「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

モーツァルト ピアノ協奏曲第23番
Mozart: Piano Concerto No.23
K.488


アシュケナージ フィルハーモニア管弦楽団 1980年
Vladimir Ashkenazy
Philharmonia Orchestra of London

録音状態は良い。響きが芳醇で、まろやかだ。でも〜 なんだかリズム感がイマイチで、う〜ん。
カップリング:モーツァルト ピアノ協奏曲第23番、27番
他に全集もあり。

1楽章
冒頭は、す〜っと始まるが、総体的に艶やかな音色で、色彩的な雰囲気を持っている。
木管の響きも残響を伴って、ふわ〜っと広がってくるし、録音状態が良く、たっぷりとした響きを持っているので、かなり芳醇で、まろやか。
まるで、ワインの栓を開けてグラスに注ぎ、その香りをかいだ瞬間のようだ。ふわ〜っと広がる、その香りの広がり感が、たまりません。ワインというより、この広がりは、コニャック風。
弦の音の響きが、豊かで艶やかなので、まず、のっけからやられてしまう。で、クラリネットの甘い香りが、そこに追加されて〜 ますます弦に艶が乗ってくる。う〜ん。アシュケナージさんのピアノを待つまでに、やられてしまうんですね。
弦の弾き方は、滑らかで、すらすら〜っと流れて、フレーズ自体は、さほど膨らまないんだけど、多分、残響にやられてしまうんだろうなあ。ホント、ほどよい残響があって、木管の響きやピアノの響きが、教会のなかで、ドームの天上付近で聴いているような感覚に陥る。
でも、スタジオらしんですけどね。77年から86年にかけて全集録音されているが、う〜ん。すごい良い録音だと思う。弦の、艶とハリのある美音で、恐らく、ほとんどの方がやられると思う。
で、肝心のアシュケナージさんのピアノだが、これももちろん粒も良く、音色も良いし〜 明るく素敵な演奏だと思う。
ちょっぴり楽天的かなとは思うけれど、モーツァルトだから良いんじゃーないだろうか。
シンキクサイ、モーツァルトって、なにか似合わないような気もする・・・。
ちょっぴり華麗で、ツヤツヤしてて、こじゃれた装飾的なサロン風演奏会って感じを受ける。
素朴感とか、清楚さとか、スッキリ系ではない。ひとことで言っちゃうと、音の響き=芳醇さに価値を見いだして、ほくそ笑んでいる感じ。
ピアノも、オケの響きに負けないぐらい、パラパラパラ〜と響いている。オケの低音に響きがたっぷりあるし、ピアノの音も目の前で弾いている感じがする。
ただし、アシュケナージさんのピアノは、1音1音のしっかりした粒立ち感より、形が揃っておらず、流れているように感じちゃう。はしょっちゃうところもあるようだし。う〜ん。こりゃ1粒より、雰囲気でしょうね。
「タラララ らったたぁ〜」というフレーズには、シッカリと、粒を意識しているところと、流しちゃうところと、わりとはっきりしちゃってるな。って感じだ。楽しげで流れとしては悪くないんだけど、まっ 予測、予想どおりに音が流れ出てくるって感じデス。

2楽章
う〜ん。この楽章は、先の楽章とはうってかわって、流れが停滞していて聞きづらい。
ピアノとしては、聴かせどころなのだが、一気にくすんでしまって、音が滞ってしまう。
ボクトツとした語りぐちで聴かせようとしているのかもしれないけれど、わざとらしいというか。切々としようと振る舞っている感じはするんだけど、イマイチだなあ。
哀愁を込めているのだろうけど、切々としてこない。音はよく響いているが、心に響かない。
なにせ、フレーズが細切れになってて〜 情感の高まりがイマイチ。
感情に幅が感じられないというか、表面的というか。フレーズの膨らみが足らないのか、横には流れるが、起伏がないというか。音を置きに行っている感じがして、息づかいが悪いし、間合いは詰まってるし、歌心が無いっていうか、ワタシ的には退屈でダメです。

3楽章
これは、ハイ、メチャ楽しい3楽章で、飛んで跳ねて〜 こりゃ格好の楽章で〜と言いたいところだが、わりと平凡。
でも、ツボにはまっているというか、たらたら〜 てれてれ〜とした感覚なのだが、よく流れる。
23番の外面的で派手やかさが、全部出ているって感じるほど、華麗で、ダイナミックで、2楽章とはうってかわって、おしゃれな楽章なのだが、
木管のボコボコ〜 ペコペコ〜 高音域の弦の色彩的な響き。
って、ピアノより、オケの感想ばっかりなんですけどね。(笑)
う〜ん。2楽章は、さっぱり〜ダメ。だが、3楽章は、アシュケナージさんの通俗性、大衆性というか、わかりやすさが前面に出ているような気がする。
でも、付点のリズムがイマイチ的。いや〜イマイチというより、付点が嫌いなのかなあ。
ピアノの右手のコロコロ感はあるが、総体的に〜弾まない。というか、弾み方が低い。
跳躍して的を狙って、上から降りてくるような跳躍感ではなく、そのまま横方向へ跳躍している感じ。
体操の時間、決められた横幅を飛んでいるような感じだ。そう、反復飛び風である。
この23番の最終楽章が面白いって感じた最初が、このアシュケナージ盤だったのだが・・・。

今、聴くと、う〜ん。確かにモーツァルトのころころ感が楽しいし、明るくて楽天的で、オチャメ感がたっぷり詰まっている。でも、ピアノとオケの演奏として聴くと、う〜ん。このアシュケナージ盤は、流しているような雰囲気がしてくるのだ。
なんでだろう? 聞きやすいんだけど。初心者向けなんだろうか。
締まりがないというか〜 う〜ん。決め手に欠けているような気がする。
反復横跳びでは、面白くないってところだろうか。立体的に聞こえてこないところが、悲しい感じがする。なかなか良い要素も多い演奏なんだけど、ハッキリ、メリハリがついていないと感じ始めると、なんだか、モノ足らない〜 かったるい〜って感じを受けちゃう演奏である。

ゼルキン アバド ロンドン交響楽団 1982年
Rudolf Serkin
Claudio Abbado
London Symphony Orchestra

録音状態は良い。ちょっぴり硬めで、跳ねてくれるモーツァルトではないが、1音1音が丁寧で、ボクトツとしつつも味わいあり。
カップリング:モーツァルト ピアノ協奏曲第23番、27番

1楽章
すーっと入ってくるが、幾分テンポはゆったりしており、ころころと転がっていくモーツァルトという感じではなくって、かっちりしている。
ゆったりしているが、余裕を感じさせるほどの、遊び心が少ないというか、即興性を、あまり感じないというか。音としての粒立ちは、綺麗だし、きっちり形が整っているんだけど。
いい意味で言うと、丁寧で、安定感がある。
ワタシ的には、オキャンなお転婆モーツァルトの方が好きなのだが、この楽章では、もちっとピチピチしてて欲しいのだ。もっともゼルキンさんが、70歳代後半の演奏だと思うので〜 無理っぽいが。
いくらなんでも、80歳を目の前にして、お転婆なモーツァルトにはならないだろうし。
年齢を重ねると、落ち着いている演奏が好きになるのかもしれない。
飛んだり、跳ねたり、どっちに向かって行ってしまうか危うげなところが、モーツァルトの魅力でもあるのだろうけど、この楽曲では、ちょっと・・・。やっぱり、今は、若々しく、ピチピチしてて欲しい楽章なので、安定しすぎると面白くないかも。

2楽章
この楽章は、しんみり〜 さすが年輪が違う。(←と、先に言ったことと正反対のことを言ってしまう)
モーツァルトの怖いところは、明るくて、活気のある両楽章の間に、これほど、しんみり、暗めの雰囲気を持つ楽章を挟んでしまうこと。
ここのアダージョでは、ゼルキンさんの演奏は、ボクトツとしているのだが、スルメのように味わいがある。
すごくテンポは遅い。「ふぁ〜らそふぁ みふぁそどぉ〜」と呟いている。
抑揚は、さほどついていないし、淡々としているのだが、この淡々とした語り口が、素朴さがあり、おじいちゃんのお話のように、じんわりと入ってくる。

3楽章
23番って言えば、この楽章なのだ。メッチャ活気があり、喜び跳ねているような跳躍感のある楽章だ。
「ふぁっし し〜 らそ そふぁみれ・・・」
低音のファゴットが、ポコポコっと鳴っているなか、オケの音色も明るく可愛く響いている。
安定感のある、丁寧な弾き方で好感が持てる。でも、もう少し、ぽ〜んと飛んで欲しい。
じわ〜っと噛みしめるような雰囲気はあるが、柔らかいけれど硬め。動きが硬いっていうか。
装飾的なフレーズのところが、ゆったり〜してて、やっぱお年なのだろうか。
でも、高年齢でモーツァルトを弾こうっていうところが、凄いのかもしれない。

絹糸のような柔らかで光沢をもった演奏じゃーないんだけど、ざらっとしつつも柔らかくって、う〜ん。
丁寧に演奏されているというか、1つの音が、ふわっとしていながら、タッチは硬めって感じで。う〜ん。
なかなかに表現するのは難しい。なにせ、ひとことで終わらせない風合いがある。
聴けば聴くほど、特に、2楽章が沁みてきて・・・。うるうるしちゃう。

シフ シャーンドル・ヴェーグ 1989年
カメラータ・ザルツブルク室内管弦楽団

Andras Schiff Sándor Végh
Salzburg Camerata Academica Mozarteums

 → 

録音状態は良い。1楽章は風のように、2楽章は内気な女の子のように、軽めで暖かい風のように、そよぐ演奏である。ただ、3楽章は、快活に演奏して欲しいかな。
カップリング:モーツァルト ピアノ協奏曲第23番、22番

1楽章
なにげに、すーっと始まってくるモーツァルトである。
「ふぁ〜れ み〜そどみらど しらそふぁ ふぁ〜らそふぁ」
なんとも爽やかだ。まず、この冒頭のヴァイオリンの軽さに驚いた。暖かいけれど、すーっとしているというか、ふぁ〜っと入ってくる、この風のような爽やかさは、なんだっ。
頬をなでられているというか、耳元にふっと息を吹きかけられたような感覚で、メチャ驚いてしまった。
なにせ、ヴァイオリンの奏でる軽やかさ、これに、まず驚かされる。
クラリネットの音色も、艶っぽいわけではないけれど、非常に誠実感があって、手元で軽やかに解放されているような、空気感がある。
で、シフさんのピアノが、始まっているのに〜 思わず忘れてしまいそうになった。オケの奏でる導入部が長いので、思わず聞き惚れてしまうのだ。
しかし、シフさんのピアノも、ホント主張しているわけでもなく、オケの一部になっていて、軽やかに演奏されている。

ぎゃーぎゃー 文句を言ってしまいそうになる演奏もあるんだけど、いや〜はや〜 この軽やかで、ふんわり感と、羽毛のような柔らかく、弾力のある演奏には、惚れ惚れ。
思わず、羽毛枕に顔を埋めてしまいたい気分に・・・ なっちまった。
ピアノとオケが一体となって、強い主張をしないままに終わってしまうのだが、これが、なんとも言えない雰囲気を持っていて、単に軽やかで羽毛のようだ。という感想では、ホントはまずいのだが。
まずは、それしか言葉に出てこない。(うぐっ。ワタシって、なんとも語彙の乏しい人なんだろっ)
繊細さもあるが、神経質にならず、聴き手を、ほんわかと包む大きさを感じる。
奥行きがある演奏でもないし、粒立ちのよさも、カラフルさもないし、飛んで跳ねて〜というオキャンなお転婆風でもない。いっけんジミなのだ。音色がおとなしく、ガッツもないし、アクセントも強くない、間違ってもアーノンクールさんのような鋭角な刺々しい演奏ではない。
角のとれた、まるみのある穏やかな演奏で、木質的で、色彩的には薄いパステルカラー風。

等身大で親しみやすいけれど、雰囲気的には、春風のようだ。ピアノの玉が転がるようなフレーズもあるが、指が丸く、まるまって〜 全体的に小さく転がっていく。小指を立てて、押し込むところもないし、ぴ〜んと跳ねていないし、親指でゴ〜ンと弾くわけでもない。
5本の指が均一化されているっていうか。意識して、小さく丸まっている感じがする。
↑ 見たわけじゃーありません。あくまでも想像の世界。
アクセントをつけたい、「タラララ らったたぁ〜」というフレーズでも、シフさんは、意識しているのか、アクセントをつけていない。ついつい、らったたぁ〜というところは、「ら」を大きくしちゃいそうなモンなんですけどね。
カデンツァだって、壮大じゃーないんですよぉ。こぢんまり〜 可愛く小さい。
ついつい、ご大層に弾いちゃいたいところだと思うんですけど。(聴き手も、期待しているところもあるんだけど・・・)これが、全く違うんだよねえ。

2楽章
この楽章は、シフ+ヴェーグ盤の真骨頂という演奏になっている。
白眉というか、夢想の世界というか、雲の上の人というか、はあ〜 別世界で、この世の世界とは、もはや思えないような・・・ まっ 世俗的じゃーないですね。この演奏は。
幾分しんみりしているけれど、ふわ〜っと、秋風が吹いて、小さな葉っぱが揺れて、宙に浮きそうな感じになっている。哀愁が漂うというほどではないけど、切々としていることは確か。
切迫感はないのだけど、形にならない物体が、何かがすーっと流れているような気配だ。
シフさんのピアノは、丁寧に1音が響いているし、小刻みに響いているが、どこか形になりそうで、ならない、形になれないような感じの演奏だ。
言いたいことはあるけれど、でも言えないような〜 内気な女の子が居るって感じかなあ。

3楽章
23番って言えば、この楽章で、私的には、ここはメッチャ活気があり、喜び跳ねているような跳躍感のある楽章だと思っているのだが。これが、全く違ってて〜 
シフ+ヴェーグ盤だと、う〜ん。小粒になってしまって、ワタシテキには、不完全燃焼に終わってしまう。
もっと、え〜 踊ってくれぇ〜 歌ってくれぇ〜 跳ねてくれぇ〜
なんとも悲しい楽章になってて、切なくなっちまうのである。
もっと派手に演奏してくれたら嬉しいのだが、あ〜っ。泣きたくなるほど、活気溢れる演奏とはほど遠い。
1楽章は、まるで風だったし、2楽章は、内気な女の子。
3楽章は、これは可愛く鳴っているけれど、発散するかのようなダイナミックさは無い。
でも、内気なんだけど爽やかで、さらり〜っと流れていってしまう。
「そ〜し しふぁふぁそ らっららら しらそ ど〜れどみ みそふぁら らそふぁ〜」
ここは、もっとメリハリをつけて快活に演奏して欲しい感じがする。
これは、あまりにも内気すぎるで〜 と、思ってしまった。
シャイすぎるというか、もう少し、強弱をつけていただいてもいいんだけどなあ。ちょっと、なで肩すぎるような気がする。
この楽章では、弱々しい感じがするし、するり〜っと流れて捕まえどころがない。
ちょっぴり硬めで、弾んだところがあれば嬉しいのだが、オケが、ヤワすぎるかな。
確かに、1楽章、2楽章のアプローチで通すのであれば、う〜ん。この楽章は難しいかもしれないけれど、付点のついているリズミカルなところは、さっぱりし過ぎてて、やっぱ、ものたらなさは感じちゃうと思う。
シフさんのピアノも、音が小さくまとまってて、1音の確かさはあるのだが、迸ってくれる感情が無いような感じがして、この楽章は、う〜ん。ワタシ的には不完全燃焼だった。
でも、演奏は良いと思っ。シフさんのピアノもだけど、1楽章のオケは〜 最高っ。

1960年 ハイドシェック ヴァンデルノート パリ音楽院管弦楽団 EMI  
1967年 バレンボイム 指揮振り イギリス室内管弦楽団 EMI  
1968年 カーゾン ケルテス ロンドン交響楽団 Dec  
1976年 ポリーニ ベーム ウィーン・フィル  
1980年 アシュケナージ 弾き振り フィルハーモニア管弦楽団 Dec ★★★
1982年 R・ゼルキン アバド ロンドン交響楽団 ★★★
1983年 グルダ アーノンクール コンセルトヘボウ  
1986年 内田光子 テイト イギリス・チェンバーオーケストラ Ph  
1989年 シフ ヴェーダ モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカ Dec ★★★★
1989年 バレンボイム 弾き振り ベルリン・フィル
所有盤を整理中です。

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