「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

ブルッフ ヴァイオリン協奏曲 ト短調(1番)
Bruch: Violin Concerto No.1


マックス・ブルッフは、ドイツの作曲家です。1838年生まれで、交響曲は3曲書いていますが、ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調が、ロマン派の協奏曲として特に有名です。

ウィキペディア(Wikipedia)を元に記述すると、
1楽章は、アレグロ・モデラート ト短調、4/4拍子
楽章の冒頭と終わりに独奏の技巧的なレチタティーヴォが置かれている。ティンパニのトレモロに木管が答えて始まり、低弦に現れる動機を中心に自由な展開を見せる。トゥッティの出番が少なくほぼ全体が独奏ヴァイオリンが支配する。
2楽章と直接アタッカでつながれていている。

2楽章は、アダージョ 変ホ長調、3/8拍子
展開部を欠いたソナタ形式で、1楽章同様に、ほぼ独奏ヴァイオリンが支配する。ブルッフ一流の旋律美が存分に発揮されている。ヴァイオリンの歌う第1主題に始まり、第2主題は独奏のパッセージを背景に木管楽器によって歌われる。再現部は変形され、変ト長調の第1主題再現に始まって、第2主題がクライマックスを作る。

3楽章は、アレグロ・エネルジコ ト長調、4/4拍子
ソナタ形式で、主題を予示するオーケストラの導入に始まり、ヴァイオリン独奏の重音奏法による熱狂的な主題が現れる。この主題は、ブラームスのヴァイオリン協奏曲第3楽章冒頭主題との類似も指摘されている。
第2主題はオーケストラに示される雄大なもので、ロマン派音楽の抒情性のすぐれた例となっている。とのこと。

旋律が、とても親しみやすく、すぐに耳に馴染んできます。演奏会でも耳にする機会の多い楽曲です。

チョン・キョンファ ケンペ ロイヤル・フィル 1972年
Chung Kyung-wha(Kyung-Wha Chung)
Rudolf Kempe
Royal Philharmonic Orchestra

ひぇーぇぇ〜     切なくて泣きそう     倒れました。

録音状態は良い。朗々と歌うヴァイオリンで、冒頭より、やられる。
キョンファさんがデビューして、さほど年数が経っていないのに、この大きな器とは、大変驚いたものだ。しかし、なんとも傷つきやすい、もろそうな、この繊細すぎる女性を守ってあげないと〜と想わせる演奏だ。
そこはケンペさんのオケが、しっかりサポートしており、暖かく慈愛に満ちて守ってくれていますが、聴いてて相当に疲れました。

← 上のCDは、カップリング:チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲 プレヴィン ロンドン響、(1970年)、ブルッフ ヴァイオリン協奏曲第1番 ケンペ ロイヤル・フィル (72年)、サン=サーンス ハバネラ デュトワ ロイヤル・フィル(77年)


← 下のCDは、ブルッフ ヴァイオリン協奏曲第1番、スコットランド幻想曲とのカップリングである。ケンペ ロイヤル・フィル

1楽章
「みぃ〜れど みぃ〜れど みぃい〜」という、オケのクラリネットの音から始まる。
で、すぐにヴァイオリンのソロが登場する。
「らぁ〜 どみらどぉぉ〜 し〜そぉ らあ〜 どみら どぉ〜しぃ らみふぁそらそらし どしどれ〜みぃぃみぃ〜」
この冒頭のフレーズから、濃厚で、しっとり、ねっとりと歌い上げてくる。
手抜きはしない、いきなり しゅるしゅる しゅる〜っと昇っていく。
オケも、大きな音量で、ガツンっと、「みぃい〜れぇど み れど しぃぃ〜っ (らっど らっど らっど・・・)」
で、いきなり、ヴァイオリンが、「みぃい みっ み ららぁ〜っ  らどみら どみらど どっれみ〜 ららそみ みど どしらぁ〜」と、歌いながら咆吼する。
いや〜 もう、この冒頭で、やられますねえ。
なんだか、ガツンっと、骨身を削るかのような、勢いとすごみのある形相で、始まります。

ヴァイオリンは、冒頭から、息を吸う余裕すら与えないというか、蠢き、悶え、首筋は青筋状態で、肩に力が入って、キンキンに張って、悲痛なほど〜 これぞ、ワタシなのぉ〜って、もろ、ササクレだった精神状態を発露してくる感じで、彫りの深い、深淵を観てきたかのような、すごみがありすぎて、メチャクチャ怖いブルッフです。

「らっ しら どぉ らっし らっみ らっ ふぁ〜 らっし みぃ〜っ」
この弦の強いボーイングには、げっ。なんて怖い、仁王立ち状態という感じで、眉間に、くっきり深い睨みが見える。
とても、とても・・・ ほんわかした、ブルッフのヴァイオリン協奏曲を聴こうと思ってCDを取ったら、これはダメです。
地獄の縁まで、ひきづり込まれかねない・・・ 甘くて、怖ろしい誘いでしょうか。

17歳のムター盤が、おばさま色気がムンムンしている音で、なんとも妖しく、色香をむんむんさせて演奏しているのと異なり、ここには、痛ましい感じが存在する。
で、傷つきやすいキョンファさまを、1楽章の最後には、オケが、雄大に壮大に包み込んでいく。
で、オケの方は、ゆったり〜 かなり大袈裟で、サポートにまわって演奏する。
煽られないというか、オケはいったんヴァイオリンに寄り添い、最初の方は、同質化しそうにも見えますが、そこは、客観的で大人という感じで、楽章のなかで、段々と大きく包み込むように演奏していきます。
その大きさに安心していくのか、ヴァイオリンが、少しずつではあるが、優しく変貌していくように、ワタシには感じられる。
ムターさんがカラヤンを刺激して、一丁即発的に、煽情的になっていくのとは違うような気がする。

2楽章
「らぁ〜 そぉ〜 れ〜 どぉ どれみ〜 ふぁ〜 らぁら らそ〜 ふぁみ ふぁみみ れぇ〜ど」
フレーズが、ゆったりと、永遠に続くかのように、ふわーっと連綿と続く。
幾分、音は太めだが、緊張感があり、燃えるような表面的な情熱ではなく、内なる熱を、じわじわ〜っと抱えているかのような地熱のような熱さを感じる。
若いのに、何をそんなに恐れているのか〜と思うほど、キワキワの表現で、悲しくなるほど美しい。
身もだえして、自分自身の熱い想いで、まるで身を焦がさんばかりになっており、これは焦げるっという瞬間に、ケンペさんのオケが、壮大に「ど〜らぁ〜 どぉ〜そ〜 ど〜ふぁ ふぁふぁ・・・」と包み込む。
その後。ヴァイオリンが、ら ふぁ らっし ふぁふぁれぇ〜っ 喉を震わせて、凍えそうになりながら歌う。
う〜ん マッチ売りの少女か。というほど、なんとも気の毒な、傷ついた舞姫という感じだが・・・。傷だらけになりながらも演奏している感じがして、ノー天気なワタシには、とてもいたたまれない。

3楽章
この最終楽章ぐらいは、若さにあふれて、希望に充ち満ちて、胸一杯に歌ってくれたら嬉しいのだが〜
「ったった〜らぁ〜 ったった らぁ〜」「しっ しどし しっ しどし みっ みふぁみ〜」
キョンファ盤は、歌いすぎたのか、喉が幾分つぶれてしまったかのような、トリルの部分を、かすれた声で歌う。
弦が、もうすぐ切れそうな・・・って感じの音に聞こえる。
あ〜 傷つきやすい人なんだ・・・という感じで、守ってあげなきゃ〜というような感じにさせる音である。
もちろん、強い 強靱なフレージングで、守る必要はないんですけどね。
そのヴァイオリンの音に、オケが、ぴたっと横について、完全にサポートしており、そして、より、高みに昇ろうと、雄大に響かせて、なんとも、大きく優しく、慈愛に満ちた大きな楽曲にしている。

ワタシのケンペさんのイメージは、槍を持って突いてくるかのような、鋭くて、勢いのある演奏をイメージしていた。
しかし、これは役者が同じ気質を持っているためだろうか、ソリストにその役をさせているのか、楽曲のせいなのか、ちょっとわかりませんが、この演奏を聴く限り、これは、オケが大人ですね。

で、この協奏曲は、役者の互いの気質は同じだが、役割をしっかり意識したオケの包み込み大作戦って感じに聞こえたのですが・・・。なんとも・・・。
最後には、ほっとした気分で、救われた感じで聞き終えましたが、こりゃ 神経に悪い。
ワタシ個人的には、ブルッフのヴァイオリン協奏曲って、生演奏で何度も聞いているし、シアワセ感の漂う、まったりした楽曲だと、すっかり思い込んでいたのです。

それが、このキョンファさまの旧盤は、痛ましいというか。脆いというか、傷つきやすい思春期の精神的に不安定な時期を思い出させるかのような、危ない。怪しい揺れのある演奏で〜
演奏としてのパフォーマンスかもしれませんが、まったくもって、精神的に安定してない、ものすご〜く 危ない演奏という感じがします。 精神的に追い込まれていたのかは、実際のところわかりませんが、この楽曲で、これだけキワキワ〜っ?
え〜 うっそ〜って感じです。
まあ。そこを、きちんと、ケアしてくれているのが、オケの演奏で、ホント、最後には救われました。ほっとしました。
それにしても、たかだか25分〜30分ぐらいの楽曲で、これだけ疲れるとは・・・。


レオニード・コーガン マゼール ベルリン放送交響楽団 1974年
Leonid Kogan  
Lorin Maazel
Rundfunk-Sinfonieorchester Berlin
(Berlin Radio Symphony Orchestra)

録音状態は極めて良い。ホールトーン充分。穏やかな美音に酔いしれる。
カップリング:ブルッフ ヴァイオリン協奏曲第1番メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲

1楽章
序奏、ティンパニーが低く叩くなか、「み〜れど み〜れど み〜」クラリネット等の木管が低く出てくる。
「らぁ〜 どみらどぉ〜し〜そ〜ら〜 どみらどぉ〜し らみふぁそらそらし どしどれ〜み〜」
このヴァイオリンソロの音を、ここでまず聴いて、げっ。と、のけぞってしまった。
合奏 「ら〜そふぁ ら〜そふぁ ら〜」
「ふぁ〜 らどふぁら〜そみ〜ふぁ そらしどれみふぁら〜そら〜そら〜」
なんて、すごい音なんだっ。コーガンの弾くヴァイオリンの音は、すごく透き通っている。
透き通るというか、すーっと、一直線に通っていく。濁りが少ない。擦れもしない。
へえ。このヴァイオリン、いつも聴く音と、全然違うんだが。う〜ん。
CDの帯をみていたら、「1733年製の名器グァルネリ・デル・ジェスの力強い美音を駆使、鉄壁のテクニックと高貴な音楽性で・・・」と書いてあった。
単なるヴァイオリンの違いかと思ったが、しかし、単なる〜では済まない。ひぇ〜 すごい音なのだ。
ちょっと渋くて高めで、硬質感がある。
オケの伴奏「ら〜ど ら〜ど」と揺れが始まったなかを、ソロが、軽やかに舞い踊り始める。
ここから、一気に熱気を帯びてくるのだが、コーガンのヴァイオリンは、チョン・キョン・ファ盤のようには、一気に加熱していかない。あくまでも、クールなのだ。
しかし、この声(ヴァイオリン)は、艶っぽくはないが、ストレート気味の芯の強さがあり、重音が鳴っているのに、濁りもしない。腰の強さもあって・・・。男の色気が漂っている。
まるで、黒々と光った鉱物を見ているようで、そう、まるで黒曜石みたいだ。
で、どちらかと言うと、演奏よりも、このヴァイオリンの音に聞き惚れてしまった。
それに、この録音のホールトーンが素晴らしい。天空で響いているような感じ。
楽章の中間部に、ティンパニーが鳴って、オケだけが優美なフレーズを奏でていく。
「らっし〜 らっど〜 らっしみ らっど み〜」「らっし〜 らっど〜 らっしみ〜」
なんとも気品の溢れる、でも、どことなく、まったりしたエキゾチックなフレーズである。(ユダヤ風な旋律)

2楽章
1楽章から、引き続いて優しい音律が流れてくる。
「ら〜そ〜れ〜どれみふぁ〜みふぁら ららら〜そ そふぁふぁみ〜」
フレーズが連綿と続く。どこに拍が存在するのか、わからなくなるほど。
幻想的でもあるし、空間が広がる、のびやかなフレーズで、美音だけを楽しむという感じもする。
「そみ〜 それ〜 そど〜」という低い弦の上に、乗っかってソロが奏でる高音域の響きに、やられる。
後になって、口ずさめるのは、この3つの短いフレーズしか印象にとどまらないほど、羽衣のようにフワフワ浮かんでいる。
「しみ〜れ〜みふぁ ふぁそ〜ししし〜らどし〜」 ここに乗っている奏でられるヴァイオリン。
オケとは異なり、ヴァイオリンは絹糸のように、ぴーんっと張って、典雅に奏でていく。
「し〜らみれ〜 れみふぁ〜そし しら〜そしらそそ〜」
「ど〜れしらそ〜 どふぁ〜どそ〜どふぁ〜」
はあ。ただただ、音に、うっとり〜するばかりなり。なんて、細い絹糸が通っていくのだろう。

3楽章
短いちょっとしたリズムが生まれているのだが、あくまでも優しく、もりあげる。
「どっどれどぉ〜 どっどれどぉ〜 どっどれ みっれれどぉ〜」
「みっみふぁみ〜 みっみふぁみ〜 みっふぁふぁみれ〜ど〜どぉ」
同じフレーズを装飾をつけて刻んで行くのだが、オケのまろやかに響く、その空間を自由に飛び回っている音が、聞こえてくる。すげ〜っ。口があんぐりするほど美しい。
ここは、教会か。教会での録音か?
後で調べたら、録音場所は、ベルリン・グリューネヴァルト教会とあった。う〜ん。どおりで・・・。
コーガンのヴァイオリンは、硬質だが、上質な音の響きを存分に聴かせてもらえた。
終始、ゆったりめの優美な調べを、存分に聴かせていただいた。この美音に酔いしれてしまう。
う〜ん。充足感たっぷり。


ムター カラヤン ベルリン・フィル 1980年
Anne-Sophie Mutter Herbert von Karajan
Berliner Philharmoniker
(Berlin Philharmonic Orchestra)

   

録音状態は良い。非常に濃い演奏で官能的ですらある。17歳でこれですか?
すごい早熟で唖然。悶えて悩殺されてしまう。ここまでやられると、おてあげ。
メチャ濃い。しれしか、言葉が見つからない。
カップリング:ブルッフ ヴァイオリン協奏曲第1番 メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲

この盤は、ムターさんが、まだ17歳だった時の演奏である。
えっ・・・と、絶句する演奏で、とっても濃い。濃すぎる〜っと、のけぞるほどの演奏。
なにせ、テンポが遅い。遅めで、まったり〜  濃厚すぎるほど濃厚な味が、冒頭から出てくる。
どろっとした液体が、チューブから、どろどろどろ〜っと出てくるような感じで、自己陶酔的で官能的で、なんとも妖しい。

序奏、「み〜れど み〜れど み〜」 ティンパニーが低く叩くなか、「らどみぃ〜らどぉ〜し〜そら〜 どみら どぉ〜し らみふぁそらそらし どしどれぇ〜れ〜みぃぃ〜」
「ふぁぁ〜 らどふぁらあ〜そみ〜 ふぁ そらしどれみふぁら〜 らそらそら〜」
「みぃ〜れれぇ〜どぉ 、みぃ〜れれぇ〜どぉぉ〜」と、オケとヴァイオリンが、超まったり、とろとろに、むつまじく出てくるのだ。
う〜ん。これが17歳の時の演奏か。と、今更ながらに驚いてしまう。ムターさんに限らず、女性ヴァイオリニストは、早熟の方が多い。ホント驚きっ。
昔から聴いているCDなのだが、何度聴いても、早熟さと、ここまでやるか、という甘く濃いティストに、圧倒される。
う〜ん、すごすぎっ。

カラヤンの振るオケも、超レガート気味だが、ここにも自己主張が強く、豪快で、色気たっぷりの太い音だ。
超高音域での、艶のある音色のヴァイオリンが絡む。えっ 向こうを張るっていうの?
相手は、まだ17歳ですけど・・・。
いやいや、 17歳とは思えない、これは、既に、中年のハイソな、おばさま色気がムンムンしている音で、この粘着性のある楽曲のフレーズを奏でてくるのは、ホント恐ろしいことで ・・・。この音に乗ってしまったカラヤンさんだ。
まあ。これだけ圧倒され、濃密な個性をムンムンと出してくる演奏って、あまり無いように思う。いや〜無いでしょう。
重厚な響きに負けない太い一筆書きのような演奏で、それも、畳何畳か分のある大きな広い紙のうえを、等身大以上の筆を持ち、墨をたっぷり付けて、大きな文字を描くように描いている。

このブルッフの楽曲からして、ホント、ねっとりしていて、なんとも言えない独特の臭みがある。
その臭みって、何なのかは、なかなか巧く表現できないのだが〜  癖になるような香辛料というか、モロヘイヤのように、刻めば、とろみの出てくるような葉っぱというか。 いやいや、もっともっと、濃いですねえ。
コラーゲンタップリの豚骨スープというか。脂がギラギラのテールスープというか、目の前で、食べている間に、膜が張ってくる、濃厚豚骨スープの味でしょうかねえ。

なんだか、聴いている間に、悶えちゃうような、恥ずかしさを感じつつ、演奏家の陶酔した世界に誘われて〜
悩殺されるのだ。(といって、聴き手のワタシに、気力・体力が満たない時には、ダメっ 疲れて疲れて〜 ギブアップ するのだが) とにかく、1楽章の最後には、既に、力尽きてます。 しどしど しどしど どぉ〜 ふぁぁぁぁ ふぁぁ・・・・ 
こんな演奏を聴くと、男性諸兄には、たまりませんよねえ。

2楽章〜3楽章
この楽章は、さすがにテンポがあがるのだが、超テクで、颯爽と演奏してくれないと・・・
「どっ どぉらそ〜 どっ どぉらそ〜  どっ どれみ みれどし しぃ〜」
確かに綺麗なのだが、腰が重め。カラヤンの伴奏が、なんとも重いからだと思うのだが、年齢にふさわしくなく、 若くないのです。既に老練で〜 もちっと、ピチピチしてて欲しいんだけどなあ。ごつく、重厚すぎて、真綿で首を絞められているかのような、そんな感じで圧倒されてしまう。
しかし、なんと堂々とした華麗さを伴って演奏するのだろう。この圧倒的な存在に、もはや、ひれ伏すしかないような、気分にさせられてしまう。

「しぃ〜みぃ〜 ら〜そふぁみれどしし れ〜ど ど〜しどみふぁら〜れぇ」
そこに、同じフレーズをヴァイオリンで奏でてくるところなんぞ、レッドーカーペットを歩いている、往年のソフィア・ローレンか、エリザベス・テーラーか、もはや、銀幕の大御所、姉御って感じ だ。
日本人で言うと、こりゃー 美空ひばりさんレベルなのだ。
とてもとても〜 おそろいの服を着て可愛く、あどけなく踊っているような、TVで見るような少女では、もはやない。

ムターさんも、このブルッフについては、まだ再録音はしていない。
まあ、そんな必要は、無いと思うなあ〜という一枚だ。
ホント濃厚で、ここまで演奏されると、口をあんぐり開けながら、悶絶しちゃう。ねちっこさ、アルト的な響きのなかの官能さ、ウネウネとした旋律と、昇っていくような、ひっぱり感のある楽曲なので、太めの響きを持つ、この演奏は、ある意味、絶品なんだと思う。しかし、ワタシテキには、気力・体力に自信がないと、疲れちゃって〜 
反対に、エネルギーを吸い取られてしまう気がする。 みなさんは、ねっとり〜こってりしたい、夜にどうぞ。


ナイジェル・ケネディ テイト イギリス室内管弦楽団 1987年 
Nigel Kennedy  Jeffrey Tate
English Chamber Orchestra

ほぉ〜良いヤン

録音状態は極めて良い。太めに、たっぷりと歌う。オケも豊かに鳴っており、瑞々しく、適度なスピード感と、しっとり感とがある。ねばって歌わないところが好感がある。
カップリング:ブルッフ ヴァイオリン協奏曲、
シューベルト:ヴァイオリンと弦楽のためのロンド イ長調 D.438
メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 
1楽章
「みぃ〜れど みぃ〜れど みぃい〜」
「らぁ〜 どみらどぉぉ〜 し〜そぉ らあ〜 どみらどぉ〜しぃ らみふぁそ らそらし どしどれ〜 みぃみぃ〜」
ううっ メチャ暗い出だしで、「らそらそ らぁ〜」
ドスンっと、いったんオケが、重いどす黒い音を出している。
底の深いところから、木管のフレーズを間に挟んで、「みぃ〜れど みぃ〜れど」というフレーズの後、リズムが生まれて、のびあがっていくところに音の透明感が感じられる。

オケに、太い幅の広い音色と、豊かな音量があり、ヴァイオリンの音色は、次第に明るく変わっていく。
その音質の変わっていくところが、気持ち良い。甘さとほろ苦さみたいなモノが、垣間見られ、綺麗な音で清潔だ。
豊かな細身のあるビブラートが、細やかなヒダヒダ感があって、青春時代ならではの心の悶えのようなモノが、豊かに描かれている。決して、焦げて焦げついてしまうまでに至らないのが、安心できるというか〜
オケもテンポよくサポートしており、決して裏方に徹しないで、丁寧に豊かだ。
「らっ しら どぉ らっし らっみ らっ ふぁ〜 らっし みぃ〜っ」と、小刻みにテンポよく弾かれており、スピード感もあって、若々しく瑞々しいっ。
録音状態も良く、残響も適度に入っていて、清潔に、よく歌ってくれる。
そんなに粘らなくても充分に甘い旋律なんだから〜っと、思う盤もあるのだが、ケネディさんのヴァイオリンは、美しい繊細なところと、音量の豊かさがあって、ゆったりとした余裕がある。鬱々としてない、よどみのないフレージングで、豊かさを感じさせるフレージングで、ねっちこく粘って、どろっと〜っと重くなりすぎないで歌うところが、清々しく、開放感があり、とても好感が持てる。

2楽章
「らぁ〜 そぉ〜 れ〜 どぉ どれみ〜 ふぁ〜 らぁら らそ〜」
「みっみ しぃ〜 みっみ らぁ〜」と、たっぷりと間合いをとった語り口調で、緩徐楽章では、静かに、ふわぁ〜っとした膨らみがあるものの、もう少し丁寧に音が続けばいいのにな〜っと思う面もなきにしもあらずだが、音に広がりがあるため、あまり気にならない。悲痛な儚さよりも、ぴーんっと張った緊張感よりも、ふわっとした空気感がある。高音域のフレーズでは、音にならない音の続きの余韻感が、もう少し詰まっていても良いかも。オケのたっぷりした音に支えられて、豊かさが前面に出てくるところは好ましい。

3楽章
段々と音量があってきて、歌い始めるが、もう少し力強さがあても良いかも。
オケとの呼応するフレーズのトリルが、少し甘いかなあ。もっと弾めると思うのだが、音の広がり膨らみが、もう少しテンポ良く、切れがあっても良かったかもしれない。テンポよく、もっとスピードがあってもおかしくないのだが〜 
この楽章は、もっと伸びて欲しいかも。ソロ部分が、もたついているかのように聞こえてくるのだ。オケも重いっ。せっかくテンポ良くきたのに、ここで、どてっ・・・としてしまた感がある。
ありゃーっ 1楽章は、とっても調子が良かったのに。もう少しテンポよく、壮大に〜と期待していたのだが、尻すぼみというか、期待に至らなかった感じがしてしまった。
しかし、かなり余裕があり、豊かさを感じさせる爽やかな清々しい演奏だったと思います。


アン・アキコ・マイヤーズ クリストファー・シーマン ロイヤル・フィル 1988年
Anne Akiko Meyers
Christopher Seaman
Royal Philharmonic Orchestra

録音状態は、う〜ん。思ったほど良くない。跳躍感が少なく、そこまで、粘りますか?という感じで、ちょっと、ベタベタ気味の演奏だった。歌うのは良いのだが、オケの方が、ちょっと歌謡曲風に聞こえたのが、まずいかも。
カップリング:バーバー ヴァイオリン協奏曲 ブルッフ ヴァイオリン協奏曲第1番

1楽章
木管の優しく柔らかいフレーズと、ヴァイオリンのフレーズが、冒頭より絡み合って出てくる。
「らぁ〜 どみらどぉぉ〜し〜そ〜らあ〜 どみらどぉ〜し らみふぁそらそらし どしどれ〜み〜」
う〜ん。こりゃ、かなり濃厚で、しっとり〜 ねっとり〜
ちょっと大袈裟で、ちょっと甘みたっぷりの浪漫派って感じの演奏になっている。
女性的と言えば女性的な演奏なのだが、これ、確かマイヤーズさんの18歳デビュー盤だったと思う。
へっ 18歳かあ。それにしては大変色っぽい演奏だ。

色っぽいというより、ブルッフの楽曲の責任ってところもあるのだが、通俗的に聞こえてしまうところが惜しい感じがする。
高い音域への至る、音のひっぱり具合なんて、ちょっとやり過ぎかもしれない。それほど、 とろり〜と演奏しなくても、もう十分すぎるほど、楽曲自体が、とろけてしまうのだ。
まっ ちょっと背伸びして大人っぽく、無理してるかな〜って感じも受けるが、テクは、やっぱ大きな器がする。
しっかりした芯の太い、それでいて充分な伸びを感じさせる音だ。それよりも、バックのオケがなあ。なんじゃーこれというほど、甘くて、 クラシックとは思えないほどの〜 まるで、歌謡番組風の演奏に聞こえてしまうのだ。う〜ん。 洗練されておらず〜 なんとも、音が濁って、うるさいこと、このうえない。
「CAYON」の録音の割には、透明度が高くないし、通俗的な楽曲に輪を掛けてしまっているような気がする。
あ〜 また、マイヤーズさんは、再録音してくれるだろうか。

2楽章
「ら〜そ〜れ〜 ど〜れみふぁ〜みみふぁら ら〜ら〜ら〜そ そ〜ふぁふぁみぃ〜」
メチャ甘くて、かったるいぃ〜 首筋が痒くなってくるほどのとろけ具合だ。
「そみ〜 それ〜 そど〜」という低い弦の上に、乗っかってソロが奏でる高音域の響きが、フワフワした感じにはならず、甘いパフェを思いっきり口のなかに、ほりこんだ重みを感じる。
ヴァイオリンの音色が、少し重めに感じる。う〜ん。どうしてだろう。
きっと、伴奏を務めるオケの重量感が無くなっているから、ヴァイオリンだけが浮いて聞こえるのだろう。
オケに音量はあるものの、ペタンとしてて、ベタだ。立体感も感じられないし、甘いくせに伸縮してないので、べったり〜とした平板な演奏に聞こえてしまうんだよなあ。

3楽章
「みっみふぁみ〜 みっみふぁみ〜 みっふぁふぁみれ〜ど〜どぉ」
わ〜っ このオケの暑苦しいこと。で、もっと弾んで欲しいのだが、テンポが遅い。
開放感や飛翔感じが、感じられず、どろどろ気味に、どろんこ状態になって、濁って聞こえる。
ヴァイオリンも、もっと若さがあっても良いのに、あまり弾まない。1楽章のとろとろ感が、そのまま全楽章に及んでいる。また、オケばかり難癖をつけて申し訳ないが、ホント、このオケはダメだよぉ。せっかくの跳躍感のある楽章が台無しになりそう。ヴァイオリンもオケも、舞曲風フレーズのこぶし回しは、もっと練って欲しい気がする。


ヴェンゲーロフ マズア ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 1993年
Maxim Vengerov
Kurt Masur
Gewandhausorchester Leipzig
(Leipzig Gewandhaus Orchestra)



録音状態は良い。女性のヴァイオリニストがこぞって、この曲を収録しているが、彼のヴァイオリンの音色に聞き惚れた1枚である。
カップリング:メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 ブルッフ ヴァイオリン協奏曲第1番

1楽章
マズアさんのオケなので、ちょいと心配していたのだが、心配無用。いや〜 この盤は良いです。
「み〜れど み〜れど み〜」というクラリネットの音色が、よく響いて、大変まろやかで残響豊かに残している。
弦の音も良いし・・・。
ソロの「らぁ〜 どみらどぉ〜し〜そ〜ら〜 どみらどぉ〜し らみふぁそらそらし どしどれ〜み〜」
ヴィブラートを適度に効かして、伸びやかに歌っている。
オケも、熱があって力強い。ゲヴァントハウスの低弦の響きが、良く聞こえており、リズミカルに聞こえてくる。その低弦の響きのうえに、ヴェンゲーロフのソロが流れてくる。
この録音でのヴァイオリンは、1727年製のストラディヴァリ「Le Reynier」(レニエ)とのこと。
コーガンさんの弾く1733年製のグァルネリ・デル・ジェスとは、全く音色が違う。
コーガン盤は、黒光した渋い鉱質感があったが、ヴェンゲーロフの音色は、特に、太めのアルトの声と、そこから高音域に伸びていく音色の変わり目が美しい。全く擦れていないし、芯の強さを持ち、太く、しなやかに弾力性をもって出てくる。
硬さも適度にあって、抑揚の付け方に癖が無いので、曲線の山なりが綺麗に感じられる。

2楽章
「ら〜そ〜れ〜どれみふぁ〜みふぁら ららら〜そ そふぁふぁみ〜」
「そぉ〜みぃ らぁ〜そぉ」 う〜ん。アルトの声で、ちょっとふくよかな声なんだよねえ。深みを持って憂いがあって、ちょっと声を震わせ気味に、強く歌う。
良い声だな。とヴァイオリンの音色に、しばし、うっとり。
緩やかな曲想部分より、中音域の広がる音、そして、強く高い音域のところに伸びていく音が、特に、良いな〜っと感じる。
とびっきり良い録音ではないし、抜けていくようなクリア録音でもない。どちらかと言えば、暖かみのある空気感で、そこに流れるオケの伴奏に大きさ、おおらかだ。抱擁感が、なんとなーくあるような。
きっとゲヴァントハウス独特の低弦の響きが、大きく豊かに聞こえるからだろう。
まっ 私的には、今のところ〜 演奏そのものより、ヴァイオリンとオケの音色が気になるという、ブルッフの協奏曲なのだ。
「そぉみ〜 そぉれ〜 そぉど〜」 「らっら ふぁ〜 らっら み〜 らっら れ〜」
楽章最後、ヴァイオリンのソロが、オケを伴って静かに歌い始める。
「どれ〜しらそ〜 そらし どれみふぁ ふぁふぁ〜らど〜」
「どれしら〜そ〜 そらし どれみふぁ そらし ど しど しど〜しど〜ふぁ〜ふぁ〜」っと、この最後の「し〜どし〜」というところは、強くて力強い声だ。
でも、ホント、嫌にならない硬い響きで、そこに意思の強さを感じさせる。
ヴェンゲーロフさんは、そんな甘ちゃんの音でも、甘い演奏じゃーない。

3楽章
前楽章から引き続いて、弦が、たった〜 たった〜と、のぼっていく。舞曲風。
「ったった〜ら〜 ったった ら〜」
そんなにテンポは速くないのだが、楽しげに開放的である。音色は渋いんだけど。歯切れが良い。
強弱も強めで、しなる。ふふっ こりゃ良いわ。ゆったりとしたテンポなのだが、揺れが心地良い。
「し〜 しぃ〜 ら〜 そふぁみ れどしっし〜 れ〜ど どし〜どみふぁら〜れ」
オケも、アクセントがしっかりついてて〜 単調になりがちなフレーズに、1音目が破裂音的に奏でており、これがリズムを生む。単なるフワフワ感ではない。しっかり、硬め。
「み〜 みぃ〜 れ〜 どしら そふぁふぁ そ〜ふぁ」
最後には、少し泣きが入ってくるが、それでも強いねえ。アンタ、意思の強さを感じるよ。
声を絞って泣きながら歌っているくせに、強さを感じるのも珍しいかもなあ。
決して、激しく動かないまでも、じんわーり、強く歌うところが好感が持てる。
強く歌っていながら、切ないとはなあ・・・。男性ならではの演奏って気もするが。
アルトの音域が好きな方で、アルトの声にセクシーさを感じるタイプには、良いんじゃーないだろうか。

ワタシ的には、ひとめぼれ〜。最初の数分でやられた。しなやかで、アルトのちょっと太めの声と言えば良いだろうか。
もちろん、高みに昇るときの、ひゅぅ〜っという音も大変美しく、泣くわりには元気で、良く歌う。なにせ美音・・・。
で、思わず、立て続けにブルッフのヴァイオリン協奏曲を、5回繰り返して聴いてしまいました。(笑)


1972年 チョン・キョンファ プレヴィン ロイヤル・フィル Dec ★★★★★
1974年 コーガン マゼール ベルリン放送交響楽団 Eu ★★★★
1977年 アッカルド マズア ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 Ph  
1977年 アモイヤル シモーネ ロイヤル・フィル  
1980年 ミンツ アバド シカゴ交響楽団  
1980年 ムター カラヤン ベルリン・フィル ★★★★★
1987年 ケネディ テイト イギリス室内管弦楽団 EMI ★★★★
1988年 アン・アキコ・マイヤーズ シーマン ロイヤル・フィル Cn ★★★
1989年 チョン・キョンファ テンシュテット ロンドン・フィル EMI
1993年 ヴェンゲーロフ マズア ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 ★★★★★
所有盤を整理中です。

「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

Copyright (c) mamama All rights reserved