「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

R・シュトラウス 「死と変容」(死と浄化)
R.Strauss:
Tod und Verklärung (Death & Transfiguration)


R・シュトラウスの交響詩「死と変容(死と浄化)」(作品24)は、1989年の作品で、交響詩としては、ドン・ファン、マクベスにつぐ第3作目にあたります。

ウィキペディア(Wikipedia)を元に記述すると、
ハ短調→ハ長調で、序奏のあるソナタ形式を基本として作曲されています。
ゆるやかな葬送行進曲風のラルゴで始まり、弱音器をつけた弦による序奏が、病人を描き、ティンパニの弱奏が心臓の鼓動を表します。木管の明るいメロディーが表れ、独奏ヴァイオリンも加わって幸せだった日々が回想されます。
突如、ティンパニの一撃で、生と死の壮絶な戦いが始まり、死の恐怖が低弦で表され、生きようとする強い意志がヴァイオリンの激しいメロディーで表現されます。
生と死の戦いが最高潮に達したところで、いったんテンポが緩やかになり、幼少の日々や青春の日々が回想されます。死のテーマが回帰し、生と死の戦いが続き、突如として新しいテーマが金管の強奏で表れますが、 これが変容(浄化)のテーマです。やがて、テンポが緩やかになり、序奏のテーマが再現され、最後の戦いが始まりますが、タムタムの弱音で終焉を迎えます。変容のテーマが静かに表れ、音量を増して来世で変容を遂げたことが表されるというものです。

R・シュトラウス自身、病弱だったそうで、交響詩が作曲された時点では標題は持っていなかったそうです。
この内容を知らないまま聴いてしまうと、なんとまあ、甘いフレーズが登場するのだろうと〜 思わず苦笑いしそうですし、官能的ですらあるので、恋人たちの甘い語らいかと思ってしまうかも。
また、タイトルだけで想像すると、晩年の作品で、おそらく枯れた楽曲だと思うのですが〜 あにはからんや。
聴いて思わず、はあ? なにこれっ! 何を描いたモノなの〜っと、仰天しちゃう楽曲です。

ケンペ シュターツカペレ・ドレスデン 1970年
Rudolf Kempe
Dresden Staatskapelle

昇天しちゃいました

録音状態は、この時期にしたら良いと思う。なんたって71年という時代なので、アナログなのは致し方ない。さすがにデジタルには勝てませんが、音が少し細く感じるものの、弦のフレージングが伸びやかで聴き応えがある。
強く奏でられる部分では、いささか飽和状態かなって思いますが、これだけの音質で、まろやかに奏でられると、うっとりしちゃいます。
演奏は、甘美ながらも節度があり、穏やかで、素直にすーっと天上の世界へと誘っていただける感じです。まるで、天使が舞い降りてくださったような演奏です。

← 上のジャケットは単独で販売されているもの。

←下のジャケットは、1970年〜76年収録の全集版である9枚組BOXである。リマスタリングされて管弦楽曲集として販売されているCDや、また、全集はEMIの他に、ブリリアントレーベルからも発売されている。
この楽曲では、ワタシ的には、カラヤンにシノーポリという、とっても濃い演奏がある。
この2つを聴いてしまうと、あとは〜どうもね。っという感じなのだ。
で、この双璧は、とっても崩せないものなのだが、昔っから、R・シュトラウスの管弦楽曲集としてBOXで出ていたケンペ盤は、シュターツ・カペレの演奏なので、外せないのである。

冒頭のラルゴ部分は、しっとり〜 ゆったりと演奏される。木管のフレーズが、とっても滑らかだし、優美なのだ。
で、しばらく、うっとりと聴いていると、硬いティンパニーの一撃が、カンッ!と、響いて、とっても驚かされる。
そこからは、テンポをあげていくが、弦の響きが一糸乱れずという感じで、優美なフレージングを描いて、ティンパニーの鋭い音を間に挟みながら進む。
金管の音も、ルカ教会ならではのホールトーンが感じられて、柔らかいのだ。ここの音の広がり感は、やっぱり〜 すごい。改めて、すごいな〜って思う。倍音が、耳のご馳走になっている。
で、同時に、弦のまろやかだが鋭いフレージングと、一気呵成の推進力に、熱気が充満してくる。
力はあるのだが、それが、なんていうか、しなやかさと、瑞々しさというのか、オケの音質なんですけどね〜 あっさりしているんだけど、コクはあるし、何度でも行っちゃえる〜という、ラーメンの味っていう感じですねえ。

こんな例えは、良くないのかもしれないだけど・・・ 
カラヤン盤は、コテコテ、テレテレの豚骨味だし、シノーポリ盤は、こってりしつつ、ガツンと来る味なら、ケンペ盤は、あっさり、鰹出汁で取った、透き通るような醤油系なんですよねえ。

弦が透き通るような音だし、フルートが入ってきてくるところも、巧いですよねえ。
それに、金管の和音がねえ〜最高っ。
シノーポリさんの振ったニューヨーク・フィルなんて、音が、相当にザラザラしているのだが、ケンペ盤は、磨きに磨かれてはいるが、まるみの帯びたふわっとした、しとやかな音なのだ。しっくりした音というか、木質的で、テカテカしていない。

演技過剰でしょ〜というカラヤン盤とは違って、このオケで聴くと、じわじわ〜とくる、説諭的で〜 この演奏で聴くと、ハイ、ごもっとも〜と、素直に頷けてしまう、うっとり〜させられてしまう演奏である。
ジワジワ〜っと、心に染みいるようなフレージングで、美音に包まれ、ハープまで入ってくると、もはやナミダメ状態に・・・。
大変な美音なので、こりゃー キリストの変容かあ。と思っちゃいますね。
シノーポリ盤とは大違いっ。月とすっぽんで、とても節度があり、穏やかで、素直にすーっと天上の世界へと誘っていただける感じの演奏である。
まるで、ケンペさんが、天使のように思えちゃうぐらい。
ハイ、これは、間違いなく〜 良い行いをされておられた方の、穏やかな天上の世界行きの過程でございます。


カラヤン ベルリン・フィル 1974年
Herbert von Karajan
Berliner Philharmoniker
(Berlin Philharmonic Orchestra)

      

録音状態は良い。かくも盛大で、荘厳で、長大。楽曲そのものを陶酔型に変容したような演奏で、どっぷり〜 ここまでやられると、こりゃ拍手でしょう。
リマスタリング盤
カップリング:R・シュトラウス 死と変容、メタモルフォーゼン、4つの最後の歌(グンドゥラ・ヤノヴィッツ)

ワタシは、R・シュトラウスの「死と変容」って楽曲を、ずーっと、R・シュトラウスの最晩年の作品だと思いこんでいた。
このタイトルで、すっかり騙されていたのである。
アンタ、そんなもん、作品番号みたらわかるでしょ。って感じなのだが、88番中24番だったんである。
交響詩の書かれた作品の順番は、ドンファン、マクベス、死と変容、ティル、ツァラ、ドン・キホーテ、英雄の生涯となっており、その後は、歌劇、楽劇の世界に入っていく。
ハイ、なんと、死と変容は、25歳の作品だったのだ。

ホント、思い込みっていうのは、やっかないなモノで、学生時代は、「死と変容(死と浄化)」っていうタイトルは、そもそも、死後硬直の過程を描いたモノだと思っていたし、(おいおい、そんなワケないだろ・・・)
その後は、キリストの昇天を描いたモノだと、勝手に思いこんでいた。
そんなわけだから、もっともっと、宗教性の高い楽曲だと思っていたし、晩年の作品だと思い込んでいたモノだから、ツァラのような、ド派手さは影を潜め、きっと、簡素に、綺麗に枯れているだろう。と思っていたのである。

ハイ、そんな勝手な思い込みは、大はずれ。
甘い映画音楽のような楽曲で、カラヤン盤で聴くと豪華絢爛。派手も派手で、大派手で〜 どっぷり陶酔できること請け合いである。綺麗にすぎるほど綺麗で〜 唖然としちゃうほどである。
世紀末さながらの、爛熟したムード満点の世界が待っている。

退廃的な音楽って言っても過言ではないほど芳醇で、華麗で、もうこれ以上言うことなしの妄想というか、憧れ世界観を描ききっており、死と美とは表裏一体って感じで、おまえさん、死に憧れてるんかいなぁ〜っていう感じの曲となっている。
行き着くとこまで行っちゃった・・・って感の強い楽曲と演奏だ。

う〜ん。ワタシ的には、ちょっと、脇にどけておきたいような楽曲で、映画音楽みたいでもあるが〜
いや〜 これで良いのかなあ。と言いつつ、自己陶酔型の甘い気分に誘われてしまうしなあ。俗物のワタシにとっては、甘い方が良いかな。と思いつつ、いや、違うだろ〜と思いつつ。
まっ いずれにせよ、もちろん、陶酔型、現在の最高峰は、カラヤン盤だと・・・ これは、確信もって言えるかと思います。ここまで行くと、呆れつつ〜 見事しか言いようがありません。 これはこれで拍手っ。


シノーポリ ニューヨーク・フィル 1987年
Giuseppe Sinopoli
New York Philharmonic

       


録音状態は良い。起伏の激しい、心臓に悪い演奏だ。(ホントに心臓の悪い方は聴かない方が良いかも)厳しく険しい長い道のりを、耐えて耐えて〜歩かなければなりません。ものすごいドラマ性の高い演奏で、文字どおり倒れます。
カップリング:R・シュトラウス交響詩 ツァラトゥストラはかく語りき、死と変容

シノーポリさんが、ニューヨーク・フィルにおいて、R・シュトラウスを振ったCDである。
死と変容は、他にも、シュターツカペレ・ドレスデンとのライブ盤(マーラーの交響曲第9番とカップリングされたProfile レーベル盤)があるそうだが、ワタシは、そちらの方は所有していない。
で、この演奏は、すごく険しく、厳しいモノとなっており、カラヤン盤とは、全く正反対の、うってかわって悲痛な叫びが聞こえてくる。

録音状態も良い。
冒頭、弦とティンパニーが、シンコペーションを刻まれていく。「っふぁ ふぁっふぁ ふぁっふぁっ」と、ふわーっとしているのだが、重苦しい空気感があり、不安な気持ちに襲われる。
低弦の「れぇ〜どぉ〜 れぇ〜どぉ〜」というフレーズを破りたいと、ハープとフルートが、心の平安を取り戻したい気持ちを描き、ヴァイオリンのソロも、ホルンのバックを得て慰めの気持ちを描く。
まあ、慰めっていうより、シアワセな時の回想なんでしょうが〜

その後、しばらく、もごもご、もわもわ〜っと、虚ろな感じで演奏されているのだが、音楽が止まるかと思うような静けさと、停滞感があるなか、突然、ティンパニーが、鉄杭を打ちつけるように叩かれる。
れっ バンっ!  う〜ん。これには、一瞬、げっ!固まってしまう。

ホント、ワタシ健康体なんですけど、これは〜 超心臓に悪いっ。
マーラーの6番より超リアルで、何度繰り返して聴いても、解っているのに〜 げっ! 超怖いっ。
ホント、このティンパニーの響きで、聴き手も、主人公の心臓は止まるんじゃーと思うほどだ。

で、ウィキペディア(Wikipedia)で、この「死と変容」のストーリーを調べてみたら、
シュトラウスは生来病身で、20歳を過ぎた頃には重病を患い、たびたび死の危機に直面したこともあった。この交響詩は、シュトラウス当時の心境を音化したものであるといわれており、交響詩が作曲された時点では標題は持っていなかったが、完成後に 、この交響詩に感激した詩人で、旧知のアレクサンダー・リッターに、作品の内容を伝えて、それを詩にすることを依頼した。

詩の大要は、次のとおりである。

小さな貧しい部屋の中で、病人は死との戦いに疲れ果て眠っている。
柱時計が不気味に時を刻み、死が近いことを予感させる。
病人は子供のとき夢を見るかのように力なくほほえむ。
死は、容赦なく襲いかかり、病人を揺り起こし、再び恐ろしい戦いが始まる。
しかし、この戦いの勝利は決せられず、静寂が来る。
病人は、彼の生涯のことを順を追って思い起こす。
無邪気な幼い頃の日々。
力の鍛錬に終始する少年時代。
自己の理想を実現するための闘争。
心から憧れた全てのものを彼は死の床にもまた求め続ける。
ついに死は、最後の宣告を下し、死の一撃が響き、肉体を引き裂く。
しかし、死の恐怖は安らぎへと変わり、天界から彼の求めた世界の浄化(変容)が、美しい余韻と共に響いて閉じられる。・・・っていうものである。

まあ、そんなワケで、強烈ティンパニーが、心臓に強烈ショックを与え、そこから、恐ろしい死からの恐怖との戦いを強いられるってワケなのだと思います。
ティンパニーの後は、低弦が、「どれぇ〜っ  ふぁらしぃ〜 ふぁらしぃ〜」と、悲痛な音を奏でて、弦と金管が悲痛な叫びをあげはじめる。金管の色彩的でリアルな音が、炸裂していて、すごいインパクトを与え恐怖におののく姿が浮かぶ。
すごい軋み感を持って掻き鳴らしてくる弦と、突き落とされるかのような金管の咆吼が凄まじい。
すごい迫力のあるリアルなドラマを生んでて、そこで頂点を極めたところで、金管が、がらりと変わる。

嵐のような怒濤のフレーズが、伸びて伸びて〜伸びきったところで、一瞬、空気が変わる。
つんざくような音が、段々と萎んでいく姿は、う〜ん。凄まじい。
音量もすごいけれど、鬼のような形相から、ふっと息を吐き出した呼吸感じというか・・・
う〜ん、これは鳥肌モノですね。ものすごいドラマを描く、描ききっているのは、うーん。すげっ。

その後、安寧のフレーズに代わっていく。まろやかなホルンの響きが支配的にはなるが、ところどころ、あの恐怖の怖いつんざく 「ん タータ タッタ タぁー」というフレーズが顔を出す。
ティンパニーは、まだ再来してくるし、「そっら そらしっ れぇー」という、金管のつんざく咆吼は鳴り響くし、
う〜 おちおちしてられないんである。 

で、「らしど ど〜 しぃ〜  れぇ どぉ〜 れぇ どぉ〜 れぇ どぉ〜」と、遠い視線にかわってしまう。
「ふぁっ〜しどれ れぇ〜どぉ〜 (ハープ) れぇどぉ〜 れぇどぉ〜」 
再度、高揚感をあたえて、スケール大きくして、昇天しちゃう姿(変容か)を描くフレーズが出てくる。
最後まで、ティンパニーは、どど ど どど ど どど ・・・って消えるように叩いていたのに、再度、金管が咆吼して、バンバンバンっ。げっ まだあんのーって言っている間に、急速に終息を迎える。
が、これが、まだまだ・・・続くのである。

28分22分という演奏なのだが、すごーく疲れた。
ものすごい疲れてしまうが、ホント、安寧を得たいという気持ちになる演奏である。
劇的で、壮絶すぎる戦いなのである。これを、ものの見事に、精力的に、シノーポリは丁寧に描き出しており、緊張感が途切れることなく続く。
もちろん最後には、穏やかな表情にはなるのだが、そこまでたどり着くのが、ホント大変である。
起伏は激しいし、相当に、厳しくて険しい。
ケンペ盤だと、素直に、おだやかに、天上の世界に行けるのだが、シノーポリ盤で聴くと、これは完全に断崖絶壁の道を、ひーひー言って、危ないところを、泣きそうになりながら登っていくという行程が描かれているのだ。
で、最後の審判を経てからでないと、天上には行けませんよ。と言われているようなモノで、長い路程のなか、雷に打たれ、耐えて耐えて〜って感じの演奏となっているのだ。息が詰まりそうで〜  聴いてて青ざめてしまう。
心臓に悪いよなあ〜 ホント。シノーポリさんが、閻魔大王のような感じで待ち受けておりまして〜 大変です。

カラヤン盤が、終始耽溺ムードで行くのに対し、ものすごく強烈で、こりゃー凄いっ。聴いている方も、相当に疲れますが、このドラマ性には感服しちゃいます。もちろん、強烈に拍手しちゃいますけど、倒れつつ、あきれつつの拍手でしょうか。
とりあえず、このシノーポリ盤の演奏は、閻魔大王から解放された感がして、ほっとします。やれやれ〜っ。


1961年 クレンペラー フィルハーモニア管弦楽団 EMI  
1970年 ケンペ シュターツカペレ・ドレスデン EMI ★★★★★
1972年 ベーム(ライブ盤) シュターツカペレ・ドレスデン  
1974年 カラヤン ベルリン・フィル ★★★★★
1981年 ハイティンク コンセルトヘボウ Ph  
1987年 シノーポリ ニューヨーク・フィル ★★★★★
1987年 プレヴィン ウィーン・フィル Telarc  
1989年 ブロムシュテット シュターツカペレ・ドレスデン De  
2003年 ジンマン チューリヒ・トーンハレ Arte Nova  
所有盤を整理中です。

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