「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

武満 徹 作品集
Takemitsu: Works


ピーター・ゼルキン 武満徹:ピアノ作品集
Peter Serkin

さっぱりワカラン  ← 曲自体がわかりません。

1〜2 リタニ (マイケル・ヴァイナーの追憶に) (1996年)
3〜5 遮られない休息(1978年)
6  ピアノ・ディスタンス(1978年)
7  フォー・アウェイ(1978年)
8  閉じた眼 〜瀧口修造の追憶に〜(1981年)
9  雨の樹素描(1994年)
10 閉じた眼U(1994年)
11 雨の樹素描U (オリヴィエ・メシアンの追憶に) (1994年)
このCDは、P・ゼルキンさんの武満徹ピアノ作品集である。
ワタシ的には、超苦手のタケミツさんの作品が収められたもので、いつ聴いても、どうもダメなのだ。
この曲は、慌ただしい日常の生活から離れて、聴かないと、どうもダメなような気がする。
京都のお寺の庭でも拝観して、じっくり、縁側に座って聴くのが、イチバンふさわしい気がするが〜
そういう時間は貴重だと思うもの、創りだすことができないでいるし、夜に聴くと、ふ〜っと、心が寂しくなってしまう。

気を紛らわすようにして聴く、音楽ではないことは解る。
気を紛らわすようにして深夜、TVをみているようでは、ダメなのだ。
そんな人では、これは、解らないんだろうなあ。と思いつつ、苦笑しているだけでは〜 これも、ダメなんでしょう。
とても内省的で、耐えがたくなってくる。
表現しようとする言葉が綴れないし、詩でないといけないような気になってしまう。
整然としすぎてて、ストイックで、雑多な言葉では、ダメだという気がするので詰まってしまう。
日常の生活からは、遊離しているような、全く見たことのなうような別の世界のようで〜 ちょっと怖いような気がする。

ただ、雨粒のように聞こえる音は、ラヴェルのピアノとは違う。でも、どう違うのか、まだ言葉が見つからない。
日本人ならではの感性が凝縮しているように感じるのだが、まだ、ワタシには、わからないようです。

若杉 弘 東京都交響楽団 1994年
第2オーケストラ:指揮 沼尻竜典
オーボエ:本間正史
トロンボーン:クリスチャン・リンドベルイ

さっぱりワカラン  ← 曲自体がわかりません。

カップリング:
1〜4 ジェモー
5 夢窓
6 精霊の庭
このCDは、「武満徹 オーケストラのための作品2」とタイトルされたもので、1994年7月25日〜29日池袋の東京芸術劇場で、作曲者の監修による録音って記載されている。

今日は、主にジェモーを聴いた。
1972年〜86年にかけて作曲された オーボエ、トロンボーン、2つのオーケストラ、2人の指揮者のための〜と、サブタイトルのある「ジェモー」なのだが、実際には、聴いても、どうも〜
楽曲自体、何が言いたいのか、何を表現したいのか、さっぱり、ワタシの感性では・・・ う〜ん。わかりません。

CDのブックレットには、作曲者ご自身のコメントが掲載されてて〜 そこから、少しピックアップして掲載させていただくと、このジェモーは、サントリーホールの開館記念のための委嘱作品として86年10月に初演されている。
2つのオーケストラ、2人の指揮者ということもあって、初演後あまり演奏されておらず、ラトルさんがエディンバラで、ケント・ナガノさんがバークレーで演奏したぐらいだそうだ。
また、71年に着手され、オーボエのホリガーさんと、トロンボーンのヴィンコ・グロボカールさんを独奏者として、2つの空間的に離れれて位置するオーケストラのために構想されたと書いてあった。
(なぜ、ホリガーさんなの?)

夢窓は、京都信用金庫の委嘱で、京都の庭に想を得て、夢窓禅師に因んだタイトルだそうだ。
また、精霊の庭は、岐阜飛騨古川町の委嘱だそうだ。でも、初演は、作曲者としては正直、満足しかねるものだったが、このレコーディングでは同じ演奏者が、素晴らしい演奏を聴かせてくれている。とのことだそうである。
はあ〜 ハッキリとモノを言われる方なんだなあ。と思ってしまった。書くかなあ。こんなこと・・・。ブックレットに・・・。

で、ジェモーという意味は、双子座 瀧口修造さんの詩集「手づくり諺」におさめられた、きみの目、君の掌、きみの乳房、きみはひとりの雙子だ という寸言からヒントを得たそうである。
人間は、いつもこの詩にあらわれた二重性を生きている。武満は2つの間に不動の均衡をはかるのではなく、2つの間に起こる永久運動を想像しようとする。そして、これを1種の恋愛劇として、類似する2つのオーケストラで表現したのがジェモーなのである。・・・と、ブックレットの解説には書いてあった。

はあ、さっぱり〜 わからない。日本語で書かれてあるのだが、どうも意味は理解しがたい。
4つの楽章に分かれてて、CDでのクレジットでは、
1 ストロフ strophe 6分58秒
2 ジェニシス genesis 9分
3 トレーセズ traces 6分17秒
4 アンティストロフ antistrophe 7分45秒 となっている。

あまり馴染みがないので、ウィキペディア(Wikipedia)で調べてみたら
「ふたごの恋愛劇」は愛により合一を果たす、を表現しており、ふたつのもの、時に相反するものが愛により帰一する、分化と合一のプロセスを音楽により描いたものである。
ステージには男性を暗示するトロンボーンと女性を暗示するオーボエの独奏を配置し、それぞれに独立した指揮者とオーケストラを伴奏にあてるという、珍しい構成。そのため、演奏される機会は少ない。とあった。

はあ? 一応、30分の曲を聴いてみたんですけど。ちんぷんかんぷん。
世界に誇る作曲家なんでしょうが、この方は、別世界の方のようで、凡人のワタシには、さっぱりわかりませんでした。
だから、いい演奏なのかも、ハテナ? 
ブックレットには、オケの配置まで書いてあるんですけど〜 聴衆にとっては、どうなんでしょうねえ。2人の指揮者に、2つのオケで、演奏する方も聴衆も、戸惑うかも知れません。
クラリネット:リチャード・ストルツマン 1992年
尾高忠明 BBCウェールズ交響楽団
タッシのメンバー

さっぱりワカラン  ← 曲自体がわかりません。

カップリング:
1 ファンタズマ/カントス(カントゥス)(1992年)
2 ウォーター・ウェイズ(1978年)
3 波(1978年)
4 カトレーンU(1978年)
このCDは、ファンタズマ/カントス 武満徹作品集と題されたもので、カップリングは、次のとおり。

1 ファンタズマ/カントゥス Fantasma/Cantos
  クラリネット:リチャード・ストルツマン
  尾高忠明 BBCウェールズ交響楽団 1992年
2 ウォーター・ウェイズ Water - Ways
  タッシ 
  ピアノ:ピーター・ゼルキン クラリネット:リチャード・ストルツマン ヴァイオリン:アイダ・カヴァフィアン
  ハープ:バーバラ・アレン、ナンシー・アレン ビブラフォン:デヴィッド・フロスト、リチャード・フィッツ
  バスドラム:デヴィッド・フロスト
3 波 Waves
  クラリネット:リチャード・ストルツマン フレンチ・ホルン:ロバート・ルッチ
  トロンボーン:ドナルド・ボラー、リチャード・シャンバーラン 
4 カトレーンU Quatrain II
  ピアノ:ピーター・ゼルキン クラリネット:リチャード・ストルツマン
  ヴァイオリン:アイダ・カヴァフィアン チェロ:フレッド:シェリー

武満作品を聴いても、どうも、さっぱりわからない。何度も一応は耳に馴染ませようとしているのだが、全く聴けていない。
このCDは、クラリネット奏者のストルツマンさんのために、作曲されたファンタズマ/カントゥスを収めたもので、その他は、タッシのメンバーが、以前出していたCD 78年録音を再度収録したものだと思う。

あちこちのサイトを放浪させていただくと、タッシ(Tashi)の活動のことを知ることができるが、なんでも、メシアンの「世の終わりのための四重奏曲」を勉強する為に、1973年に、ピーター・ゼルキン、リチャード・ストルツマン、アイダ・カヴァフィアン、フレッド・シェリーさんたちが、「タッシ」というグループを結成したのだそうだ。
武満さんは、小澤さんを通じてこのグループと知りあったらしく、「タッシ」のために1975年に「カトレーン」を、1991年に、ストルツマンのために「ファンタズマ/カントス」を作曲しているそうである。
残念ながら、ワタシは、このグループのことを、リアルタイムでは知らないし、武満さんとストルツマンとの親交も、存じあげない。
また、こうやって、CDを拝聴しても、う〜ん。難しい。
ファンタズマ(Fantasma)は、イタリア語で亡霊の意味だというし、カントス(カントゥス)(cantos)は、歌だし。
はあ、亡霊の歌ってことか、うへっ・・・。
というわけで、一応、聴いてはみたのですが、う〜ん、と唸っただけで終わってしまった。スミマセン。
1978〜96年 P・ゼルキン 武満徹:ピアノ作品集 ★★★
1994年 若杉 弘 東京都交響楽団 Denon ★★★
1978〜92年 リチャード・ストルツマンなど タッシのメンバー 尾高忠明 ★★★
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