「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

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 レスピーギ ローマ三部作 ローマの噴水・ローマの松・ローマの祭り
Respighi: Roman Trilogy  Fontane di Roma/Pini di Roma/Feste Romane


レスピーギは、イタリアの作曲家です。とくに、「ローマ三部作」と呼ばれる交響詩「ローマの噴水」「ローマの松」「ローマの祭り」が有名です。1916年にローマの噴水、24年にローマの松、28年にローマの松が作曲されています。

ローマの噴水では、それぞれ実在する4つの噴水を、夜明け、朝、昼、黄昏の時間にあてはめて描いています。
ローマの松では、ボルゲーゼ公園における子供の様子を、キリスト時代の墓であるカタコンベを、ジャニコロの丘でのナイチンゲールの鳴き声と月夜を、そしてローマ軍が進軍するアッピア街道を、それぞれの歴史のイメージに重ねて、グレゴリオ聖歌の古い教会旋法を使って描いています。
ローマの祭りでは、チルチェンセスという古代ローマ帝国のネロが円形劇場で行った祭りを、五十年祭ではロマネスク時代の巡礼者が集まってくる様子を、十月祭ではルネサンス時代における収穫祭風景を、主顕祭ではナヴォーナ広場における人々の喜びを、それぞれ時代ごとにイメージして描いています。
大がかりな楽器編成で、色彩豊かに、イメージたっぷりに描かれているので、良い録音で聴かれることをお薦めします。

ローマの噴水      
  1 夜明けのジュリアの谷の噴水 2 朝のトリトンの噴水 3 真昼のトレヴィの泉  
ローマの松      
 1 ボルゲーゼ荘の松 2 カタコンべ付近の松 3 ジャニコロの松 4 アッピア街道の松
ローマの祭り      
 1 チルチェンセス 2 五十年祭 3 十月祭 4 主顕祭

スヴェトラーノフ ソヴィエト国立交響楽団 1980年
Evgeni Svetlanov
USSR State Symphony Orchestra

なんじゃ こりゃ〜

録音はかなり悪い。80年代とは思えないほど。
あえて聴く必要はないと思う。拍手入りのライブ盤

レスピーギの「ローマ三部作」は、1916年に「ローマの噴水」、1924年に「ローマの松」、1928年に「ローマの祭り」が作曲されているが、スヴェトラーノフ盤は、噴水→ 松→ 祭りの順に録音されている。
録音状態は悪く、モノかと思うほどで、奥行きがなく平べったくカラフルな音がしていない。

「夜明けのジュリアの谷の噴水」
響かない音でオーボエがストレートに吹かれている。秋風が吹いている中を、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」って感じの横笛のような音色で、う〜ん。とてもローマにある噴水には感じない。
夜明け前という雰囲気は、とーってもするのだが、これは困ったなあ。

「朝のトリトンの噴水」
ホルンは、まだ奥行きが感じられるが、録音が悪すぎ。左右の広がりも、ほとんど感じられない。 なんとも貧相な音で、響きが感じられない。なんなのだ〜この録音は・・・。思わず頭を抱える。

「昼のトレヴィの噴水」
なんとも勢いのない噴水で、テンポが遅すぎ。上昇していくところに快感を覚える筈が、 なんとも、まどろっこしい。 ようやく、水は上にあがったものの、ほとんど勢いパワーがなく、線が細すぎでチョロチョロ。 え〜 これじゃー 長屋の水道管のようで、録音は悪いし、音色も悪いし、とろいし〜  厚みのない音色に絶句。貧相な音に、とうとう我慢できず、このあたりで、ゴミ箱行き決定。

「黄昏のメディチ荘の噴水」
まるで幽霊が出そうな雰囲気で、古色蒼然としてて唖然とする。 ヴァイオリンの音色は、恨めしや〜的に聞こえ、女の恨めしい泣き声のようだ。背筋がぞーっとしてくる。フルートの音色なんぞ、そろり〜そろり〜と歩いてくる足音のようで、気持ちが悪く、ぴろ〜っ ぴろ〜っ  ぺろ〜ぺろ〜っと、鳴っているので、お化け屋敷で雨漏りしているようで、あ〜っ。なんとも。
最後に、鐘が鳴るのだが、これじゃ〜お葬式のようだ。 冷たく凍えちゃうような響きなのだ。これでは死者の弔いのようで、とても噴水というイメージではない。

「ボルゲーゼ荘の松」
まるでカエルが鳴いているような金管で、びよよよぉ〜ん。というのが入っている。 何とも声の悪い鳥で、どこかの場末の劇場で、大昔のトーキー時代のチャンバラ映画でも見ているみたい。これじゃ〜楽しくないよ。とほほ。

「カタコンブ付近の松」
このカタコンブが、いちばんイメージにあっており、どす黒い雰囲気が漂っている。 怨念がこもった場所に立つ松のようだ。恨めしや〜だったら、柳と相場が決まっているんだがなあ。 これ、松なんだけど。アハハ・・・
木管の音色で、ちょっと救われた気分になったのだが、低弦の ぱぱぱぱぱ〜ぱん という音色で、また、恐ろしい怨念が沸き起こっている。 五右衛門風呂で煮てやるぞ〜言わんばかり。まるで、熱湯を湧かしてブクブク湯気が立っているみたい。 釜ゆでか、火あぶりの刑に処せられる前のようで、ぴゆ〜っと音が鳴るった時には、ぞーっ。
おそらく銅鑼を擦った音だと思うんだが。首でも切り落とされるのか・・・と思っちゃった。
なんだか、ここらあたりは、ローマ帝国を舞台にした、大型スペクタル映画でも見ているだ。 十字架を背負って歩く人のように思える。 カーク・ダグラスが出演していた昔の映画「スパルタカス」の最後の場面を思い出した。

「ジャニコロの松」
夜のシーンだとは感じるのだが、暖かい空気感ではなく、うら寂しく、ひんやりしている。 晩秋か初冬のようで、やっぱり、背景にはススキが似合っている。客の咳の音が入っているのだが、これも響いておらず、なんだか場末の劇場的。せっかくの楽曲の響きが なんとも貧相で、がっくし。 鶯の声も響いてこず、まるで墓場のようだ。

「アッピア街道の松」
最初から最後までテンポが遅く、響きがほとんど感じられないまま、インテンポで行ききってしまう。 盛り上がりは、まあ〜あるにはあるが、うんざりするほど最後が長く、辟易してしまった。

「チルチェンセス」
これまた、時代がかった演奏で、アンサンブルの乱れが散見されるし、金管の音が割れていたりする。 まあライブ録音だから、それぐらいは許せるのだが、あまりに古めかしく寒々しい。

「五十年祭」
他の盤だと、やりすごせる部分が、拡大されて描き出されているようだ。これでもか〜っと、描きなぐった油絵のようで、共感できず。 テンポが遅いためもあって、どろどろの液体に体を塗りたくられたような、そんな気持ちの悪さを感じる。
また、何を書いているのか、何が言いたいのかよくワカラナイ。 グタグタと、油絵の具を塗りたくっているような作品に見えてくるし、その油の臭いが乾ききっておらず、この臭いでむせる。気分が悪くなってしまった。

「十月祭」
珍しくこの曲はテンポが速い。なんとも艶のないヴァイオリンなんだろう。悪くないだが、艶がなくって〜カスカスしている。甘い官能的なフレーズなのだが、まるで、白髪まじりのオババが寄り添ってくるような感じを受ける。やだーっ。

「主顕祭」
らーしら らーしら の阿鼻叫喚 じゃんじゃんじゃ〜 なんだぁ。この暴れまくり状態は! 貧相な録音でよかったと、ちょっと苦笑い。これで、大音量で録音されていたら、かなりクラクラしそう。 音に振り回されてしまって、目がまわってしまう。
 あ〜 もうダメ。ギブアップです。


  デュトワ モントリオール交響楽団 1982年
Charles Dutoit
Orchestre Symphonique de Montreal
(Montreal Symphony Orchestra)

こりゃ良いわ〜拍手

録音状態は極めて良い。明るく、華麗なローマに仕上がっており、パワフルさもあり、軽やかさもあり、しなやかで華麗なローマである。これぞ、ラテン系ローマだっ!録音状態も良く、大音量で聴いても疲れない、とっても嬉しい1枚だ。

レスピーギの「ローマ三部作」は、1916年に「ローマの噴水」、1924年に「ローマの松」、1928年に「ローマの祭り」が作曲されている。
デュトワ盤は、ローマの松 → 祭り→ 噴水の順番で録音されている。

「ボルゲーゼ荘の松」
ちゃ〜ちゃちゃちゃ〜んという冒頭から、華麗で爽やかな音色で、芳醇な香りが立ちこめてくる。
う〜ん、ちょっと線が細いかなあとは思うのだが、テンポが良く、スピーディで、 噴水が下から直線で上ってきて、頂点で、ポコポコと大きな粒になっている様が想像される。
自由自在に演出されて、あちらこちらから、噴水が吹き上げてくるようなリズミカルさがあり、楽しい。
次はどこから吹き上げてくるんだろう〜って想像してしまう。すごいっ。キラキラしてて美しい。

「カタコンブ付近の松」
フルートの音色が柔らかく、しなやか。おどろおどろしい楽曲だが、怨念ぽくなく、スマート。
しーっんとした静かな雰囲気のなかから音がのぼってくるが、押しつけがましくない。 グレゴリオ聖歌の引用があるそうだが、う〜ん。意識しなかった。

「ジャニコロの松」
ひとことで言うと、マッシュルーム型の可愛い松で、小粒だが輝いている。
音色が暖かく、ほんわかしており、満月の元で、セレナードを演奏している雰囲気も持っている。
ヴァイオリンの音色が官能的で、ちょっとエロっぽく誘われる。 俗っぽいと言えば俗っぽいが、まどろみを感じさせてくれる。フレーズのしなやかさは、音の膨らみであったり、歌心にあるようで、それにもまして、粒立ちが良く、ころころしている。
木管の音色が明るく爽やか。良くも悪くも、他の盤に比べてスマートである。

「アッピア街道の松」
遠くから凱旋してくるローマ帝国軍の足音が聞こえてくる。テンポは速め。トロンボーンの音色も弱音から始まっているのだが、頂点に立っても、どことなく迫力に欠けている。
ちょっとスマートすぎるかなあ。す〜っと立ち上って、自然と頂点に立っている。全体で4:28の演奏。
さほど速いワケでもないのだが、粘らないからなのか。 ちゃらら〜と、相当オリエンタルな雰囲気の漂う楽曲なのだが、異国情緒をローマに持ち込んでくるという演出はイマイチ感じない。
単純な繰り返しで勢いをつけてくるのだが、ティンパニーのアクセントはついているものの、ぐぐぐぐ〜っと、ためていたパワーが爆発するという感じには至らない。綺麗なのは綺麗なのだが、熱狂的ではない。
あまりに客観的な視点で、面白くないかも。
ブンチャブンチャと下支えしているチューバの力強い音と、ティンパニーや銅鑼の鋭さは、感心させられる。

「チルチェンス」(アヴェ・ネローネ祭)
トランペットの音色が、舞台奧から、まろやかに聞こえてくる。
下品な楽曲だと思うのだが、綺麗にまとまってて、いまいちモノ足らない。
ブラス部分の遠目で鳴っているので、奥行きは十分で、ファンファーレになっている。
さあ始まるで〜っと、拍手が沸き起こりそうな感じの楽曲なのだが、コロッセオにいる観客の狂った熱狂的なモノは感じない。
華麗だし、奥行きはあるし、録音状態が良いので許せてしまう。というのが実情かも。
動物が暴れている感じもするし、戦っている雰囲気も出ているが、さほど獰猛な感じがしない。
あまりエキサイトしないんですわ。このデュトワ盤では。
でも、オルガンの低い音色と、パーカッションが楽しく聴けるし、ニュアンスは豊かである。

「五十年祭」
巡礼者たちがローマに集まってくる様らしいが、人のうねりが感じられ、郷愁あふれるフレーズになっている。高台に立って、大地の広がりを俯瞰しているような感じも味わえる。
付点のリズムが、かなり異色な雰囲気を醸し出しているのだが、レスピーギは、どこで、こんなフレーズを考え出したのだろう。 また、ら〜 それらしら〜 らそらみそみど〜 3つ和音の音が良く聞こえる。
デュトワ盤の最大の聞きどころは、パイプオルガンの重低音の響き。恐ろしいほどの重低音が、音圧を伴って鳴り響く。これは最高!
パイプオルガンの低音が消えると、重苦しい空気が消え去り、ふわ〜っとした爽快な喜びに満ちあふれた空気感が漂う。
歓喜のなかで、白鳩が解き放たれて飛んでいくようだ。最後に鐘が、ど〜 れ〜 み〜 どどっ れれっ どどっ そそっ・・・ という和音が拡散され響いていく。
単純なのに、すごい演出だな。って思う。

「十月祭」
解放感あふれる祭りで、鈴の音色が輝かしい。とろり〜っと甘く、字余り的に、セレナーデのような旋律が奏でられている。デュトワ盤は、とてもロマンティックに描いている。
ホルンの狩りの音色など多彩で、ヴァイオリンとマンドリンの甘美な音色も、たまりません。

「主顕祭」
ら〜しら ら〜しら ら〜しら み〜ふぁみ〜 と風変わりなリズムで始まり、途端に賑々しい展開を見せる。ん じゃ〜じゃじゃじゃ と治乱騒ぎになってしまうのだが、このリズムが、スマートに演奏されているようで、粗野になりきっていない。
そんなにテンポも速くないのだが、音にアクセントがクッキリついてて〜リズミカルで気持ちが良い。
最後は、酔った民衆の馬鹿騒ぎ的な楽曲になっているが、デュトワ盤は見通しが良い。
最後の終わり方なんぞ、圧巻なのだが、スマートに演奏してもらっているようで、聴きやすい。

「夜明けのジュリア荘の噴水」
夜明け前の静けさのなかで、ぽとりぽとり〜と水滴が落ちている様子が見えてくる。
で、デュトワ盤では、高音域がちょっと強めなので、華麗な感じがする。
ほんわか〜っというより、空気が張りつめているようだ。

「朝のトリトンの噴水」
デュトワ盤では、朝というよりお昼の雰囲気で、勇壮で、いくぶん攻撃的な感じ。
のびやかで太い曲線を描いており、噴水以上の迫力がある。
明るくて水しぶきがあがっているのだが、トロンボーンとチューバの低い音がよく絡んでおり、かなり鮮明でハッキリしている。階段を上る早さが小気味よく、最後の たった〜 たらぁ〜 の音の伸びが十分で良い。
ダイナミックな勢いと、ふわ〜っとした空間が広がっており、テンポの絶妙な変わり方と、ヴァイオリンの音色に、うっとりさせられる。

「昼のトレヴィの噴水」
う〜ん。トレヴィの泉が、こんなにも華麗なオーケストレーションで鳴るのは、ちょっと意外なのだが。
あの壁面から、4頭立ての馬車が飛び出してくる様が、怖いほどリアル。
飛び出す絵本のようで、音いや、水が飛んでいる。軽妙でありながら賑々しい。
頭の上を通過し、天空を飛んで行き、消え去っていくのがよくわかる。

「黄昏のメディチ家の噴水」
ようやく黄昏で、ほっとする。
朝も昼も、活気がありすぎて疲れてしまう。ちょっと気怠い感覚になってしまった。
鐘の音色を静かにきき、夜を迎える。デュトワ盤は、噴水は、強烈なほど鮮明でリアル。勇壮である。
祭りでは、他の盤と比較すると、さほど賑々しくないのだが、噴水は快活で元気だ。 良くも悪くもスマート。華やかなシーンを描ききっており、軽妙でかつ洒脱が効いている。
噴水は、とっても美しい。
ムーティ フィラデルフィア管弦楽団 1984年
Riccardo Muti
Philadelphia Orchestra

いかすぜっ

録音は、今となっては、とっびっきり良いとは言えないが、パーカッションが素晴らしい。華麗なるサウンドの洪水に浸れる。
最近リマスターされたようだ。

ムーティ盤は、松 → 噴水→ 祭りの順番で録音されている。

「ボルゲーゼ荘の松」
ひや〜っ。速い。チャカチャカ チャーチャン 冒頭から目の覚めるような音量とスピードでやられる。
ふぁーふぁふぁふぁ〜 冒頭から、とてもスピーディで、華麗なるサウンドが迸ってでてくる。
鈴とかタンバリンのような打楽器群と、ミュートつきのトランペットのファンファーレのようなサウンド。
ハープとか木管とで構成された短いパッセージが、文字通りキラキラ輝いている。 これ、ボルゲーゼ荘の松の下で、子どもが遊んでいる光景らしいが・・・子どもたちが走り回っている姿というより、もっとピチピチしてて・・・
忙しく飛び回っている鳥の鳴き声に近い。
ムーティ盤は、とても華麗で、色彩豊かで、あちらこちらに音符が飛び跳ねているようだ。
とても愉快に聴ける。とてもストレートで、カラリ〜とした明るく乾いた表現である。

「カタコンブ付近の松」
前章とはうってかわって・・・弱音で、夜のむっとした熱さを感じながら、ぶきみさが醸し出されている。
カタコンベ(カタコンブ・地下墓地)は、死者の眠る場所にたつ松。
弦の和音が段々と大きく膨らんでいく。
特にトランペットのソロが、し〜らしどしら らしれ〜そ〜ふぁみれ〜 そ〜ふぁ・・・ 
このソロが秀逸で、明るい音色ではあるのだが、寂しさを感じさせる。グレゴリオ聖歌の旋律なのかな。
このソロが終わると、オルガンが、怨念のこもったような和音で、ヒタヒタと近づいてくる。 銅鑼が静かに響く。地底から、死者が蘇ってきたような厳かさである。 ムーティ盤は、柔らかい響きで分厚いハーモニーを豊かに鳴らしている。

「ジャニコロの松」
ちょっと音が遠めなのだが、チェレスタが、揺らめくレースのようだ。 トルトゥリエ盤のような透明度はないけれど、ムーティ盤は、ちょっと厚めのサウンドで、なめらかに奏でてくれる。木管の音の太さと、まったり系のテンポで、豊かさを感じさせてくれる。 ふぁ〜ら〜どふぁ〜ら そ〜ふぁみれど〜 
頂点部分での盛り上げ方の間合いが凄い。次のフレーズに移行する間の、ふわっとした間合い。
ひえ〜 官能的と言えるほどの間合いで、くらり〜としちゃう。
めろめろになってしまうほどのムーティのカンタービレ。ちょっと弦が擦れ気味なのだが、それがまたセクシーで、重めの赤ワインのようだ。

「アッピア街道の松」
凱旋してくるローマ軍の足音が聞こえてくる。テンポは速くもなく遅くもなく、伸びはストレート。 トロンボーンの太めの音色と、遠くのティンパニーズシン、ズシンと響いてくる。
マッチョではないけれど、迫力は充分。
ただ、奥行きが今となっては、もう少しあればな〜と感じられる。遠くから近づいてくるという、その奥行きが少し不足している。ティンパニーが、あまりにも前面に出て、バンバン聞こえるのだ。 ティンパニーと単調な ふぁ〜そ〜ど〜れ〜ふぁ〜そ〜 と奏でる金管の音色が主体になってしまって。
う〜ん。バランスとしては、中間部の音が飛んでしまって、あまり聞こえてこない。
ちょっと、その点は惜しいかなあ。押し出しは強いし、頂点に立っても、まだまだ粘って伸びている。
音量もタップリ。

「夜明けのジュリアの谷の噴水」
テンポは遅め。ゆったりしている。夜明けというより、夕暮れどきに感じてしまうんだが。 う〜ん。どうしてだろ? けだるさを感じるんだけど・・・。フルートの音色のせいだろう。 ホルンの音色で、目が覚め、キラキラ煌めきが降り注がれる。
ひんやりしたような朝の空気感ではなく、ふふ。どことなく、夜空の花火のような・・・。そんな気がする。

「朝のトリトンの噴水」
ホルンの れーれれー の合間のパーカッション群の煌びやかさは、う〜ん。これ天下一品!
こんな爽やかに、煌めきを演出できるっていうのは、すごい。 テンポは、ゆったり〜 でもミュート付きの金管の音色といい。弦の軽やかさと明るさ。 文句のつけようのないほど、光輝き、色彩が豊かで、思わず息をのんでしまった。

「昼のトレヴィの噴水」
おおっ テンポの速いこと。ティンパニーが推進力で、金管が伸びやかに吹かれている。 勢いの良いトレヴィの泉で、ぴゅわ〜っと出てくる。で、豪快に鳴っている。 特に、ぶっといチューバが迫力満点で、はあ。これほど鳴るかあ。と驚くほど。
でも、ちょっと弾力に欠けていて、どこか一本調子に感じてしまう。いっきに、のぼりつめて〜派手に頂点でシンバルが鳴る。 う〜ん。もちっとタメがあってもよいんだが。タメて、勢いを付けるというのではなく、ちょっとストレートすぎかなあ。もちろん迫力はある。 のぼりつめるまでに、既にテンポは速いので、さらに頂点を目指す時、速すぎ〜。
色彩感覚は、抜群なんだけど。勢いありすぎで若いのかなぁ。

「黄昏のメディチ家の噴水」
派手なトレヴィから、メディチ家に移ると、これ絶妙で・・・。
黄昏時の気だるさ。夕闇の魅力や妖艶さが描かれているようで、単に噴水を描写とは言えないような。
遊び人でしょ・・・と言いたくなるほどの人間模様を描いているような気がする。木管等の間合いの良さがいいのかなあ。囁きのように聞こえてくる。

「チルチェンセス」
ローマ三部作のなかで、野蛮な楽章なのだが、最初のテンポはゆったりめ。 噴水からうってかわって、いきなり、悲鳴が聞こえるので驚かされる。 ファンファーレが華麗なのだが、その反面、不協和音が鳴り響き、慟哭が聞こえる。
この差が激しい。 サウンドが太くて豊かなので、押し出しが強い。金管だけでなく、木管も、高音域が鋭く響いている。
大太鼓の音が凄いのと、ブラス部分の太く放射線状に広がるサウンドの渦に巻き込まれて、圧倒される。動物に取り囲まれたような恐怖感がある。
また、オルガンの音の凄いこと。刺激音がバンバン入ってくるし、熱狂的で、感情はストレート。
暴力的、破壊的、野蛮的でもないのだが、ちょっと洗練されているとは言い難い。
う〜ん。それがまた良かったりして。微妙な楽曲である。

「五十年祭」
巡礼の人が、聖地ローマ にたどり着いた様を描いているらしいが、ムーティ盤は、かなり厳かに奏でられている。木管と弦の蠢くような響きで、巡礼者たちの足取りが描かれている。 らーそれら れしら この響きが、人間くさい。高揚感と溜息とが混じり合っているようだ。 呟きのようなフレーズで、開放感がまだ得られていないことが解る。
でも、憧れの気持ちが強いのか、木管のフレーズや、弦のフレーズに、底強さを感じる。
デュトワ盤と同じく、パイプオルガンの音色が凄い。圧倒的に響く。
でも、その音色にのっかるオケの和音が、少し乱れているような気がする。金管の音が悪いのか、音が割れているような気がする。金管と弦と、う〜ん。濁ってるっ。
ら〜 それらしら〜 らそらみ そみど〜 3つ和音の音が、かなり重々しい。
パイプオルガンの音色が消えると、ピアノなどの鍵盤が煌めいている。
鐘がまた、ちょこっと声が悪いんだが。まっ。人間くさくて良いかな〜。

「十月祭」
人々の収穫祭での歓喜の様子が、これまた色彩豊かに、華麗に描かれている。ムーティ盤って、キラメキ感が抜群に良い。パーカッション群が強力なんだろう。弦の艶はさほど良くないのが、金管の迫力に負けず、パーカッションが大活躍している。マンドリンの素朴な響きは、ちょっとした彩りである。

「主顕祭」
かなり賑々しい演奏で、ど派手に繰り出している。思わず苦笑い。
これは、すげーっ。んじゃーじゃじゃじゃん ひやぁ〜 猛烈なテンポで、ほとんど野蛮に近いんだけど・・・ 舞曲風フレーズは、猛烈な勢いで展開しており、振り回される。長い楽曲の締めに相応しく、まあ。派手な演出で、ひとことでいうと豪華絢爛。めがまわる速さと勢いで、ホント、クラクラする。船酔いならぬサウンド酔いになっちゃった。
なんたってパーカションがすごい。音のアクセントと言い、派手さといい。
文字通り、めくるめく流れてくる音の洪水で、やられた〜!

ムーティ盤は、ストレートに感情を表出しており、気持ちが良い。情緒的ではないが、清々しい若さを感じることができる。
録音状態の良い盤が出てきているので、奥行き感が少ないムーティ盤は、ちょっと残念な気がする。
しかし、キラメキ感は他を押しのけて素晴らしく、ダントツ一位という感じ。
デュトワ盤も、華麗だが線が細い。ムーティ盤は、重量感があり、スポーティだしダンディである。
決めるところは、しっかり決めるという、ダテなところがある。やっぱ他の盤とは違って、パーカッション群が健闘している。
ここらへんが、フィラデルフィア管の面目躍如たるところで、さすが〜華麗だと言わせる一枚だ。
トルトゥリエ フィルハーモニア管弦楽団 1991年
Yan Pascal Tortelier
The Philharmonia Orchestra

こりゃ良いわ〜拍手

録音状態は良い。教会での録音のため、少し残響が多め。
雰囲気は優しく、おとなしいけれど、清潔。
個性盤が揃っているので、その存在は、地味だけど〜イメージが膨らむ演奏。

トルトゥリエ盤は、噴水 → 松→ 祭りの順番で録音されている。

「夜明けのジュリアの谷の噴水」
テンポはゆったりしているが、フルートの音色が軽やかで素直な感じで吹かれている。
教会で録音されているので、残響が多めで、余韻が楽しめて嬉しい。
朝の雰囲気のようで、清々しく、ふわ〜っとした余韻あるフルートの音色に酔ってしまう。
まだ鳥も目覚めていない様子で、静けさのなかの温かさ、ムードがある。
いささか、おとなしいが、目覚めていない柔らかな雰囲気と、泉のひんやりした空気感に浸りきれる。

「朝のトリトンの噴水」
先程の夜明け前から、軽やかできらびやかな音色に変わる。一気に変わるというより、段々・・・
冒頭は、さほど勢いがないのだが、段々とまぶしく感じられる。この描写は良いと思う。
テンポはゆったりしており、ミュート(弱音器)をつけたトランペットの音色で、鳥が鳴いている様子が描写されている。まだまだ、テンポは抑え気味。
ようやく、金管が短いパッセージを吹いたところで、光が差し込んでくる。
ホルンの音色は明るいが抑制がきいてて ほんわかしているトリトンの噴水だ。

「昼のトレヴィの噴水」
テンポは、あくまでゆったりめで始まる。デュトワ盤のような勇壮さはなく、上昇音階に入ってきたところから、ようやく勢いがついてくる。ティンパニーの大きめな叩き方で、リズムが沸き起こってエネルギッシュに変わっていくのだが、一歩一歩階段を上るというのではなく、するする〜っと上る。
まるでワルツのようで、おおっ三拍子やん。気づいた次第。
一拍目のティンパニーが大きいので、ずっしり感はあるものの、頂点でも、つんざくような鋭さはなく、オブラートに包まれたような、まろやかさがある。
ティンパニーの余韻に支えられて、金管や打楽器が鳴り、弦が奏でている。ひゅ〜ひゅ〜っと弦が奏でているが、あくまで繊細。トルトゥリエ盤は中間音域が良くきこえており、他の盤だと聞き取りづらい弦の動きが感じられる。弦は、ここでは、まるで嵐のように激しく弾かれている。

「黄昏のメディチ家の噴水」
夕暮れ時の高台から、ローマ市内を俯瞰している様が描かれているようで、黄昏のけだるさがある。
夏の夕暮れ時のような、熱っぽさも残ってはいるが、ローマの町の賑々しさと共に、聖地であることからくる静かな祈りに似た心情も描かれているようだ。
単なる町や噴水の描写というより、それ以上の情緒面も併せて描かれているように感じる。
残響と共に、楽器の間のバランスが良いようで、描写そのものは、おとなしいものの大人の情緒のバランスの良さに繋がっているようだ。勝手な思い入れかもしれないが・・・私的には好ましい演奏 。

「ボルゲーゼ荘の松」
ボルゲーゼ荘の子どもたちの楽しい遊びの光景が目に見えてくる。
子どもたちや犬が、駆け回っている様子が、多彩なパーカッション群で描かれている。
このトルトゥリエ盤の演奏は、金管やパーカッションがキツクなく、柔らかい残響を残している。

「カタコンブ付近の松」
不気味さや、おどろおどろしさは、誇張して描かれていない。
静謐感があり、カタコンベ(地下墓地)が、死者の眠る場所として尊厳されているようだ。
弦が、和音で段々と大きく膨らんで、一歩一歩近づいてくる。
死者の魂が目覚めてしまったのかもしれない。恨めしい怨念のような情ではないようだが、しかし、魂のゆさぶりを感じる。頂点に達しても、ティンパニーの一撃は、あくまでもやわらな響きである。
近づいたものの、諦めたように死者の魂が、またカタコンベに戻るのか、遠ざかっていくようだ。
テンポはゆったりめ。特にトランペットのソロが、まろやかで透明感があり、非常に美しい。

「ジャニコロの松」
揺らめくレースのような演奏である。木管の音も粗野にならないで丁寧だし、普段あまり聞こえてこない楽器の音色が、透き通った録音のなかで揺れている。
ふわ〜っとした音の重なりが、まるでレースのように透けて見えてくるのだ。
ハープも、バンダのトランペットも、奧からふわ〜っと聞こえてくる。
正面切った押し出しの強い演奏ではなく、色の違う薄い着物を重ね、重なった色彩を楽しむ。
そんな風流な楽しみを見いだせる演奏だと思う。

「アッピア街道の松」
どうやって、険しい頂点まで持っていくか。歩んでいくか。それが問われる楽曲なのだが、トルトゥリエ盤では、歩みはゆったりしている。オリエンタル調の雰囲気が、軽やかに流れてくる。
ローマに戻ってくる、中近東からの凱旋行進だろうか。
大太鼓の音色が、すごい残響を持っており、まろやかに響く。
堂々と厳めしい軍隊というより、おかえりなさい〜的な、祝祭的な喜びに満ちあふれているような感じがする。他の盤では感じなかったのだが、トルトゥリエ盤では、進軍する軍隊そのものを描いているというより、街道の沿道で待ち受けている人々の歓迎ムード・・・これをより一層感じる。

「チルチェンセス」
ローマ三部作のなかで、最も下品というか野蛮な楽章なのだが、色彩豊かに荒々しく演奏されている。
ただし・・・ 残響のためか、刺激音がまろやかにコーティングされている。
本来なら耳に刺さる刺激音ばかりが続くのだが、ほほ〜っ。と息をのむぐらい熱狂的でありながらも、華麗なのだ。
野獣たちの怒り狂った動きと、戦士たちの必死な戦いを描いており、確かに迫力満点。
もちろん、悲鳴や咆吼も聞こえてくる。文字にしようとしたら、擬音ばかり・・・
ぎゃー うぎゃー ぎょえ〜 バンバンバン!
これらの音が複合的に絡んで、大変な大格闘シーンなのだが、これがトルトゥリエ盤だと、オブラートに包まれ、美しい響きになっているのだ。この不協和音の響きが、ふわ〜っとしているんだから信じられないっ。 
教会ならではの録音効果だ。

「五十年祭」
遠くの異国から来た巡礼の人が、聖地ローマの入り口に、ようやくたどり着く。
ローマのまちを見て、ようやく着いたという、その喜びが迸っているのだが、重々しい足取りから、ローマの町を見た途端、苦難が解き放たれる。その喜びのシーンが目に浮かぶ。
まるで重い十字架でも背負って歩いているかのような苦痛が続くのだが、パイプオルガンの重低音は、ローマのまちの懐の深さを描いているのだろうか。本当に威風堂々と言う感じがする。
きっと、聖地ローマの歴史の重みなんだな〜 これを表すには、きっと、パイプオルガンの音しかないんだ。と、このトルトゥリエ盤を聴いて、はたっと気づいた次第。

「十月祭」
人々の収穫祭での歓喜の様子が、華やかに描かれている。
キラキラした色彩で、光がこぼれんばかりにあふれているようだ。弦の細やかな繊細な響きと、金管が柔らかく、煌めきを表現している。かといって、デュトワ盤のような都会的な響きではなく、舞台裏から響くホルンも素朴だし、マンドリンの響きも田舎風で、人肌の暖かさと優しさ、そして、干し草の匂いがするような木訥とした響きが残っている。

「主顕祭」
かなり賑々しい演奏で、ど派手に繰り出している。
風変わりなリズムが、極彩色に彩られて、花開いた感じがする。さすがに、ローマの三部作というより、ここでは、トルトゥリエのフランスの香りまで漂うようだ。回転するメリーゴーランドに乗っているような、楽しさがある。ちょっと時代が違うのデワ・・・とも思うのだが、微笑ましい。

ローマ三部作は、かなり個性的だし、各盤それぞれ個性があって、強烈な印象を与える。
トルトゥリエ盤は、そんな強烈な演奏スタイルではない。
直截的で、お仕着せがましい、押し出しの強い盤ではない。もちろん、個性はあるのだが、でも、なんとなーく余裕があるというか、優雅で、雰囲気が柔らかく、聴き手にとって イメージを膨らませる余地が残されているように感じる。
そのため、演奏者からの圧迫感が少なく、楽曲を聴いているなかで、自分のイメージというのが膨らませやすいような気がする。 それまで他の盤で聴いてきた際には、気がつかなかったことが見えてきたり、フレーズが、頭のなかで再構成され、映像のように見えてくるという・・・ ホント、なかなか得難い盤である。
シノーポリ ニューヨーク・フィル 1991年
Giuseppe Sinopoli
New York Philharmonic

げっ ぞっ   あんたもやるね〜


録音状態は良い。分厚いブラス主体の演奏で、硬くて、重くて、遅い。
色彩的だが、なめらかさは少なく、どちらかと言えば、直線的で、速いか遅いか極端だ。色濃く、どろっとした血流の悪さを感じる。
2枚組BOX
カップリング:
CD1 1〜12 レスピーギ ローマ3部作(噴水、松、祭り)
CD2 1〜5 組曲「鳥」、6〜9 リュートのための古い舞曲とアリア 第1組曲
    10〜13 リュートのための古い舞曲とアリア 第3組曲、14〜16 ボッティチェルリの3枚の絵 
    CD2は、オルフェウス室内管弦楽団の演奏(1991年)

ローマの泉
シノーポリのローマ3部作は、ローマの噴水→松→祭りの、レスピーギが作曲した順番で収録されている。
シノーポリさんのローマの噴水は、チョロチョロと吹き出す泉のようではなく、ちょっぴり線が硬めで、噴水というより、矢が吹き出すかのような、いかつさを感じる演奏だ。

とても、デュトワ盤のような、しなやかで、ふわっとした曲線美でない。心が癒やされるとか、豊かになる〜っていうモノではなく、まあ、なんて言うのか〜 水の煌めき感というより、どこか硬質感があり、鉱物のようだ。
リズミカルで、弾んではいるのだが、直線的な感じで、一直線に進むかのような機能的な感覚がする。
まるで、噴き出したモノが、物理的で、そのままの力学で、跳ね返って来るみたいで、はあ?
あのぉ〜 水なのだから、霧のように広がって、消えていくようなモノじゃないのかなあ?
う〜ん ボールを投げたら、倍のスピードで跳ね返ってきたかのようで〜 これでは、間欠泉のように、真上に吹き上げているだけじゃん。

おおよそ、ローマの市内で、延々と長い距離をローマ水道を経て、憩いの場に届けられた水とは、思えないなあ。(笑)
特に、真昼のトレビの泉なんぞ、速い 速いっ。
なんだか、怒っているの?という感じで、優美な彫刻から、ちょっと吹き上げた泉では、これは〜ございませんわ。
ポセイドンが怒りを爆発させているかのような感じで、三つ叉の鉾が、アタマのうえに、振りおろされているされてくるかのような怖い演奏で、アハハ〜 こりゃ違うでしょ。
まあ、劇的と言えば劇的だが、ギリシャ神話の神々(いや、ローマの神々)がお怒りになって、暴れているかのようで〜
これじゃー空中戦でしょうが。アハハ〜 笑いすぎて涙が出てきそう。

ローマの松
まあまあの描写なのだが、無風状態のなかで、カタコンベの松は、むわっとした感じだし、ジャニコロの松は、熱帯夜にナイチンゲールが啼いているようだし、う〜ん、重苦しい空気感が漂っている。
特に、アッピア街道の松は、超遅めのスピードを取っている。
足取りが重すぎて、うわぁ〜 なんだこりゃ。ローマ軍の行進、進撃というよりは、始まりは亡霊のごとく進む。
段々と、スピードをあげるのかと思っていたのだが、堂々としたかったのだろうが、どうも、ドンドンと響く大太鼓のボリュームが大きすぎ、重すぎて、なんだか変。金管とのバランスが悪いようだ。
これ、ミキシングの失敗なのではないだろうか。

ローマの祭
う〜 これは、硬くて豪快すぎて笑えてしまった。色彩感に乏しく、響きがイマイチ広がらず、硬質的。
で、大衆のハチャメチャ感を出したかったのだろうか、一大スペクタルのような通俗的な雰囲気になっている。
どうも、バリバリの金管が咆吼しすぎて〜 お世辞にも上品、上質な感じは受けない。
音の処理が、籠もっているのか、ヌケが良くないのか〜 もう少し速めのテンポで、スポーティに行けば良かったのかもしれないが、旋律が団子のように聞こえて、ぐぐっと重くて、重量感ありすぎて、ぬるく感じられた。
ここの金管は、どうなんだろう。弦もなあ〜 ちょっと。

もともと、幾重にも重なった重量級のある楽曲なのだが、そこに、濃い演奏で彩られると、さすがに、うぷぷ。
もう少し見通しの良い演奏って、できなかったのだろうか。
特に、五十年祭のパイプオルガンの音圧は、すさまじい。破壊的で、通俗的で、そう思って聞くと個性的でいいのだが〜
急にテンポを変えるのは、やめて〜って感じるし、音が硬すぎて、聴き疲れする。
全体的に、どろっとしており、これでは重すぎて、さすがに、旋律が流れていかず、滞っているように感じられる。
血流が悪くて、どっか、病気になりそうだ。
ちょっと、お世辞にも巧いとは感じなかったし、荒々しく、音のバランスが悪く、緻密さも感じないし〜
ワタシ的には、どうもいただけない。

  ガッティ ローマ・サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団
(ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団) 1996年
Daniele Gatti
L'Orchestra dell'Accademia Nazionale di Santa Cecilia
(Santa Cecilia National Academy Orchestra Rome)

ばっちグー!

録音は良い。少し残響が多めで、マイクが遠いように感じる。
少し音量をあげて聴きたい。
明るく艶っぽい音色で軽め。ドンドン、バンバン豪快に鳴らないので、不完全燃焼しちゃう人も多いかもしれないけれど、じっくり聴いてみたい方には超お薦め。

ガッティ盤は、祭り→ 噴水→ 松の順に録音されている。

ガッティ盤は、意表をついて驚くことに、阿鼻叫喚の「ローマの祭り」から始まる。
 え〜っ いきなり「祭り」からかぁ〜っ。うっそ〜っ。
ひぇ〜 度肝を抜かれてしまった。たいてい、3部作と言えば、軽快な噴水か、静かに始まる松なのである。う〜ん。この並びは、どいう意図なのだろう。よくワカランなあ。

で、度肝を抜かれたのは、3部作の並びだけで、意外とおとなしく、はぁ?
録音のせいか、奥行きがあるというよりも、輪郭鮮やかに前に出てきていない。
ブラスの重厚さが感じられず、重い筈なのに、音の重みがダイレクトに届いてこない。 う〜。どうなっとるんじゃ。
弦部も、まどろっこしいほどに聞こえてこない。えっ ヴァイオリンは、どこへ行ったんじゃ。
靄が掛かっているというわけでもない。どこか、引っ込んでしまっているようで、う〜ん。
マイクが、ホールのずーっと後ろにあるような感じなのだ。
えぇ〜 これはイカンぜよぉ〜 と、聴き始めた当初は、喚いてしまった。
でも・・・ 聞き進んでいくと、はたっと気づく。
ホールの中央から後ろで聴いている感じで、段々と耳が慣れてきて、は〜ん。なるほど。
奥行きが、心地良くなってくるのだ。このガッティ盤のローマの祭りは、ホント、聞き疲れない。 立体的というか奥行き感が、ものすごーく広い。この音響のクセに慣れちゃうと、う〜 唸るような心地よさ。

演奏は、原色傾向ではなく、わりとすっきり脂ぎらず、切れを感じる。
ガンガン、バンバン、ドンドン 豪快さが売りのローマ3部作だが、ガッティ盤は、しっとり艶っぽい。
強奏するのではなく、中音域や弱音部分に焦点があたっている。
音量のコントラスを強くするのではなく、しっとりと歌いあげることで、なだらかに演出されている。
で、歌い方も、かなり丁寧だと思う。弦部が弱いと感じるのだが、じっくり聴くと、もちろん弦しか鳴っていないところもあるわけで、本数が足らないわけじゃーないだろうが、まあ。こんなモノかなあ。
ローマの割には、ちょっと弦や重みが薄い感じは否めないが。

しかし、祭りで、これほど、すんなり聴けるというのも珍しいことも確かで〜 
たいてい、他の盤は、アクが強く、脂ぎっており、音量が大きい。(もっとも、そういう楽曲なのだが)
で、阿鼻叫喚の音響の坩堝と化している。

しかし、このガッティ盤は、迫力を求める方は絶対ダメだろうが、一度、じっくり聴いてみようか。という方には、耳を立てて聴いてみる値打ちはあると思う。
バンダ(舞台裏演奏)も、ホールで聴いているように、奥行きがあるし、しーんとする静寂感を漂わせた雰囲気、「十月祭」でのマンドリンも聴きどころ。

絵で言えば、原色、ゴテゴテの油絵ではなく、印象画風のタッチというか、少し点描風というか、いろんな絵の具の色を使っている。 で、筆致は、やわらかいくせに、きっちり。ちょっと遠目から見ると。ふむ。なるほど〜よく書き込んであるな。って感じがする。
さらり〜と中間色で、中庸的に仕上げてある。
(ちょっと彩度は落としてあるが、充分に色彩的なのだ。この不思議感にハマル)

松も、噴水も、他の盤とのアプローチは異なっており、静寂さに焦点があたっており、ナイチンゲールも聴きどころ。噴水も、色彩感で煌めいているというより、彩度を落として、光や水の粒を、じっくり味わってください。という感じで演奏されていう。
イメージを、聴き手に委ねる感じで、じっくり聴かせてくれる。想像力をかきたてられるところもあり、はあ〜ん。なるほどなあ。そうアプローチなんだ。と、ようやくわかるって感じ。
(ちょっと反応が鈍いワタシ)
これは、また聴かないと・・・。いや、何度も、スルメのように味が出そう。
また、また、また、聴かせていただきたいと思う盤である。今度、トルトゥリエ盤と聞き比べてみることにしよう。
  マゼール ベルリン・フィル 1958年
Lorin Maazel
Berliner Philharmoniker
(Berlin Philharmonic Orchestra)

いかすぜっ

録音状態は、58年と古いので芳しくない。しかし、気迫負けちゃう。
カップリング:レスピーギ「ローマの松」、ムソルグスキー「禿げ山の一夜」、R・コルサコフ「スペイン奇想曲 」

「ローマの松」

若い時のマゼールさんの指揮で、当盤は、「ローマの松」のみ収録されている。1958年の録音っていうから、28歳頃の演奏である。若いっ。で、後に、クリーヴランド管弦楽団、ピッツバーグ交響楽団と収録している。
実は、クリーヴランド管のCDを聴こうと棚を探していたのだが、見つからず、ベルリン・フィル盤が出てきたってワケだ。

「ボルゲーゼ荘の松」
テンポは速めで、付点のリズムも軽快で、カシャカシャっと響く打楽器、ミュート付きの金管。
弦の細かいフレーズが力強い。金管の精緻なフレーズが煌びやかで、スパークしてる。
う〜 こりゃ すごいわ。シャカシャカシャカ シャーンっ!
58年の録音だから、録音状態は良くないんだけど、この気迫っていうか、鬼のように迫ってくる。
それも、超前のマエノリで、スピードあっぷっ。
最後にかけて、ますますパワーアップして速度を増していく。
ひぇーっ 音符が火が噴いているっ!

「カタコンブ付近の松」
ブキミな響きで彩られており、地面から水蒸気が湧き起こってくるかのような神秘性がある。
「らしどし しぃ〜 らしそ みぃ〜」 低弦の響きと、奥の方で鳴る銅鑼が、すごく怖い。
「そらし どしし しぃ〜 らしそ みぃ〜」「そふぁみ みぃ〜」「れみみ〜」
「みふぁみれ れ〜どれ れ どふぁみそふぁみ れみど らど れぇれ〜」
ホント、奥で鳴ってくる音にならないような銅鑼の響きが、凄い。
「みぃ〜 どらしど しら しぃ〜ら そそぃ〜 そしれ そぉ〜ふぁみふぁ〜 み れぇ〜 そぉ〜ふぁみ・・・」
と続く音のフレージングにもキレがあり、しずかーに、静かに沈む木管のフレーズが、それに乗る。
「弦が、木管が吹かれているなか、奥から響く、弦と銅鑼の響きが、かなりブキミだ。
まあ、カタコンブって地下墓地なんだから、湿気のある不気味さがあって当然だが、木管フレーズの柔らかくて優しい音色に、ふっ〜っと。天上を仰ぎたくなる。

「そらしどし し しぃ〜 らしそ みぃ〜」 「みみみみ みみ みれ みみ そみ〜」と畳みかけてフレーズが、益々怖さを増長して、ティンパニーが、ガツンと叩かれる。
「みみみみ みみれ みみそみ・・・」
金管の穏やかでありながら、キッパリっとした吹き方が、凄くツヨイ、畏れおののいてしまうほど。
まあ、それにしても低音の響き、銅鑼の不気味さが、おどろおどろしく、心理的な圧迫感を醸し出す。

「ジャニコロの松」
ごわぁぁ〜ん。銅鑼が鳴り、静謐な音の響きのなかでピアノが鳴ってくる。地面から水蒸気が湧き起こってくるかのような神秘性、そしてナイチンゲールの歌声。
「そぉぉ〜 み〜れぇ〜そ らそみ そ ど〜しぃ〜 そみれみ そぉ〜」
温かみも持っているが、それと同時に、銅鑼が静かに響き、どす黒い暗黒の闇のような深みがあり、グロテスクさも持ち合わせている。
冷たいというよりは暖かく、木管の歌い方も、透明度が高い。
しかし、煌めきのある硬さと、柔らかさが、複層的に流れていく。
この、太い音と硬くて細い糸が、同時に感じられて、寄り合わさってフレーズを構成していくのが、見えるようだ。分散和音の響きのなかで、高音域の音が、すわーっと上空を飛んでいく。
う〜ん。鳥の鳴き声は、実録だろうか。ホンモノの鳴き声をかぶせてあると思う。
オーボエの音が、ちょっぴり古風な感じを思わせるが、総体的には、響きに、ふくよかさがあって〜
58年の録音という録音の古さを忘れさせてくれる。 
こんな音楽だったんだ、カタコンブの松って・・・。とっても驚いちゃった。

「アッピア街道の松」
硬めのアンサンブルで、遠くから凱旋してくるローマ帝国軍の足音が聞こえてくる。
コブシ回しが控えめなのでオリエンタル風味は、薄めだが、ハイ、頂点の権力者が、厳めしく攻め上ってくる描写は、やっぱ強烈。
足腰の強いパワーがあって、前面に出てきており、奥行き感や音の広がり感は少ないので、平板に聞こえてしまうが、録音状態はまずまず良い。
へえ〜 これが58年とはホント思えないなあ。と感心しちゃった。
たっぷりした余裕のある響きは望めないし、気品の漂うアッピア街道の松ではないが。迫り来る迫力には申し分ありません。タイトにカッチリと演奏された、昔のマゼールさんの演奏。

1953年 トスカニーニ NBC交響楽団  
1976年 ランベルト・ガルデッリ ロンドン交響楽団(噴水・松のみ) EMI  
1980年 スヴェトラーノフ ソヴィエト国立交響楽団 WJ ★★
1982年 デュトワ モントリオール交響楽団 ★★★★★
1984年 ムーティ フィラデルフィア管弦楽団 EMI ★★★
1991年 トルトゥリエ フィルハーモニア管 Cds ★★★★★
1991年 シノーポリ ニューヨーク・フィル G ★★★ 
1991年 エンリケ・バティス ロイヤル・フィル Naxos  
1996年 ガッティ ローマ・サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団 ★★★★
「ローマの松」のみ
1958年 マゼール ベルリン・フィル ★★★
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