「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

プロコフィエフ ピアノ協奏曲第2番
Prokofiev: Piano Concerto No.2


ベロフ マズア ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 1974年
Michel Béroff  Kurt Masur
Gewandhausorchester Leipzig
(Leipzig Gewandhaus Orchestra

   

録音状態はイマイチ。ちょっと籠もり傾向にあり。
演奏は、熱いし、速いし、音多いし、賑やかで力強いが、この曲は、もう少しヒンヤリ、冷涼感があった方が好きである。でも、壊れているので、その壊れ感が面白いかもしれない。

1楽章
れみれ らしら れみら らしら れみれ らしら・・・ 
「らっみっしぃ〜 らっれみ〜 どっれら〜  そっれっらぁ〜 れっみふぁ〜み〜 れっられぇ〜」
「らっみしぃ〜 られっみ どっそどぉ ふぁっど そ どっれみ れっらっれ〜」
↑ 相当怪しい音どりなのだが、半音のイッパイついた音で彩られており、不思議と面白い。
「しっど れっみ そっふぁ らっそ み〜そみ れどみっど しどっれ〜」

妖怪たちが佇みながら、会話をしているような感じのする曲で。とても怪しーい。
沼地のような水面に、びょよよ〜んと、波紋が広がり、またまた、「らっしっ ど〜れ しっれみ〜 そっふぁ らっそ み〜そみ〜」と続き、青白い火の玉が、ぼよよ〜んと空に浮かんでいるような感じがする。

まっ それでも、このベロフ盤は、ヒンヤリした空気ではなく、熱いんだよねえ。
録音状態は、イマイチ透明感がなく、パラパラパラ〜っと音が、ひらひら舞っていたり、木管が、尾っぽを伸ばして飛んでいるような。そんな、薄気味悪さがある。
まっ 例えて言うなら、真夏の墓場での肝試し大会のような感じだろうか。
(ちょっと、オーバーだけど。笑)
結構、不気味な怪しい曲のところが、面白く、妙に惹かれてしまう楽曲だが、このマズアさんの振るオケと、ベロフさんのピアノが、音が多すぎて、左手の低音部分が、ちょいと、うるさめで、賑やかすぎて〜
えっ もう少し、ひや〜っとした冷たい空気が欲しいのに、音多すぎ。
 
ワタシ的には、力入れすぎで、もっと、ひょひょひょ〜っとした空気感や、もっと、ヒンヤリ感が欲しいのだが、うるさめの熱さ、ご大層な、テンポと、妙にテンションのあがった演奏のように感じられるのだ。
ちょっと、その点は、辟易しちゃうんだけど。
これが、生暖かい沼地だとすれば、まあ。これも良し。ってところだろうか。

ひひひ〜っと笑う、なんとも、変な、諧謔的な要素の多い曲ではあるが、このベロフ盤、演奏としては、元気ある方で、エナジーが余っているようである。
うるせーっ。と思いつつ、なんだかマグマのようなうねりがあり、ゴンゴンと叩いた音や、低音がごろごろ言ってて、ついに、火山の噴火のように、オケの金管が咆吼する。
「そみぃぃぃ〜 ふぁっれぇぇぇ〜 みっどぉ〜 らそれっ らぁ〜」
「そっみぃぃ〜 ふぁっれぇぇえ〜 みっど・・・ そっらぁ〜」
あらら〜 テンション高いのねえ。オケもピアノも・・・。
他のヒンヤリした演奏を聴いて、このベロフ盤と聞くと、やたら音が大きく、音が多く、そして、妙なテンションの高さに驚かされる。
この2番の1楽章って、えーっ? なんだか違うよねえ。てな感じになるのだ。

2楽章
超アップテンポの曲で、ししししし ししししし ししししし・・・・・・ ししらら ししらら ししらら・・・
パラパラ パラパラっとした音が、ずーっと続いていくのだが、その速さに唖然。
何かに追いかけられて、ずーっと逃げまどっているかのような、駆けっこ状態が続く楽章である。
ベロフ盤は、超快速でぶっ飛ばしており、木管、パコパコ、しぃ〜〜 ふぁふぁ どど ふぁふぁ どど・・・
みっしぃ〜 みっしぃ〜
重い音のくせに、軽いというか、なんだか、バカにされているような雰囲気があるのだが。
ピアノの、れっみっどっれ〜 音としては、シンプルなのだが、間に挟まってくる音が多い。
こましゃくれた、文句たれ〜の人が、プツプツと小言を早口でまくし立てているような。音の重さが無いので、なんとも、こしゃくな〜って感じ。

3楽章
ティンパニーと低弦の響きが、巨人の足音のような音が続く。
「みぃぃ〜 みみ〜 みぃぃ〜 みっみ〜 みっふぁぁ〜 みっふぁぁ〜 そぉ〜らぁ そぉ〜らぁ」
足のデカイ、太いシコを踏んでいるようなフレーズに、ピアノの装飾音をつけたマーチのような楽章である。
まあ、イマジネーションの膨らむこと。
粘りもあり、「ふぁ ふぁっしぃ〜  しらそら しっどし ふぁみれみ それっみぃ〜」
「みっらぁ〜 らっそふぁっそぉ らっしら〜」
  
弦の軋んだ音と、ピアノで、「みっらっ  らっれっ れっどしっど れっみっれ らそふぁそ」
この遊び心には、参ってしまう。
高音域の短いグリッサンドがあったり、木管は浮遊感を漂わせ、打楽器のようにピアノは、重々しい音を置きながら飛び跳ねており、まるで、チョウツガイがはずれたような骸骨さながらだ。 そのくせ、細身ではなく、肥満のオジチャンが、巨躯をクネクネさせて踊る、プロコフィエフ版、サン=サーンスの死の舞踏のような曲である。
気怠さも持っていて、かったるい曲でもあるが、狂気に満ちた遊び心が満載で、これも、風変わりで、また面白い。一筋縄ではいかない、狂ったようなマーチで、ベロフ盤も、妙に壊れた熱っぽさを感じさせ、熱病に冒されたように、怒りを含みながら、あちこち、ぶつかりながら、彷徨っているような感じに受ける。
あまり健康的じゃーないね。この演奏は・・・・。
オーボエが、ビャビヒャ・・・と、不気味な笑いをこぼして、自虐的に笑う。

4楽章
音の飛びはねが凄い楽曲で、「らそふぁみ れどしっら そっしっ れっそ〜」
よく解らない音が、アチコチにぶつかって、不協和音の音で、右に行ったり、左に飛んだり、首がクネクネ左右に動くように、歯がガチガチ言うように、蠅が飛んでいるような、うるささがある。
大太鼓かティンパニーが、後ろでドロドロ〜
三次元の空間のなかで、必死に逃げまどう音・・・。悲痛なほど、音が飛んでいるのだが、果てしがない。

しばらくすると、低弦の軋みのなかで、ピアノは、そろり そろり〜 急に様子を窺う。 
低弦が船底で揺れるように、「み〜しぃみぃ〜し ふぁ〜ら ふぁっ〜ら」
「み〜しぃみぃ〜し ふぁ〜ら ふぁっ〜ら」と歌い始めると、ピアノが、「しぃ〜みし ら〜しど れれみ〜」と呼応していく。
霧に包まれたなかで、幽霊船が進むような、なーんも言えない不気味さである。
同じフレーズを、金管で吹いてくると、ピアノは、幽霊から魂が抜けたような木管と共に、歌を歌い始めるのだ。メチャ悲しい歌で、どーにもならないのに、進まなくてはならない。とでも言いたげで。
この音は、コーラングレかしらん。金管の甘い、悲しいフレーズが流れてくる。
ピアノも、同じフレーズで、「し〜みし ら〜しど れれみ〜」
「しぃ〜みし らぁ〜しど れっれみ」「しぃ〜みし らぁ〜しど れっれみ〜ふぁ〜らそら〜」
金管のフレーズを彩るピアノの音。

あらら〜 魂が抜けたあとに、ロマンティックな歌謡風フレーズが流れて、あっちゃちゃ〜 悲しいっ。
甘い歌で酔わせておいて、ころり〜っと雰囲気を変えて、またまた、音がはじけちゃって、あっちこっち〜
「らららそ ふぁふぁふぁし みみふぁそ らららそ どどどれ・・・ しっし み〜」
短いパッセージの慌ただしい音と、ロマンティックなフレーズが重なるのと、低いピアノの音がガツンと鳴っては、高音域に飛ぶし、やっぱ、どこか変な感じで混乱しては、ショートしちゃうような。
ピアノが、あっち こっちに、移動して、その度に、煌めきを放ちながらも、他の音に埋没していく。
でも、また顔を出しては、煌めき、半音混じりで、「そふぁみれど しらそふぁみ〜」と、装飾してくる。
オケとピアノは、変な半音をまき散らながら、「ふぁふぁふぁそ らららし どどどれ みぃ〜」と、人を食ったように終わる。

まっ 一筋縄でいかないところが、プロコさまの曲である。 皮肉っぽい遊び心で、聴き手は、まるで、おちょくられているのだが。おちょくられ、いじられているのが、どこか自虐的に感じられ、面白いと感じてしまうのが、なーんとも悔しい・・・。
でも、結局、ワタシ的には。面白いと感じてしまうのだ。
怒るに怒れない、妙に人なつっこい人物を相手に、怒っているようなモノで〜。なんとも・・・とほほ。なのである。怒って言っても空しいような、でも、笑いでは済ませられない、なんとも割り切れない、なーんか、妙な端数の生じた感情で、煙に巻かれてしまう。

ベロフ盤は、ちょっと録音状態が、イマイチなんだけど、人を食ったような演奏であり、それが、妙にマッチしているような気がする。(← あくまでも気がするだけ なんだけど〜)  変ちくりんな楽曲なのだが、妙なバランス感覚があって、心底怒る気にならない、嫌みだと思い切れない、なーんか、割り切れない端数を、ずーっと持ち続けていなければならない妙な楽曲であり、そして、それを、また厚っぽく、押し付け気味に、感情過多気味に演奏されている。
なーんか、偏った趣向というか、聴く人は度外視の、媚びない演奏で〜 あんた〜変や。と思いつつ、なんだか聴いてしまう。妙ちくりんな感じだ。
まっ いろんな人が、いろんな演奏するのが可能であるような曲だと思うし、いろんなバリエーションが、いろんなアプローチがあるようなので、アナタの好み次第です。ってところだろうか。
ヴラディミール・クライネフ キタエンコ
フランクフルト放送交響楽団 1992年

Vladimir Krainev  Dmitri Kitaenko
Radio Sinfonie-orchester Frankfurt
(Frankfurt Radio Symphony Orchestra)

まっ こんなモン 

録音状態は良い。さほどグロテスクではないが、聞きやすさには繋がっている。無難といえば無難かも〜
カップリング:プロコフィエフ ピアノ協奏曲第1番〜5番(全曲)

1楽章
「そっぉみ  ふぁっれ  みっど・・・  そらそ れしら そらそ れしら・・・」
「らみしぃ〜 られみぃ〜 どぉれらぁ〜   そぉ〜れらぁ〜 れみふぁ〜 みぃ〜 れぇらそぉ〜」
↑ 相当あやしい音で申し訳ないが〜
プロコフィエフのピアノ協奏曲第2番は、妖怪ウォッチどころか、ホンマもんの妖怪世界のようで、とっても怪しいムードが漂っている。
この世のものとは思えないような、おどろおどろしい世界というか、深海に暮らす魚たちのように目が退化してしまって、手探りで暮らしているような雰囲気があり、どこか、ひえびえ〜とした空気感と共に、ぬめぇ〜とした重い空気感がある。
不吉なムードを漂わせて、それを、ひきづりながら音が流れてくる。
物理的には音が流れてきているのだが、音の無い世界に、ほりこまれたかのような錯覚を覚える楽曲だ。
そんな不気味で怪しいところが、面白く、妙に惹かれてしまう楽曲だ。

クライネフさんのピアノは、録音のせいでもあるのだろうが、息を潜めた感じはするのだが、冷たくて、ひえびえとした冷気を漂わせた空気感はなく、期待したほどの不気味さは感じない。
でも、少し怪しい感じが、雰囲気としては出ているし、ブツブツと気泡を立てて汚い臭いが、ほのかに立ち上がっていくような、そんな気配があるので、なかなかよろしい〜(笑)って感じだろうか。
まあ、あくまで個人の感想ですがね。

楽章の最後のほうで金管が咆吼するところがあるが、ここは迫力がある。ドスンと腹に来る音のパワーがあると共に、メタリック系の煌めきも感じられて、情感の籠もった、あやしい色香の漂わせた音というよりも、男性的ながっしりとしたタッチで描かれている。
情感も感じられて、官能的でもあり、虚無的でもあり、かげろうのように揺れ動いて、霊的に漂っているような演奏って、なかなか出会えない〜そんな気がする。とっても難しいように思う。

2楽章
勢いのある無窮動の楽章で、ピアノが、幾分、つんのめっている感じで、水がほとばしって出て行くかのように奏でられる。
「ししししし ししししし ししししし・・・・・・ ししらら ししらら ししらら・・・」
ピアノが、いつまでもたっても、パラパラパラ・・・と、つぶやき、「どれどれ ふぁふぁみみ しらしら・・・」と走って行くなか、金管が、ししーっ ししーっ、パパ〜っ。パパ〜っ。と合いの手をいれてくる。
さほど硬い音でもないし、明確さはないのだが、聴いてて気持ちの良さが生まれる。
合いの手がうるさく、騒がしいだけの、賑々しい世界を描いたわけでもなく、淡々としているのあが、そこが好感が持てるというか〜 妙にいじくらない演奏というか〜
出だしはちょっと、もたついた感があったが、テンポは緩くなってないし、刻み感もよく、金管の煌めき度も高い。
聴いているうちに、そんな熱くなって超ノリノリには至らないけれど、ハイ、そこそこ、のってこれますし〜 よろしいかと。

3楽章
「らし れふぁ どふぁ れみ らみ〜ぃ みぃ〜 みみぃ〜」
ドスン ドスンと、巨人が歩いて行くかのような序奏のあと、「ふぁみれどしら ふぁみれどしら・・・」と、木管が、ちょこまか追いかけていき、その後、ピアノが跳躍しながら続く。
巨人たちに踏みつぶされた荒野を、おどけた道化師のように、楽しげに踊りつつ追随して行くような感じがする。
ピアノの流れるグリッサンドの音、和音の崩れた跳躍と、もやもわ〜としつつ、激しく跳躍しつつ〜 グロテスクで〜
凶暴さも発揮されて〜と、この楽章は、変わり身が激しく、とっても忙しいピアノなのだ。
多彩な顔を見せながら、泣きながら楽しそうに演奏しないといけないような、アイロニーもあって〜 演技力が求められる楽章だと思う。
そこそこに、コミカルさはあるのだが、クライネフさんのピアノは、どこか、遊び心が少なめ。
だが、高音域の輝きは高い。もう少し、跳躍感があれば、もっと面白いとは思うが、そこまで、ちょっと行ききってくれていない。もっと、行ききって、ぶっ飛び状態でも良いんだろうと思う。
(中途半端だと、途中で、楽しくなくなってしまうのだ。)

4楽章
エネルギーが爆発しそうなほどの跳躍と、自由奔放で、わくわくした前に向かって走っていくパワーのある楽章だ。
中間部では、いきなり音がストップして深海に戻ってしまう。
1楽章同様に、静けさのなか、音のない世界が、また、広がってきて、飲み込まれてしまうかのような静寂さに包まれる。
木管の旋律と、ピアノの怪しげな心の揺れが、歌謡風フレーズとなって、揺れて揺れて〜 揺れ動く。
しかし、また、けたたましいリズムが生まれてしまうと、この歌謡風フレーズはのみ込まれて溶けてなくなってしまう。
最後には、またまた爆発的なエネルギーが生まれて、格好良く終わる。
う〜ん ピアノは打楽器だったんだ〜いう余韻が、綺麗だな〜と思える瞬間や、スパークするようなピアノ以外の楽器の音色や、細かい設定が随所にちりばめられており、そのストーリーに、まず、驚かされる。
まあ、ストーリーがあるような、ないような、具象的なのに、どこか抽象画のような、受け取り手に委ねられる
(まあ、これは音楽なので聴き手だが) 作品だな〜と 改めて思っちゃった。

劇的な効果もあって、場面展開のスピードの高い楽曲なので、楽しいが、この曲は、演奏者も選ぶし、聴く人をも選ぶような気もする。
で、やっぱ。神秘的で、ひんやりした空気感に包まれていながらも、人肌の暖かさが恋しい。というようなクライネフさんのピアノって感じがするなあ。ひとことで言うと聞きやすい。
行ききった感が欲しい面もあるが、強烈な個性色を放っていない分、とっつき安いというのが本音。
超演技派だとは言えないな〜と思いつつも、オケのパワフルさは、とっても感じられて良いし、
まあ〜 何度も聞き込んでくると、もっと、もっと〜個性を〜と叫んでしまう楽曲だと思うので〜。(笑)
1974年 ベロフ マズア ライプチヒ・ゲヴァントハウツ管弦楽団 EMI ★★★★
1992年 クライネフ キタエンコ フランクフルト放送交響楽団 ★★★★
所有盤を整理中です。

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