ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第14番「月光」 Beethoven: Piano Sonata No.14

 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第14番「月光」
Beethoven: Piano Sonata No.14 "Moonlight"
ニコライ・ルガンスキー 2005年
Nikolai Lugansky

ルガンスキーさんの演奏は、エリートサラリーマンのようだ。1音1音が透き通るような光というか、一直線に湖の底に届くような光の強さがある。直線的で硬めなのだが、冷たさを感じさせるようで、響きとしては柔らかさも含まれている。余韻が心地良い。張り付くような重さはないが、湖面の月光を感じるし、その照り返しを単に見ているというよりは、湖面から底に通るっていく光の筋のようなものが見える。客観的な感覚でありながら、意思の強さも感じさせるような不思議な演奏だ。叙情性と言いつつも、じんわり滲みてくるような広がりは少なめ。横に広がらないで、すーっと通っていく光のようだ。ズブズブと沈み込まず、ぷわ~っとも浮かず、かといって宙ぶらりんでもない。1音の重みとか固さが少し気になるが、いつも感じる重力とは異なるようだ。無重力っぽいという感覚に近い。感情移入型ではないので、そう思うのかもしれない。
第2楽章は、可愛く奏でて欲しい気がするが、ちっとも可愛くない。なんだか無感覚。1楽章もそうだったが、ルガンスキーさんの月光は、取り澄ましているわけじゃないが、エモーショナルな演奏ではないので、機械的と言ったら言い過ぎだが、人が弾いている感じがしないのだ。なんか感情があるでしょと思うのだが、能面っぽい演奏だ。第3楽章は、パララパラパラ~っと上昇していく分散和音は、猛烈型に速い。速いが迸る感覚が無いので、一緒に走っていく感覚にはさせてもらえない。熱気がなく、どっか飛んでますねえ。例えが悪いけれど、会社で若い人に、何か頼んでも、何かアドバイスを言っても、わかってるんだかわかってないのか、無表情な顔してる時あるよね。そんな無表情さに似ている。
1楽章だと、まだ湖の底を照らすかのような光を感じたのだけど、この楽章は、 少しは感情を露見するかのようなモノがあっても良いかもしれない。激情型のフレーズが続いているのに、ちょっと困っちゃう。ルガンスキーさんは、息もつけないほどにテクを駆使しして演奏してくださっているが、総体的に、感情をあまり表に出さないタイプなんでしょう。まあ、アッサリ系ということになるとは違いないが、ここは、猛烈劇場型で締めて欲しかった気がします。まあ、聴き手の勝手なイメージですが。


 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第14番「月光」
Beethoven: Piano Sonata No.14 "Moonlight"
スティーヴン・コヴァセヴィッチ 1999年
Stephen Kovacevich1楽章

コヴァセヴィッチさんの月光の演奏は、静かに沈み込んでいる。「られふぁ られふぁ られふぁ られふぁ・・・」これで、月は昇れるのだろうかというほど、不安な気持ちになりそうだ。月そのものを描写したものだとは思わないが、しかし、少しは情感もあり、心象風景のように浮かぶものがあってもよいと思う。でも、イメージを膨らませて聴くことはできない。淡々と進められて、ちょっぴり不満がないわけではないが、虚無的で後期のソナタのように、疲れ果て~という虚脱感を感じさせるに近い。14番で、こんな演奏だとは、ちょっと思わなかった。枯れてる、疲れ果てている。そう思う。鬱々しているように思うし、ワタシの体調によるのかもしれないが、水分が抜けきった乾いた感じにも聞こえるという感じだ。月光で、水分が抜けてカラカラ状態というのも、ちょっと困るかも。第2楽章は。鬱状態から抜け出せて、普通に戻りましたという感じ。軽やかにスキップし、チャーミングで明るい音色に変わった。大きな音でタメ感、粘りがあり、左の低音にぐっと力が向いていく感じがする。メヌエットという楽章だと言うものの、左下に沈む力を感じるのと 低音の音が意外と大きい。
第3楽章は、なんとも力強いフレーズで、大きな打音でとても鋭い。「ラパラパラパラパラ~ ババンっ ラパラパラパラパラ~ ババンっ!」 えっ。冒頭から弱々しい演奏だったため、ボリュームをあげて聴いていたのだが、3楽章では爆音のように響く。すごい音量で、強烈なパンチをくらってしまった。怖ろしい音で、ガツン ガツンと、激しく猪突猛進で進んで行く。ギレリスさんの演奏も、相当に強い打音だったが、コヴァセヴィッチ盤も相当に強烈だ。怒りの鉄拳という感じだ。気持ちが相当に前のめりになって、まるで土石流のように、左手の和音が鳴っており、「らどどどどしら そふぁふぁふぁふぁみれ・・・」ごろごろごろ~っと、大きな石が上から落ちてくるかのようだ。ラストの打音が、怖ろしい楔を打ち込んでいく。月の光のはずだが、イカヅチのような様相に恐れおののいてしまった。テンペストと間違ってるんじゃーないの? 月光ではなく激高じゃん。
カップリング:ベートーヴェン ピアノソナタ第12番、第13番、第14番、第19番


 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第14番「月光」
Beethoven: Piano Sonata No.14 "Moonlight"
マウリツィオ・ポリーニ 1991年
Maurizio Pollini

月光を聴くとき、ワタシは、空に月がぽっかり浮かんでいる情景を思い浮かべている。月は、空に浮かんでいるというのが大前提なのだ。それが、秋の満月なのか、冬の空の三日月なのかは、さておいて、ワタシ的には、空に浮かんでいると思っている。しかし、ポリーニさんの演奏は、月は、空に浮かんでいない。どこかお隠れになってしまったのか新月の空なのか。浮かんでこない夜空を見あげて、見えない月を探しているかのようだ。(いや、探しもしていない。)湖面に映り込んだ月の姿を空を見あげず、ずーっと湖面の一点を見ているかのような、びくともしない視点を感じる。沈みこんだまま時間が過ぎ去っていく。ずーっとずーっと空虚で、虚ろな目をして空を見あげていない。1楽章はそれで終わってしまった。そんな気がする。
第2楽章は、この人は感情がないのだろうか。いや、巨匠に対して、それはあまりに失礼だろうと思うが、動かないのかな、淡々とピアノに向かって黙々と弾いている感じがする。第3楽章は、なんだ、この激しさは。いきなり、切れて攻撃的になって、メチャメチャ走り出していく。これだから天才は困る。激情なのか、23番の熱情を聴いてたっけ? いやいや月光ですけど。う~ん、ついていけない。スピードって、徐々にあがっていくと思うのだが、巨匠は、スタートダッシュから、同じリズムで駆けだして、そのままゴールに駆け抜けていってしまう。弾力、ノビという言葉は存在しないのだろうか。いきなりMAX状態だ。
ハイ、すみません。ポリーニさんの演奏は、ワタシには、ついていけません。じーっと動かないかと思ったら、テンションMAXで、どっかに行かれてしまった。完全に置いてけぼりを食らいました。ピアニストとして、巨匠のお一人であることは十分に認識しているし尊敬もしている。が、ワタシの認識が絶対的に不足しているというか、相性が合わない。


 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第14番「月光」
Beethoven: Piano Sonata No.14 "Moonlight"
ゲルハルト・オピッツ 1989年
Gerhard Oppitz

オピッツさんの演奏は、繊細で軽やかだ。冒頭のフレーズは柔らかく、ふわっとした空気感があり、朧月夜のように暖かい雰囲気に包まれる。う~ん、とっても柔らかい。シアワセ感が漂う。ずーっと冷たいクールな月を見ていたので、オピッツさんの演奏は、ほっとする。とても丁寧な打音で奏でられているが、3音続く個所は少し揺らめき、月の姿が少しづつ明らかになっていくかのように映し出される。第2楽章は、最初は、スキップするように、「れどぉ~し みっれっ どぉっしらっ そふぁ~み らっそっ ふぁみっれっ」ん たった ん たったっ と、軽くはずんでいく。この音型の軽く弾むところが、それぞれに異なり、タメ感のある弾み方になっていたり柔らかい。この違いは言葉にしづらいが、左の重みが適度にあり、音の揺れが上昇指向を描いているようだ。
第3楽章では、どひゃ~っ!と、叫びたくなるような超快速の楽章となっている。演奏家の方々は、この第3楽章は、疾風怒濤で演奏しているが、ご多分に漏れない。パララパラパラ~っと上昇していく分散和音は、猛烈果敢にアタックされる。パラパラパラパラパラ~ パパンっ。この最後の2音も、しっかり均等に叩かれている。上の音だけや下の音だけが激しいわけでない。他盤で聴いていると、 ドスンっという感じでアクセントをつけている演奏もあるが、オピッツ盤は、全て繊細な音で綴られている。軽量級で、超速いので、あっと言う間に終わってしまう。クールでもなく、サイボーグ的に響いているわけではないので、とても気持ちの良い速さだ。柔らかい曲線を感じられるし、あとに爽やかさが残る。


 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第14番「月光」
Beethoven: Piano Sonata No.14 "Moonlight"
エミール・ギレリス  1980年
Emil Gilels

ギレリスさんの演奏は、硬めの月光で、ひんやりクールだ。凍り付くような冬の月ではないのだが、寒々しく心の底に何か張りついているような重さを感じる。寂しく重くて、虚無感すら感じるほどやるせない。 例えるなら初冬の夜に浮かぶ月だろうか。空気が乾燥してて、しーんと張りつめた冷たい空気のなかに浮かぶ月。しかし、ギレリスさんのこの曲を聴いていると、どど~っと気怠くなってしまって、突然フリーズ状態になって動けなくなる気がする。突然、生きるのヤダって言葉を発しそうになるので、かなりアブナイ。脱力状態に苛まれそう。この楽章のテンポは、ゆったりめ。ずーっと延々に続くような気がする。第2楽章は、ちょっと可愛く変貌する。柔らかいタッチになっているが、どこか芯が硬い。弾む感覚でもないし、柔らかいなかに、毅然とした部分が感じられる。どうしてこんなに寂しいのかなあ。悲しく寂しい感情が底に流れている。ヒンヤリして、ぴ~んと張った感じがするなかでの柔らかさなので、余計にツラく、微妙なバランスで成り立っている脆さがある。
第3楽章は、超激しい。いきなり、パララパラパラ~っと上昇していく分散和音で、猛烈果敢に攻撃していく突進型に変貌する。険しく一気呵成で、豹かピューマかの足の速い野生動物が、一直線に走っていく姿をイメージさせる。広がったと思ったら硬く、デカイ音で、「ババっン ババっン」と、締めにかかる。上昇した後のばばっんっ。この一撃が、思いっきりげんこつで殴られたみたいな衝撃となって走る。指がもつれそうになるほどのスピードなのだが、このテンポ設定は、どう考えたのだろう。ここまで速くしないといけない理由があるのだろうか。虚無感さえ漂わせる1楽章や2楽章だったのに、同じ人が奏でているようには到底思えず、青ざめながら、シンジラレンと呟くのが、聴き手には精一杯である。高血圧症の方には、あまりお薦めできない。それまで、ぽっかり浮かんでいた月が、まるで落ちちゃうかのような、そんな天変地異的な慌てようだ。情熱というより錯乱状態かしらん。凡人のワタシは、あっけにとられて、よくワカリマセンでした。


 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第14番「月光」
Beethoven: Piano Sonata No.14 "Moonlight"
ダニエル・バレンボイム 1983年
Daniel Barenboim

バレンボイムさんの月光は、おっとりしている。春の夜に浮かぶ朧月夜という感じ。太めの音で柔らかい。ゆるやかに流れていく、暖かみのある演奏だ。茫洋としたなかに浮かんでいるようなのだが、月光は、虚脱感を感じさせる楽曲のようで。ピーンと張りつめた感覚が、次第に無くなり、ぼよよ~んとなってしまうようだ。あのギレリス盤でも、徐々に力が抜けていく。バレンボイム盤は、ギレリス盤よりも、ピーンとした感じがしないので、最初から、ぼわんと空を見てしまう。第2楽章は、なで肩の演奏っていうのか、弾むところが感じられず、てれ~っと滑る。抑揚が大きくないため、とろんとした寄せ豆腐のよう。これもオツな食感ではあるのだが、脱力感を感じさせてしまって、超眠くなってしまう。「ん タタ タッタ タン」というフレーズが、リズミカルではなく、太めの響きをもって抒情的に響く。前の音が消えないうちに、次の音がハモってきているので響きとしては濁りがち。抒情的には聞こえるのだが、緩いという風にも感じられる。第3楽章は、確かに速いが、ガツンと一発かましてというタイプではない。パラパラパラパラパラ~ パパンっ。この最後の2音も、ソフトタッチである。ふわ~と、さ~っと流れていく。速いフレーズは良いが、「ららっ」「ふぁふぁっ」「れれっ」と、パラパラしたフレーズのなかに、ガツンと入ってくる間の音が強くないため衝撃を受けないのではないだろうか。悪く言えば軽く流していると感じるほど。巻き舌風で違和感も生じている。


ベートーヴェン ピアノソナタ第14番「月光」
1980年 エミール・ギレリス G ★★★★
1983年 ダニエル・バレンボイム G ★★★
1989年 ゲルハルト・オピッツ G ★★★★
1991年 マウリツィオ・ポリーニ G ★★★
2002年 スティーヴン・コヴァセヴィッチ EMI ★★★
2005年 ニコライ・ルガンスキー Warne ★★★★

ベートーヴェンのピアノソナタ第14番嬰ハ短調(作品27の2)は、1801年に作曲されています。第8番の「悲愴」、第23番の「熱情」と一緒に3大ピアノソナタとも言われています。ウィキペディア(Wikipedia)を元に記述すると前作の第13番と一緒にひとつの作品(作品27)として発表されており、両者とも「幻想曲風ソナタ」という題名が書かれていたそうですが、「月光」という標題はご本人がつけたものではありません。第1楽章に、緩徐楽章を配置するという異例の構成であるため、「幻想曲風」というタイトルを付けたものではないかと考えられるそうです。楽章が進行するごとに、テンポが速くなるという、序破急的な展開となっています。
第1楽章 嬰ハ短調 複合三部形式「月光の曲」として非常に有名な楽章で、冒頭から奏でられる右手の三連符と、左手の重厚なオクターヴのフレーズが、全曲をとおして用いられる動機です。
第2楽章 嬰ハ長調(=変ニ長調) 第1楽章で左手で奏でていた下降フレーズを元にした動機から構成されており、複合三部形式の軽快なスケルツォもしくはメヌエット楽章です。

第3楽章 嬰ハ短調 ソナタ形式 無窮動的な終曲で、1楽章、2楽章と比べテクニック面においての難度が高いもの。第1主題は、1楽章の動機を、急速に展開させたもので、右手の上昇する激しい分散和音と、順次下降する左手のフレーズとなっています。第2主題は、短調のソナタ形式としては珍しく、属調である嬰ト短調が用いられています。(通例は、平行調など、長調を用います) 再現部の後には、協奏曲のカデンツァ風の終結部が置かれており、テンポを落として1楽章の減七分散和音を回想し、1楽章から使ってきた動機の発展である嬰ハ短調の長大なアルペジオで曲を締めくくるものとなっています。




YouTubeでの視聴

ベートーヴェン ピアノソナタ第14番「月光」
Beethoven: Piano Sonata No.14 In C Sharp Minor, Op.27 No.2 -"Moonlight"
ニコライ・ルガンスキー - トピック Nikolai Lugansky - Topic
Provided to YouTube by Warner Classics International
第1楽章 https://www.youtube.com/watch?v=ZmjQtcQPFXk
第2楽章 https://www.youtube.com/watch?v=jEOMoYrQNeQ
第3楽章 https://www.youtube.com/watch?v=usQhzXoKKww


Beethoven: Piano Sonata No.14 In C Sharp Minor, Op.27 No.2 -"Moonlight"
スティーヴン・コヴァセヴィチ - トピック Stephen Kovacevich - Topic
Provided to YouTube by Warner Classics
第1楽章 https://www.youtube.com/watch?v=EsRg3h99uXQ
第2楽章 https://www.youtube.com/watch?v=Vxk4erxmhKg
第3楽章 https://www.youtube.com/watch?v=aDNxOgSx8xY


Beethoven: Piano Sonata No.14 In C Sharp Minor, Op.27 No.2 -"Moonlight"
マウリツィオ・ポリーニ - トピック Maurizio Pollini - Topic
Provided to YouTube by Universal Music Group
第1楽章 https://www.youtube.com/watch?v=AtcPhQB7rh0
第2楽章 https://www.youtube.com/watch?v=AXQVmhL_Ptg
第3楽章 https://www.youtube.com/watch?v=JyO8iFLFqec


Beethoven: Piano Sonata No.14 In C Sharp Minor, Op.27 No.2 -"Moonlight"
エミール・ギレリス - トピック Emil Gilels - Topic
Provided to YouTube by Universal Music Group
第1楽章 https://www.youtube.com/watch?v=UmAfVwYakbs
第2楽章 https://www.youtube.com/watch?v=8d_kDxJFYzM
第3楽章 https://www.youtube.com/watch?v=A4LVD594qc4


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