「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

リスト 交響詩「タッソー、悲劇と勝利」、「オルフェウス」、「人、山の上で聞きしこと」
Liszt: Symphonic Poem "Tasso, lamento e trionfo", "Orpheus" "Ce qu'on entend sur la montagne"


カラヤン ベルリン・フィル 1967年
Herbert von Karajan  Berliner Philharmoniker
(Berlin Philharmonic Orchestra)



録音状態は良い。ちょっぴり音はやせ気味だけど〜 堂々と華麗に演奏される。
派手ねえ〜
カップリングされている曲は下記のとおり。(2枚組)
「カラヤン リスト管弦楽作品集」と題されたCD 2枚組BOXである。
1 メフィスト・ワルツ
2 交響詩「前奏曲」
3 ハンガリー民謡による幻想曲
4 ハンガリー狂詩曲第5番
5 交響詩「マゼッパ」
6 ハンガリー狂詩曲第2番
7 交響詩「タッソー 嘆きと勝利」
8 ハンガリー狂詩曲第4番

交響詩「タッソー、悲劇と勝利」

リストの第2番目の交響詩「タッソー、悲劇と勝利」は、1849年、ゲーテの生誕100周年にあたって、戯曲「タッソー」が上演された際の序曲として作曲されたものである。
タッソー(トルクァート・タッソ)というのは、イタリア人の詩人で、エルサレム奪回を願うキリスト教の十字軍と、イスラム教との戦いや確執などを描かれた「解放されたエルサレム」という有名な叙事詩の作者らしい。 で、この「解放されたエルサレム」は、絵画や劇に、題材として取り上げられているとのこと。
音楽分野で有名なのは、モンテヴェルディやヴィヴァルディ、サリエリ、グルック、ハイドンなど〜
モンテヴェルディは、「タンクレディとクロリンダの戦い」
リュリは、オペラ「アルミード」、ヘンデルは、オペラ「リナルド」として作品化されている。
また、後年では、ロッシーニが「アルミーダ」「タンクレディ」、ブラームスが、カンタータ「リナルド」として作品化しているという。(ワタシは、いずれも聴いたことがないのだが〜)
結構、題材として採り入れられているようだ。

絵画では、タンクレディとエルミニアという名前の男女が、描かれた絵画がある。 タンクレディ = タンクレード、タンクレッド
名前は、イタリア語、フランス語に、それぞれ変わってしまうが、いずれも実在の同じ人物である。
男性のタンクレディは、キリスト教十字軍に参加した騎士で、クロリンダはイスラム教の女性戦士らしい。アルミードは、魔女らしい。まっ お決まりの結ばれない恋、恋愛モノらしいんですけどね。 各作品によって、ストーリーは脚色されているみたいで、ややこしいんだけど。
ワタシは、リストの楽曲を聴いて、タッソーって誰じゃ。と、調べてみて初めて知ったわけで、とても偉そうなことは言えないのだが・・・ 結構、人気のあった題材のようである。 まさか〜タンクレディに繋がるとは〜これは、知らなかったですもんねえ。

どこかのサイトに出ていたのだが、タッソーの「解放されたエルサレム」は、ダンテの神曲、ボッカチオのデカメロンに並ぶ作品らしい。(これ、受け売りです。)
う〜ん。これは、岩波文庫から出ている本でもゲットしないと〜
いずれも、題材の使い回し〜というよりは、純粋に楽しめるか、触発される点が多いんでしょう。

さて、お話を戻して、フランツ・リストは、天の邪鬼というか、ひねりが効いているというか〜
先人たちと同じように、エルサレム奪回を描いた「解放されたエルサレム」そのものを題材にしたのではなく、タッソーその人を、悲劇の主人公にしてしまっているのがミソ。 で、ゲーテの生誕100年は、どーして繋がるかというと、ゲーテが、戯曲「タッソー」を書いているからで〜 まっ こんがらがるかもしれないが、ワッカのように、繋がっていくんですねえ。
こちらのタッソーご本人の生涯を描いた戯曲の方も、岩波文庫で出ているようですが〜 

リストの交響詩は、「ふぁ〜みれふぁみれ し〜ら そしらそ〜 れ〜どぉ〜しぃ〜」
メチャ暗い出だしで、ファゴットかバス・クラリネットの低い木管の響きが、まさしく悲劇感であふれている。
「どぉ〜しらどしら ふぁ〜 みれふぁみ れし〜らぁ〜」 「ふぁみれっ ふぁみれっ みっふぁっ みっふぁっ」
剣がぶつかったような音や、シンバルの「シャン シャン」という音と共に、鋭い鋭利な刃物のぶつかる音など、時折激しく鳴っているけれど、基調は、底暗い、モワモワ〜とした、悩みが渦巻く世界が広がっている。

ハープの音が弦と絡むシーンは、確かに甘いけれど、それでも慰めにならず。 「れ〜 ふぁみれど〜れ〜 ら〜どしら〜」なんて、甘いフレーズも出てくるけど、まあ。嘆きだらけです。 作品的には、2部に分かれてて解りやすいけれど、なんか、無理あるな〜って感じ。 前半最後は、「ふぁ〜みれふぁみれ ふぁ〜 みれふぁみれ どぉ〜」
「っれっれぇ〜 しそれしそれしそれ それ それ それ そっ!」って感じで、わりとシンプル。はぁ? いきなりの展開で、あまりにも唐突で。
まっ いったん鎮まって、前半の主題が戻ってきて、ワルツ的にフルートなどが、華麗に歌う旋律出てくる。
最後には、祝祭風にトランペットが鳴り、シンバルが、ジャンジャン〜っと、ハデハデに鳴り響き〜 で、終わりです。
カラヤン盤は、華麗な旋律美で、まあみごとに大見得を切って恥ずかしいほど。ちょっと古い盤なので、録音に不満も残るものの、楽曲そのものが、どーも、映画音楽ぽく聞こえちゃいます。
リストが、映画音楽の元祖じゃないかとも思えるほど。まあ。元が、劇的なモノですから。これで〜良いんじゃーないかと思うんですけど・・・。(笑)
あっ そうそう。初演から何度か改訂しており、現在、聴かれているのは1854年版らしい。 楽曲のタイトルも、「タッソー、嘆きと勝利」「タッソ、嘆きと凱旋」「タッソー、悲哀と勝利」など、いろいろあって、ヤヤコシイです。

ハイティンク ロンドン・フィル 1968年
Bernard Haitink  London Philharmonic Orchestra



録音状態は、まずまず。カップリングされている曲は、下記のとおり。(2枚組)
ハイティンクが、ロンドン・フィルと録音したリストの交響詩全曲13曲の内の7曲を収めた盤で、1セット2枚組の盤が2組ある。長らく廃盤だったが、交響詩全集として4枚組で再販
このCDは、「ハイティンク リスト交響詩全集 その1」と題された2枚組BOXである。

1 人、山の上で聞きしこと
2 タッソー、悲劇と勝利
3 前奏曲
4 オルフェウス
5 プロメテウス
6 マゼッパ
7 祭典の響き

交響詩「オルフェウス」

「らぁぁ〜」 ハープが、パラパラパラパ〜 「らぁ〜〜」 パラパラパラパ〜
ホルンとハープの冒頭の美しいフレーズが、印象的なオルフェウス。で、すかさず、甘いチェロの主題が登場する。
「らぁ〜 れみふぁ らそふぁ〜 みぃふぁれ れぇ〜  れぇ〜 そらどし ふぁ〜そぉ そぉ〜ら」
もう、この主題だけで、いっきに、幻想的な世界に誘われちゃう。
オーボエのフレーズは、細身で、すっきりしているが、息の長いものだ。
「らぁ らぁ どしら れぇ〜 れ れ〜れ みぃれ そぉ〜」 なんて、ヴァイオリンに奏でられると、う〜ん 天上の世界ですよね。ラストには、木管と弦が絡みつきながら、ふわーっと、天上に誘う。
わずか、10分程度の楽曲だが、ヴァイオリンのソロの美しい調べに、胸キュンになってしまう。
それにしても、もっと録音状態の良い演奏が出てきてほしい。まだ、ハイティンクさんの全集が、現役で頑張っている〜という状態では、ちょっと寂しい限りだと思う。まずまずの録音状態だが、さすがに60年代後半では、う〜ん。
もっと、競合盤が欲しい。

ショルティ パリ管弦楽団 1974年
Georg Solti  Orchestre de Paris



録音状態は良い。人生の転化、落差を大きく描ききるパワーには敬服しちゃう。
カップリングは、リスト交響詩6曲
前奏曲、プロメテウス、祭典の響き ショルティ ロンドン・フィル 1977年
ゆりかごから墓場まで、メフィスト・ワルツ1番、タッソー、悲劇と勝利 ショルティ パリ管 1974年 ハンガリー狂詩曲1〜6番(管弦楽版) フィッシャー ブダペスト祝祭管 1977年 2枚組BOX
リストの交響詩って、ホント人気がないらしく、あまり新盤が出てこない。
で、いつも古いCDをゴソゴソと探して出してくるのだが〜 このCDは、リストの交響詩をショルティさんが振ったものと、イヴァン・フィッシャーさんが振ったハンガリー狂詩曲が、カップリングされているお徳用盤である。

交響詩「タッソー、悲劇と勝利」

で、ここでは、タッソー、悲劇と勝利を聴く・・・
「ふぁ〜 みれふぁみれ しぃ〜ら そしらそ〜 れぇ〜 どぉ〜 どぉ ど〜 ふぁ〜みっ」
メチャクチャ暗い出だしで、低弦の響きが、ぞぞぞぉ〜っと底を掻き上げてくる。
「どぉ〜 しらどしら ふぁ〜 みれふぁみれ しぃ〜らぁ〜そぉ〜」
「ど どぉ〜しぃ〜 どどぉ〜しっ」
なんでこんなに暗いのか。って感じだが、劇的な出だしで、ショルティ盤は、力強いパワーあり。
タッソーは、オケは、ロンドン・フィルでもシカゴ響ではない。珍しいパリ管なのだが、ハイ、腰の低い、ぐわっ。としたパワーは保証付きという感じで鳴ってくる。

で、タッソーのワタシ的ハイライトは、この出だし部分が終わって、弦が振り子のように振れ出し、唸るように、「そぉ ふぁみれどし そぉ〜 し〜れっ し〜れっ そぉ〜そぉ〜」 と、揺れが大きくなる。
で、いきなり、シャンっという音が入ってくる。この場面である。
「シャンっ! ふぁみれっ ふぁみれっ シャンっ! ふぁみれっ ふぁみれっ」
「ふぁっそっ ふぁっそっ シャンっ! ふぁみれっ ふぁみれっ シャン!」
「ふぁみれっ ふぁみれっ シャンっ! そっふぁそっしっ ドンっ〜 らっし〜どふぁ〜っ」 
剣のぶつかり合いのような、シャンシャン鳴り響く決闘シーンみたいなフレーズなのである。

ショルティ盤は、ガツンっと出会い頭に火花が飛び、音に重さがある。
そのキレ味は重く、シャンシャンと文字通り鋭い。そのくせ、繰り返すなかで軽やかで鋭くなり、よく切れてスパークのように火花が散る。この場面は、やっぱり、すげっと思う。
最初は、ウツウツ〜 黒い雲がもこもこ〜 で、そっから戦闘場面に突入して、その後、休戦状態のように、だべっ〜っと 暗い表情になる。「れぇ〜ふぁみれ〜 らどし らそ〜 ふぁみ〜」っていう、バスクラのフレーズが、重いんですよねえ。悲劇の始まりなんだろうか。と思わせる悲痛な面持ちで沈んでいくフレーズだ。カラヤン盤は、この悲劇的なフレーズから、軽やかに華麗で甘いフレーズに、スムーズに衣替えを行うのだが、ショルティ盤は、落ち込んだ男の背中のようで、痛々しいフレーズが印象に残る。
全体的には、あーっ 暗いっ。

で、場面が変わり、チェロの甘いフレーズも出てきて、何故か3拍子のワルツになるのだが、この点でも、華麗さや流麗さは影を潜めており、男の痛々しさを引きずっている感じがする。
結局、このタッソさまは、精神の病になってしまって、波瀾万丈って感じの人生を送るらしいのだが〜
男の栄光と破滅って感じで、ショルティ盤は、男くさく、男の悲哀がイッパイに広がる。
まっ それにしても、この構成は、何を表しているのか、ストーリー性がイメージできないと、ちょっとツライ。
つまり、トルクァート・タッソ(Torquato Tasso)という方の人生が、思い描けないと、これはマズイということになるのかもしれない。
が、まさか、日本の昔話 誰しもが知っている桃太郎や浦島太郎のお話ではあるまいし、この点は、ワタシ達には理解しづらいように思う。

ちなみに、ウィキペディア(Wikipedia)で調べてみたら、
・・・作曲に当たってリストは、最初タッソーの生涯での3つの面、いわゆる最初のフェラーラにおける愛と悩み、次にローマで与えられた栄光、最後にヴェネツィアの船頭の歌にまで生きている永遠の生命によって、3部から成る大作を書くことを考えたのだが、結局は、現在のように、タッソーの悲劇と勝利を表した2つの部分から成る曲として完成された。・・・とあった。まっ 彼自身がタンク・レディだったのかもしれず。

ショルティ盤は、低弦、低音の木管(バスクラ)の音色には、充分に、男の悲哀が出ているようで、なかなかに痛々しく、見て(聞いて)られない。
精神状態が安定せず、放浪する詩人、タッソの人生を少し垣間見られたような気分だが〜
やっぱり、ヴェネチアの船頭さんの歌う曲が、タッソの主題、モチーフにされているところが聴きどころ。
楽器を替えて、モチーフが変化し、甘く、沈み、そして豪快に解放される落差は大きく、栄華と衰退。と悲劇と勝利いう、2つの極限を大きく描いている。 リストにしたら、最後は、祝祭的に、「ぱぁ〜ぱ〜 ぱっぱ ぱ〜っ」という、トランペットが華やかに吹かれて爽快に終わっているのかもしれないが。
「ふぁぁ〜 ふぁ〜 ふぁっふぁ〜  らぁ〜 らっそ〜ふぁ み〜 みれど みれど みぃ〜」
終わりよければという感じで・・・ あらら。とは思ってしまった。
ハテサテ、終わりって? 勝利? ここで描く勝利って、いったい何を意味しているのぉ〜と考えちゃうと、これまたイマイチ解らないのである。 えっ リストにツッコミは、御法度だっけ?

まっ ショルティ盤の、この大きな演奏を聴いていると、単に開放的とも言えず、ちょっと複雑だが〜
2大極限を描く作曲家と、描ききる演奏家が、ダイナミックに相乗効果を生んでおり、作曲家と演奏家が、しっかりダブってて、やっぱ凄いと敬服しちゃいました。

メータ ベルリン・フィル 1994年
Zubin Mehta  Berliner Philharmoniker
(Berlin Philharmonic Orchestra)

 これもありかっ

録音状態は、思ったほど良くなくヌケが悪い。ライブ盤 神秘的で、幻想的な演奏というよりは、ごっつい〜メタボなオルフェウスって感じでしょうか。
カップリング:交響詩「前奏曲」「オルフェウス」「マゼッパ」「ハムレット」 「フン族との戦い」 ライブ盤
交響詩「オルフェウス」

オルフェウスと言えば、ワタシは、すぐに象徴派の画家 モローの描いた「オルフェウスの首を運ぶトラキアの娘」を思い浮かべてしまう。
ギリシャ神話に登場する吟遊詩人のオルフェウスは、竪琴の名手だったが、愛妻のエウルキュディケが亡くなった後、女性を避けたことが原因で、酒神のバッカスの女たちに八つ裂きにされて海に遺棄された。
で、レスポス島に竪琴と一緒に流れ着いたとされる。
で、その流れ着いたところが、モローによって、幻想的に描かれている。まあ、美しすぎる絵画だが〜

で、オルフェウスは、オルペウスとも表記されるが、この話の前に、日本神話の男神・イザナギと一緒に国造りをしていた女神・イザナミが亡くなり、悲しんだイザナギが、イザナミに会いに、黄泉の国 黄泉比良坂(よもつひらさか)に向かうというお話とよく似た、 冥府くだりがある。
この冥府くだりについて、ウィキペディア(Wikipedia)で調べたところ・・・
オルペウスの妻エウリュディケーが毒蛇にかまれて死んだとき、オルペウスは妻を取り戻すために冥府に入った。
彼の弾く竪琴の哀切な音色の前に、ステュクスの渡し守カローンも、冥界の番犬ケルベロスもおとなしくなり、冥界の人々は魅了され、みな涙を流して聴き入った。
ついに、オルペウスは冥界の王ハーデースとその妃ペルセポネーの王座の前に立ち、竪琴を奏でてエウリュディケーの返還を求めた。
オルペウスの悲しい琴の音に涙を流すペルセポネに説得され、ハーデースは、「冥界から抜け出すまでの間、決して後ろを振り返ってはならない」という条件を付け、エウリュディケーをオルペウスの後ろに従わせて送った。目の前に光が見え、 冥界からあと少しで抜け出すというところで、 不安に駆られたオルペウスは後ろを振り向き、妻の姿を見たが、それが最後の別れとなった。・・・と書いてあった。
ハイ、日本神話と、ホントよく似たお話である。

また、アルゴ探検隊にも加わっている話もある。ちなみに、大昔、このタイトルの映画があった。
絵画に戻ろう。モローには、ギリシャ神話を題材にした絵画が多くあり、プロメテウスとかサロメとか、このオルフェウスだけでなく、リストの楽曲とか、R・シュトラウスとかかぶるところがあって、なかなかにイメージの相乗効果を生んでくれる。
で、この絵画を見ながらリストの楽曲を聴いてみたが・・・ 特段、なんにもイメージが浮かばないのだ。
もちろん、主人公が竪琴の名手ということから、ハープは登場するし、ソロのヴァイオリン、クラリネットなどの甘い旋律が満載だ。いつもの厳つい、プレリュードやマゼッパのような勇壮な楽曲ではないので、なかなかにムーディなのです。
それなのに、メータさんの演奏が、あまりにも肉厚で、ごつくて ちょっと唖然としてしまった。
チューバの音色が、ごっついし、やっぱり旋律の描き方が緩いかなあ。
幻想的、神秘的というイメージを描こうとすれば、ある程度の、ゆったり感は必要なのだとは思うが、もう、少しテンポアップして、タイトに締めてこないと緩いように思う。
特に、トゥッティ、盛り上げてくるところのスピード感がイマイチなので、シャープさが足らないように感じる。

それにしても、リストの交響詩は、なぜこれほどまでに、知名度が低いんだろう。演奏を聴く機会が少ない。
とっても素敵な素材なのに・・・
演奏会の第1曲目として、協奏曲とシンフォニーの前に演奏されるには、とっても手頃なのである。時間的には・・・
だって、10分〜15分程度なのだもん。 しかし、全部で13曲あるが、その全てが大編成すぎて〜
編成を改めてみてみたら、ハープやティンパニーの台数も相当数が必要なのだ。あちゃーっ これじゃ、演奏する機会も少ない筈だわさ。と思ってしまった。 マーラーとか、R・シュトラウスの楽曲がメインの時に、では、前座で〜とも思うけれど、毛色のよく似ているしねえ。

ちなみに、 ウィキペディア(Wikipedia)で調べてみたら、この交響詩「オルフェウス」の編成は、ピッコロ、フルート2、オーボエ2、コーラングレ、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、ハープ2、弦五部
という大きな編成だった。
ハープ2台に、コーラングレまでいるんだ。あっ あの甘い旋律は、クラリネットだと思っていたが、コーラングレだったのね〜

ちなみに、交響詩「オルフェウス」(Orpheus )は、フランツ・リストが作曲した4番目の交響詩である。
最後に、本来の交響詩「オルフェウス」について、ウィキペディア(Wikipedia)で調べたところ・・・
この交響詩は、1853年から54年にかけて、 グルックのオペラ「オルフェオとエウリディーチェ」の序の音楽として作曲された。その契期となったのは、リストが少し前にヴァイマルの宮廷劇場でグルックのオペラ「オルフェオとエウリディーチェ」を指揮したことであった。 そのため、リストは、オルフェウスに関することを色々と調べたが、この時リストの脳裏に浮かんだものにルーヴル美術館で見たエトルリアの壺があった。 その壺には、優雅でほっそりとした指で竪琴を弾くオルフェウスが描かれており、そこでは、彼の奏でる妙なる楽の音が森の中の動物たちをはじめ、全ての事象を魅了し去るのである。
リストは、この壺からの霊感でこの交響詩を書き、このような経緯を楽譜の冒頭に記したという。・・・

えーっ。壺の絵からのインスピレーションだったのぉ。
あっ そうか、モローがオルフェウスを描いたのは、1876年で、このリストの楽曲は1853〜54年の作品だったのである。
こりゃ〜 うっかり。で、ございました。失礼致しました。
いずれにしても、メータ盤は、冥府くだりの話が感じられるほど瞑想的でも神秘的でもなく、ストイックさは、ちょっと感じられなかった。甘美的ではあるのだが、 ちょっぴりメタボなオルフェウスって感じでしょうか。かなり残念でした。

ジャナンドレア・ノセダ BBC交響楽団 2004年
Gianandrea Noseda  BBC Philharmonic Orchestra


録音状態は良い。ノセダは、リスト交響詩を全集録音(全5枚)しており、このCDは第1巻にあたる。
カップリング:
1〜5 リスト 交響詩「山上で聞きしこと」
6〜9 リスト 交響詩「タッソー、悲哀と勝利」
10〜12 リスト 交響詩「前奏曲」
13 リスト 交響詩「オルフェウス」
交響詩「人、山の上で聞きしこと」

リストって、交響詩を13曲も書いているのだが、あまり、聴かれていないように思う。
前奏曲やマゼッパは、有名だが他は、う〜ん さっぱり・・・かもしれない。
何故なんだろうなあ。と思いつつ聴いてて、ストーリーが浮かぶようなものもあれば、さっぱり浮かばないモノがあって、正直ちょっと困っている。
さて、この「人、山の上で聴きしこと」は、記念すべき交響詩第1作なのだ。
で、心して聴いてみたのだが・・・ 哲学っぽい。哲学ぽさは感じるのだが、さすがに、リストだけあって、壮大で、オーケストレーションの派手な楽曲である。

あまり馴染みがないので、ウィキペディア(Wikipedia)で調べてみたら
「人、山の上で聞きしこと」は、1833年から35年にかけて作曲されたもので、1849年に完成したというが、何度も改訂を繰り返したらしい。
タイトルは、リストと親しく交際のあった詩人ヴィクトル・ユゴーの詩集(1831年出版)「秋の葉」の一篇に基づいている、るもので、詩人は、山の中で2つの声を聞くが、1つは広大で力強く、秩序のある自然の声であり、もう1つは苦悩に満ちた人間の声である。 この2つの声は闘争し、入り乱れて、最後は、神聖なものの中に解消するというものなのだそうだ。
はあ〜 山に籠もって思索し、悟りを開いた〜いうモノらしい。冗談はともかく、山の雄大な景色、神秘的な風景、自然の猛威って感じのフレーズが、次から次へと繰りだされてくる。

ある意味、R・シュトラウスのアルプス交響曲に近いが、もう少し内省的で、神に近づきたいという想いが強いものなのかもしれない。あのアルプス交響曲は、主人公がいて、登山している姿を描写している感がしたが、そこまで、主体性の強いものではなく、意外と自然描写力の強い楽曲である。

ホルンが吹かれ、「らぁ〜 ふぁふぁふぁ ふぁぁ〜 らっふぁふぁ〜 ふぁふぁふぁ らっふぁふぁ〜」
ハープが入ってきて、フルートやクラリネットが、爽やかな朝焼けのようなフレーズを奏で、軽やかで、清々しい気分に彩ら
弦は、軽やかに「みぃ〜れ どらふぁれ しれらそ どしみれ そぉ〜み どらそみ・・・」と若々しい、ワクワク感を描く。

ティンパニー付きで、「れみぃらそぉ〜 そそぉ〜 れみぃらそ しししぃ〜 れみらそ ふぁそどし らしみれ〜」
金管のファンファーレで、晴れやかな太陽が昇ってくるような、勢いの良い荘厳さを感じる雰囲気もある。
それが、時間の経過と共に、段々、様相が変わるのだ。
チューバが張ってきたりして、嶮しい様相に変わっていったりする。
山の雰囲気が神秘性も描いている。

弦のみの場面もあり、道行きシーンという感じがして、暗闇のなかを進むような場面も用意されており、さらに、段々と嶮しくなっていく。山の上で雷に遭うのか、というような怖さがあり、手探り感も漂う。
意外と短く、まるで色彩を変えて、同じフレーズを繰り返すような感じで、わかりやすいと言えばわかりやすい。
だが、恐怖心、不安な心を煽りつつ、執拗に同じ音型を繰り返して、追い詰める感じがしている。

金管の柔らかい和音が響き、ここからは、神聖なシーンに変わる。最後にいたる場面には、軽やかに晴れやかな雰囲気となっていく。 そう、視界が開けたらしい。堂々とした「らぁ〜 ふぁふぁふぁ らふぁふぁ らぁ〜 ふぁふぁふぁ らふぁふぁ」という、カラフルな金管の音色が、とても勢いよく出てきて、つらつらと描かれていく。

ノセダ盤で聴くと、とっても活気があって、パワフル全開だ。
30分という長大な楽曲で、少し冗長的なところがあるので、一本調子では、食傷気味になってしまう。
しかし、ラストは、大変美しいシーンが待っているのだ。
ラストは美しいのだが、う〜ん やっぱり、相当に長く感じられる楽曲で〜 ちょっと疲れてしまった。
やっぱり、豪快になりすぎるのも・・・ 耳は疲れるようだ。聴く方も、山に登った気分で、体力勝負ってところでしょうか。
1967年 カラヤン ベルリン・フィル ★★★
1968年 ハイティンク ロンドン・フィル Ph ★★★
1974年 ショルティ パリ管弦楽団 Dec ★★★★★
1994年 メータ ベルリン・フィル SC ★★★
2004年 ノセダ BBC交響楽団 CHANDOS ★★★★
所有盤を整理中です。

「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

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