「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

ヒンデミット いとも気高き幻想
Hindemith: Nobilissima visione


ケーゲル ドレスデン・フィル 1980年
Herbert Kegel    Webpräsenz der Dresdner Philharmonie
(Dresden Philharmonic Orchestra)

ばっちグー!


録音状態は良い。重厚かつ繊細で、キッチリと演奏されており、最後は、ど派手に終わる。格好の良い雰囲気もあるが、それがコミカルでもあり幻想なのか?
←2枚組BOX カップリングは下記のとおり。
カップリング:
ディスク1
1〜3 交響曲「画家マティス」1980年
4〜6 トランペットとファゴットと弦楽のための協奏曲 
  トランペット:ルートヴィヒ・ギュトラー Ludwig Guttler
  ファゴット :エッカルト・ケーニヒステット Eckart Konigstedt
7〜9 組曲「いとも気高き幻想」1980年

ディスク2
1〜4 交響曲 変ホ調 1980年
5〜8 シンフォニア・セレーナ 1980年
  ヴァイオリン:ラルフ=カーステン・ブロンゼル Ralf-Carsten Bromsel
  ヴァイオリン:ウォルター・ハーロウィッチ  Walter Hartwich
  ヴィオラ:ヘルベルト・シュナイダー Herbert Schneider
  ヴィオラ:ゲルト・グロッチェル Gerd Grotzschel

ヒンデミットさんの楽曲は、どーも堅物っぽく、カッチリしているためか、あまり人気がない。
20世紀のドイツを代表する作曲家であり、オケを構成する楽器の、ほぼ全ての楽器を対象に、ソナタを作曲したというマルチ人間で、交響曲もオペラも作ったという方なのである。
ワタシ的には、画家「マティス」も、「ウェーバーの主題による交響的変容」も大好きである。金管が、メチャクチャ格好のよい曲で、とても愉悦の高い、面白い楽しい曲だと思う。
また、「気高き幻想」も、ブラスが聴いていて、う〜ん。ダイナミックでかつ繊細という、耳のご馳走という近代曲である。

シェーンベルクは、無調と言われて、どこか怜悧な刃物的な、金属的なイメージがするのに比べて、ヒンデミットは、重厚なブラスと中音域の弦の和音の響きが、気持ちよく、どこか安定感を感じる。穏やかななのだ。
きっと、ご本人が、弦楽四重奏団のヴィオラ奏者であったことや、ヴィオラのソロ奏者として活躍されていたことにも由来するのだと思う。もちろん、これは個人の感想ではあるが・・・。

さて、「気高き幻想」は、「いとも気高き幻想」と、表記される場合がある。
元はバレエ音楽で、アッシジの聖フランチェスコの生涯をモチーフにしているらしいが、後に、管弦楽組曲に改編されており、3つの楽章にわかれ、全20分ちょっとの曲である。

1 導入部とロンド
2 行進曲とパストラール
3 パッサカリア

1 導入部とロンド
「れぇ〜 どしれぇ〜 み〜 ふぁ〜れみそぉ〜 ふぁみらぁ〜ら〜しぃ〜 そぉ ふぁみ ふぁぁ〜」
「しぃ〜 どれみぃ〜 ふぁみれ〜 みふぁそ〜 ふぁそ そらど どしらそ ふぁ〜みぃ」
「らぁ〜 し〜どぉ〜 どれどれ みぃ〜 ・・・ そぉ〜ふぁみれぇ〜 」
ってな感じで、弦の重厚な和音で厳かに始まる。
もちろん、こんな単純な音ではなく、もっと低音の音が存在しており、和音の音同士の間隔が、近づいたり離れたり、それが、とっても微妙なのだ。ホント微妙にくっつきそうで、離れていくという〜 なんとも不思議感がある。
でも、きたなく濁るわけでもなく、落ち着いた音で構成される。
弦楽○重奏的なフレーズが、もっと拡大してて〜 弦楽合奏的という感じで、とても落ちついた雰囲気を醸し出しているし、神秘的である。
弦のユニゾンぽく奏でられるなか、フルートが、すーっと旋律を奏でる。
ここらあたりは、画家マティス風で、この楽器だけが飛翔していくのだ。さしずめ天女の羽衣のように〜浮遊し揺れる。
まあ、ヴァイオリンもそういう働きをしている。
曲想は、どこか、ルネッサンス的というか、教会旋法を取り入れた音というか・・・。新古典主義と言われる所以かもしれない。もちろん近代曲ですけどね。

2 行進曲とパストラール
ピッコロが、「しみっどぉ〜 ふぁみっ!」っと、軽やかに踊るようなフレーズを吹いてくる。「しっみっらぁ〜 どっふぁら そぉ〜」
スキップをしながら、行列の船頭役をかっている。
続いて、木管が主体となって、トリルを交えて行進していくと、続いて、金管が入ってきて華やかさを増していく。
コミカルですらあるのだが〜 あのぉ 聖フランチェスコさまの生涯だったのでは? 聖職者であられる筈なのに・・・
道化師のようになってません?

3 パッサカリア
冒頭で、金管コラールが始まる。
「ら〜 れぇ〜れしぃ〜 みぃ〜〜 そぉ〜られぇ〜 れぃ〜みしぃ〜 どぉしみ ふぁ〜れ らぁ〜」 
「ら〜 れぇ〜れしぃ〜 みぃ そぉ〜られぇ〜 れぇ〜みしぃ〜」・・・
この独特のフレーズを、金管コラールで執拗に繰り返される。
あくまでも金管が主旋律を受け持つが、そのうちに、弦が、装飾していく感じだ。
段々と、細やかなフレーズによってコラールは装飾されて、打楽器が入ってきて、いっそうの絢爛豪華さを増す。
いったん静まって、同じ旋律を、木管の弱い音で奏でられる。そこから、再度、同じことが繰り返される。
それが、段々と膨らみ、膨張して、膨張して〜 まるで、ハリウッド映画ばりのキンキンキラキラ状態で幕を閉じる。
う〜ん 酔ってしまいそうなほどのパッサカリアだ。

リストのピアノ曲に、「小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ」という曲がある。
この小鳥に説教する・・・という曲は、とても可愛いチャーミングなのだが、ヒンデミットの曲とは、作風が真逆的で・・・
かなり唖然としてしまう。レスピーギの古典的な楽曲や、ストラヴィンスキーの新古典主義の雰囲気にも似ているが、聖職者を題材して、最後に、ど派手に鳴らしてくるのは、何故なのだろう。
それに、タイトルが意味深である。

ケーゲル盤は、録音状態が極めて良く、残響も適切にあり、ホール感が豊かだ。音が、すわーっと空に浮いて通っていくかのような、冷えた幻想で、熱くない。
ブラスの音も、さっぱりしているが、教会での録音なので、ホールトーンが豊かなことが良い方向に働いているようだ。
ケーゲルさんだからといって、この楽曲では、カミソリで切られたような〜怜悧さ、冷え切った、怖さ、鋭さというのは感じない。むしろ〜ものすごく、落ち着きはらっており、最後は、爆発する。

当然のごとく、ブラス系の音は、重厚であり、フルートの声は良く通り、思わず、にんまり〜してしまいそうなほど豪快で繊細で、カッシリしている。
リズム感も良いし、良く跳ねて、不可思議な和音が奏でられるが、嫌みなく〜 濁りながらも、透明度を高くしており、泥臭いにおいがしない。硬い音質が、そのまま、すーっと通っていくので大変気持ちの良い演奏になっている。

1980年 ケーゲル ドレスデン・フィル Berlin Classics ★★★★
所有盤を整理中です。

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