「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

ライヒ 作品集
Steve Reich:
Works


スティーヴ・ライヒ
Steve Reich

 こまちゃったなぁ  ← ワタシ、楽曲についていけてません。

ライヒ入門と題された、わずか34分のサンプラーCDである。
サンプラーCDとは、このブックレットの解説に書いてあった言葉である。それぞれ、1986年、87年、89年にリリースされた作品の抜粋版で、文字通り、入門編だと思う。

カップリング:
1 ライヒ クラッピング・ミュージック(1987年)
  ラッセル・ハーテンベルガー、スティーヴ・ライヒ
2 ライヒ エレクトリック・カウンターポイント Fast(1989年)
  パット・メセニー
3 ライヒ ディファレント・トレインズ(1989年)
  クロノス・クァルテット
4 ライヒ ドラミング パートIV(1987年)
  スティーヴ・ライヒ&ミュージシャンズ
5 ライヒ 六重奏曲第5楽章(1986年)
  スティーヴ・ライヒ&ミュージシャンズ、ネクサスのメンバー、マンハッタン・マリンバ・クァルテット

1番目に流れてきたのは、拍手で・・・ え?
ハイ、音楽というより、単に拍手でリズムを刻んだもので、かなり意表をつかれた。ウッソー!
音楽の原点が拍手?ってなことないよね。音楽の原点は、やっぱ、楽器を使って奏でたのが音楽でしょ。いやいや、声を出すという行為もあります。歌か?  まっ そんな感じで聞きましたけど、なんだか、人を食ったような感じで、アハッ。
本日は残業で遅くなったので、1日の締めに拍手を聴いて終わります。
この続きは、また聴いていきます。
ワタシの感想も人を食った感じになってしまったようで、スミマセンでした。(謝)

スティーヴ・ライヒ 1983年
Steve Reich

砂漠の音楽 The Desert Music
指揮:マイケル・ティルソン・トーマス Michael Tilson Thomas
ブルックリン・フィルハーモニー管弦楽団のメンバー Brooklyn Philharmonic Orchestra, members
コロラド四重奏団 Colorado Quartet

さっぱりワカラン   こまちゃったなぁ  ← ワタシ、楽曲についていけてません。


砂漠の音楽 The Desert Music

このCDは、「砂漠の音楽」 The Desert Music という曲で、1983年に作曲された楽曲である。
延々と繰り返すリズムで、終始している楽曲ばかりで、5楽章に分かれている。
まあ、この楽曲では、コーラスが入ってくるので、砂漠というよりは、オアシスっぽく感じられる。聴きやすい。
作詞は、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズさんが担当してて、そのテキスト(詩集かな)に基づいているそうだ。
フルート、オーボエ、クラリネット、バスーン、トランペット、トロンボーン、チューバなどで構成されているし、打楽器は、マリンバ、ビフラフォン、シロフォン、グロッケンシュピール、マラカス、ゴングなどが使われているようだ。

演奏者は
作詞:ウィリアム・カルロス・ウィリアムズ  William Carlos Williams
ソプラノ:シェリル・ベンスマン・ロウ Cheryl Bensman Rowe
打楽器:ラッセル・ハーテンベルガー Russell Hartenberger
打楽器:ロバート・ベッカー Robert Becker
打楽器:グレン・ヴェレツ Glen Velez
打楽器:ガリー・クヴィスタード Garry Kvistad など

CDのブックレットを拝見してみると〜
1982年から、砂漠の音楽 を作曲し始めて、アメリカの詩人、ウィリアム・カーロス・ウィリアムさんの詩をサンプルし、配置換えをしたらしい。
テキストの大部分は、この音楽の題名ともなっている「砂漠の音楽」からとられ、最終的には89人の器楽奏者と、27人の合唱という編成になったそうだ。
5楽章からなっており、中央の楽章は、さらに3部に分けれているが、その全体の構造はA−B−C(=a-b-c)−B−Aという相対的なアーチ型になっている。
また、テンポにもこだわりがあるようで、基準の音符の持続の比率は、4:6:9だとか。

う〜ん 解説の文章が、丁寧には書かれてあるのだが、わかったような、わからないような。
やっぱり、わかんないや〜って感じで終わってしまう。
聴いてても、さほど、気持ちの悪いものではなく、コーラスが入ってくることで、タイトルのように無味乾燥なものとはなっていないし、美しいハーモニーが聴けるので、聴きやすい楽曲と言えそうだ。
繰り返すことは、ある意味、無意味さ、気怠さを生むのかと思いきや、結構、快感を覚えるものではある。
まあ、これは講釈を垂れるより、耳にした方が、わかるんで〜
それに、ズレが生じることで、不思議な波動が生まれることは、なんとなーく、わかってきたつもり。

でも、ずーっと、これが続くと、ワタシ的には、どこか限界点が近づいてしまう。
その間に至るまでの時間は、人によって違うのだろうな〜っと思う。
だから、聴き始めて、すぐ、このパルスは、いったい何? いったい何の意味があるんだって、突っ込んでしまいそうである。
(あ〜 そんなこと言っちゃ、おしまいだよん。)
スティーヴ・ライヒ 1987年
Steve Reich 

ドラミング Drumming

さっぱりワカラン   こまちゃったなぁ  ← ワタシ、楽曲についていけてません。


4つの楽章に分かれており、パート1〜パート4という表記がされている。
CDのオビには、完璧なアンサンブル! この音響と構造は永遠の斬新さをもって心に迫る。と書いてありました。
ドラミング Drumming

CDのブックレットを拝見すると、スティーヴ・ライヒはミニマル・ミュージックの作曲家として広く知られているが、厳密な意味で、ミニマルと呼べるのは、1965年に作曲されたいイッツ・ゴナ・レインから、70年までの作品で、それ以後には、クラッピング・ミュージック(1972年)と木片の音楽(1973年)の2作品しかあてはまらないと書いてあった。
で、この71年の作品であるドラミングは、ミニマリスムからの離脱を明らかにし、その後の展開を方向づけた作品だということで、ガーナへ新しい音楽的展開を求めて留学し、西アフリカ、ガーナの打楽器音楽や、バリのガムラン音楽を学んだ後に作曲されたとのことだった。

ふむ、確かにねえ〜 ガムランの音は、すごく残響が混じり合って、不思議な世界を描く。
他の作曲家にも影響を与えたと思う。
しかし、ライヒさんの反復した音型をずらしていく〜という手法は、いずれにせよ、壁にぶち当たったということらしい。

でも、ブックレットの続きを読むと、ドラミングによって、ミニマリスムの非個性的で、単純明快な反復構造の音楽から感性と知性に積極的な効果を与える・・・飽和した音響空間の中で、自分と外界との区別は曖昧になっていく。
そこでは、外界を知覚認識する自我の意識が次第に薄れ、一種の忘我状態に陥ることになる、しかし同時に、常に生み出されていく多様な変化に、聴き手の意識の覚醒が促される。・・・などと書かれてあった。

はあ、まっ確かに、リズムは大事な要素だろうけど、チクタクチクタク・・・という、時計の振り子のようなリズムの刻みである。
最初は、確かに面白い。
意表を突かれたモノのようで、ん たらら たた ん たらら たた・・・って面白いのだ。
でもなあ、パート1だけで、17分30秒もあるんですよぉ。
パート2は18分12秒、パート3は11分13秒、パート4は9分47秒である。この楽章の違いは、あまりねえ〜
4は、鈴のようなモノが聞こえてきて、雨粒が落ちてくるような音になっているぐらいで、あまり変化はない。
う〜ん これだと、楽器で奏でていただかなくとも、普段、聴いている音で充分なのだ。
自然に回帰せよというなら、作曲家ご自身が、田舎で暮らせばいいじゃん!と、思ってしまう。

立風書房さんからでている「200時間クラシックの自由時間」という本を読んでいると、ミニマル・ミュージックは、別名、反復音楽とも呼ばれる。まあ、なるだけ単純な、ひとつ、あるいは幾つかのリズムやメロディのパターンが、執拗に反復されたり、重ね合わされたり、ずれあったりしつつ、1時間とか5時間とか続く音楽のことだ。

えっ!5時間っ!!

ライヒのドラミングは、そういう音楽の古典的傑作。
では、こんな音楽がなぜ存在するのか?音楽美学者たちは、次のように説明する。従来の音楽は、モーツァルトもストラヴィンスキーもシュトックハウゼンも、その見てくれは違っても、起伏ある音のドラマを追求したとの一点では、みな同じ穴のむじなだった。ところが、反復音楽は、単調なパターンの反復により、起伏ある音のドラマとしての音楽を全否定したのである。とあった。

まあ、見てくれは違ってても、起伏のある音のドラマを追求したとの一点では、同じ穴のむじなとは・・・ これいかに。
いかにも乱暴な・・・ 見てくれは大事なのだ。
モーツァルトとストラヴィンスキーを一緒にするなんてぇ〜

ドラミング、1つから、2つ、3つという感じで、太鼓? まあ、日本風でいうと鼓のような音で、(ポーンって鳴るわけではない)、これが増えてくるんですけど、刻みが増えるだけでは、ちょっと〜
そのうちに、怪訝な顔になり、だから何?って、ツッコミを入れかけ、ん〜? なにこれ?
おいおい、いい加減にせんかい! と変わっていくのである。

単調な響きに集中することで、一種の瞑想状態、無の境地に至らしめる?
まあ、ある意味確かに、浮遊感はある程度出てくるかもしれないが、ふっと気がついたら、意識が飛んで、寝てしまってるんだけど。ん〜 こりゃ、瞑想どろじゃない。怒りですよぉ。
あんた、このCD1枚、いくらだって思ってるのさ。(買ったワタシが悪い? ん まあそうだが)
ちょっと、ワタシの耳では、ツマンナイかもしれない。(いやいや、音楽ジャーないでしょ。って感じだろうか。)
まっ こういうのが、流行っていた時代もあったんだねえ。ってことで、まあまあ・・・ (と、おさめる)
演奏会だと、時間とお金を返して〜と言われかねないかもなあ。

ピアノ・サーカス 1990年
Piano Circus Band

6台のピアノ Six Pianos


あれ〜変 だよ。  ← ワタシ、楽曲についていけてません。

カップリング:
1 ライヒ 6つのピアノ ピアノ・サーカス 1990年
2 テリー・ライリー In C ピアノ・サーカス 1990年
6台のピアノ Six Pianos

今日、聴いたのは、ライヒの6台のピアノである。
う〜ん ミニマル・ミュージックって、テクノのような楽曲で、聴き始めて初めの数分は、なかなかに面白いのだけど、ワタシ的には退屈してしまって、ダメである。

フレーズらしきものがなくって、同じ音型を、ずーっと繰り返されていく。リズムも、速度も、ほぼ同じで一定である。
で、長いのだ。ピアノ・サーカス盤で聴くと、なんと21分29秒というクレジットになっており、これでは修行である。
ちょっとした音のズレは、確かに面白いのだが、ひとことで言うと飽きる。飽きてしまう。
フレーズはないし、抑揚はないし、エモーショナルな部分は感じないので、無機質だ。
まあ、完全には無機質ではないのだけど、20分間も、無表情の人と向かい合って、喫茶店でお茶をする人もいないだろうと思う。

何か作業をしつつ、BGMとして、小さな音で流しているなら、快適に作業は捗るかもしれないが、あくまでも、ルーティンで作業する場合に限るように思う。
ワタシが、農家で、収穫したリンゴやミカンの選別作業でもしているなら、スイスイ作業が捗るかもしれない。
でも、考える作業、ビジョンを描こうというような、思考する場合は、こりゃ〜 ナガラでもダメである。
ワタシの場合は、どうもねえ〜 合いません。
ただ、不思議な和音というか、響きは面白いし、6台ものピアノを使っての楽曲なので、低音のリズムを刻むひと、裏拍子役の人っている。
でも楽譜どうなってるんでしょうね。だって、ずーっと同じなんだよ。
回数を数えてないといけないと思うんだけど、数え間違うと、音が変わるところで、合わないし。
ワタシ、何度同じ音を叩くのか、数えようかと思いましたが、意味ないので、やめました。

いちおう、CDのブックレットを拝読すると、「楽器店に置いてあるピアノを全部使った曲を作ろう」という発想で書き始めた作品らしい。複数のパターンの重ね合わせから生まれる位相に興味を持っており、最初は、漸次的な位相変移プロセスによって、 同じパターンが少しずつずれていく面白さを追求したが、1970年〜71年の作品「ドラミング」から、新たな技法を採用し、休止符と音を1つずつ交換していくプロセスで、6台のピアノも、そのプロセスを応用した作品らしい。

3人のピアニストが音高の異なる8ビートのリズムを弾いて、2人のピアニストが2拍遅らせた形になるように、1拍ずつ音を加えてパターンを創る。5人の演奏から生まれる新たな結合パターンを、最後の1人が重ねていく。・・・と書いてあった。

う〜 あのぉ〜 で、なにが言いたいのやら、なにが楽しいのやら、ワタシのアタマでは、さっぱり解りませんでした。
ど素人の凡人なんで、お許しください。(謝)
でも、ライヒさんのCDは、複数枚所有して、棚にあったように思うので・・・(なんで買ったんだぁ〜)また、性懲りもなく、違った楽曲を聴いてみます。(チャレンジ精神だけは失わないつもりだが、 無謀で、無駄な挑戦かもしれない。泣)


1986年ほか ライヒ Teldec ★★★
1983年 砂漠の音楽 MTT Nonesuch ★★★★
1987年 ドラミング ライヒ & ミュージシャンズ Nonesuch ★★★
1990年 6台のピアノ ピアノ・サーカス Argo ★★★
所有盤を整理中です。

「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

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