「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

ムソルグスキー 交響詩「禿山の一夜」
Mussorgsky: Night on Bald Mountain


マルケヴィッチ ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管 1973年
Igor Markevitch
Leipzig Gewandhaus Orchestra

録音状態は、さほど良くないのだが、メチャ破天荒で面白い。
思わず、うひひっ。と笑えてしまう。
カップリング:組曲「展覧会の絵」、交響詩「禿山の一夜」

マルケヴィッチ盤は、擦れた音が、なんとも言えないほどのブキミさで、これは、飽きない1枚である。
冒頭から、テンションがかなり高く、セカセカと、前のめり的にフレーズが進んでいく。 まろやかにブレンドされた音色ではなく、木管や金管が、それぞれ、ひしめきあって音が出てくる。
「そふぁふぁみ そふぁふぁみ〜」
「しれれれ しれれ〜」
「そふぁそみ そふぁそみぃ〜っ」と、それぞれに、大きな悲鳴をあげている。
シンバルが短く叩かれて、一瞬間があくのだが、それがまた効果的で、 で、「そそそふぁ そそそふぁ しししふぁ しししふぁ」と奏でるヴァイオリンの音。これ凄く効果的に響いているのだが、なんだか、弓の使い方が違うんじゃーないだろうか。
髪の毛が、逆立っているような音が鳴っているんだけどなあ。
こしげているような、そう、上から下に弓を当てるんじゃーなくって、もしかしたら、下から上へ弓を当ててるんじゃー。な〜んて、想像を逞しくするほどの音の出し方なのだ。
(↑ こんなこと有り得ないんだと思うんだけどね。)

これが、骨がすれているかのような、軋んでいる感じを与えるし、感情を逆撫でするような感覚で。
奇怪で、乾いた怖さ、気味の悪さが、存分に演出されている。 思わず、うひひっ・・・。

なまあたたかい吐息が、漏れ聞こえそうな木管、あらくたい金管の鳴りっぷり。
不協和音が、これでもか〜っと鳴りそうな、いっけん整理できていないように見えるくせに、結構、浮き出てくるフレーズがおもしろく、肌触りは、ザラザラしてて〜  鮫肌風なのが、これが、また面白いわけ。
このギクシャク感、手足バラバラって感じなのが、飽きずに、面白く聴けちゃうんだよな。 なんで〜 こんなに音色が、各パートで違うんだろ。笑えてしまうほど感心しちゃう。 ホント、聴いてて飽きない。

お世辞にも美音じゃないし、トゲが刺さって、喉ごしはイマイチなんだけど。 熱いし、パンチの効いた破天荒さが、たまらんです。 饗宴後、朝焼けを迎えての鐘が鳴った後の旋律は、美しくまとまっており、決して、魔女の饗宴の演奏部分が、下手ってわけじゃーないのがわかる。 悲しげなフルートの音色、穏やかなフレーズの安定感・・・
さきほどの、悪魔の魑魅魍魎とした夜の演奏が、嘘みたいに鎮まってくるんだが、それこそ、一晩なのはモッタイナイ。
もう一泊、禿山に泊まりませんか。怖いモノみたさに、どうです?

マゼール クリーヴランド管弦楽団 1978年
Lorin Maazel
Cleveland Orchestra



録音状態は良い。ホールトーンが充分に入っていて、シャンシャンと響いている。期待していた魑魅魍魎感は乏しかったので、ちょっと残念。
カップリング:組曲「展覧会の絵」、交響詩「禿山の一夜」

低音も充分に入っていて、うねりのあるフレーズであるが、残響が少し多めで、音響的には満足しているのだが、もっと、メリハリがあった方が良かったかも。 マゼール盤なので、もっと、何かやらかしてくれるのかと期待していたのだが、う〜ん。
結構、理知的に響いている。

冒頭の木管のフレーズは綺麗だし、チューバを初めとした金管も、よく響いている。
しかし〜 まろやかなのだ。う〜ん。いつもなら、まろやかに響く金管には、ほれぼれ〜っとさせられているのだが、こと、この禿山では、うっ。もう少し、生々しく響いて欲しいんだが〜と、注文をつけたくなってしまうかな。
「んたら〜たらら〜たたぁ〜」っていうフレーズに、もう少し粘っこくしてくれぇ〜  シンバルの叩きも残響が多めであることから、リアル感が感じられず、うぇ〜ん。
録音のよいテラークで、ほんわか。柔らかく聞こえることが、アダになってしまったような感じだ。
甲高い、ピッコロの響き や、弦の高音域の悲鳴的なところは、まずまずなのだが、この楽曲に関しては、ギシギシ、ガシガシ、バンバン、ドンドン、キーキー ぎゃひーっ というような擬音が似合う。

テンポも、思ったほど速めではなく、しっかり、「らっしみれし らっしみれし ふぁ〜 」「らしらし れ〜みっ らしらし れーみっ」 区切りは良いものの、丁寧に奏でられている。
もちろん、アンサンブルに文句ナシ。
しっかし、もっとパワーがあるかと思ったけれど、意外とマゼールにしてはおとなしめ。
奥行きタップリの響きのなかで、「ふぁふぁふぁみ どしどし〜 ふぁふぁふぁみ どしどし」
「し〜 ふぁ〜しふぁ〜 そふぁふぁみ そふぁふぁみ」
必死になって弦をかしげ、ティンパニーも、ぶっ叩かれている。 パーカッション群の響き、金管、弦、木管のバランスも良く、なかなかに重量もあって良い。 夜明けの禿山は、抒情的に幻想的な雰囲気になっており、やっぱ美しい。ひんやりした空気感があり、透き通った清々しい夜明けになっている。
残念ながら、魑魅魍魎感は乏しいものの、理知的にバランスのとれた演奏だと思う。

デュトワ モントリオール交響楽団 1985年
Charles Dutoit
Orchestre Symphonique de Montreal
(Montreal Symphony Orchestra)

録音状態は良い。華麗なるサウンドが、豪快に響いてくる。
でも、これは綺麗すぎて、禿げていない。ホントの「禿げ山」じゃーないと思うので、他の盤も聴いてみないと〜 カップリング:ムソルグスキー 展覧会の絵、序曲「ロシアの復活祭」、「禿山の一夜」

デュトワ盤は、なんと〜 色彩のカラフルなこと。 そして、馬力がある。
録音状態が極めてよく、ドシドシ ドシドシ ドシドシ・・・ 
「そぉふぁ〜 みふぁそ ら〜しれぇ〜 れれれ れ〜 れれれっ」
チューバの、ずし〜んとした重さ。
で、これってオルガン入ってたっけ? すごい重低音があるんだけど。で、木管の渦巻きのような、風の鳴るようなサウンドも良いし、粘りもあって〜 う〜わっ う〜おっ と、鳴ってくる。
弦の音色が、多少明るいオケなので、ムソルグスキーの、それも「禿山」で、ちょっと明るすぎないかと、心配していたのだが、このデュトワ盤では、リズミカルに演奏されているので、こりゃ楽しい。

でも、魔女たちの饗宴としては、ちょっと上品すぎるでしょうか。
華麗なる魔女たちで、そうとう美女揃いんだろう。ブキミさとか泥臭さとか、ローカルな面は無いに等しい。
禿げ山というより、山の上の饗宴というよりは、そうだなあ〜 舞台設定は、舞踏会風というか上流サロン的ですね。
なかなか、鳴りっぷりが豪快で、その音色のマジックに見せられてしまう。
「ふぁ〜そ ふぁみそら らしっふぁ〜」「ふぁ〜そ ふぁみれど ど〜し」
「ふぁみふぁみ ど〜そっ ふぁみふぁみ ど〜そっ」

小股が切れ上がったリズミカルさと、弦の華麗な音色と、透き通った弦の響きが特徴的。
軽やかな響きで、まあ。楽しげに響くと言う点では、ピカイチ。
でも、美音過ぎて、興ざめってところもあるんだが、アクを取り去った後の澄んだスープのようで、まあ。喉ごし爽やかで、良いですねえという感想になるでしょうか。
トゲがささって、仕方がないようなマルケヴィッチ盤も凄いが、アク抜きされたという点では、このデュトワ盤も凄すぎ。
音響のおかげ、オケの音色のおかげ。という点もあるとは思うが、 旋律の歌い方、軽やかに飛ばすところと、パーカッションの抜群の機能と、ホント楽しかった。
魔女たちの、おどろおどろしい饗宴というより、仮面舞踏会のようですが。これはこれで、ホント楽しい。
ムソルグスキーの「禿山の一夜」としては、毛色は、かなり異なるし、これ違うぜ〜とは思うけれど、 楽しめるという点ではナイスだと思います。

シノーポリ ニューヨーク・フィル 1989年
Giuseppe Sinopoli
New York Philharmonic



録音状態は良い。きらびやかな金管の音色と、ちょっと粗めの雰囲気がこの楽曲にマッチしているように思う。
カップリング:
1〜15 ムソルグスキー組曲「展覧会の絵」
16    ムソルグスキー 交響詩「禿山の一夜」
17    ラヴェル「高雅にして感傷的なワルツ」
禿山の一夜は、曲の長さが10分程度なので、ムソルグスキーの「展覧会の絵」とカップリングされて、CD化されていることが多い。 その他にも、オムニバス盤に収録されていたり、余白に詰め込まれて、へんてこりんなカップリングになって登場したりする。 サイドメニュー的な扱いとなっているという、ちょっと、気の毒な曲である。

CMに使われていたり、バラエティ番組の裏で流れていたり〜
結構、誰もが耳にしたことのある楽曲なんですけどねえ。ちなみに、シノーポリの「禿げ山の一夜」は、「ロシア名曲集」というオムニバス盤にもカップリングされている。

ところで、なぜ、禿山の一夜って言うでしょうねえ。で、改めて、ウィキペディア(Wikipedia)で調べてみたら・・・
原型は、メグデンの戯曲「魔女」に基づき構想されたオペラ「「禿山」である。
1860年頃に作曲したピアノ曲「聖ヨハネ祭前夜の禿山」で、「聖ヨハネ祭の前夜に不思議な出来事が起こる」というヨーロッパの言い伝えの一種、「聖ヨハネ祭前夜、禿山に地霊チェルノボグが現れ、手下の魔物や幽霊、精霊達と大騒ぎするが、夜明けとともに消え去っていく」との、ロシアの民話を元に作られている。
聖ヨハネ祭は、夏至の夜の祭りであり、題材としては、シェイクスピアの「夏の夜の夢」と同様であるといえる。・・・と書いてあった。

たまたま、聖ヨハネ祭で画像検索したところ、まるで韓国ドラマ「トンイ」の冒頭に流れてくる映像と同じみたいで〜
へぇ〜 こんなところで、繋がるんだ〜と、驚きながら、笑えてしまった。 ポーランドにおける聖ヨハネ祭では、「スカイランタン」と呼ぶらしいが、「天灯」と言われる、熱気球の原理を応用したもので、火を灯した提灯が空に飛ばされるのだ。
精霊や祖霊を慰める儀式に使われる。

ちなみに、チェルノボグ(Chernobog)とは、スラヴ神話の死神で、「黒い神」を意味する。
夜や闇、破壊と死、冥府の神・悪神として捉えられることが多いものの、その本来の性格については不明である。
神話中においては、白や光を司る善神ベロボーグと対をなすものとして語られる。
スラヴの諸地方に伝わる創世神話には白い神と黒い神が登場し、その2柱の神が協力して、水底の泥から世界を創り上げた。その後、黒い神は白い神と対立し、闘争の末に地上に落とされたとされて邪な精霊に変わったといわれている。・・・と書いてあった。

これまたちなみに、シェークスピアの「真夏の夜の夢」では、歌垣みたいに、若者の集う喜劇的要素が強いようだが、これは、4月30日から5月1日にかけては、「ヴァルプルギスの夜」(ワルプルギスの夜)と呼ばれている。
そう、幻想交響曲に登場してくる魔女たちの饗宴である。
ちなみに、メンデルスゾーン「真夏の夜の夢」のアーノンクール盤には、カンタータ「最初のワルプルギスの夜」というのが、カップリングされている。土地柄によって、民族によって、それぞれ異なる呼称になっているのかもしれないが、底辺は大変親近感のわくものである。

なんだか、すごく脱線しちゃったけれど〜
禿山の一夜は、子供の時に初めて聴いた楽曲で、もちろん、こんな背景を知らずにいたし、なんとも不気味な曲もあるものだな〜っと思っていただけである。

で、アバドやサロネンが、原典版を収録しているが、通常演奏されるのは、R・コルサコフの編曲版である。
シノーポリ盤は、劇的には演奏されているが、さほどグロテスク感はないし、個性的でもない。
高い透明度のある金管が、綺麗に聞こえる。特に、トロンボーン、トランペットの音色が綺麗なことと、パーカッション群のシャンシャンとした音が切れを感じさせる。デュトワ盤だと、あまりにも整いすぎて綺麗すぎるのだが、適度に荒々しさもあって〜(笑)加速してくるスピード感もある。
最後の方、祭りが終わったあとの情景だと思うが、そのテンポが、かなりゆったりで〜 穏やかに、牧歌的に歌われているのが、印象に残るものとなっている。


テンシュテット ロンドン・フィル 1990年
Klaus Tennstedt
London Philharmonic Orchestra



録音状態は、まずまず。90年というわりには〜イマイチなのだが、演奏が面白いので文句は言わない。シンバルとティンパニーの間髪入れない面白さ。
カップリング:ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」(ライブ盤)
(禿山の一夜は、スタジオ録音)

テンシュテット盤は、ダイナミックではないのだが、なかなかの不気味さを持っている。
冒頭、テンポは揺らさず、結構堂々としている。意外と、冒頭から飛び出してくるのかと思ったのだが、落ち着いて聞こえる。
飛び出すのを抑えているような手綱さばきで、ところどころ、うっ と手綱を絞っているようだ。
そのくせ、シンバルとティンパニーは、一瞬、叩くのが速いように思う。( わざとかなあ?)

初めは、フライングだと思ったのだが、何度か同じシーンが出てくるので、きっと計算済だと思う。
チューバは、もちっと音が大きかったら〜とは思うが、乱暴でもないし粗野でもない。 で、金管より、むしろ、弦のカシカシ音が、しっかり聞こえてくる。 弦が命と言わんばかりに、かなり力を入れて弾いているようだ。
しっかり、ホントしっかり〜 チェロとヴィオラの音が、きちんと整っていて、わざとかな〜と思うほど、大きめに、ゆったり、カシカシ、丁寧すぎるほど几帳面に弾かれている。
普通なら、それが、いたってあたりまえなのだが、この楽曲には、え〜っと驚くほど、気持ち良く聞こえる。
インテンポっていう方が、結構、珍しいような気がするし、これだけ、カシカシ、キシキシ聞こえるのも珍しいのではないだろうか。

マルケヴィッチ盤は、テンション高く、前のめり的にテンポをあげていくのに比べて、テンシュテット盤は、最初は、さほどテンションがあがらず、つとめてクールにしているみたい。わざと、わざーとインテンポでやっているって感じがする。
しっかし、ところどころ、アクセントのように大音量で、ジャーンっと鳴らすし、速めにキレ良く仕上げている。特に、ファンファーレ風のフレーズの直前では、すかさず みごとに一瞬速めにシンバルが鳴る。

この、シンバルとティンパニーを、間合いを入れず、ちょっと速めに、間髪入れずに叩かせていることと、フレーズの最後だけ、テンポをあげたりして、スピードを勝手気まま風に変えていること。 これが面白い。金管の鳴りっぷりも、不足はないし。
テンシュテット盤では、魔女たちがどうのこうの〜という光景は、あまり思い浮かばないのだが、演奏として、何度聴いても飽きない面白 さで、ちょっとした風味で変わる料理を頂戴しているような気がした。
もちろん、かなり魔女的、悪魔的な演奏である。 ハチャメチャ風ではないし、粗野感や野蛮で、勝負って感じでもないのだ。魑魅魍魎としたオドロオドロした演奏という感じもしない。きちんとした、純文学風の演奏である。

マルケヴィッチ盤では、大変失礼なのだが、ちょこっと下手的に聞こえるオケが、軋んだ感じがして面白いし、手足バラバラ風なのが、風変わりで面白かった。しかし、テンシュテット盤の振るオケは、アンサンブルは整っている。でも、 面白い。
ちょっとしたことなんだけどなあ〜 でも、それがイメージを変えているようだ。
夜明けの鐘が鳴った以降、かなり抒情的で、ゆったり〜 静かに、しずか〜に潜行していく。
この変わり身にも、結構驚かされた。なかなか聴き応えある、技ありの一枚だと思う。

0380

アバド ベルリン・フィル 1993年
Claudio Abbado
Berliner Philharmoniker
(Berlin Philharmonic Orchestra)

これもありかっ

録音状態は良い。ライブ盤 
原典版を聞くことは、とてもおもしろいんだけど〜 やっぱりコルサコフさんの編曲能力を確認しちゃた〜みたいなところがあって、資料としては、大変ありがたいんですけど。カップリングは下記のとおり。

ムソルグスキーの「禿山の一夜」は、通常、R・コルサコフが編曲されたものが演奏されるが、このアバド盤は、珍しい原典版である。で、当CDにカップリングされているのは、次のとおり。

ムソルグスキー
交響詩「はげ山の一夜」(原典版)
歌劇「センナヘリブの陥落」(R・コルサコフ編曲)
歌劇「サランボー」〜巫女たちの合唱〜(R・コルサコフ編曲)
歌劇「アテネのオイディプス王」〜神殿の人々の合唱〜(R・コルサコフ編曲)
「ヨシュア」(R・コルサコフ編曲)
組曲「展覧会の絵」(ラヴェル編曲)

ムソルグスキー自身は、最初、禿山の一夜を、オペラとして計画したらしいが、管弦楽曲として完成したようだ。その後も、オペラの場面に使おうと、 何度か改訂しているようである。学者でもないワタシは、どんな形で改訂していったのか、よくわからないが、一応、アバドが演奏しているのは原典版と銘打たれている。

で、アバド盤を最初に耳にしたときは、はぁ〜 なんか足らない。何が足らないのか、わからないけれど、金管自体に厚みがなく、スカスカしており、ティンパニーがやたら大きく聞こえてきて、おどろおどろしい感じが、より一層膨らんでおり、 気持ちが悪いな〜っていう印象があった。
リズムも、どっか違うし、いつも耳にしている旋律も、オケの層の厚みも違う。
改めて聞いてみたのだが、なにせ、大太鼓も入っているのだろ思うんだけど、ティンパニーの「らしどしらしどし」 というバタバタとした音の大きいこと。
え、最初から音が違うやん。・・・というより・・・まったく別ものになっているように感じる。

R・コルサコフ版には、なんの楽器が追加されたのか、スコアを見ていないので、よくわからないけれど〜
やっぱ、改めて聴いてみると、金管のフレーズが厚みがない。
ああ〜 この場面では、弦が入ってない。えっ トランペットが使われてないの? 
え〜 中間部で、こんな主題のフレーズなかったぞ。この場面は、なに? 結構、長いんだけど。
ああ やっと、いつもの曲に、もとに戻ってきた。って感じで・・・ 最後の至るまで、いろんな驚きや、ハテナマークがいっぱい飛び出してくるのだが、冒頭のおどろおどろしさが、持続しない感じがして、聞き所が少ないかな〜というのが印象だ。

まあ、専門家ではないので、比較したり分析するつもりは、もちろんありません。(って、できないんだけど)
素人感覚で聞いていると、R・コルサコフの編曲は、やっぱすごいなあ。って改めて感じる。
華麗すぎる編曲だな〜とは思ってしまったが、しかし、コルサコフ編曲版がなければ、原典版も聞かれなかったかもしれないし、歴史のなかで埋没 しちゃったかもしれないし、そういう意味では、とっても恵まれた曲かもしれない。
ムソルグスキーは、後世に恵まれた作曲家なのだろう。(って、ご本人の生涯は、あまり恵まれていなかったらしい)

こんな、おどろおどろしい楽曲は、素材として、とても面白いのだが、今のところ、この原典版を聴くだけでワタシ的には十分かなと思う。原典版で、聞き比べってできないし〜 
ちなみに、ムソルグスキーが1881年に亡くなった後、 R・コルサコフは、1886年に華麗な色彩をまとわせ、オーケストレーションして編曲版を発表されたようである。
アバドなんて、3種類以上を収録しているようだし〜、ポリャンスキー(シャンドス盤)も各種収録しており、サロネンも原典版をCD化しているようだ。
原典版を聞けること自体は、演奏家などのありがたい研究心によるものなので、 その点、アバドさんの原典版フリークには感謝しているが、、一般的に定着するかどうかは・・・う〜ん、どうでしょう、わからないですね。


ニコライ・トカレフ 2007年
Nikolai Tokarev

ふむふむ。


録音状態は良い。さっぱり系というか、あまり、おどろおどろしくはないのだが、初めて聞くピアノ編曲版である。若い頃の演奏なので、年齢を重ねると、もっと凄みが出てくるかもっ。どう化けるか楽しみっ(笑)
カップリングは、下記のとおり。
ピアノ編曲版

このCDは、「トカレフ デビュー!」と題されたニコライ・トカレフさんのアルバムである。カップリングは次のとおり。
CD1
1〜4 ショパン ピアノ・ソナタ第2場「葬送」
5 バッハ 前奏曲ロ短調(シロティ編曲)
6〜11 シューベルト「楽興の時」
12 リスト「ラ・カンパネッラ」
13〜24 アレクサンダー・ローゼンブラット「パガニーニの主題による変奏曲」

CD2
1 ムソルグスキー 禿山の一夜(フドレイ編曲 Igor Khudoley)
2 プロコフィエフ トッカータニ短調(作品番号11)
3 映画「ピアノの森」メインテーマ トカレフ編曲(日本盤ボーナストラック)

いつもは、R・コルサコフ編の管弦楽曲で禿山の一夜を聴くことが多いが〜 今日は、ピアノ編の「禿山の一夜」を聴きいてみた。なかなかに、音が多くて、こりゃまた難しそうな楽曲である。
R・コルサコフの管弦楽編曲だけにとどまらず、アバドさんが原典版で演奏したCDも有名だし〜最近原典版とめいうっているCDも多いようだ。

改めてウィキペディア(Wikipedia)で調べてみたら
長らくリムスキー=コルサコフが編曲した版が広く知られていたが、近年ムソルグスキー自身の手による原典版も知られるようになり、こちらもムソルグスキーの典型的作風を示すものとして普及している。
原型は、メグデンの戯曲「魔女」に基づき構想されたオペラ「禿山」である。
1860年頃に作曲したピアノ曲「聖ヨハネ祭前夜の禿山」で「聖ヨハネ祭の前夜に不思議な出来事が起こる」というヨーロッパの言い伝えの一種、「聖ヨハネ祭前夜、禿山に地霊チェルノボグが現れ手下の魔物や幽霊、 精霊達と大騒ぎするが、夜明けとともに消え去っていく」とのロシアの民話を元に作られている。
聖ヨハネ祭は夏至の夜の祭りであり、題材としては、シェイクスピアの「夏の夜の夢」と同様であるといえる。

オーケストレーションと編曲の変遷
ムソルグスキーの楽曲の例に漏れず、「禿山の一夜」も何度もお蔵入りと、改訂・編曲が繰り返された。
その結果、今日までに様々なバージョンが残されている状態にあり、それぞれ特徴ある楽曲となっている。
なお、指揮者クラウディオ・アバドは、これらの4つの版についていずれもレコーディングしているほどのムソルグスキーフリークである。・・・とあった。

ここには、ピアノ編のことがないので、CDのブックレットを拝見すると〜
トカレフが弾く禿山の一夜は、ロシアの作曲家・ピアニストのイゴール・フドレイが、トカレフの父親に手書きの譜面として贈呈したものだそうである。
はあ、なるほど。じゃーこのCDでしか聴けないものなのかもしれない。

トカレフさんの弾くピアノ編を聴いてみると、さほど、おどろおどろしいモノではなく、冷静さが感じられる。
魑魅魍魎とした、多くの悪魔が住んでいるかのような、どす黒さを感じる魔の山のような感じは、う〜ん、あまりしない。
なんでしょ、ちょっとした間合いを置いたほうが、ふっと、抜くようなところがあれば、もっとおもしろいかもしれないな。と思ってしまった。一瞬の間が魔に繋がれば、もっと深淵が感じられて、あっ ハハハ〜と、 ナミダメになって怖くなるのかもしれませんね。また、タメ感が少ないので、うぐっと圧のかかった、聴き手にプレッシャーを与える、ぐっとしたパワーにはなっていないかもしれません。

でも、さすがに音が詰まってて、直線的に飛び出してくるかのような気配があり、緻密な造詣が感じられ、迫力も峻厳さも感じられておもしろいです。テクニシャンなことは、ど素人でも、ハイ感じます。
まあ、この曲をピアノで弾くっていうこと自体が、挑戦的なのだと思います。
指が何本あっても良いぐらいので楽曲ですもん。指が多ければ多いほど、魑魅魍魎感がでるのかもなあ〜って思いますけど、はてさて、 ど素人が思うほど簡単なモンジャーないでしょうし、1983年生まれのピアニストなので、まだお若い頃の演奏です。
ふむ、年齢を重ねていくと、どんな風に化けてくるか・・・(いや、若手演奏家の成長をみる楽しみがあります。)


1973年 マルケヴィッチ ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管 DS ★★★★★
1978年 マゼール クリーヴランド管弦楽団 Tel ★★★
1985年 デュトワ モントリオール交響楽団 L ★★★
1989年 シノーポリ ニューヨーク・フィル ★★★★
1990年 テンシュテット ロンドン・フィル EMI ★★★★★
1993年 アバド ベルリン・フィル(原典版) ★★★★
ピアノ編曲版
2007年 トカレフ   SC ★★★★
所有盤を整理中です。

「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

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