「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

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バーバー ヴァイオリン協奏曲
Barber: Violin Concerto


バーバー(Samuel Barber)は、1910年生まれのアメリカの作曲家です。
弦楽のためのアダージョが特に有名ですが、ここでは、ヴァイオリン協奏曲について・・・。
ウィキペディア(Wikipedia)を元に記述すると

作風は、同世代のパリに留学したアメリカ人作曲家、コープランドやカーターなどとは違って、モダニズムや実験的姿勢に走らず、和声法や楽式において、かなり伝統に従っています。
豊かで華麗な旋律が特徴的で、新ロマン主義音楽の作曲家に分類されており、同じくイタリア留学組のハワード・ハンソンと並んで、「最後のロマンティスト」と評されます。
しかし、このヴァイオリン協奏曲のフィナーレにおける無調は、現代的な要素が皆無というわけではありません。
他に、交響曲が2作、協奏曲では、このヴァイオリン協奏曲、チェロ協奏曲、ピアノ協奏曲があります。
ヴァイオリン協奏曲(作品14)は、1939年に作曲された協奏曲です。

1楽章 ト長調 Allegro
2楽章 ホ長調(ただし嬰ハ短調が支配的) Andante
3楽章 イ短調で終止するが概ね無調(無窮動によるプレスト) Presto in moto perpetuo

20世紀に入ってからの作品ですが、とろけるように甘い濃厚な楽章と、無窮道の速いパッセージをクールに駆け抜けて行くラストと、甘さとクールさの両極端を楽しみ、そして技巧を聴くという、聴き手にとっては大変美味しい作品です。

  アン・アキコ・マイヤーズ クリストファー・シーマン ロイヤル・フィル 1988年
Anne Akiko Meyers  Christopher Seaman
Royal Philharmonic Orchestra

ほぉ〜良いヤン

録音状態はまずまず。ちょと、ソフトフォーカス的で、オケの方が靄がかかったように聞こえるが、ヴァイオリンは、少し線が細めだが美しい。
カップリング:
1〜3 バーバー ヴァイオリン協奏曲
4〜6 ブルッフ ヴァイオリン協奏曲
1楽章
アン・アキコ・マイヤーズさんは、1970年生まれだから〜 まだ二十歳前の演奏ってわけである。
まだ、この頃は、バーバーのヴァイオリン協奏曲って、さほど録音されておらず珍しかったように思う。もちろん録音盤はなかったことはないのだが、93年に録音されたシャハム盤から以降は、少しずつ数が増えていったし、 99年に録音されたハーン盤が登場すると、いっきに市民権を得たという感じで、メジャーになったのではないだろうか。
ワタシは、バーバーは、弦楽のためのアダージョをまず聴いて、そして、ヴァイオリン協奏曲を聴いたように思うのだが〜

「み〜れどれみ ふぁれし〜そらふぁ〜 ふぁそらふぁし〜 そらふぁどらふぁし〜」
ヴァイオリンと弦の響きが、柔らかく、ふわ〜っと幻想的に甘美に歌われる楽曲で、近代の作品とは思えないほど、ロマンティックな香りがする。で、とても親しみやすい。また、女性のヴァイオリニストに弾いてもらうと、 より一層芳しい香りが充満するようで〜 (ワタシは一応女性なのだが、それでもねえ〜 クラッとは来ちゃう)
この曲を聞き始めた時に、大変お世話になった盤である。

ヴァイオリンは少し線が細めだが、大変伸びのある音で、爽やかに、甘いだけではなく、切なく、ふあ〜っとした憂いや翳りが出ている。遅れてきたロマン派的な、退廃的で爛熟した世紀末的な香りのするアプローチで、 二十歳前の女性が弾いているとは思えないほど、妖しげで、とても驚いたものだ。
オケの方は、もう少し内声部が欲しいとか、オケとヴァイオリンの旋律の受け渡しを、しっかりして〜とか、木管や弦のフレージング、特に語尾が甘いな〜とか思うところも・・・。

2楽章
オーボエや弦のフレーズが、もわっ〜とした甘い気怠いフレーズを奏でる。
「ふぁそらぁ〜 し〜ら そ〜みれ れぇ〜 ふぁれどぉ〜 どしれ〜しら らぁ〜」
「ふぁしど れぇ〜どしら どらそ そぉ〜 どぉ〜らそ しみそぉ〜 らぁ〜 れれぇ〜 みふぁみ〜そ〜ど どぉ」
録音が、少しフォーカスが甘めで、遠く、もわっとしているのだが、この2楽章を聴くと、気怠い雰囲気があって良いかもしれない。(もちろん、クリアーの方が良いに決まっているけど)
ホルンの音色が、霧に包まれた港のようで〜 どうもワタシのイメージが違うんだけど。
長い序奏のあと、ヴァイオリンが、思いを断ち切るように、そのもわっとした空気を静かに払いのけていく。
とても高いフレーズなのだが、のびて行くときの声の震え、低音に落ちてきた時の声が、安定しているので、安心して聴ける。もう少し、クールで、最後の声まで振り絞って欲しいな〜という感じがしないでもないけど、たっぷりと歌っている。
さすがに妖艶とはいかないのだが、いやらしくなく清潔だ。

3楽章
無窮動の楽章で、速いのだが、オケが緩すぎ〜 ソフトフォーカス的な録音が気になるのと、ヴァイオリンが、オケに埋もれそうになっているところもあり、 そこが悲しい。
せっかくの幾何学的模様が、うかびあがってこない嫌いがあり〜 う〜ん。少しもったいない感じがする。また、快速ではあるのだが、一様に弾かれてしまうと、ガシっとしたインパクトが少なくなるので、 どこかに、アクセントが欲しいようにも思う。
スタッカート部分には、やっぱり、力を込めて、カンっカンっ カンっと、切ってくれないと、乗れるリズムが形成できないし、聴いている方にも伝わらない。 もっと前に、体重が乗ってこないとスピードもあがらないように思う。
って、ど素人が言うのも変ですけど・・・(笑)

  フー・クン ボートン イングリッシュ弦楽オーケストラ 1992年
Hu Kun 胡坤
William Boughton
English String Orchestra

まっ こんなモン

録音状態はまずまず。オケが薄めだがヴァイオリンは上品に乗っている。最終楽章は、ちょとテンションが低い〜かな。
カップリング:バーバー ヴァイオリン協奏曲、バーンスタイン セレナーデ

1楽章
チェロとヴァイオリンの響きが、冒頭から、ふわ〜っと幻想的な甘美な音で流れてくる。
「み〜れどれみ ふぁれし〜そらふぁ〜 ふぁそらふぁし〜 そらふぁ そらふぁしそど〜」
「らしそ らふぁみ〜 れれふぁふぁ〜 そそらし〜」
「らそらしど らふぁれみど〜 らふぁれみど〜ど〜 らふぁれみど〜 み〜」
いつもの序奏部分や主題の提示部分っていうのがない。で、かなり印象的な響きで、絡みつくような調べで始まっており、いきなり抒情的なフレーズが流れてきて、やられてしまうことになっている。

中国人のフー・クンさんの ヴァイオリンの音色と共に、バックのオケの音色 特に、低弦のチェロの甘い「れしそらふぁ〜」という合いの手や、ホルンの「ほわ〜っ」とした響きが、一体となって、いきなりカラダを包まれる。
また、バックの弦が、喉を振るわせて揺れながら半音階でのぼっていく。
「ふぁ〜そ〜ら〜(そ〜)〜し ど〜れ」 途中、ちょっと裏返った音に(不協和音なのだが)、聞こえるところなんぞ、背筋がすーっとするほど甘美に聞こえる。こりゃ凄い。 蜃気楼のように、すっと立ち上って消えてしまう。

ところどころ、ゲンダイオンガク風ではあるが、音が上昇するフレーズは、上にのぼると消えるって感じ。
す〜っ す〜っと、風が吹いては、上に舞い上がっていく。
途中、「れ〜 どれれどれみふぁ〜」 と、悲痛な音が入って下降線を辿るが、あまり続かない。
「どれ みそっ それ れふぁ ふぁどっ〜」 木管のフレーズ ちょっと出だしが、ずっこけている。
オケは、室内オケらしく、ちょっと薄めの響きで豪華には鳴らず、繊細で儚げな1楽章であれば、さほど気にならないのだが、しっかり聞き込んでくると金管や弦のアンサンブルは、ちょっとイマイチだ。
その分、ティンパニーが豪勢に鳴ってくる。ほほ〜っ これで迫力を出そうって計算だろうか。で、この計算は間違っていないと思う。結構、大きく鳴っており迫力があり、締まりが出ている。 ソロヴァイオリンは、高音域の音色とノビの良さが勝負って感じである。
フレーズも自在に揺れているが、必ずしも、縦糸がしっかり合っていないと気持ちが悪い。という楽曲ではない。
むしろ、横糸主体の流れだし、音量や上下の揺れが生きてこないと面白みに欠ける楽曲のようだ。

2楽章
弦とオーボエの絡みで始まる。「ら〜 しらしら〜 ふぁら〜」
「ふぁそら〜 らし〜らそみれれ〜 ふぁれど〜しれしら ら〜」
ふぁしどれ〜どしら どそそ〜 ど〜らそしみそ〜 ら〜れれ〜 みふぁみ〜そ〜」
「らしど ら そそみれれ〜 れふぁれど どしれしら〜」
ヴァイオリン協奏曲というよりは、室内楽に近いし、弦楽のためのアダージョと同じ雰囲気を持っている。
ホルンが、オブラートを包むように鳴っている。
ヴァイオリンソロが「れ〜ふぁしれふぁどしれふぁらみれふぁらどそ・・・」と、音が続き、頂点でトレモロを奏でてたあと、トランペットが「どどれれ〜ふぁふぁどし〜」と、ファンファーレ風に短く鳴る。
これを境にして、ちょっと悲しみが下降線を辿る。フレーズが上に行ったり、下に下がったり、 ゆったりと、のぼりくだりしながら、繰り返される。
弦楽の響きが主で、ソロヴァイオリンが、そのフレーズを代表して奏でているという感じ。
で、渾然一体となって響く。このバーバーのヴァイオリン協奏曲は、オケとソロヴァイオリンが、技を競っているという楽曲ではないので、まったり〜  クンさんのヴァイオリンも、フレーズのなかに溶けていったり、浮いてきたりしている。
高音域のノビも音色も、充分綺麗である。

3楽章
前の1楽章、2楽章とは、うってかわって・・・ 無窮動の楽章で、同じ音型で、超メタリック系の楽曲となっている。
で、ここはテクがモノを言うところ。
ティンパニーが鳴って、「タっタタタタタ タっタタタタ・・・」
「ししふぁふぁふぁ れれれ そそそ れみれみ ししし ふぁふぁあ れれれ れみふぁ」
↑ 音がとれないので、雰囲気だけ。
前の楽章の横主体の流れから一転して、垂直に切り立った崖状態ですわ。で、クンさんのヴァイオリンのテクは、よくわからないが、ワタシ的には、無機質的には鳴っているが、超メタリック系の響きでもないし、しなやかに弾力ある無窮動でもなく、ちょっと中途半端に感じる。 ヴァイオリンの音が、遠く、埋没しかけているように感じたこと。 オケも、金管の音色が派手に響いているものの、勢いが無いこと。 もっと、つき詰めた、きーっとなるぐらいのテンションが欲しいかな。
テンポが、ちょっと遅めで、密度をもっと圧縮して欲しいな〜と思ってしまった。
まっ いうなれば、長期休暇をとって海外に行って、別世界でとろり〜と休養した後、東京、ゲンダイ社会に戻り、地下鉄に乗って雑踏のなかに埋没し、携帯電話とCPに振り回され、デスクで焦燥する。
そんな雰囲気の最終楽章なのだ。だけど・・・もう少し派手にならして欲しいという気がする。

  シャハム プレヴィン ロンドン交響楽団 1993年
Gil Shaham
André Previn London Symphony Orchestra

こりゃ良いわ〜拍手

録音状態は極めて良い。安定感があり、しっとりと歌いあげる。決して大仰ではないし、振幅の度合いも中庸的だが、楽章によって姿を変える。
カップリング:
1〜2 バーバー ヴァイオリン協奏曲
4〜6 コルンゴルト ヴァイオリン協奏曲
7〜10 コルンゴルト 組曲「空騒ぎ」〜ヴァイオリンとピアノのためのシェイクスピア劇への付随音楽〜
1楽章
「み〜れどれみ ふぁれし そらふぁ〜 ふぁそらふぁし〜 そらふぁ そらふぁしそど〜」
「らしそ らふぁみ〜 れれふぁふぁ〜 そそらし〜」
「らそらしど らふぁれみど〜 らふぁれみど〜ど〜 らふぁれみど〜 み〜」
イチバン安定しているのが、シャハム盤ではないかな〜って個人的には思う。
ひぃ〜っと悲鳴を上げて歌い出すわけでもなし、幻想的で甘美な世界が、目の前に、いっきに広がるわけでもない。
バーバーのこの楽曲に、どっぷり浸かりって、浪漫派の名残のような世界を堪能したければ、ちょっと肩すかしを食らうかもしれない。 しかし、大変美しい演奏で〜 惚れ惚れしてしまった。

バーバーのヴァイオリン協奏曲は、絡みつく調べが冒頭に置かれており、最初に聴くと、のっけから、やられてしまう。
でも、何度か、この楽曲を聴いていくと、シャハム盤には、そんなに甘味料は含まれていないことに気づくはず。
結構、素っ気ない盤になるのかもしれない。
この楽曲、フレーズだけでも、結構甘い。で、下手すると、ちょっと、タメをつくりすぎる傾向が見受けられる楽曲なのであるnでも、オケのプレヴィンさんと共に、かなり手慣れた大衆性を持ち合わせており、ベタベタに塗りたくる風ではない。語尾に、 わりとメリハリがついており、すっぱり〜 さっぱり〜 ゲンダイ音楽風に仕上がっているように思う。大仰に、大上段に構えず、派手にもなっていない。
1楽章は、中音域の響きが主となっているので、シャハムさんのヴァイオリンは、開放的に、ゆったりと響いている。まろやかだ。オケも、オーバーアクションでもないし、控えめだと思う。
中音域から、す〜っと立ち上っていくフレーズも、安定していて、背筋が、ぞっとするほどの冷気は感じられないけれど、暖かみのある響きで彩られ、ほんわかするほどである。
この点、ちょっと〜丸みがありすぎるかなあ。と思うが、シャハム盤では、このアプローチなのだと思う。
「れ〜 どれれどれみふぁ〜」と下降線を辿るところでも、安定してて、ある意味凄みは感じられない。
オケでは、たら〜ら ららら〜 と、わりと心地良いアクセントがついており、民俗調っぽいフレーズも見受けられるが、総体的には、熱気や粘りは見られず、あっさり風味で安定している。

2楽章
「ら〜 しらし〜ら ふぁら〜」「ふぁそら らしら〜 そみれれ〜 ふぁれど〜 しれ〜しら ら〜」
「ふぁしど どれ〜どしどしら ど〜らそしみ そ〜ら〜れ みふぁみ〜そど〜」
ヴァイオリン協奏曲というよりは、弦楽のためのアダージョと同じ雰囲気を持っている楽章で、オーボエと弦が絡みつくフレーズで始まる。
この楽章の方が、かなり幻想的で、シャハム盤では、1楽章より印象に残った。
ホルンが、全ての雰囲気を包みこむように鳴って おり、ふわ〜っとした幻影が漂うような、別世界になっている。不安げで儚げに奏でられるオーボエの音色には、たいてい、やられる。
そこに、どうヴァイオリンが添っていくのか。聴きどころであるが、特に、ヴァイオリンソロが「れ〜ふぁしれふぁどしれふぁらみれふぁらどそ・・・」と、音が続き、頂点でトレモロを奏でてたあと、トランペットが 、「どどれれ〜ふぁふぁどし〜」とファンファーレ風に短く鳴るところなんぞ、鳥肌が立ってくるほど、美しい。
ヴァイオリンの暖かい音色と、オケの淡い音色が、心地良く官能的である。
厚みのあるボリューム感や、色彩は豊かではないのだが、さらり〜としたなかに、曲線の美しさが浮かび上がってくる。う〜ん。これは凄い。官能的すぎるほどだが、さりげない。これは、聞かされてしまった。
オーボエやホルンの音色と、とろけるヴァイオリン、また、1人で浮かび上がってくるヴァイオリン。
単なるフレーズの五線譜のなかでの、上下ではないんだよなあ。上下ではなく、面の凹凸のなかで、楽しめる楽章になってて、う〜ん。唸ってしまった。スクリャービンより、よほど美しく官能的である。
シャハムさんのヴァイオリンの暖かさと強さ、まろやかさ、冷たさ。様々な温度が、この楽章のなかで聞こえてくるように思う。
また、オケも巧いわ。引き立て役に徹しているようで、なかなか〜役者です。

3楽章
無窮動の楽章で、同じ音型で、超メタリック系の楽曲となっている。で、ここはテクがモノを言うところ。ティンパニーが鳴って、「タっタタタタタ タっタタタタ・・・」
シャハムさんのヴァイオリンは、華麗で、キツクなく、柔らかい、しなやかさでもって動きまわっており、ふぁふぁふぁ そそそ ふぁふぁふぁ そそそ・・・ オケのバンバンバン・・・という響きと調和している。
で、無窮動なのだが、タイトな感じがしないんだよなあ。シャハム盤は。
悲鳴をあげて、窮屈そうに演奏している盤もあるのだが、音の響きも楽しんで、演奏しているような気がする。余裕があるっていうのか・・・。
で、シャハム盤だと、まだ、音が取りやすいのだ。音符が、ぎっしり並んでいる筈なのだが、そのフレーズの接点が見えるのだ。間合いが、ちょっと見えるというか。ちゃんと文章になっているというか。
変な例えなんですけどね。他の演奏だと、文字がぎっしり並んでて、ちょっと息苦しいんです。
でも、シャハム盤だと、ぎっしり、びっちり並んでいない。いや、並んでいるんですけど、読点と句読点が見えて、息苦しさを感じない。そんな嬉しさがある。

総体的に暖かく、安定してて、完成度が高いという感じ。
エレガントにまとまっており、余裕があり、上品で、まろやか。官能的でさえあり、多彩である。
1楽章は、もう少し怜悧でも良いかと思うのだが、2楽章は官能的だし、3楽章の無窮動は、熱っぽくやってくれたら良いのだが、いやいや〜 悠然と余裕のある演奏だし。 う〜ん。これは、おみごと・・・。やられました。

  竹澤恭子 スラットキン セントルイス交響楽団 1994年
Kyoko Takezawa
Leonard Slatkin
Saint Louis Symphony Orchestra

ばっちグー!

録音状態は良い。しっとりした音色で、深みのあるフレーズが続きながらも、甘みがあり、無窮動は、じわ〜っと熱くなってくる。
カップリング:バーバー ヴァイオリン協奏曲、チェロ協奏曲(イッサーリス)、ピアノ協奏曲(ブラウニング)

1楽章
「み〜 れどれみ ふぁれし〜そらふぁ〜」
「ふぁそらふぁし〜 そらふぁ そらしそど〜らしそ らふぁみ〜 れれふぁふぁ〜 そそらし〜」
「らそらしど らふぁれみど〜 らふぁれみど〜ど〜 らふぁれみど〜」
竹澤さんのヴァイオリンは深い音色で始まる。しっかりした音色で、甘美な音で流れてくるが、溺れることなくフレーズが続く。
消えそうになるところもあるが、続けて深い音が鳴りはじめるので、艶と深さが頃合いに響いている。
オケの艶のある音色に支えられているし、頃合いの品性って感じがする。
妙に幽霊的に、幻想的にならず、フレーズが伸びていく。ホルンの音色と絡んでいるし、良いやん。
背筋が、すーっとするほどの甘美さは無いけれど、「そ〜ら〜し どぉ〜」と喉を振るわせるところも絶妙。
穏やかさと、危うさが感じられるところや、高音域の響きで、不可思議な世界も覗かせる。
スラットキンさんのオケは、多少、俗っぽいかな。って思っていたのだが、これは勝手な思い違いみたい。
まっ 多少プレヴィンさんに似た感がするんだけど。
しっかし、このヴァイオリン 良いよぉ〜 「し〜れど ふぁ〜どら し〜ど・・・」と跳躍するところなんぞ、ふ〜っ すげっ。感情過多にならず、じわ〜っと燃えてくる。
決して、熱い挑発型ではないんだが、ひぃ〜っとした、すっーっとした冷気を漂せながら、高い音の不協和音の不可思議な音が続く。う〜ん。こりゃ美しい。見事だっ。やられたっ。
情感がたっぷりあるのだが、情感が流れていくようで、流れず、怜悧でありながら、木質感あるような音色もあって、瑞々しい音が、す〜っと広がっている。
ヴァイオリンはゲンダイ的だが、オケは、旧泰然とした雰囲気を持っている。
俗っぽく聞きやすい楽曲のようで、人を寄せ付けないような、ひんやりした距離感や空気感がある楽曲だが、竹澤さんのヴァイオリンは、暖かいがクールでもあるし、しっかり足が地についている。それでいて、浮遊感があるという、面白い感覚が味わえる。

2楽章
「ら〜し らしら〜ふぁら〜」「ふぁそら〜 らし〜ら そみれれ〜 ふぁれど〜しれ〜しらら〜」
底の深い湖のなかで、そーーっと奏でられているかのようなオーボエで、鎮まった空気のなかで、靄っぽいモノが底辺に広がっている。
その靄っぽい空気のなかを、しずかーにヴァイオリンが歩んでいく。
「れ〜 ふぁしれふぁ ど〜しれふぁら〜みれ ふぁらどそぉふぁどしれふぁら〜み〜」と、上昇したあと、頂点で、充分に喉を振るわせて、ティンパニーがドンっ。
う〜ん、ヴァイオリンの上昇する演出がいいし、なーんとも言えない雰囲気がある。
「そ〜 (どどれれ〜) そみどらふぁ ふぁ〜 そ〜ふぁれしそみ〜」
決して大仰ではないんだけど、しっとりとした湿気を含みながら高音域へとのぼっていくって感じ。
で、頂点での高音域でありながら、この音色の深さっ。うまっ。
たいてい、この高い音域に来ると、首が寒くなるような、ひぃ〜っと痒くなるのだが。
乾いた音のヴァイオリンだと、卒倒してしまいそうな、すくみ感が起こるのだが、この竹澤さんのヴァイオリンの音色は、なかなかに太く渋く響くのだ。
芯が、金属じゃーないんだよね。例えは悪いが、金属バットではなく、木製バットで、ホームランっというぐらいの違いがあるのだ。しっとりと、じわ〜っと、ずっしっと響く。う〜っ やられるわ。この音には。
じっくり聴かせていただき、思わず聞き惚れましたデス。

3楽章
ティンパニーが鳴って、「タっタタタタタ タっタタタタ・・・」
無窮動の楽章で、同じ音型で、超メタリック系の楽曲となっている が、う〜ん。竹澤さんのヴァイオリンから、音が、しっかり聞こえてくるっ。音の強弱があって揺れている。
超メタなのだが、平板ではなく、布の織り目が、光の当たり具合で、見えて揺れているような感じ。
オケが、もちっと硬めだったら良いのだが、柔らかい。合いの手の弦なんぞ、うへっ。なんじゃこれ。
(ふぁっふぁふぁっ・・・ 緩めるなぁ〜) 
せっかくヴァイオリンが、しなやかに、1音は硬く弾いているっていうのに、もちっと、硬めにティンパニーも叩いてよぉ〜。木管や弦の色彩は豊かなので、まあいいけど。
ふふっ。テンションがあがってきて、じわ〜っと熱っぽく、詰めた感じになってきた。
うふふ。この無窮動で、段々と、縫い目がタイトに締まってくるのだ。じわじわ〜っ。
出だしから、パワーが落ちないところが凄いっ。凄いテクですねえ。
無窮動ってあまり面白く感じないモノなのだが、メチャ楽しい無窮動になっており、私的には、ハーンさんより、竹澤さんの無窮動の方が楽しい。
テクの比較は、ど素人なので、さーっぱりワカラナイが、この楽章も、ホント良いと思う。
あっという間に終わってしまって、寂しいぐらいで〜 何度も、この楽章だけ繰り返して聴いたが飽きない。オケはイマイチ。パーカッションも妙に緩い。 でも、竹澤さんのヴァイオリンは、絶品だと思います。

  ハーン ヒュー・ウォルフ セント・ポール室内管弦楽団 1990年
Hilary Hahn Hugh Wolff
Saint Paul Chamber Orchestra

こりゃ良いわ〜拍手

  
録音状態は良い。叙情性たっぷりというより、凄みがあって、独特のクールな世界に連れて行かれるような雰囲気を持っている。
カップリング:
バーバー ヴァイオリン協奏曲、エドガー・メイヤー ヴァイオリン協奏曲
1楽章
まず、響きがまろやかで涼しげで、どことなく和風の感覚が漂う。
「み〜れどれみ ふぁれし そらふぁ〜 ふぁそらふぁし〜 そらふぁ そらふぁしそど〜」
「らしそ らふぁみ〜 れれふぁふぁ〜 そそらし〜」
甘美で幻想的な楽曲なのだが、弦のノビが、すーっと風が流れていくような感じがする。
チェロの音の響きだろうか。いつもなら絡みつくようなフレーズで、たれ〜っと聞こえてくるのだが、すーっと、目の前を過ぎ去るような雰囲気がする。
ハーンさんのヴァイオリンだけでなく、オケ全体がそんな雰囲気を持っている。
楽章の最初の方こそは、多少甘い香りを嗅ぐことができるが、単に抒情的という感覚以上のもので、楽章の中盤になると、怖いぐらいに、ひや〜っと感じさせるフレーズが流れたりもする。
う〜ん。枯れ草の香りや、ススキの草原のなかで、風になびく姿が、ふーっとイメージさせられる。
「ふぁ〜そ〜ら〜(そ〜)〜し ど〜れ」 
背筋がすーっとするほど、甘美だが、透明度の高いハーンさんの高音域のヴァイオリンの音色は、凄みさえ感じさせられる。甘さと共に背筋の凍るような冷たさ。
ふっと、ブラックボックスを覗き込んだかのような、恐ろしいほどの空間。
真っ暗闇の世界を、覗き込んでしまったかのような怖さ。果てしなさを感じる。
これがハーンさんの魅力でもあるのだが・・・。

2楽章
レクイエムのような静けさがあり、感覚が麻痺してしまって、痛みを通り越したような悲しさ。
諦めているわけではないが、どうしようもなく、遠い目をしているような感覚の楽章になっている。
ひぃ〜 これは、単に甘いだけの楽曲ではないとはわかっていたものの、改めてハーンさんのヴァイオリンで聴くと、バーバーのこの楽曲が、空恐ろしい空虚さを伴っていることに気づく。
この盤で、音を追いかけるのは無用でしょう。
目をつぶってこの演奏を聴いていると、流れてくる音の世界にすっぽりはまりこんで、抜けられないような感じがしてくる。うっ からみとられたっ。
ヴァイオリン協奏曲ではあるが、オケのなかに統合されているし、室内楽風の響きではあるが、自分の目の前に、すーっと広がりが見えてくるような、すごいイメージ世界が待っている。
普通は、ながら族にしてCDを聴くことが多いが、なかなか得難い体験をした。
今度は、改めて一歩引いて聴いてみないとダメですね。

3楽章
無窮動の楽章で、すごくテンポが速いのだが、オケが室内楽のためか、最初のティンパニーが迫力に欠けていた。「タっタタタタタ タっタタタタ・・・」
ハーンさんのヴァイオリンは、SFXの映画のなかで、メタリック系の小型の虫が、いっぱい飛び交っているような感じがする。
シャハム盤が、柔和な感じで、常にしなやかに動き回っていたのとは、全く違うイメージで、正反対と言ってもよいのではないだろうか。
めちゃんこ速い。速すぎ〜っ。オケもヒートアップしていると思うのだが、天空に飛ぶというよりは、水平レベルで、一直線という感じがする。まっすぐ飛ぶのに、羽根を動かさないとダメなの。動かす必要はないのデワ。という感じでハーンさん のヴァイオリンが進んでいくものだから、オケは小さく動く以外にないようだ。
下手に抑揚はつけていないし、このスピードでは抑揚はつけられない感じがする。
で、すげ〜テクだとは思うものの、これでは、無窮動を楽しむ余裕がないような気がする。
あっけに取られて、終わってしまった。

1楽章、2楽章は、オケとヴァイオリンが一体となっており、すーっと秋風が通り過ぎるような雰囲気を醸し出している。私的には、イマジネーションをかきたてられる楽曲に仕上がっていた。
とりたてて抑揚をつけるでなく、フレージングに特徴があるわけではない。不協和音もあり、付点のリズムもあるのだが、すーっと平板になっているところが、むしろ印象的でさえある。
ただし3楽章は、がらりと楽想が変わる。無窮動の同じ音型が、すごいテンポで通り過ぎるのだが、これが、驚くほどのスピードで〜 空しいほど。
曲が終わったあと、空しくなるように演奏した。というならば、このテンポ設定になるのかもしれないが、私的には、う〜ん。これじゃ熱くなる時間もなし。という感じだなあ。
余談だが、どうしてソニークラシックは、ハーンさんを離したんでしょうねえ。大損のような気がする。
1988年 アン・アキコ・マイヤーズ シーマン ロイヤル・フィル Canyon ★★★
1992年 クン ボートン イングリッシュ弦楽オーケストラ nimbus ★★
1993年 シャハム プレヴィン ロンドン交響楽団 ★★★★★
1994年 竹澤恭子 スラットキン セントルイス交響楽団 ★★★★
1996年 ベル ジンマン ボルチモア交響楽団 Dec  
1999年 ハーン ウルフ セント・ポール室内管弦楽団 SC ★★★★★
2011年 ミハイル・シモニアン クリスチャン・ヤルヴィ ロンドン交響楽団  

「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

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