「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

パガニーニ ヴァイオリン協奏曲第1番
Paganini: Violin Concerto No.1


ヘンリク・シェリング アレクサンダー・ギブソン
ロンドン交響楽団 1975年

Henryk Szeryng Alexander Gibson
London Symphony Orchestra



録音状態は、まあまあ。音が細めで擦れ気味だが、超テクサイボーグ的な演奏とは違って丁寧で優しい。
オケが、ちょいと貧相かも。
カップリング:パガニーニ ヴァイオリン協奏曲第1番、第4番

1楽章
冒頭、ジャジャーン まるでオペラの序曲のような出だしなのだが、しばらく、仰々しく鳴っていたかと思ったら、はい、
「しぃ〜 どれみ ふぁっそぉ〜 し〜どれみ ふぁっそぉ〜  ふぁみれどっ」
「しぃ〜 れみふぁ そっらぁ〜 し〜れみ ふぁっそらぁ〜 そふぁみれっ」
「そぉ〜 らそ そらっそ ふぁみっど〜」
「そふぁ ふぁっどら ふぁっどら れしそれ・・・」と、オケが軽快に始まる。 トランペットにティンパニーは鳴るしで、へへっ ホント、オペラなみなのだ。ジャージャジャ ジャジャジャンっ てな感じ。
で、このフレーズが、メチャ有名だし、すぐに覚えられるほど印象的である。
「ふぁ〜 そらしれ れ〜ど みれ し〜れ ら〜れ そぉ〜」
「らそ そ〜らし どみ み〜れ どしそ みどら ふぁどら」
この主題が終わったら、ヴァイオリンのソロが始まるのだが、もう既に、オケ部分で完結しちゃってるんですよねえ。
ヴァイオリン協奏曲とは言うものの、このオケの主題の方が、仰々しくて、ご大層なんだけどインパクトが大きいもので〜 シェリングさんのヴァイオリンは、さすがに録音が古いことと、ちょっぴり擦れ気味なので、弱々しさを感じちゃう。
超テクの現在人の演奏を聴いて、この盤を聴いちゃうと、う〜ん。ちょっとなあ。
と、思うことは否定できない。でも、古びてても、ふぁ〜そらしれ れ〜 と歌われると、むふふ。
悲しげに、ちょっと悶々と悶えるようなフレーズになってて、細い腰が、ふにゃふにゃ〜っと泳いでしまう。
クールな超テクニックで演奏されるのとは、また違った雰囲気で〜 重奏音が、歴史的美術品のように、ありがたく聞こえる。
オケも、音が痩せているし、ジャカジャカ ジャ〜っと演奏されてるので、かなり一辺倒な感じを受ける。
まっ、これは、時代ですかねえ。70年代だと、こんな演奏なん?(って、ことはないか)
う〜ん。柔らかいヴァイオリンで、美術品・工芸品のようなシェリングさんの演奏背景としては、ちょっぴり貧相かなあ。

2楽章
これも、大層な出だしで〜 全奏 「そらしどぉぉぉ〜 そみど・・・」 
「そら〜そら〜 しどれ〜 ・・・ れれれ〜 しふぁれ〜 どどどど・・・ みっそっどぉ〜」
切れ切れの音が、オケの序奏部になっていて、ヴァイオリンは、女性っぽい声で歌い始める。
「そ〜みど みれどぉ〜  そぉ〜しぃ〜〜 ら〜 そふぁみれ どしれぇぇ〜」
「どしら そふぁそ〜 ふぁ〜みふぁそ〜れ れみふぁ〜ど どれみ〜 どみ〜れどそ〜」
シェリングさんのヴァイオリン演奏は、この楽章の鳴き節が白眉になると思う。
必ずしも、艶のある音質ではない。むしろ、乾燥気味で、キラキラしておらず渋い味がする。
シェリングさん50歳代半ば頃の演奏だと思うんだけど、もっと、ぎらついてても、良いのではないかなあ。
だって、パガニーニって、どこか、ハッタリ、技巧者、見栄坊風なイメージがするもので、もっと、ぎらぎら、ピカピカしてても、良いのかな〜っと、勝手に思ってしまうのだ。
まっ その点、ロマンティックではあるが、アクが少なく上品だと思う。
超テクの曲なのに、この柔らかな雰囲気は、う〜ん凄い。

3楽章
この楽章は、「しっ みふぁっそ〜 しっ みそ ふぁ〜みふぁそふぁ〜」という感じで飛び跳ねている。
音に、お飾りがたっぷりついてて、パララ〜 パララ〜っと合いの手が入ってくる。
たらら ら〜 パララ ラ〜  小さなウクレレのような、軽やかで軽妙である。

超高音域なんだろうか、シェリングさんのヴァイオリンは、喉がしめつけられたように、かなりキツイんだよねえ。充分に音がでてなくって、き〜 しゃーっ シャカシャカっ〜っという感じで苦しいっ。
う〜ん。ヴィルトゥオーゾと言われるパガニーニのヴァイオリン協奏曲としては、ちょっとスケールがこぢんまりしているような気がする。
その点が、もしかしたら重要なポイントなんだろうが・・・。
今や、恐ろしい天才肌の演奏家が多いが、現代と比較したら、ちょっと〜 マズイかも。
しかし、シェリングさんの演奏が、とても、丁寧で柔らかく品が良く、音がまろやかで、ふくよかなんだなあ。
その点は、加味しないといけない。
もっとも、アクの強い演奏も、ワタシテキには好きなので〜
パガニーニなら、派手にやって〜と言いたくなるのだ。

テクニックについては、よくわからない。この曲全体が、3度並行の重音奏法、フラジョレット(フラジオレト)、ピチカートなどが使われているという。
200CDヴァイオリン編纂委員会の200CDヴァイオリンという本によると、「作曲は1817年頃、これまでに存在しなかった目をむくようなテクニック (左指でのピチカート、3度、6度、オクターヴの連続、二重のフラジョレット、しかもそれらを一弓で弾く等)を、次から次へと繰り広げてみせる、メロディーも豊かで、テノールに歌わせてみせたいようなふしが、超絶技巧の合間に顔を出すので、飽きない」と書いてあった。

で、重音って、2つ、3つの音を同時に弾くこと。ピアノだったら両手10本の指が使えるわけだから10個の音を同時に出せるが、弦は、左指4本まで。(親指は、楽器の支えに使う)
4本の指しか使えないのに同時に音を出すんだから、はあ。難しそうである。
で、さらに本を読んでいると、二重音で難しいのは、3度の連続で、人差し指と薬指、中指と小指、2本ずつ交互に使う〜 なーんて書いてあった。
考えるだけで、こんがらがって、熱が出そうなほど超ムズカシイ。
自分の指のはずだが、小指なんぞ普段使わない指は、自由には動いてくれない。

フラジョレット(フラジオレト ハーモニクス)っていうのは、倍音というが、本を読んでも、さっぱり解らないので、Webを放浪し、動画でその練習シーンを見て、はあ。なるほど。
同じ弦を2本の指で押さえて、倍音にしてたのねえ。と。
まあ、そんな程度なので、さっぱりヴァイオリンの超テクは、解らないのである。

ヴェンゲーロフ メータ イスラエル・フィル 1991年
Maxim Aleksandrovich Vengerov
Zubin Mehta
Israel Philharmonic Orchestra



録音状態は良い。しなやかに、のびやかに、粘るところはしっかり粘って歌う。朗々としており、胸のすくような気持ち良さがあり、その男前さに絶句。
カップリング:
パガニーニ ヴァイオリン協奏曲第1番、サン=サーンス 序奏とロンド・カプリチオーソ、同ハバネラ、ワックスマン カルメン幻想曲

1楽章
録音状態も良いしし、とても機能的で、胸のすくような演奏だ。
出だしの、ジャ ジャーン! 
「しぃ〜 どれみっふぁっそぉ〜 し〜どれみっふぁっそぉ〜  ふぁみれどっ」
「しぃ〜 れみふぁっそっらぁ〜 し〜れみっ ふぁっそらぁ〜 そふぁみれっ」
「そぉ〜 らそ そらっそ ふぁっみっど〜 そふぁ そふぁっ れしそれ・・・・」
スマートにキビキビしているし、そのくせ、ジャンジャンっと鳴り物も、まま奥ゆかしくはあるが、しっかり鳴っている。 
で、しっかりルバートをかけて、「ふぁ〜 そらしれ れ〜ど みれ し〜れ ら〜れ そぉ〜」
「らそ そ〜らし どみ み〜れ どしそ みどら ふぁどら」
このフレーズは、カンタービレ調に、まったり〜 粘るところは、しっかり粘っている。
う〜ん。結構官能的で、そのくせ、あまりシツコク、分厚く鳴らずに、わりとスマートだ。
スピード感があるからだろうなあ。

で、ヴェンゲーロフさんのソロ部分に入ると、はぁ〜 くらくら来ちゃう。
わぁ〜 すげ〜 細身のくせに、粘って高音域の美しいこと。
熱っぽい、綺麗さというか、高音から低音に渡るところの、なんとも言えない演歌風の節回し。
そして、伸びやかさ〜  天性としか言えないような、持って生まれた歌のDNAというか、ひゃ〜 鳥肌モノの演奏だと思う。
で、超テクなのに、なんてしなやかなんだろ〜 うっ。胸のすくような、胸の詰まるような、なんとも、悶えそうなフレーズは、しっかり悶えさせてくれるというか。
ゆったりしたフレーズのところでも、緊張は途切れないし〜 聴いているうちに、ワタシの首は、伸びたり縮んだり、横に揺れたりしちゃうほど。
パララ パララ パラら〜っと、トリルも綺麗だし、まるで、絹のレースの布を見ているような、精緻さがあるし。はあ、言葉に出ないほど、お見事っ。

よくマワル指だな〜っと、聴いているだけで、ホント格好は良いし、スマートだし、ちょっとダテ過ぎないかな〜というほどの、男前って感じ。
単なるサイボーグ的じゃないところが凄いし、情熱迸り型で、ツボにハマルというか。
なんでしょうねえ。この演奏、これ聴くと、他盤が聴けないんだよなあ〜 しばらく。
綱渡りを、みごとに決められて、くっきり明瞭で、そのくせ朗々と歌われちゃって、あっけにとられる。
弦の弾ける音の綺麗なこと。
プシュっ、ピヨン〜っ ひょ〜ん。 シュルシュシュル〜っ。シャラシャラ〜っ。パンっ。
言葉で言いたいんだけど、なんとも言えんわ。これはっ。
文句のつけようのない、カンペキっ。と言いたくなるような芸術作品です。これは。

2楽章
まるでオペラの出だしのような、大仰な崩れがある。「そらしどぉぉぉ〜 そみど どっど みっみ ・・・」 
「そら〜そら〜 そらしどれぇ〜 ・・・ れれれ〜 しふぁれ〜 どどどど・・・ みっそっどぉ〜」
「そ〜みど み〜れどぉ〜  そぉ〜しぃ〜〜 ら〜 そふぁみれぇぇ〜 どしれぇぇ〜」
「どしら そふぁそぉ〜 ふぁ〜みふぁそ〜れ れみふぁ〜ど どれみ〜 どみ〜れどそ〜」
ヴェンゲーロフさんのヴァイオリンは、泣き節でもないし、女性的でもない。
柔軟ながらも、男っぽいかな。やっぱり。
たっぷりのノビと、たっぷりの歌いっぷりで、とても息が長く深い。
弓の端から端まで使い切っているのかしらん。フレーズが、こまかに喉を振るわせて、超ながめ。
背が、伸びるかのように、いや、背が反り返るかのように、たっぷりと、ずい〜っと長いのだ。
アクの強さというよりも、この楽章は、情感たっぷり。

3楽章
2楽章から続いて、冒頭は、トリルの装飾音が綺麗に入ってくる。
「タラララン しみふぁ そぉ〜み  タラララン しみそ ふぁっみふぁそふぁ」 
「タラララン しふぁそら〜ふぁ   タラララン らっふぁれ みっれみふぁ そ〜・・・」

この部分が序奏で、ロマ風のフレーズになっている。ヴェンゲーロフさんの演奏は、軽快で、メランコリックとは遠いが、快活で明るい。超高音域で奏でられる音が、うへへ〜 すごい高いのだ。それにパッセージが速い。ハイ、ヴァイオリニストではないので、このあたりのテクについては、ワカンナイですが綺麗です。
またトリル付きのフレーズに戻ってくるのだが、その前に、「そふぁみれど そらみれど」と、下降してくる。

「みらぁ〜 みらぁ〜 みらぁ〜し どぉ〜れどしら そふぁ ふぁ〜れ」
「そ ふぁ ふぁみれ〜 どれれ〜」
「みら〜し ど〜れどれしれ みしど〜ら ふぁみ そ ふぁ〜ど〜し〜」と、低音で歌われる。
伴奏は、ポンポンっと鳴っている低弦の音と、たまに、「ふぁみ〜 ふぁみ〜」と吹かれる金管があるが、あくまでも、超音で引かれているヴァイオリンソロ部分。
まあ、ここまでくると曲芸師かい。と思うんだけど、なんて軽やかなんだろう。
粒立ちの良い、キラキラとした音色で、ぱらら〜 ぱらら〜っとトリルが回っている。
オケは、完全に添え物だ。
ヴァイオリンの音色と、音が飛ぶ様を、ずい〜っと耳を傾けて聴く。
重音が、弱音で綺麗に、口笛を吹いているかのように聞こえてくる。
げっ。すげっ。擦れも違う音も聞こえてこない。なんていう正確さなんだろ。舌を巻いてしまった。
それも、メチャ速い。それに、高音域が、ちっとも苦しくないんだなあ。楽々出てます。という感じで余裕が感じられる。

最初から最後まで、美音であることにつきる。超テクは解らない。解らないというより、ほとんど感じないほどの、なめらかさ。小気味が良いというか、胸のすくような、スマートでのびのび。
情感もたっぷりだし、かといって、シツコクない甘さだし。
低音は深々として、上質のクッションに座っているような、形の崩れもなく、適度に押し返してくる。
う〜 これは格好が良い。メチャ男前という演奏だ。

このヴェンゲーロフさんのヴァイオリンで聴くと、アクの強い、これでもかぁ〜という、偉そうな演奏ではないし、大見得を切るタイプではないだけに、言葉は悪いが、なんだか〜 パガニーニの作品が、美意識が〜 品の良い、美しさと情熱を感じさせられ〜 知的で、オチャメな演奏で、心地良い。
大変嬉しい気分で終わることができる。
このみごとな演奏が、若干17歳とはねえ。信じられないですよぉ。ホント・・・。
1975年 シェリング ギブソン  ロンドン交響楽団 Ph ★★★
1991年 ヴェンゲーロフ メータ イスラエル・フィル ★★★★★
所有盤を整理中です。

「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

Copyright (c) mamama All rights reserved