「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし 〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第8番「悲愴」
Beethoven: Piano Sonata No.8 ''Pathetique''


バックハウス 1958年
Wilhelm Backhaus

録音状態は良い。58年とは思えない。驚くほどテンポが速めで軽やか。
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全集からの1枚。
バックハウスさんのピアノ・ソナタ全集(29番だけ新しく録音されなかったが) 59年〜69年に録音された新盤の方である。ワタシ的に、勝手なイメージを持ってて、もっとガツンと出てくるのかと思っていたのだが、テンポは、意外と速く、素っ気ないほどのタッチで弾かれていて驚きだった。えっ こんなに速めなの。

冒頭の「れぇ〜 れみふぁ〜み らそっ〜 そらっし〜ら ふぁれぇ〜し」  タッチが鋭くもないし、深くないのだ。浅い。
それに間合いが短い。 ひとことで言うと驚くほど軽いっ。 パララパララ〜っと、展開するところも、身軽に進んで推進力が強い。 粒立ちは特段に良くないし、くぐもってて〜 途中、弾き飛ばして、はしょられている感じがしてしまう。
しかし、 聞き進むうちに、途中から、軽やかさが心地よさに変わってくるのだ。

「たった〜た たたたた・・・」と走るところでは、幾分アクセントが欲しい。
フリルのようなパッセージは、確かに速めで小回りは効いているのだが、冒頭に、重々しい雰囲気や辺りを払うような静粛なインパクトが無かったので、なんだか、拍子抜けの気分で〜 重々しい冒頭に毒され、分厚い和音に馴れてしまっているのか軽すぎ。いや〜 やっぱり軽い。
どうも、ワタシが勝手にイメージを固めてしまっているように思うのだが、客観的にみても、何度聴いても、やっぱ軽い。
あちゃちゃ〜 ベートーヴェンと、バックハウス。 この2人、どう想像しても、堅牢で、ガッシリ、硬く、巌のように、鋭く険しく、眉間にシワを立てて〜 ってイメージなのに。あー どうなってしまっているのだ。全く違うではないか。
ホント、バックハウスさんと言えば、硬く、重いと思っていたのに・・・。 昔聴いた時も、これほど軽いって思ってただろうか。
もっと、もっと、ありがたく聴いていたように思うのだが。改めて聴いて、とほほ。困ってしまった。

2楽章
「れ〜どふぁ〜 れどみふぁ〜しふぁ〜 ふぁ〜そ〜ど」
フレーズに哀愁も感じられないし、粘りも少なく、素っ気ない。 ここは、やっぱり思い入れタップリのフレーズであって欲しいと思うほど、アッサリ弾かれちゃって、 お茶漬けのように、軽やか。
え〜っ。精神性〜なーんて言葉は好きじゃないけど、はあ。肩すかし食らわされた気分だ。

3楽章
この楽章は、爽やかな楽章なので、飛翔感、軽やかさ、爽やかさが詰まっていて好ましい。
思わず口ずさんでしまうほど、「られみっ ふぁ〜そみ〜ふぁれ〜 れどれみ ふぁみふぁそ ららら〜」
「そらし〜み〜ふぁそれ〜」 軽やかにコロコロ転んでいる。 それにしても、間髪入れずに、パッパ パッパと進んでいくのには驚き。息継ぎする暇もない。 間髪入れずに進んで行くので、あっけにとられてしまい、ちょっと〜 疲れる。

堅牢で、がっしりとした構築性を感じる〜という一枚ではなく、今風の若い息吹を感じてしまうほど、幾分、前のめりで、せっかちなほどのテンポ設定である。 ホントに、軽やかに、すっと弾かれちゃって唖然としてしまった。
悲愴ってタイトルが、嘘みたいに、キツネに包まれた感じで終わってしまった。あのぉ〜 これベートーヴェンなんですけど。大御所さま、センセイ、これで良いですかね〜?と、訊きたくなるほど。
ホント意外な一面を見た感じがする。 バックハウスの演奏は、旧録の方が良いという意見も多いようだが、そこまで遡って聴きたいとは思わなかった。ごめんなさい。

クラウディオ・アラウ 1963年
Carlos Arrau

録音状態は良い。太めで豊かな響きがあるのだが、ワタシ的には解りづらい。
カップリング:2枚組BOX ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 8番悲愴、14番月光、17番テンペスト、24番テレーゼ、21番ヴァルトシュタイン、23番熱情、26番告別
1楽章
太い音で冒頭の1音が出てくる。「れぇ〜 れみ〜ふぁ〜ふぁみ そ〜そら〜しし〜ら」
アラウの演奏は、テンポが遅め。 「ふぁそ そ〜ら ら〜れ そ〜そら〜 らしーら」、明るめの音で余韻が良い。硬いタッチでもなく、鈍重でもなく、柔らかい響きが後に残る。 で、噛みしめるように、ゆったり弾いてはいるが、ところどころテンポを揺らしている。 悲しみが、転がるように降りてきた後、段々回転度数をあげていく。
「れれっ れれっ〜 そらしど れれっ〜れらふぁみ〜」 速くなっていくのだが、。
「どふぁそ〜 そーみ そーみ ど どふぁそ・・・」 特段に可愛いわけでも、速いワケでもないし。
音だけ聞いていると安定している感じがするが、いや〜いや〜 粒がさほど揃っていないというか。
即興風に感じるところもあるし一定ではない。 巡る想いがたくさんあるようで、走馬燈のように、せっつかれたように走っている風だ。 決して整った演奏とは言えないのだが、悲しみが、堰を切って流れ落ちてくるようだ。
で、途中、譜面が違うのか。版が違うのか。音が、なんだか違うような気がするのだが。 う〜ん よくわからない。

2楽章
「れ〜ど〜ふぁ〜 どみらしふぁ〜 ふぁそ〜ど れみふぁ〜し れ〜 どしらそ し〜ふぁ」
かなりテンポが遅い。「らっどっみっ〜ら  ど〜し〜み〜・・・」
メチャ遅いので、う〜ん。唸ってしまった。悲しみを噛みしめるというか、哀しみを味わっているというか。
しかし、逍遙している風でもなし、思索しているようでもなし、 音の響きが少ないので、思いが楽曲に移って、ふわ〜っと、時空間へと広がっていくわけでもなく。 う〜ん。イメージしづらい演奏だ。
憂鬱感ではあるが、さほど、深刻でも深淵さも感じない。わりとナチュラルなのかも。

3楽章
「られみっ ふぁ〜そみ〜ふぁれ〜 れどれみ ふぁみふぁそ ららら〜」
さらりと弾かれている。 
懐古調的に、主題が入れ替わってくるが、懐かしさというより、ふっきりました〜という。自然に断ち切れました。というか。甘めではあるのだが、渋くもあるし。さらりとしていながら、ロマンティックであるし。
う〜ん。アラウさんの演奏は、深く潜行しているらしく、私的には、ちょっと掴みかねている。
感情移入型かと言われたら、いや〜 客観的な演奏というか。ちょいと、冷めている感じがする。
直情型でもなく、何度も噛みしめるなかから、渋みが出ているのかもしれない。そんな気がする。
しかし、ワタシ的には解りづらい。伝わりづらい。繰り返して聴いているうちに、解るかしらん。
う〜ん。経験上、数度聴いてワカランかったら、最後まで解らず、相容れないのだけど。う〜っ。(泣)
  グルダ 1963年
Friedrich Gulda

  ← 一瞬キツネにつままれるが〜   こりゃ良いわ〜拍手

録音状態は良い。
グルダが、amadeoに録音した60年代の録音である。
草書体の「悲愴」で、う〜ん。唸ってしまった。弾き方は、とっても好きなのだが、ギレリス盤とは真逆で、どっちが良いかと言われても、あまりの違いにギャフン。
戸惑いが隠せない。CDジャケットは全集盤である。
あっという間に全集にしちゃった力量ってすごいっ。
1楽章
冒頭、はっきりとした押しで、「れぇ〜 れみふぁ〜み らそっ〜 そらっし〜ら ふぁれぇ〜し」
1音目は強くて長いが、2音目以降は軽め。「れぇ〜 んそ〜 れ〜」と、聞こえてくる。
つまり、「れ・そ・れ」の3音が強くって、あとは、ふわ〜っ。
力加減が、メリハリがついているっていうか。ハッキリしている。
この頭の音3つの音が、強く押されて、それが繰り返されていくので、和音がリズムが動き出す。
下降するフレーズも、極端な話、ンチャチャ ンチャッチャ・・・と、テンポにのりやすいのだ。
「んちゃーちゃー んちゃーちゃー んちゃーちゃー」と、舞踏風に聞こえるほど。
主題が変わって、「れれっ そらしどれれっ〜 れれっ〜 そらしどれれっ〜」と可愛いフレーズ弾かれるところは、はあ。なんて軽やかに弾き出すんだろう。と感心してしまう。
んー パラパラパラパラ〜 このパラパラパラした音が、他の人より多いんじゃーっと思うほど、襞がいっぱい詰まっている感じがする。

で、グルダさんの装飾音は、とても速く、そして段々と、速くなってしまう。
おぉ〜っ。すごい。可愛く、次から次へと繰り出される音が、はじけて消えていく。
そのスピードに息をのんでしまう。いや、息がつけないほど、次次次・・・・。
「たらん たらん」と、可愛くフレーズがついているのだ、グルダ盤では、これが、非常に軽い。
そのうち、即興曲風になってきて、リズムがしっかり刻まれなくなって〜 ジャズ風に聞こえてしまうところが、この方らしいっていうか。ま。それが、持ち味なんでしょうが、これって、ベートーヴェンとは、ちょっと思えない。そう思ってしまった。
「んっぱぱぁ〜っ」という、破裂音で繰り返され、リズムを作っていくのだが、それが、速くなっていくと、音に形が、無くなるっていくような感じがする。ひぃ〜っ。楽章最後になると、書家の先生が、立派な書き殴り風の作品を書き上げました。
あのぉ〜 いったい、なんて読むんですか?

2楽章
なんとまあ。今度は、フレーズが細切れになってしまって、あの美しい旋律が、台無しになっている。
最初、「れ〜どふぁ〜 れどみふぁ〜しふぁ〜 ふぁ〜そ〜ど」で、まだ山なりのフレーズを描いているのだが、二巡目に入ると、これが、「どみら〜ふぁ」(伴奏)と、息が半分ぐらいになってしまう。
素っ気ないピアノの初心者風練習音のような伴奏に、長い音の響きが、無くなってくる。
なんで〜 どーして、こんな風に弾くのだろう。
グルダ盤では、息の長い、とろけるようなフレーズが、ドソミソ ドソミソといった、単調なリズムになりさがり、この楽章が持つ美しさ(と勝手に思っているのかもしれないが)、
少なくとも、一般的に、美しいと感じる、まったり感や音の響きが、意味の無いことのように扱われているような気がする。
う〜っ うぎゃーっ。まったくもって、天の邪鬼だ。

3楽章
「タララ〜 ふぁ〜そみ〜ふぁれ〜 れどれみ ふぁみふぁそ ららら〜」
まあ。元々、速い楽章なので、予測していたとおり、快速でふわーっと走っていく。
グルダさんの手に、羽根が生えていません? 主題が変わるところも、間髪入れずに、次のフレーズに行くんだね。
う〜ん。草書体も草書体で、いや。なかなか、いい演奏だとは思うんだが、かぁ。形が変わってるわい。
テンポが一様ではなく、すごく変わる。 主題が、形を変えていくようで、なんだか不安な気持ちがする。
これだけ草書体で演奏されると、悲愴ってタイトルとは、ちょと。 いや〜 かなり遠いところにあるような気がする。
グルダさんの演奏は、嫌いではない。枠にガチガチにはまった演奏をされるより、自由奔放に、のびやかに演奏される方が、ワタシ的には、好きなのだ。
しかしぃ〜 この悲愴では、う〜ん。うーっ。 どうなんでしょうねえ。唸らざるを得ないなあ。
悲愴というより、同じ2文字熟語を充てるなら、これじゃ「奔放」だ。やっぱ、異色であるが、好きなんですよね。
他の楽曲もグルダさんで聴きたい〜と密かに思うワタシは、やっぱり天の邪鬼なのでしょう。

アシュケナージ 1978年
Vladimir Ashkenazy

録音状態は良い。2回目の録音だったと思う。演奏は、悲愴というよりは、楽天的っていう感じ。ヤワというか。優しいというか。聞きやすいことは確かだけど・・・。
カップリング:ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 
第8番悲愴、第14番月光、第23番熱情
1楽章
アシュケナージのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」は、すごく大きい音量で、ずどんっと響く。
文字で書くと、「ばぁぁ〜ん  ばばっばっ ばぁ〜んっ」である。
左手のパワーが、すごくって、ごっつい音なのだ。で、この音量にまず驚かされる。で、テンポはゆったり。
大音量で奏でられる壮大な悲愴感なのだ。
「れぇぇ〜 れみっ ふぁふぁ〜み そぉ〜 そらっしっ し〜ら」
で、序奏部分が終わると、右手は「そ〜そらし し〜ら」と、可愛いフレーズに変わるのだが、左手は相変わらず、無愛想なドスンという響きを、棄てられないようだ。
はあ。で、そこからは、「れれっ れれっ〜 そらしど れれっ〜」 転がるようにスピードをあげていく。 ここのタッチは、太いながらも、確実だねえ。
「ぱ〜ぱっ タタタ タタタぁ・・・」
「どふぁそ〜 そーみ そーみ ど どふぁそ・・・」伴奏を自分でして、可愛くフレーズを整えている。 「たらん たらん」と、可愛くフレーズがついて、これが、また軽快だ。悲痛そうな楽章にはなっておらず、まだ若いなあ。と思う。とても希望の持てる輝いた雰囲気が漂っている。
この楽章の最後、いろんな思いを巡らしてきたけれど、でも、やっぱ〜悲しいって感じで終わっている。
う〜ん。ここが、悲愴か? 最初と最後のフレーズだけだなあ。

2楽章
さて、悲愴って言ったら、これでしょう〜という楽章。白眉中の白眉っ。悲愴のなかのアダージョ部分だ。
「れ〜どふぁ〜 れどみふぁ〜しふぁ〜 ふぁ〜そ〜ど れみふぁ〜し れ〜 どしらそ し〜ふぁ」
↑ 調が間違っているかもしれない。(なにせオンチなので。変イ長調が正しい)
久しぶりに聴くと、「月光」ソナタと、間違えそうになったほどなので、かなりアヤシイ耳なのだが。 アシュケナージ盤は、あまり、こねくりまわさず、素直に奏でられている。 で、テンポは揺らさない。
久々に聴くと、いい楽曲だな。と思ったのだが〜 この演奏を繰り返して聴いても、あまりピンと来ない。
深い音ではあるが、響きは深いのだが、深淵さが無いなあ。
う〜ん。これだと、痛みや辛さがなくて、穏やかでシアワセ感に近いかも。

3楽章
「タララ〜 ふぁ〜そみ〜ふぁれ〜 れどれみ ふぁみふぁそ ららら〜 
 そらし〜 み〜ふぁそら〜れ れみふぁふぁっそ みっみふぁれ〜」・・・
この可愛いフレーズが終わると、ばぁ〜っん。どぉ〜んっ。2発低音が入る。
でも、めげずに跳躍的な、春めいたフレーズが続く。
2楽章の主題が変奏曲風に奏でられ、懐古調になるが。なんとなく、全体的に少女風で、ロマンティックなんだよなあ。「みみみみ ら〜っ  しししし みぃ〜」 ・・・

アシュケナージ盤では、全体的に、華麗で可愛く奏でられているが、これで良いのかなあ?
この楽曲って、ベートーヴェン自身が、「悲愴」ってタイトルを付けたらしい。
めったに、楽聖御自らタイトルを付けることは無かったのに・・・。
 う〜ん。そんなことを考えると、この演奏は、ちょっと楽天的すぎるんじゃーないだろうか。 タイトルに振り回されるのは、ホントは嫌なのだが、他盤(特に、ギレリス盤)を聴いてしまうと、希望があり、幸せ感が漂っているのは明らかだ。
で、演奏は綺麗で聞きやすい。

ギレリス 1980年
Emil Gilels

ひぇーぇぇ〜


録音状態は良い。硬いっ 険しいっ ひじょーに厳しい演奏である。
男は、黙って・・・というタイプで、随分と堅物なのだが、曲想には、イチバン、マッチしているような気がする。
カップリング:ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第8番悲愴、第14番月光、第23番熱情
1楽章
ギレリス盤は、音が硬くて、あまり響かない。アラウ盤やアシュケナージ盤のように柔らかい響きではない。
ギレリスさんの弾く「悲愴」は、険しく、厳しい、寂しい悲愴なのだ。
冬、雪が舞い散るなか、ひとり歩いているような雰囲気がしてくる。剣が峰って感じもするし、八甲田山死の彷徨的だなあって感じの風景が思い起こされる。とっても厳しいのだ。冷たいし ・・・。

特に、「れれっ れれっ〜 そらしど れれっ〜れらふぁみ〜」っていうフレーズなんぞ、ここが、めちゃくちゃ速い。
聴いていて、右手と左手がバラバラになっているような気がするほど、駆け下りてくる。
声を掛けづらい雰囲気というか、 取り憑く島もナシって感じというか、思わず孤独だねえ。と思ってしまった。辛くなるほどの「悲愴」である。
へえ〜 こんなに、自分を追い込まなくても良いんじゃー と、気の毒になってしまうほどだ。
なぜ、息もつけないほどに切迫感を漂わせるのだろう。 最後、「れれっ れれっ〜 そらしど れれっ〜っ!」と、のぼった後、行き着くところまで行ったという感じで、「れっ れっ らっ ふぁっ れっ」と、紋切り調というか、三行半を突きつけたというか。 そんな、怒ったような口調で、バン バンっ!と、間合いを置かず、畳みかけるように叩きつけて終わる。
か〜っ! すさまじいというか、激しい怒りというか、怖いというか、激烈で温度は冷たくて・・・。はっ ひ〜っ
う〜っ すげっ。何度聴いても、鳥肌の立つような演奏である。

2楽章
テンポは普通なのだが、なーんか寂しいねえ。
「れ〜ど〜ふぁ〜 どみらしふぁ〜 ふぁそ〜ど れみふぁ〜し れ〜 どしらそ し〜ふぁ」
感情を込めているような気もするが、無味乾燥的にも聞こえる。
1音の噛みしめ方は、歯ごたえ有りなんだけど、素っ気なさを感じてしまう。
重みはあるのだが、抑揚は少なく、雪で埋まりつつあるような重さだったのだが、フレーズが変わって、左手が、ンチャッチャ・・・と、リズムをコミカルに刻んでいるのを聴くと、私の耳は、右手より左手のリズムに、気が取られてしまった。

3楽章
「られみっ ふぁ〜そみ〜ふぁれ〜 れどれみ ふぁみふぁそ ららら〜」
これも、まあ、さらりと弾かれている。即物的と言えなくもないが、う〜ん。やっぱ素っ気ないかなあ。
しかし、何度か聴いていると、男は黙って〜というタイプのように感じる。
こりゃ、しぶーっ。  ひっ! やっぱ怒ってるんじゃー。ところどころ、強打するのだ。
主題が戻ってくると、ちょっとは、軽やかになるのかと思っていたのだが、なかなか〜 硬いっ。 堅物ですわ。こりゃ〜相当に硬いっ。 左手のアルペジオ風のところなんぞ、硬いっ 硬いが、気持ちが良い。なんていうのか、潔いというか。
軍人気質というか、お武家さんタイプというか・・・。昔気質の人間というか。雷親父的というか。
う〜ん。今日的なヤワな演奏ではないのは確かで、背筋を、しゃんとしていないと怒られそうな気配が漂っておりまして。
この演奏は、正座して聴かないとダメですね。
アシュケナージ盤のように、聞きやすいけれど、ヤワな演奏とは全く違う。
何度か繰り返して聴いていくなかで、味が分かるかもしれない。それも、年を重ねれば重ねるほどに〜

バレンボイム 1983年
Daniel Barenboim

ほぉ〜良いヤン

録音状態は良い。ゆったりしているが、よく聴くと、結構、ストーリーが詰まっているように思う。
カップリング:ベートーヴェン ピアノソナタ14番「月光」、8番「悲愴」、23番「熱情」
1楽章
バレンボイムさんは、現在、主に指揮者活動をされている。ピアニストとしての活動を現役時代に拝見してこなかったので、ちょっと違和感があるのだが、
昔から所有していたCDで、安心して聴ける1枚である。失礼ながら、強烈な個性的な演奏ではない。

ギレリス盤だと、ひーっという声に鳴らない声をあげて、恐怖に震えそうな演奏だったし、既におじいちゃんになられていたアラウ盤のように、練れた穏やかな演奏とも異なっている。
タッチは、録音状態にもよるとは思うが、丸みのある音質で、カツンっという鋭い打音ではない。
また、スピードアップして、劇的に変化するところにもインパクトは欠けている。 ある意味、まろやかに、中庸で、穏やかに聴ける演奏である。まあ、演奏される機会も多いし、CDも多く発売されているので、かなり分が悪い。
音が丸くて、鋭さ、気迫が感じらず、引き締まった感じがしないので、 下手したら凡庸だと言いかねない気がする。高音域の音ぐらい、もっとキラッと、ギラッと打ち込んで欲しいかも。
しかし、 「たった〜た たたたた・・・」と走って、走り始めているうちに熱が帯びてくるのか、フレーズが煌めいてくるのだ。
おおっ これは、前半は演出だったのだろう〜 幾分アクセントが強めに変わっていく。
最初は、緩いなあと思っていた感覚が、段々と研ぎ澄まされて、シャープに鳴っていく。
最後には、間合いがたっぷりと取られて、沈み込んでしまうという心理的な変化を、かなり差をつけて演奏している。

2楽章
「れぇ〜どふぁ〜 れどみふぁ〜しふぁ〜 ふぁ〜そ〜ど」と、ゆったり、粘りを持って演奏している。
乳白色というか、うすぼんやりとした、厚めの空気感で、相当に、気怠い。
鬱々としており、澱のように固まったどろっとした沈殿物を感じてしまう。

3楽章
「られみっ ふぁ〜そみ〜ふぁれ〜 れどれみ ふぁみふぁそ ららら〜」
「そらし〜み〜ふぁそれ〜」
ちょっぴり鬱状態の青年が、なんとか、元気を出して、頑張ろうかな〜って感じで、あまり覇気はないのだが〜
そのうちに、なんとか、煌めき度があがってきて〜バレンボイムさんの演奏も、トリルが美しくなってくる。
最後まで聴いていると、なんだか、ストーリー性が感じられるというか、主人公青年の多感な情感を、ちょっとしたことで落ち込む悩み、ぱっと晴れる気持ちが、多彩に演じられており、まるで、劇を拝見しているような感覚だ。
うまく、演じわけているのではないかなと思う。
この曲は、ベートーヴェンのピアノソナタ全32曲のうち、8番で、1798年には既に完成していたと思われ、28歳頃の作品だと言われている。改めて考えると、その早熟さに驚いてしまう。う〜ん。ホント、30歳前なんですよね・・・。
天才は、やっぱ人間の成長の度合いが違うのだと、改めて驚いてしまった。

1958年 バックハウス   Dec ★★
1960年 ケンプ    
1963年 アラウ   Ph ★★
1963年 グルダ   CH ★★★
1967年 グールド   SC  
1978年 アシュケナージ   Dec ★★★★
1980年 ギレリス   ★★★★★
1983年 バレンボイム   ★★★
1989年 オピッツ    
1994年 ブレンデル   Ph  
1997年 コヴァセヴィッチ   EMI  
2003年 ポリーニ   G  
2004年 近藤嘉宏   Ph  
2005年 ルガンスキー   Warner  
所有盤を整理中です。

「 頭のなかの ♪ おたまじゃくし〜クラシック音楽を聴いてみよう〜」

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