「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

コルンゴルト ヴァイオリン協奏曲
Korngold: Violin Concerto

コルンゴルト(Erich Wolfgang Korngold)は、1897年生まれのオーストリア生まれの作曲家です。
子供の頃は、神童ともてはやされたそうですが、ナチスドイツの台頭によりアメリカに亡命し、強い後期ロマン派の雰囲気を持つ映画音楽を作曲されていたようです。ウィキペディア(Wikipedia)を元に記述すると、ヴァイオリン協奏曲(作品35)は、1945年に作曲され、ハイフェッツの独奏により初演。批評家からは、「時代錯誤」のそしりを受けたそうです。

第1楽章 ニ長調 ソナタ形式(またはソナチネ形式)自由な形式の幻想曲風の楽章
序奏なしでヴァイオリン独奏が歌う旋律は、1937年の映画音楽「砂漠の朝」のテーマ音楽が原型で、わずか5音で2オクターヴの音程を駆け抜けます。躍動的な第2主題を経た後、中間部は、39年の映画音楽「革命児フアレス」の「カルロッタの主題」の旋律が、ほぼヴァイオリン独奏によって引用されます。この主題は、イ長調に終始し、その後の第1楽章の変奏とカデンツァを準備する役目も果たしています。カデンツァの後に再現部となり、第1主題がオーケストラ全奏によって呈示され、「カルロッタの主題」の回想とその展開が続いた後、第2主題によって溌剌とした締め括りを迎えます。

第2楽章 ト長調
神秘な導入部に導かれて、ヴァイオリン独奏による主題が始まります。36年の映画音楽「風雲児アドヴァース」から取られており対比的な中間部を経て、再現部で丹念に変奏されます。中間部は、このために新たに書き起こされたもの。

第3楽章 ニ長調 ロンド・ソナタ形式
ヴァイオリン独奏にとって最も技術的要求の高い楽章で、スタッカートによる跳躍音型の第1主題に始まり、第2主題は37年の映画音楽「放浪の王子」のテーマ音楽からで、ヴァイオリン独奏により変ロ長調で呈示されます。全曲の華麗な幕引きに相応しく、超絶技巧の駆使されたクライマックスを築き上げていきます。

世紀末ウィーンの残り香を漂わせた、濃密で抒情的な音楽語法で作曲されていると言いますが、むしろ、ワタシたちにとっては映画音楽ほど、親しめるものはないでしょうし、実際、この楽曲は、従前のヴァイオリン協奏曲よりも、楽しく、華やかで、自由な雰囲気を持っており、とても新鮮に感じます。ヴァイオリンに求められるテクニックは、半端なく難しいようですが、とても耳に馴染み、親しみをもって受け入れられるのではないでしょうか。とっても、楽しい曲です。

シャンタル・ジュイエ ジョン・マウチェリー ベルリン放送交響楽団 1995年
Chantal Juillet John Mauceri 
Rundfunk-Sinfonieorchester Berlin
(Berlin Radio Symphony Orchestra)

う〜ん。どうだろ

録音状態は良い。線が細く硬めで、たっぷりの重量感と伸びやかな余裕が感じられない。

カップリング: コルンゴルト ヴァイオリン協奏曲
クルト・ワイル ヴァイオリンと管楽オーケストラのための協奏曲
エルンスト・クシェネク ヴァイオリン協奏曲第1番

このCDは、デッカ 退廃音楽シリーズ(全10巻)として発売されていたうちの1枚である。シリーズのなかには、ツェムリンスキーの抒情交響曲とかも含まれているが、ここでは、コルンゴルトを・・・。
コルンゴルトは、オーストリア生まれだが、ナチス台頭とともにアメリカに逃れ、ハリウッド映画と深く関わった方である。
このヴァイオリン協奏曲も、映画音楽からの転用が多いらしい。

今聴いているワタシにとっては、その当時の映画なんて知らないので、転用なのかどうかさえ、定かではないし〜 どんな映画で使われたのか、実際に、映画そのものをリアルタイムで見てないので、よくわからない。
そんなことよりも、とても甘美なフレーズが流れてくるので、超驚かされる。
ゲンダイオンガクの時代なのに、へぇ〜 時代錯誤だよなあ。とは思うのだが、即物的で、よくワカラン難しそうな、とっつきづらそうな音楽よりは、遙かに親しめてしまう。

ウィキペディア(Wikipedia)で調べてみたら、
・・・亡命者仲間でヴァイオリニストのブロニスラフ・フーベルマンの説得によって作曲されたが、結局のところ、1947年2月15日に、ヤッシャ・ハイフェッツの独奏と、ウラディミール・ゴルシュマン指揮セントルイス交響楽団の演奏によって初演が行われた。
初演の際、批評家から「時代錯誤」のそしりを受けたが、その後もハイフェッツが演奏と録音を続けたことにより、コルンゴルトの最も有名な作品という地位を固めることができた。・・・(中略)・・・
ハイフェッツ生誕百周年を記念した音源の復刻や評伝の出版などを通じて、この作品の存在が浮き彫りにされ、またそれに前後して、ギル・シャハムやヒラリー・ハーンらの若手による積極的な録音やコンサート演奏により、この作品の魅力が再発見されるに至った。
こうして現在では、サミュエル・バーバーの作品と共に、20世紀の新ロマン主義音楽の代表的なヴァイオリン協奏曲に数えられるようになった。・・・とあった。

ハイフェッツさんが、さかんに取り上げて演奏してくれたおかげ。とのことにも驚いたが、ワタシ的には、ムター、シャハム盤も所有しているし、バーバーのヴァイオリン協奏曲も大好きである。
20世紀の新ロマン主義という言葉も、あまりよく理解できていないが、ワタシ的には、聴かせて何かを感じてね〜的な提示型の音楽というか、聞き手に対して感じて考えろと言わんばかりの芸術よりも、わかりやすい、理解しやすい、素直に訴えるような音楽の方が、うれしいと思う。

さて、ジュイエ盤だが、線が細い。ヴァイオリンにマイクが、届いてないんじゃーないかしらんと思ったほど。
冒頭には、甘くて夢のようなフレーズが登場する。
「しみ しぃ〜 みらぁ〜  そぉ〜ふぁみれ どぉ〜 みしぃ〜」
「しふぁ どぉ〜  しら〜 ふぁ〜みぃ〜 ふぁ そ そぉ〜」
「そぉ〜 らしみ そぉ〜 らしみ そぉ〜 らしみ そぉ〜」

粘りけは少ないけれど、甘美ではある。でも、艶のある幅のある音色ではないので、とろけるような濃密で、妖艶な〜という形容詞はほとんどあてはまらない。むしろ、密度の濃さが少なめで冷たい音質に感じる。
で、ところどころに、これで〜 めいっぱいというフレージングのように聞こえるし、どうも、選曲に合ってないように思うんですけど、どうでしょ。

太めの声の方が、この楽曲にはあっていると思うのだが、たっぷり、響くようなヴァイオリンの音ではない。
特に、2オクターブほどあがっていくフレーズがあるのだが、う〜ん、ちょっと役不足かもと思わせる艶のある音ではなく、細身で、怜悧さを感じさせる楽曲の方がいいのではないかなあ。
コルンゴルトは、良く響く声で、たっぷり〜低音からわき起こってくるパワーが必要ではないかなあ。細身ではちょっと苦しいように思うのだ。
聴き応えありの箇所では、声楽家の声のように、揺れながら、ぐぃ〜っと、伸びていって欲しいんだけど、ちょっときつい。
カラダの線が細めで、硬くて、首を絞めたような、しまった感じの声のようで、甘く声を震わせて、突き抜けて行ってくれることを期待すると、かなり裏切られちゃうかも。

う〜ん。男っぽく、荒々しさと、身をよじるような色香と、両方を持ち合わせて、重量感たっぷりに歌う、幅のある演技力が必要とされるように思う。
この楽曲には、相当な役者じゃないとつとまらない。その点、音の響きが揺れないで、そのまま締まった音で響くようなヴァイオリンでは、ちょっと〜 また、ジュイエさんの声は、ビブラートのかけ方が少ないというか、声を震わして歌ってくれないというか。う〜ん。そこが、ちょっとねえ。
とりあえず、 音幅に、余裕が感じられないので、ちょっと残念です。
3楽章の速い楽章になると、すーっとした響きが好ましく感じるのだが、楽しげに、冒険活劇風に、活発に弾んでいるとは、ちょっと感じないので、かなり不満が残ってしまった感じです。

ムター プレヴィン ロンドン交響楽団 2003年
Anne-Sophie Mutter    André Previn
London Symphony Orchestra

こりゃ良いわ〜拍手

録音状態は良い。たっぷりと、妖艶に、絢爛豪華に歌いあげ、男装の麗人さながらに冒険活劇も演じるという多才ぶりで、すごぉ〜い。
カップリング:
1〜3 チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲 ウィーン・フィル(2003年)
4〜6 コルンゴルト ヴァイオリン協奏曲 ロンドン交響楽団(2003年)
1楽章
いきなりソロヴァイオリンが歌い始める。
「しぃ〜み  しぃ〜みらぁ〜〜 そぉ〜ふぁみれぇ〜 どぉ〜みしぃ〜」
「しぃ〜ふぁ しぃふぁ〜 どぉ〜〜し らぁふぁふぁ〜みぃ ふぁそぉ〜」
「そぉ〜 らしし そぉ〜 らしし そぉ〜 そぉ〜らしし・・・ 」
まあ、ムター盤で聴くと、こののっけからのフレーズで、やられてしまう。
とろけるような美音と、まったりしたフレーズ、絢爛さで、ムンムンしており、いきなり別世界に連れていかれる。

この楽曲は、ムターさんのために創られたのではないかと思うほど、完全フィットしている感じがする。
お肉で例えると、霜降り、レアで肉汁がしたたり落ちて、舌のうえで脂が溶けちゃうという感じでしょうか。
上質で、たっぷりした情感と共に、どこか枯れた内省的な声を秘めており、声を震わせて、身をよじって、うねりながら上昇する感じがする。
高音域のすーっと昇っていくところが、華麗で、官能的すぎるほど〜 泣きのツボをしっかりと押さえて離さない。
すっと音を抜いているというか、すっと消えるかのようなところもあり、これがまた、悩殺の要因のひとつかも。
オケの方も、間合いをゆったりとって、ヴァイオリンが飛び跳ねるかのようなところも、ぴたっと、弦のパッセージを受け止めている。また、冗長的にならず、緩んだところがなく、木管のフレーズも綺麗に聞こえてくる。

2楽章
この楽章も、短い序奏後、ソロヴァイオリンが静謐な音で入ってくる。
「みぃ〜 ふぁぁ〜」 「みぃ〜 ふぁそらそふぁみ れぇ〜 み ふぁそぉ〜 ど〜れみふぁみれど しぃ〜 ど れ みぃ〜」
「み ふぁそら しどぉ しらそ ふぁ そらしぃ〜 み ふぁそらそふぁみ れ みふぁそぉ〜」
下手したら、甘い映画音楽に俗世に落ちそうなフレーズだが、しっかりと、すーっと透る音で、高音域で奏でられる。
低音域に入ると、図太い音に変化して、すごく身のこなしが優美で、う〜 これは悩殺でしょ。
セクシーすぎて唖然としちゃう。
もちろん、後期ロマン派の豪華絢爛な香りを存分に放っているが、どこか前衛的なところを感じる。

3楽章
滑るような短い序奏のあと、暴れ馬に乗ってるかのような、うねりを伴ったヴァイオリンの跳躍が続くなか、オケが、「しぃ〜みし そし らふぁど・・・」という主題を、こっそっと弾いている。ホント、冒険活劇の主題そのまま〜という感じで、威勢が良く、とっても楽しいが、とても激しい跳躍だ。
これが終わると、「ど そ ふぁ〜れ みどそ ど れし ふぁれ みぃ〜」という旋律を、ヴァイオリンが奏でて歌う。
ここは、まるで、お調子者のウソ吹く兄ちゃんが、格好つけて闊歩しているかのようで、ちょっとコミカルだ。
ヴァイオリンと、オケの掛け合いも楽しく、主題を使い回して、ラストは金管が登場して、アメリカ映画さながらの様相を呈してくるが、まま、この辺りは、ご愛嬌かも。

1930年代頃の映画なんて、見たことがないのですが〜 娯楽映画なのかなあ。
まあ、それにしても、妖艶に、絢爛豪華に歌いあげるかと思えば、男装の麗人さながらに、冒険活劇も演じるというような伊達な役者ぶり、多才ぶりで、もうすごぉ〜い。すごいっ。そのひとことで、ムターさんの独演場です。恐れ入りましたっ。

1973年 ウルフ・ヘルシャー マッテス シュトゥットガルト放送交響楽団 EMI  
1993年 シャハム プレヴィン ロンドン交響楽団  
1995年 ジュイエ マウチェリー ベルリン放送交響楽団 Dec ★★★
2003年 ムター プレヴィン ロンドン交響楽団 ★★★★★
所有盤を整理中です。

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