「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

ドヴォルザーク ピアノ三重奏第4番 「ドゥムキー」
Dvorák: Piano Trios No.4 "Dumky"


スーク・トリオ 1978年
Suk Trio
ピアノ:ヤン・パネンカ Jan Panenka
ヴァイオリン:ヨゼフ・スーク Josef Suk
チェロ:ヨゼフ・フッフロ Josef Chuchro

満足っ満足っ

録音状態は、良い。穏やかでありながら、情熱的なパワーを秘めており、郷愁で胸をかきむしられそうな場面も。
カップリング:ドヴォルザーク ピアノ三重奏曲第4番「ドゥムキー」、3番(77年)

1楽章
ドヴォルザークのピアノ三重奏曲は、いつ以来だろう。CDを購入したのは遙か昔のような気がする。
普段、あまり室内楽を聴かない。ついついご無沙汰してしまい、一年で数回程度という感じなのだ。
こういう室内楽って、ある程度の年齢にならないと聴かないものだよぉ〜っと、年上の知人は言っていた。
長ったらしい交響曲を聴くのに、段々と疲れてきて、気力が萎えるんだそうである。
ハハハ〜 確かに、長大なマーラーにつきあおうと思うと、気合いが必要だ。で、聴くと、エネルギーを吸い取られるかのように、ぐったりする。
まあ、長大な交響曲を聴いたり、甘ったるい曲を聞くと反動もくるが、人それぞれだと思いつつ、年齢を重ねると室内楽を聴く傾向が高まるのはホントだろうか? と思いつつ、なんだか、暗示にかかっているのか、手にするようになってきた。

ピアノ三重奏曲って、そんなに多くないように思う。
ベートーヴェン、ブラームス、チャイコフスキー、ラヴェルぐらいしか、すぐに思い浮かばないのだが〜
ドヴォルザークは4曲つくっており、この第4番に、「ドゥムキー」という、サブタイトルがついている。

冒頭、ピアノとチェロの声で、
「れどし しらそ そふぁみ〜 れれどし そそらそぉ〜 そそふぁみ〜そふぁみ〜そふぁみ〜 そふぁみぃ〜」
「れふぁし〜 しどれ〜 れふぁし〜 れしぃ〜 れしぃ〜 えしぃ〜」
ドヴォルザークのピアノ三重奏の冒頭は、軽快である。
まるで、スキップするかのような、パラパラパラパラ〜っとピアノの高音の音と、ヴァイオリンの会話が、れれど ししら そそふぁみ・・・と、軽い舞曲風のフレーズ、雨音のようなフレーズが続く。 あれっ、これが憂鬱な調べなのだろうか。
えへっ。これだと、秋に聴きたくなったりするかもしれない。

で、ドゥムキーという意味を、ウィキペディア(Wikipedia)で調べてみたら・・・
副題の「ドゥムキー」とは、ウクライナ起源の憂鬱な叙事的な歌謡バラッド、「ドゥムカ」の複数形である・・・とあった。
憂鬱な叙事詩というのに、ちょっぴり惹かれるが〜 えっ? 叙事詩って豪快なんじゃーないの? わからんなあ。
また、この曲、6楽章になっており、それに調性が、短調と長調が入り乱れて忙しい。

1 Lento maestoso - Allegro quasi doppio movimento - Lento - Allegro (ホ短調)
2 Poco adagio - Vivace non troppo - Poco adagio - Vivace (嬰ヘ短調)
3 Andante - Vivace non troppo - Andante (イ長調〜イ短調〜イ長調)
4 Andante moderato (Quasi tempo di Marcia) - Allegretto scherzando - Meno mosso - Allegretto
  scherzando - Meno mosso - Allegro - Meno mosso - Moderato (ニ短調)
5 Allegro - Meno mosso - In tempo -Meno mosso - Piu mosso (変ホ長調)
6 Lento maestoso - Vivace - Lento - Vivace (ハ短調〜ハ長調)

全体的に、少し、○○と秋の空〜的に、儚げで、郷愁感が漂っている。
躁鬱か? と思うほど、アップダウンが激しいわけでも、気分が変わるわけでもなく、劇的な変化というわけではないのだけど、なるほど・・・。ちょっと異質で、穏やかな反面、激しさが顔を出してくる、猛烈に熱を帯びた内面の顔がある。
普段穏やかな表情なのに、 カッ!と阿修羅や般若の面が、一瞬登場するという感じなのだ。
そのくせ、泣き虫というか〜 急に、ノスタルジックに陥りやすい方なのだ。
(↑ かなり取り扱いが難しいなあ。笑)

3楽章は、最後のアンダンテでは、静まった時に、弦を掻き鳴らすような場面があり、そこが、郷愁で、胸をかきむしりそうな〜光景となっており、なんとも・・・。
このワタシでさえ、じわぁ〜っときちゃいました。
5楽章は、「みふぁそらぁ〜 (チェロ:そら しぃ〜れ どふぁそぉ〜)と、軽快で明るいピアノと、鬱としているチェロが、寄り添うように、互いを補完しあって〜と、愛情をはぐくんでいるかのような、可愛いフレーズが続く。
6楽章になると、
チェロがメインディッシュとして登場して、なんとも言えない郷愁にむせびないてます〜って感じになってくる。
「らぁ〜 そらし らそふぁみ ふぁ〜〜れ   ふぁ〜そら ら〜ら らそらし どしらそ らぁ〜」
「らぁ〜 らしそぉ〜〜 そそら ふぁ〜〜  ふぁふぁそ ふぁ〜み どぉ〜みれぇ〜」
なんともねえ。アタマのなかで、回想シーンが流れているようである。

そのフレーズを、まるで茶化すかのような、いやいや、ちょっぴり、個性的な慰めなんだろうか、明るいピアノの「れふぁれふぁれふぁ しぃ〜らそれっ れふぁれふぁれふぁ そぉ〜ふぁみれぇ〜」って合いの手が入ってくる。
なにを鬱々しているのよぉ〜 さあさあ、踊って忘れましょうよ。なーんて、甘い言葉をかけられた、若い、おにーちゃんが、踊り始めるのである。(って感じ・・・に思えちゃったのだ。)

そんな単純なモノではないだろうが、甘い調べと、回想シーンで、最後は、踊り踊って、嫌なことは忘れる。
踊りで、心を高揚させるのだろうか・・・。 どうも、全く違うタイプの組み合わせが、驚きというというか、マッチしてないんじゃーないの?と、ちょっと、内心、皮肉ってやりたいのだが、同色系で寄り添わないところが、この民族の特徴なのかもしれない。 安心をまず第一にする、ワタシ的国民性とは違うんでしょうね。
そうかといって、どこか、のびやかな草原で、熱く、語れるところは、なんか羨ましいかも。
一種の憧れで〜 ちょっと風変わりだけど・・・、と、聴けちゃうし、また底流が、どことなく、よく似ている音質だと〜感じるのかもしれないですね。(おいおい、そんな単純なモノじゃーないだろう)

さて、スーク盤は、1978年の録音だが、録音状態も良く色あせていない。特に、ピアノとヴァイオリンの可愛らしさ、口笛を吹いて軽くスキップしているような調べ。
CDだけでなく、今でも、Blu-spec CDでも発売されているという、とても息の長い盤である。
スーク盤で聴くと、この自由な形式と共に、快活さがあって、健康的である。うつうつ〜っ、ジメジメ〜ととしておらず、キュートなピアノの色が勝っているように思える盤は好ましい。
黴の生えたような、じゅくじゅくした演奏は、ワタシ的には苦手だし・・・。
やっぱ、DNA的にはマッチしないかもしれないので、一人のぼせたように熱すぎた演奏でも、ちょっと困るのだ。
アナタの心情は、なんとなくワカリマスけど・・・ ちょっと、ワタシには、もてあますのよねぇ〜と、なりたくないのだ。
(あっ オマエ、卑怯な奴って言わないでね。笑)

最後には熱くなって〜 ありゃ すごいリズムと驚くものの、渋い色調で、むっとした熱を帯びてくるが、ホントに最後である。
バルトークの、アレグロ・バルバロ風に、きぇ〜っ! ひゃーっ!と、声をあげて、激しく、絶叫的に気合いを入れるっていう感じには、ならないので、ちょっと、ほっとしました。
ホント、充実した頃のドヴォルザークが、余裕を持って、自国のアイデンティティを感じている頃〜なのかもしれません。
それが、誇らしげに、国民性を滲みださせた結果〜この作品になったのかも。自然に囲まれた充実感あふれる曲です。


トリオ・フォントネ 1990年
Trio Fontenay

ばっちグー!

録音状態は極めて良い。瑞々しいドヴォルザークで、郷愁よりも、ちょっぴり青春って感じでしょうか。むせび泣きたい方には、お薦めしませんが、ちょっぴり若返りたい方にはお薦めです。CDジャケットも、ピンク色ですっ。

ドヴォルザーク ピアノ三重奏曲全集2枚組BOX
1番(88年)、2番(90年)、3番(87年)、4番(90年)

スークトリオさんの演奏は、渋めの中高年向きの演奏だとすれば、トリオ・フォントネさんの演奏は、瑞々しい若者の演奏という感じがする。
もちろん聴き手の好みでもあるが・・・さて、どうでしょ。ドヴォルザークでしょ。だったら、渋いに決まってるじゃん。と言われたら、う〜ん。この盤は、あまりお薦めできないかも。
ワタシ的には、春のような、ちょっぴり華やかな演奏だと思う。で、大変楽しく聴けた。
特に、出だしの1楽章は、とっても、艶のある美音で、すーっと春風のような華やかさを運んでくる。

冒頭、ピアノとチェロの声で、
「れれどし しらそ そそふぁみ〜 れれどし そそらそぉ〜 そそふぁみ〜 そふぁみ そふぁみ そふぁみ〜」
まずピアノの、ちょっと硬めのフレーズが、耳に飛び込んで来る。
もちろんチェロの音も透明度が高い。
「どぉ〜 らぁ〜しぃ〜れどら そ しら〜しぃ〜」と、ヴァイオリンとチェロの絡みのあと、ヴァイオリンがスキップを始める。
「らっそ ふぁみっ れどしら そ  ららっそ〜ふぁみれどし しら らっそふぁっ」
ここのフレーズだけで、もう ノックアウトっ。なんてチャーミングな少女なんだっ!って感じで、ころり〜っとやられてしまう。
特にヴァイオリンの美音と、ピアノの囁き、チェロの甘いフレーズ。

ドヴォルザークのピアノ三重奏の冒頭は、軽快だが、これは、春の香りが、存分に味わえるという感じ。
で、2楽章にはいってしまうと、え? どうしちゃったの、失恋しちゃたの?って感じで、一気に冬空が広がって、憂鬱な気分となり鬱々としてしまうのだ。音の流れは停滞する。
後半は、踊り出すのだが、段々にスピードがあがって、ああ〜 アルコールでも煽っちゃったのかなあ。って感じで、ロマの狂喜乱舞状態になる。「られれ〜 ふぁれれ〜 らみみ られれ〜 ふぁれれ〜 らみみっ しっどっれっ!」

3楽章は、郷愁漂う旋律が、たっぷり満載の楽章である。
佐川吉男さんのブックレットを拝見すると、ドゥムキーは、本来ウクライナのバンドゥーラやゴブザなどの民族楽器の伴奏を伴ったバラード風の民謡形式だとあった。でも、チェコ語で「瞑想」とか「回想」を意味するdumkaを念頭において書かれたと見た方がよいかも知れない。ともあった。
う〜ん。この3楽章を聴くと、このご意見に賛同しちゃう。

4楽章も5楽章も、ほの暗さ、ちょっぴり鬱々、ちょっぴりモワモワ〜とした表情付けが、色濃く落ちないところが良い。
で、そこから、明るさが、広がる際には、ぱあぁ〜っと一気に広がり、勢いがあるのだ。
そこが、とっても好感が持てる。

どっぷり落ち込まず、虚無感が広がるわけでも、あきらめムードにもならず、ホント、しみじみだな〜っと、感じるのだが、どっぷり系に思わさないところが、ワタシ的には嬉しいかも。
なんだか恥ずかしいのだが、年齢的に、ちょっと中途半端なのですよぉ。
ちょっと、まだ若いつもりで、抗っている途中のモノにとっては、郷愁で胸を掻きむしられるっていうのも、時にはよろしいのですが、これが続くと、はぁ・・・。なんかねえ。活き活きとしたのが、抜け落ちちゃうようで。(笑)

6楽章になると、
チェロが甘くも、郷愁をかきたて〜 回想録を書いているかのような感じになるのだが、ファントネさんの演奏を聴くと、読書にふけっているかのようで〜 ちょと第三者的かもしれない。
まあ、まだ若いんだもんねえ。という感じなのだ。
で、スーク・トリオさんの演奏は、しみじみしてます。でも、重くならない程度に、活き活きとしています。
まあ、そうですねえ、2015年現在の団塊の世代たちのような、年齢は重ねました。現役はリタイアしました。でも、お金もあるし時間もあるし、今、ハイ、第2の青春よぉ〜まだまだ、若いですよぉ〜ん。という感じなのです。
だから、一瞬、郷愁にむせび泣き、最後の最後で、えいやぁ〜っと燃えたければスーク盤をお薦めしちゃいます。

それに対して、ファントネさんは、実際に若いんです。若いから、郷愁っていわれてもねえ〜 回想? そういわれても今、楽しいんだもん。って感じでしょうか。
最後は、エネルギッシュに、「られられ しぃ〜らそ れぇ〜 らぁ〜そふぁ れぇ〜」と奏でられますが、さほど燃えない。
じゃ〜ねえ。またね〜来週ねえぇ〜って、若い2人が、手を振っているかのような元気さがあるわけです。
アハハ〜  これじゃ、郷愁で胸を焦がしたり、燃えるわけありませんよね。

ってなわけで、ファントネさんの演奏は、スークトリオさんたちの年齢より、遙かに若く感じます。また、さほど、民族性の濃い演奏ではなく、暖かみはありますけど、そこそこスタイリッシュです。
まあ、ドヴォルザークも40歳代最後にお書きになったようなので、中年から老年期を迎える頃でしょうが・・・。
この演奏は、聴き手の年齢層を選んでしまうと思います。 まあ、ワタシは、いついつまでも若くありたいので〜 この盤が好きですけど。(笑) 
スーク・トリオさんのCDジャケットは、茶色。トリオ・ファントネさんのCDジャケットは、ピンク色。
この差です演奏も・・・。 


1978年 スーク・トリオ Sup ★★★★
1990年 トリオ・フォントネ Teldec ★★★★
所有盤を整理中です。

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