「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

 ムソルグスキー 組曲「展覧会の絵」
Mussorgsky: Pictures at an Exhibition


ムソルグスキーは、ロシアの作曲家で、19世紀後半のロシアで、民族主義的な芸術音楽の創造を志向した作曲家集団であるロシア5人組の1人です。
ロシア5人組とは、バラキレフ、キュイ、ボロディン、R・コルサコフ、そしてムソルグスキーです。
組曲「展覧会の絵」は、原曲はピアノ独奏曲ですが、ラヴェルによるオーケストラ編曲版が有名です。友人のヴィクトル・ハルトマン(ガルトマンとも)の遺作展を歩きながら、そこで見た10枚の絵の印象を音楽したもので、「プロムナード」という短い前奏曲あるいは、間奏曲が5回挿入されているのが特徴です。

ムソルグスキー 組曲「展覧会の絵」 ラヴェル編曲版
1  プロムナード 2  小人(グノムス) 3  プロムナード
4  古城 5  プロムナード 6  チュイルリーの庭
7  ブイドロ 8  プロムナード 9  卵の殻をつけたひなどりの踊り
10 サミュエル・ゴールデンベルクとシュミイレ 11 リモージュの市場 12 カタコンブ
13 死せる言葉による死者への話しかけ 14 バーバ・ヤーガの小屋 (雌鶏の足の上に立つ小屋)
15 キエフの大門    

マルケヴィッチ ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 1973年
Igor Markevitch
Gewandhausorchester Leipzig
(Leipzig Gewandhaus Orchestra)

    

録音状態はさほど悪くないものの、オケに重厚さがないため、ちょっと細めに聞こえる。美術館での「展覧会の絵」というより、これでは「お化け屋敷」である。
カップリング:ムソルグスキー「展覧会の絵」、交響詩「禿山の一夜」

マルケヴィッチ盤での1回目の「プロムナード」は、トランペットソロだが、足取りが軽やかに聞こえてくる。
美術館にウキウキと入場したようである。楽しげなプロムナードで明るい。 ホント、音色に艶がないのだが、爽快そのもので、まろやかで明るい。
「小人(グムノス)」は、重々しく深刻で暗い。2回目にフレーズが弾かれた時は、メチャくら〜っ。
絵を見た途端、どうも一気に顔色が青ざめたみたいだ。 シンバルが、強く響き、思わずどきっ。とさせられる。
心臓に悪い。 化け物の絵でも見たのか〜 どんな絵だったの、そんな青ざめちゃって。(と気になる)
どうやらショックを受けちゃたらしい。落とし穴にでもはまったのか、地下に引きずり込まれたらしい。
グロテスクで、絶望のどん底状態。ムチで叩かれたようで、これがまた痛いんだよねえ。
引きずり込まれたシーンだよなあ。やっぱり・・・。
 
2回目のプロムナードは、さすがに絵を見て落ち込んでしまったようで、すっかり足取りが重い。
穴から這い上がってきたものの、足が痛いのか引きずっている感覚。気分転換はすぐにはできないらしい。

「古城」は、古色蒼然としてて、すごい古めかしさである。
アルト・サクソフォンは甘い音色なのだが、もの哀しい音色である。歌っているには違いないのだが、弦の音色といい、これでは古城というより、廃墟という感じに近い。
かつて古城で、舞踏会でも開かれていたのか、亡霊でも漂っているがする。
ゲヴァントハウス管のオケの音色が、この楽章にはうってつけかもしれない。あまりの寂しさに涙する。

3回目のプロムナードは、勢いがでて晴れやか。足取りが軽いというよりミリタリー調。
チュイルリーの庭は、可愛い絵画のようで、子どもの声が聞こえてくる。
マルケヴィッチ盤では、おとなしい子どもたちで、うるさくなく、かなり落ち着いている。

「ブイドロ」とは牛車のことらしいが、マルケヴィッチ盤では、牛といより、戦争に負けた歩兵軍団が足を引きずりながら、祖国に引き帰ってきたようだ。
軍人たちの気の遠くなるような行進のようである。八甲田山死の彷徨状態で・・・。
小太鼓がミリタリー調なのだが、とても空疎だ。この行進は、怒りも含んでいるのだが、怒りをぶつけるエナジーもなく、廃人同然の行進で、とても痛々しく聴いてられない。

4回目のプロムナードも、先の楽章を引きずって重々しい。次はどんな場面なのか、引いてしまったのだが〜 「卵の殻をつけたひなどりの踊り」では、さすがに可愛い。
ペコペコペコ・・・・と笑えてしまう。殻を被ったまま走っている様がイメージできる。
目が見えないまま、ちょこまか走っては、どっかにぶつかっているような気がする。いかにも諧謔的。

「サミュエル・ゴールデンベルクとシュミイレ」は、さほどオケの重厚さは感じないのだが、擦れた声で演奏されて悲痛である。金持ちゴールデンベルクと、貧乏人シュミレの言い争いらしいが。う〜ん。
シュミレさんの声は、息も絶え絶え状態だ。音弱音器をつけたトランペットの音色が、苦しいっ。
アヒルが絞め殺されるような声で鳴いている。
う〜ん。これは聴いてられない。やめてくれ〜っ 一気に殺せよ!と叫びたい心境になってくる。

「リモージュの市場」では、市場で言い争う女達の声らしい。マルケヴィッチ盤では、賑やかではあるが、まだおとなしい。
声自体は、まろやかには聞こえてくるのだが、打楽器の音がうるさい。
弦に深い音色があるため、金管の声もつんざくようには聞こえないのだが、甲高いよねえ。やっぱり、 チョコマカと弾むおばさんたちの声は、リアルに演奏されている。まあ。おおらかでいいかあ。

「カタコンブ」は、古代の地下墓地で不気味そのもの。
チューバだと思うが、金管の咆吼が、時々甲高く悲鳴をあげる。この金管の咆吼を聴くと、死体が起きあがったのかと、びっくりするほどで、お化け屋敷的な楽章だ。
「死せる言葉による死者への話しかけ 」は、余韻が残る。こんなところで余韻は残したくないので、もう封印しておいてよ〜っと思う。静かに語りかけられて、ちょっと心が安らいでいることは確か。

いきなり、ドンドンドンドン・・・と、凄い低音が鳴ってくる。これは地響きだ〜すわ地震だと思うほどの。
ものすごい音量である。弦のひゅーん。と鳴る音もすごい。ひえーっ。
バーバ・ヤーガの小屋(雌鶏の足の上に立つ小屋)は、このマルケヴィッチ盤のハイライトとも言える。
これは〜 最大マックスの 不気味さがたっぷり。 まるで、魔法使いがムチを振り降ろすかのような、擦れた弦の音が、びぇ〜えん! テンポは全体的にゆったりめなのだが、この低音のリズミカルな響きと、ぶきみさがあり、擦れているだけにメッチャ怖い。間合いのなかで、響くのは鉄琴か? きっとそうにチガイナイ。 
真っ暗闇のお化け屋敷で、すでに震え上がっているのに、後ろから「トントン」と叩かれている気分で、飛び上がらんばかりに、 ぞーっとさせられる。

バーバ・ヤーガの小屋というのは、鶏の足を持ち、骸骨で作られた塀のある妖怪おばばの家である。
ロシア語は「Баба Яга」と書く。

ティンパニーが追いかけてくる 弦が逃げている風景を描いているようだ。ひえ〜っ 逃げていくのだが、足がもつれて速く走れない。ドンっという太鼓が、怖い。あーっ つかまる。っというところで、プロムナードが鳴る。
「キエフの大門」に突入。駆け込んできたようだ。はあ。逃げおおせた、とほっとする。
なんとも どん〜っ と重くて響かない大太鼓。
逃げてこれたお祝いの祝砲なのか、いや〜っ。充分祝いの大砲とは思えない。幻想が元に戻れたのか。
かといって、メチャ暗いので、追悼の大砲のように聞こえる。
なんとも・・・ マルケヴィッチ盤では、この最後の楽章が、ファンファーレ的には聞こえない。
鐘の音はよく響いている。ダイレクトに響いて全体から、しっかり浮いている。
ふえ〜ん。これじゃあ。弔いの鐘だよ。
弦の擦れた音色は、死者の弔いのようで最後まで不気味。
ハープの音も良く聞こえるのだが、いつものファンファーレ的は楽章が、まるで、子ども時代に見ていたTVから流れる音のようで。何度聴いても、タイムスリップしてしまう。
で、何度聴いても、こんな不気味で怖い「展覧会の絵」は、聴いたことがない。
何度聴いても、すっかり疲れ果ててしまう。

「キエフの大門」は、オケの音を十分に録音できていないのか、ゲヴァントハウスのテクが悪いのか。
マルケヴィッチさんが、わざと、すきまだらけに仕上げようと、たくらんだのか。
いずれにしてもクラシカルすぎな「キエフの大門」で。崩落状態なのか、廃墟になったのか。夢物語なのか。いずれにしても、驚くほど昔風、50年前ぐらいの録音状態のように聞こえる。

でも、なんだか最後には、やられた〜 マルケヴィッチ盤にやられた〜と、何度も笑えてしまうのだ。
これじゃ、美術館での「展覧会の絵」というより「お化け屋敷」である。
また、何度も、最後には煙に巻かれてしまう気分なのである。
これは、メチャ痛快な盤である。
マルケヴィッチ盤は「絵」そのものの描写と、「見ているであろう人物が、絵から受けた心理状態」という二重写しの描き方になっており、それにプラスして、「聴いている私の心理状態」が変わってくるという仕掛けになっている。
一度、お試しあれ。


ジュリーニ シカゴ交響楽団 1976年
Carlo Maria Giulini
Chicago Symphony Orchestra

録音状態は良い。リマスターされていると思うが、76年にしては良いと思う。
テンポは総じて遅め。上品で、ゆったりとした美術館巡りである。
カップリング:ムソルグスキー「展覧会の絵」、ラヴェル「マ・メール・ロワ」「スペイン狂詩曲」 

「プロムナード」
テンポはゆったり〜 かなり遅め。プロムナード1回目のタイムは、1:51
極めて堂々とした入場で、まったりしている。
ら〜そど れそみ〜 れそみ〜 最後の語尾「み〜」が長め。
一音一音が丁寧で、マルケヴィッチ盤のような、軽やかで楽しげな雰囲気はない。
う〜ん。出だしから、この重さかあ。と驚かされたが、私的には昔聴いていた「展覧会の絵」のイメージに近い。 ん? では、子どもの頃、誰の振った「展覧会の絵」を聴いていたのやら?

「小人(グノムス)」
重々しい足取りで、不気味さがたっぷり。遅いなあ。とそろそろ感じ始める。
シカゴ響って、重戦車軍団と化したショルティのイメージが強いし、かなり歯切れの良い演奏をイメージしがちである。しかし、ジュリーニ盤は、タイトに締められている反面、歌うところがある。
この展覧会の絵の最初の方は、かなりタイトに締まっている。
でも、苦虫を噛みつぶしたような、渋くて苦く、そして粘っこい。グノムスでは、ねば〜っとフレーズを降りてきており、かなり不気味。地底の宝の守護神らしいので、じーっと見張っているのだろう。
その雰囲気が出ている。

「2回目のプロムナード」
えらく弱音になりまして、意気消沈してしまったかのようで、ますますテンポが落ちる。
あのぉ〜 まだ1枚しか見てませんが。

「古城」は、やっぱ遅いんだが、これは寂しげな雰囲気がある。
ジュリーニ盤だと、音色が甘いに違いないと思っていたのだが、この盤のサクソフォンは甘すぎない。
ちょっと辛口で硬めの音色が、雰囲気をきりり〜っと締めている。郷愁に浸るというイメージではなく、諸行無常の響きあり〜という感じで、殺風景な雰囲気すら漂い、吟遊詩人が歌う。まるで琵琶法師のようだ。

「3回目のプロムナード」テンポは遅めだが、きっちり、はっきり〜 大きめの音量で奏でられる。
「チュイルリーの庭」は、可愛いのだが焦らず、腰を据えた演奏になっている。
ジュリーニ盤は、あまりテンポを揺らさず、きりり〜っとした演奏になっている。

「ブイドロ」は、牛が荷車を引いている様子を描いたもの。
ジュリーニ盤では、遠くから、引っ張って歩いて、こっちに向かっている様子が描かれている。最初のフレーズは、弱音なのだが、段々と音量とテンポをあげ、そして彼方へ去っていく。
目の前を通過する際には、まるで小太鼓が叩かれているので、軍隊風に感じるんだけどね。

「卵の殻をつけたひなどりの踊り」は、重々しい4回目のプロムナードの後に、ひょうきんに演奏される。
あちこちに走り回って、ぶつかっているというよりは、モゴモゴその場で殻が取れずに困っているようだ。
ジュリーニ盤は、あまり、おふざけはダメなようで、おちゃらけになりすぎない。もちっと遊び心があってもよいんじゃー。

「サミュエル・ゴールデンベルクとシュミイレ」は、う〜んと重い。
弱音器をつけたトランペットが、規則正しく吹かれている。音色は、スゴイ綺麗でまろやか。
パッセージが短いのだが、音色の透明度が高く、透き通って聞こえてくる。
余韻まで感じるほどで、う〜ん。唸ってしまった。
後半は、粘りをだしており、息が長い。この音色は信じられないほど美しい。

「リモージュの市場」が、市場の喧噪を描いたモノとは思えないほど、まろやか。
おばちゃんたちが、喧嘩していたり、おしゃべりしたり、叫んでいたりするような光景ではない。
遊園地のメリーゴーランドや滑り台で、まるで遊んでいるかのような楽しげな雰囲気がする。アンサンブルがみごと。

「カタコンブ」「死せる言葉による死者への話しかけ」は、非常に美しく、そして重々しい。
あたりの空気を払うかのような、厳粛なムードが漂っている。死者を悼む気持ちが、強い。 それにしても、このチューバは、いったい何本(何人)で演奏されているのだろう。
音が1本になって聞こえてくるのだが・・・ スゴイ、テクなんだろう。和音の響きがすごく美しい。
単なる音色だけでなく、音に膨らみがある。 揃っている〜っ。それにトランペットの美しい響き。これ、すごいっ!
弱音での音色も透き通っている。さすが、金管のシカゴ響。

「バーバ・ヤーガの小屋」のティンパニーが、まず、くっきりはっきり〜 大太鼓との音も合っている。
畳みかけるかのようなテンポアップはないし、テンポは決して速くない。いや遅い。
しかし、1音1音が、くっきり歯切れよく、それでいて丁寧に揃って演奏されており、聴き手の耳に、クリアーに、じわじわ〜っと迫ってくる。

んっ タ・タ・タ・タ タ(ラ)タァーン んっ タ・タ・タ・タ タ(ラ)タァーン
↑ 文字で書くと愛想がないのだが、、、、

ホント、綺麗に揃っており、遅いとは感じながら、口ずさんでいるうちに、熱くなってくるのだ。
う〜ん。マルケヴィッチ盤のような、心理的に迫ってくるわけではないのだが、なぜか高揚してくる。
音が上から下に下がる時のアクセントの付け方とか、重さの移し替えが巧いんだと思う。
中間部分で、雨の音のような「ちゃちゃーん」という音が響いたり、鉄琴が響くのだが・・・
また、シンコペーションが鳴り出してくる。今度は、またまた、転がり落ちるような音になるのだが、ジュリーニ盤では、慌てず騒がず、どっしりしている。小気味良い小太鼓の音が、パンっと合いの手を入れる。

「キエフの大門」の最初は、明るく軽めに演奏されている。爽やかである。晴れ晴れとした心境に変わっており、冒頭とは異なっている。冒頭のプロムナードの方が、よほど重かった。まろやかな鐘の音が聞こえ、そこに高い鐘があわさってくるのだが、かなり明るく、開放的である。大砲が打たれ、品良く、祝祭ムードが漂っている。ジュリーニ盤は、テンポは総じてゆったりしており、上品で煽ることなしに、熱くしてくれる。
各楽器のテクニックが巧いので、アンサンブルに乱れはなく、音の美しさに惚れ惚れさせられる。
これ、なかなかの絶品。展覧会の絵で、昇天しちゃうような演奏である。


マゼール クリーヴランド管弦楽団 1978年
Lorin Maazel
Cleveland Orchestra

録音状態は優秀。ダイレクト録音ではなく、奥行きたっぷり。ホールトーンが豊かで残響多め。最後にはホール全体で、ぶっ放す感じで大音量で響く。ひぇ〜っ。
演奏はスマート系で、見通しが良いものの、細部にこだわりがありそう。
カップリング:ムソルグスキー「展覧会の絵」、交響詩「禿山の一夜」

62年、71年と録音し、この盤がマゼール3回目の録音である。
「プロムナード」
いささか紋切り調のトランペットの「プロムナード」から始まる。
かなり短いパッセージで、軽く・・・ うっ。なんだこれぇ〜 怒りながら美術館に入ってきたのか?
録音は、全体的に奥行きが広く、まろやかな音色が広がっている。
金管群はすっきり、ストレート。アンサンブルはみごと。セル時代のクリーヴランド管弦楽団+マゼールなので、切れ味抜群というところだろうか。 録音状態に癖があるので好き嫌いが分かれるかもしれない。

「小人(グノムス)」では、少しボリュームが出てきたが、「古城」のサクソフォンはまろやかな音色で、もの悲しい。うら寂しい感じがするが、やっぱりアッサリしている。

「チュイルリーの庭」では、子どもたちが遊んでいる様子が可愛い。エキサイトしていくところが面白い。
弦の響きの「そーみ そーみ」というフレーズに、木管がのっかって透き通っている。

「ブロイド」の重々しい足の運びが、重厚になってくる。ただし、透明度が高いのだが、どことなくオブラートに包まれたような録音状態で、鮮明さに欠ける。 う〜ん。これがテラークの録音の特性なのかもしれない。
「殻をつけた雛の踊り」は、抜群に巧い。オーボエとフルートなのだろうか。雛の鳴き声と動きが〜楽しい。

「サミュエル・ゴールデンベルクとシュミイレ」は、重々しい低弦の響きと、コケティッシュな ピピピピ・・・弱音器をつけたトランペット ソミュート・トランペットの音色だと思うが、この対比が面白い。
豊かな低弦が、リッチマンかな。ぴーぴー言っているのがプアマン。描写力あり。
「リモージュの市場」では、けんか腰の女たちの声が、歯切れ良く聞こえてくる。
うんぱかっ〜 うんぱかっ〜というリズムが、けたたましい。
ホント、歯切れの良い演奏で、すっきりしてて良い。

展覧会の絵は、重厚でなきゃダメという思い込みがあったのだが・・・ マゼール盤を聴いて、いろんな音色と、オケの兼ね合いが、見通しよく演奏されていて面白かった。 「カタコンブ」は、地下墓地なので、不気味ではあるのだが、あまり重々しく鳴っていない。
打楽器のリズムと、ドンぱんぱんぱん ぱらら らぱぱ〜っ。
「バーバ・ヤーガの小屋」は、大太鼓が鳴っているのだと思うが、この響きすごい。地震かと思うような地響きがたつ。
この点は、おそるべしテラークの録音だ。最後の「キエフの大門」でも、大太鼓が鳴っている。
また、ぱんーぱん。という鐘を銅鑼かな。弦も埋もれずクリアーである。残響を計算したテンポのようで、音が濁らない。
すごい。
全体的に録音に左右されている。かなり奥行きが深く、残響があり、響きが豊かで品がある。
これが面白いと私自身は感じるが、決して泥臭い演奏ではなくスマートである。でも、それだからこそ各パートの見晴らしが良いし、あれこれ演奏しているところを想像しながら聴くことができる。
風景や光景をイメージするというよりも、演奏状態をイメージするには良い盤だと思う。 でも・・・ 演奏はやっぱ、マゼールらしい、ひねくれ気味だ。同音異盤を聞くなら、1枚どうぞ〜という感じで、風変わりで面白い演奏だ。



ショルティ シカゴ交響楽団 1980年
Georg Solti
Chicago Symphony Orchestra

 

録音状態は良い。ストーリー性のある演奏ではなく、各絵画のイメージを膨らませた演奏ではなく、余計なモノは削ぎ落とした純音楽風の演奏で、純度が高い。

カップリング:ムソルグスキー「展覧会の絵」、ラヴェル「クープランの墓」



← 下のCDジャケットは、バルトークの管弦楽のための協奏曲がカップリングされている。他にも、カップリングされている曲が異なる場合があります。

「プロムナード」では、もっと堂々とした重厚さの感じさせる「プロムナード」で始まると予想していたのだが、意外とスマートで、すっきりしている。 でも、きちんと重低音は入っているし、きっちり楷書体のアンサンブルだ。

「小人(グノムス)」では、 入る前に、少し間合いをあけてグムノスに入ってくる。低弦のキレと、木管の合いの手、チェレスタや木琴の響きは、見通しがよい。どろ〜っとした雰囲気を作ってくるかと思ったのだけど、わりと淡泊。
「たらら ららら ラッタッタ〜」と落ち込むようなフレーズも、キビキビとしててスポーティだ。
「ふぁ〜み〜 れっど しら そふぁ・・・」 チューバの音も適度だし、ティンパニーと金管のセッションも、ミシミシ鳴らず、あまり長く伸ばしきっておらず、語尾は短め。
弦の細かく落ちてくるフレーズは、う〜ん。SFX風に、ブラックボックスにハマッタ感じでスマートすぎるほど。
あっらら〜 こんなに、アンサンブルがびしっと決まってて、無駄のない演奏ってあったっけ・・・。
今まで聴いていた盤って、贅肉がついてたワケ?  へえぇ〜 面白く聴いていたんですけど、パーカッション群の音の置き方が機能的というか、パシっと決まっているという感じがする。ものすごーくする。

「古城」のサクソフォンは、まろやかな音色で、もの悲しいのだが、結構アッサリ風味である。
テンポが速いわけではないのだが、もってまわったビブラート気味の吹き方ではないし、男らしくきっぱりしている。そのくせ、聴かせてくれるのだ。 無駄がないというか〜余計なモノを削ぎ落としたような感じがする。

は〜 こりゃ、各タイトルがつけられた楽曲(1枚の絵画ごと)に演奏が変わるってワケじゃなく、純音楽という雰囲気がするなあ。 アプローチとしては、各楽章(1枚の絵画)ごとに、絵のイメージされたモノを演奏するっていうのではないようなのだ。今までは、1枚ごとに描き出されるイメージを、楽しんで聴いていたんだけど・・・ 
どうも、ショルティ盤は違うアプローチである。 各イメージは抑えられており、通して1曲の演奏という感じがする。
それに、アンサンブルがキッチリ、タイト気味に奏でられているようで、演奏そのものに重点を置かれている感じがする。
オチャメに、絵画の持つ面白い部分、ストーリー性を拡大して音で描いて見せようって感じじゃないようですねえ。
こりゃ〜。かなり真摯です。この演奏は・・・。

全体的にオーバーアクション傾向にはなく、抑制気味だが、聴かせどころは多い。特に、演奏しているテクの巧さとか、アンサンブルの巧さ、音色の良さとかに耳が行く。 それに、ロシア臭い演奏でもないし、田舎くさーい、民族性を感じさせる演奏ではない。 音は美音だが、ラヴェル風のカラフルさを特に持っているわけでも、ロシアの金管のように、ぶばぁ〜と咆吼する泥臭い色でもない。

う〜ん、でも確かに面白いんですよ。もちろん。重々しい「ブロドロ」も、オチャメな「卵の殻をつけたひなどりの踊り」も、「サミュエル・ゴールデンベルクとシュミイレ」 のトランペットも巧いし。文句無し。コミカルさも持ち合わせた、木管、金管の運動美 パパパパ パパパパ・・・ うはっ。巧いっ。
音の芸術作品だなあ。音符が、綺麗に飛び交っているって感じがする。(メチャ抽象的だけど)
他の盤で聞いていたのは、もしかしたら、誇張され気味の演奏だったのかな〜と思っちゃうほど、純正って感じのショルティ盤の演奏なのだ。
なにが、どー違うのか、よくわからないんですけど・・・。演奏の違いって、どうも言葉では言えない、言いづらいんですけど・・・。一糸乱れず的に、音の抑揚を抑えて、カシッと弾いているというか、叩いているというか、フレーズに甘さが無いというか。必要最低限度の抑揚で、かといって、直線的でもないんだけど〜ほぼ直線に近くて〜 効率が良いというか、生産性が高いというか、少ない動きで、みごとに作り上げる機能というか。そんなモノを感じるんです。

特に、「バーバ・ヤーガの小屋」は、 もの凄い緊張感のある演奏で、キビキビ、シャキシャキ、スポーティだし、無駄な筋肉のない陸上選手のような走り方だ。ホント、機能美というか、運動能力の高さが感じられて、筋肉の美しさに、ほほ〜っと、聞き入ってしまった。 こりゃすごい。この弦のボーイング、弓のあげおろしは美しいのだろうなあ〜。

最後の「キエフの大門」でも、決して、ごっつい開放的な音響が響き渡るわけじゃーない。 でも、音色はスマートだし、煌めいているし、スマートなくせに1筋の光が射し込んでくるかのような神々しさを持っているし、うはぁ〜 すごいです。
これだけアンサンブルが合ってて、音の調和がとれ、和音の響きが優雅で、迫力を持たせて、テンポゆったり荘厳に演奏されてくるのって、なかなか無いですね。

これは、すごい演奏家が集まってできた芸術作品なのだ。そう思う。これは、お見事っ。拍手っ!
これホントに「展覧会の絵」ですかねえ〜 この楽曲そのものの良さをも、見直しちゃいました。
ハイ。すごいっ。完璧。完全という感じがする純度の高い演奏です。


デュトワ モントリオール交響楽団 1985年
Charles Dutoit
Orchestre Symphonique de Montreal
(Montreal Symphony Orchestra)

録音状態は良く、明るい音色で爽やか。 若く、生き生きとした美術館巡りって感じがする。
カップリング:ムソルグスキー「展覧会の絵」、序曲「ロシアの復活祭」、「禿山の一夜」

「プロムナード」
華麗な導入部分で、明るく伸びやかで、生き生きしている。
若い貴婦人が美術館に入ってきたようで、華やかなムードであふれており、若いパワーを感じる。
オーケストレーションの豊かさが、まず感じられ、音色も重厚ではあるけれど、華やかで軽やかである。

「小人(グムノス)」は、重々しいけれど、さほどの暗さはない。
「古城」は、アルト・サクソフォンの音色は郷愁を感じさせるものの、風景描写的で、草原のなかの古城シーンのようで、ふわ〜っと風が吹いて爽やかである。物思いに耽る感じ。

「チュイルリーの庭」「ブイドロ」も、軽やかである。
重々しい「ブロドロ」は、重厚さがたっぷりなのだが、そこに心理描写的な意味はあまり含まれていないように感じる。
「卵の殻をつけたひなどりの踊り」も、可愛く軽やか。
「サミュエル・ゴールデンベルクとシュミイレ」で弱音器をつけたトランペットは、巧いっ。と思う。
リズミカルだし、楽々と吹いているようで。小気味よいのだが、、、なんかなあ。金持ちVS貧乏人の対比という感じは受けない。音が流れているだけのような気がしてきて。絵画の意味合いが薄れているような気がする。う〜ん。
「カタコンブ」は、明るい金管の音色が綺麗で、この盤の白眉が最後まで続く。
「バーバ・ヤーガの小屋」は、これ面白い。ははは〜っと笑えてしまうのだが、怖さなどは感じさせない。
「キエフの大門」まで華麗な音色を楽しめる。

全体的に「プロムナード」に深い意味を持たせておらず、次へ絵画を見て歩いている雰囲気がする。
マルケヴィッチ盤のような、おどろおどろしさが全くないし、 デュトワ盤は、客観的に、さらり〜と描写されており、美術館には、あまり関心なく入ったのか。一度見ておこう〜的な見方なのか、深い感銘を受けず、次々を絵画を見ているようで、さらり〜と流した雰囲気がしている。
確かに1つ1つの絵画を描写して、小気味よいほど気持ちよく流れていくのだが、心理描写として感じるには、モノ足らない。
華麗な音色だし、録音も良いし聴いていて楽しいのだが、演奏自体は淡泊という感じで、社交辞令で、友人の絵を見に来ました〜って感じに聞こえる。

マルケヴィッチ盤のような「絵」そのものの描写と、「見ているであろう人物の絵から受けた心理状態」という二重写しの描き方にはなっていない。デュトワ盤のジャケットの絵が、バーバ・ヤーガの小屋(雌鶏の足の上に立つ小屋)をモチーフにしているのを知ったのは、つい最近である。恥ずかしい・・・ 。
なにせ、デュトワの奏でてくる音色には、輝きがあり煌びやかだ。それが顕著に表れた演奏だと思う。


プレヴィン ウィーン・フィル 1985年
André Previn
Wiener Philharmoniker
(Vienna Philharmonic Orchestra)

ほぉ〜良いヤン


録音状態は良く、柔らかで、ふくよかな響きを醸し出している。確かに美音で描かれた絵なのだが、あまり個性的ではなく、それぞれの絵の違いがどう出ているかと言われたら、少し疑問かも。ライブ盤 (ラ・ヴァルスの演奏後に拍手入り)
カップリング:ムソルグスキー展覧会の絵、ラヴェル ラ・ヴァルス
「プロムナード」
展覧会に行くには、やっぱり〜余裕を持って、慌てず急がず、ゆったりした気持ちで行きたいものですね〜という感じで、演奏が始まる。 なんといっても、ウィーン・フィル初めての展覧会の絵だというし、ライブ盤なのである。
まろやかな響きというか、シカゴ響のような分厚い、ごつめのサウンドではなく、う〜ん、やはり柔らかい。絵を見に来た方はエレガントな女性?って感じです。

「小人(グノムス)」
このグノムスは、低弦の響きがイマイチ綺麗には聞こえてこないが、ガシガシした音と、木琴とチェレスタの響きが対照的な楽曲だ。また、金管のミュートの音と、チューバの重い音で旋律が流れてくる。
まあ、ライブ盤なので、ホールのなかで聴いている感じがするので、もう少しクリアさが欲しいと無いものねだりをしそうになるが、ここのチューバ巧いっ。「ふぁ〜そどしみら そぉ〜 られそ そどみ ふぁどみ みどれっ・・・」と安定して吹かれている。
雪崩を打って落ちていくところも、まあ、どちらかといえば華麗なタイプで、どどどど・・・と行かないところが、やっぱりVPO。
フルートの二重奏の音色も綺麗だし〜 ホント、木管は美音ですねえ。
ねば〜っとした、どろっとした比重の重い演奏とは、雲泥の差で、綺麗なグノムスさんでした。

「古城」は、アルト・サクソフォンが登場してくるが、もっと、とろり〜感のある、まったり感が味わえるのかと思ったが、意外とあっさりめ。しかし、空気感は暖かく、さりげなく木管も絡んで弦の美音サポートもあるため、時間がかなり経って、朽ち果て、寂れた不気味な古城に成り果てた〜という感じではない。
人が住んでおり、エレガントを残した古城って感じでしょうか。

「チュイルリーの庭」では、子どもたちが遊んでいる様子が描かれているというのだが、プレヴィン盤で聴くと、大人たちのサロンの風景でしょう〜という感じだ。さすがにエレガント。

「ブロイド」は、またまたチューバの登場である。
「みぃ〜 そふぁ みふぁみらしど しぃ〜ら〜  れぇ〜らぁ れぇ〜らぁら みぃ〜れ どみし ら〜そふぁみ」
重々しい足の運びというより、ホント、綺麗に安定して、う〜ん チューバとは思えないほどの、暖か包み込まれるかのようなフレーズになって、ほほぉ〜 これが、ウィーン・フィルの優美な音なんだと、改めて感じ入ってしまった。
それに、みんなで、美しく歌い上げていくのだ。このなんとも言えない不気味で、不細工なフレーズをティンパニー付きで、「みぃ〜 そふぁ みふぁみらしど しぃ〜ら れぇ〜ら」と。
あぁ〜やっぱ、ウィーン・フィルだけあって、みにくい旋律でも、何でも美しく仕上げていかないとダメなのねえ。思わず、真剣にそう思っちゃいました。(笑)

「卵の殻をつけたひなどりの踊り」は、「れっど れっし れみふぁそらしどら・・・ピピピピ・・・」と、途中で転がりながら、弦のピチカートとピッコロのコラボが、まあ、すこぶるチャーミングで良い音なんです。

「サミュエル・ゴールデンベルクとシュミイレ」では、「どそっ ふぁそふぁ〜 らしどれぇ〜し そっ ふぁそふぁれぇ〜」と重々しい弦のユニゾンで奏でられ、力強い粘りのある腰がある。で、ミュート付きのトランペットのフレーズは、あまり軽快ではなく、苦しそうに鳴っている。シュミレさんの声は、息も絶え絶え状態ってことだろうか。

次に、「リモージュの市場」では、賑々しいオバチャンたちの会話が聞こえてくる筈なのだが、なんとも美しく。
きちんとした清潔な、こじゃれた市場なんだと思う。
だって、お上品に美しく、パーカッションが鳴り響き、華麗な美音で奏でられたら・・・。もはや市場ではなく、ハロッズのような高級な百貨店でしょう。
しかし、これだけエレガントに演奏されちゃうと、もう少し、歯切れ良く調子外れでも良いのですが〜と、言いたくなる言葉を飲み込んでしまわざるを得ません。庶民派ではないんですね〜 これもサロン風て感じだ。

「カタコンブ」は、古代の地下墓地で、金管の厚みのあるフレーズが、それはみごとに、咆吼してくる。
チューバの音色とトロンボーンの響きが、なんとも美しく〜 息をのんでしまうほど、美意識の高い宗教性の高い優美なファンファーレ風でもあり、とても湿気た、薄暗く、じめじめ〜とした感じ不気味な墓地ではございません。
レスピーギの楽曲  ローマの松を思い出し、鶯でも鳴いているのかしらんという感じの風景が広がっている。

「バーバ・ヤーガの小屋」は、これはティンパニーが良い音を出している。
「そっら そそら そっしら そそ しらしら らっら らしらそ らっら らしられ らっらっらっらっ・・・」
う〜ん これいい音だっ。すごい、本皮の音なんでしょうか。すごくレアな響きで、ここだけ聴くだけでも、値打ちがあるって感じなほど、すご〜っ。良い音だ。
タムタムも大太鼓も入っての、コミカルな楽曲だが、ホント、慌てず騒がずテンポを、がっと前につんのめらせて走るって感じではなく、いたって平常心的なテンポで、ゆったりめに奏でられて、う〜ん 優美なパーカッション群を拝見できる。
「れっ らららら られっみ〜  そぉ〜 どぉ〜(バンバン) らっ ふぁみどらみ しみどみ れっらっ・・・」 
音を引き継ぎながら、低音に向かって降りていくところも、う〜ん とっても美しい。
ワタシは、ここを何度も聞き直して、思わずうっとり〜してしまいました。ホントは、うっとりできるような曲じゃーないのですが。

最後の「キエフの大門」も、華麗なる荘厳なる宗教的な建物のような、ゴシック様式でしょうか、と訊ねたくなるような雰囲気を持った演奏で〜 なんとも優美っ。

とても美しい演奏なので、純粋に美しく聴きたいという方にはお薦めするが、う〜ん。どうでしょう。楽曲本来の持っているイメージは、あまり描き切れていないような気がします。
額に入れられている絵を観て、どんな絵なんだろ〜と、聴いているアナタが、イメージを膨らませ、アタマのなかに画像を提供してくれるか、と言われたら。う〜ん。どうでしょうねえ。この演奏を聴いただけでは、ワタシには、どの絵も、よく似たトーンで描かれていたね・・・。としか答えられないかもしれませんね。
いろんな演奏家やオケで聞き比べてみたいという、展覧会のリピーターになりたい方には、お薦めしちゃいますが〜
美術館の美しい受付嬢に案内されて、気持ち良くなっているのもいいけど、やっぱ、どんな絵が描かれているのか、しっかり観たいという方には、ワタシ的には、あまりお薦めしません。

1973年 マルケヴィッチ ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管 DS ★★★★★
1976年 ジュリーニ シカゴ交響楽団 ★★★
1978年 マゼール クリーヴランド管弦楽団 Tel ★★★
1978年 ムーティ フィラデルフィア管弦楽団 EMI  
1980年 ショルティ シカゴ交響楽団 ★★★★★
1981年 アバド ロンドン交響楽団  
1985年 デュトワ モントリオール交響楽団 ★★★★
1985年 プレヴィン ウィーン・フィル Ph ★★★★
1986年 シャイー コンセルトヘボウ Dec  
1989年 シノーポリ ニューヨーク・フィル  
1993年 アバド ベルリン・フィル  
1993年 チェリビダッケ ミュンヘン・フィル EMI  
ピアノ版        
1985年 ブレンデル プレヴィン ウィーン・フィル Ph  
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