「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

エルガー チェロ協奏曲
Elgar: Cello Concerto


エルガーのチェロ協奏曲(ホ短調 作品85)は、1918年に作曲されています。
ウィキペディア(Wikipedia)を元に記述すると
編成は典型的な2管編成ですが、同じような編成であるドヴォルザークのチェロ協奏曲とは対照的に、比較的簡潔な素材と、シンプルなオーケストレーションで書かれており、各々の楽章は短く凝縮されています。
協奏曲では珍しい4つの楽章で構成され、前半の2つの楽章は連結されているので、実質的には、3楽章構成とも見なせるもの。緩〜急〜緩〜急の構成で、第2楽章がスケルツォ楽章に相当します。

第1楽章 ホ短調 4/4拍子 → 8/9拍子 自由なソナタ形式
冒頭、独奏チェロによる重音を多用する、ホ短調の悲劇的なカデンツァで幕を開けます。このカデンツァは全楽章を支配する重要な要素であり、循環主題のような役割も果たすもの。主要主題は、同カデンツァから導き出され展開します。

第2楽章 ト長調 4/4拍子
第1楽章の冒頭のカデンツァ和音が、独奏チェロによってピッチカートで奏されて幕を開けます。非常に速いスピッカートを奏で、第1・2楽章は、アタッカで連結されているので、この楽章の終結は、第1楽章の終わりを兼ねているもの。

第3楽章 変ロ長調 8/3拍子 
伝統的な歌曲形式を持ったアダージョの楽章です。

第4楽章 ホ短調 4/2拍子 
それまでの楽章の要素を統合するフィナーレで、2部形式のコントラストが映える楽章です。前半は、ロンド形式のような構成になっており、軽快な主題が支配します。後半は、速度を落とし、第3楽章の主題も再現されます。 短いコーダは第1楽章の冒頭部分の再現から始まり、ロンドの主要主題とホ短調の終止和音で、激烈に終わります。
演奏時間は、約30分の楽曲です。

ポール・トルトゥリエ チャールズ・グローブス ロイヤル・フィル 1988年
Paul Tortelier    Charles Groves    Royal Philharmonic Orchestra

録音状態は良い。寂しい。寂しすぎる枯れた演奏かと・・・。
カップリング:
チャイコフスキー ロココの主題による変奏曲、ドヴォルザーク ロンド、エルガー 弦楽セレナーデ 発売レーベルはRegis(レジス)原盤はCarlton リマスタリング盤

1楽章
冒頭のフレーズ 「どぉ〜ど〜ふぁ〜 み〜れどれどし〜 し〜らそ しられ〜どしみれ ど〜 らら〜」
教会での録音(St Perter's Church, Morden)とあるが、残響はさほど強く感じない。
渋めの少し枯れた音で、有名なデ・プレ盤のような激しいモノではなく、晩年の演奏のためか、淡々と進む。
でも、これがまた郷愁を誘うのだ。

粘りけもなく、鬱陶しいほどの切々とした響きでもなく、冒頭のフレーズも、さらりとしている。
そのくせチェロ独特の響きが、ススキが茫々と生えてきる、晩秋の寒々しい風景が目に浮かんでくる。
感じる温度は低いが、でも、ふわ〜っとした雰囲気もあり、そのくせ毅然とした、野武士のような厳しさがある。あ〜 これがチェロの響きなのか。と、感じ入ってしまう。
テンポもゆったりしており、何も足さない。何も引かない。う〜ん。そんな雰囲気だ。 余計なモンは必要ないって感じがする。強くないのだ、じわ〜っと滲みてくる感じがする。
「そ〜らそし ど〜しらふぁ み〜ふぁれど しどしれ〜みれどら どらふぁ〜」 メッチャ寂しい。
声は擦れており、弱々しくも感じるが、静かに流れていく。
「ふぁ〜そ〜 ふぁ〜ら〜 しらそみ れみど〜し らしらどれ〜っ」
「ふぁ〜ら〜 ふぁ〜ら〜 れ〜ど れど〜」

オケも、ぱっと聴く分には、貧相な感じがするのだ。ひなびた温泉にでも来たような、人気のない、裏寂れた風景で、オケもチェロにあわせて、 ひとことで言うと、メッチャ地味。 でも、なーんか、エルガーの別の顔を見ているような演奏で、スルメ的な演奏だと思う。 年を重ねるごとに、きっと聴きたくなる盤なのだと思う。
演奏のことはよくワカラナイ。チェロという楽器も弾いたことはない。でも、晩秋、いや初冬の夜、ふと夜空を見上げて月を眺めているような、ひ〜っ 寂しい。
透明度の高い録音ではないし、機械的な無機質な響きでもないんだよ。暖かさは充分に感じる。 でも〜 寂しいっ。ひろひろ〜っとしたフレーズが続いくると、初老のおじいちゃんが持つ優しさもあるけど、なんだか人生下り坂になってるようで、この演奏を聴いていると寂しくなってしまう。 あ〜 これが無常観なのかしらん。

2楽章
「どみどしど〜 どみどしど〜 ふぁらどしど〜」 細かく震えた声で訴えてくる。ひえ〜
「ふぁっら らそふぁ〜 ふぁみ〜っ」
揺れ、震える刻みに、のけぞってしまう。テンポはゆったりめ。
熱くもならず、無窮動のリズムが、擦れた声で続くのだ。永遠に続くかと思うほど、擦れて枯れて・・・ 
まるで、木枯らしが吹いている風のなかに立っている、枯れた木のようで。
「どみどし どみどし ・・・」 ひえ〜寒すぎ。

3楽章
「み〜そ〜ど〜そ〜ら〜 ど〜れ〜み〜そ ら〜し〜ど〜」
ゆったりしたフレーズで、人生終わりって感じで、なんだか諦めの胸中のようで。
あ〜 どうしたら、この方を、お慰めできるのだろう。って感じになってしまう。
この楽章は、ちょっと女性っぽいフレーズが多く、おばあちゃんの雰囲気がする。暖かい暖炉でもあって、穏やかな空気と時間が流れているような。ほんわかとした、形があるような無いような。
妙に感覚的に訴えてくる楽曲で、がっしりしたドイツ風の構成ではないのだが、どこかストーリー性を感じられ、想像力をかき立てられ、雰囲気でやられる楽曲である。

4楽章
オケが、不安をかきたてるような序奏の後、チェロが、「ふぁ〜 ら〜そ〜らそ〜み れ〜どれど〜 しどら〜」 「どふぁら〜 らどら〜 れ〜しそふぁれ ・・・」と弾かれる。
哀愁タップリのフレーズだが、あ〜 やっぱ寂しい。
寂しさに耐えかねてしまうような、揺れに揺れて、擦れて枯れて〜萎み感がある。艶のない声で歌われてしまうと、めげてしまう。
ホント、力強く、しなやかに演奏されてこそ生きてくるのだが、あ〜トルトゥリエ盤では、枯れてきってしまったような感覚だ。
オケは、結構、重量を持っており、逞しく金管を鳴らして、硬めに演奏している。
しかし、全体的にはやっぱ枯れている。弾むリズムが出てくるところでも、イマイチ乗れない。
乗れないのが悪いわけではないのだが、う〜 充分枯れてしまいまして、瑞々しさが足らないっていうか。聴いている方が、ちょっと辛くなってしまう感じ。淡々と進むのだが、なんだか希望も萎んでしまって。
人生下り坂の方には、ちょっと聴くにはツライかもしれない。切迫しているわけじゃーないが、じわじわ〜 追い込まれちゃう心境になっちゃった。かといって、若い方が聴くと渋すぎ、枯れすぎで。う〜 難しいっ。
マイスキー シノーポリ フィルハーモニア管弦楽団 1990年
Mischa Maisky    Giuseppe Sinopoli  Philharmonia Orchestra of London

あちゃ〜

録音状態は良い。残響が少し多め。マイスキー盤は、慟哭がすごすぎて〜
ちょっと曲想がつかみづらい演奏に聞こえる。ぬめっとした感触だ。
カップリング:
1〜4   エルガー チェロ協奏曲(1990年)
5〜19  エルガー エニグマ変奏曲(1987年)
20〜22 エルガー 弦楽セレナーデ(1989年)
1楽章
冒頭、いきなり 「ふぁっどぉ〜 どぉ〜ふぁ〜」と、沈痛な声が起こる。
「みぃれどれし〜 し〜らそしられ〜 どしみれどぉ〜ふぁ」と、 重々しく、痛々しく、聴いててて辛く・・・
切なくなるような大きな旋律だ。 この冒頭、チェロのソロで奏でられるカデンツァが、楽章全体の雰囲気を占めており、悲劇が始まる合図のようになっている。
かなり印象的な始まりで、一度聴くと忘れないのだが、ちょっと・・・ ドンビキしそうになりそうなぐらい、オーバー。
まあ〜 マイスキーさんと、シノーポリさんのコンビだから、ある程度、想像はしていたが・・・。やっぱりすごかった。

重々しく痛々しい。 辛くて切ないが、マイスキー盤は、そして甘く・・・。という言葉が入ってくる。
恋いこがれ、待つ身の〜身をよじったような、焦がれる切ない気持ちなのだ。 はあ。なんとも、ラフマニノフ顔負けの雄大すぎるほど、雄大な恋歌である。
マイスキー盤の冒頭は、かなり力強く、粘りもあり、超オーバーなほどに、身振りの大きい演奏だ。
有名なデ・プレ盤も、相当に粘っこいが、ワタシ的には、マイスキー盤の方が、聞きやすいと思う。
フレーズの区切りが、わかりやすいことと、歌謡性に富みダイナミックであること、そして、シノーポリのオケの盛り上げが巧いことがあげられるだろうか。 クラリネットとファゴットの和音と共に、チェロが囁き、オケがあわさって入ってくると、オペラとは言わないまでも、劇的効果が、抜群で、高揚感が生まれてくる。
ワンフレーズ(序奏部分)が終わったら、すっかり1幕が終わった気分で、もういいわ〜という気分になるのだが・・・。
これが、なかなか終わらない。たらふく満腹になるまで、甘いフレーズが流れる。
「ふぁ〜そ〜 ふぁ〜ら〜 しらそみれみど〜」
「ふぁっら〜 ふぁ〜ら〜 れ〜ど れど〜」と、連綿と続く。最後、らそふぁっ この3音を、チェロがつま弾いて〜
余韻を残したまま、続いて2楽章へ
ワタシ的には、この1楽章で、満腹状態で〜 内心、ほぼ苦笑い状態なんですけどね。笑

2楽章
この2楽章の冒頭も、かなりの印象的なフレーズで、「どふぁら ふぁらどふぁ みみっ〜ぃ!」
つま弾いたチェロの音色の余韻が凄い。
その後、16音符で、タタタタ タタタタ タタタタ・・・と、蚊が飛んでいるようなフレーズに突入。
チェロの音は同じなのだと思う。同じ音で、ずーっと、タタタタ タタタタ タタタタ。と続くのだ。
その内、嫌になってしまいそうなのだが、オケの方で、ちょっと、わくわくしてくる伴奏がついている。
で、まあ。ちょっと風変わりな楽章になっている。

3楽章
う〜ん。甘くて優しいフレーズが纏綿と続いている。マーラー5番のアダージョ風。
旋律に、句読点の「。」が付いていない感じで、チェロが終始、ノスタルジックなフレーズを奏でていく。
私的には、盛り上がらず、ちょと物足りないのだが・・・ マイスキー盤では、わりと、このたらたら流れるフレーズの切れ目が、わかりやすい。 これは、シノーポリが巧いのかなあ。と思うのだが、この楽章、ほとんどチェロの独壇場なのだ。
言葉では、書き表しづらいフレーズなので、なんとも言いづらい。
「ふぁ〜し し〜ら〜そ どし〜しられ ど〜ど れら〜らし〜どふみ〜そらし〜しれど〜しらそ〜」
てな具合で、言葉にすると、まるで、お経ジャンっ。
このフレーズが、まだ聴き取りやすいっていうんだから。ふ〜む。息づかいなんだけどねえ。
一様に同じように山型にしちゃうと、ダメですねえ。山の強弱、高低がなかったら、変なんだと思うし、テンポがねえ
同じじゃー 弛緩しちゃう。そのうちに、慣れるのだろうか。

4楽章
「れっど〜 しっどれみ ふぁ〜み」 風変わりな、変なフレーズが、いきなり出てきて。
何じゃこれ。短い序奏をつけている。
チェロが哀愁漂うフレーズが、「どふぁら〜 ふぁ〜ら〜ど〜 れしそふぁれ〜 ふぁそみ〜 れ〜どれど〜」
まあ。哀しみを押し殺して泣いているって感じの雰囲気になる。
特徴あるフレーズで、歌謡的で、かなり印象に残る。
で、そのうちに、1楽章で登場した主題に戻ってくる。(全く同じではないと思うが)
「ふぁっら〜 ど〜ふぁそみ〜」
この短いフレーズが、パッチワークのように繋がっている。で、マイスキー盤は、この主題は、俊敏に動いており、反応が良い。心地良く弾かれている。
フルートなどの木管も合いの手を入れてくるが、同じカタチ。途中、おどけたフレーズがあったりするのだが、イマイチ、同じばかりだと、ちょっと〜飽きるかも。
そのうち、オケのチェロ軍団やコントラバスまで、ソリストのチェロと、同じフレーズを弾いていたりするし、金管や木管も、同じフレーズ音型で 吹き出すのだ。なんだろうなあ。自由な形式だとは思うんだ。

で、この最終楽章を聴き始めて感じたのは、特徴ある楽章が繋がっているのだが、構成全体が、イマイチつかみきれない。一応、1楽章は前奏曲として、2楽章はスケルツォ風。3楽章はアダージョ。
んじゃー この4楽章は、何? う〜ん? わかりづらいなあ。
1楽章、2楽章のフレーズが懐古調に戻ってきて、盛り上げて終わる。
私的には、デ・プレ盤よりはマイスキー盤が、聞きやすかったのだが、う〜ん。ところどころ美しいフレーズはあるものの、散漫な感じがすることと、ぬめっとした感触が、イマイチ好きになれない。何度か聴いたのだが・・・。
ワタシ的には、やっぱり肌にあわないようだ。
アルト・ノラス サラステ フィンランド放送交響楽団 1993年
Arto Noras  Jukka-Pekka Saraste
Radion sinfoniaorkesteri
(Finnish Radio Symphony Orkester)



録音状態は、透明度が高くて良い。繊細かつ切ない演奏で、フレーズのつかみが巧く、格調高い。カップリング:ドヴォルザーク チェロ協奏曲、バルトーク チェロと管弦楽のためのラプソディー第1番

1楽章
静謐な「どぉ〜どぉ ど〜ふぁ〜 み〜れどれ どし〜し〜ら そらぁれ〜 ど〜しみれどぉ〜ふぁふぁ〜」
この冒頭のフレーズで、いきなりやられてしまった。
深々として、まったりとしつつ、力強く簡潔に、静謐な響きを持ちながら、次の音への移行がたっぷりとした間合いに満ちている。
う〜ん。この冒頭だけで、ホント、やられてしまう。思わず、のめり込んで聴いてしまった。
ノラスさんの演奏は、大きなフレーズとしてのつかみと、たまりかねた様に次の音が出てくる頃合いが、なんとも言えない。
特に、悲劇的でも、悲痛な声が聞こえてくるわけでもなく、感情移入の強い演奏でもない。
でも、なーんて言うのだろう。切なく〜 それでいて暖かさを感じさせる、不思議な音色で、繊細であり、強さもあって、かなり心地良い。

ちょっと昔の映画風で、ちょっとテンポは遅めなのだが、うたいまわしの巧さが光っている。
女々しくないし、恋歌でもないし、マイスキー盤のように演歌調でもないし、現代風って言えば現代風なのだが、でも、ほろり〜と、させてくれる不思議な魅力がある。
エルガーと言えば「威風堂々」が代名詞のようになっており、高貴な〜という演奏を望んでいるのであれば、このノラス盤は、全く違うベクトルを目指している。
高貴じゃーないんだよねえ。この演奏は・・・。背筋を張って、粋がった演奏ではない。
フィンランド産だからかもしれないが、抒情的で、しんみり〜 リリックで、透明度が高く、静謐で、温度的には、ちょっぴりひんやりしている。
楽章最後、チェロが駆け上がっていくところも、足取りがしっかりしているくせに、柔らかく、のびがある。
「ふぁ〜そ〜 ふぁ〜ら〜 しらそみ れみど〜し らしらどれ〜っ」
「ふぁ〜ら〜 ふぁ〜ら〜 れ〜ど れど〜」と、オケもチェロにあわせて、地味な存在だが、出過ぎないところが、なんとも控えめで嬉しい。 3音をチェロがつま弾いて、余韻を残したまま、続いて2楽章へ行くところは、綺麗な音で〜
う〜、この控えめさが、たまんない。悶えそう。

2楽章
う〜ん なんと綺麗で濁りのない音だろう。で、細かく震えている。
マイスキー盤なんぞ、蚊が鳴いていると感じたものだが、ノラス盤では、動物・生物臭くない。 なんだろ〜 自然観も感じられるのだが、機能美って感じがする。
まるでヴァイオリンと間違えそうなほど、高音域と、中音域の響きがすごく良い。うつくしーっ。
技巧的には、わからないけど、しかし、これほど綺麗に音が揃って美音なのも、珍しいんじゃーないだろうか。チェロの音色って、多少、声がつぶれて、擦れているものがあたりまえだ。と思いこんでいたんだけど、 いや〜違うんだなあ。
知らなかった。 こんなに綺麗なチェロの音って、聴いたことがなかったような気がする。

3楽章
「みそど〜そら〜  どれみ〜 らしど〜 どしそ〜 そ〜 ど〜どしらみ〜 れ〜れ」
う〜ん。わけもなく涙ぐんでしまいそう。
こりゃ〜やられちゃったなあ。
このノラス盤だと、声を緩めるところが巧い。そっと耳打ちされているような気になってしまう。
全部の音を同じに弾かず、邪魔な?音を、そっと置いて、スムーズにフレーズの曲線を書いていく。
息づかいの間合いの良さと共に、小声になるところが、なんとも言えない。
フレーズのつかみが巧いのだろうか、自然なのだ。 歌としても聞こえるのだが、この歌が、通俗的ではない。天上的にすら聞こえる。 惚れ惚れとし、そして、ついには恍惚としてくる。
身を委ねたくなるほどの雰囲気で、オケも、チェロにあわせてくれて、ホントありがとう〜って感じ。
単純なフレーズなのだが、音のつなぎ 音の移行が、これほど丁寧で、美しく感じられるとはねえ。
音が、いつの間にか、移っているんだもん。浮遊感が大変心地良い。
「ふぁみれ〜み ら〜 み〜れど〜」
「どそら〜 どれみ〜 らしど〜」「どっ しっ そ〜」
「どれみ〜 らしど〜 どっしっ〜そぉ〜」 

4楽章
「れっど〜 しっどれみ ふぁ〜み れみ らっしどれ  れ〜どっ」
風変わりな、変なフレーズが、いきなり出てきてオケが、ちょっと強めに序奏して、そこにチェロの哀愁漂う声があわさる。
「ふぁら〜 そらそ〜ふぁそみ れ〜どれど〜 しどら〜」
「どふぁら〜 らどら〜 れ〜しそふぁ〜 ふぁそみ〜 れ〜どれど〜」
う〜 泣くわ。この演奏っ。
自分の弦で合いの手を入れてくるところなんて、ホント心地良いタイミング。
「ふぁっら〜 そ〜ふぁそみ〜」
1楽章で登場した主題が戻ってくるが、すぐに〜 こまわりの効いた落ち着かないフレーズが流れてくる。
「ポンっ ポンっ」と音が鳴ったり、弦が忙しく動き回って、フレーズが細切れになっている。
「ふぁっら〜どしらみ〜」という主題を、オケの低音と金管が、歯切れ良く奏でている。
ノラス盤では、チェロの豊かな響きと、美音、高音から低音までの幅の広さ。これに、まず驚かされた。
で、さりげない演奏ではあるが、強引に持っていかず、あくまでも、さらり〜としている。 高貴さなんぞ、関係なさそう。
強いて盛り上げず、虚無感が漂ってくるところが、体質というか、肌に合っているのだろうか。

しみじみ〜 ふかぶか〜 ゆったり〜 存分に聴かせていただける演奏だ。
ワタシ的には、この演奏が似合っているというか、他の盤に比べて、ずーっと相応しいのではないかと思う。
表面はひんやりしてて、繊細で、決してご大層に、媚びないところが好きである。 お貴族様的高貴さではなく、抑制され、控えめでありながら爽やかな格調さがある。 エルガーって、良いチェロ協奏曲を書いてくれたんだねえ。
こりゃ〜 みっけもの! う〜ん こりゃ絶品だ。拍手っ!
トゥルルス・モルク ラトル バーミンガム市交響楽団 1999年
Truls Mørk  Simon Rattle
City Of Birmingham Symphony Orchestra

いかすぜっ

録音状態はまずまず。さりげなく、内でメラっと来るタイプで、適度な泣きっぷりだ。
1〜4 エルガー チェロ協奏曲
5〜8 ブリテン チェロ協奏曲
モルクさんのチェロ協奏曲9枚組BOXより
1楽章
モルクさんはノルウェーのチェリストで、情感たっぷりに深々としたフレージングが素敵だ。
冒頭のフレーズ 「どぉ〜ふぁ〜 み れどれ しぃ〜 しぃ〜らそ しら れぇ〜 どしみれ どぉ〜 らら〜」
と、チェロが重音で、悲劇的フレージングを作り出す。
途切れそうな息づかいで、かよわい音が出てくる。
弱音の美しさと、ふっと間合いのなかの息づかいに、ぞくっとさせられる。
もう、この場面が命〜って感じのエルガーのチェロ協奏曲で、渋い音と、泣かせちゃうフレージングで、たいてい、のっけからやられてしまう。
泣かせるフレーズが満載なので、あまりに執拗にやられると、うぷぷ〜なので、聴き手の許容範囲がどの程度かによって、かなり印象が異なるように思う。以前、マイスキーさんの演奏を聴いて、あまりの慟哭に、ドンビキしそうになったことがある。あまりにさっぱりと弾かれてしまうのでは、せっかくエルガーを聴いている意味がないように思う。ズブズブでも、水分が抜けきったカスカスの枯れた演奏でも、ちょっと・・・という感じになる。
なので、チェロ協奏曲のなかでは、好き嫌いが分かれ、また、自分の肌に合う、好みのチェリストを見つけるバロメーターにもなるかもしれない楽曲かもしれない。

モルクさんのチェロは、控えめなのだが、内なるメラメラ〜感が感じられて好きだ。
ラトルさんのオケも、控えめに寄り添い、そして、波を突き動かすように大きく描いているもので、とても好ましい。
チェロって、ホントに男気のある色気を感じる楽器だと思う。
モルクさんのフレージングは、あまりビブラートをかけず、すーっと出てくる。音の出始めから、そこで波打つわけではなく、のびた後の余韻が楽しい演奏だ。音が減衰するところでの色気っていうと、ちょっと変なのだけど、ゾクゾクしちゃう。

2楽章
「どぉっ ふぁ〜 みぃぃ〜 れっ」
「どみど しど〜 どみど しど〜 ふぁらどしど〜」弦がつま弾かれ、細かく震えた声で、まるでギターのような響きを持ってている。喉の奥で、震える声が、ゾクゾクさせられる。
オケのパンチのある音に、呼応するかのようなソロで、静寂を感じさせ、静かに、「どみど しどぉ〜 どみど しどぉ〜」と奏でていく。野武士、風のごとく走るって感じで、足をカサカサ言わせて風のように素速く横に移動するかのようだ。
凄い間合いだ。居合抜きみたいで〜 すごい緊張感が走る。
ホント、チェロの音が、風の移動のように、細かい無窮動のようなリズムが印象的だ。

3楽章
「み〜そ〜ど〜そ〜ら〜 ど〜れ〜み〜そ ら〜し〜ど〜」
この楽章は、穏やかに歌っているが、さりげなく、あまりインパクトを与えない。

4楽章
オケが序奏部をつくり、チェロが、「ふぁ〜 らぁ〜 そ〜ふぁそみ れ〜どれど〜」と歌い始める。
大きくフレーズをとっているが、声を震わせて泣くのではなく、引き締まった耐えるフレージングで、息を詰めて泣く。
声を震わせるのではなく、声を、喉を、つまらせつつ泣いている感じがする。
オケも、大きくは鳴らさず、さっと後ろを、通り過ぎていく感じで、さっぱり〜
断片的なノスタルジックな写真を、細切れに出して見せるかのようでもあり、木管の音も、すーっと風のように通る。
軽快なロンド風の楽曲だが、やっぱり、イギリス楽曲だな〜と思わせるフレーズだ。
草原で、野ウサギが走るって感じで、のどかさと、ブラス風、歌謡風フレーズが、綴られている。
そこで、チェロが、まるで、草原のなかの太い樹木のように風を受け、揺らがずに、囁きを受け止めているって感じだ。
さりげないのだが、穏やかな丘陵地を感じさせるフレーズで、弦が揺れるというよりは、弦が押し出されるという感じで、優しい。

ワタシ的には、ノラスさんの演奏が好きだ。アルト・ノラスさんは、1942年生まれのフィンランドのチェリストだ。トゥルルス・モルクさんは、1961年生まれのノルウェーのチェリストで、双方ともに北欧の方である。モルクさんは、これから巨匠の道を歩もうとされているのだろう〜  お二人とも、情熱をメラメラ〜っと発散するタイプではなく、控えめがら、内でメらっとしているようで、ワタシは、惹きつけられる。
モルクさんのフレージングは、力強くありながらも優しく、適度なタメ感を持って、演奏されている。
風のように感じられる場面が多く、ぞくっとしちゃう。
アンヌ・ガスティネル ジャスティン・ブラウン バーミンガム市交響楽団 2003年
Anne Gastinel Justin Brown
City of Birmingham Symphony Orchestra

録音状態は良い。音色が渋いしストイックすぎて、初めは、あまり印象が深く刻まれないのだが、噛めば、じわ〜っと出てくるような演奏である。
カップリング:エルガー チェロ協奏曲、バーバー チェロ協奏曲

1楽章
冒頭のフレーズ 「どぉ〜どぉ ど〜ふぁ〜 み〜れどれし〜 し〜らそられ〜 ど〜し れ〜どらふぁ〜」
カスティネルさんのチェロは、メチャ渋い。渋い。ホントに渋い。
もちろん、上記のフレーズに、まだまだ、いっぱい音が詰まっているのだが、粘りけがあるくせに、いやにさっぱりした感じもして。う〜ん。こりゃ渋いっ。
続くオケも、かなり弱音で添っている。
「どれみふぁそ〜 みふぁそし〜 みふぁそし〜」と、泣きそうな声で囁いている。
「れらそし どしらふぁ みふぁれど みふぁみふぁ みれどし」
弱音の悲しみを押し殺した音には、これには、参ってしまう。
決して強くもなく、線も細めなのだが、この抑制の効いたストイックさには、脱帽である。
初めて聴いた時には、う〜 弱々しく、あまりにストイックなことから、訴えかけてくるものが、他の盤より強くなく、これは弱いな〜と思ったのだが、何度か繰り返して聴いて、じわーっ。
数度聴いて、思わず、のめり込んでしまった。
特に、変哲もなく、いたって普通だな〜という印象を受けたのだけど。はぁ。噛めば噛むほど、じわ〜っ。
こんなにじっくり、じわ〜っと滲みだしてくる演奏って、珍しいんじゃないだろうか。
決して派手な楽曲ではないし、、、、。
使用されている楽器は、「テストリーノ1690」っと、CDに掲載されている。
フレーズは大きく流れないし、堰を切ったような悲痛さでもないし。わりと、タンタンっと流れていく。 世俗的な私には、もう少しは、歌い込んで欲しい気もするけれど。 通には良いかもしれない。
マイスキー盤やデ・プレ盤とは、う〜ん、かなりかけ離れたところに位置する1枚だと思う。

2楽章
「どみどしど〜 どみどしど〜 ふぁらどしど〜」 細かく震えた声で訴えてくる。
オケの間合いの入れ方も、ポンポンっと響くリズミカルな音で、チェロとの呼吸もあっていて、間合いが生きているように思う。音の大きさも頃合いで〜 大変嬉しいフレーズだ。
「ふぁっら らそふぁ〜」 ふぁみ〜っ。揺れる 震える 小刻みに。
蚊が鳴いているって感じた盤もあるが、こりゃ〜 全く違う。
自分の描いたリズムに、ぼちぼち〜目覚めたように、蠢いてくる。
この小刻みに動く弦の速さに驚かされた。これチェロだよねえ。
たっぷり、弓の長さを生かして、弾ききるのがチェロだと思っていたのだけれど、まるでヴァイオリンの無窮動のフレーズのように、「たらら ららら・・・」メチャ速い。へえ。この速さ、すげっ。
うっそ〜と思うほど速くて、それもメチャ弱音なのだ。
「どみどし どみどし ・・・」 それもメチャ速いのに、すごい震えが発せられているのだ。へえ。すげっ。
3楽章
「みそど〜そら〜  どれみ〜 らしど〜」 渋い声で抑えている。
ゆったりしたフレーズで、人生終わりって感じで悲嘆に暮れるって感じがする。
悲痛じゃーないし、声をあげて泣いているわけでもないのだが、なんといえば良いのだろう。
虚無感にかられ、諦念と感じるような声っていうのだろうか。
かといって、無気力にもなってないんだよねえ。
緊張を強いる演奏ではないし、胸ぐらをしめつけられる声でもないのだが、どっか飛んでるんだよな。
この演奏の情感は・・・。
超絶って感じでもないし、第三者的と言えば悪く聞こえそうだし、客観的というのも、他人事風でダメだし。でも、のめり込まないし、のめり込みも要求しない演奏なのだ。
でも〜 別次元なんだよなあ。
どっか飛んで、ちょっと俯瞰しながら演奏しているっていうのか。彼岸的って言うのも、ちょっと違うんだが。
聴き手とは、迎合せず、同じ土俵では演奏されていないような気がする。

4楽章
オケが変な序奏を描いた後、「ふぁら〜 そ〜らそ〜ふぁ れ〜どれどぉ〜 しどら〜」
「どふぁら〜 らどら〜 れ〜しそふぁ ふぁそふぁみ〜 れ〜どれどぉ〜」
哀愁タップリのフレーズだが、渋いっ。甘さって言葉が無いような、渋さだ。
フレーズの語尾を、ちょっとはしょって、縮めてしまうところがあるのだが、そこが揺れを生んで、儚げに〜 メチャ儚げに聞こえてくる。
でも、ためて〜 ためて〜と言うタイプではないくせに、メチャ クールなくせに、情感がこそっと入っている。
うふふ。変な温度感覚である。で、ほくそ笑みながら、テクニシャンだよなあ。と思ってしまう。
間奏曲風になっているところなんぞ、ふぁらふぁら〜っと、テンポは速いし、風のように揺らめいている。
輪郭は、ありながらも透明で、形が無いような。不思議な感覚に陥る。
オケも、いい音で低音が響いているが、響きすぎず・・・ さらっとした感覚で終わらせている。
まったりさせようと思ったら、まったりできそうな雰囲気なのだが、乾燥気味に響いている。

後期浪漫派的に、ちょっとご大層に演奏されそうな楽曲なのだが、たっぷり歌うことはないくせに、ガスティネル盤は、ゲンダイ風味も持ちながらも、渋く 渋く、辛口ワイン のようだ。
いや、食前のシェリー酒のような、それも、樽の香りもほのかに漂ってくるような・・・。
そんなところもあり。とーっても不思議な盤である。また聴いてみようと思う。
1965年 デ・プレ バルビローリ ロンドン交響楽団 EMI  
1988年 トルトゥリエ グローブス ロイヤル・フィル  Regis ★★★
1990年 マイスキー シノーポリ フィルハーモニア管弦楽団 ★★★
1993年 ノラス サラステ フィンランド放送交響楽団 Apex ★★★★★
1999年 モルク ラトル バーミンガム市交響楽団 ★★★★
2003年 ガスティネル ブラウン バーミンガム市交響楽団 naïve ★★★★
所有盤を整理中です。

「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

Copyright (c) mamama All rights reserved