ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第17番「テンペスト」

 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第17番「テンペスト」
Beethoven: Piano Sonata No.17 "Tempest"
フリードリヒ・グルダ 1967年
Friedrich Gulda

グルダさんの演奏は、朝、爽快に汗を流して軽やかに運動をしているような感じがする。テンペストっていう愛称のある第17番は、特に第3楽章が有名で、「みそふぁみ みそふぁみ みそふぁみ みそみふぁ~」 「ふぁらどふぁ ふぁらどふぁ ふぁらどふぁ ふぁらどそ~」というフレーズを聴いたら、あっ、この曲かと思い出す。冒頭、細かいフレーズで、追いかけられているような感じで始まる。緊張感の走るフレーズで、グルダさんの快速ピアノで聴くと、アセッってくる。嵐の情景をイメージして良いだろう。「テンペスト」っていうタイトルは、お弟子さんのシンドラーが、この曲についてベートーヴェンに尋ねたところ、シェークスピアの「テンペスト」を読めと言われたことから由来しているのは有名なお話だ。 暗い夜に雨が降っているかのよう。「んタタタ たぁ~」 落ち込んでいるところに冷たい雨に降られて、ますます落ち込んでしまう弱り目に祟り目のような暗い楽曲である。ワタシ的には、基本的に明るい楽曲の方が好きなので、グルダさんのど根性ドラマ的な演奏が好きだ。カラリっとして弾き飛ばしているように聞こえるが、ドスンっとテンポが落ちて、うちひしがれ、けれど、また走り出す感じがして好きなのだ。負けないでぇ~と、細かいフレーズの右手の上の音が力強く鳴ってくる。スポーティで跳躍し、パラパラしている粒感が良い。平凡な音のくせして劇的に変わるところが、ベートーヴェンの面白さの一つだが、この楽曲はテンポ設定がむずかしそう。速さの変わり方が、これだけ劇的に変化する構成は、難しいけれど聴いてて面白い。
第2楽章は、転がる可愛いフレーズが入っており、抱きしめてあげたいぐらいキュート。焦げ付きそうな憔悴感の漂う前楽章から、うってかわってキュートに変貌。平凡なフレーズに、小さく「れれ れれっ」って入ってくる。これが、小さな鐘のように鳴り、シアワセ感が漂ってくる。微笑ましいぐらいに柔らかく、慈しむ感覚にさせられる。
第3楽章は、有名なフレーズが詰まった楽章で、タララ ラン タララ ランっと、転がっていく16音符の連続ワザが続く。左手の強いタッチが気持ちよく響き、炊きたてのご飯のように音が立ってくる。立つと同時に横に転がっていく感じもするので、音の転がる運動エネルギーが直に伝わってくる。無窮動のように同じ音型が続くなかで、快感が得られるという効果がある。激動的に奔走しているというよりは、無理のないスポーツ、朝、爽快に汗を流して運動をしているような感じがする。汗くさいエネルギッシュな感じではなく、実に爽快だ。楽しみながら快速に飛ばしている。そこには必死の形相感はないし、実に愉快。


 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第17番「テンペスト」
Beethoven: Piano Sonata No.17 "Tempest"
マウリツィオ・ポリーニ 1988年
Maurizio Pollini

ポリーニさんのピアノでベートーヴェンのピアノソナタを聴くと、窒息しそうだ。いつ聴いても、情感が動かず微動だにしない完璧さに、息が詰まりそうになる。評論家センセイのいうカンペキという演奏なのかと、有り難く聴いてはみても、しっくりこないので、完璧さを理解できない自分に焦れていたように思う。17番のテンペストも、音の間合いが怖い演奏である。「しららそふぁみ しららそふぁみ みれれど らし しぃ~」と、いったん走りだしてピタッと止まった時、虚無感に襲われる。均一に揃った音の粒が、綺麗に並んで奏でられる機密性の高い演奏が、ピアノの余韻が消えた後、空白状態になる。その時、真空状態のところに放り込まれた感じがするのだ。ギレリス盤を聴いたときも、鋼鉄のピアニストと称された音が途切れたとき、音の間合いに吸い込まれそうになったが、ポリーニ盤も同じような感じがする。その空白は、唐突に強い打音で突き破られる。その繰り返しに、長い時間、耐えなければならない。明晰で鋭い切れ味の音、スピード感ある疾走感という感覚ではなく、ポリーニさんの第1楽章は、音と音のすきまに、すぽっと暗黒の世界に落ち込む恐怖感との戦いだ。

第2楽章は、他盤で聴くとチャーミングに歌い始めるが、ポリーニさんは、鬱々とした湿度の高い、シューベルトのソナタを聴いているみたいで、むせかえりそうになる。「れぇ~ しそ~みれ~ しどぉ~ らそ~ しらそら し~ れそらし・・・」ってところは、最大限に可愛く演奏していると思うのだが、もはや、ツンデレ風に聞こえちゃう。感情が表にでない。意図的に音を揃えているんでしょうねえ、きっと。音符の数をずーっと数えているんだと思うわ、この人。可愛く、高音域で、そそそっ そそそっ・・・と 入ってくる音があるのだが、眉一つ動かさず怒る人の怒る前触れのごとく、こめかみにピクッ、ピクピクっ、血管が浮き出た瞬間を捕らえたかのようで、ワタシの呼吸は思わず止まりそうになる。第3楽章は、タララ ラン タララ ランっと、転がっていく16音符が続くが、まあ、目の詰まった音が続き、息詰まります。普通なら、段落で息継ぎしそうなものだが、無呼吸運動を続けているみたいで、はあ~ ポリーニさんは、間髪入れずに次のフレーズを続けていく。今度は隙間を空けるのではなく、ツメツメで音を並べていくのねえ。参りました。3楽章は、こうくるのか。
無窮動のように続く音のなかで、他盤では、まるでスポーツをしているような快感を感じることはあるのだが、この方の演奏は、そんな快感は、得ても仕方ないですとばかりに、機械的に連続的に音が提供される。無呼吸状態で100メートルを疾走しているかのようで、演奏者は快感なのだろうが、聴いているモノは息が詰まってしまう。こんな疲れるテンペストは、ワタシには無理です。


 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第17番「テンペスト」
Beethoven: Piano Sonata No.17 "Tempest"
エミール・ギレリス 1981年
Emil Gilels

ギレリスさんの演奏は、鳥肌モノである。冒頭、弱い細かいフレーズで、「しららそふぁみ しららそふぁみ みれれど らし しぃ~」と走り出しておいて、いったん静まるところの間合いには考えさせられる。鋼鉄のピアニストっていう評判だが、この曲に関しては、瞑想的というか詩情感があふれ、滲み出てくるような雰囲気があり、間合いのとりかたが絶妙だ。グルダのように軽快に快速に飛ばす雰囲気はなく、穏やかでありながら思索している。また、ポリーニのように恐怖におののくこともない。細かく踊るかのようなフレーズは跳躍しないが、左手の音の深さに吸い込まれる。際だって粒立ちが良いとか、軽やかだとか重いとか、そんな言葉は使えない。うかつに声をかけられない、ふっとした間合いがある。次のセンテンスに移る前の、ふっとした間合いに音が消えているところで、音と音の行間に吸い込まれてしまう。そして、この楽曲には、深淵なのだと感じさせる納得感がある。大きく分散和音のフレーズを鳴らすところと、細かいフレーズとの入れ替わり。ふっと音が吸い込まれて無になるところの場面に、すっと引き込まれる。第2楽章は、呟く楽章で、独りぽつぽつと音が置かれていくが、ポポポという音が雨粒のように聞こえ、耳がそばだち、気になり始める。柔らかく通っていく音、弱音が美しい。

第3楽章は、超有名なフレーズが詰まった楽章で、タララ ラン タララ ランっと転がっていく16音符の連続ワザ。とても柔らかいフレージングで、穏やかに演奏されており、繰り返す間に大きくなっていく。転がるフレーズは可愛く、粒が際立ってくる。強いタッチというよりは丸い。シャボン玉のように、ふわっと右の方向に飛んでいくみたい。左手の「みそふぁみ みそふぁみ・・・」右手の「れふぁら れふぁれふぁられ~」タラン タラン タラン・・・ そそふぁふぁ そそふぁふぁ・・・
強弱の差がさほど大きくなく、かといって平板でもなく、なに~ この不思議さ。ふわっと音が上の方向に昇る。この気持ち良さっていったら、ないわ~ これぞ音だけの持つ魅力というか、音の表現力なんだな~って、いやはや目から鱗状態ですね。
同じ音型を続けて弾いている筈なのに、何かが、すごく変わるのだ。微妙だけど確かに違う。音の消え方がすごい。肌にビンビンきちゃう。フレーズが次に移るときの間合い、消え方、奥が深い。久々に鳥肌ものに感動しちゃった。音楽を聴いて感じるという感覚が研ぎ澄まされ、初心に戻れるすごい演奏だと思う。


 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第17番「テンペスト」
Beethoven: Piano Sonata No.17 "Tempest"
ウラディーミル・アシュケナージ 1976年
Vladimir Ashkenazy

アシュケナージさんの演奏は穏やかだ。テンペストの第1楽章は、細やかに動くフレーズが多く、胸騒ぎがして慌ただしく押し寄せてくる切迫感がある。しかし、音が柔らかいので、硬質感のある音が好きな方にはむいていないかもしれない。レガートのあるフレーズでは力を感じるが、細かく踊るかのような付点のリズムは、もう少し繊細で鋭さが欲しいように思う。音が柔らかなので、この長所が短所に変わるようで、イマイチ突き刺さるかのようには響かない。左手のドスンっという響きには、パワーがあるので驚かされちゃうが、そこだけのような気がする。録音状態にもよるが、粒立ちがイマイチで、ピアノの音質がカラっとしていない。第2楽章は、小声で始まり転がる可愛いフレーズとなっている楽章だ。くぐもった感じがするものの、恥ずかしがって、うつむき加減の少女の表情ように感じる。そういう意味でキュート。特徴のあるフレーズは、とてもスマートに弾かれているが、間合いの悪さというか緊張感が続かず、センテンスのまとまりの良さをあまり感じない。第3楽章は、柔らかいフレージングで、穏やかに演奏されており、左の音が強いので、音の広がりは大きくふわっと広がる。几帳面な打ち込みだという感じを受ける。抑揚が少なめで、淡々としているなかで、何かを訴えてくるというわけでもなく、熱くもならず~ いきなり終わった感がある。同じ音型が続くので、どうやって変化をつけてくるのか、見どころ(聴きどころ)だが、あまり変化が大きくなかったような気がする。


ベートーヴェン ピアノソナタ第17番「テンペスト」
1967年 フリードリヒ・グルダ CH ★★★★★
1976年 ウラディーミル・アシュケナージ Dec ★★★
1981年 エミール・ギレリス G ★★★★★
1988年 マウリツィオ・ポリーニ G ★★★

ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第17番ニ短調(作品31-2)は、1802年に作曲された曲で、テンペストという愛称で親しまれています。ウィキペディア(Wikipedia)を元に記述すると、「テンペスト」という通称は、弟子のアントン・シンドラーが、この曲とピアノ・ソナタ第23番の解釈について尋ねたとき、ベートーヴェンが、「シェイクスピアのテンペストを読め」と言ったとされることに由来しています。特に、第3楽章が有名で、単独で演奏される機会も多く、ごく短い動機が、楽章全体を支配しているという点で、後の交響曲第5番にもつながる実験的な試みのひとつとして考えられているそうです。また、3つの楽章のいずれもがソナタ形式で作曲されている点も、この作品のユニークな点として知られています。

第1楽章 ニ短調 ソナタ形式
ラルゴ-アレグロを主体としながらもテンポ表示は頻繁に変わり、全体は、3つの部分からなっています。再現部の前の朗詠調のレシタチーヴォ、刻々と変わる発想記号などは、朗読劇を聞いているようで、中期作曲者の劇的な作風の典型です。終結も陰鬱な低音が静かに現れるだけで、演者が(幕が下り)静かに立ち去る様子を模写しているように映ります。
第2楽章 変ロ長調 展開部を欠くソナタ形式。第1楽章との間にも緊密な関連があるもの。
第3楽章 ニ短調 ソナタ形式 単純な音型を休みなく繰り返すが、単に激しい速さで演奏するものでなく、もとは馬車の走行から採譜したものといわれています。




YouTubeでの視聴


ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第17番「テンペスト」
Beethoven: Piano Sonata No. 17 in D Minor, Op. 31 No. 2 "The Tempest"
フリードリヒ・グルダ - トピック Friedrich Gulda - Topic
Provided to YouTube by Universal Music Group
第1楽章 https://www.youtube.com/watch?v=JFMBYkgkB6s
第2楽章 https://www.youtube.com/watch?v=Y2xgh18DdD4
第3楽章 https://www.youtube.com/watch?v=NSYis00O_jM


Beethoven: Piano Sonata No. 17 in D Minor, Op. 31 No. 2 "The Tempest"
エミール・ギレリス - トピック Emil Gilels - Topic
Provided to YouTube by Universal Music Group
第1楽章 https://www.youtube.com/watch?v=O6zEKfMoXfY
第2楽章 https://www.youtube.com/watch?v=ZW0cWu35BH0
第3楽章 https://www.youtube.com/watch?v=BZ9SxARXXos


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