「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

R・シュトラウス 「ツァラトゥストラはかく語りき」
R. Strauss: Also sprach Zarathustra


ケンペ シュターツカペレ・ドレスデン 1971年
Rudolf Kempe  Sächsische Staatskapelle Dresden
(Staatskapelle Dresden)
ふむふむ。

録音状態は、この時期にしたら良いと思う。なんたって71年という時代なので、アナログなのは致し方ない。さすがにデジタルには勝てませんが、音が少し細く感じるものの、弦のフレージングが伸びやかで聴き応えがある。
演奏自体は燃焼型。
←1970年〜76年収録の全集版である9枚組BOXである。リマスタリングされて管弦楽曲集として販売されているCDや、また、全集はEMIの他に、ブリリアントレーベルからも発売されている。
最近、ますますR・シュトラウスの楽曲は、縁遠くなってきたような気がする。
知人から、年齢を重ねると、長い楽曲、大音量の楽曲、大仰な楽曲、何が言いたいのか、あれも〜これも〜と、バカみたいに詰まってて、ボリューム満点な楽曲は、辟易、うんざりしちゃって気力がついていかず、疲れちゃって聴けないよぉ〜っと言われていた。
若い時は、はあ〜そんなモノかなあ。と思っていた。
若い頃は、そんな高いカロリーの楽曲だって食べられちゃう自信もあったし、教えてもらった言葉も疑心暗鬼だったのだが。
そろそろ〜 はあ。なんとなく解ってくる時期に差し掛かってきたようで〜(苦笑)

で、このケンペ盤を聴く前に、カラヤン盤を聴いたのだが〜 うっへぇ〜 最後まで聴き通せなかったのだ。
ホンマ、大仰な、大層な曲だなあ〜と、つくづく思っちゃう。

改めて、この交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」のことを、ウィキペディア(Wikipedia)で調べてみたら、次のとおりだった。
・・・全体は9部からなり、切れ目なしに演奏される。
基本的には自由な形式をとるが、主題の対立や展開、再現などの図式を含むことからソナタ形式の名残を見ることもできる。演奏時間は約33分である。

1 導入部 (Einleitung)
C音の保持音の上に、トランペットによって「自然の動機」が奏される。後述の通りの非常に有名な場面である。

2 世界の背後を説く者について(Von den Hinterweltlern)
「自然」を象徴する導入部のハ長調に対し、「人間」を象徴するロ長調に転じ、低弦のピッツィカートに上行分散和音を基本とした「憧憬の動機」が提示される。
ホルンによってグレゴリオ聖歌「クレド」の断片が提示され、キリスト教者が暗示されると、ハ長調とロ長調のどちらからも遠い変イ長調によって、20以上の声部に分かれた弦楽を中心に陶酔的なコラールが奏される。

3 大いなる憧れについて (Von der großen sehnsucht)
既出の動機や聖歌「マニフィカト」の断片が並列される短い経過句に続き、「世界の背後を説く者」のコラールと、「憧憬の動機」から派生した低弦の激しい動機が拮抗しながら高まっていく。

4 喜びと情熱について (Von den Freuden und Leidenschaften)
二つの新しい動機、比較的狭い音域を動くものと十度音程の跳躍を含むものが提示され、活発に展開されていく。
展開の頂点においてトロンボーンに減五度音程が印象的な「懈怠の動機」が提示されると、徐々に音楽は静まっていく。

5 墓場の歌 (Das Grablied)
「喜びと情熱について」と共通の動機を扱うが、そちらとは異なりしめやかな雰囲気を持つ。
弦楽パートの各首席奏者がソロで扱われる書法が試みられている。

6 学問について (Von der Wissenschaft)
「自然の動機」をもとにした12音全てを含む主題による、低音でうごめくようなフーガ。
それが次第に盛り上がると、高音を中心とした響きになり「舞踏の動機」が提示される。
「自然の動機」と「懈怠の動機」による経過句が高まり、次の部分に以降する。

7 病より癒え行く者 (Der Genesende)
「学問について」と共通の主題によるフーガがエネルギッシュに展開される。徐々に「懈怠の動機」が支配的になると、「自然の動機」が総奏で屹立し、ゲネラルパウゼとなる。
「懈怠の動機」「憧憬の動機」による経過句を経て、トランペットによる哄笑や、小クラリネットによる「懈怠の動機」などが交錯する諧謔的な部分に入る。
「舞踏の動機」や「憧憬の動機」を中心にクライマックスが形成されると、フルート・クラリネットによる鈴の音が残り、次の部分に移行する。

8 舞踏の歌 (Das Tanzlied)
全曲の約3分の1を占める部分であり、ワルツのリズムを基調に、全曲における再現部の役割も果たす。
独奏ヴァイオリンが非常に活躍する場面でもある。
弦楽(ここでも執拗に分割される)を中心にしたワルツに始まり、「自然の動機」、「世界の背後を説く者」のコラール、「舞踏の動機」、「喜びと情熱について」の諸動機が次々と再現される。
その後は、既出の動機が複雑に交錯する展開部となり、壮麗なクライマックスを築く。

9 夜の流離い人の歌(Nachtwandlerlied )
真夜中(12時)を告げる鐘が鳴り響くなか、「舞踏の歌」のクライマックスが「懈怠の動機」を中心に解体されていく。
音楽がロ長調に落ち着くと、「大いなる憧れについて」や「学問について」で、提示された旋律が極めて遅いテンポで再現される。終結では、高音のロ長調の和音「人間」と低音のハ音「自然」が対置され、両者が決して交わらないことを象徴する。


まあ、これを読む限りでは、主題、動機があるので、これを聞き分けていけば〜ストーリーが見えてくるという、ワーグナーのオペラのような風合いだと解る。
ケンペ盤で聴くと、ことさら主題・動機は、明確に描かれているわけではないが、丁寧には描かれており、微妙な表情付けがなされていることはわかる。ただ、歌舞伎のように、わかりやすいかと訊かれたら、う〜ん、この演奏は通好みかな。と思う。

最初に聴くなら、やっぱ、冒頭で鷲づかみにされそうな、ちょっと派手気味に演奏されて、格好が良いのが、よろしいのではないかと思うわけです。で、ちょっと、派手なのが疲れる頃合いになってきたら、ハイ、この演奏が、滋味だけど、じわじわ〜っと、ゆったり聴けるのではないかと、そう思います。

3つの音が、入れ替わり立ち替わり、数学的に、幾何学的に発展して、繋がっていくところが面白いんでしょうけど。
3つの音が有機的に、細胞的に拡大、縮小していくさまが、まるで見えてくるかのように〜ノビていく方向がわかるように。
また、あがりくだりの動きがわかるように、楽曲の構成が、頭のなかで再構成されるぐらいまで聞き込んで、音符が、譜面が、まるで見えてくるようになってくれれば、大変、面白くなるんでしょうね。

今のワタシには。う〜ん。やっぱ、そこまで至らず〜
ちょっと聴覚だけではつらいところがあって、とても苦手な楽曲となっています。
ケンペ盤は、昔のスタンダードな演奏として有名ですが、ワタシには、まだまだ、未知の世界で〜ございまして、どこがどうスタンダードと言われる所以があるのか、全集を作成したから、そう言われているだけなのか、ちょっと解りかねています。
今日はこのへんで、お茶を濁して、退散とさせていただきます。(スミマセン 苦笑)

  カラヤン ベルリン・フィル 1973年
Herbert von Karajan  Berliner Philharmoniker
(Berlin Philharmonic Orchestra)

こりゃ良いわ〜拍手

録音状態は良い。リマスタリング盤 ひとことで言うなら、チョー格好いい。
カップリング:
1〜9 R・シュトラウス「ツァラトゥストラはかく語りき」(1973年)
10 「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」(1972年〜73年)
11 交響詩「ドン・ファン」
12 歌劇「サロメ〜7つのヴェールの踊り 〜」  
ワタシの若い頃、デジタル録音になる前、録音状態の良さ〜ということで評判を呼んだ盤だったという記憶がある。
カラヤン盤は、この73年と83年が有名だ。アナログとデジタルとに、録音していたと思う。
R・シュトラウスの楽曲は、総体的に、分厚いオーケストレーションだし、録音状態が良ければ良いほど、やっぱり聴き応えがあって〜 ツァラそのものが、録音技術のバロメータのような存在でもあったように思う。
この格好良さが、若い時は、やっぱり憧れだったのだ。

しかし、なにせ、冒頭だけが超有名で、その後は尻すぼみというか、2曲目の「現世に背を向ける人々について」以降は、さっぱり、どんなフレーズだったか覚えてない。というのが実情だ。
ホント、序奏の「どぉ〜 そぉ〜 どぉ〜〜 ふぁみっぃ〜  ドソ ドソ ドソ ドソ ドソ ドソ ドッ」のみである。

この前、ケンペ盤を聴いたが、その前に、83年のカラヤン盤(デジタル)を聴いたが、正直なところ、最後まで聴き通せなかった。基本的には、73年盤もよく似たアプローチだが、リマスタリングされているし、全曲通して聞き応えがある。
なにせ美しい。確かに美しい。
甲冑がキラキラしてるような、麗人が登場してくるような、チョー格好良さ、綺麗さがある。
まあ、登場が派手というか、流麗なのだ。
間違っても、恰幅の良いおじさん、おっさん風ではない。オトコマエというよりは、男装の麗人風というか、女性的なのだ。

本来は、「ど・そ・ど」の3つ音の分散和音を聴いて、その変化を楽しみましょう〜という聴き方が良いのかもしれない。
しかし、このカラヤン盤は、冒頭こそパイプオルガンだが、最後まで聴き通すととなると、高音域のヴァイオリンなのだ。
ヴァイオリンの音色が、全体を支配し、キラキラ度を増して、髪の長い女子のイメージを醸し出す。(笑)
声を裏返して、「しれぇ〜 どしら そしぃ〜 らそふぁ」 なんて歌われたもんなら、こっちも、頭の裏からてっぺんまで、しゅわーっと、抜けそうな感じなのだ。
冒頭も、金管が ふぁひぃ〜っと裏めくりしそうな鳴り方をしているが、これ、わざとでしょ。と言いたくなるし。
なかなかに芸が細かい。
ある意味、突っ込みどころが多いのかもしれないが、ホント、気が上に向かってのびるというか、チュウを舞うというか、なにしろ大仰な楽曲である。

  マゼール ウィーン・フィル 1983年
Lorin Maazel Wiener Philharmoniker
(Vienna Philharmonic Orchestra)

いかすぜっ

録音状態は良い。パイプオルガンの音も、余韻も綺麗に残っている。
スペクタル性もあるが、むしろ、ソロ部分の美音に耳を傾けたいかなあ〜
カップリング:
1〜9 R・シュトラウス 交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」
10   R・シュトラウス 交響詩「マクベス」
「ツァラトゥストラはかく語りき」って、ニーチェの哲学書のタイトルと同じである。
R・シュトラウスが、この哲学書からインスピレーションを受けて作曲したと言われている曲だ。
で、マゼール盤は、カラヤン盤のベルリン・フィルに隠れて、あまり話題になっていなかったように思う。

カラヤン盤の皆既日食、ダイヤモンド日食風ジャケットがインパクトがあったし、デッカのショルティ盤などの1970年代の録音と、再度80年代に録音したカラヤン盤、プレヴィン盤、ブロムシュテット盤などが、これでもか〜って感じで発売され、録音のテクニックの向上と共に、いい演奏が、ひきめきあっていた。
その、録音最盛期かと思える80年代の1枚である。

R・シュトラウスの曲は、録音状態が良いに限る〜のだが、曲自体が、とっても晦渋で、なかなかに難しい。
どう聴いたらよいのか、う〜ん。さっぱりワカランというのが正直なところ。若い頃なら、このスペクタルな音響の広がりに、わくわくしていたものだが、年齢と共に、段々と、つらくなってきて・・・という楽曲である。
冒頭のフレーズしか、ほとんどインパクトに残らない筆頭って感じの曲なのである。

ホント、序奏の「どぉ〜 そぉ〜 どぉ〜〜 ふぁみっぃ〜  ドソ ドソ ドソ ドソ ドソ ドソ ドッ」
「どぉ〜 そぉ〜 どぉ〜 れみっ〜 ドソ ドソ ドソ ドソ ドソ ドソ ドッ」
「どぉ〜 そぉ〜 どぉ〜 みらぁ〜 らしどぉ〜 れぇ〜 みふぁ〜そ みどそ みど みふぁそ〜」
「らぁ〜 しぃ〜 どぉ〜〜 どどどぉ〜 」というフレーズの最後、パイプオルガン付きで、ごごご ごぉ〜っと地響きを立てて鳴るステレオシステムに、むふふっ。と喜んでいたものだ。
序奏のゴツイ音を鳴らすという楽しみで、昔は満足していたが、今、それで終わりでは・・・。(苦笑)

2曲目の、「現世に背を向ける人々について」以降は、はあ?
この曲想で、現世に背を向けているって感じがワカラン。そもそも、現世に背を向けないとダメなのか?って気持ちの方が強く、哲学に興味が、さっぱり湧かないもので、どうも、この曲を聴く資格自体が、ワタシには無いってことになるのかもしれぬ。まっ インパクトがなく、どーも、尻すぼみで〜 
最後まで、同じ気持ち、同じ緊張感を持って、通して聴くってことが、あまりないできない楽曲でもある。

「れ そ〜しれ〜 れそ〜しれ〜 ふぁ〜 れみれど ふぁぁ〜 そぉ〜 れみれど ふぁぁ〜」
低弦の響きから、弦楽四重奏曲のようなフレーズに代わり、なんだか、あの冒頭の勢いはどこへ行ったのか、と思うほど、沈静的な世界へ入り、甘美で、チェロの響きとヴァイオリンの流れるフレーズが、夢心地になってくる。
ここは、大変美しく、大きく膨らんで、膨らんで〜 胸いっぱいに、神秘的で、幻想的な甘さいっぱいの響きを出してくる。こりゃ〜 やられますねえ。うっとり気分で、むふふっ。「ふぁれど し〜 そふぁみ れ〜 れそふぁ〜み〜」

3曲目の「大いなる憧れについて」も、「ど そぉ〜 どみそぉ〜」 甘味たっぷりだが、透き通るオーボエのフレーズ「どそど」の3つの分散和音が奏でられるが、絶望の淵へと、低弦に打ち消される。
「ふぁられ〜 ど〜 どれ〜 どそどぉ〜 れぇ〜」

「ど・そ・ど」の3つ音の分散和音 これが効果的に使われているのが、よく解るのだが、それに、シンプルな音の使われ方なので、聞きやすいって言えば、聞きやすいのだが〜
いつの間にか、聴いているのか、聴いてないのか、ワカラナイ状態に陥ってしまう。
壮大な、いささか誇大妄想強のストーリーのなかで、ワタシたちは迷子になってしまっているのだ。
ぽわぁ〜っと欠伸をしかけていると、ドスンっという音というか、おっそろしい音量が鳴って覚醒させられる。

マゼール盤は、押し出しもたっぷり、迫力もあるが、総体的には、しなやかなフレーズで彩られている。
強奏している場面では、少し、音が割れてしまうきらいがあるが、それでも良く収録されていると思う。
ちょっと、わざとらしい音量で、入っている場面もあるが、許せる範囲内だ。
最近の若い歌舞伎役者さんのような、良い意味で、大見得を切れるマゼールの演奏だし、 ワタシ的には、VPOだと言われなかったら、幾分、硬めの音だな〜と思うところがあって、あれっ?と思うところもあるが〜
しかし、ヴァイオリンソロが入ってくると〜 うっとり〜 なんて、しなやかで優美なんでしょう。
ヴァイオリンは、キュッヘルさん。あー さもありなん。
このヴァイオリンの旋律だけで、聴き応えありだし、弦の優美さ、しなやかさ、流麗さには、やはり圧倒される。

フレージングのたっぷり感、まあ、それでもカラヤン盤には負けるけれど(笑) 
マゼールだって負けてないぞぉ〜という感じでしょうか。
貴婦人的でもあるし、 強いアクの強い、派手なスペクタル性のあるフレーズよりも、じっくり〜 木管のフレーズやホルンの響き、ヴァオリンの旋律に耳を傾けたい一枚だと思うし、それに応えてくれる演奏だと思う。細やかな部分に、耳を傾けたい一枚でしょうか。最近、限定でSHM−CDでも発売されているようだし、喜ばしいことだと思います。

ホルスト・シュタイン バンベルク交響楽団 1987年
Horst Stein Bamberger Symphoniker
(Bamberg Symphony Orchestra) 



録音状態は良い。
カップリング:
1〜9 R・シュトラウス 交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」(1987年)
10 R・シュトラウス 祝典前奏曲(1987年)
11 ワーグナー 歌劇タンホイザー 序曲とヴェルヌベルクの音楽(パリ版)(1986年)
良く言えばアナログ的で、懐が深い。悪く言えば、もわっとしてて、歯がゆいほどに直接音が入っていない。柔らかく、品のある演奏で、決してメタリック系でバリバリ響くわけでないが、昔ながらの控えめな優美さがあり。

R・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」は、超有名曲なのだが、ワタシ的には、なんとも〜
う〜ん。よくわからんという曲で、何度聴いても、最初だけ聴いて終わり。という曲の代表格となっている。
冒頭、地響きを立てて鳴ってくる「どぉ〜 そぉ〜 どぉ〜〜 ふぁみぃっ〜」
ティンパニーの「どそどそどそどそ・・・」金管の「どっ みふぁ らしどぉ〜 れぇ みふぁそぉ〜」というフレーズは、あまりにも有名だ。 もちろん、音響効果を要求する、また、音響を楽しむ曲であるのは知っている。
しかし、感銘を受けるとか、しみじみ〜 じわっと身に染みるとか、あ〜良い曲だなあ。とか、そんな感想は皆無で終わっちゃうんである。

昔、カラヤン盤を良く聴いた。しかし、この曲は疲れる。
また、ニーチェの本を、昔、気取って読んだような気がする。だが、永劫回帰って言われても、なーんか学生時代は解ったような気がしただけで、その後、社会人になって以降は、すっかり忘却の彼方へと、宇宙の藻くずのようになってしまっているのだ。 まっ ホルスト・シュタインさんのツァラは、そんな音響バリバリのメタリック系演奏ではない。
ましてや、キューブリック監督の映画のイメージのような、宇宙的な、強烈なパンチを食らわす、インパクトのある演奏とは違う。悪く言えばヤワイが、すごく柔らかく、ふわっとしていて聴きやすい。
品があるというか、ソフトなのだ。で、ワタシのイメージも、がらっと変わってしまったCDである。

1の 序奏部分は、もちろん、パイプオルガンの響きから始まって、金管が和音を奏でていく。
充分な録音だが、アナログ的な響きがあり、キンキンしていない。
ティンパニーの響きは、確かに充分ではないし、オルガンの響きも前には出てきてない。
この点、パワー不足って感じは否めない。

2 「現世に背を向ける人々について 」から以降、深々とした、まろやかなオケの響きと、充分に歌うフレージングには目を見張る。特に、弦の響きの優美さは、う〜ん。昔ながらの、アナログ的な響きで、柔らかであり、なんてロマンティックなんだろう〜と、思わず惚れ惚れさせられちゃう。

おとなしく控えめでありながら、優美で、高貴な方の所作を思わせるような美形の女性をイメージさせちゃうのである。
バンベルク響って、女性的だな〜とは思っていたのだが、メチャクチャ硬質で、ダイナミックな、筋肉隆々の男性的なフレーズとは違う響きなのだ。 息づかいが深々としており、ふわーっと流れていく。その繊細で、優美さ、そしてエクスタシーを感じちゃうぐらい、とろみのあるフレージングには、参っちゃいました。

3  「大いなる憧れについて」も、木管の柔らかなフレーズ「どそれぇ〜 どらふぁ〜・・・ どられぇ〜」と、弦の甘美な旋律美。金管は、瑞々しい響きだし。
う〜 こりゃ、後期ロマン派特有の華麗で、奥ゆかしい、貴族的な雰囲気がバッチリ出ているって感じ。まるで、品のある女性が主人公のオペラを見ているような感じに仕上がっている。

4 歓喜と情熱について
「ふぁ〜 みれふぁ そぉ〜 しらふぁ〜」トロンボーンやホルンの金管のフレーズが活躍して、熱気が満ちあふれ、たぎる噴火口のように噴き上げてくるし、「ふぁ〜 みれそぉ〜 どぉ〜ふぁれ〜」という、長い流れ落ちるようなフレーズが、畳みかけてくるフレーズなのだ。
しかし、この点、金管の力強さと弦の流れるフレーズが見事なのだが、若々しいパワーあふれてくるというよりは、う〜ん。流麗さ、綺麗だな。という感じだろうか。 ムンムンするような、熱さではないので、向こう見ずな力強さよりも、ずーっと弾力性のあるフレーズだ。 思慮深く品があるっていうかなあ。

5 埋葬(墓場)の歌
まっ そんなことを言っていても、なかなか歓喜と情熱のフレーズは、続かず〜
人生の頂点は、ハイ、気がつかない間に終わってしまいまして、何故か、すんなりと墓場行きになってしまうのであります。いきなり死んじゃったかのような弱々しい、コントラバスの低弦音が、もそもそもそ〜と動くんでありますが。
あまりの弱音に、耳をそばだてて聴かないとイケナイのです。弦の二重奏のように、低弦パートが蠢いているシーンです。このCDは、あまり直接的に響かないので、ちょっとツライんだけど。

6 科学(学問)について科学
初めは蠢いているだけなのですが、「それそ〜 どみそ〜 しれそぉ〜 らみらぁ〜」と呟きながら、どこか、ファゴットの響きが、もわ〜っと重なってくるんですが、屹立してくるように、弦が力強く立ち上がってきて、

7 病から回復に向かう者
「ふぁどふぁ〜 みしそぉ〜 らどみ〜れしそぉ〜」「どそど〜 しそれ〜」と、3音ずつ昇ってくるんであります。次第に、快活にスピードを増してきて、金管が参加して「らみふぁ〜 どそどぉ〜」と咆吼してくるのですが。う〜ん。
病が癒えると、俄然元気になっちゃっていくのだが、ホルスト・シュタイン盤は、金管パワーが前面に出てくるものの、ホルンの響きが、ぶわ〜と、キンキンしないで、奥ゆかしい。控えめすぎる〜っ。
もっと、上昇していくパワーが出ても良いかもしれないし、どことなく割れた感じがしちゃう。
自然な響きと言えば自然なんですけど〜 ここが聴きどころって感じなんだけどなあ。
ドズンというティンパニーの音も、やっぱ、もう少し欲しくなっちゃうかなあ。

8 舞踏の歌〜夜の歌、9 夜のさすらい人の家
ここは、低弦の、風が巻き起こってくるかのようなフレーズ、トランペットの「どっど どっれぇ〜」
木管のオチャメな呟き、そして、ヴァイオリンのソロが入ってくる楽しい楽章だ。
前の楽章とはうってかわって、流麗さが生きたワルツのようになって、キラキラしているのだ。
奥ゆかしい音の響きだが、そのなかでも、トライアングルの響きがキラキラしてて、総体的には木質感があってという、穏やかな響きに包まれている。で、ソロヴァイオリンは、かなりひと昔前の音って感じがするのだが、フレーズは優美だ。
最後の場面は迫力があるが、鐘がなあ。もっと響いてくれたら良いのだが、やっぱ控えめなんである。
なんと言えば良いのか、キンキンしない音の響き、輪郭線のまろやかさ。てからない響き感が、好みという方にはお薦めだと思う。

総体的には録音状態は良い。しかし、奥の方にピントがあっている感じで、音の輪郭がぼけている感じがする。
音が直接的にドンドン、バンバンと鳴ってくるわけではない。しかし、総体的に、柔らかく、優美さがあり、後期ロマン派特有の、とろみ感と甘美なフレーズが聴ける。
まあ、この点で、かなり好みが、ハッキリと分かれてしまうかもしれない。ある程度聞き込んでいて、幾分、ちょっぴり、お年を召した方には良いかも。だって〜 耳に優しいっ。(笑)  
超メタリックに 、勢いよくガンガン鳴らしたい方には、お薦めしませんが、ゆったりと大型スピーカーで鳴らして、アナログ期の音の深み、音の絡み具合の優美さとか噛みしめるように味わうには宜しいかと思います。
  ブーレーズ シカゴ交響楽団 1996年
Pierre Boulez Chicago Symphony Orchestra
ソロ・ヴァイオリン:サミュエル・マガドュタイン



録音状態は良い。ゆったりと演奏されているが、きめが細かく多層的。
細密画のように多彩な音が描かれているので、細かく聞きたい方には向いているかも。
カップリング:
1〜9  R・シュトラウス 交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」
10 マーラー 交響曲第2番「復活」第1楽章初期稿(葬礼)
ブーレーズさんのツァラは、う〜ん。どうでしょ。
なにせ、苦手な楽曲だし、昔、購入した時に聞いた時は、やっぱり難しく〜
ご大層な楽曲を、さっぱり、ばっさり〜と一挙両断で料理したとは、ちょっと言えないと思ったし、 ひとことで言うなら、もっさりしているな〜と思ってしまったのです。
クールで、怜悧な味付けかと思っていたのだが、さほどでもなかった・・・という印象が強かった。で、お蔵入りにしてしまった感のあるCDなのです。
導入部は、いくぶんテンポが遅めで、ティンパニーの硬めの音が、ドスコイドスコイ・・・と言っているように聞こえる。
なんだか、このティンパニーの音を聞いた途端、ぎゃふんっ。思わず、ダサいっ。と叫んでしまった。
やっぱり、緩いやん。ダサいやん。なーんだ・・・ がっかり・・・って思ってしまいましたデスね。

2曲目の「世界の背後を説く者について」は、ダークサイドに一気に落とされるかのような、へんてこりんな音が、冒頭に出てくるが、この雰囲気がお似合いだ。と思う。その後、テンポが遅く、甘美なフレーズが、だみ声的に歌われる。

4曲目の「歓喜と情熱について」になると、金管が入ってくる。
「ふぁ〜 みれふぁ そぉ〜 しらふぁ〜」
トロンボーンやホルンの音色や勢いが、ちゃんと、シカゴ響と言えるかしらん。と思いつつ聴いてみたが、他盤と遜色ない程度に、パワーは感じられるし、適度に、スピードアップがされている。

ブーレーズさんだから・・・という、スペシャルな味付けが出てくるかな〜と楽しみにしていると、ちょっと肩すかしを食らうかもしれないが、爆発的な感じは少ないけれど、大変綺麗である。
弦のすーっと、切れのあるフレージングは、感じられるし、原始的ではないが、丁寧な口調で描かれている。
昔のクールなブーレーズさんのイメージが、だんだんと崩れて〜と、多くの方々がおっしゃるように、かなり、ゆったり傾向になっている。
その昔は、極めて明晰、クールに解析された演奏とか、分析的に描かれた演奏などと評されていたように思うが〜
まあ、それは、今でも、間違ってないと思う。時代の方が、いつもまにか、彼を追い越してしまって・・・
すっかり、テンポアップしているのだろう。よくあることだ。

しかし、7曲目の「病から回復に向かう者」の「ふぁどふぁ〜 みしそぉ〜 らどみ〜れしそぉ〜」という旋律の対抗旋律は、ものの見事に描かれて、対等にキッチリと流れてくる。
木管のフレーズや、3つの音だけじゃーないよ、と訴えてくる力が強い。ここでは、やっぱ録音が良いし、ぴろぴろぴろ〜っと鳴いているフルートを初めとして、多層的に、いろんな音が良く聞こえる。

8曲めの「舞踏の歌〜夜の歌」や、9曲目の「夜のさすらい人の家」は、結構、おちゃめで、ティルみたいな曲なのだ。
「れられぇ〜 れられぇ〜」を繰り返したあと、「みぃ〜 みぃ〜 らっそぉ〜」ヴァイオリンのソロが入ってくる。
木管のオチャメな、プツプツとしたつぶやきやき、「ピロピロ〜」 「タッタ タッタ たぁ〜」という開放的な金管が、楽しげに吹かれている。テンポは確かに、ゆったりしているが、聴き応えはあると思う。
もう少しスピード感があっても、よろしいかとは思うが・・・ いや、この辺りまで楽曲を聴き進んで、あ〜 これは、大人のための大人の演奏という感じがする。と思い始めた。

う〜ん。ホルスト・シュタインさんの振ったバンベルク響のCDも、ゆったりしていたが、あの演奏は、ゆったり、まろやかで〜太筆書きで書かれた、大きな絵画のようで、古き良き時代の浪漫派だと思う。
それに比べたら、こんな風に言っちゃマズイとは思うが、こりゃー 月とすっぽんだ。(スミマセン)
ブーレーズ盤は、やっぱ明快だ。細筆で、神経を使って、細密画を描いているかのようなのだ。
音の織り込みが繊細で細かい。表裏を、均等に、織り込んでいくような感じで、表情が豊かだ。
ただ、これを聞いていると、算数の世界 いや数学の世界を描いているかのようで、それぞれ、細かいピースが、パズルのように組み込まれて行く、または、バラバラに剥がしている、そんな感じで楽しんでいる。
そう思う。

これが楽しいと思えるかどうか・・・ 数式を解くのが楽しければ・・・ 一緒に楽しめるが、う〜ん。
そうでないと・・・という感じだろうか。音楽に数式を、哲学を、理念を、ストーリーを植え付ける作業を楽しむ。
う〜ん。ホントに、そうなんだろうか。作曲家、演奏家・・・双方に、それを楽しんでいる時、じゃー 聴き手は?
えっ 置いてけぼりなのぉ〜?
あ〜あっ だから、聴き手が、どんな風に、どこまで聴こうとしているか。それにかかっているかも・・・。
まあ、聴き手の資質も問われていることは間違いないでしょう。単純には聴けませんねえ、あ〜っ あぁっ。
で、これは、また、この楽曲だけには限らないかと・・・ ありゃりゃ〜 それは、とほほ。でございます。
1968年 メータ ロサンジェルス・フィル Dec  
1971年 ケンペ シュターツカペレ・ドレスデン EMI ★★★
1973年 カラヤン ベルリン・フィル ★★★★
1975年 ショルティ シカゴ交響楽団 Dec  
1982年 ドラティ デトロイト交響楽団 Dec  
1983年 マゼール ウィーン・フィル ★★★★
1987年 シュタイン バンベルク交響楽団 ★★★★
1987年 ブロムシュテット シュターツカペレ・ドレスデン De  
1987年 プレヴィン ウィーン・フィル Telarc  
1987年 シノーポリ ニューヨーク・フィル  
1989年 テンシュテット ロンドン・フィル EMI  
1996年 ブーレーズ シカゴ交響楽団 ★★★★
1996年 ショルティ ベルリン・フィル Dec  
2000年 ジンマン チューリヒ・トーンハレ管弦楽団 Nova  
所有盤を整理中です。

「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

Copyright (c) mamama All rights reserved