ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第23番「熱情」

 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第23番「熱情」
Beethoven: Piano Sonata No.23 ''Appassionata''
スティーヴン・コヴァセヴィッチ 1999年
Stephen Kovacevich

コヴァセヴィッチさんの演奏は、豹変する。第1楽章は、主題の付点のリズムが軽やかで、高音域の装飾音がとても綺麗だ。粒立ちが良く、神妙で静謐な雰囲気があり、息を潜めた感じがする。獲物に飛びかかる前の猫というか豹のような構えで、独特のタメ感があり、いっきにスピードをあげて跳躍する。音が綺麗なことと、軽やかだがパワーを隠しており、息を潜めた強い意志が感じられる。同音連打の部分は、左のどっしりとした音が硬め。音の響きに濁りがなく透明感が高い。透き通ったお出汁のようで、透明度が高いが、しっかり旨みが凝縮しているかのように響く。表情が少ないのかといっけん思うが、左手のバババ バババという音が硬く響くので意外と強靱だ。粘りこそ少なめだが、弱音の部分が、ゆったり丁寧に弾かれているので強さが際立つのかもしれない。「れしそぉ~ しれそ しれそ そ れ~み ふぁらふぁら ふぁ~みれ~」という主題は、音の強弱で大きない表情づけがなされている。音質は細身で硬めだが、明瞭さが際立っている。柔軟なフレージングではないが、ファイティング前に、自分自身を奮い立たせて、モチベーションをあげている感じで、自分を追い込んでテンションを上げ、熱を帯びてくる。第2楽章は弱々しく、まるでシューベルトを聴いているような感じに鬱々している。楽しげに歌うブレンデル盤とは異なり、コヴァセヴィッチさんの弾き方は、最初は、音が、ものすご~く沈み込んで無表情だ。それが、徐々に表情が出てきて、硬さが少しほぐれていく。心が開放されたのか、ふっと楽しそうに笑う。でもね、また沈みこんでしまうんです。
第3楽章は、付点のついた和音の連打がある。「れぇ~れれ~ れ れっれっれっれっ れぇ~」この後、嵐のようなフレーズとなるが、スピードは速い。右手が猛烈に速くて、えっ、このスピードで行くかと驚かされる。いっきにテンションMAX。槍のごとく突き進む。硬くて硬くて、カーン カカ カカカカ~って感じのフレーズだ。ピアノの鍵盤に爪を立て、打ち込んでいく。リズムが崩れ草書体に変貌しているし、アルゲリッチ姉さんが憑依したかのようで怖いほど。第1楽章の丁寧さ静謐さは、第3楽章でぶっ飛ぶ。この人、ホントは、こんな人だったんだと、豹変ぶりにおののく。ひぇ~っ!このパッションは半端ない。おったまげ~。


 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第23番「熱情」
Beethoven: Piano Sonata No.23 ''Appassionata''
アルフレッド・ブレンデル 1993年
Alfred Brendel

ブレンデルさんの演奏は、良い意味で中庸だ。主題の付点のリズムは軽やかで、重々しい熱情とは違う。重さの付点というよりは、高音域のパラパラパラとした装飾音に耳が行く。シンプルな分散和音が、活き活きとして勢いがあり、主題が生きてくる。また、転がるフレーズの綺麗なこと。特徴のある付点のリズムで重さを持ちつつ、音の移動していくのが面白いが、ブレンデルさんのピアノは、分散和音の部分よりも、高音域で転がっていくトリルの部分が綺麗で、澱みがない。速く走ってしまうところと、もちっとした感触のあるところの両面のバランスが良い。この和菓子的な食感にぞっこんになる。重さを持ちながらも左手の回転で、重さが、ひょいと持ちあがって移動して回転していく。回転度数の高さと、即興的な演奏が好ましい。左手のフレーズが、カッチリしているからかもしれないが、右手は自由に奔放に動き待っているような気がする。第2楽章は、柔らかい変奏曲で不思議と気持ち良い。心地良い風が、窓からそよいでくるかのような暖かさがある。他の盤で聴くと、空虚で、ぽっかり穴が空いたみたいに空しくなるのだが、ブレンデルの演奏は、全くそのような気配がしない。むしろ、ウパウパ ウパパミレ~っと可愛く囁いてくれる。芝生で子供が遊んでいるかのような童心に戻ったような優しさがあり、無邪気な天使が遊んでいるかのような清々しさがある。変奏曲を聴くのが楽しくなる。柔らかくて優しいフレージングで、さりげなく多彩な面をみせてくれる。
第3楽章は、驚くほどに、軽やかでしなやか。冒頭、付点のついた和音の連打がある。「れぇ~れれ~ れ れっれっれっれっ れぇ~「れみれど れみれど・・・ と繰り返されるなかで、「ふぁっふぁ~ どど どぉ~し ふぁふぁふぁ~みれど」と
「しぃ~ら そぉ~ら しぃ~ら そぉ~ら」と、嵐のようなフレーズが入ってくる。
でも、ブレンデルさんの演奏は、怒濤の押しの強いパワフルな熱情ではなく、スイスイと推進力があって、身のこなしが優美な演奏なのだ。体育会系の汗くさい、熱いエナジーが放出されていく感じではない。頭の良い優等生が、さらさらと難しい数式を解いていくようなスマートさ。ふふっ、こりゃ~頭脳派って感じ。流れる美しさ、柔らかい間合い。心地良く歌うようなフレーズが入っており、リズミカルな打音のなかでも、右手が良く歌う。主部より、ますます最後になると速くなっていくが、左手のリズムに応じてさりげなく歌うところが凄い。最後のプレストは、さすがに猛烈に速いが、精密機械のように走っていく。ドラマティックな楽曲だけど、ブレンデル盤で聴くと、穏やかで爽快、内面的で静かに燃えている感じ。安定型の良い意味での中庸。


 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第23番「熱情」
Beethoven: Piano Sonata No.23 ''Appassionata''
ゲルハルト・オピッツ 1989年
Gerhard Oppitz

オピッツさんの演奏は、筋肉質な綺麗な打音で、熱いパッションが火花のように飛んでいる。オピッツさんは、2004年~6年にベートーヴェンのピアノ・ソナタをヘンスラー(Hanssler Classic)に録音していたように思う。それ以前に、グラモフォンに入れたものがあって、そのグラモフォン盤を聴いた感想である。あまりに強烈な演奏で、火花が散っているかのようなパッションを感じる。主題の付点のリズムが、特徴の楽章だが、堅牢な圧の強いパワーの溢れたではない。跳躍能力が高く、速い指の移動で高音域のパラパラパラ~という装飾音が美しく聞こえる。何度かこの分散和音を繰り返しているうちに、導火線が短いのか、一気に熱が籠もってきて、跳躍をはじめてしまう。軽やかさに勢いが出てくるというか、左手のババババというリズムに、きっとご自身がノリノリになってきたのだろう、跳ねて跳ねての主題となる。それでいて、下品にならず、格調の高さが感じられるものだ。高音域の音は、まるでハープをつま弾いているようだし、粒立ちが良いという言葉では、表現しきれないほどののタッチで、ツメで弦を直につまんで、音を出しているかのようである。第2楽章では、いつも退屈するのだが、オピッツ盤で聴くと、瑞々しく感じられる。スピードは遅めで、いつも聴く演奏とは異なり、ゆらゆらしながら進んで行く。平坦な部分になると音の粒が、じわっと熱っぽくなるものの、怜悧な打音となっている。 ブレンデル盤のようにチャーミングではないものの、オピッツ盤は不思議な感覚で訴えてくる。新たな気持ちで聴くことのできた2楽章である。
第3楽章は、メッチャ速い。 アクセントは均一的で楽しいが、シンコペーションは変化に乏しい。スピードはあるが、付点のリズムがあまり個性的には活かされていないように感じる。何故だか、リズミカルだとは感じない。綺麗な打音だが、常に一定の力で打音されているようで、耳あたりは良いものの、なんだか、つっかえた感じがしないのでインパクトに欠ける。熱い演奏だが、さーっと吹いて、さーっと去って行く風のよう。呆気にとられる熱情である。


 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第23番「熱情」
Beethoven: Piano Sonata No.23 ''Appassionata''
ダニエル・バレンボイム 1981年
Daniel Barenboim

バレンボイムさんの演奏は、パワーにあふれ、パッションがマックスになっているが、大柄で力が強すぎて唖然としちゃう。第1楽章
は、力強いタッチでアクセントが強調され、付点のリズムはダイナミックだ。鋭いタッチではあるけれど、音は全体的に丸みを帯びて、粒の大きな音が鳴ってくる。分散和音も強く、ババン バンバンバンって感じで鳴りっぷりがよくスケールが大きい。細かいトリルの部分は大柄で、とても繊細とは言えないけれど綺麗に揃っているし、高い音域でポイントでは、カン~っと鳴っている。楽章の最後は、しっかり情熱感を表して放出させている。第2楽章は、間合いはゆったりとしているが、少し緩めに感じる。シンコペーションの部分は、ばらけた感じがする。音符が段々と細分化されていくところは面白いが、意識的に均質的に鳴らしているようだ。軽やかさよりも響きを確保しているのか、左手の和音が強いように思う。第3楽章は、粘りのある強いタッチで和音を奏で、する~っとスタートしていく。打音は、楔を打つようなものではなく、ゆったりめ。16音符になった途端、スピードをあげていくが、イマイチ細かいフレーズには聞こえず、エンジンの掛かりも遅め。ちょっと大柄すぎるかも。情熱はわかるし放出感が強いが、表情が細かく刻まれていないように思う。右手のパッセージが綺麗だと思っていると、左手の方が無造作な音が出ている感じがする。「そぉ~ そそ らぁ~らそ そぉ~れみふぁみっ・・・カカカ」っと、歯がカチカチと鳴っている感じで、げんなり。


ベートーヴェン ピアノソナタ第23番「熱情」
1959年 バックハウス Dec 未聴
1964年 ケンプ G 未聴
1964年 アラウ Ph 未聴
1967年 グルダ Am 未聴
1967年 グールド CS 未聴
1983年 ギレリス G 未聴
1978年 アシュケナージ Dec 未聴
1981年 バレンボイム G ★★★
1989年 オピッツ G ★★★★
1994年 アルフレッド・ブレンデル Ph ★★★★
1999年 スティーヴン・コヴァセヴィッチ EMI ★★★★★
2002年 ポリーニ G 未聴
2004年 近藤喜宏 Ph 未聴
2005年 ルガンスキー WJ 未聴

ベートーヴェンのピアノソナタ第23番ヘ短調(作品57)は、通称「熱情」と呼ばれており、中期の最高傑作のひとつとして名高い曲です。ウィキペディア(Wikipedia)を元に記述すると燃えるような激しい感情を寸分の隙もない音楽的構成の中に見事に表出しており、劇的な情熱が現れる中にも、正確なリズムを維持するよう説いてて、演奏には非常に高度な技術が要求されるものです。

第1楽章  ヘ短調 12/8拍子 ソナタ形式
序奏を置かず、弱音による主題の提示に始まり、主要主題は、いずれも5対1の鋭い付点リズムです。第1主題は、分散和音の下降動機(C-A♭-F)と、旋律的動機(C-D-C)の2つから構成されます。
これらの動機は、全楽章の主題に用いられており、すぐに反復されます。静かに交響曲第5番の「運命の動機」が現れて、第1主題が強奏で繰り返されると、同音連打に乗った推移を経て、ドルチェの伴奏の上に変イ長調の第2主題が出されます。荒れ狂うような結尾楽句が続き、次第に静まりながら提示部を終え、アルペッジョの連続と、第1主題が交差する展開へと続き、第2主題の展開となり、転調を繰り返す間にクライマックスに到達します。コーダは、規模の大きなものです。

第2楽章 変ニ長調 2/4拍子 変奏曲形式
威厳を湛えた穏やかな主題と、3つの変奏およびコーダからなっています。主題は、前段、後段のそれぞれ8小節が各々繰り返されます。第1変奏は、シンコペーションが特徴的な変奏。第2変奏は、右手は16分音符の音型、第3変奏は音型が32分音符と細かくなり、主旋律と声部を交代しながら進んで、アタッカで終楽章へと突入するもの。

第3楽章 ヘ短調 2/4拍子 ソナタ形式
開始から強い減七の和音が打ち鳴らされ、音型が発展して第1主題で16分音符の奔流は途切れることなくそのまま経過句を形作り、ハ短調の第2主題の出現を促し、カノン風からコデッタとなり、音量を弱めながら提示部を終えます。提示部に反復は設けられておらず、すぐさま展開部となり、新しいリズムを持つ旋律が現れます。
第2主題は、ヘ短調で再現される。コーダでは加速してスタッカートを付された新しい素材が出現し、その後、第1主題が急速に奏されて、アルペッジョの激情の中で、一気に全曲を終えます。




YouTubeでの視聴

ベートーヴェン ピアノソナタ第23番「熱情」
Piano Sonata No. 23 in F Minor, Op. 57 "Appassionata"
スティーヴン・コヴァセヴィチ - トピック Stephen Kovacevich - Topic
Provided to YouTube by Warner Classics

第1楽章 https://www.youtube.com/watch?v=tu21a_PnxH0
第2楽章 https://www.youtube.com/watch?v=XR_r4GZc0cQ
第3楽章 https://www.youtube.com/watch?v=Cuwv6FADF5A


Beethoven: Piano Sonata No.23 in F minor, Op.57 -"Appassionata"
アルフレート・ブレンデル - トピック Alfred Brendel - Topic
Provided to YouTube by Universal Music Group
第1楽章 https://www.youtube.com/watch?v=-zKauFSbDbs
第2楽章 https://www.youtube.com/watch?v=PRDDvYEW9dk
第3楽章 https://www.youtube.com/watch?v=cd6a_Z_G-JQ


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