「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

プロコフィエフ ヴァイオリン協奏曲第1番
Prokofiev: Violin Concerto No.1


プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番(ニ長調 作品19)は、1916年から17年にかけて作曲されています。
ウィキペディア(Wikipedia)を元に記述すると
初演は、1923年で行われたのですが、その時には、パッとしなかったものの、今日ではプロコフィエフの協奏的作品のなかでも、愛好される作品の一つになっています。
ストラヴィンスキーは、概してプロコフィエフの作品に好意的でなかったそうですが、この作品は褒めていたとのこと。
また、シマノフスキとアルトゥール・ルービンシュタインは、この作品の上演に接した後、感極まって楽屋に作曲者を訪ねたそうです。

3楽章の構成で、
第1楽章 アンダンティーノ(ニ長調)
第2楽章 スケルツォ、ヴィヴァーチッシモ(イ短調)
第3楽章 モデラート - アンダンテ(ニ長調)

第1楽章は霊妙な響きに始まり、躍動感と静止状態の間を行きつ戻りつし、終結部においても、開始のときと同じく平和裏に楽章を畳んでいきます。この特徴は、第1楽章に限らず、どの楽章にも当てはまるもの。
性格的に作品全体が一つに統一されているといえます。プロコフィエフの作品としては、全般的に瞑想的で白昼夢のような不思議な抒情性に溢れているもので、約22分の楽曲です。・・・と、ウィキには書かれています。

すごく、けったいな風変わりな楽曲なのですが、何故か、ハマります。
ウィキのように白昼夢という表現もあるでしょうが、妖艶で官能的、エグミもあるし、浮遊感たっぷり。
これが、プロコフィエフが、25・6歳頃の作品ですよね。ひぃ〜 すごすぎ。
ワタシは、この楽曲は、魔術師というか霊媒師が、音楽を奏でているみたいで、憑依されちゃいます。(^_^;)



フランク・ペーター・ツィンマーマン マゼール ベルリン・フィル 1987年
Frank Peter Zimmermann  Lorin Maazel
Berliner Philharmoniker
(Berlin Philharmonic Orchestra)

う〜ん。どうだろ ← 最初の方はこんな感じ。 昇天しちゃいました ← ラストは、こんな感じ。

録音状態は良い。最初は硬質感のあるフレーズに馴染めなかったのだが、3楽章は白眉で〜 ありえないような世界が広がっている。

← 上のCDのカップリングは、
1〜3 チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲
4〜6 プロコフィエフ ヴァイオリン協奏曲第1番(1987年)

← 下のCDのカップリングは、
1〜3 プロコフィエフ ヴァイオリン協奏曲第1番(1987年)
 マゼール ベルリン・フィル
4〜6 プロコフィエフ ヴァイオリン協奏曲第2番(1991年)
 ヤンソンス フィラデルフィア管弦楽団
7〜10 プロコフィエフ ヴァイオリン・ソナタ第2番(1987年)
 ピアノ:アレクサンダー・ロンクィッヒ Alexander Lonquich
 
1楽章
ツィンマーマンさんのヴァイオリンが、少し線が細めで、「しみぃ〜 しどしらそ れぇ〜どし〜らそぉ〜」と、ちょっぴり几帳面に出てくる。
「ふぁ〜それ れぇ〜みふぁ〜 そらしどぉ〜 そどそ どしぃ〜」「らぁ〜しどぉ〜 れどぉ らぁ〜しどぉ〜 れどぉ〜」
オケの木管も静謐で、弦は硬質感が漂う。
高音域へのノビは美しいが、夢のなかに誘うというフレーズではなく、客観的というか、少しクールな感じがする。
テンポを変えずに、小刻みに奏でてており、オケの方も、遊びの感覚は少ない。
表情は少し硬めで、濃くなく、さっぱりとしている感じがする。
ヴェンゲーロフ盤が、刻みも跳躍も、おもしろがって、ケタケタと笑っているような表情がしていたのだが、ツィンマーマン盤で聴くと、風変わりなフレーズを、幾何学模様を描くような感じで、1音1音を噛みしめるかのような刻みだ。

舞曲風になって、ケッタイな踊りが始まるのだが、そこだけ、掻き鳴らす風で終わる。
あとは、平然とした顔に戻って、すましている感じで、「しみぃ〜 しどし らそ れぇ〜どぉし み〜」と吹き出すと、このフレーズをバックに、ヴァイオリンは甲高い声で、「どれみふぁみれ しどれみれどし・・・」と、超高域に昇っていく。
するーっと、透明度の高い柔軟な音を奏でてくる。
しかし、ここでも、几帳面で、カッチリとした硬質感のある音色である。

2楽章
ふぁふぁふぁふぁふぁ・・・と、バックの鋭い音と共に、ヴァイオリンの跳躍が挑発的に鳴ってくる楽章だ。
跳躍して、ポンっと弾かれる音が、なんとも透明度高く、すごい快速なのに、オケのフルート、弦が、ヴァイオリンにぴたりと寄せている。軋んだ雰囲気と、滑るヴァイオリン、そして唐突にテンポが変わる場面も、とっても几帳面に、ぴたっと変わる。音はぶれないし揺れないし、一点に集中してストレートに音が鳴る。
余分な雑音というか、濁りがなく、ぴたりと鳴ってくるところが、驚異的で、オケの残響も美しく壮大に鳴っている。
この驚異的な合わせ方は、う〜ん 唸ってしまうほど。

3楽章
チクタクチクタク・・・ 
ファゴット 「そぉっ れぇ〜〜 み ふぁどぉ〜 みっ しどれみみふぁ ふぁっらぁ〜」
ヴァイオリン 「らど みっれ そっみ どっそ れぇ〜み みぃ〜 み〜そみ ふぁどれら そぉ〜らし れぇ〜どどぉ〜」
チクタクチクタクと鳴るオケの伴奏のなか、ヴァイオリンが美しく奏でていく。
あーっ これぞプロコフィエフの語法だ。と思っていると、すわーっと、浮遊感が出てくる。

「しし どど ふぁふぁ どど ししどど ふぁふぁどど・・・」
ゆっくりと蒸気機関車が動き出したみたいに、次第にスピードをあげるが、さほどパワーは感じない。
決して弱いわけではないが、木管のフレーズが美しく入っており、ゆったりしている。
で、唐突に強奏でるのだが、すっと、鎮静化しており、その後、ヴァイオリンは、官能的に歌い始める。
ツィンマーマン盤は、クールな冷やっこい音での甘美さで、あくまでも芯が残っており、硬質感が底辺に残っている。
溶解したり、とろける〜という感じの官能さは持っておらず、ひとりスケールを始め、オケの方も、理知的で幾何学的に鳴っているような感じ。
あまり草書体での演奏ではないので、もう少しねちっこく〜 もう少し、とろみ感が欲しいという感じなるかもしれない。
でも、きっと、これが、まっとうなテンポで、音崩れてしていない演奏なのだろうと思う。

で、ラスト近く・・・ツィンマーマンさんの超高音域での音は、遠くから響いており、まるで天空の頂点から降り注ぐかのような音になっている。こりゃー 録音がおかしくなってるんじゃーっと思うほど、ドームのてっぺんから、光が降り注がれているかのようなのだ。 ヴェンゲーロフ盤は、すーっと上に昇っていったのが感じられたのだが、ツィンマーマン盤は、いつの間にか、遙か高みに昇っており、いつの間にか、光を降り注いでいるという感じ。

もはや、ありえない世界だ。ヴァチカンの大寺院の大きな丸天井を見上げているかのように、音が響く。
えーっ やっぱり、ありえないでしょう。
この音の響きは、ホント、立体的な空間、3次元の世界をしっかり描いて、すーっと消えていく。
いっときの幻影だったのだろうかと、思わされるほど・・・。唖然とした空間が広がっては、消えていく。
ツィンマーマンさんのヴァイオリンは細身なので1楽章は硬いと思っていたのだが、ラストの3楽章は、もう気絶しちゃうぐらい美しい世界となっていたのだ。信じられない・・・。
ボリス・ベルキン マイケル・スターン チューリヒ・トーンハレ管弦楽団 1993年
Boris Belkin  Michael Stern
Tonhalle Orchester Zürich

ほぉ〜良いヤン


録音状態は良い。透き通る糸のように、きっちりとした楷書体の演奏だが、楽曲自体の持っている諧謔さが滲み出ており、楽しい。
カップリング:
1〜3 プロコフィエフ ヴァイオリン協奏曲第1番
4〜7 プロコフィエフ ヴァイオリン協奏曲第2番
   
1番は、1981年 コンドラシン指揮のロンドン・フィル
2番は、1982年 バルシャイ指揮のロンドン・フィル
というカップリングで、デッカから発売されている盤もある。ワタシは未聴だが、コンドラシンさんが急逝されてしまって指揮者がバルシャイに代わったという。ベルキンさんにとっては、当盤は、新しい録音にあたる。

1楽章〜3楽章
録音状態は極めて良く、ベルキンさんのヴァイオリンは、怖いほどに透明度が高く、濁りの無い音が、すーっと通っていく。
この通りの良さに、のけぞるほど驚いてしまった。すごっ。
一点の曇りも無いって言えば、ちょっとオーバーなのだが、緊張感を強いないのだが、絹糸が、ピ〜ンっと張っているかのようなヴァイオリンの音である。
「しみぃ〜 しどしらそ れぇ〜どし〜らそぉ〜」 「ふぁ〜それ れぇ〜みふぁ〜 そらしどぉ〜 そどそ どしぃ〜」
「らぁ〜しどぉ〜 れどぉ らぁ〜しどぉ〜 れどぉ〜」

ひぁ〜っとした空気感のなか、弾力のある硬質感のヴァイオリンが聞こえてくる。
オケの方は、幾分控えめながら、寄り添ってくる。ヴァイオリンはキレ味鋭く跳躍を繰り返す。
人によっては、抑揚がもっとついてて、諧謔的に蠢くさまや、クレパスに落ちるかのような強烈さが欲しいというかもしれない。でも、もう充分に、崖っぷちに立っているような怖さや、悪魔的な誘惑はあると思う。
まあ、どろっといた暑苦しい空気感の方が、確かに、もわ〜っとした世界の方が、ぬめっと肌にとりついて、リアルではあるが・・・。(いやいや 憑依されかのような世界では、ないんですけどね。)

この演奏では、ひやっこい、冷たい空気感が漂っている世界なので、真夏の夜〜という雰囲気ではないし、おどろおどろしい魑魅魍魎が登場するような世界ではないので、暑苦しさに悶えたい方は、ちょっとイメージが違うかも。
ワタシは、どちらかというと、いひひぃ〜っというような笑い声が聞こえてくるほうが、イメージとしては面白く、彷彿とさせられる演奏の方が、楽しく聴けるし、できるだけ右脳が刺激され、ビジュアル化された方が好きだ。

しかし、この演奏は、至極まっとうな感じがする。もっと、遊び心に火をつけて欲しい〜という思いもないわけではないが、アハハ〜 この方は、きっとマジメなのだ。と思わせる、ストイックさが好ましい。
いわゆる美音すぎて〜ということになるのかもしれない。そう、アクが少ないから、プロコさまのような、ちょっと、ワケのわかんない二面性というか多面性の要素は、ちょっと垣間見られないかもしれない。
だけど、完全確信犯、知能犯って感じがしますね。

でも、メチャテクもあると思うし、このマジメな演奏で、自分を変えずに、そつなくプロコフィエフの協奏曲を弾こうっていうんだから、アハハ、なにやら実際的には、こっちの方が自虐的という感じがする。
それも、ベルキンさんは、ほとんど間髪入れずに、2回録音しておられるのだ。ベルキンさんは、この曲が、おそらく好きなんですよ。そうでなきゃ〜 10年ほど経って、また録音しようとは、思わないんじゃーと思う。
まあ、ワタシの勝手な想像だけど。

2楽章は、なーんか、面白い。青白く光っているわけではないが、そうだなあ〜 深海魚風というか、カタチが変わる。
自分を変貌させようという意図はあるんじゃないだろうか。
まあ、ワタシ、この楽曲が、とっても好きなので〜 誰が弾いても、あまり文句は言わないと思う。これだけの多様性のある楽曲は、多様な弾き方を要求するし、演奏家がどのようなアプローチをしても、大丈夫。
どこかに焦点があたりそうだ。
いやいや、もっと挑発的な演奏な方が、面白いに決まってるんですよ。でも、この曲、演奏家にとって、自分の枠を壊せる曲のような気がする。脱皮しましょう〜的に、壊しちゃえ〜と意図しなくても、壊れちゃうのではないだろうか。
聴き手にとっても、今まで聴いてきた曲の範疇を超える、自分の枠を外してくれそうな気がする。

で、ベルキンさんのヴァイオリンは、超綺麗な音で、スッパリ清潔で、弾力性があり、跳躍がお見事っ。
火が付いて、自ら燃えあがるタイプではないと思うが、この冴え冴えとした音を聴いてると、耳が、ぴたっと、吸い付けられていくかのようになり、みごとに引き込まれてしまう。
ハーモニクスのところなんぞ、もう涙が出ちゃうほど美しい。まあ、とろけるように、悶えたくなるような感じではなく、ハイ、完全無欠、理知的に鳴ってますけどね。(聴く方は、勝手に、悶えてくださって結構ですよぉ〜 てな感じ。)
また、跳躍は、これも見事っ。なんて柔らかな曲線を描きながら、まっすぐに飛んでいくのだろう。
自己矛盾しちゃいそうな表現だが、直線的な感じを与えず、素速いんである。ツンツンした音ではないが、充分に硬質感があって、オケも頑張ってます。
総体的に、シャキシャキした歯ごたえというか、シャリ感があり、超マジメな顔をして、結構、諧謔なのだ。

ヴェンゲーロフ ロストロポーヴィチ ロンドン交響楽団 1994年
Maxim Vengerov  Mstislav Rostropovich
London Symphony Orchestra

こりゃ良いわ〜拍手

録音状態は良い。いろんな要素がつまってて面白い楽曲で、ヴェンゲーロフさんのヴァイオリンは、高音域が安定しており、とても美しい。また、表情が豊かで、聴いてて、とっても楽しくなる。
カップリング:
1〜3 プロコフィエフ ヴァイオリン協奏曲第1番
4〜7 ショスタコーヴィチ ヴァイオリン協奏曲第1番
    
1楽章
冒頭、軽くオケが短い序奏を奏で、ヴァイオリンが登場する。
「しみぃ〜 しどしらそ れぇ〜どし〜らそぉ〜」「ふぁ〜それ れぇ〜みふぁ〜 そらしどぉ〜 そどそ どしぃ〜」
途中で、クラリネットとフルートなどの木管が絡む。
「らぁ〜しどぉ〜 れどぉ らぁ〜しどぉ〜 れどぉ〜」
「どぉ〜れみふぁそぉらぁ〜 らぁそぉ〜〜 らぁ〜」というような、夢の世界のなかに誘われているかのようなフレーズが、連綿と続いていく。
オーボエが絡んだりしていくが、オケの方は、ヴァイオリンの音色にうっとりしながら、細切れのパーツを伴奏で、 奏でているぐらいで、あまり目立っていない。
「みぃ〜 れどれみみぃ〜 そぉ〜みれふぁどどぉ〜」という高い音で歌う。
「ふぁっら れどれぇ〜 ふぁっら れどれぇ〜」と、オケが鳴り始めると、雰囲気を変えて、跳躍が始まる。
ちょっと、変わったフレーズというか、風変わりな歌を、ケタケタ・・・と笑ってみたり。

フルートが、「どっどぉ ふぁ〜 どぉ〜 し みぃ〜〜 らぁ〜〜」と吹いている前で、ソロヴァイオリンのピチカートが始まる。
で、そこから、蝶番の外れた、ケッタイな踊りが始まる。
「しっ みぃ〜 しっど しみ れみ しど しどしど らそふぁみ ふぁふぁっ ふぁふぁふぁっ・・・」
↑ えっ なんつー 音が出てくるの? と、驚くほどのへんてこりんな、音が続く。
ギクシャクしているというか、これじゃー 暗譜は難しいんじゃーっという、超ヘンテコリンさ。
でも、この妙ちくりんなフレーズが、面白かったりするのだから、ワタシのアタマも、ミョウチクリンなのである。
で、ハープの音も入ってくるのだが、「らららしし ふぁふぁら ららら そそふぁふぁ・・・」というような、音階のような、ピチカートというか、 掻き鳴らし風の音が、続く。
ヴェンゲーロフさんのヴァイオリンは、もっと過激に、ヒートアップするのかと思っていたのだが、意外と、そうでもなかった。
このキシキシ カシカシ・・・の部分が、もっと、挑発的かと、ちょっと期待したんだけど(笑)、そうでもなく、おとなしめ。

いったん終息して、フルートが、「しみぃ〜 しどし らそ れぇ〜どぉし み〜」と吹き出すと、 このフレーズをバックに、ヴァイオリンは甲高い声で、「どれみふぁみれ しどれみれどし・・・」みたいな、超高い音で、音階をキシキシと弾き出す。
バックでは、ハープや、ピッコロの音だと思うが、「そふぁそ みみれみ そふぁそ〜っ」と、音が天空に舞っていく。
この超高音域のヴァイオリンの音色は、とっても美しい。

2楽章
スケルツォに相当する楽章で、すげーっ 駆け巡る跳躍の楽章で、滑りまくりの、らららそそふぁふぁふぁ・・・っと落ちていったり、何処へ飛んでいくのか、思いもつかない音がが飛びかっていく。
まあ、ヴァイオリンで、こんな汚い音がでるもんかね〜と、ブツブツ言いそうなぐらい、濁った音や、パパパパパ・・・みっみっみっみ・・・と、破裂音が、パパパパパ・・・ 
オケの方は、金管の咆吼が入って色彩をつけてくれるが、ヴァイオリンは、虻か蜂が飛んでいるかのような感じ。
「れれ しし みみ ふぁふぁ どどみみ」? えっ オチャラケ風に終わる。アハッハ・・・。

3楽章
チクタクチクタク・・・ 「そっれ れぇ〜 み ふぁどどぉ〜 みっしどれみ・・・ぱっ らぁ〜」
「らど みっれ そっみ どっそ れぇ〜み みぃ〜 み〜そみ ふぁどれら そぉ〜らし れぇ どどぉ れ・・・」
チクタクチクタクと、オケの伴奏のなか、ヴァイオリンが、またまた風変わりな歌を歌い出す。
ハープが、ぼろ〜ん、ぼろ〜んっと、温かい音を奏でてくるので、うっとりしちゃう。
このあたりは、ショスタコの5番を思い浮かべてしまうのだが、プロコさまのヴァイオリンフレーズは、うねうね〜と、相当に変わっている。
とても幻想的で、夢を見ているかのようだが、つみどころがない。(笑)
すごい超高音域のフレーズで、そりゃー 美しいのではあるのだが、陽炎のようでもあり、天女のようでもあり。

で、うっとりしているところに、唐突に、何の前触れもなく、ころり〜っと、途中で主題が変わる。
えっ せっかく、いい夢をみていたのに。
「しどどふぁ らどどら しどれれ ふぁふぁみみ れれしし れししし しれれし ふぁらら・・・」って感じの短い音型が表れる。なんだか、壊れたオモチャが動き出したかのように、もりあがっていく。
ソロヴァイオリンと、オケの弦とで、「ふぁししふぁ ふぁししし ふぁししし らどっどふぁ そどどふぁ ふぁれれら どみみし」
っと、奏でたあと、オケ全体で、「れど どっふぁ そっ どどぉ〜 れど どっふぁ そっ どどぉ〜」
まあ、ここの部分は、とても印象的なフレーズになっている。

その後、ヴァイオリンは、とても、とても甘くて、官能的に、オケと共に、とろけちゃう〜ほどに、美しいフレーズを奏でる。
まあ、 なんとも・・・。最初に聴いたときは、見てはいけないものを見ちゃった。いや、聴いてはいけないものを聴いちゃった。感じで。うふふっ。これは、スクリャービンより、よほど官能的だと、うふふ。
で、映画を見ているように、フラッシュバックするというか、今のワタシたちの感性に近いものを感じる。
なんだか、この楽曲を聴いていると、アタマのなかで、視覚的な要素が、ぽわぁ〜んと、立ちのぼってくる感じがする。
ラストに近づくと、チューバが登場して分厚い様相となるのだが、ヴァイオリンは、またまた高音域へと昇っていく。
もはや、手がつけられないというか、手から離れて、宙に舞っていってしまった〜というか。

総体的には、この楽曲が、そうとうに風変わりなんですが〜 超テクがいるのは、ハイ、ど素人でもわかります。
もはや、ヴァイオリンという楽器が、未来に向かって飛んでるわ。って感じで、1917年頃の作品なのですが、う〜ん すごすぎて、信じられないような楽曲なんです。幻想トリップしちゃうというか、行っちゃった音楽に近いです。
ケッタイな音楽というより、これは、いけない薬のような楽曲で、これは、完全にハマります。
で、ヴェンゲーロフさんのヴァイオリンは、すごく安定して美しい。
穏やかに聴け、高音域の美しさに焦点があたっているように思います。絶句しちゃうほど〜 気絶しちゃうほど、美しいんだもの・・・。アハハ。いやいや、また、他盤も聴いてみましょう。


1987年 ツィンマーマン マゼール ベルリン・フィル EMI ★★★★ 
1993年 ボリス・ベルキン マイケル・スターン  チューリヒ・トーンハレ管 DENON ★★★★ 
1994年 ヴェンゲーロフ ロストロポーヴィチ ロンドン交響楽団 Teldec ★★★★★ 
所有盤を整理中です。

「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

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