「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

モーツァルト ピアノ協奏曲第26番「戴冠式」
Mozart: Piano Concerto No.26
K.537


モーツァルトのピアノ協奏曲第26番(K 537)は、1788年に作曲され、通称戴冠式と呼ばれています。
ウィキペディア(Wikipedia)を元に記述すると
1790年、予約演奏会に神聖ローマ皇帝レオポルト2世の戴冠式の祭典で演奏されたことから、戴冠式と呼ばれるようになったとのことです。しかし、この時期は、聴衆の好みにあわせて作曲しなくなっていたため、人気がなくなり、経済的に困窮していた状態だったとか・・・。

第1楽章 ニ長調 4/4拍子 協奏風ソナタ形式
展開部では、同年に書かれたピアノソナタK.545同様に、主題提示部の小結尾の動機が、執拗に展開されるもの。
第2楽章 イ長調 2/2拍子 3部形式
第3楽章 ニ長調 4/2拍子 ロンド形式または展開部を欠くソナタ形式
モーツァルト自身によるカデンツァは、残されていません。
で、楽譜の多くの部分でピアノ独奏部の左手が書かれていないという特徴があります。冒頭の独奏(第1楽章、第81〜99小節)でも書かれていないし、第2楽章は全体にわたって書かれておらず、補完されているそうです。

サロン風の楽曲から、深みを増していくと聴衆が離れていく・・・。ドン・ジョヴァンニの成功で、皇帝ヨーゼフ2世から、宮廷作曲家として任命されたらしいのに、名誉だけでは食べていけないという皮肉な結果に・・・。
この曲はイマイチ、聴衆におもねる気配あり〜という評論家もいるんだけど、えっ どこが? 素人のワタシには、わかんないんですけど。 

アシュケナージ フィルハーモニア管弦楽団 1982年
Vladimir Ashkenazy
Philharmonia Orchestra of London

録音状態は良い。天使が舞い降りてきて、アナタを誘ってくれます。という感じの恐ろしいほどに柔らかく、ふんわり羽毛に包まれ、まろやかな演奏だ。
カップリング:
1〜3 モーツァルト ピアノ協奏曲第26番
4〜6 モーツァルト ピアノ協奏曲第21番
1楽章
ジャケット写真を見たらわかるように、アシュケナージさんの指揮振りで、フィルハーモニア管と一緒に演奏したものである。
77年から87年の約10年をかけてモーツァルトの協奏曲が、全集モノになっていて、今でも販売されている結構、人気のある盤である。で、 アシュケナージ盤は、総体的に柔らかい。 ソフトタッチで弾かれていて、温かさを感じさせる。
インマゼール盤のように、フォルテピアノを使用しているわけでもないし、特に個性的でもないんだけど、ふむ。安定感があるのかなあ、音が特にツブツブになって響いているわけでもないんだけど。
なーんか、安定しているというか、安心させられるというか。 いや、聴いているウチに、眠くなってくるというか、睡魔に襲われてしまうような、とろけてしまう。 丸い音が、残響もあって、ほんわか〜っと、湯たんぽにくるまったような美音で流れる。

ホント、恐ろしくなめらかというか、ほんのり頬を染めているような、恥じらいを感じされる乙女みたいな演奏である。
「そみみみ みぃ〜れ ふぁどどど どぉ〜し そららら らぁ〜そ」
「しらそふぁ そふぁみれ」
「しぃ〜し しししし そふぁみれ みみみみ みれどし しししし・・・」

他の盤で聞いていると、少なくとも、このフレーズは強めに、「しらそふぁ そふぁみれっ〜っ ししししっ」と、流れてくるものの、インパクトのあるフレーズに鳴っている。
でも、このオケの演奏は、あ〜 なんて、まるっこい音なんだろう。
まろやかで、陶酔しちゃって、液体化状態になってしまっているような、う〜ん。決して嫌な感覚にはならないんだけど、良い意味とも言い難いほど、まろやかで〜 あちゃっちゃ〜。いきなり昇天状態である。

アシュケナージさんのピアノも、柔らかく、底が浅め。 ブレンデル盤も、幾分、フレージングは長めなのだが、転がる音は、もう少し、しっかり響いてくるように感じる。
アシュケナージ盤は、最後の1音までが柔らかく、響いてるような気がする。 恥ずかしいがりやが、ちょっぴり照れながら、可愛く弾かれているような雰囲気なのだ。 オケの打楽器が、う〜ん。もう少し硬めでカツンと叩いてくれていたら、もう少しリズムが生きてくるだけどなあ。弱いかなあ。 これは、相当に好みが分かれるかもしれない・・・。
柔らかいベットが良いですか、硬めがお好きですか? 枕は羽毛? それとも、古風ですけど、そば殻がよろしいですか? って聴いているみたいなモンで〜。 ハイ、アシュケナージ盤は、全て羽毛で出来てます。
アナタの安眠を保証しますって感じでしょうか。例えばの話ですけどね。

77年から録音を初め、この26番は82年に収録されている。ってことは、40代半ばの演奏である。
まだまだ働き盛りの壮年期なのにねえ。う〜ん。なんか、もっとガツンって行ってもいいのに、まるで、老境に入った感じの演奏で〜  瑞々しさは無い。若々しいというよりも、こりゃ〜赤ちゃんだ。
うっ 柔らかく包まれて、赤ちゃんに戻っちゃったような気分に〜。
こりゃ〜 モーツァルトが天使に見え、ピンク色に染まるってことが解るような演奏だが。う〜ん。

2楽章
「ふぁふぁ〜 ふぁふぁ〜 ふぁ〜し れっみっふぁ〜 ふぁ〜しっ れっみふぁ〜」
う〜ん。やっぱ、天使と共に浮かんじゃうような浮遊感があり、あー このまま、つれてって〜と言いたくなるような、恐ろしいほどの昇天が待っている。
子供の天真爛漫というよりは、やっぱり、天使に誘われていくような気分だ。
フレーズの合間、息づかいは、ワタシにとっては、ちょっと合わない。
弛緩しちゃって、いい気分という感じになってしまって、ついつい昇天、耽溺しちゃうのだ。
ホント、恐ろしいほど誘われるような睡魔で〜 こりゃ〜すごいわ。
思わず、快感っ・・・って呟かないでね。と言いたくなるほど。
うっ ちょっと、これはやりすぎでしょ。(笑) ハイ、ワタシ的には、オマエは悪魔か天使か。と呟いてしまいますが、官能的でさえありまして、アブナイです。 陰影が少しついてても良いぐらいなんですけどね。

3楽章
「そっそ そぉ〜しっ みっみぃ〜そ ふぁ〜れみ ふぁ〜れみ ら〜そふぁれぇ〜」
優美というより、もはやズブズブと深みにはまり込んで、抜けられないほど柔らかく、まろやかな粒立ちが湧き起こってて、美音の世界にようこそ〜 と、誘われ、一歩を踏み出すと、とろりん〜。
いつの間にか、昇天しちゃっているような演奏になっている。
甘くて、ふんわりしてて〜 羽毛のような軽やかで、淡く、ピンク色の世界にはまり込んで、これでは現実に戻れないんじゃ〜ないかしらん。

うふふ。夢のなかの、また夢・・・。天衣無縫というのを超えちゃって、もはや別世界。
オケの音色が、まろやかすぎて〜 語尾が全て丸く、ふわっと包んで終わる。 弦の響きが、もはや、弓で弦を弾いている奏でている、ボーイングとは思えない。 弓で、弦を、かしげているというより、どうやったら、こんな弦が柔らかく弾けるんだ?
ボーイングは、浅いのか?  また、ピアノに至っては、ハンマーで弦を叩いているとも、ついぞ思えないんだよなあ。
全てが木管のようなクラリネットの音色かフルートか、耳元で、ふわっと、甘い吐息で吹かれているような感じ。
なんでしょーっ。この演奏、どうなってるんでしょ。
この楽章の最初と、最後だけです。ハイ、ヴァイオリンですよね。ティンパニー あっ いましたか。 って、解るのは・・・。
(まあ、もちろん、これは大袈裟ですけどね。でも、そんな印象なんですよね。)

とにかく、モーツァルトが好きって方には、たまらないのかもしれません。 ホント、天国的で、至福のとき、この浮遊感を一度味わうと、戻れない感じがします。 ワタシ的には、ピアノの粒立ちが良いとは、とっても思えないんですけど、丸くて、プワプワしてて〜  コロコロと転がってはいるけれど、音がまろやかで、表面が硬いとは言えません。
とても、クリスタルガラスのようです〜とは言えない。 跳ねて飛んで〜とはいかなくっって。跳ねてはいますけど、柔軟に飛んでて〜 曲線で落ちる感じがしなくって、一瞬は、宙に浮かんでいる感じがする。

ポップコーンが、爆ぜて浮いているんじゃない。綿菓子が出来る時みたいに、くるくる回転しつつ、フワフワした塊が出来ていくような感じですかねえ。 ちょぴり、ねちっとした細い糸が繋がって、口のなかでとろけちゃうような。そんな軽さって言うのかなあ。 まあ。生クリームのホイップでもいいんですけど・・・ これだと、形状に輪郭があるんですよねえ。
やっぱり、ワタシ的には、綿菓子のように思えます。
で、透明度は高くない。乳白色的な雰囲気、で、色で例えると、薄いピンク色、いや、サーモンピンク的にも思えちゃう時もあるけど、幾分、くすんだ、彩度の低いピンク。 質感は、柔らかく、宙に浮いてて・・・。すぐ溶ける。
やっぱ〜 うすいピンク色をした、綿菓子のできたて、作りたて、作っている途中のように感じます。

ワタシ的には、1度聴いたら、とらわれの身になりそうで、ちょっと恐いし、癖になりそうな気がして〜 アブナイ演奏に聞こえます。 節度を持っていたいというか、誘惑に負けてしまいそうで恐いというか。
いつもいつも、天使さんのお出ましは、あまり歓迎しませんし、のっぺり気味になりそうで、アブナイです。
ここまで行き着くと〜 ホントは、★5ってところなんですが、あまり耽溺したくないってことで、踏みとどまっておきます。
下手な例えで感想を綴りまして、ホント、申し訳ありません。ごめんなさい。(謝)


フリードリヒ・グルダ アーノンクール コンセルトヘボウ 1983年
Friedrich Gulda Nikolaus Harnoncourt
Royal Concertgebouw Orchestra
(Amsterdam Concertgebouw Orchestra)



録音状態は良い。少し、もやっとした感があるが、ピアノはまろやかに聴ける。
個人的にアーノンクールさんが苦手なのだが、ここでは、あまりツンツン、尖っていないので聴きやすかった。
カップリング:
1〜3 モーツァルト ピアノ協奏曲第26番
4〜6 モーツァルト ピアノ協奏曲第23番

1楽章
録音状態は良いのだが、少しだけ、もやっとした感じがする。
で、最初のオケだけの序奏部分は、ティンパニーとトランペットが少し音量が大きく、ハードな感じがするが、歯切れがあるという範疇だろうか。
「みぃ〜 そしみぃ〜」 ヴァイオリンの「そ みみみ みぃ〜れ しど どどどぉ〜し そら ららら〜そ どしらそ ふぁみれど し・・・」という場面では、スパイスが感じがして良いかも。
まあ、あまり音量が大きくないので、イヤミには聞こえない。
ワタシ的には、アーノンクールさんは好きではないので、ちょっと辛口になってしまうのだが〜
だって、この方の演奏は、インパクトが強すぎて、カツンカツンっと入ってきて、うるさいんだもん。
一方、グルダさんのピアノ演奏は、愉悦性の高いもので、とっても楽しく、いつも拝聴している。この26番は、特にフレージングが柔らかいってわけでもないし、硬くもないが、いつものような活気は、あまり感じない。
あまり跳ねてこないなぁ。と思ったり、間合いが、ちょっと少なめかな〜っと思ったりする。でも、グルダさんが、なんかブツブツ言っておられるみたいで、えっ 声が入っているの。

2楽章
この楽章は、冒頭にピアノソロで主題が奏でられ、沈みがちな雰囲気が出ており、とても柔らかく、しみじみと聴かせていただいた。「ふぁふぁふぁふぁ ふぁしれみ ふぁ ふぁしれみ ふぁししどれ れしふぁみ・・・」
で、続いてオケが主題を奏でていくのだが、ここはピアノが主導権を握っているので、オケもおとなしい。
う〜ん、呟きのようでもあり、緊張感が緩むようにオケが、ピアノに追随しており、ピアノもオケも、柔らかいのだが、微妙に打音というかタッチを変えているし、テンポも変えているし、沈み込むという表現では足らないほど、かなり表情が細やかである。ここは、聞き惚れてしまって、聴いているワタシの方が、固まってしまった。
いや、ホントに、眠気を誘われそうになるが、はっとさせられるし〜 オケがうるさくないので、浸りつつグルダさんのピアノに耳を傾けることができる。

3楽章
「そっそ そ〜し みっみ〜そ ふぁ〜み ふぁ〜み」
オケは、待ってました〜という感じで、勢いを出してくる。さほど、ガツンガツンっとは奏でていないが、やっぱ〜強いかな。
ピアノのソロの部分は、総じて柔らかいのだが、フルートの音色は個性的だし、ヴァイオリンの強めのアクセントも個性だ。
個性のぶつかり合いという感じまでには至らないけれど、ぶつかって壊れてしまうほどでもないし、多少、ピアノを大事にしてくれている感じはするので、まあ、良いかな。
想像していたほど、さほどオケが、トンガッテいるわけではないので良かったと思う。
最後の方になって、ピアノの転がりが出てきて、パッセージも短くなってくるので、楽しめちゃいますね。
そうそう、これぐらいのスピードでやっていただかなくては・・・ 細やかな綺麗さが、充分に出てこないですよね。
そういえば、総体的に、幾分、遅めだったなあ〜と思ったりした。

世評は高いし、人気のあるCDなのだが、ワタシ的には、もう少し、録音状態が良かったら〜と思う。
個性的な2人が、どんなぶつかり合いをするのだろう〜と思って聴き始めたが、グルダさんの愉悦性は感じるが、26番は、わりと中庸かもしれない。
まあ、ブツブツ言っている声が聞こえたりしているので、ご本人はご機嫌だったのかもしれません。ところどころ、キラっとした音で聴けますが、総じて、音としては丸く柔らかめ。
テンポも幾分、遅めかな。と感じるところがありましたが、まずは、オケが、キツくないのが、まあ良かったです。
キツい、尖ってる、という、アーノンクールさんのイメージが、どうも払拭できないので〜 最終楽章は、楽しめましたが、ワタシ的には、イマイチ、乗り切れなかった感があります。スミマセン。(謝)


ブレンデル マリナー アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ(アカデミー室内管弦楽団) 1983年



録音状態も良いし、天上のモーツァルトという感じがする。オケの柔らかさ、暖かさ、ピアノの粒立ちの良さが絶妙な演奏。
カップリング:モーツァルト ピアノ協奏曲8番「リュッツォウ」
1970年〜84年 ピアノ協奏曲全集(10枚組)としても発売されている。

1楽章
爽やかな風が、すわ〜っとそよいでいる雰囲気を持っている。音が柔らかで暖かみがある。
特に弦のアプローチが、軽やかで浅め、バックのティンパニーは、居るか居ないかわからないほど。
オケは、少人数で構成されていると思うが、音は痩せてないところが凄い。
録音は透明度があり、うわ澄みしか採ってないんじゃーと思わせる部分はないし、奥行き感は、少し少なめかもしれないが、ダイレクトに響くよりは幻想的に感じる。
「ど〜れふぁみれど どしみれ どしらそ ふぁっふぁ〜そ〜ふぁ〜」 序奏部分のオケの音が、本当に柔らかく、耳に柔らかく届けられる。
「し〜どら〜そ そしら〜 ふぁそみれ〜」
フリルのついた転がる音も、嫌みのない上品な響きがあり、柔らかめのソフトタッチで、そっと、ふんわり乗ってくる。
結構長めの序奏なのだが、丸みがある音の響きと長めのフレージングで、まず、やられちゃった。
ブレンデルさんのピアノも、オケと同様に軽いのだが、転がる音の1つ1つの音がしっかり響いてくる。
「し〜ど れみふぁそ どどふぁ〜 し〜ら しどれみ れど〜しら〜」
装飾された音が、柔らかく、さりげなく、そっと付いている。
この「戴冠式」というタイトルのように、華やかな演奏もあるのだろうが、このブレンデル盤は、よく言われるように荘厳で華麗な響きにはなっていない。
テカテカした彩度の高い演奏ではないので、鼻につかないのだ。
ピカピカの金ぴかの宮廷音楽にはならず、風合いとしては、素朴感の残る木綿のような、それでいてシルクのような〜 草原のなかの爽やかさを感じる。 オケのフレージングは、ちょっと長めかもしれないけれど、そこに粒立ちの良い、丸い小さな粒が跳ねていく。単純な旋律で、音階を弾いているように感じるが、実際には、コロコロと向きを変えて、色を変えて、飛び跳ねるように転がっていく。
「み〜ふぁ そらしど ふぁふぁし〜 み〜れ みふぁそら そふぁみれど〜」
捕まえやすそうに思えて、これが意外と捕まえづらい。

2楽章
「ふぁふぁ ふぁふぁ ふぁしれみふぁ〜 ふぁしれみふぁ〜」
まるで、ピアノの練習曲のような出だしだが、ふっ、と気持ちが和らぐ。 この楽章は子供のような雰囲気を持っているのでついつい眠りを誘ってくる。 弛緩しやすいフレーズの間合いを、心地良いままに繋ぎ止めるのは難しそうだ。
「ど〜どれ〜み ふぁ〜そらしどれみふぁ〜 しらそふぁ・・・」
揺りかごにて、揺られているかのようで、つい〜 眠気が・・・。あ〜心地良い。
緊張感を解きほぐす緩やかな旋律をオケが奏で、ブレンデルさんのピアノが、そのなかで陰影をつけていく。その憂い具合が、ワタシ的には、心地良く聞こえてくる。
呼吸というか、間合いが、ワタシにとっては頃合いで〜 この間合いが合わないと、ちょっと苦しいのだけど、知らず知らず、子供のように眠りに落ちていくような。
母親に背中をポンポンと軽く叩かれて、眠りなさいね〜と言われているように、子供のように、あやされて〜段々と、そんな気分になって、つい、寝入ってしまうようだ。
緩やかな楽章のなかの、ピアノの揺らぎがみごとで〜文句のつけようがない。あ〜 ようやく、モーツァルトが天上の音楽だ。と言う人の気持ちがわかってきた。

3楽章
「そっそ そ〜し みっみ〜そ ふぁ〜み ふぁ〜み」
あくまでも軽やかで優美。あまりに柔らかいので、もっとインパクトが欲しい気もするが、先程の楽章で眠りについてしまったので、寝起きには、これぐらいの柔らかいアプローチで嬉しいかも。
平凡だけど、ホント、柔らかい。
この楽章は、真綿に包まれたような、母親に抱かれてスヤスヤ眠る子供のような気持ちになってしまう。
「ふぁみれどしらそふぁ・・・ れどしらそふぁみれ・・・」
重い響きが、ほとんど無いに等しく、包まれた球体のなかに居るような。
自由闊達に響き、飛んで、跳ねて〜どこへ行くか解らない天衣無縫さではなく、母親的な響きに包まれ掌のなかで、上品に、節度ある響きを奏でている。

この演奏は、衒いもないけど、無茶はしないし、無鉄砲でもない。想定内のなかの無邪気さがあって、大人でも納得させられる無邪気さと可愛らしさを振りまいている。決して演奏が幼稚にならず、笑いを誘うわけでも、お気楽でもなく、アタリマエだが全うだ。全うなところが凄い。 絶妙のバランスにある。こりゃ別世界でしょう。
内田さんのピアノは、ちょっぴり暗めで停滞しそうな感じがしたのだが、ブレンデルさんのピアノは凄い。弛緩させずに包み込む。特に2楽章にやられましたね。録音も演奏も、陶器というより、乳白色の磁器に近い風合いで、オケの柔らかさに、粒立ちの良いピアノが乗ってきて、品よく暖かく、音も明るさも瑞々しさもあって、このバランスが絶妙です。
深遠なる響きというより、やっぱ〜天上の響きだと思わせる要素がいっぱい詰まっていて、ハートをつかまれ、感じ入ってしまった・・・というところでしょうか。


内田光子 ジェフリー・テイト イギリス・チェンバーオーケストラ 1987年
Mitsuko Uchida
Jeffrey Tate  English Chamber Orchestra



録音状態は良い。小さく縮こまって、肩をすぼめて暗い。沈み込んでいく演奏で、う〜ん。ワタシテキには苦手な演奏です。
カップリング:モーツァルト ピアノ協奏曲第22番
ピアノ協奏曲全集(20枚組)も発売されている。

1楽章
冒頭こそ、ソフトタッチで出てくるけれど、音は、ブレンデル盤より、ちょっと弦は硬め。
ティンパニーも、しっかり叩かれているが、大きくはなく嫌みはない。
「み〜そ〜 (しっしし しれれ〜)みふぁふぁ〜 しらら〜」
コロコロとした雰囲気を持っていて、フレーズに抑揚がついて、正副のフレーズが絡んで膨らませ方が実に気持ち良い。アクセントがついてて小気味良さが漂ってくる。
軽めだが少し厚めの響きを持ってて、「タラララ ラタタッタ〜」と、フレージングの最後が、ちょっぴり現代風である。フレーズに応じて、聴いているワタシの体が、自然と傾き、そして沈む。
ブレンデル盤は、旋律の絡みというよりは、響きとしてのまろやかさ、柔らかさが主体となっているが、テイトさんのオケは、呼応する旋律の楽しさがある。最初に聴くなら、この内田・テイト盤の方が馴染みやすいし、口ずさめるので、心地良いかもしれない。
で、オケの長い序奏から、内田さんのピアノへ、どうぞ〜と言うように、フレーズを渡してくる。
ピアノは、幾分くぐもった感じで出てくるし、煌めき感よりも、開放感というよりも、幾分、静かに内省的な響きがしている。爽やかさとか、暖かさ、開放感というよりは、地味で、つぶやき的に聞こえる。
丸みを帯びて、転がり、飛び跳ねるという感じとは違う。
音の響きが暗めで、テイトさんのオケとはアプローチが幾分違う。
う〜ん。ブレンデルさんのピアノを聴いた後に聴いてしまったので、地味だな〜と感じてしまった。
テンポよく進むのだが、オケの歌う旋律のうえに乗っかって行くというより、アプローチの違いがより鮮明になってしまって、沈静し、ずんずんと沈む込んで行くような感じを受ける。
右手の華やかな高音、転がる美しさに、キラリ感がないのが悲しい。むしろ、意識してツヤを消したというのだろうか。そんな黒っぽいモーツァルトも良い感じはするのだが、やっぱりモノトーンに近い。

2楽章
「ふぁふぁ ふぁふぁ ふぁし れっみふぁ〜 ふぁし れっみふぁ〜」
内田さんのピアノは、完全に呟き音楽になってて、子供の天真爛漫な雰囲気ではなく、こましゃくれた子供が、ちょっぴりブツブツと呟いているようだ。
可愛い音、響きで、教会の大きなドーム天井のなかで、天使風に奏でられる幸せ感の漂う楽曲というよりは、う〜ん。ウツかい。鬱々として、いや〜な気分に落ち込まされる。
弛緩するわけじゃーないけど、ワタシテキには、もそもそとベットから起き出してくるかのような蠢きで、青春時代の影のような、暗〜いイメージを与えられてしまった。
おいおい、悩みがあるんだったら聴いてあげるよ。と言いたくなるような、じめっとした湿気感がある。
なんで〜 この2楽章で、こんなに暗いんだっ。
メッチャ落ち込むような、暗い暗い。なーんて暗いんだ。自分だけの閉じこもった世界になっている。
いくらモーツァルトが、人気が凋落した時代に書いた楽曲と言っても、こんなに落ち込むとはなあ・・・。
唖然。人に聴かせるような演奏になってなくって〜 内田さんの内面を表された演奏みたいで、ちょっとワタシテキにはつきあいきれない。
う〜ん。ブレンデル盤とは、全く正反対のアプローチって感じがする。

3楽章
「そっそ そ〜し みっみ〜そ ふぁ〜み ふぁ〜み」
軽やかではあるが芯が硬いピアノから始まる。
響きは、優美ではなく、呟き感の漂う湿気くさい、硬めのフレーズが連綿と続く。
テイトさんのオケまで、湿気が漂ってきて、明るさを失ってしまって意気消沈。
せっかく1楽章のフレーズに抑揚のついた伸びやかなフレーズが、小さくこじんまりしてきて、すっかり、広がり感を失ってしまっている。
テンポは、タタタタ・・・と速め。小さく体を丸めて、木枯らしのなかを走っているかのような、縮こまったモーツァルトで、天真爛漫さは皆無だ。
いじめっ子にやられて、傷ついた天使なのだろうか。
母性的な響きがなく、片意地を張った子供のようで、ハリセンボンのように、トゲトゲしささえ感じてしまった。ワタシテキには、傷つきやすさは解るが、相容れない相性を感じる。
しかし、こんなに小さく、広がりのない宇宙観でなくても良いんじゃーないだろうか。
マクロ的でも、ミクロ的でもなく、精神性に凝縮し、気迫を感じさせるものでもなく、内なる世界でも、人を引きこんでいくようなパワーもなければ、広がる要素も感じない。
あくまでも1点にこだわり、それに集中して、そこに向かって一人歩いている感じ。他人を受け入れることのない、希望を見いだせない世界だな〜と思ってしまった。
そんな世界でも、それはそれ。客観的に見れば、それで良い演奏なんだろうけど。
人を受け付けない、受け入れられない拒絶感のようなモノを感じるのは、聴いてて良い気分じゃない。
いや〜な気分になってしまった。

まっ それが内田さんのピアノなんだろうけど・・・。耳を澄ませば、確かに蠢くようなにがい、苦しいような呟きが聞こえる。
でも、どーも、ブレンデル盤を聴いた後では、自分が、まるで小さな昆虫のようになって、もそもそ動き回っているかのような錯覚を覚えてしまうという、メチャ気味の悪い演奏だ。
ひとりよがりな演奏とまでは言わないが、活き活きとした快活な世界がなく、彼女には、独自の文化圏があるようで、最後には、苦虫をつぶしてしまって〜 もっと、聞き込まないとダメなんだと思うが、今のワタシ的には、さっぱり共感を呼ばない演奏になっている。う〜ん。スミマセン。


ジョス・ファン・インマゼール 
マルク・デストリュベ  アニマ・エテルナ 1991年

Jos van Immerseel
Marc Destrube  Anima Eterna Orchestra



録音状態は良い。フォルテ・ピアノを使用した盤で、多彩な面を見せてくれる演奏。モーツァルト 1990年〜91年 ピアノ協奏曲全集(10枚組)からの1枚 
← カナル・グランデ(Canal Grande)盤

1楽章
インマゼール盤の演奏は、フォルテ・ピアノを使用している。で、現代使われているピアノの演奏と比べることは、無理があるのだが〜  結構逞しく、無骨で、勢いがある。冒頭から、ぐいぐいと突き進んでいくパワフルな演奏である。
出だしから重たく暗め。長い序奏部分では、ティンパニーが、ガツンと叩かれている。
「ど〜み〜ら〜そふぁっみっ らそふぁ みっふぁ そふぁみ れっしっ・・・」
鋭利な刃物で脅かされているかのような感じで、ええっ。
これっ モーツァルトのピアノ協奏曲だけど。
メチャ、すごみが感じられて、青ざめるほど引いてしまう。これは、結構、驚いてしまった。
まるでシンフォニーのようなのだ。堂々としすぎるほど、無骨で、カッカカッカと軍隊みたいに歩いて行く。
色彩が暗すぎじゃん。と思うほど、硬く、重々しく、威勢があるし、ガッツありすぎ。
序奏が終わって、ピアノが登場すると、さすがに場面がうって変わるのだけど、この序奏でノックアウト。
インマゼールさんの弾いているピアノは、クリストファー・クラークが製作したワルター・モデルのフォルテピアノらしいが、専門家じゃないので、よくわからない。
古楽器の演奏は、ほとんど聴かないし、白黒鍵盤が逆なんでしょ。てなことしか知らないので、えらそうなことは言えない。でも、可愛い音色で響いている。ひとことで言うと、可愛い、愛らしい響きだ。
この楽曲だけで言うと、う〜ん。序奏のオケとは全く違ってて、オチャメだ。
小さな響きだが、華麗だし、音色は明るく楽しげだ。これは聴けるっ。

ブレンデル盤が、やっぱり好きなので〜 ふわっとした感覚が、イチバン耳に心地良く感じられてしまうのだが、(勝手な印象で申し訳けないです。)
硬い怖いオケの弦の響きのうえに、絡みつくように、わりとネッチリと、ピアノのフレーズが弾かれているように感じる。ブレンデル盤のように、ふわっとしたオケに、ピアノが粒立ち良く立ってくるというのではない。
がっちりした岩盤のうえを、小さな粒が、あちこちに動き回って、憂いながらも、可愛く、楚々とした所作で動き回っている感じがするのだ。いとおしい響きで、守ってあげたい〜って気分になってしまう。
だって〜 まるで悲劇の可愛いヒロインのような感じなのだもん。

2楽章
フォルテ・ピアノで聴くと、ちょっぴり華麗な響きがしてて、現代のピアノとは違う、ロココ調の雰囲気が漂ってくる。幻想的で夢想的だというイメージのする楽章なのだが、明るくて、さっぱり〜 
そのくせ憂いがあって、悲しげで、オケの木管の美しい響きが、う〜ん。綺麗だ。
丸みを帯びきれない響きが、ささやきのように呼応している。女性になりきれない少女的な雰囲気が、可愛くもあり、また、いとおしくもある。
フォルテ・ピアノって、つま弾かれているかのような響きがするんだけど、短い弦なのかなあ。
総体的には、密度が高く、細密画ぽく描かれた雰囲気がする。しかし、色使いは少ないものの、薄めのタッチで描かれてはいるが、少ない色使いのなかでも、陰影は美しい。 特に、オケの木管は絶品。

3楽章
なーんて可愛いんだろ。ミニチュアを見ているかのような気分だ。ピアノは、まるで小さな磁器の人形を見ているかのよう。でも、結構、オケは迫力あり。
無骨で、ゴリゴリしちゃうんだなあ。特に、低弦とティンパニーの作り出す音の響きはゴツンゴツン。
でも、ピアノが可愛いので、許せちゃうって感じに〜
快活な楽章だという印象を持っていたのだが、華やかでもあり、憂いもたっぷりあり、いや〜結構多彩な風合いを持った26番だと、インマゼール盤を聴いて、初めて思い知らされた。
スッパリして軍隊的に響く、硬めの弦とティンパニーの響きに、壊れそうで儚げなピアノ。
そこに絡む美音でツヤのある木管の響きが絡む。なーんとも贅沢で多彩な響きなんだろう。
単に元気で快活、華麗で闊達な楽章ではないんだな〜 
消え入りそうなピアノのパラパラした短い響きと音色に、木管の明るくて美男子のように甘く囁くフレーズに絡みつかれると、デートに誘われているような気分になって〜 むふふ〜っ。

皇帝レオポルト2世の戴冠式で演奏され、ここから「戴冠式」と呼ばれるようになったという26番だけど、その華やかさの一方、駄作だ〜という意見もあるようだ。
でも、結構、この楽曲、いろんな演奏を聴いているうちに、多彩な面が見えてくるようで面白い。
ブレンデル盤は、軽やかで、ふんわりした感覚バランスが美しい。内田盤は、どうも暗くて、じめっとしていた。インマゼール盤は、オケは硬めで、無骨なほどリズム感があるし、悲劇っぽく、ドラマティックだ。
う〜ん。26番「戴冠式」という楽曲は、どう聞いたら良いのやら。改めて考えさせられた。 演奏家によって、アプローチが異なることは楽しい。 深いな〜やっぱり。まだまだ聞き込まないといけませんね。(汗)


1967年 カーゾン ケルテス ロンドン交響楽団 Dec  
1983年 アシュケナージ 指揮振り フィルハーモニア管弦楽団 Dec ★★★★
1983年 グルダ アーノンクール コンセルトヘボウ管弦楽団 T ★★★
1983年 ブレンデル マリナー アカデミー・オブ・セント・マーティン Ph ★★★★★
1987年 内田光子 テイト イギリス・チェンバーオーケストラ Ph ★★★
1989年 バレンボイム 指揮振り ベルリン・フィル  
1990年 インマゼール   アニマ・エテルナ      Canal Grande ★★★★
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「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

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