聞こえない。
そうだなあ。ちょっとオーバーに言っちゃうと、意識がなくなっちゃうって感じと言えばよいだろうか。

なんだか、ハイティンク盤を聴いていると、聴いているという感覚が飛んでしまう。頭のなかから、すっと意識が飛んでいくような、そんな不思議な感覚を体感しちゃう。
ふーっと、時空間の重みが消える。そんな感じになっちゃう。特に、この牧神の午後への前奏曲、これが、不思議な感覚になっちゃう。ワタシ的には、意識がぶっ飛んでしまうような、 持って行かれる〜と言う感じでしょうか。
まっ そんな神業みたいに感じちゃったハイティンク盤でした。

プレヴィン ロンドン交響楽団 1979年
André Previn    London Symphony Orchestra
フルート:ペーター・ロイド 

録音状態は良い。茫洋とした楽曲なので、とりたてて個性的でない方が良いし、心地良さで勝負ってところか。
カップリング:映像、3つの夜想曲
89年、ロサンジェルス・フィルとの録音もある。

牧神の午後への前奏曲は、茫洋としてて、かったるく〜 眠くなってしまう曲の筆頭にあげられそうな楽曲である。
冒頭のフルートからして、眠い。

「れ〜どしらそぉ〜 らしどれ〜どぉしらそぉ〜 らしどれみふぁ〜らふぁ〜ら どぉ〜 れぇ〜し〜」
ぱらら〜とハープが入って、ホルン「ふぁどしふぁ〜 ふぁどし〜ふぁ」と絡む。
午睡のお供には、うってつけで、とろり〜っとしてくる。
あがりくだりのなかで、半音が入ってくるので鼻声に聞こえるし、もちあげておいて、ぱらら〜っとくだってくるので、そのリズムに、ころり〜っとなってしまう。
この楽曲、フルートが決め手ってことになっているし、この音色で左右されちゃう。
ペーター・ロイドさんのフルートは、耳元で息を吹きかけられたような気分で、うっとり。
キツクもなく、明るすぎず、とろみがあって〜 でも、フルートのテクはよくわからない。
ぱらら ららら〜ら と速めのこぶし回しで、適度にリズムがついているので、心地よさがある。
録音状態も暖かみのある、ぼわ〜っとした雰囲気があるので、ホントに眠くなってしまう。(笑)

「らどれ〜らどれ〜」というフレーズを聴いていると、ハンモックに揺られている気分だ。
フレーズに、角張ったところがないこと、息づかいが深くも浅くもなく、すーすーした寝息程度に適度に良くって、出し入れが自然なので、心地よさとしては良いと思う。
オーボエの声が、ちょっとペタンとしているかな。とは思うが、個性的に浮かんでくるし、硬めの部分もあってちょうど頃合いになっているかも。

「ら〜〜ふぁ〜み〜れ ふぁし〜 ら〜ふぁみ〜れ れどし〜」
「らそし〜ふぁそし〜 らしら そらそふぁそふぁみ〜 ら〜ふぁ〜み〜れ〜 ふぁしぃ〜ら〜」
「ふぁみ〜れ〜ど しれれ〜ど〜 しれど みふぁみ れみどし〜らそら」
「しれれ〜ど しどれみふぁみれみれど〜 らそふぁみふぁみ・・・」
このフレーズの後ろで、「ふぁ〜ふぁ ふぁ〜ふぁ」というリズムがついている。
このフレーズとのバランスが良ければ、相当に気持ちが良いが、このプレヴィン盤では、ちょっと強めの明るさのような気がする。 下がるときの沈み加減が適度になければ、あがるときの勢いは欠けてしまうし・・・ 難しい楽曲そうだ。

バレンボイム パリ管弦楽団 1981年
Daniel Barenboim    Orchestre de Paris

録音状態は良い。音の幅があり、けっこう豊かに収録されている。目立ってこれと言って特徴があるわけではないが、主旋律を基調にした演奏のように感じられる。
カップリングは、下記のとおり。

バレンボイム パリ管弦楽団 ドビュッシー管弦楽集 2枚組

1 牧神の午後への前奏曲
2 管弦楽のための映像 ジーグ、イベリア、春のロンド
3 夜想曲 3曲
4 選ばれた乙女
5  フランソワ・ヴィヨンの3つのバラード
6 交響組曲「春」
7 交響的断章「聖セバスティアンの殉教」
8 2つのファンファーレ

牧神の午後への前奏曲は、茫洋感が、午睡を促す曲である。
特に、フルートが活躍してくる楽曲だが、バレンボイム盤は、息が長く、冒頭のフルートの音色が、柔らかく太めである。
ホルンの響きが、ホントにソフトで、和音の支えをする音色が、「ふぁ〜 そどしぃ ふぁ〜」と、フルートを柔らかく包む。
どちらかというと、総体的に、フルートが前面に出ており、弦、金管が後退している。
主旋律を基調としてて、フレーズを奏でる楽器が前に出て、その他は全てバックである。という役割分担がなされているような気がする。
で、バックは、幾重にも重なって縦横に織り込まれおり、色彩的に落として、フルートが浮くような立体構成がなされているような感を受ける。
「らどれ らどれ〜 」と繰り返す木管も、木管らしくないというか、弦も金管も木管も、同じ色に染め上げられていて、同じ色彩を醸し出してくる。

マルティノン盤のような明晰さは影を潜めているし、パーツで構成するというよりも、最初は、フルートが主旋律ですよ。それ以外は一緒になって、背景で織り込んでいきましょうね。というような感じがする。
「し〜 らふぁら らどれ らどれ らどれ らどれ らどれ・・・」 
クラリネットなどの木管も、フレーズを彩っていくが、フルートから主役タッチ交代したら、交代した楽器が前に出てきている。 後半、弦が主役を担っていくことになるが、そうなると、木管がバックで目立たないように彩りを添えてくる。う〜ん。当然、主役の交代なんだけど。
まっ ヴァイオリンの細めの奥ゆかしい音や、ハープの音色が、振幅浅めの揺れを出しているし、全体的には、厚めの暖かみのある音色で、煌めき度は高くなく、沈んだ暖色系の色がしている。
テンポの揺れはほとんど無く、ゆったりめ。無風状態のような、風が凪いでいる感じなのだが、そのなかでも、音の出入りがあり、ワタシ的には、前後の凹凸が面白く感じられた。

ワタシが所有しているのは、上記に記したとおり2枚組だが、牧神だけを聴きたいのであれば、海、夜想曲3曲と一緒に、1枚にカップリングされている盤もある。

ヤン・パスカル・トルトゥリエ アルスター管弦楽団 1989年
Yan Pascal Tortelier    Ulster Orchestra

まっ こんなモン

録音状態は極めて良い。快活な演奏で、まどろみの世界には連れて行ってくれないが、明瞭で、揺れないドビュッシーだ。
ドビュッシー 管弦楽作品全集 4枚組BOXより 

トルトゥリエさんのドビュッシーは、ちょっぴり元気である。
午睡を楽しむ楽曲の代表格のような曲、この「牧神の午後への前奏曲」も、しっかと目が覚めてて、快活だ。
「れぇ〜 どしらら ふぁ〜しどど れ〜どしららふぁ〜 しどれ〜れみら〜ふぁ〜らどぉ〜〜 れしぃ〜」と、フルートから始まるのだけど、どことなく、フレーズが、たれっとしていない。
ホルンの響きも、確かにまろやかなのだが、快活な性格が顔を出しているというか。
う〜ん。やっぱ、フレージングがキッチリとしてて、ふんわり〜しているんですけど、波間に漂うような、どてっ〜とした、茫洋とした感じではないのだ。どうしてなんでしょうねえ。

ワタシの聴いた感覚でしかありませんが〜
どこか拍感覚がはっきりしているというか、明瞭というか、伸縮度合いが少ないというか、規則正しいというか、楷書体というか、押し出しが強いというか、適度に重厚っていうか、強いっていうか、アクティブというか、 ポジティブっていうか、影が少ないというか、健康体っていうか、均質化されてるというか、独特の小節がまわってないっていうか。
ありったっけ浮かぶ言葉を書き連ねてしまいましたが、(どれも明確に、的確に伝えきれないんですけど) とにかく、ドビュッシー臭くないって感じなんです。

なーんていうか、ゆらゆら〜っとした、霞のかかったような、雲の多い空の草原で、ちょっと陰ったところで寝っ転がって〜という雰囲気ではないです。
トルトゥリエ盤は、スカッと晴れた青空のもと、海を眺めているような場所で、ちょっとリゾート感覚で寝っ転がっている感じでしょうか。まどろみのなか〜というよりは、バカンスで楽しんでいるような感じ。
「ふぁ〜 そどし〜 ふぁ〜 そどし〜」ってフレーズが、
「あ〜 楽しいわねえ〜」「ねえ〜 明日どうするぅ〜」って言っているように聞こえちゃうんですけど。
「ふぁどれ ふぁどれ ふぁどれ〜」
「ねえねえ 泳ごうかしら。それとも、あそこで船に乗るぅ?」って言うような囁きに近いですかね。

ワタシ、この牧神の午後への前奏曲って、メルヘンチックに、ひとりごち 独り寝しているモノだとばっかり思って、夢想の世界に浸りきっているとばかり想像していたのですが〜
どうも、トルトゥリエさんの盤を聴いていると、現実世界からは離れられないデス。

フレーズの山の描き方が、普段聴いている楽曲に近いっていうか(← えっ どういう意味?と言われそうだけど 笑)
伸縮度合いが均等っていうか、タメ感が少なめで、音が、うねうねうね〜と寄せてくるようなバイブレーターのような出し方でもないし、 明瞭で、太めのタッチで、均質・均等化しているというか、テンポの揺れも少なく、わざと遅れたような感じはしないです。
そういう意味では、揺れて船酔いのように、気持ち悪い感覚に陥って、ドビュッシーが苦手だな〜って言う方には、良いかもしれません。 (ワタシも、最近は馴れてきたけど、始めは、えっ〜っ揺れてキモイって苦手だったんです)

この演奏は、ドビュッシー臭くなく、いたってフツーに聞こえちゃうんですが、素人のワタシには、へ〜 かえって斬新だな。って思います。フレーズの取り方が、解りやすくて、構成が綺麗に見えるかな。流されないで聴けるかな。って思います。
専門的に聴かれている方には、これは邪道じゃ。と、眉間にシワを寄せられてしまうかもしれませんが、あ〜 なるほどねえこんな風に演奏しているのね〜と、ど素人にわかりやすく、見えやすいという演奏という感じです。
えへへっ。(ごめんなさい)  ドビュッシー臭くないっていうか、単に、ダメ演奏って感じではなく、ニオイが抜け切ったドビュッシーも、しっかり聴いてみたいです。 トルトゥリエ盤を聴いてて、その方が解りやすいかも。って思いました。
かなり逆張りな感想で、スミマセン。

アバド ベルリン・フィル 1999年
Claudio Abbado Berliner Philharmoniker
(Berlin Philharmonic Orchestra)

う〜ん。どうだろ

録音状態は良い。完全に溶解しちゃった感のある濃厚な演奏。
カップリング:
1    ドビュッシー 牧神の午後への前奏曲
2〜4 ドビュッシー 夜想曲 雲、祭り、シレーヌ(ベルリン放送合唱団)
5〜8 ドビュッシー ペレアスとメリザンド組曲
森、庭園の泉、城の地下窟 城の一室(1998年ライブ)
このアバド盤は、パユさんのフルートソロが聴ける盤である。
フルートのフレーズは主張しているものの、総体的には、オケとフルートとの合体というかのような雰囲気がある。
まるでオケが女性で、フルートが牧神(半獣神)って感じで、いかにも、夏の気怠い、もわ〜っとした空気のなかで、まどろんでいるかのような雰囲気がして、結構、濃厚な雰囲気だ。

演奏を聴いてて、フルートがメインというよりは、オケの旋律のなかに溶け込んでいくのが面白い。
もちろん、フルートが完全に埋没しては困るので、その加減が難しそうだなあ〜っと聴きながら感じてしまった。
録音状態は良いが、クリアーで透りのよいものではない。
どちらかというと、もわっとした空気感がある。
で、穏やかでテンポのゆったりとした入り方で、ハープやホルンの音も、舞台裏から聞こえてくるかのような感じだ。
(ちなみに、ベルリンのイエス・キリスト教会での収録)
オーボエのフレーズは浮いて聞こえるのだが、ワタシ的には、楽器の色彩が同じ色調に聞こえ、濃厚で陶酔的な世界観は表出されているが、全体的に、もわっとした、くすんだ感じの同調的な色彩になっちゃって、漠然としちゃった感じ。

楽器の持つ本来の音が、それぞれに織り込まれて、いろんな色が見えつつ〜 一体化した官能の世界を描いたという感じではなく、全て、溶解しちゃって同質化しちゃいました〜
それを作品としてお見せします。って感じに提示されているみたいで、ワタシ的いは、ちょっとなあぁ。
音の持つそれぞれの色を、みせてもらいつつ、多彩に織りなす様を見たいって思うもので、う〜ん。ちょっと、ワタシ的には魅力的とは言い難いかな〜 かえって、わかりづらい演奏になっているのかも〜と思っちゃいました。
(ちょっと偉そうに言っちゃって、スミマセン)

1961年 モントゥー ロンドン交響楽団 ★★★★★
1973年 マルティノン フランス国立放送管弦楽団 EMI  
1976年 ショルティ シカゴ交響楽団 ★★★
1976年 ハイティンク コンセルトヘボウ Ph ★★★★★
1979年 プレヴィン ロンドン交響楽団 EMI ★★★
1981年 バレンボイム パリ管弦楽団 ★★★★
1986年 カラヤン ベルリン・フィル  
1989年 トルトゥリエ アルスター管弦楽団  CHANDOS ★★★
1989年 デュトワ モントリオール交響楽団 Dec  
1989年 プレヴィン ロサンジェルス・フィル Ph  
1991年 ブーレーズ クリーヴランド管弦楽団  
1994年 ジュリーニ コンセルトヘボウ SC  
1999年 アバド ベルリン・フィル ★★★★
所有盤を整理中です。

「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

Copyright (c) mamama All rights reserved